「おはようございます。お二人さん。
 お寝坊ですね」
「ひゅいー」「ふぁい」
 くすくすと笑う阿求。
「阿呼さん。料理できてますからテーブルに並べてください。男の子なんですから」
「はーい、……あぅ、顔、洗ってからあ」
「どうぞどうぞ、寝惚け顔も可愛いですけどね」
「可愛くないよー」
 ねーむーいー
「というか、随分と眠そうですね。
 昨日、ちゃんと寝ました?」
「むー?」
 …………昨日、……ぐあー
「なにがあったんですか? なんか、一気に目を覚ました感じですね」
「ぐぐ、……い、いいのっ、阿求には関係ない事なんだからっ!」
「昨日、阿呼さんをぎゅってしたやつですかあ」阿求はくねくね「もうっ、にとりん大胆っ」
「ぬがーっ!」
 手を振り上げる。阿求は「怖い怖い」と笑って逃げた。ぐぬぬぬ。
「あ、おはよ。阿求ちゃん。……って、どうしたの?」
 ちょうど、手を振り上げたときに後ろから声。阿求は「よよよ」、と崩れ落ちて「阿呼さーん、にとりさんに襲われてしまいましたー」
「阿求っ」
 ほんと、性質悪いよこの娘っ
「ちわーっすっ、にとりっ
 昨日食べた分の食材もってきたわよー」
「ひゅいいいいいいいいいっ!」

「なんで、阿求がいるの?」
「まあいいじゃないですか」「まあいいけどね」
 というわけで、
「なんで文まで来るんだよお」
 面倒なのが二倍だー。頭を抱える私にけらけらと声。
「いいじゃない、遊びに来ただけよ。
 あ、阿呼さん。はい、私が作ってる新聞、どうぞー」
「まき散らすなーっ」
 どうぞー、と笑顔で大量の新聞をぶちまける文。すっごく迷惑。
「あ、ありがとうございますっ」
「ふふん、さあ、それを読んで私の新聞の素晴らしさを知って手伝いに来てください。
 お婿さんでも歓迎ですよっ」
「あーやー」
「それは困ります。
 阿呼さんには人里の発展をですね」
「むむ、駄目です。阿呼さんは私が引き取ります」
「だーめーですっ、阿呼さんは人里にこそ必要な人材ですっ」
「もーっ! どっちも出てけーっ!」
 ぬがーっ、……っていうか、この騒動の中、阿呼、新聞読んでる。ただ、真っ直ぐに、――――それは、
「阿呼?」「賽銭詐欺の記事、面白い?」
 賽銭箱を抱えたてゐ。なんとなく胡散臭い笑顔。
「………………稲羽、神」
 小さな、呟き。
「まあ聞いてください。文さん。
 昨日の夜、にとりさんはですねっ、阿呼さんをっ!」
「つ、ついに食べちゃいましたかっ!
 もうっ、にとりんのえろーっ」
「って、そっちで何こそこそ言ってるんだばかーっ!」

「あや? これは、発信機ですか?」
「ん、……ああ、阿呼が手伝ってくれて少し余裕出来たからね。
 追加、で、と」
 私の服のボタンと同じ程度の大きさ、信号を発信するだけなら大丈夫でしょ。
 阿呼が作った図面通りに作る。多少、抜けはあるけどそこはまあ、どうにでもできる。
「けど、あったら便利ですね。
 どこぞの妖怪って、たまに人攫いますから」
「ああ、鬼ね。あれは困るわねー」
 じと、と視線が集まる先、天狗様は居心地悪そうに視線を背ける。
「そうですね。これで妖怪に攫われるなんて被害が少なくなればいいですね。
 さっすが阿呼さんっ」
「ふぇ?」
 一生懸命部品を詰め込んでいた阿呼は不意に顔を上げる。
「僕がどうしたの?」
「なんでもないです」
「そう?」
「この図面描いたのって阿呼よね?
 にとりの見よう見まねだと思うけど、……なかなか、ちゃんとできてるじゃない。ほんと優秀な助手がいて羨ましいわ」
「頭いいですよねえ。
 いいなー、いいなー、にとりさんいーなー」
「いーなー、いーなー、にとりん羨ましいなー」
「優秀な助手さんがいて羨ましいなー」
「羨ましーなー、いーなー」
 とんっ、とんっ、とんっ、とんっ、と私の周りを跳び回る阿求と文。言うまでもなく、もんのすごく、鬱陶しい。
「うるせいっ! もーっ、出てってよーっ!」

「……で、私が呼ばれた、と」
「だってー」
 びーびー文句を言う阿求と文は開発室の外。そこを通せんぼする椛。
「あはは、……えっと、ごめんなさい、椛さん」
「いいのですよ。……あ、そうだ」
 いい事思いついた、と椛。
「阿呼、午後の、休憩の時にでも将棋してみませんか?
 いつもはにとりと大将棋をしますけど、たまには違う相手ともやりたいです」
「えと?」
「んー、それは椛の頑張り次第だぞ。
 そっちのうるさいの二人を通さなければ、阿呼、相手したげなよ。お茶もつけたげる」
「ふふ、それならば頑張らないとなりませんね」
「椛っ、貴女は誰の味方なのよっ!」「あっ、私、紅茶をお願いしますっ!」
「なんにせよ、仕事の邪魔をしていはいけません」
 こういう時、椛の真面目さは心強い。
「それと、もちろんお昼も付きですね?」
「腕を振るわせていただきます」
 振り返り、にや、と笑う椛。
 そして、小さな笑い声。
「んー?」
 そっちに視線を向ける。阿呼はくすくすと笑ってる。
「どうしたー?」
「何か面白い事、……ああ、私の目の前にありますね」
「もーみーじーっ!」
「幻想郷縁起の椛さんのページにもみっちって書きますよっ!」
「なんですかそのあだ名っ?」
「あ、可愛いかも、ね、もみっち」
「文ーっ!」
 は、いいとして、
「あ、ごめん。……ううん、けど、楽しいな、って」
「まあ、」
 その視線の先、文と阿求と椛がぎゃーぎゃー言い争いをしている。
 たしかに、面倒な友達だけど、呆れる事も多いけど、……けど、
「そうだな」
 そういうところも含めて思う。楽しいな、って。
「もみっちって、どう思いますかっ! にとりんっ」
「どうですかにとりんっ」
「にとりん言うなーっ!」
「私は可愛いと思います」
「そうだね、もみっち」
 楽しいけど、……はあ、と溜息。
「どう思いますかっ? 阿呼っ」
「え? 僕は可愛いと思うよ。どっちも」
「阿呼まで、…………」「阿ー呼ー」
 私と椛に睨まれて、阿呼は困ったように両手を上げた。

「それで、お昼ご飯誰が作りますか?」
 そろそろお昼ご飯かな、そう思ったころ、ぽつり、文が呟く。
 誰が作るか、……うーむ?
「あ、僕作ってこようか?」
 阿呼が手を上げる。けど、「いえいえ、押し掛けちゃっている私たちにお任せください」
「というわけで、私か、椛さんか、文さんですね」
「……いいですけど、私は別に押しかけていませんよ?」
「っていうか、椛がいなくなるとまたうるさいのが二人雪崩込んでくるからだめっ
 阿求か文が作って来てよ」
 少しは二人で静かに仕事をさせて欲しい。……まあ、作ってくれるのは有難いけどさ。
「じゃあ、私作りますよ」
 よいしょ、と立ち上がる文。
「いいの?」
「いいわよ。
 これで阿呼に私のご飯美味しいアピールしておけば、あとで私の助手になってくれるかもしれないじゃないですかっ!」
「はっ? ……その手がありましたかっ!」
「もう、二人で作ってくればいいじゃないかーっ!」
「あ、それもそうね」
「ではっ、こういうのはどうでしょう? 私と文さん、どっちの方が美味しい料理を作れるかっ!」
「ふふん、負けませんよー」
 …………はあ、疲れた。
「阿呼ぉ、なんか、私、疲れたよ」
「えっと、賑やかだったね」
 困ったような阿呼。けど、椛は微笑んで近くに腰掛けて、
「まあ、魂胆はどうかと思いますけど、けど、それだけ阿呼の事を評価しているという事でしょう。
 にとりも、不安はあると思いますけど、その事は認めてもいいのではないですか?」
「…………ひゅいー」
 そうかも、ねえ。
「それにしても、文。料理作れたのですね」

「……結構上手なのですね。驚きです」
「そりゃあ椛に作った事ないからね。第一、なんで椛に手料理振る舞わないとならないのよ?」
 意外そうに文の作った料理を見る椛。そして、エプロンを外しながら彼女に向かって苦笑する文。
「うん、前に作ってもらった時、文さんの料理美味しかったよ」
「おお、ありがとうございますっ
 ふふ、今回も阿呼のために腕によりをかけちゃいましたよー」
 どうですかっ! と、笑顔で示す先、……うむむ、確かに美味しそう。
「ふぁー、美味しそうだねえ」
「なんていうか、すっごい意外です。新しい一面を見た気分です」
「椛に見せる必要もない一面だからね。
 ささ、阿呼、たっくさん食べてくださいね。私の所に来てくれれば三食美味しい手料理を食べさせてあげますよー」
 によによと迫る文。むぐぐ。
「文さんっ、私だって作ったじゃないですかっ、なんで一人でアピールしてるんですかっ」
 ずずい、と阿求。
「っていうかさ、私の家の、…………」ひょい、と冷蔵庫を見て「……ああ、やっぱり、ほとんどなくなってるっ」
 せっかく買いだめしたのにぃ。……はあ。
「に、にとり、あ、あの、また一緒にお買い物に行こうっ」
 あわてて阿呼が私の手を握って言う。うん、そうだよな、そうするしかないよなあ。
「うん、……その時はお願いな、阿呼」
「あ、阿呼さんが進んで女の子の手を握るなんて、……成長しましたねえ」
「うるせいっ!」
 みずでっぽー
 阿求の顔面に水鉄砲が着弾。そして、阿呼は慌てて手を放した。

「というわけで、阿呼さん。どっちの方が美味しかったですか?」
 ごちそうさまでした、とその声の後、阿求が早速身を乗り出す。
「え、あ、「食器類は私が片づけていますので、阿呼、にとり。二人の相手をお願いします」も、椛さんっ?」
 くすくすと笑いながらすっすっ、と片づけを始める椛。
「それと、文。
 美味しかったですよ。ごちそうさまでした」
「……そういえば、なんで私、椛に手料理ふるまってるんだろ。……すっごい損した気分ね」
「ふふ、私は得をしました。
 美味しい料理が食べられて、おまけに面白い一面が見れて、また食べさせてくださいね」
「はいはい、今度仕事に協力してくれたら私の家で一杯やりましょ。
 酒持って来たらつまみくらいは作ってあげるわ」
 ひらひらと手を振って文。椛は楽しそうに笑って奥へ。で、
「で、阿呼さん」「どうでしたか?」
「え、……えっと、…………」
 さて、私はどうしよう、おろおろする阿呼を横目に少し考える。
 このまま有耶無耶にしてしまってもいい、けど。…………なんていうか、おろおろしている阿呼も面白い。
 というわけで、
「ま、せっかく食べさせてもらったんだからさ、後腐れなくすぱっと答えちゃいなよ」
「にとりー」
 程なく、溜息。阿呼は意を決したように顔を上げて、
「その、……どっちも美味しかったけど、僕は、阿求ちゃんの方が、好み、だよ」
「いやったぁぁぁあああああああああああああああああああっ!」
 ガッツポーズの阿求と、崩れ落ちる文。ちなみに、向こうからぱちぱちぱち、と適当に手を叩く音。椛って、意外と付き合いいいよね。
「えと、けど、阿求ちゃんの所に行くことは、出来ない、から」
「ああ、それはいいんですよ。
 単なる余興ですから気にしないでください。もちろん、これで阿呼さんが釣れてくれれば御の字でしたけどね」
 阿求はそう言って、阿呼にウインクを一つ。阿呼はきょとんとしていた。

//.河城にとりの夢

 声をかけたのは、たぶん好奇心。
 いつも遊んでいた小川で、一人泣いていた男の子。
 誰なのかは知らなかった。人、と、その存在もあまりよく知らなかった。
 だから、あまり意識しないで声をかけた。

 どうしたの?

 問いに、向けられたのは泣き顔。

 どうして、泣いてるの?

 問いに、応じたのは言葉。

 難しい、の。

 勉強が辛いと、周りからの期待が重いと、
 けど、自分にはよくわからなかった。ただ、大変だなあ、って思った。だから、
 もっと小さい時、泣いた時にしてもらったように抱きしめて、小さな声でも届くように、耳元に口を寄せて、
 たぶん、そうすれば泣き止んでくれると思ったから、自分がしてもらったことを繰り返した。
 辛い、と。泣いている彼に、抱き締められて、きょとんとしている男の子に、

「泣いちゃだめだよっ、男の子なんだから、なっ」

 それが、初めての友達。
 一番大切な、私の盟友。 

//.河城にとりの夢

「…………ん、あ?」
 なんとなく、懐かしい夢を見て目を覚ます。
 懐かしい夢、ずっと、ずっと昔。まだ、幻想郷に来る前の話。
 初めての友達。名前、は。……
「ああ、そうか。……聞いてなかった、んだ」
 幼かったからなあ、私も、
 その時、当たり前のようにそこにいた。ずっと、ずっと、そこにいてくれると思っていた。
 だから、名前を知る必要なんてなかった。……二人で、いろいろなお話をしたり、小川を駆け回ったりして遊んでいた。
 懐かしい、夢。
「そう、…………夢、だよね」
 目を開ける。そして、微笑。
 目の前にはお昼寝中の阿呼。私はそっと手を伸ばし、さわさわと撫でる。
「…………懐かしい、夢、だよね」

「では、将棋をしましょう」
「楽しそうだな、椛」
 かちゃかちゃと将棋の用意をする椛。私は時計を見る。まあ、いいか、な?
「それはもちろん」むんっ、と胸を張って「初めての対戦相手、楽しみです」
「暇つぶしも大変だなー」
「へー、これが将棋ですか」
 興味津々と覗き込む阿求。……「あのさ、阿求。帰らなくていいの?」
 稗田家の当主がいつまでも河童の家で遊んでいていいとは思えないんだけど、
「いえ、夕刻前には文さんに送ってもらって帰りますよ」
 そして、肩を落とす。
「阿呼さんを連れて帰りたいですけどーっ!」
「諦めろい」
 びしっ、とチョップ。阿求はわざとらしく額を抑えて舌を出す。
「ま、そういう事。
 将棋観戦したら送ってくわ。私もその足で帰るから」
 文は頷く。
「阿呼をお持ち帰りしたいですけどーっ!」
「お前もかーっ!」
 びしっ、とチョップ。…………避けやがった。
「それにしても、普通の将棋なんだな」
 私とやるときはたいてい大将棋。椛は頷いて「大将棋では時間がかかるでしょう」
 ま、それもそうだね。
「阿呼は将棋知ってる?」
「うん、……大丈夫、だと思う」
 そっか、さて、
「それじゃあ、私はお茶淹れてくるなー」
「「ありがとうございます」」
 文と阿求の声が重なる。阿求もいるし、紅茶でいいかな。
「あ、僕が「阿呼は一応、椛から軽くルール聞いておきな」…………はぁい」
 立ち上がる阿呼を制する。ま、一応ね。
「さて、ではルールを軽く確認したら行きますよ。
 言っておきますけど、手加減しません」
 真顔で言う椛。
「椛さん、将棋得意なんですよね?」
「にとりとよくやっているからね。……あ、けど結構見物かも。
 阿呼、頭いいし」
「大番狂わせあり得ますか。楽しみです」
 さて、私は正座する阿呼の肩を軽く叩いて、
「がんばれ阿呼っ、椛なんてけちょんけちょんにしちゃえーっ」
「えと、……うんっ、がんばるっ」

「…………あの、……王手」
 ぱちん、と申し訳なさそうに飛車が動く。
「…………………………………………………………」
 椛固まる。
「椛さん、また長考に入りましたね」
「飛車角抜きでちょうどよかったかもしれないわね」
「ごめんな、椛。けちょんけちょんとか言っちゃって」
「う、うるさいですっ!」
 ちょっと涙目な椛。
「あ、あの、……も、戻そうか?」
 阿呼がおずおずという。将棋で駒を戻すとは、すっごいな。
「必要ありませんっ!」
「……あ、ちょっと涙目の椛可愛いかも、写真撮るわね」
 によによと笑う文。その眼前に脇差が付きつけられる。
「ちょっと黙ってもらえますか?」
「…………はい」
「は、速いですね」
「幻想郷最速を越えたな」
「椛涙目抜刀術。……妖夢とどっちの方が速いか興味あるわね」
 睨まれた。私たちは阿呼の後ろに避難。
「こ、ここですっ!」
 ぱちっ、と王将が動く。阿呼が申し訳なさそうに香車を動かした。
「…………あ」
 ぱちっ、と音。椛が崩れ落ちた。
「惨敗ですね、圧勝ですね」
「阿呼、強い」
「頭いいとは思ってたけど、凄いわねえ」
「えっと、……ご、ごめんなさい」
 まあ、言葉通りの結果。阿呼は申し訳なさそうに片づける。
「いえ、…………いえ、いいのです。
 私が未熟なのです。ええ、……私が、未熟、でした」
「も、椛ー、こ、今度時間が出来たら大将棋やろうなっ」
「…………………………はい」
「燃え尽きてるわね」
「手加減しませんよ。って大見得切ったあの時の椛が懐かしいわ」
「……精進します」
「え、……えっと、け、」
 何か言いかける阿呼。けど、私は無言で肩を叩く。首を横に振る。
 慰めは、時に残酷にもなる。うむ。…………椛は、ばっ、と顔を上げて、
「阿呼っ!」
「はいっ?」
「わっ、び、びっくりしました」「急にスイッチ入ったわね」
「明日、……いえ、いつか、いつか私は勝ちますっ
 その時まで、精進を続けるので、また相手になってくださいっ」
「ふぇ? あ、う、うん、僕はいいよ」
「明日からランクが、あだっ?」
 何か言いかけた文の額を脇差の柄尻が打撃。
「ではっ、失礼しますっ」
「……文さん、ぼちぼち私たちも帰りましょうか」
「そうですね。いろいろ、面白かったですし」
 そう言って三人、どやどやと帰っていく。苦笑。
「なんていうか、ごめんな。阿呼。
 騒がしくて」
 たはは、と頭を軽く掻いて呟く。なんか、ほんと賑やかだなあ、って。
 けど、阿呼は首を横に振って、
「ううん、僕も楽しかったっ
 にとりの友達っていい人が多いんだね」
「ちょーっと悪ふざけな人も多いけどなー」
 けど、皆なんだかんだで楽しい友達だし、
「けど、阿呼が気に入ってくれてよかったよっ
 また、みんなと一緒に遊ぼうなっ」
「うんっ」
 満面の笑顔で阿呼。……………………けど、文とか、椛とか、みんなと一緒に遊ぶのも、いいけど、
 …………出来れば、それよりも先に、二人きりで遊びたいな、……とか。
「あ、けど、にとり」
「ひゅいっ?」
 変な事考えて、唐突に呼びかけられて、変な声。うむむ。
「どうしたの? 阿呼」
「えっと、みんなで遊ぶの、楽しいと思うけど、……その、いつか、にとりと、遊びたいな」
「え、……えっと、私と二人、で?」
「だ、だめかな?」
「ばか、だめなわけないだろ」
 だめなわけがない、だから。……あ、そうだ。
 賑やかな面々がいなくなったわけだし、ちょうどいい、かな。
「どうしたの? にとり?」
 不思議そうに問いかける阿呼。私は内心の笑みを押し隠して「秘密、それじゃあ、仕事しよっ」
「うんっ」

 今日の作業は終わり、うんっ、と一つ。伸び。
「あ、にとり、次の部品だけど」
「阿呼、今日はもう終わりだよ」
「ふぇ?」阿呼は首を傾げて「まだ、おゆはんまで三十分くらいあるよ?」
「阿呼が言ってたでしょ? 二人で遊ぼうって、これからも一緒にたくさん遊ぶけど、先に一緒に行きたいところがあるのだ。
 …………その、だめか? 作業続けたいなら、それでもいいけど?」
 急ぎ、というわけじゃないけど、けど、二人きりなら、行っておきたい場所がある。
 友達と一緒にいる賑やかな時間が一時、終わったからかな。すぐにでも一緒に行きたくなっちゃったのは。

 さらさら、と沢、綺麗な水が流れる。玄武の沢。
 時刻は夕暮れ。さらさらと流れる水は夕日の、燃えるような赤を映して輝く。
 私はその輝きの中、阿呼と手を繋いだまま、
「覚えてるか? ここだぞ。阿呼と会ったのは」
 ぱしゃっ、と音。綺麗な水の流れる沢に足をつける。靴も、靴下も脱いで、スカートを軽く持ち上げて、
 足に触れる水の涼気。冷たさ、心地いい。
「ねっ、阿呼もおいでよっ」
「…………あ、あっ、う、うんっ」
 遅れて、ぱしゃっ、と音。阿呼は恐る恐る川の中を歩く。
 そんな彼に、くすっ、と笑って、ぱっ、と手を放す。ぱしゃっ、と音。
 とんっ、とんっ、と沢の中の石を足場に跳ねる。もちろん、足を取られることもなく、とんっ、とんっ、楽しいな、と。その思いのまま小川を跳ねる。とんっ、と一回転。
「わー、凄い」
「えっへんっ、どんなもんだいっ
 川は私たち河童の領域、この程度は朝飯前さっ」
 だから、まだ恐る恐る歩く阿呼に、
「もうっ、そんなんじゃ私と一緒に遊べないぞー」
「うう、が、がんばるっ」
 恐る恐る、こっちに向かって歩いてくる。足を取られないように、懸命に、
 来て、と思う。願う。ここまで来て、と。そして、
 一緒に遊ぼう、と。ずっと、ずっと一緒に遊ぼうな、と。

 ずっと、ずっと昔。約束したみたいに、

「と、っとうちゃ、ひゃあっ?」
 もうちょっと、というところで、一歩。バランスを崩す。もちろん、
「うむっ、がんばったなっ」
 抱きとめる。暖かな体温と、頼りない、線の細い体。けど、確かにここにある、その事が嬉しい。
「あ、……に、にとり」
「ふふ、どーんっ」
「にゃあっ?」
 顔が赤くなる前に私は笑顔で後ろに倒れる、もちろん、阿呼も一緒に。
 可愛い悲鳴、そして、跳ねる水の音。沢は、この辺はまだそんなに深くない。寝転がる。背に水の流れを感じる。
「あはははっ、ごめんなっ、阿呼っ」
「う、うー、……びっくりしたよお」
 非難の声。抱きとめたまま後ろに倒れたから、阿呼はまだ私に近いところにいる。視線を横に向けると、そこには阿呼の穏やかな表情。
「ね、阿呼」
「うん」
「私はね、ここが好きなのだ」
「……うん」
「水が綺麗で、気持ち良くて、」
 見上げる、夕方、藍色に染まる空と、燃えるような赤い空。
「空も、ね。……吸い込まれるみたい」
「だめ」
「阿呼?」
 不意の声に、視線を横へ。阿呼はまっすぐに私を見詰めて、
「吸い込まれるなんて、だめ。
 そしたら、僕がにとりの手を握ってるから、ずっと、繋いでるから。……だから、一人で行くなんて、だめだよ」
 そういうつもりじゃないんだけどね。
 けど、まあ、そう言ってくれるのは嬉しいから、いっか。
「うん、ずっと私と、手、繋いでてね」
 手を繋いだまま、暮れゆく空を見上げる。
 だから、
「ここで、たくさん一緒に遊ぼうな。阿呼」
「うん、たくさん一緒に遊ぼうね。にとり」
 顔を見合わせて、笑った。

//.阿呼の夢

 強くなりたい、と言った。

「なんで?」

 友達の事を聞いた。
 寄る辺なき《もの》、漂泊を続ける。水の民。
 友達は気にしてないって言ってるけど、それでも、
 帰る場所がない、……それはさびしい気がした。

「どうやって強くなるの?
 力もないのに」

 力がない。
 戦う事を、否として、だから、必死に勉強してきた。
 もう、力でどうにかなる事でもないと、教え込まれていたのだから。
 でも、僕は強くなりたかった。
 大好きな友達が辛そう、と思ってしまったから。
 幼心に抱いた思い。形にできなくて、けど、

「わかったっ」

 すくっ、と立ち上がる。

「じゃあ、私が手伝ってあげるっ!
 私が、頑張って何か作るからっ、それでたくさん強くなってなっ」

 ありがとう、と言った。大好きな友達が力になってくれる、ただ、その事が嬉しかった。

//.阿呼の夢

「おはよー、阿呼」
「おはよっ、にとり」
 久しぶりの二人の朝。うむ、賑やかなのもいいけど、こういうのもいいな。
「さて、それじゃあ朝ご飯作ろうか」
「はーいっ、僕作ってくるねっ」
「んー、いいよ。
 代わりにお昼お願いしていい?」
 なんだかんだ、作業に集中すると抜いちゃう時あるからね、私。
 その点、阿呼ならしっかりしているから大丈夫。
「うんっ、解ったっ」

「ごちそうさまでしたっ
 美味しかったよっ、にとりっ」
「うむっ、お粗末様」
 屈託のない笑顔の阿呼にちょっと安心。昨日、阿求と文の料理とか食べてたからなあ。
 見劣りはない。……いや、朝だし、昨日みたいにたくさん食材使ったわけじゃないから多少劣るかもしれないけど、それでも、まあ、がっかりされるようなのじゃないよな。
 …………やっぱり、ちょっと気になるかも。
「あ、あのさ、阿呼」
「どうしたの?」
「えっと、昨日、文とか阿求のご飯食べたよな? ……その、どうだった?」
「んと、……文さんも、阿求ちゃんも、お料理上手だったよ」
 そして、困ったように、
「えっとね、にとり。
 ご飯作る時の気構えとか、使うのとかも違うんだし、あんまり比べなくともいいと思うよ」
「むぅ、……けど、やっぱり美味しいご飯を作りたいのだ」
 阿呼に、美味しかった、って言って欲しいから。対して阿呼は微笑む。
「にとりの作ってくれたご飯は十分美味しいよ?
 だから、気にしないでいいのに」
「そうか、……えへへ、美味しいって言ってくれると嬉しいぞ」
「うんっ、僕、にとりのご飯食べられて嬉しいよ」
「よしっ、じゃあお昼も私が作るぞっ」
「だめっ、お昼は僕が任されたから僕が作るのっ」
 むぐぐー、……と、まあいつも通りにやらかして、そして、
 お互い、顔を見合わせて笑った。
「それじゃあ、頼んだぞっ」
「うんっ」

 かちゃかちゃと、一つ一つ丁寧に作っていく。気持ちを込めて、心を込めて、
 誰かの役に立って欲しいな、と。少しずつ完成に近づく道具を撫でる。
「出来そうだね」
「そうだなっ」
 もともと、すでに作られているのの改良だから一から作るより断然楽。それに、
「阿呼にたくさん助けてもらったからなっ
 思ったより全然早く出来そうだっ」
 振り返って、阿呼に笑いかける。阿呼も嬉しそうに「役立てたなら嬉しいよっ」
「おう、すっごく助かってるぞー」
 ぐしぐしと撫でてあげる。阿呼はくすぐったそうに目を細める。
「たぶん予定より早く進んでると思うけど、阿呼。一応スケジュール確認しておいて、……んー、それが終わったらお昼、お願いね」
「はいっ」
 ぱたぱたとスケジュールに視線を落とす。さて、と、私は作成途中のGPSへ。
「もう少しだからなー」
 あと、いくつかの部品を組み込めばとりあえず、動くはず。
 もちろん、動作確認とか確認中で見つけた仕様の修正とかはあるけど、ひとまずは、ね。
「完成かあ」
「どうしたの?」
 ひょい、と阿呼はスケジュールから顔を上げて視線を向ける。
「うん」私は作りかけのGPSを軽く叩いて「完成は嬉しいんだけどね。けど、いろいろあーだこーだ考えて作るのももう終わりかなあ、って思うと、ちょっと、しんみりしちゃったのだ」
「そうだね」ひょい、と阿呼は私の隣に座って「いろいろ、こんなのあったほうがいいとか、図面と睨めっこしてこれ見直したらとか、そんな風に言い合って、少しずつ作っていくの、楽しかったよね」
「うん」
 阿呼と二人で、言葉を交わしながら少しずつ、少しずつ完成に向けて進んでいく。
 それが、とても楽しかった。……けど、もう少しで終わりかあ。

 終わり、か。

「あ、あの、阿呼」
「なぁに? にとり」
「あの、な。……その、……これ、作り終わった後も、また、何か作るの考えるから。
 これからも、私の助手として、傍にいてくれない、か?」
 終わり、それを意識したら急に不安になった。
 そんな事はない、と分かっていても、それでも、確かめたくなってしまう。
 終わり、それを期に、いなくなってしまうんじゃないか、って。
 期待している。阿呼が笑顔で頷いてくれる事を、…………「あ、阿呼?」
「ううん」
 答えは、否定。……本当に、目の前が真っ暗になるような感覚。
 どうして? その言葉が出ない。否定の理由が知りたくて、けど、怖くて言葉が詰まる。そして、
 阿呼は、優しく私を見つめてくれる。
「あの、ね。にとり。
 傍にいて欲しいって言ってくれて、僕、すっごく嬉しいよ。……けど、そのために何か作るとか、そういうのはだめ。
 僕は傍にいるから、にとりと一緒にいたいから、ここにいるから、二人でまた、いろいろ考えたり、言い合ったりして、何か作ろう、ね?」
「……ふぁあ、………………」
 …………ほんと反則だよお。そんな事、言ってくれるなんて、
「あ、あの、にとり。
 その、……な、何か言ってくれない、かな? あの、……僕も、ちょっと言ってて恥ずかしかった、り」
「ひゅいっ? ……あ、うん、ごめん」
 じゃなくて、……深呼吸。顔が熱い、鼓動がうるさい。けど、そうじゃなくてっ!
「う、……うん、ありがと。
 私、そう言ってくれて、凄く、嬉しい」
 深呼吸。顔が熱い、鼓動がうるさい。…………けど、胸がすごく暖かくて、嬉しい。
 照れくさいのに、……それなのに、ずっとこのまま、阿呼のそばに居たかった。



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