「あら? 増えたわね、人数」
「あははは」
 食堂、カウンターの向こうにいる幽香さんが相変わらずの微笑。
 どーしたものかな、と笑う。――と、
「そういえば」私は肩に顎を乗せて掴まるお燐とメリーの肩に止まるお空を見て「大丈夫ですか? 動物」
「他にお客さんいないから、貴女達がいいならこっちは構わないわ」
「よかった」
「まあ、猫や烏が食べるようなものなんてないけどね。
 そっちのザシキワラシはどうする?」
 うーん、と。
 メニューを見る、『博麗』ほど安くはない、観光地って事を考えればこれでも良心的かもしれないけど、定食なら千五百円くらい。
 お金足りるかな。
「あ、そうだ、幽香さん」
「ん?」
「おにぎりを、……うーん、とりあえず十個」メリーは私を見て「で、いい? 一人二つずつ。お燐とお空は一つ、でいい?」
「大丈夫?」
 こいしちゃんの問いに、メリーは頷いて、
「まあ、大丈夫よ。
 蓮子は?」
「問題なしっ、代りに夕ご飯がっつり食べればそれでいいわ」
 よし、と頷く。と、
「夜たくさん食べると太るわよ」
「……幽香さん、やめて、それ言わないで」
 項垂れる私をみて、今度こそ幽香さんは声をあげて笑った。
 きっと、意地悪なのよね、彼女。
「そっちの座敷、好きなところに座っていいわ。
 お冷はセルフだから、好きなだけ飲んでいいわ。無料よ?」
「お冷に課金するレストランなんて聞いた事がないわ」
「あら、言うわね」
 くすっ、と笑顔。――うーん、いや、危険かもしれないけど、
 その笑顔、ちょっと別な形で見てみたい。
 ともかく座敷に座る、さとりちゃんはこいしちゃんの手を引いてお冷をとってきた。
「ありがと」
「ふふ、どういたしまして」
「なんか、さとり様機嫌いいね」
「そう?」
 普段のさとりちゃんがどうかは知らないけど、確かに上機嫌に見える。
「甘えたい盛りなのでしょう?」
 その疑問に、お盆を持った幽香さんが答えた。
「あ、甘えたいって」
 顔を赤くするさとりちゃん、そして、その様子を見て笑う幽香さん。
「はい、御注文の品をお持ちしました、と。
 それと、こっちはサービスよ」
 透明な、お吸い物、っていうんだっけ?
 こと、と置かれた大きめのお椀。
「ありがとうございます」
「ゆっくりしていってね。
 そうそう、それは熱いから、一気に飲むと火傷するわよ?」
 湯気立ってるお吸い物にそんなことしないわよ。
「んじゃ、いただきます」
 ぱんっ、と手を合わせる。メリーとこいしちゃん、さとりちゃん、お燐とお空も続いて
「「「「「「いただきます」」」」」
 おにぎりを並べて、お吸い物を置いて、食事開始。
「二人は観光で来たのよね。
 いつまでここに?」
「日曜日までね」
「わっ、じゃあまだたくさん遊べるねっ」
「そうね、今日帰る、じゃなくてよかったわ」
「せっかくの出会い、楽しまなくちゃねー」
 にゃー、とお燐はぐっ、と体を伸ばす。
「うにゅうーーーーーっ! 熱いーーーーーーっ!」
 ばさばさばさっ、とお空がその場でもがき始める。お燐はそれを見て、
「なにやってるのあんた?」
「うにゅー、熱いー」
「いっぺんに飲むからだよ。
 さっき幽香のお姉さんが言ってたじゃないかい」
「うにゅ、忘れてた」
 よたよた、と、立ち上がるお空。
「「鳥頭?」」
 はあ、とさとりちゃんがため息。
「お空、お冷を飲んで冷ましなさい。
 お燐も気をつけなさい」
「あたいはこんな熱いの最初から飲めないよ。
 猫舌なんだから」
「それもそうね」
 ぱく、とおにぎりを食べる。
「みんなはこっちに来て、ホテルに泊まるの?」
「そのつもりよ。
 他に適当な場所もないし、一室借りて座ってるわ」
 ふと、あの空家で見た光景を思い出す。
 ちょこんと並んで座っていた二人。――――可愛いかも、
「美味しいね、お姉ちゃんっ」
「ええ、そうね」
 姉妹でにこにこ笑っている。
 私も改めて一口。――特別な何かってわけじゃない、中の具は梅干し。シンプルだけど、
「うん、美味しいわ」
「もっと頼んでもよかったかもしれないわね」
 メリーも頷き、幽香さんは嬉しそうに笑う。満面の笑顔で、
「あら、それはよかったわ」
 ふと、手の中のおにぎりを見る。
 既製品にしては少し歪で、だからこそ、手作り感があって美味しく感じるおにぎり。
「これ、幽香さんの手作り?」
「ええ、ふふ、大丈夫よ。ちゃんと清潔にして作ってるから」
「ああ、いや、それはあんまり気にしてないですけど」
「そう?」意外そうに「都会の人って、そういうのにうるさいって聞いてるわ」
「そう言うのにうるさいなら、お燐やお空と一緒に食べようなんて言わないわね」
「うにゅ?」「そうなの?」
 仲良くおにぎりを啄んでた二人――まあ、二人でいいや――が顔をあげる。
「そういうものよ」
 理由まで言うと難だからそう言って打ち切る、ふうん、と二人は首をかしげてまた食事に戻った。
 程よく冷めたお吸い物を飲む。ん、と一息。そして、ふぅ、と。
 食事で上がった熱を冷ますためにお冷を一口。――よし、
「御馳走様でした」
 声が重なる、幽香さんは嬉しそうに、
「ええ、お粗末さまでした」
 ふと、
「そういえば、幽香さん。
 さとりちゃんとこいしちゃんも」
「なぁに?」「なんですか?」「なになに?」
 ぐぐ、と三人が乗りだしてきた。
 町の人は知らない、けど、
 ザシキワラシとか、あるいはこういう施設の人なら、
「『猫っ子と狐どん』っていう昔噺、知ってる?
 猫と狐が祈りました、ってところまでは聞いてるんだけど、そのあとどうなるか」
「昔噺そのものは知っているわ。
 だけど、私も祈ったところまでしか覚えてないの」
「私もー、結局猫さん何をお祈りしたのかしら?」
「にゃ?」
 ひょい、とテーブルに上がるお燐。
「お燐、貴女の事ではないわ。
 昔噺よ、『猫っ子と狐どん』」
「ああ、あれ? あたいも途中までは知ってるんだけど」
 どうなるんだっけ? とお燐は首をかしげる、その横、ばさっ、と。
「私もほとんど覚えてないんだけど、でも、寂しいのはいやだよねー、……」うにゅ? とお空は首をかしげて「なんで猫っ子は寂しくなったんだっけ?」
「感想しか覚えてないのね」
 くすくす笑う幽香さん、はあ、とさとりちゃんはため息。
 けど、そっか、知らないんだ。
「私は、ちょっと覚えてるわ」
「「え?」」
 うーん、と幽香さんは顎に指を当て、少し考えて、

「それを聞いて、御山からそれはそれは偉い妖怪様がやってきたそうな。
 狐どんと猫っ子の前に来た妖怪様は言ったそうな」

「で、終わり」
「二節?」
「それも肝心の祈った内容は覚えてないのよ」幽香さんは困ったように微笑んで「ごめんなさいね」
「あ、いや、いいです。
 少しわかっただけで、有り難いです」
 そっ、と幽香さんは笑った。「それにしても」とこいしちゃんが不思議そうに、
「妖怪なんだ。珍しいね」
「そう?」
「ええ、たいていは動物か山人だもの、登場するのは。
 妖怪、といえば妖怪かもしれないけど」
 さとりちゃんも、不思議そうにそう言葉を続けた。

 お昼ごはんを食べ、その隣、『伝承園』へ。
「あ、来たんだ」
 受付にはお土産物屋さんにいた女の子、メディスンが顔をあげて問いかける。頷いて、
「こんにちわ、見学、いい?」
「いいわよ。えっと、大人二枚?」
「え」さとりちゃんとこいしちゃんを見て「四枚?」
「? 二人でしょ?
 それとも、そっちのザシキワラシの分も払うの?」
「え? いいの?」
 思わず問い返した私に、不思議そうに、
「いいの? って、普通ザシキワラシからお金取る?」
 いや、そもそもこういうケースがありえないと思うんだけど、
「ええ、大人二枚。お願い」
「はいはーい」
 メリーがさっと割り込んで応じる。メディスンはパンフレットを二枚。
「中に地図あるから、適当に回ってて」
「ありがと」
 そして、中へ。工房、板倉、と、工芸品館と、当時の写真を見て回る。そして、
「面白い形しているのね。
 L字の家?」
「曲り家っていうのよ」
「どうしてこんな形をしているのかしらね?」
「博物館に詳しく説明があるわ。確か」
 っていうか、
「詳しいわね」
「ええ」
 詳しい、と言われて嬉しいのか、さとりちゃんは得意そうに微笑む。
「早く入ってみようよっ」
 と、
 メリーの手を引っ張るこいしちゃんがこっちに向かって手を振る。
 はいはい、と私は頷いて、
「ちょっと待ってよ」
「こいし、あまりはしゃいではだめよ」
 とてとて、とばさっ、とお燐とお空も続いて、私たちは曲り家に入った。

「蚕?」
「オシラサマって確か蚕の神様でもあるのよね」
 へえ、――…………ふと、
「ねえ、メリー」
「ん?」
「蚕、ってなんだか知ってる?」
 問いに、メリーはもちろん、と胸を張る。
「絹を作る虫よね。
 見たことはないけど、綺麗な虫なんでしょうね」
 蝶でも想像しているのかしら?
 はしゃぐこいしちゃんとそれを止めるさとりちゃんには今の会話が聞こえず、
「蚕って美味しいんだよねー」
「……食べるの?」
 ばさばさっ、とお空が私の肩に止まる。
「うん、前に佃煮にして食べてた人いたよ」
「…………あー」
 昔の人は虫とかも食べていたらしい。――今の、京都の合成食料をそういう人が見たらどういうリアクションするかしら?
 虫さえ食べて過ごした昔の人と、百パーセント人工素材の食べ物を食べる今の人、……………………やめよ、なんか、考えるのが悲しくなってくる。
「あ、あそこに蚕の紹介があるみたいよ」
 へ?
 視線を向ける、ぱたぱた、とメリーが向かう先、ちゃぶ台に載せられた分厚いファイル。
 表題には、『蚕育成記』。って、
「メリーっ」
 蚕の事を綺麗な虫、と評したメリー、そして、私の知る蚕は、決してそうでもなく、
 ばさっ、と分厚い紙をめくる音、そして、――――――――

「なにがあったのっ!」
 目の色を変えて飛び込んできたメディスン、と。
「凄い悲鳴だったわね」
 幽香さんも顔をのぞかせる。そして、私にしがみついて震えるメリー。
 さとりちゃんとこいしちゃんはどうしたものか、と立ち往生、お燐とお空も、――まあ、かく言う私もせいぜい背中を撫でて落ち着かせる事くらいしかできないんだけど、
「どうも、そこの『蚕育成記』を見て、…………なんていうか、驚いたみたいね」
「そんな変なのは載ってないと思うんだけどなあ」
 こいしちゃんが不思議そうに『蚕育成記』をめくる。メディスンと幽香さんは首をかしげて、
「メディスン、あれ、内容変えたりした?」
「してないわよ、前に幽香に見せたやつそのままよ」
「そう?」
 不思議そうに首をかしげる。さとりちゃんも覗き込んで首をかしげる。
 うん、――地元の人だもんね。
 ちなみに、メリーが何を想像していたのか知らないけど、蚕は、……まあ、言っちゃえば白い芋虫。
 そして、その育成記なので、当然。――ちらり、と視線を向ける、さとりちゃんとこいしちゃんが覗き込んでいるそのページには、アップから全身図を含め、結構な蚕の写真が掲載されていた。
 うん、
「まあ、女の子なので」
 なんていえばいいのかなあ。
 首をかしげるメディスン、そして、察したらしい、幽香さんは苦笑して、
「そう、……まあ、ゆっくりしていきなさい。
 メディスン、戻るわよ」
「大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫でしょう」
 そして、視線を向ける、…………さとりちゃんが物凄く優しい笑顔をメリーに向けていた。
「そうね、女の子だものね」
「? お姉ちゃん、どういう事?」
「さとり様?」
「まあ、いいのよ。気にしないで、気にしないで」
 さとりちゃんは、何となく沈んだ口調でそう言った。
 メリーの震えは少しずつ収まってきた。
 そして、顔をあげる。
「れ、蓮子お」
「どうどう、大丈夫よ」
 頭をなでてやる、くすぐったそうに眼を細める。――――いかん、微妙に潤んだ目といい、何か妙に可愛いぞ。
「ま、まあ、次に行きましょう。
 ほら、この奥、おしら堂ってあるし、行ってみましょう」
「うん」
 で、歩こうとする私の手をメリーは強くにぎった。
「………………メリーさん?」
「あ、あ、あのイモムシが飛び出してきたら、って、えと」
 飛び出してくるわけないでしょ? それに、それで私の手を握られてもねえ。……まあ、いいか。
「私もーっ」
 で、こいしちゃんはメリーの空いた手を握った。
 そして歩き出す、通路はそんなに広いわけじゃない、三人手をつないで歩いたらそれで一杯。っていうか、少し狭い。
 けど、
「なんか、仲良しでいいよねっ」
 こいしちゃんは無邪気に笑う。――まあ、それでもいっか。って、……………………「気にしなくて、いい、です、よ?」
 ごめんなさい。
 右肩にお空を、頭にお燐を乗せたさとりちゃんは一歩前、先行して歩き出した。
 曲り家、その独特の形状を感じるL字の通路。
 そこには、絹の伝来やらいろいろと書いてあった、あと、衣装についても、
 あんまり服装にこだわらない私は興味を持てず、興味を持ちそうなメリーは蚕の写真を警戒してみようとしない。
 そして、L字を曲がる、と。
「映画の写真?」
 大判のパネル、そこには女の子と馬のツーショットが並んでいた。
 オシラサマの悲恋。――けど、
「馬と女の子が結ばれたって、どうしてそういう話になるのかしら?」
「遠野では馬は大切な動物だったのよ。
 それ以上は教えてあげないわ、博物館でのお楽しみにしてください」
 さとりちゃんは振り向かずに告げる。――むう、なんか、拗ねられた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「なんでもないわ、こいし」
 大事な、ね。――大切な、大切な、……か。
 そういえば、この曲り家の形も博物館に行けば分かるって言ってたっけ。
 ともかく、通路を抜ける。そして、小さい入口。
「おしら堂ね」
 電灯の人工的な明かりに満たされた通路、とは違う。
 その中は、暗い。
 さて、何があるかしらね。

「う、……わ」
 はっきりいえば、圧倒された。
 狭い、小さな部屋。そこに、無数、といってもいい数存在する。オシラサマ。
 服としてまかれた布は、下の方は新しく、上にある物は色が薄れ、淡く、年季を感じさせる色となっている。
「ふわー、凄いねえ。お姉ちゃん、
 これ、いくつくらいあるのかな」
「百、……ううん、千、くらいはありそうね」
 千、――その言葉が大仰とは思えないくらい、無数のオシラサマが赤い、淡い光に照らされている。
「すごい」
 メリーも辺りに目を奪われている。――当然、よね。
 ぐるり、周り中に存在するオシラサマ。そのすべてが中央であるこちらを見ている。
「うにゅ、よく見えない」
「お空は鳥目だからさ、
 そういえば、像って二種類あるんだね」
「馬と人よ。
 さっきのパネルにあったでしょう。オシラサマは馬と人、二柱で一組の神様のよ。配偶神といってもいいかもしれないわね」
「ふーん、二人で一つなの?」
「そうよ。一緒に祀られたかったのでしょうね」

 そして、『伝承園』を出る、時間は、……十六時半、ちょっと過ぎ。か、
 咲夜さんは何時に戻ってきてもいい、とは言ってたけど、あんまり遅くなるわけにはいかないわね。
 夕食の都合もあるし、――待たせるのも悪い、それでも、出来れば一緒に食べたい。
 ともかく、私は自転車に乗る。そして、
「むぎゅ」
「いや、言わなくていいけど」
 まあ、そんな感じでさとりちゃんがしがみついてきた。うーむ?
 懐かれてるのかなあ? ま、いっか。
 ぴょん、とお燐はさすが猫、自分の背丈の数倍の距離をジャンプ一つで籠に収まる。
「メリー、大丈夫?」
「ええ、いいわよ」
 あっちも、籠の中にお空を、背中にこいしちゃんをしがみつかせて、準備はOKらしい。
 なら、
「それじゃあ、行くわよ」
 おーっ、と楽しそうな声が重なった。
 さて、行きましょうか、とペダルを踏む。……そうだ。
 『カッパ淵』、……にとり、いるかな?
 ザシキワラシと河童の対面、とか見てみたい。どうしようか、と、……ふと、またがった自転車を見る。そして、生真面目な表情の映姫さんを思い浮かべて、
「メリーっ!」
「な、なにっ?」
「自転車何時までだっけっ? まだ間に合うっ?」
 ひっ、と。メリーが、
「十七時、半」
 今の時間は、――十六時と、四十分。……間に合わない事はない、けど、
「余裕もないわねっ、急ぐわよっ!」
「ええっ」
 映姫さんと小町さんに迷惑かけるわけにもいかないし、私とメリーはペダルを踏む足に力を込める。
 ふと、『常堅寺』に続く道を見る。その向こうにいる、『カッパ淵』と、にとりを思い、……だから、
「また、遊ぼうね」
 誰に、というわけでも言った言葉、そして、私たちは遠野に向かって走り出した。――それなりに急いで、

「ぜはーっ」「ふー」
「…………いや、別にそんなに急がなくてもいいんだけどさ」
 自転車を止めてへたり込む私とメリーに、小町さんは苦笑していう。
「あんまり無茶しないでくれよ?」
「あ、あははは」
「ふはー」
 メリーはまだぐったりしている。それを見て小町さんは苦笑。自動販売機の方へ。
 ごとん、と。
「ほいよ、サービスだ。
 そっちのザシキワラシにはなしね」
「けちー」「けちね」
「うるさい、後ろに乗ってただけなんだからいいだろ」
 ありがたい、と天然水をそのまま一気飲みする。ごくごくと、――
「ぷはーっ」
「……酒呑んだ後みたいだね」
 …………そうよね。指摘されてそれがまさに的を射ていて、なんか恥ずかしくなる。
「それも完全に一気飲みとは、そんなに喉乾いてたんかい?」
「まあ、ええ、結構急いできたから」
「そ、じゃ、入りなよ。返却の手続き、映姫様がしてくれるから」
 それにしても、
「汗、結構かいちゃったわね」
「うう、べたべた」
 なんか、水飲んだら一気に噴き出したわ。
 クリーニングしてくれるかしら? ――ああ、しまった、昨日着てた服、置きっぱなしだ。
 着る服あるかなあ。――ともかく、私たちは『観光案内所』へ。
「お帰りなさい」
 何か仕事をしていた映姫さんは顔をあげて微笑む。
「あ、自転車返しに来ました」
「ありがとうございます。
 渡した半券、あるかしら?」
「あ、はい」
「それにしても、ザシキワラシも一緒とは、……ふふ、楽しい道行だったようですね」
「まあ、そうですね」
 っていうか、私も想像できなかったわよ、こんなの。
 映姫さんにメリーと半券を渡す。
 映姫さんは頷いて受け取る。さて、
「それじゃあ、また」
「ええ、またのご来店をお待ちしております。
 で、いいかしら?」
 最後に、映姫さんは生真面目そうな表情から一転、悪戯っぽく笑って言った。
 それはもちろん、
「そうね、結構お世話になると思うわ」
 映姫さんは私のその言葉を聞いて嬉しそうに笑う。
 さて、まずはホテルに行こう。と、『観光案内所』を出る。
 外へ、歩き出したところで、かくん、と。
「あ、あれ?」
「メリー?」
 手すりにつかまるメリー、彼女は困ったように苦笑して、
「と、ごめん。
 ちょっと、足に力が入らなくて」
「疲れが出たのかしら?」
「そう、かもしれないわ。
 ごめん、ちょっと休んでいくわ」
「ん、お客さん。怪我でもしたのかい?」
 奥から戻ってきた小町さんが座りこむメリーを見て、眉根を寄せて問う。
「どうも、足に来ちゃったみたいで、すいません、少し休んでていいですか?」
「メリー、大丈夫?」
 こいしちゃんが不安そうに問いかえる。大丈夫よ、とメリーが応じる。
「とりあえず中入りなよ。
 外よりは涼しいからさ」
 小町さんがメリーに肩を貸して立たせる。
「先にホテルに行って伝えておきましょうか?」
 さとりちゃんも心配そうに問う。大丈夫、とは思うけど、
「お願いできる? 戻れそうになったら連絡するから」
「ええ、わかったわ。
 こいし、お燐、お空も、行きましょう」
 歩き出すさとりちゃんと、不安そうに振り向くこいしちゃん。メリーはそっちに笑顔を見せ、
「大丈夫よ。すぐ戻るわ」
 メリーの言葉、それと笑顔にこいしちゃんはうん、と頷いて、さとりちゃんの後を追った。
「どうしましたか?」
「ちょっと疲れが足に来ちゃったみたいなんですよ」
「そうですか、……」ふむ、と一つ頷いて「なら、診療所の人に来てもらいましょうか」
「って、大丈夫ですよっ、ほんと、すぐに治りますからっ」
 話が大きくなったなあ、と思う傍ら慌ててメリーが止める。けど、
 映姫さんは受話器をとって、
「せっかくの旅行なのに筋肉痛で一日棒に振るのももったいないでしょう。
 整体もしてくれたはずなので、マッサージでもお願いしてみたら?」
「ん、じゃあ、映姫様、こっちの蓮子ちゃんも合わせて二人分だね」
「私は大丈夫、だけど」
「翌日に出るってこともあるからねえ」
 ぐっ、――かも、しれない。
 せっかくの旅行、ベッドで一日筋肉痛で過ごす。――うわ、最悪。
「もしもし、『八意診療所』ですか? ……はい、『観光案内所』の映姫です。
 ちょっと、マッサージをお願いしたい人がいて、……ええ、観光客です。――――――そうでしょう。
 なので、お願いします」
 ちん、とベルを置いた。
「すぐに来るそうです。
 それまでは安静にしてほしいと」
「ありがとうございます」
 困ったようにお礼を言うメリーに、映姫さんは微笑んで、
「『八意診療所』の職員も同意してくれましたよ。
 せっかくの滞在を無駄にさせるのはもったいないと、だから、気にしないでいいですよ」

「こんにちわ、『八意診療所』のものです」
「こんにちわー」
 生真面目に頭を下げるポニーテールの女の子と、興味深そうにあたりを見る女の子。
 この二人?
「患者さんは、……こちら、ですか?」
「ええ、お願いします」
「解りました」

 二人は依姫と、豊姫、というらしい。正確には診療所の職員ではなくて、学生のお手伝い。
「じゃあ、医大生?」
 ころころ、
「う、……い、いえ、勉強中、です」
 ころころ、
「大学受かればいいわねー」
 ころころ、
「高校生?」
 ころころ、
「……そうです」
 ころころ、
「蓮子さんとメリーさんは大学生なのよね。
 いいなあ、頭いいのよね」
 ころころ、
「そう言われると、なかなか頷きにくいけど、……」
 ころころ、
「…………っていうか、あの、恥ずかしいんだけど」
 というわけで、私が押している自転車に座るメリー。
 自転車はレンタサイクル、映姫さんが特別に貸してくれた。感謝。
「しょうがないじゃない、歩くたびに悲鳴あげるんだもん」
「あはは、重症ねー」
 豊姫にまで笑われて、メリーは顔を真っ赤にした。
「お姉様、お客様よ」
「あら、ごめんね」
「……はあ、いや、いいです。
 私の日ごろの運動不足が悪いんです」
「駄目よメリー、秘封倶楽部たるもの、いつなん時何があるか解らないんだから、体は鍛えておかないと」
「すっごく体育会系になったわね、不良サークル」
「面白い事は待ってはくれないのよ」
 至極当然の持論を並べる、と。
「サークルって、大学の、よねっ」
 ずずい、と豊姫。――っていうか、うわ、依姫の目が輝いてる。
 興味津々ね。……まあ、大学に興味があるなら当り前か。
「どんな事をしているのっ?」
「というか、……その、お二人は、観光客、ですよね?」
「ええ、京都から来たわ」
「「京都っ?」」
「やっぱり興味ある?」
「それはもちろんっ、
 でも、京都の大学ってきっとレベルも高いのよね。凄いわ」
「あ、いや、そんなでも」
 きらきらと、尊敬のまなざしを向けられても困る。かなり、
「二人は、医大希望?」
 メリーの問いに、依姫が、
「はい、その、出来れば、医大に通いたいって、思ってます」
「医師志望なんだ。凄いわね」
「志望っていうか。その」
 照れくさそうに言葉に詰まる依姫、ぽんっ、と彼女の肩を豊姫が叩いて、
「私たちにはお世話になっている人がいるの。
 今は、っていうか、ずっと助けられてばかりなんだけど、いつか助けられるようになりたいなあって」
 なるほど、それで医大生か。
 診療所から来た。きっと、その診療所のお医者様を助けたい、ってことよね。
「いい子ね」
 だから、率直に感想が出た。依姫と豊姫は、片や顔を赤くして俯き、片や照れくさそうに微笑んだ。
 可愛いな、と、二人の表情を見て思う、と。
「二人は、学部とかは?」
「相対性心理学よ」「超統一物理学よ」
 …………きょとん、とされた。
「え、と、難しそうね」
「……物理学?」
「変?」
「あ、えっと」依姫は申し訳なさそうに小さく「その、すいません。ただ、女性で物理学は珍しい、と思って、気を悪くしたら、謝ります」
「いい「大丈夫よ、蓮子は自他共に認める変な酔狂者だから、なにも気にしないで」メリーに言われたくないわよ。その変な酔狂者に付き合う変な酔狂者」
 最速で言い返した私に、メリーはむっとした視線を向ける。
 火花が散った。――負けないわよ、と気合いを入れ直す、と。
「ぷ、ふふふふふ」「……くっ、……あ、ご。ごめんなさい」
 遠慮なく笑う豊姫と、小さく噴き出した事を謝る依姫。
 はあ、とため息が重なった。みると、きょとん、と私を見るメリー、
 そして、豊姫の笑い声が結構遠慮なく響き渡った。
「お、お姉様、わ、笑いすぎです。
 し、失礼ですよ」
「依姫、その震えている肩をまずはなんとかしたら?」

「あ、お帰りなさい。
 依姫様、豊姫様」
「「ただいま、レイセン」」
 声が重なる。後輩? まあ、二人より小さな女の子は微笑して、
「えっと、彼女?」
「ええ」
 たはは、と苦笑するメリーは私の肩を借りて立っている。――いや、重くはないけどね。
「あら、帰ったのね」と、奥から顔を出した女性が「いらっしゃい、マエリベリー・ハーン、さんね?」
「あ、はい」
 お財布は、とポケットを探るメリーにその女性は手を向けて、
「お代とかはいらないわ。マッサージするだけだし、そっちの子はどうする?」
 私は、どうしよ?
 疲労がたまっている、多少だるくはあるけど、筋肉痛ってほどは、ない。と思うんだけど、
「永琳先生のは効くから、お勧めですよ」
 レイセン、と呼ばれた女の子が言う。――なら、
「そうね、お願いしようかしら」

「…………で、こんなところでマッサージとはいい身分ね」
「れ、レミィ」
 『八意診療所』、――そこに入ってきて優雅に微笑むレミリアお嬢様、まあ、レミィ。
「おねーさまー、お腹すいたー」
「おなかすいたー」
「じとー」
「えと? 小町、案内しない方が良かったでしょうか?」
「いやあ、いいんじゃないんですか? 別に」
「幸せそうねー、今度私もやってもらおうかしら?」
「幽々子様が? なんでです?」
「……え、いや? なんで御揃いなの?」
「じとー」
 いや、さとりちゃん、いちいち言わなくていいから、
「たまたまだよ。
 で、いい加減終わった?」
「え、ええ」
「まあ、なんていうか」映姫さんは困ったように笑って「レミリアが、二人の居場所を聞きに来たので、ちょうど私たちも仕事が終わったので帰りがてら案内したのです」
「え、じゃあ、幽々子さんは?」
「たまたまよ、ねえ、妖夢」
「はあ、……尾行がたまたまなら大体なんでもたまたまですね」
「そうね、偶々、偶然って素敵ね」
 と、
「ふぅ、ん、結構楽に、…………」
 偶然って素敵ねえ。
「あら、何か揃っているわね。
 今日は大繁盛ね、レイセン。帳簿の用意をしておきなさい」
「えっ? あれみんなお客さんなんですかっ! 解りましたっ」
「……レイセンって抜けてるわね。
 お客さんなわけないでしょ?」
「へえっ?」「あら、じゃあ私も抜けているのかしら?」
 おっとりと頬に手を当てて首を傾げる永琳先生。
 そして、
「あ、い、いえ、そういうわけじゃないですっ」
 真剣に慌てふためく豊姫、――ここで冗談よ、とでも笑えばいいのだけど、永琳先生は真剣に首をかしげていた。
「え? なんでいるの。みんな?」
 目を白黒させるメリー。
「なに、人の夕食を待たせておいて優雅にマッサージを堪能しているやつの顔でも見ておこうかな、と思ってね」
「レミリア」
 映姫さんの咎める口調に、レミィはそっぽを向く。
 そして、くすくす、と。
「夕飯は『博麗』? なら私たちも行きましょうか。
 レイセン、依姫、豊姫、準備をしなさい」
「「「はいっ」」」
 ぱたぱた、と三人は奥へ。――まあ、それでも、
「待っててくれたんだ。
 ありがと、レミィ」
 そういうことよね。
「別に、珍しい客と話す好機を逃したくなかっただけよ」
 ぱっ、とそっぽを向かれた、うーむ。
「あら、ふふ、蓮子ちゃん好かれてるわねえ」
「はあ?」
「幽々子様も今日は『博麗』で?」
「それはもう、こんな面白そうな人が勢ぞろいだもの。
 レミリアの言葉じゃないけど、逃すのは惜しいわ」
「私はそんなに娯楽提供したわけじゃないんだけど?」
「十分面白いわよ、蓮子お姉ちゃん」
 ぞくぞくっ、と。
「さ、さとりちゃん、それやめて、ほんと、お願いだから」
「そういわないでよ、蓮子お姉ちゃん」
「レミィっ」
「ほら、妖夢、続きなさい、妖夢っ」
「なんでですかっ?」
 続かなくていいわよ、妖夢。
「なんか賑やかになりましたね。
 映姫様、どうします? あたいは付き合おうと思ってますけど、酒呑めそうだし」
「そうですね、たまにはいいでしょう」
「皆でご飯っ?」
 ぱっ、とフランちゃんが向き直る。
「そうなりそうね」
 と、からん、と。
「永琳先生、準備終わりました」
「あら、早かったわね」
「はい、お姉様も珍しく頑張ってくれましたから」
「こら、依姫、一言余計よ。
 ねえ、レイセン」
「あー、…………あははは」
 そっぽを向いたレイセン。うん、何となくその意味が分かる。
「それじゃあ、れっつごーっ」
「ごー」
 たっ、とメリーの手をとって走り出すフランちゃんと、逆の手をとってついていくこいしちゃん。
 そんな先陣を切る三人、と。
「なんか、賑やかな事になったわねえ」
「珍しいからよ。――それとも、」
 永琳先生はくすっ、と笑う。
「ん?」
「人望かしらね? 『博麗』の主みたいな」
 そんなものかしら?



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