「いらっしゃいませー」
 隣の食事処『博麗』は、こちらも立派なお店だった。
 大きな、老舗っていう感じの食事処。
 そこに金髪の少女、――割烹着を着てるから店員さんよね。
「お客様はお二人様ー?」
「え、ええ」
「そーなのかー」店員さん――っていうか、私たちより年齢下かも――はおっとりと頷いて「それじゃー、お客様二名追加ー」
「こっちは忙しいんだからっ、あんた案内しなさいよっ」
 奥から少女の怒鳴り声。はーい、と彼女は頷いて、
「それじゃあ、こっちよー」
 とてとて、と店員さんは私たちを先導。
 と、
「ルーミア、お客さん?」
「うん、お二人様ー
 リグルー、そこらへん空いてるー?」
 これまた割烹着を着た、年下みたいな女の子、彼女は首をかしげて、
「そっちは一杯よ」そして、両手がふさがっているからか顎で右を示して「あっちなら空いてるわ」
「了解ー」ルーミアちゃんは振り返って「こっちだよー」
「あ、うん」
 そして、案内されて四人掛けの椅子へ。
「それじゃあ、決まったら呼んでねー」
「あ、はい」
 そういうとルーミアちゃんはほんわかと笑ってぱたぱたと奥へ。
 そのルーミアちゃんも、途中にいたリグル、って子も、
「随分若い子だったわね」
「……そうねえ。店員さんの子供じゃない?」
「普通に店員してるじゃない」
「ま、それより注文しましょ」
 えっと、私はメニューを広げる。
「っていか、安いわね。
 結構よさそうなのに」
「そうね」
 それなりにボリュームありそうな定食も千円程度。単品なら大体五百円くらい。
 さて、何食べようかな。
「天麩羅、かな」
 天麩羅定食、お値段千円。
「メリー決まった?」
 問いに、メリーは頷く。呼び出し用のボタンは、ないか。
「すいませーんっ」
 ならば、と呼びかける。ついでに手を振ってみる。
「って、蓮子っ! いきなりなにやってるのよっ?」
「いや、決まったし、偶然通りかかるの待ってたら日が暮れるわよ」
「そりゃそうだけど」
 ちゃんと声が聞こえたみたい、ぱたぱた、と、
「お決まりー?」
 ルーミアちゃんが駆け寄ってきた。伝票を手にボールペンを持ってこちらに視線を向ける。
「ええ、天麩羅定食一つ」
「私はこの小うどんと山菜定食」
 天麩羅定食、山菜定食小うどん付き、とちゃんと復唱して伝票に書く。うん、偉い子ね。
「それじゃあ、行ってくるー」
「いってらっしゃーい」
 って、言うものじゃないわよね。思わず変な言葉を返した私、けど、ルーミアちゃんはにこーっ、と笑顔、そしてぱたぱたと奥へ。
「なんか和むわねー、ああいう小さい子」
「……なんで働いているのかしら?」
 さて、と観光マップを広げて、
「それじゃあ、作戦会議、始めるわよっ」
「だからっ、もっと声小さくしてよっ」

「とりあえず、この『遠野ふるさと村』は抑えておきたいわね」
「そうね、あと」メリーは指を滑らせる、その先「『カッパ淵』、『伝承園』も」
「お、お嬢ちゃん達、観光かい?」
 ん?
 振り返る、そこには小柄な女の子と、大柄の女性。
「ええ、ちょっと京都から」
「へえ、それはずいぶん遠くから来たねえ」
 作業着かな? 林業の人? ――そんな機能性重視のズボン、そして、上は簡素な無地の白いシャツ。
「地元の人ですよね。
 お勧めの場所とかありますか?」
 メリーの問いに、二人は顔を見合わせて、小柄な女の子が大きく頷く。
「よしっ、これも何かの縁だ。
 ちょっと話し聞いてもらおうかね」
「そっち行っていいかい?」
「ええ」
 元々四人掛け、頷くと二人はこっちの席へ。
「んじゃ、改めてこんにちわ。
 私の名前は萃香」そして、相方の女性を示して「勇儀だ。樵をやってる」
 樵、……うわあ、珍しい職業。
 ともかく二人、萃香さんは私の、勇儀さんはメリーの隣に座る。
「はじめまして、宇佐見蓮子です」
「マエリベリー・ハーンです。よろしく」
「蓮子と、まえり、べりー、か」
 たどたどしく応じる勇儀さんにメリーは微笑。
「メリー、でいいですよ」
「そか、すまないね」勇儀さんはたはは、と困ったように笑って「名前、ちゃんと呼べなくて」
「愛称があるならいいじゃないか。
 その愛称も気に入っているみたいだからね。なっ、メリー」
 萃香さんは笑う、メリーも私を見て笑って、
「ええ、気に入っているわ。
 だから、気にしないで」
「ん、そういうことならそうするよ」
 結構、律義な人ね。
「さて、お勧めの場所ってんだけど」ちらり、と観光マップに視線を落して「その様子だと、それに載ってないのがいいんだろうね」
「ええ、地元の人しか知らないようなの」
 ぃよしっ、と勇儀さんは頷いて、
「ちと大変だとは思うが」『遠野ふるさと村』、そのさらに奥「この山だな」
「と、登山?」
 そうなるわよね。
「いやいや、本格的に山登りの必要はないさ。
 だけど、ここ」
 小さく切り取られた拡大図、そこにある神社。
「『早池峰神社』?」
 改めてみると、その山の名前も早池峰、って書いてある。
「この山は聖なる山さ。
 山伏が駆けまわり、神の宿る、ね」
 へえ、
「山伏もいるんですか?」
「あはははっ、まあね。
 天狗みたいなもんさ。それに」
「この山は神がいる。
 遠野という地特有の神話さ。山の娘神がね」
 確かに、神社もあるし、――あり、かもしれない。
 もちろん神話の話だけど、そこにいかない、ってのもない。
 何せ遠野。なにが起こるか、わからない。初っ端からちょっと不思議な光景に出会ったばっかりだし、
 ぞくり、と、禁忌に踏み込む感覚。――楽しそう、と。
「気をつけな、聖なる山だ。なにが出るか解らないよ」
「かもしれないけど、それでも、行くわ」
 へえ、と樵の二人は笑った。
「あはははっ、面白いお嬢ちゃんだ」
 と、
「貴女達、勝手に席移動しないでくれる?」
 接客業には向かない、不機嫌そうな声。けど、萃香さんと勇儀さんは笑って、
「いや、すまないね、パルスィ」
「まったく、まあいいわ」
 そういって、店員さん、――パルスィは二人の前に定食を並べる。
「そっちのお客さんは、もうちょっと待って」
「あ、はい」「わかりました」
 頷くと、パルスィも会釈を返して、カートを押して奥へ。
「んじゃ、悪いけど先にもらうよ」
「気にしないでいいわ」
「「では、いただきます」」
 二人は嬉しそうにご飯へ。――――っていうか、結構ボリュームあるわね。
 メニューを思い出す、千円以上のメニューはほとんどない。凄い安い、京都にあったら間違いなく毎日通う。
「そうそう、それと」勇儀さんは一点を示す、『山口の水車』、と書かれた場所「この水車がある近くの家、もう誰も住んでないんだけど、なんでもザシキワラシが出るとか」
「「ほんとっ?」」
 ザシキワラシっ! これは行かないとっ!
「空家さ、好きなように覗いて大丈夫だよ」
 早速ボールペンを取り出して、『山口の水車』を丸で囲む、空家、ザシキワラシ、見物可、と。
「それにしても観光ねえ。若い娘さんが、よくここまできたねえ」
「流行ってるんかい? こういう田舎めぐりが」
「いや、全然」「まったく」
 即答した私たちに、ほほう、と二人は笑みを向け、
「なんだ、じゃあ二人の酔狂かい?」
「いや、たまたまくじ引きで、まあ、一回来てみたかったけど」
「へえ、いや、運がいいのかね?
 娘さんたちが楽しむような場所なんてないよ」
「みてのとーり、樵がやってけるような山だらけの場所だからね」
 けらけら、と勇儀さんが笑う。――そうよね、そんな職業聞いた事もないわ、京都だと。
「二人とも、あんまりお客さんにちょっかい出さないでくれよ?」
「失礼な、そんなことはしないよ」
「私たちが地元の話を聞いているだけです」
 だから心配しないでください、とメリーは微笑んで言う。そうかい、と店員さんは頷いて、
「ほい、天麩羅定食、はこっちかね? それと、小うどんと山菜定食」
「あ、天麩羅定食は私です」
 手をあげる、店員さんは笑顔で、
「ほい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「じゃあ山菜はこっちかね?」
「ええ、私です」
「はいどうぞ、ゆっくりと食べてきな」
「ありがとうございます」
 それにしても、
「あの」
「んー?」
「えっと、――女性にこういうのも失礼、と思うんですけど、
 おいくつですか?」
 食事を運んできた割烹着の店員さんも女性、――いや、はっきりと少女。
 たぶん、私より年下。彼女は楽しそうに笑って、
「それは秘密さ。
 先に確認するのはいい事さ、そして好奇心が旺盛なのもね、だけど秘密なものは秘密だよ。
 なあ、樵のお二人さん」
「あははっ、それもそうだな」
「あんまり隠し事も好きじゃないが、すまないね、お嬢ちゃん」
「あ、いえ」
 失礼な事を聞いたのは私の方だし、まあ、気を悪くした様子もないし、それはよかった、かな。
「お客さん観光かい? よければ「こらヤマメーっ! いつまでも喋ってないで仕事しなさいーっ!」おお、怖い怖い」
 奥から響いた声、店員さん――ヤマメは苦笑して、
「それじゃあ、おっかない店主さんが呼んでるから私は戻るよ。
 またどうぞ御贔屓に、ね」
「あ、はいっ」
 ホテルは二食だし、こんなに安いんなら、もう、一週間毎日ここでもいいんじゃない?
 では、
「「いただきます」」
 と、私とメリーは手を合わせた。

「…………美味しかったわね。かなり」
「この値段でこの量でこの味って、……いいのかしら?」
 店を出て、私とメリーは呟く、うん、と頷いて、
「メリー、お昼は毎日ここにしましょう」
「…………それも惹かれるわね。無理だけど」
 う、――無理、それはわかっている。名所に自転車で行ったら確実にお昼に帰ってこれない。
 無念、――――けどまあ、来れる時はここにしよ。
「ともかく、チェックインするわよ」
「はーい」
 さて、ホテル『Scarlet』――ぱっと見で迎賓館。
 改めてパンフレットを見て「あれ、お客様ですか?」
「あっ、はいっ」
「こんにちわ」
 慌てて変な声をあげる私とは対照的に、メリーは丁寧に会釈を一つ。
 ホテルの、――従業員? 彼女は人懐こい笑顔で、
「えっと、マエリベリーさん?」
「あ、はい。
 今日宿泊予定の」
 ぱっ、とその従業員さんは笑った。
「そうですか、それでは、ようこそ、ホテル『Scarlet』へ」
 よかった、ここでよかったんだ。
 思わずため息をつく私、メリーはそんな私を見て苦笑し、従業員さんは首をかしげる。
 そして、扉が開かれる。豪奢な外装を裏切らない、立派な洋館。
「うわー」「すご」
 思わず零れた言葉に、従業員さんは満足そうに微笑。
「それじゃあ、チェックインですね。
 料金はいいですけど、一応名前とかの記入をお願いします」
「あ、はい」
「代表はメリー?」
「そうみたいね」
 マエリベリー・ハーン、それと電話場号、住所。
「へえ、京都から来たんですか」
 それを見て従業員さんは意外そうに言う。
「まあ、観光で、それにせっかく当たったんだし」
「それではゆっくりしてください。
 遠路はるばる大変だったでしょうし」
「はい」
 ちょっと待ってくださいね、と。従業員さんはベルを鳴らす。
 ちーんっ、と甲高い音が響く。その余韻が消えないうちに、
「ようこそ、ホテル『Scarlet』へ」
 す、と。声。
 いつの間にか、奥へ続く階段に一人の女性。
 外にいた従業員さんの朗らかな印象とはまた違う、静かな感じの女性。
「マエリベリー・ハーン様ですね」
「あ、はい」
 すごい、すらすら言えた。
 頷くメリーに、小さく微笑んで会釈を返し、
「どうぞ、こちらです」
 かつ、こつ、と、洋館の中を歩く。――なんていうか、遠野のイメージとはかけ離れているわね、こういうの。
 パンフレット見た時からある程度は思ってたけど、――と。
「咲夜ーっ」
 元気な声、あら、と前を歩く従業員さんが、足を止める。
「妹様、駄目ですよ。館内で走り回っては」
 従業員――咲夜さん、というらしい。ともかく、彼女の体が揺らいだ。誰かを受け止めたらしい。
 その誰か、ひょい、と顔を出す女の子。
「あれ? どちら様?」
「はじめまして、宇佐見蓮子よ」
「マエリベリー・ハーン。
 貴女もお客さん?」
 メリーの問いに、咲夜さんが苦笑。
「いえ、フランドール様はこのホテル『Scarlet』のオーナーの妹様ですわ」
 妹様、――まあ、その妹様は興味津々とこっちを覗き込んで、
「んー? 咲夜、この二人はお客さんよね?」
「ええ、妹様。お客様ですわ。
 なんでも京都からここまでいらっしゃったそうです」
「京都っ?」と彼女、フランドールちゃんはえっと、と一度首をかしげ「確か、首都なのよねっ?」
 ぱっ、と笑うフランドールちゃん、彼女は興味津々、とこっちを覗きこむ。好奇心を隠さないその態度に咲夜さんが微笑みながら、
「妹様、お客様に失礼ですよ」
 困ったように咎める咲夜さん。ちぇー、とフランドールちゃん。
「むー、京都の話とか聞きたかったのに」
 それは、と咲夜さんがこっちを見る。うん、
「あ、私たちは構いませんよ。
 今日はホテルでゆっくりしようって思ってましたし、話しするくらいなら」
「ほんとっ!」
 ぱっ、と笑顔。咲夜さんはもう一度困ったように微笑んで、
「では、申し訳ございません。お客様。
 よろしければ妹様のお相手を、お願いします」

 通された部屋は、広かった。
 なんか、無料で泊るのが悪い位、が、
「咲夜もケチね、こんなちっちゃい部屋なんて」
 けど、フランドールちゃんは不満そう、――このホテルのオーナーの妹、……凄いお金持ち、なのよね、きっと。
 遠野にこんなところがあっていいのかしら?
 ともかく、私とメリーは荷物を置く、フランドールちゃんはソファにちょこんと座ってそんな私たちの様子を眺めている。
 部屋の中のものといろいろ確認、内線、非常口、と。バス、トイレ付き、……ほんと、無料で泊っていいのかしら。
 とはいえ、じゃあ金を払えと言われても無理。
 さて、
「お待たせ」
「んー、いいわよ。眺めてるのも面白かったし」
 何が楽しいのか、いろいろ部屋の中を動き回っていた私たちを見て、にこにこ笑っていたフランドールちゃん。
「えっと、蓮子、とマエリベリー、――でいいんだっけ? 間違えてたらごめんね」
「あってるわ。
 言い難かったらメリーでもいいわよ?」
「愛称?」
「ええ」メリーは、少し照れくさそうに微笑んで「私の友達からもらった」
 ……ちょっと、こっちまで照れるじゃない、そういう事言われると、
 ふーん、とフランドールちゃんは頷いて、
「仲いいのね。
 じゃあ、蓮子とメリー、でいい?」
「ええ、いいわ」
「二人は京都から来たのよね?
 何している人?」
「学生よ、大学生」
 学部まで言わなくていいわよね、言っても解らないだろうし。…………それに、ちゃんと説明しきれる自信もない。
「おお、じゃあ頭いいんだ」
 ……ぐさっ、と来た。いや、悪くないけど、成績もいいほうだけど、そういうふうに言われると、ちょっと、
 メリーも、困ったような、半笑い。
 クッションを抱えてばふばふ叩きながら興味津々と瞳を輝かせて、
「大学ってどんなところ?」
「まあ、勉強するところ?」
「それだけじゃないでしょー
 お姉様から聞いているのよ。大学って、えっと、サークル? とかそういうのやってるんだって」
 うーむ。――ま、いっか。
「そうね、私とメリーの二人で、秘封倶楽部ってサークルやってるわ」
「おおっ、どんなのっ? 教えてっ」
 ずずい、と身を乗り出す、と。ノック。
 むっ、とフランドールちゃんは眉根を寄せる。
「はーいっ」
 扉を開ける。と、
「美鈴っ、どうしたのよっ?」
「ああ、やっぱり、妹様」最初に会った従業員さん――美鈴さんは苦笑して「咲夜さんから、お菓子と御飲み物の差し入れです」
「え? いや」お盆の上、クッキーやケーキ、それに美味しそうなジュースを見て「悪い、ですよ?」
 ほしい、美味しそうだし、けど、
「妹様の分もありますし、せっかくお世話になっているのだから、という事です。
 どうぞ受け取ってください」
 フランドールちゃんの分も入ってる、――はあ、断る事なんてできないわね。
 周到、と咲夜さんの事を思う。
「ありがとうございます」
「いえいえ、妹様の事、よろしくお願いします」
 それをソファの前にあるテーブルに置く。早速フランドールちゃんは手を伸ばして、
「ん、やっぱり美味しいわね。クッキー」
「そうね」
 さくっ、と。まろやかなバターの味。――――はて、どこかで食べた事がある、ような?
 気のせいかしら?
「それじゃあさ、秘封倶楽部、だっけ? どんなことやってるの?」
「どんな、……うーん? 墓暴きとか」
 真っ先にそれが出るのもどうかと思うわ、メリー、……いや、やったけどさ。
「おおっ、面白そうなサークルねっ」
 そして、それを面白そうと言ってのけるフランドールちゃんも大概ねえ。
「まあ、不思議な事をつついて面白がっている不良サークルよ。
 ちゃんとしたサークルはもっとちゃんとした活動しているわ。チャネリングとか」
「メリー、それはちゃんとしているの? っていうか、ちゃんとしたサークルなの?」
「サバトとかっ」
 いえーっ、とフランドールちゃんと手を合わせる。ぱちんっ、と音。メリーが苦笑。
「でも、不思議な事ねえ。
 どんな事? ハーメルンの笛吹きを追いかけまわしたとか?」
「会ってもいないわ。残念ながら」
「追いかけて行ったら、……」メリーは苦笑して「攫われそうね」
 間と、苦笑の意味はよくわかる。
 攫われる、――そう、ここは遠野、伝承の本場で、そこには当然、神隠し、というものもある。
 ハーメルンの笛吹きを追いかける、もしかしたら、ここで似たような事をやるかもしれない。
「えっと、怪談とかを調べるとか?」
「調査っていうよりは、その場に出向くってのが多いわね」
「ふーん、フィールドワーク、ってやつ?」
「そうそう、そんな感じ」
 考えてみれば、ここに来たのも半分以上、
「じゃあさ、遠野に来たのもそれが目的なの?」
「うーん、っていうか、福引で当たったから、なんだけど」
 このちょっとしまりのない現実に苦笑、フランドールちゃんはそれでもけらけら楽しそうに笑う。
「ラッキー? それとも、もっと派手なところのほうがよかった?」
「ここでよかったわ。
 一度来てみたかったの」
 メリーの返事、そして、フランドールちゃんとメリーは顔を見合わせて、
「「秘封倶楽部として」」
 重なった言葉に、二人は掌を打ち合わせる。ぱちんっ、と音が響く。
 そんな光景に頬が緩むのを感じながら、お菓子に手を伸ばす。タルト、さくっ、とその食感を楽しむ。
 美味しい。
「これどこで売ってるのかしらね?」
「咲夜の手作りよ」
 咲夜、――「あの従業員さん?」
「も、だけどお姉様の侍女でもあるの」
 侍女、……そんな人がいるのね。上流階級。
「お姉さんって、このホテルのオーナーの?」
「そうよ。
 ま、そのうち戻ってくるんじゃない」
「名士、なのかしらね、この地方の」
「その割にはいろいろ国外っぽいけど」
「私もよく知らなーい」
 首をかしげる私とメリーに、フランドールちゃんは両手をあげてお手上げ。
 ま、いっか。とクッキーを食べる。美味しい。
「じゃあお土産は無理か」
 非売品じゃあねえ。
「咲夜に頼んでみようか? 作ってくれると思うわよ」
「いいわよ、あんまり無理も言えないわ」
「んー」口元に指をあてる、可愛らしい仕草で少し考え「ま、言うだけ言ってみる。咲夜の気が向けば作ってくれると思うわ」
「ありがと」
 さて、と。フランドールちゃんはまた興味津々と身を乗り出す、といったところで、またノック。
「もーっ、なんなのよっ! 人がせっかく面白そうな話を聞こうと思ったのにっ」
 あー、行っちゃった。
 がちゃっ、と乱暴に扉を開ける。
「美鈴っ、今度はなによっ?」
「…………妹様。そんなに怒らないでくださいよお」
 困ったように美鈴さんが両手をあげた。
「そろそろ時間ですよ」
「えーっ」
「まあまあ、えっと、お客様は今週はここでお泊まりなので、また機会はありますよ」
「ほんとっ?」
 期待を込められた視線に私とメリーは頷いて応じる。よしっ、とガッツポーズ。
「それじゃあ、またお話ししましょうねっ」
 大きく手を振って出て行った。美鈴さんは微笑して会釈。
 さて、
「それじゃあ、散歩がてら計画立てましょうか」
「そうね」

「なにもないわねー」
「あははは」
 正直な感想にメリーは苦笑。
 個人経営っぽいお菓子屋さんや、……なんだろ? 雑貨屋さん? 駅前には大きめのスーパーはあるけど、コンビニが全くないっていうのは新鮮ね。
 お金、足りるかな? お土産代とか、あと、博物館で資料とかも買いたいし。あと、酒。
 だからこそ、改めて異彩を感じる。私たちの泊るホテル『Scarlet』。
「ま、あんまり不便はしないでしょ。
 それより蓮子、いい加減、予定立てちゃいましょう」
「機会はあったのに、全然立ててなかったわね」
 『博麗』でも、なんだかんだで観光スポットを聞いて回り、実際にいつ行くかは決めてなかった。失敗、とメリーと顔を見合わせて苦笑した事を思い出す。
「と、するとこれからいろいろ回るの?」
「えっ?」
 振り返る、そこには、
「諏訪子ちゃん?」
 自称神様の女の子が、そこにいた。
「それはやめた方がいいんじゃないかなー」諏訪子ちゃんは空を見て「暗くなっちゃうよ。遠出すると」
「明日以降よ。
 今日は計画を立てるだけ、それと町も見ておきたかったしね」
 諏訪子ちゃんは、そっか、と。
「なら、いい喫茶店知ってるよ? 案内しようか」
「……知っているの? 神様」
 胡乱な問いに自称神様は元気良く頷く。
「まあ、いいじゃない。
 行ってみましょう。蓮子」
「それもそうね」
 神様が勧める喫茶店、ってのも興味あるし。
 諏訪子ちゃんの先導で私たちは歩き出す。
「でさ、諏訪子ちゃん。
 神様って、何の神様なの?」
「んー、土着の神様。
 ほら、オシラサマとかオクナイサマと似たようなものよ」
「割と適当ねえ」
「信仰すればなんだって神様さ。
 八百万もいるんだ。由来も神徳も不明な神様がいても罰は当たらんよ」
「……いや、まあ、誰も当てないと思うけど」
 神様に罰を当てるってのもねえ。
「それに、ここ遠野はいろいろ環境的に厳しい地域でね。
 神道、仏教、山岳信仰、民間伝承がごっちゃになってるの。現世利益追求だからね。
 私としては民間伝承一筋がいいんだけど」
 一筋って、
「節操無いのね」
 メリーが苦笑する、諏訪子ちゃんはけろけろ笑って、
「ま、仕方のない事よ。
 さっきも言ったけど、ここは人が暮らすには厳しい環境さ。利益あるものにすがりたい気持ちもわかる。
 そして、それをおおらかに受け入れてこそ、神様だよね」
 そんな自称神様は胸を張る。そして、あたりをきょろきょろ見て、
「お、そっちだ」
「あれ? 喫茶『西行寺』」
「和風喫茶さ、私のお勧めだけど、いい?」
「ええ、もちろん、混んでなければ」
「あははっ、それなら問題ないっ。
 お勧めなだけあって、がらがらよ」
 それはいいのかしら?

「やっほー」
「あら、諏訪子。いらっしゃい」
 かろん、と古風なベルの音。そして、ガラガラというだけあって誰もいない店内。
 そこにおっとりとした雰囲気の店員さん。
「幽々子ー、それとお客さんだよー」
「あら珍しい」
「……いま、凄い聞き逃せない事言わなかった?」
「いや、いいんじゃない?」
 たぶん、
 軽い不安を感じながら椅子に座り、メニューを見る。
「普通だ」「普通ね」
「こらこら、何を想像しているのよ」
 幽々子さんが苦笑してお冷をくれた。
「いえ、……その、失礼ですけど、さっきお客さんが珍しいって聞こえたから」
「そうなのよねえ、お客さん全然入らないのよ。
 困ったわー」
 と、全然困ってない口調で幽々子さん。
「あはは、まあ気長にやることだね。
 私、白玉団子、二人は?」
「餡蜜、ください」
「えっと、……抹茶アイス」
「白玉団子と、餡蜜、と、抹茶アイス、ね。
 じゃ、ちょっと待ってて、作ってきちゃうわ」
 ふと、そういえば、
「あ、あの、幽々子さんっ」
「? 何かしら?」
「えっと、諏訪子ちゃんとは親しいんですか?」
 この、自称神様が地元の人にどう見られているのか、ちょっと気になった。
「ええ、たまにふらふら来るのよ。この神様」
 幽々子さんは、当たり前のようにそう言って、奥へ行った。



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