にとりに手を振って別れを告げ、私とメリーは『伝承園』へ。
「これから」地図を見て「『デンデラ野』、かしらね。次は」
「そうね」
「二人は観光?」
 ん? と、
「こんにちわ」
 振り返ると、日傘をさした女性がいる。……綺麗な人。彼女はふんわりと微笑んで、
「ええ、こんにちわ。
 これから行くの、『デンデラ野』?」
「はい」
 なら、と彼女は、ふわり、と近寄って地図を覗きこむ。
「ここ」す、と道の書かれていない場所をつい、となぞり「真っ直ぐ行けば、『デンデラ野』につけるわ」
「道あるんですか?」
「ええ、もちろん」
 くすっ、と笑顔。
「行けば分かるわ。看板があるから、道に迷う事もないでしょうね」
 そう、なら、
「それじゃあ「幽香ー」」
 いきましょう、そう言おうと思った時にかかった声。
 みると、土産物屋さんにいた女の子が駆け寄ってきた。
「メディスン、どうしたの?」
「開店の準備終わったよ」
「ありがとう」
「開店?」
 問いに、彼女、幽香さんは『伝承園』の隣のお店を示して、
「あそこで料理作ってるわ」
 へえ、
「お昼はそこかな?」
「お昼までに、到着できるかしら?」
 うーん、……ちょっと厳しいかも。
「そう、なら、メディスン。
 おにぎりの用意はもう出来てる?」
「うん」
「お二人さん、ちょっといいかしら?
 お弁当、用意してあげるわ」
「ほんとっ?」
「ええ」幽香さんは花のように笑って「もちろん、有料でね」
 ……そりゃそうだよね。
 私は幽香さんの後についてお店へ。
「えっと、メディスン、でいい?」
「ええ、いいわよ」
「貴女もここで働いているの?」
 メリーの問いにメディスンは頷いて、
「ええ、あっちのお土産物屋と、そこの定食屋と『伝承園』で幽香の手伝い。
 まあ、お土産物屋は私の趣味だけどね」
 相変わらず、随分小さな子が働いているのね。
 ともかく店内へ。カウンターにはお菓子とかが並べられている。そこで、
「いくつ食べる?」
 おにぎりを手にとって幽香さん。
 ふと、笑って、
「それとも、おにぎりだけじゃ不満かしら?
 ごめんなさいね、気のきいたおかずはお土産にはないのよ」
「あ、いえ、全然そんなことないわよ。大丈夫」
 慌てて言うと、幽香さんはにっこりと微笑む。
「四つでいいかしら? 四百円でいいわよ」
 値札を見ると一つ百二十円、少しまけてもらえたわね。
 ありがたい、と私とメリーは二百円ずつ、はい、と。
「毎度あり」「いってらっしゃーい」

「割引してもらえるとは、ラッキーね」
「そうね。……と、ほんとにこっちでいいのかしら?」
 地図にない道、メリーは不安そうにあたりを見る。
 『カッパ淵』を横目に、……そして、看板には、
「いいと、思うわ」
 『デンデラ野』は書かれていないけど、その近くにある『たかむろ水光園』への案内はある。
 その案内にそって左折、…………左折?
「え、っとお」
 見慣れたコンクリートの道は終わりをつげ、そこには砂利が敷かれ雑草の生えた道。
「ここ、行くの?」
 間違えていないわよね、道よね?
 案内にははっきりと左折、…………よしっ、
「行くわよ、メリーっ」
「へっ?」
「そこに道がある、ならばいくのが秘封倶楽部よっ」
「はじめて聞いたわその理念」
 はあ、とメリーはため息をついた。けど、
「ああもうっ、わかったわよっ」
「よしっ」
 さあ、行きましょうか。

 がたがたがたがた、――悪路、京都ではすでに幻想と化した砂利道を自転車で行く。
 さすがに今まで通り、とはいえないけど、
「でも、こういうのも楽しいわねっ」
「そう思える貴女が少し羨ましいわ」
 っていうか、そんな必死にならないでよ。――っとっ、
「お、と」
 雑草にタイヤをとられる。がくん、と倒れかかるのを片足をついて補正、よっ、と立ち上がる。
 そしてまた、砂利道をごとごとと、タイヤ大丈夫よね?
「これ、歩いた方が楽じゃない?」
「そっちの方が疲れるわよ。――と、もう少しよ」
 ごとごとごと、一応、ちゃんと自転車が通る事を想定されているらしく、『新奥の細道』なんて言う名前も付いている。――せめて整備しなさいよ。
 ま、いっか。楽しいし。
 けど、それも終わり、最後に、
「…………メリー、あれなに?」
「貯水槽、かしら?」
 長閑な田園風景に、でん、と佇む謎の白い立方体。――いや、うん、メリーの言う通りだと思う。貯水槽とか、
 だけど、
「宇宙船とかだったら、わくわくしない?」
「それはさすがにないでしょ?」
 わかってるわよ、言ってみただけだし、――――けど、何となくそんな事を思ってしまうような違和感が、そこにあった。
 そして、砂利道を抜け、平坦な道を快走する、コンクリートの道、しゃーっ、と滑るように自転車は駆けて行く。
「やっぱりこっちの方が楽よねー」
 メリーも機嫌よさそうにいう。同感、だけど、…………うーん、さっきまで来た砂利道のほうがなんか楽しいかも。
 酔狂、――レミィがそう評していた事を思い出して、改めて、そうかも、と思った。
 ふと、メリーは小さく笑って、
「さんざん愚痴言ったけど、慣れればああいうのも楽しいかもしれないわね」
 ちょっと、照れくさそうにそう言った。それを聞いて、うん、と私は頷く。
「酔狂者」
「最初から楽しんでた蓮子よりはましよ」
 それに付き合うんだからメリーも大概だけど、言い出したら水かけ論にしかならない。どっちもどっち、と。
 平坦な道を道なりに進む、『たかむろ水光園』という看板にそって、――「ねえ、蓮子」
「ん?」
「『デンデラ野』と『山口の水車』に行くのはわかったけど、さっきから看板にある『たかむろ水光園』はどうする?」
「んー、なんか温泉施設みたいだし、いいんじゃない?」
 第一、と時計を見る。まだ九時ごろで、
「開園は十時、一時間も待ってられないわよ」
「それもそうね」
 なので、次のルートは『デンデラ野』に決定、…………「う、あ」
 自転車に乗りながら絶句、――これは、まさか、
「うわあ」
 みると、メリーも困ったようにため息。
 そして、見上げる。――そう、見上げる。これから上る、進行方向の先にある坂道を、
 近くの看板には注意書き、自転車は危ないので手で押していきましょう。――こんなところ自転車押して歩いて登ったら死ねるわ。
 よし、
「行くわよっ! メリーっ!」
 初っ端からギアを最軽量に設定、あとは、気合いとノリでっ! …………なんとかなれば、いいなあ。
「ええっ、いくわよっ! 蓮子っ!」
 メリーが自棄になっていた。

 で、数十分後。
「…………し、死ぬ」
「やり、きったわ。……蓮子」
 へふー、と、私はハンドルに上半身を預けて倒れる。メリーは水分補給に余念がない、ありがとう、幽々子さん、貴女がいなかったら私たち死んでた。
「あっついわねー」
「そろそろ日も高くなってきたわね」
 愛用のネクタイはすでにバッグの中。メリー以外の誰もいないことを前提にワイシャツのボタンを三つ外してぱたぱたと冷却中。
 東北の夏はどこか涼しい、というか、暑くなりきらない。京都でこの運動をしたら脱水症状は確定ね。
「蓮子、はしたないわよ」
「メリーしかいないから大丈夫よ。
 あっつぅ」
 帽子を自転車のかごの中へ、髪の毛をわしわし掻きまわしてそっちも冷却。
「ふー」
「落ち着いた?」
「こっちはね、メリーは」
「大丈夫よ。ただ、」と困ったように空っぽのペットボトルを見せて「水、なくなったわ」
「自動販売機近くにある?」
 辺りを見る、『たかむろ水光園』、――案の定、まだ閉ざされている。自動販売機らしいものはない。
 しょうがないか。
「ま、それじゃあ行きましょう」
「そうね。『デンデラ野』まで、もう少し」

 さて、余談だけど、
 物理学者でも心理学者でも、大人でも子供でも、大体の人は知っている事がある。
 つまり、
「ぃやっほーーーーーーーーーーーーーっ!」
「きゃぁあぁああああああーーーーーーっ!」
 歓声と悲鳴、京都なら間違いなく騒音公害で即座に通報されそうな声をあげて、私たちは道路を疾走する。
 うん、疾走。――体感速度なら車より出てる。もちろん、実際はそんなわけはないのだろうけど、
 ただ、当たり前よね。あれだけきつい上り坂を上ったのだから、それ相応の下り坂があるっていうのは、というわけで、
「いっえーーーーーーーっ!」
「とめてーーーーーーーっ!」
 ごめん、メリー、それ絶対無理。
 片手を振り上げて歓声をあげる私の横を、なんか泣きそうなメリーが並ぶ。
 しゃーっ! と、風を切る感覚が心地いい。
 今全力でブレーキをかけたら一回転する自信はある、坂道はとどまる事を知らず、私たちの速度は順調に上昇中。
「蓮子蓮子蓮子っ! どうするのっ! どうするのよーっ!」
「メリー、メリー、昔の人は偉大な事を言ったわ」
 なにっ? と、涙目のメリーはこっちを見る、私はぐっ、とポーズ付きで、
「諦めが肝心っ!」
「止まったら殴ってやるんだからーーーっ!」
「まあ、少しずつブレーキ掛けてくしかないわね。
 思い切りブレーキ掛けたら死ぬから」
「し、死ぬってっ?」
「その状態で急停止してみなさい。慣性がどうかかるかなんて心理学者のメリーでも見当つくでしょ?
 転んで怪我で済めば幸運、間違いなく放り出されて最悪頭打って死ぬわよ?」
「ひゃーーーっ!」

「し、死ぬかと思ったわ」
「んー、私は楽しかったけどね」
 ぐぐ、と伸びを一つ。自分で制御する分ジェットコースターより楽しいかも、……いや、最近乗った覚えないけどね。
「はあ、メリーはほんと、なんでも楽しむわね」
「というか、なんでも楽しまなくちゃ損よ。
 せっかくだから楽しみましょう」
 そして、さて、と私は視線を向ける。
 墓暴きなんてしてきたけど、ここも、似たような場所よね。
 『デンデラ野』、――言ってしまえば、姥捨て場。
「メリー、見逃しちゃっだめよ」
「ん」
 メリーが頷く。さて、
 私は空を見上げる。太陽が燦々と輝く、私の目は昼は普通の目でしかない。
 だから、メリーのその気持ちの悪い目に映る物、それに期待しちゃうのよ。
「この先ね」
 『デンデラ野』、丘の上へと延びる道。
 近くには看板、すれ違いが出来ないので乗り物の乗り入れはご遠慮ください。……っていうか、そんな事をする奴がいたら張り倒していいと思う。
「さて、いくわよ」
 短い坂道を登る。一歩一歩、その頂上には、すぐに到着した。
 『デンデラ野』、それを示す案内がある。――けど、
「あれ?」
「ん?」
「なんか、もっとおどろおどろしいものを想像してたんだけど。
 どっちかっていえば老人たちの集落、っていう感じなのね」
 蓮台野のような墓地を想像していたのだけど、実際は老人たちの集落、農業を手伝ったりしながら糊口をしのいだ、と書かれている。
 ちょっと、意外。
 けど、
「それでも、」
 す、とメリーが手を合わせる。
 私も手を合わせ、目を閉じる。
 それでも、ここに追いやられ、そして、亡くなったお年寄りは、間違いなく、いるのだから、
 神様が言ってた、ここは、生きるには大変なところだと、
 だから、生きる力がないものは淘汰された。――けど、
「ねえ、メリー」
「ん?」
「ここに追いやられたお年寄りは、追いやった若者を、怨んだのかな」
「知らないわよ、そんな事」
 素っ気ない返事。――わかってる、そんなことは、
 事情がある、理由がある、断腸の思いかもしれない、二心があったのかもしれない。
 ただ、それでも、
「蓮子。怨んだのかな、じゃないわ。
 願わくば、安らかに、と言っておきなさい。虚実はともかく、祈るならそっちの方が救いがあるわ」
「そうね」
 頷いて、私は手を合わせる。
 そう、――願わくば、この地で、せめて安らかに眠る事を、…………

「さて、次は『山口の水車』ね。
 ザシキワラシが出るらしいけど、どんなものかしらね」
「会いたい?」
「そりゃもう」
 言われるまでもないわよ。――もちろん、幸福にしてくれれば嬉しいけどね。
 そして、それなしでも会いたい。会ってみたい。
「と、蓮子、自動販売機、飲み物買って行きましょう」
「…………メリー、目ざとくなったわね」
 よく見つけたなー、とメリーはいい笑顔で、
「蓮子、脱水症状って、怖いのよ?」
「あ、うん、そうだよね」
 いや、怖いわよメリー、が。
 ごとん、と私はスポーツドリンクを、メリーは天然水を買ってさらに進む。
 舗装されたなだらかな道、――――っていうかさ、
 振りかえる、続く、なだらかな道。
 そして、思い出す、幽香さんの笑顔。
「あのさ、この地図通り真っ直ぐ来た方が楽だったわよね?」
「それは言わないでよ。
 まあ、それなりに面白い道行だったから、いいんじゃない?
 確かに、結構大変だったけどね」
 メリーはそう言ってウインクを一つ。
「そう思えるんだから、メリーも酔狂よね」
「そうね、なんだかんだでその辺、蓮子に負けてないと思ってるわ。正直な話し」
 だからこそ、私に付き合ってくれてるんだと思うけど、
「うん、それでこそ我が相棒よ」
「ありがとう、私の相棒さん」
 自転車に乗りながら笑みを交わす、そして、
「あそこ?」
「バス停、――いや、トイレ?」
「駐車場じゃない。それより止めましょ」
 そうね、とメリーも頷いて駐車場へ自転車を止める。
「水車は、あれね」
「うわ、私初めて見た」
 私もよ。
 ごとごと、と重厚な音を立てる水車、水を跳ね飛ばし、ごろごろと回る。
「これ、木、よね」
「そりゃ、水車が鉄じゃいろいろ具合悪いでしょ?」
「今じゃ貴重品よねえ。……と、メリー、あっちの家よね」
「空家、っていう話だけど」
 私とメリーは早速垣根から中を覗き込む。――空家、その言葉通り、誰がいる様子もなく、荒れた庭、そして、雑草に埋もれた農具が見える。
「門は、そこね」
 ぼろぼろになった石が二つ、そこの間には垣根はない。
「行く?」「行きましょう」
 よし、と。
「お邪魔しまーす」
 一応、そんな事を言って足を踏み入れる。誰もいない、わね。
 メリーと中へ。目指す先は庭、そこから屋内が見えるかもしれない。
 少なくとも、誰もいないことの確認はできるわね。
 そして、ゆっくりと庭へ。
「メリー、屋内見えるわね」
「そうね」
 頷く、頷いて、こっそりと覗き込む。
 ……………………なんか、奥の方にちょこんと正座している女の子と目があった。
「って、蓮子っ、人いるじゃない」
「嘘、どうしよう?」
「とりあえず「いえ、ご安心ください。ここは誰も住んでいませんよ」へ?」
 ちょこん、と座った女の子が淡々とした表情で、
「こんにちわ、ザシキワラシです」
 …………彼女が?
「ほんとだよ。
 さとり様はザシキワラシさ」
 っ? へ?
「え? と」
 声、どこ?
「お姉さん、こっちだよ。
 下、下」
 下? と、見た先、一匹の猫がいる。
 その猫はちょん、と行儀よく座って私を見て、
「はじめまして、あたいはお燐。
 二人は人間?」
 喋った。
「え、ええ」
「お燐、いきなり話しかけてはだめよ。
 驚くでしょう」
 奥の方にちょこんと正座したままザシキワラシ、――さとりちゃんが言う。
 その言葉にお燐と呼ばれた猫は首をかしげて、
「え? そうなの?」
 問いに、一応、と私は頷いて、
「猫は、うん、喋らないわよ。普通」
「そうなんだ」
 なるほど、と納得するお燐は相変わらず喋る喋る。至極当然のように喋る。
「とすると、お姉さん。烏も喋らないのかい?」
「喋るの?」
「喋るさ、」お燐はぐるり、とその猫の顔を巡らせて「お空ーっ」
 ばさっ、と音。
「うにゅ? どうしたの、お燐」
 ばさっ、と、音とともに降り立った烏も、当たり前のようにそう喋った。
 お空と呼ばれた烏は私とメリーを見て、
「お客さん?」
「どうなんだろうね。
 お姉さん、このザシキワラシと猫と烏しかいない家に何の用があるんだい?」
「用っていうか、ザシキワラシがいるって聞いて、会えたらなって思って来たのよ」
「そう、じゃあさとり様とこいし様に用があるんだね」
 こいし様? と改めて家の奥を見る、と。
「………………増えてる」
 ちょこん、と座っているさとりちゃんの隣、ちょこん、と座っているもう一人の女の子。
 たぶん、こいし様って呼ばれたザシキワラシ、なんだろうけど、
 と、彼女は立ち上がって、片足をあげて、両手をあげて、
「かーっ」
 威嚇された。

「ふぅん、メリーと蓮子は観光で来てるんだ」
「ええ、そうよ」
 ぼろぼろの手入れがされていない家、そこにある傾いたちゃぶ台を挟んで、私とメリー、さとりちゃん、こいしちゃんと、お燐、お空が座る。
 ザシキワラシに会える。――まさか、こんなふうに会えるとは思わなかったわ。想像以上に直接的ね。
「まあ、見ての通り歓迎のしようがない場所ですが、とりあえずゆっくりしていってください」
「え、ええ」
 ゆっくりのしようも、いや、あるけど、
「貴女達はこの家にずっと暮らしているの?」
「暮らしているわけではないわ。
 ザシキワラシはそもそも暮らしている、というのかしら? まあ、お燐とお空は暮らしている、と言えるかもしれないけど」
「私とお姉ちゃんはどっちかっていえばこの家に宿っている、っていういい方が適当かな」
 こいしちゃんが首をかしげながら言う。なるほど、
「家の神様、ね」
「神様、というほど大仰じゃないと思うけど、……まあ、そんなところね」
「この家に暮らしていた人は、知っているの?」
 問いに、みんな首を横に振って、
「いいえ、知らないわ。
 空き家だったからいついたのよ。なんとなく」
「特に理由もなく決めたよねー」
「いや、静かでいいじゃない。あたいはこういう家で暮らすのもいいと思うよ」
 まあ、そうかもしれないわね。
 人の暮らしから離れて、誰もいない空き家でひっそりと暮らす。
 動物や、ザシキワラシみたいな「けど、そうね、そろそろ飽きたわね」
「……飽きたんだ」
 それでいいのかしら?
「二人は今遠野にいるの?」
 お空が問いかける。頷いて、
「ええ、ホテルに泊まってるわ」
「『Scarlet』?」
 思いもよらない言葉がさとりちゃんから飛び出した。もちろん、
「ええ」「知ってるの?」
「知っているわ。
 そこのオーナーとは友人なのよ」
 レミィ、ザシキワラシと友達なんだ。――ちょっとうらやましい。
「こいし、これから遠野に行きましょう。
 この二人に連れて行ってもらって」
「フランドールに会える?」
「ええ、会えるわ」
 やったっ、とこいしちゃんが笑う。
「二人とも、自転車で来たのでしょう? 乗せてもらえる?」
「ええ、いいわよ」
 見た感じ小柄で、後ろに乗せたとしてもそんなに負荷にならないと思う。
 だから、頷くとさとりちゃんは嬉しそうに微笑む。
「さとり様ー、あたいたちは?」
 お燐の問いに、さとりちゃんは笑顔で、
「籠にでも入ってなさい」
 大丈夫? と、さとりちゃんは問いかける。自転車を思い出して、そして、お燐とお空を見る。
 入るわね、余裕で、だから。
「ええ、大丈夫よ」
「そう、なら、みんなでお引越しね」
 さとりちゃんはそう言って笑う、こいしちゃん、お燐、お空はそろって嬉しそうに頷き、
「それじゃあさっ、早速行こうよっ」
 こいしちゃんが手を引く。――行く。遠野まで、……うん。
「はい」
 手をあげる。
「どうしたの? 蓮子さん」
 挙手に、さとりちゃんは首をかしげ、私は頷く。
「その前に、燃料補給をさせてください」
「燃料?」
 問いに、うん、と私はお腹を押さえる。見ると、メリーも笑って頷く、つまり、
「「お腹空いたー」」
 ここまでの運動は、軽くなかったわ。
 きょとん、とさとりちゃんとこいしちゃん、お空とお燐の表情はさすがにわからないけど、ただ。
「ふ、ふふふ」「あははっ」
「わ、笑わないでよ」
 ぐったりと、傾いたテーブルに突っ伏す、……で、ばぎっ、と。
「ひゃあっ」
「蓮子、何やってるのよ貴女」
 ぼさっ、と倒れた。
 顔を抑えて立ち上がる。と、
「…………笑わないでよ」
 本当に、楽しそうな笑顔のさとりちゃんとこいしちゃん。
「あ、あははは、ご、ごめんなさい」
「面白いわねっ、蓮子っ」
「うぐ、笑われた」
「いや、蓮子。笑われるだけの事をしているわ、貴女」
 メリーが苦笑して倒れたテーブルを直そうとして、諦めて横にどかす。
「メリー、かなりひどい事を言っているわ」
「見たままよ」メリーはため息「お腹すいてなかったら私も笑っていたわ。間違いなく」
「そんなことで空腹に感謝したくないわー」
「あははっ、――ああ、でも、ごめんなさい。
 見ての通り、食べるものなんて何もないわ」
「蓮子とメリーは木の実とか食べる?」
「ごめん、無理。
 気持ちだけもらっておくわ」
 うにゅ、とお空は首をかしげる。
「まったく、お空は馬鹿だね。
 お姉さんたちは人間だよ。あたいたちが食べるものを食べられるわけないじゃないか」
「それに大丈夫よ。
 途中でおにぎりを買ってきたから」
 ありがとう、幽香さん。――でも、もしかしたらあの悪路を走破しなかったらここまでお腹空かなかったかな。
 幽香さんの笑顔を思い出す。なんか、どこまでも見透かされているような。……まあ、いっか。
「ふふ、それじゃあ食べ終わったら行きましょう」さとりちゃんは立ち上がって「縁側、でいい?」
「うん」
 続いて、私とメリー、そして、こいしちゃんとお空、お燐も、縁側に座る。
 目の前には荒れた庭。崩れた縁側にバックを置いて、おにぎりを取り出す。
「美味しそうだね」
 こいしちゃんがおにぎりを見て呟く。京都で見た大量生産品とは違う。不揃いで、歪な形。
 だからこそ美味しそう、と。……だから、
「こいしちゃんも食べる?」
「え? いいの?」
 きょとん、と。さとりちゃんは困ったようにこいしちゃんを撫でて、
「だめよ。
 二人のものだし、二人ともお腹すいているのでしょう?」
 それに、と。
「私たちはお腹もすかないわ。ザシキワラシなんだから」
 はぁい、とこいしちゃん。――――ただ、まあ。
 おにぎりは四つ。その数を渡してくれた幽香さんの笑顔を思い出し、
「じゃあ、さとりちゃんとこいしちゃんは半分でいい?」
 私の問いに、
「へ?」「いい、ですけど?」
「お燐とお空も、食べられる?」
 メリーの問いに、
「うにゅ?」「大丈夫、だよ」
 なら、
「皆で食べよう? そっちの方が美味しいわ」
 私たちが一個なのは勘弁してね、と冗談めかして言うと、
「うんっ、ありがとうっ」「ありがとう、ございます」
 元気な笑顔でこいしちゃん、照れくさそうな微笑でさとりちゃん、
「にゃーっ、ありがとっ、お姉さんっ」「ありがとっ」
 お燐とお空も嬉しそうに言葉を投げる。――さて、
 『伝承園』に行ったらお昼御飯、と。燃料補給を開始した。

「なんでこんなことになったのかしら?」
「まあ、」ぎゅっと、背中にしがみつかれる柔らかい感触を感じ「たまたまよ」
 しがみつく、というか、後ろから抱きつく、ね。
「ふふ」
 聞こえてくる声は機嫌よさそう、みると、メリーもこいしちゃんに抱きつかれて微笑している。
「んじゃっ、れっつごーっ」
 自転車の籠に入っているお燐が籠から身を乗り出して、
「そうですね。
 ごー」
 さとりちゃんが相変わらず淡々と、楽しそうにそう言った。
 案の定、さとりちゃんやお燐が乗っていても負荷は変わらない、バランスを崩す事もなく、私は駆け出す。
「あははっ、お姉ちゃんっ、こういうの楽しいね」
「ふふ、そうね」
 メリーの背中に抱きつき、頬も寄せるこいしちゃん。――うーん。
 ちなみに、あっちの籠に入っているお空は大人しく鎮座しきょろきょろしている。
 背中の感触を意識し、……なんか、手とは違う柔らかな感触がシャツごしに伝わる。
「さとりちゃん、手と、あと、何を私に押し付けてるの?」
「私の頬っぺたですよ?」
「どういう姿勢なのよ貴女?」
 ああいう、と示した先。なにか凄く優しい微笑みを浮かべてこっちを見るメリー、と、メリーの背中に頬をつけてぽーっとしているこいしちゃん。
 ああ、ああいうか、メリーの優しい笑顔の気持ちが分かる。
「それと、私たちの事は気にしないでください。
 他にも回るところがあるなら、一緒に回りましょうか」
「なんでそんなに楽しそうなのよ?」
 問いに、ただ上機嫌な微笑が返る。――うーん、よくわからないわ。
 まあ、いいか。願わくば来た道みたいなアップダウンの道がない事を、
「蓮子、遅くなっちゃったけどお昼食べて行きましょう」
「そうね、『伝承園』。確か食べるところ併設されていたし」
 いく場所も決まった。私は自転車を走らせる。
 しゃーっ、と。風を切る感覚は、相変わらず楽しい。
「にゃーっ、速い速いっ」
「お燐、暴れないでよ?」
 かしゃかしゃと籠を揺らしてはしゃぐお燐、とはいえ、たぶん私も立場逆なら似たようなことするだろうなあ。
「あはは、ごめんね、お姉さん」
 お燐は猫の顔だけど、それでもわかりやすく困ったようにして、すとん、と腰を落ち着ける。
「ちょっと残念ね」相変わらず、掴むというよりは抱きつき、頬まで寄せているさとりちゃんが「前、見えないわね」
「体勢ずらせば見えない事はないと思うわよ」
「却下」
 ぎゅっと、つかむ力が強くなったような。
「なんか甘えてるみたいねえ」
「ふふ、蓮子お姉ちゃん、って呼んでいいですか?」
「だめ」
 一瞬背筋が痒くなったわ。
「あら、可愛いじゃない。蓮子お姉ちゃん」
「メリーに言われたら背筋が凍りつくわよ」
「失礼ね」
 とメリー。ふと、こいしちゃんがメリーから少しだけ離れて、
「メリーお姉ちゃんっ」
「なぁに、こいしちゃんっ?」
 馴染んでるし、あっち。私が狭量なのかしら?
「あはは、まあ、さとり様もあんまりお客さんとかいないところにいたから、反動が出ちゃったんだよ。ペットと妹のこいし様しかいないから、甘えられる相手もいなかったからね」
「お燐、貴女は弁護しなくていいわよ」
 拗ねたような口調、たぶん顔赤くなってる。
 と、ふと、手から力が抜ける、そして、困ったような声で、
「迷惑、ですか?」
 迷惑か、か。――――それは、まあ、なんていうか。
「迷惑じゃないわ。ただ、……なんていうか、はじめて会った人に、っていうのはあるけど」
「別に、ただなんとなく、ではありません」
「ならどうして、って聞いていい?」
「来てくれたから、と答えていいですか?」
 別に、大した事でもないと思うんだけどね。――ただ、たぶん、ちゃんと答えてくれなさそう。だから、
「私でよければ、好きに甘えていいわよ。
 まあ、大した事は出来ないけどね」
「大した事なんて、お願いしませんよ」
 ぎゅっと、回された手に力がこもった。

「あーっ、疲れたあ」
 さすがに、ここまでのサイクリングは疲れる。ん、と背伸び一つ。
「私も、休みたいわ」
「うにゅ、お疲れ様ー」
 ばさっ、とお空がメリーの肩に止まる。メリーは微笑んでその小さな頭をなでる。
「メリーっ、私も撫でてー」
「はいはい」
 微笑んでこいしちゃんのふわふわした髪をなでるメリー。さて、
 そっちを見てほのぼのするのもいいけど、生憎お腹もすいたし、私によじ登り肩に頭を乗せるお燐を軽く支えて歩き出す、と。
 つい、と。
「え、と」
 私の服を小さくつまむさとりちゃん、困ったようにこっちを見て、羨ましそうにこいしちゃんを見て、なにか、言いにくそうに俯く。
 俯きながらもちらちらとこいしちゃんを見る。――なんとなく、だけど、こういう事かな?
 ふわふわした髪を撫でてあげる。さとりちゃんは幸せそうに微笑んだ。



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