「へふー、さすがに疲れたわ」
「ふふ、御苦労さま」
 一通り並べて陳列終了、私はぐったりと椅子に腰を落とす。
「はい、御駄賃よ」
「ありがとー」
 渡されたのは缶の御茶。それと、
「さて、開店まで時間もあるから、ちょっと一服しましょう。
 付き合ってくださる?」
「ええ、もちろん」
 即答に、幽々子さんは微笑んで、売り物からいくつかの和菓子をとりテーブルに並べる。
 テーブルの周りには椅子、数は五。その一つにすとん、と座った。
「はい、早苗も」
「あ、ありがとうございます」
 妖夢とメリーにも御茶を渡して、幽々子さんは椅子に、
「さて、あんまり格好つかないけど」
 掲げられた御茶、確かに格好は付かないけど、
 こつん、と五つの缶が鈍い音を立てた。
 早速一口、御茶はもちろん市販の慣れた味、だけど、
 口の中の冷たさと味が消えないうちに、小さな御饅頭を放り込む。――うむ。
「お茶と和菓子の組み合わせは完璧と思うわ」
「ふふ、それもそうね」
「わあ、美味しいです」早苗は目を見開いて「えっと、これは、妖夢さんが作ったのですか?」
 示したのは、可愛らしい紅の色付けがされた練り切り、妖夢は恥ずかしそうに小さく頷く。
「妖夢に教えてもらえば早苗もこれくらい作れるんじゃない?」
「がんばりますっ」
「あ、あの、蓮子、あまり変なプレッシャーは」
 満面の笑顔に小さくなっておろおろする妖夢。あら、と幽々子さんが、
「早苗、妖夢に和菓子の作り方を習うの?」
「はいっ」
「そう、それは楽しみねー
 ふふ、妖夢のお弟子さんが作った御菓子、楽しみにしているわ。妖夢の師匠として」
「あ、でしたら早苗も幽々子様に教えていただいた方が」
 そうですね、と早苗が頷く、より早く、
「いいじゃない」メリーが和菓子をつまみながら笑って「人に教える事は自分の勉強にもなるわよ。自分の勉強と思って、やってみたら」
「楽しみねー、妖夢のお弟子さんの御菓子ー」
 全身で楽しみを表現する幽々子さん。なるほど、と納得する早苗に挟まれて、妖夢は小さくなる。
「が、がんばります」

 こっちはもう大丈夫よ、と幽々子さんに背中を押されて、私たちはまた手伝えそうな場所へ。
「喜んでいただけましたねっ」
 早苗は嬉しそうに笑う。
「そうね。手伝った甲斐があったわ」
 誰かに喜んでもらえると嬉しい、感謝をされればなおさら、
「これも準備の醍醐味よねー」
 手伝って、お祭り参加の一体感を持って、最後に、ありがとう、そう言ってもらう。
「そうですねっ。楽しいです」
 早苗の笑顔にメリーも笑みを持って、
「それで、どうする?
 また手伝えそうなところを探す? それとも、そろそろ夜店めぐり?」
「んー、……早苗はどうしたい?」
 問いに、へっ? と。
「あ、私は、お二人にお任せします」
「メリーはどうしたい?」
「早苗ちゃんにお任せするわ」
「それじゃあ多数決で決定ね?
 早苗に一任」
「ええっ?」
 澄ました顔のメリー、笑って告げる私、そして、最後にびっくりする早苗。
 その流れが面白くて、……つい、
「わ、笑わないでくださいよ」
 ごめん、無理。
「も、もうっ、メリーさんも蓮子さんもひどいです」
 可愛らしく膨れる早苗。
「ふふ、ごめんね。早苗ちゃん」
 まあまあ、とメリー、と。
「あっ、蓮子ちゃんっ、メリーちゃんっ」
 あ、
「小傘ちゃんっ」
「やっほーっ」
 浴衣を着た小傘ちゃんが駆け寄っていた。手をあげると、
「こんばんわっ」
 ぱちんっ、と手を打ち合わせる。
「早苗も、どうしたの? 皆して」
「えっと、お手伝いを」
 御手伝い? と小傘ちゃんは首をかしげる。改めて、説明に早苗はええっと、と。
「なんていうか、夜店の準備をしている人の」
「私もやるっ」
 うわ、即答。
「いいの?」
「うんっ、なんか楽しそうだし、……」えっと、と困ったようにこっちを見て「あの、だめ?」
 撫でた。
「ひゃっ、な、なにっ?」
「つい」
 言いながら撫でる撫でる。撫でまわす。ふわふわの髪とか、
「や、やめてよー」
 くすぐったそうに身をよじる小傘ちゃん。
 さて、一通り堪能して手を離す。
「もー、びっくりしたわよ。なんでいきなり撫でるのっ?」
「いやあ、小傘ちゃんの困った表情が可愛くてねえ」
 あう、と顔を赤くする。うむ。
「困った顔がいいって、蓮子ちゃんのさでずむ」
 使い方あってるのかしら、それ。
「あのー、もういいですか?」
 早苗が困ったように問いかける。その隣、メリーは呆れてる。
 うん、
「早苗も撫でてほしい?」
「い、いいですっ」
 全力で首を振る早苗。――ふと、思う。神奈子さんが同じ事を言ったらどうするのかな、と。
「ダメな事なんてないわ。
 第一、私達もほとんどお節介なんだし、気にしないで行きましょう」
「もちろん、小傘ちゃんが一緒に来てくれるなら、嬉しいわ。
 楽しいもの」
 ねっ、とメリーは笑って頷いた。
「えへへ、ありがと」
 さて、小傘ちゃんを交えてお祭りの夜を歩く。
 少しずつ、少しずつ参加者も増える。そこにいるのは人か、神か、……それはわからないけど、
 思い出すのは昨夜にあった穣子さんと、その言葉。
 人に近い、か。
 そうだ、ここは『遠野』、神様だって田植を手伝い、人と一緒に遊ぶ、伝承の郷。
 祭りのときなら、神と人を隔てるのも無粋ね。
「それと、仏も、か」
「ん? なんだい?」
 仏像を抱えて歩くナズちゃん。彼女は私たちを見て首をかしげる。
 うん、
「御手伝いに来ましたー」
「……いや、頼んだ覚えはないのだが」
「押し付けよっ!」
「…………なんで?」
「どうしました? ナズーリン」
 首をかしげるナズちゃんに、奥から顔を出した星さんが問いかける。
 どうした? それは、
「いや、御主人様。
 手伝いの押し付けに来たとか」
 はあ? と、星さん。
「蓮子、とりあえず引っ込んでなさい。
 貴女がいると、…………控えめに言えば混乱するわ」
「普通に言ったらどうなるのですか?」
 言葉を選んだメリーに早苗が問いかける。普通に、その問いにメリーは言葉を選ばず、
「邪魔」
「ひどっ」
 ともかく、
「あの、何か手伝えることがあったら、手伝わせていただけませんか?」
「それは、助かりますが」星さんは首をかしげて「いいのですか? 楽しい事はないと思いますよ。商品の陳列ですし」
「いいんじゃない?」ナズちゃんは荷物を抱え直して、強いて淡白な表情で「手伝いたいって言ってるような物好きなんだから」
 あはは、と同列な小傘ちゃんと早苗が苦笑。では、と。
「お願いします」

 商品の陳列、箱の中に丁寧に仕舞われた小さな仏像を取り出して、棚に並べて行く。
「結構多いのね」
「まあ、商品ですからね」星さんは苦笑して「せっかく買い求めていただいたのに、品切れは申し訳ありません」
「真面目ね」「性分です」
 即答、まあ、かもしれない。
 性分、か。
「星さんって、仏教の人、よね?」
「それはもう」
 当り前、『福泉寺』に勤めていたし、……なら、
「ここって、宗教観混在しているけど、あんまり気にしない?」
「混在しても、それぞれ得られるものは異なります」
「……それもそうね、ごめん。宗教って一括りにしちゃって」
 いえ、と星さんが微笑し、
「民間伝承、――家宅の神は家を手助けし共同体としての村を守護する。
 山岳信仰、――天狗や修験者は異界として山川に対する畏怖をもたらす。
 神道、――天神地祇は自然現象への感謝と畏敬を与える。
 仏教、――御仏は人を救う。
 混在、というよりは調和、と言ってもらえたほうが嬉しいですね」
「嬉しい、じゃなくて的を射ているよね」
 なるほど、と納得する。
 厳しい環境だから追及した現世利益、信仰の向かう先はそれぞれ、か。
「すいません。なにか、お説教みたいになってしまいました」
 苦笑する星さん。それはもちろん、
「ううん、とても勉強になったわ。
 こっちこそ、蔑にするような事を言ってごめんなさい」
「そんなことありません。覚えていますよ。
 貴女達の祈ってくれた事」
 うぐ、……そういえば、
 改めて言われると、照れるかも。星さんは頷いて、
「だから、蔑、と言わないでください。
 混在、というのも間違えてはいませんし、それに、貴女はこの遠野の救いを祈ってくれた。
 それは、なによりそれぞれの教えを尊重している証です」
「あ、あははは」
 生真面目に言われると、正直、照れる。
「だから、」
 星さんは売り物の仏像に視線を落とす。
 木彫りの、小さな像。
 『福泉寺』の大観音と同じ、慈悲を湛えたその表情を見て、
「どうか、小さなものでも、救いとなってくれれば、……そう、思うのです」
「なるわよ」
 即答、それに星さんが不思議そうに顔をあげる。
 物理屋の意見としては、――当り前だけど――そんなわけがない。
 手の中にあるのはただの木彫りの像で、そもそも救いとは正確に観測されるものではない。
 救いなんてない、そんなものはただのまやかし、気の持ちようだ、と。そして、それは間違いなく事実。
 でも、嬉しい、という思いがあるなら、そして、それに感謝を出来るのなら。
「御仏にありがとう。と言って、その感謝を誰かに伝えたいと、そう思えるなら、それはその人と、そして、その人が感謝を伝えた人にとっての救いとなる。
 信仰に救う力はなくても、それに後押しされた意志は、間違いなく救いとなるわ」
 理想論とは思うけどね。
 星さんは、目を見開いて私を見て、……そして、微笑む。
「貴女に会えた事を御仏の導きと、感謝しましょう。
 会えてよかったです」
「あ、どう「私が案内したんだけどね」」
 あ、と声。
 そこには、苦笑顔のナズちゃんと、感心、という表情を浮かべる早苗と小傘ちゃん。
「…………まさか」
「ええ、聞いてたわ、大体ずっと」メリーは微笑んで「声かけるの、躊躇っちゃったわ」
「いや、もう、何一つ遠慮せず、むしろ突貫していいわよ」
 ぐわ、――なんか、物凄く真面目に語っちゃったような。
 言葉に詰まる私の傍ら、星さんは満面の笑顔で、
「そうですね。
 ナズーリン、会わせてくれてありがとうございます」
「あ、……いや、まあ。うん、……どう、いたしまして」
 突っ込みに感謝をされて、言葉に詰まるナズちゃん。
 そんなナズちゃんに、星さんは微笑みを浮かべ、
「準備を続けましょう。
 願う人には御仏の姿を、そこに救いと感謝を見ていただけるなら、この仏に仕える身として本望です」
 そして、その御仏のような、慈悲を讃えた優しい微笑の星さん。
 ほんと、こういう人が仏教の人なんだなあ、と。
「えへへー、蓮子ちゃん凄いね。
 ちょっと感動しちゃった」
「うぐ、小傘ちゃん、それ、あんまり、引っ張らないで」
 無邪気に笑う小傘ちゃん。――正直、あの手の話しをするのは照れる、かなり。
 さて、それより、……辺りを見る『遠野』の名と、そして、時刻を教えてくれる空が広がる。
 準備の夕暮れは過ぎ、祭りの夜が始まる。

「まっつり祭り、お祭りーっ」
「諏訪子ちゃん、元気ね」
「そりゃねっ」
 にぱっ、と笑顔の諏訪子ちゃん。
「お祭りだよっ、楽しまなくちゃそれは嘘よっ」
 あはは、と笑う。
「そうね、楽しまなくちゃ損、楽しまなくちゃ嘘、せっかくのお祭りだものね」
「おっ、メリーは話が分かるわねっ」
 ぱちんっ、と手を打ち合わせる。
 小傘ちゃんはそのままナズちゃん達の所で手伝い、早苗は神奈子さんの所に戻った。
 そして現れたこのちっちゃい神様。
 そして、もう一人。ぎゅっと私の手を掴んでいる、
「キスメちゃんも、お祭り」
「う、うん、……一緒、が、いいな」
「ほら、キスメっ、キメ台詞キメ台詞っ」
 諏訪子ちゃんはやたらとハイテンションであおる。キメ台詞?
 あ、あの、とおどおどと私を見上げる。緊張しているのか、困ったような顔で私を見上げて、
「い、一緒に遊んでくれないと、た、祟っちゃう、よ?」
「……説得力あるわね」
 実際一緒に遊んでいた子どもをしかった大人を祟ったしね。
 まあ、それはともかく、
「いいわよ、一緒に遊びましょう」
「う、うんっ」
 にぱっ、と笑顔。
「で、これからどこに行くの?」
「うーん、お雛様が何かやっているみたいだから、そっち探してみようと思うけど」
 どこだろ、と辺りを見る。雑多な夜店、目当ての人は見えない。――まあ、そう簡単に見つかるものでもないか。
 あとは、
「穣子さんや静葉さん、もいるかしらね?」
「それはもちろん、お祭りに参加しない神様なんていないわ」
「そう?」
 問いの先は神様じゃなくても参加しそうな諏訪子ちゃんじゃなくて、キスメちゃん。
「う、うん。
 お祭りは、神様が遊ぶ場所だから、神様ならみんな参加、する、よ」
「ちょっとちょっと、どーしてそこでキスメに聞くのよ」
「いや、だって諏訪子ちゃん神様じゃなくても参加するでしょ? 絶対に」
「そりゃもちろんっ」
 やっぱり、
「じゃあ、神様なら、っていう疑問の答えにならないわ」
 ぐうの音も出ない、苦笑は出た。
 キスメちゃんは小さく笑う。――さて、
「何か食べようか」
「そうね、お腹すいたわ」
 お昼はかなり食べた。そのあと幽々子さんや妖夢特製の和菓子もつまんだ。
 けど、手伝いはそれ相応に体を動かした、結果。
「ぐう」
「あの、大丈夫?」
 おどおどと見上げるキスメちゃんの頭を撫でる。どっかに食べるところないかなー
 夜店はある、屋台はある。あとは、食べるもの。――うーん?
「あ、あの」
「なぁに、キスメちゃん?」
「静葉ちゃん達が、食べ物屋さんやってるよ」
「ほんとっ?」
 早速そちらへ。――と、つい、と。
「ん?」
 袖が引かれる。振り向く、キスメちゃんは、私を見て、
「抱っこ、して」
 ……えっと、振り向く、メリーと諏訪子ちゃんは、――あてにならないわね。
「ええ」
 よいしょ、とその小さな体を抱き上げる。
 えへへー、と緩む声。で、
「なんか、親子みたいだね」
「なにが?」
 よいしょ、と背中に背負いなおす。暖かい小さな重み。
「そりゃもちろん、蓮子とキスメちゃんが」
「そんなわけないでしょ」
 一言ぼやいて、私はメリーの頭を小突いた。

「親子?」「違うわよっ!」
 レティは首をかしげて焼きそばを割りばしでかきまぜる、その上で、
「どう見てもそうにしか見えないわよ」
「ねーっ」
「なんで諏訪子ちゃんはそんなに楽しそうなのよ?」
 ちなみに、後ろからえへへ、と緩んだ笑い声。
 はあ、と。
「キスメちゃん、もういい」
「あ、うん」
 かがんで、キスメちゃんを降ろす。
「でも、ほんと似合ってたわよ。
 蓮子も、いいお母さんになれるんじゃない?」
「相手がいないわ」
 即答。が、諏訪子ちゃんは不思議そうに、
「蓮子ってもてるんじゃない?」「なわけないでしょ」
 そういう浮いた話は全くない。
 そう? と諏訪子ちゃん。
「そうなの?」
 レティも不思議そうにメリーに問いかける。メリーは苦笑して、
「そうね、私も聞いた事がないわ。
 蓮子って、女の子にもてるタイプだしね」
「…………返事のしようがないわね」
 微妙に心当たりはあるけど、女性として頷くのも。どうかと思う。
 そして、半目を向けて、
「納得しないでよ。諏訪子ちゃん、レティ」
「えへへ、お母さん」
 キスメちゃんは変わらぬ笑顔で私の手を引く。――お母さん。
「…………なに笑ってるのよ、メリー」
「あ、いや」くすくす、メリーは笑う「あ、ごめんね。うん、ふふ、可愛いなあって」
「キスメちゃんがね」
 私の言葉にメリーは答えず、微笑継続。
「ううん、蓮子も可愛いわよ」
 ねえ、と諏訪子ちゃんがレティに笑う。レティは笑って頷いて、
「そうね、おどおどしている蓮子は可愛いわ」
「どーして皆そろって私を攻撃するのよー」
 嘆く、と。
「れ、蓮子をいじめちゃだめ」
 むー、とキスメちゃんが前に立ちはだかった。
 なんかいっぱいいっぱいの表情で、――で、もちろん、
「ふふ、大丈夫よ。キスメちゃん」メリーはかがんで、視線を合わせてその頭を撫で「こういう御話も、楽しいのよ。ね、蓮子」
「ええ、楽しいわ。
 絶対にやり返してやる」
「怖い怖い」
 レティはわざとらしく身震いする。諏訪子ちゃんはただけろけろ笑う。
 まったく、とため息一つ。
「さて、で、なにしに来たんだっけ?」
「私に会いに来てくれたの? 嬉しいわね」
 焼きそばを掻きまわしながらレティが微笑む。――も、いいんだけど、
「そうだっ、食べ物食べに来たんだっ」
「蓮子、目的忘れないでよ」
 メリーの呆れた呟き、そして、レティは苦笑、残念と、笑って、
「あっち」行儀悪く箸で奥を示し「静葉と穣子がいろいろ作っているわよ。もらって来れば」
「もらえるんだ」
「そんなものよ」
 そう、と頷いて、私とメリーは奥へ。キスメちゃんと諏訪子ちゃんは残ってレティと何か話してる。
「にしても、賑やかね」
 ざわざわ、と。人だが神だかよくわからないけど、いろいろ集まっている。
 お祭り、その空気を感じる。――もちろん、高揚も、
「そうね。
 さて、たべたら本格的にお祭り参戦ね」
「もちろん」
 パチェを誘う約束しているし、――鈴仙の代わりにお店をやってみるのも楽しいかもしれない。
 なんかいろいろありそうなキャンプファイヤーは見逃せないし、幽々子さんの和菓子も食べたい。
 楽しそう、と。いろいろ考えて思う。これこそお祭り、と。
「お雛様どこにいるのかしらね」
「そういえば」
 会いたいんだけどなー
「探してみましょう」
「ええ、もちろん」
 探せるかな、とは思うけど、
 探そう、と思う。せっかくだから、一緒に楽しみたい。――――って、
「いた」
「へ?」
 そこには、日本人形どころかこの場にさえそぐわないほど、ひらひらでふりふりなエプロン装備のお雛様がいた。
「あら、蓮子、メリー、こんばんわ」
「こんばんわ、……なんていうか」
 この場にはそぐわない、そぐわないんだけど、
「可愛いわね」
 お人形さんとしては、うん、物凄く可愛い。
「あら、ありがとう」
 エプロン、――というかエプロンドレスでくるりとターン。お雛様は上機嫌に微笑む。
 そして、悪戯っぽく、
「また、抱きかかえてほしいけど、残念ね。
 今はお仕事中なの」
「給仕の?」
 問いに、ええ、と上機嫌な返事。
「お二人は何か注文?」
「そうだけど、受け付けてくれるの?」
「ううん、二人は特別にダメよ」
「特別にダメなんだ」
 ぽつり、呟くメリーにも変わらず上機嫌な笑顔、だって、と彼女が、
「そしたら静葉や譲子が会えないじゃない。
 そんなことさせられないわ」
「……まあ、それもそうかもしれないわね」
「ふふ、だから、注文だけしに行きましょう。
 後で届けてあげるわ」
 笑顔でそう言って一緒に歩き始める。
「なんか、不思議な事をやるわね」
「ええ、お祭りですもの」
 それでいいのかしら? ――ともかく、三人で夜店の方へ。
「あっ、静葉」
「雛? どうしたの?」静葉さんは一緒にいた私たちを見てぱっ、と笑い「あ、蓮子ちゃんとメリーちゃんも」
「こんにちわ、食べ物ください」
 会うなり私は即座に要求。了解しました。と静葉さんはおおらかに受け入れてくれた。有り難いわ。さすが神様。
「穣子ーっ、食べ物ー」
「えっ? ちょ、姉さんっ、注文が全然わからないわよっ」
「蓮子、その注文の仕方はないでしょ」
「……そうよね」
 それを直接作る人に伝える静葉さんも大概だけど、
「それもそうね」静葉さんはおっとりとこっちに向かって首をかしげて「なにが食べたいのかしら? ……っていうか、雛」
「なぁに? 静葉」
「注文、聞いてこなかったの? それに、なんで貴女が一緒にいるのかしら?」
「一緒にいると楽しいから、ではだめ?」
 問いに静葉さんは真剣に納得した。
「ありがたい、と思う事なのかしらね?」
 メリーの小声に、私は小さく頷いて同意。
 だから、とお雛様は私とメリーの肩を叩いて、
「静葉とも会ってほしいなって」
「嬉しい。ありがとう」
 にっこり、と静葉さんが微笑む。
「ねーさーんっ、結局何を作ればいいのよっ?」
 奥から、穣子さんの声が響く、あちゃ、と静葉さんが額を叩く。
「あ、ごめんなさい。
 それじゃあ、かき氷と、焼きそば、それとお好み焼きを」視線が向けられる、私は頷く「二つずつ」
「ええ、わかったわ」静葉さんは頷いて「かき氷と焼きそばとお好み焼きを二つずつー」
「かき氷の味はっ? ただの氷を持っていくわよっ」
 奥からさらに響いた声、静葉さんとメリーは、顔を見合わせて、苦笑を交わす、ごめんね、と。

「わ、美味しそう」
 キスメちゃんは目を輝かせる。が、
「な、なに、このかき氷?」「うわあ」
 諏訪子ちゃんとレティは、なんていうか、引いていた。――うん、同感。むしろ美味しそうという感想が出たキスメちゃんが凄い。
「あははは、穣子さんが、なんていうか、気合いで」
 見る、赤、青、緑、黄、――っていうか、この黒っぽいのは何だろう?
 ともかく、これでもかと着色された混沌な色のかき氷。
 美味しそう、ねえ。
 ともかく、もちろんそれだけのシロップを投入したなら、氷そのものも大量で、
「さあ、キスメちゃん、諏訪子ちゃん、レティ」
 どん、と二つの混沌かき氷をテーブルの真中へ。
 その先の言葉が読めたのか、キスメちゃんは目を輝かせ、諏訪子ちゃんとレティは苦笑。
 うん、
「食べるの、手伝ってください」
 平身低頭、頭を下げる。メリーもそれは同様。
「作ったのは誰? また、意地悪な事をしたわね」
 呆れるレティに、メリーは首を横に振って、
「穣子さんなんだけど、なんていうか、静葉さんやお雛様と何度も話しこんじゃって、
 注文を待たせすぎちゃったこっちも悪かったわ」
「あらら、それで自棄になっちゃったってことね。
 神様も」諏訪子ちゃんはキスメちゃんを見て「些細なことで怒るからね」
「むー」
 あんまり否定できないキスメちゃんは軽く膨れる。ただ、まあ。
「ちょっとした悪戯、なら、それを飲んでしまいましょ。
 余計な後腐れを残さないようにね」
「あら、蓮子は完食する?」
 キスメちゃんにスプーンを渡しながらメリー、うん。
 私は、諏訪子ちゃんとレティに、
「手伝ってください」
 頭を下げた。そんな私を見て二人は苦笑。
「お任せっ」「はいはい」

 かき氷を食べながら、お好み焼きと焼きそばを食べる。
 熱いんだか冷たいんだか、甘いんだか何だか、
「それにしても、これ取り合わせ失敗よねえ」
 レティが苦笑する。まさにその通り、……うわあ、口の中で味がまざって凄い事になってる。
「あっ、でもこの辺美味しいよ」諏訪子ちゃんは赤と緑が混じった部分を食べながら「新味発見ね」
「ミックス? どれどれ」
 レティも一口、ん、と呟く。
 ちなみに、キスメちゃんは物凄い勢いでかき氷を食べてる。それも美味しそうに、
「あ。この黒いの黒蜜?」
「みたいね、かき氷にそんなのあるのかしら?」
「さあ、まあいいじゃない、美味しいし」
 んー、とキスメちゃんが恍惚と眼を閉じる。
 と、
「あ、あの」
 声、振り向いてみると、
「あ。穣子さん」
 奥には静葉さんが心配そうに控えている。それと、お雛様も、
「えと、……その、ごめんなさい」穣子さんは言いにくそうに軽くほおを掻いて「なんていうか、それ、大人げなかったわ」
 それ、と示す先にあるのは溶けて混ざって混沌具合が増したかき氷と、それを食べて恍惚としているキスメちゃん。
「いいわよ、ちゃんと注文しなかったこっちにも非があるし」それに、とメリーが微笑んで「美味しく食べてくれる人もいたわ」
 キスメちゃんは顔をあげて、にこ、と笑う。そして私は、にた、と笑う。
「ね、穣子さん」
「な、なによ?」
「貴女も食べてみない?」向こうと同様、溶けて混沌具合が増しているかき氷を示して「結構美味しいわよ。場所によっては」
「え、え?」
 救いを求めるように奥へ、……「ね、姉さん」
「うわあ、凄い勢いで逃げたわね」
 レティはきょとんと呟く、お雛様も含めて、うん、見事な撤退。
「さ、穣子、貴女の悪戯なんだから、責任取らなくちゃねー」
 にやー、と諏訪子ちゃんも笑う。むー、と穣子さんは少し考えて、
「た、食べるわよっ」
 気合いを入れて座り直す。はい、と私はスプーンを渡す。
 躊躇、――うーん、さすがに赤と緑が混じった水、――まあ、溶けた氷だけど――を目の前は、固まるわよね。
「美味しい、よ?」
 キスメちゃんは無邪気に笑う。メリーは苦笑、……あ、空になってる。
 だから、と集中する先。穣子さんは、ため息一つ。
「行くわよっ!」
 スプーンを置き、シロップの混ざった水を直接飲もうと容器を持つ。
 行けーっ! と、声が重なった。
「あ、美味しい」



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