「こんにちわ」
「ひゃああっ!」
 早苗はギョッとして飛び退く、目の前、それこそ目と鼻の先に現れた輝夜。
「ぷ、あはっははっ、驚いたわ。大成功っ」
 よしっ、とガッツポーズ。
「え、えっと、輝夜さん?」
「ええ、宴会ぶりね」
「というか、宴会以外であったことないんですけど」
 それもそうね、ところころ笑う輝夜に、早苗は改めて思う。
 物凄い美人ですね、と。
 凛々しい神奈子や可愛らしい諏訪子とも違う。問答無用にて絶世の美人。それが目の前にいる蓬莱山輝夜。
 羨ましい、とも思う。ただ、
「えっと、いつの間に?」
「ついさっきよ。
 あ、そうそう、この神社って神様いるのよね?」
「あ、はい。
 っていうか、どうしたのですか? 参拝ですか?」
「違うわよ。
 散歩、どうせならいろいろ見て回りたいじゃない」
「およ、早苗ー、お客さん?」
「あ、はいっ」
 ぱたぱたと駆け寄ってきた諏訪子。それをみて、
「あ、神様」
「ん、貴女は、――――えっと、宴会で会った。輝夜、だっけ?」
「ええ、そうよ。
 蓬莱山輝夜。永遠亭でお姫様なんてやってるわ」
「なんだい、珍しい客が来たね」
 ひょい、と今度は神奈子が顔を出す。
「まあ、珍しいっていうか初めてだけどね。
 何となく来てみたわ。あ、お賽銭はなしね、お金持ってきてないし」
「なにしに来たんだい、一体?」
 首をかしげる神奈子、そういえば、と頷く諏訪子。
「ん、なんか面白ことないかなーって思ってね。
 それを見つけるための散歩」
「……また、随分範囲の広い散歩だね。
 永遠亭は、人里の近くだったか」
「その前は冥界にいったわ」
「…………また、物凄く範囲の広い散歩だね」
「あっ、面白い事っていえば」
 ぱっ、と早苗が表情を輝かせる。――その理由、つまり、
「あの、輝夜さん。弾幕ごっこは出来ますかっ?」
「出来るわよ。
 ただ、面倒くさいなあ」
 乗り気な早苗に、輝夜は肩をすくめる。
 むぅ、と押し黙る早苗。
 と、ぽんっ、と。
「あ、じゃあこんなのはどう?
 これから、私は反則の弾幕を使うわ。
 それを避けられたら、真面目に弾幕ごっこをしてあげる」
「反則?」
 首をかしげる諏訪子に、ええ、と輝夜は頷いて、
「回避不可能の弾幕。だから、ごっこにはならないのよ。
 とはいっても私がそう思っているだけで、私の想定出来ないような回避方法があるかもしれない。それを見つけて回避できれば、貴女が勝者、として希望通り弾幕ごっこをしましょう」
「な、なるほど、――わかりました」
 反則、回避不可能、とその言葉に早苗は現人神としてのプライドを刺激されて頷く。
 回避不可能なんてありません、絶対に、回避して見せます。と。
「ふぅむ、そう言い切る弾幕は私も興味あるな。
 ところで、もし早苗が回避できなかったらどうするんだい?」
「そうねえ。――まあ、反則じゃあ勝ったなんて言えないし、別に何もないわよ」
 そういって、ふと空を見る。徐々に暮れゆく時間帯。
「あ、じゃあ一晩泊っていい?」
「構わないし、負けても泊っていくといい。
 今から帰るのは危険だろう」
 真面目に言う神奈子に輝夜は否、と思う。
 いつかの夜のように、須臾を操り夜を終わらせてもいいし、現在時刻を永遠にして、その間に降りてもいい。
 それ以前に、輝夜は月の姫と呼ぶにふさわしいだけの力を持つ。弾幕を用いた力尽くでも、下山は容易。
 が、どうせなら、と本来の目的、面白そうな事を見つける、を果たすためにも泊って話を聞いた方がいい。
「じゃあその条件でいいわね?」
「はい。――――守矢神社の風祝。
 東風谷早苗、参りますっ!」
「お姫様、行くわよー」
 真剣な名乗りに輝夜は気楽に応じる。早苗は弾幕を回避する、とまずは放たれる過程を追おうとして、
「『解答不可』五分前の創世」
 へ? と、全方位を取り囲む弾幕に、なにも出来ず被弾した。
 弾幕を放つ、弾幕が迫る、その過程すべて飛ばして直撃確定の位置に存在した膨大な量の弾幕。諏訪子と神奈子もきょとんとする。
「今、いつ弾幕を放った?」
「あ、あう、ええ?」
 被弾、といっても弾幕そのものはいつもの弾幕ごっこと変わらない。目を白黒させて早苗もすぐに起き上がる。
「んー、やっぱり私の勝ちね」
 伸びを一つ。と、
「か、輝夜さんっ!」
「わっ」
「い、今のどうやったのですかっ!」
「私も興味あるなー
 ほんと、いつの間にか現れたし、確かにあれは反則だよ」
「回避不可能だな。
 これは是非客人としてもてなし、話を聞きたいものだ」

「ま、私の能力なのよね。
 永遠と須臾を操るの」
「永遠と須臾、ですか?」
「で、あれは永遠を操ったのよね。
 今、あの瞬間、あの刻限、それを永遠とした。
 弾幕はその永遠となった時刻でばら撒いたわ」
 ずず、とお茶を飲みながら興味津々、と問いかける早苗に応じる輝夜。
「ええと、咲夜さんみたいな感じですか?」
「ちょっと違うわね。
 咲夜は時間を止める。
 私は永遠を操りある一つの時刻を永遠にする。――っていう感じ」
「なんか、難しいうえに曖昧ですね」
 うーん、と首をかしげる早苗に輝夜は肩をすくめて苦笑。
「私も正直わからないわ。よく。
 ほら、どういう仕組みで腕を動かしているのですか? って聞かれてもなかなか答えられないでしょ?」
「あはは、そうですね」
「永遠と須臾を操るか。
 君は何者なんだい? 人には過ぎた能力だと思うのだけど」
 興味、と少しの警戒を交えての問い。輝夜は首をかしげて、
「何者もなにもないわ。
 地を這いつくばる下賤な地上の民よ」
「……地上の民は自分たちの事をそんなふうに言わないと思うのだが」
「っていうか」輝夜はきょとん、としている早苗を見て「竹取物語くらい読んだことないの?」
「それは、」早苗は学校で教材として読んだ竹取物語の内容を思い出しながら「あります、けど?」
「読んだことがあるなら、私が、――かぐや姫が何者かなんて見当つくんじゃない?」
 あ、と声。
「ま、まさか、月の人っ?」
「半正解。
 正解は、元、月の人よ」
「月の人って本当にいたんですね。
 アポロ計画とか」
 えっと、と告げた言葉に輝夜は頷いて、
「月に旗突き刺したみたいね。
 鈴仙がそれ見て逃げて来たとか、あれからもちょくちょくちょっかい出したみたいよ。人間。
 まあ、月人が迎撃したか、それとも見つからなかったのかは知らないけど」
「鈴仙、さんって、あの、兎さんですよね?」
「そうそう、兎。
 人見知りする上に臆病でねえ。弄ってて楽しいわあ」
 笑う輝夜に早苗は困ったように笑う。
「で、こっちの話は終わり。
 そっちの話聞かせてくれないかしら?」
「あ、はい」
「早苗はそろそろお夕飯作ってよ。
 輝夜、話し相手は私でいいかい?」
 ひょい、と諏訪子が顔を出す。構わないわよ、と輝夜。
 早苗はちょっと不満そう。それを見て神奈子が苦笑し、
「早苗、せっかくのお客様だ。
 腕によりをかけて作りなさい」
「相手は月のお姫様だよ? それはそれは美食に慣れてるんじゃないかなー」
「っ、が、がんばりますっ!」
 一つ気合いを入れる早苗に、輝夜はひらひらと手を振った。

「それにしても、本当に綺麗な人。
 いいなあ、憧れちゃうなあ」
 ぼんやり、とその姿を思い出して呟く。
 艶やかな漆黒の髪。その顔も、人形の様に整った顔立ちなのに、決して人間味を失っていない。
 凛々しい、とか可愛らし、とかそういう言葉は不要の、ただ、単純に綺麗な女性。――早苗にとっての輝夜の印象はそこに集約される。
「そんなに羨むほどかしらね?」
「って、きゃああっ!」
 なんか後ろにいた輝夜に早苗が悲鳴を上げた。
「そんなに驚くことないでしょ?」
「え、って、い、いつの間に?」
「現在時刻を永遠にしてその間に移動したわ。
 このくらい咲夜だって簡単にやるでしょ」
「うう、幻想郷ってどこまで常識捨てればいいんでしょう?」
「いや、捨てなくていいわよ。大事に取って起きなさいよ。常識」
 それからひょい、と覗き込む。
「あら、なかなか美味しそうね」
「輝夜さんって普段はどんなもの食べてるんですか?」
 お姫様、その言葉を思い出して早苗は問う。輝夜は適当に、
「食べてないわよ。
 食べなくてもお腹すかないし、死にはしないし、食事って言っても味を楽しむっていう娯楽以外の意味ないのよね。
 だから食事は基本摂らないわ。宴会だったらその場に付き合って食べるけど」
「あ、え、そうなのですか?
 それで、大丈夫なのですか?」
 っていうか、
「し、死なない?」
「かぐや姫が残した薬。知らない?」
 それは、――知っている。現代語訳の本だけど、そこに書かれている。富士山の名前の由来となった、その故事。
「不老、不死?」
「永遠の最たるものよね。
 あ、鍋」
「あ、わわっわっ」
 噴きこぼれる。――慌てて鍋をどかす。
 でも、と一息。
「本当、なんです、よね?」
「本当よー
 あ、ちなみにもう数えきれないくらい死んでるわ。私。
 竹林に焼き鳥娘がいてね。一回前くらいは上半身が焼き払われたみたいね」
 ここから、と気楽にお腹に手を当てる輝夜。彼女は気楽に答える。が、
「そ、そんなことも、あるんですか?」
 争いといえば弾幕ごっこ。多少の危険はあるけど、生命のやり取りに発展したことはない。
 だから、殺された、とそのことを問う早苗は軽く青ざめ、輝夜は肩をすくめる。
「んー、まあね。
 まあ、私たちくらいよ。――ああ、あと紅魔館も危ないらしいわ。こっちは人伝だけど。
 幻想郷で死んだことがあるのって、私と、妹紅、――その、焼き鳥娘だけど、それと紅魔館のスカーレット姉妹位じゃないかしら?
 あの姉妹って喧嘩で殺し合うみたいだし」
「そう、ですか。――えと、大丈夫、なんですよね?」
「ええ、死なないもの。
 それでも殺しに来るんだから、妹紅も暇人よねー」
「そういう問題じゃないような」
「私にとってはそういう問題よ。
 さって、そろそろ戻るわ。美味しい料理、期待しているわよ」
「あ、はいっ」

「お待たせしましたー」
 境内、茣蓙を敷いて座る輝夜、神奈子、諏訪子に早苗が声をかける。
「お、来た来たっ」
「うむ、頑張ったみたいだね」
「美味しそうねー」
 頷く輝夜に早苗はぱっ、と笑顔で、
「そうですか? よかったです」
「ええ、前に鈴仙が作った七色団子より美味しそうよ」
「…………それは、比較対象が悪いんじゃないかなあ?」
 諏訪子がため息。
 まあ、なにはともかく、
「「「「いただきます」」」」
 と、四つの声が重なった。

 焼き魚にほうれん草のおひたし、お味噌汁に、鶏肉や山菜の天麩羅、それとご飯。
 許す限り豪勢に、――とはいえないかもしれないけど、それでもがんばって作った。
 けど、と早苗は横を見る。ご飯を食べる輝夜。
 大丈夫、かな。
 七色団子はともかく、お姫様、と呼ばれる人だし、月の人って、確か凄く文明が発達しているとか。
「ん? なぁに?」
「早苗〜、あまり食べてるところ注目したら駄目だよ」
「あっ、ご、ごめんなさいっ」
 諏訪子に指摘されて慌てて視線をそむける。視界の端、輝夜は鷹揚に頷いて、
「気にしないわよ。大丈夫。
 この借りはいつか返してあげるわ」
「気にしないんじゃないですかっ!」
 ええっ! と驚く早苗に、輝夜はころころ笑って、
「ふふ、驚いた顔も可愛いわあ」
「あ、あうぅ」
 そして、顔を真っ赤にして沈んだ。
「はは、早苗では手も足も出ないか、
 まあ、大方料理の感想でも気にしていたのだろう」
「安心しなさいな。
 食べたくなければ食べないわ。美味しいわよ」
「あ、よかったあ」
「ふふ、ドングリに比べれば全然」
「た、食べたことあるんですかっ!」
「はー、これは意外だねえ。なんでまた」
「それしか食べ物なかったからねえ。懐かしいわあ」
「? 君は月のお姫様だろう?」
「私が地球に落とされてから数日の間ね。
 あのときは翁も竹の中の黄金の換金方法とか知らなかったし、そもそも老夫婦二人で何とかやってこれたような貧しい家だったからね。
 ああ、誤解されたくないから言っておくけど、おじいちゃんにもおばあちゃんにも感謝はしているし、好きよ。
 貧しいなりに私の事を大切にしてくれたし、なによりちゃんと女の子として接してくれたからね」
 必要ないのに、ご飯を食べなかったら叱られたわ。と、優しく微笑む輝夜。
「いい老夫婦だったんだね」
 竹の中に入っていた女の子。――そんな子を貧しいながらに育てた。というのなら、神奈子はその事を思い呟く。
「そうね。
 まあ、ただやっぱり貧しくてね。竹籤で籠を作ったり、ドングリとか、木の実ばっかり食べてたりっていうこともざらだったわ」
 目の前で笑うお姫様の意外な過去を聞いて、早苗は感心一つ。
「なんか、輝夜さんって、――凄い人ですね」
「ええ、凄いわよ。
 お姫様だし、ほら、尊敬しなさいな」
「それにしても、本物のかぐや姫に会えるなんて、やっぱり幻想郷はすごいです」
「そんなものかしらね」
「輝夜は、確か月の人、だっけ? 外は知らないか」
「っていうか、わざわざ外と中を分ける必要があるとも思えないんだけどね。
 白蓮も人間と妖怪は平等にあるべきだとか、よくわからないことを言ってたけど」
「わからない?」
 諏訪子の問いに輝夜は頷いて、
「人間も妖怪も地上を這いつくばって生きる者には変わりないでしょ? 外も中も同じ大きな球の上にある場所でしょ?
 なんでわざわざ区別をつけるの?」
「わ、私たちは妖怪とは違いますっ」
「そうなの?」
「月の人とはまた、考え方が違うみたいだね」
 苦笑する神奈子に、輝夜は笑う。
「ええ、ここは穢れた大きな球、高貴な月の人が住むのは、天上に輝く狂おしき珠。ここは狂おしき浄土とは違う、騒がしき穢土」
「月と地上、というだけか」諏訪子はけろけろ笑って「いやあ、参った参った。それもそうだ。浄土から見ればここはすべてただの穢土、――あはははっ、穢れをもつ下賤な民に区別は必要ないわねっ!」
「……私は穢れ、という言葉はあまり好きじゃないのだが」
「むー」
 けろけろ笑う諏訪子と、苦笑する神奈子、早苗は一人納得いかなさそうに頬を膨らませる。
 そして、輝夜は当たり前のことを告げただけ、という自覚からそのどの反応にも共感できず首をかしげる。
「そんなに面白いかしら?」
「あははっ、うん、面白いわ。
 貴女は霊夢みたいね。あらゆるものを等価に見る。霊夢は性格故、貴女は価値観故、でね。
 白蓮もそれを目指しているのかな? 彼女は、優しさ故に」
「かもしれないわね。
 等価、というか区別の必要がないってだけだけど」
「じゃあ、輝夜さんは何なんですか?」
 ふてくされたような問いに、輝夜は艶然と微笑む。
 同性の早苗でさえ、ぞくり、とするほど美しい微笑みで、

「そして私は高貴な月より下賤な地に堕とされた追放者。
 狂おしき浄土より騒がしき楽土を望んだ背信者、それが私、永遠の大罪人、蓬莱山輝夜よ」

「はーっ、いーお湯だったわー」
 お風呂、そして浴衣に着替えた輝夜は一息。
「あ、ど、どうでしたか?」
「いいお湯だったわよ。
 うちのは兎が出たり入ったり泳いだり潜ったり溺れたりするからなかなか騒がしくて、大変なのよ。
 あ、また博麗神社の温泉行こうかしら、兎連れて」
 そういえばあれは地霊殿とかいう場所から出てるんだっけ? と思い出して次の散歩スポットを決定。
「兎と入ってるんですか?」
「っていうか、気が付いたら兎がいるのよね。
 あ、兎ほしい? いろいろいるわよ。詐欺兎とか狂気兎とか」
「……なんか、あんまり可愛くなさそうですね」
「あら、可愛いわよ?」
 で、改めて、
「どうしたのよ、早苗。
 そんなところで」
 脱衣所から出てすぐのところ、居間で待っているはずの早苗はそんなところにいた。
「あ、そ、それなんですけど。
 その、――」
 もじもじと、言いにくそうに、
 これはまた、苛め甲斐がありそうだなあ、と輝夜はぼんやりとその言葉を待つ。
「その、輝夜さん。すっごく綺麗で、――どうすればそんなふうになれるのかなあって」
「? 別に何もしてないわよ」
「あう、――や、やっぱり」
「っていうか、そんなに綺麗なのかしらね? 耳と目と鼻と口と毛がくっついてれば大体同じじゃない?」
「お、同じじゃないですっ!
 竹取物語のかぐや姫だって、いろいろな人に求婚されてたじゃないですかっ!」
「そーいえばそうだったわね。
 片っ端から振りまくったけど、五つの難題とか」
「うー、それに、食べる必要ないとか、じゃあ、ダイエットとか無縁なんですよね?」
「だいえっと? ――ああ、痩せることだっけ?
 ええ、っていうか、どれだけ食べてもこの体型から変わらないわ。逆にまったく食べなくても痩せ衰えることはないわよ。
 永遠はなにも命だけじゃないわ」
「うう、いいなあ」
 昔日の苦闘を思い出して遠い目をする早苗。そんな表情が面白くて輝夜はころころ笑う。
「あ、また笑った」
「あら? そう」
「輝夜さんって結構笑いますよね?」
「強者はたいてい笑顔よ。
 それに、怒るよりは笑ったほうがいいじゃない。今は今しかない。そして、過去は今が無限に蓄積されたもの。
 なら、たくさん笑ったほうが無限の過去も少しは楽しくなるわ」
「そうですね。いつも笑って過ごしていたいですね」
 ただ、と自然に浮かぶ笑顔の裏、何となく早苗は思う。
 無限に蓄積された過去、――人には想像もできないほどの、永い過去。
 それが、この人にはあるのですね。と、
 あるいは、神奈子様や諏訪子様にも、
 今が無限に蓄積される過去。なら、少しでも笑顔のほうがいい。
 神奈子様や諏訪子様とも、いつも笑って過ごそう。早苗は、うん、と一つ思いを決めて、
「それに、私の事を綺麗だ綺麗だ言って、貴女だって綺麗じゃない?
 安心しなさい。月のお姫様が保証するわ」
「あ、――ありがとうございます」
 ほら可愛い、と顔を赤くして小さく頷いた早苗に輝夜は笑った。

 翌朝、さて、と輝夜は守矢神社を後にする。
 目指す先、――早苗から聞いた、近くの面白い場所。
「The・有頂天」
「…………なによ、あんた」
 感慨深そうに頷く蓬莱山輝夜に、比那名居天子は半眼を向ける。
「あれー、あんた、…………確か、永遠亭の?」
「あら? 有頂天に鬼がいるわ。
 天界って天人しかいないものだって思ってたけど」
「土地もらったのよ」伊吹萃香は酒を一口「ああ、思い出した。輝夜、だっけ?」
「ええ、そうよ。
 そういう貴女は、―――――確か、伊吹メロン?」
 天子が噴き出した。萃香は飲んでいた酒でむせる。――復帰、そして、吼える。
「な、なにが伊吹メロンよっ!」
「どっかの特産品みたいね。
 あら、桃がたくさん、懐かしいわ」
「め、――めろん、伊吹メロン。――くくくく」
「何時まで笑ってるのよ。てんこ」
「誰がてんこよっ!」
 お互いの名前で口論を始める天人と鬼を放っておき、
「んー、――私の故郷の桃とどっちのほうが美味しいのかしら?
 あんまり覚えてないわね。故郷の桃」
 まあいっか、と再度桃を食べる。お土産に持って帰ろうかしら、と。
「ああ、でも散歩の邪魔ね。
 今度兎連れてこようかしら?」
「っていうか、あんた何やってるのよ?
 勝手に人の庭に来て桃食べて」
「あれ? ここって貴女の庭なの?
 えと、――うちょうてんこ?」
「なによそれはっ!」
「あははっははっ! う、うちょうてんこ、――有頂天子っ! あはははははっ!
 やっぱり姓は有で名前はちょうてんこ? あはははははっ! 超天子っ!」
 笑い転げる萃香を天子は睨みつける。「このメロンが」とぼやいて、
「だから、あんたは何者なのよっ!」
「天界の土地ってもらえるの?」
「こっちの話を聞けーーーっ!」
 緋想の剣を振り回して天子。輝夜はのんびりと、
「わかったわ。聞いてあげる。
 さあっ! どんと話しなさいっ!」
「…………まず、あんた何者よ。
 輝夜、だっけ?」
「名前がわかればいいんじゃない?
 他に何か必要?」
 ふぅん、と挑発と取った天子は笑う。
「力尽くで聞き出した方が、手っ取り早そうね」
「好戦的ねえ」
 はあ、と輝夜はため息を一つ。
「余裕面していられるのも今のうちよっ!
 『乾坤』荒々しくも母なる大地よっ!」

 どんっ、と要石にのり天子は飛び出す。狙いは輝夜への直撃コース。
 直撃ならそれでよし、避けられたとしても追撃の大地隆起がある。
 おー、と萃香は酒を一口。面白そうだな、と笑って、輝夜はとりあえず、宣言。
「『矛盾』停止し続ける移動体」
 へ? と。
「あ、あれ?」
 要石は、空で止まった。
「あら、お酒あるんじゃない。
 ねえ、それ私に頂戴」
 空中停止した要石と天子を放置、輝夜はきょとん、としている萃香に手を向ける。
「あ、ああ」
 言われるがままに伊吹瓢を渡す。輝夜はくい、と一口。
「なんか、粗雑な味ね。
 まずくはないけど」
「そう?」
「っていうか、なによこれっ! どういうことよーっ!」
 上からわめく声、ついでに地団太を踏む音。
 何かに止められているわけではない、落下の感覚さえある。――それでも、距離は縮まない。停止していないのに、距離が変わらない。
 わけがわからない、と混乱する天子。それを無視して、輝夜はふと、思いついて桃を食べた。
 そのあとに酒を飲んで、眉根を寄せる。
「桃ってつまみには向かないわね」
「そりゃそーだろ」
 マイペースな輝夜に流石の萃香もきょとんとする。
「っ! この、なめるんじゃないわよっ!」
 だんっ、と要石から飛び降りて、そのまま緋想の剣を向ける。
 真っ直ぐに繰り出す、それを見て、輝夜はのんびりと、手を向けた。
 へ? と声、そして、
 どぶ、と。
「ああもう、痛いわねえ」
 左手で持った桃を食べながら、右手で、掌を貫いて、そのまま肩まで貫通した緋想の剣を握る天子の肩を掴む。
「あ、え? へ?」
「まったく、食べ終わるのくらい待てないのかしら?
 本当に、地上の民は慌ただしいっていうか、忙しいっていうか、亡霊姫くらいのんびりしたほうがいいわよ?」
 やれやれ、と輝夜は桃を一口。剣で貫かれた方はのんびりと桃を食べ、貫いた方はきょとんとしている。その妙な光景に萃香は首をかしげる。
 そして、最後の一口。腕を貫き、混乱する天子の腹に、神宝を押し付けた。
「ま、やったら、やり返すものかしらね?
 吹き飛びなさいな」
 ぎょっとしても、もう遅い。蓬莱の玉の枝は七宝の輝きを極限に高める。
 その輝きと、肩を掴まれている事実に顔を青くする天子に、輝夜はころころと笑った。
「ホウライヤマヴォルケイノ」
 七宝の輝きが爆発する。そして、ゼロ距離から直撃した天子は肩から抜けた緋想の剣とともに吹き飛んで行った。
「……あんた噴火するの?」
「いや、別になんとなく、よ?」
 即興で考えた技名に突っ込みを入れられた輝夜は、気まずそうに頬を掻いた。

「ああもうっ、服に穴あいちゃったじゃない」
 輝夜はため息一つ。そして、
「なんていうか、随分と無茶なことするね、あんたも」
 萃香はため息。
「ん、まあね。
 あ、治った」
 手のひらを見る、空いた穴はもうない。
「再生能力にものを言わせて肉を切らせて骨を断つってところ?
 私はあんまり好きじゃないね。そういう戦術」
「戦術っていうほど大仰なことは知らないわよ。
 私はお姫さまよ? 戦いなんて知るものですか」
「また、変なお姫様だなあ。
 あー、天子も似たようなものか」
「なんで私がその変なのと似てるのよ」
 直撃したお腹を押さえながら天子が来る。「失礼ね」と輝夜は桃を食べて、
「私のどこが変だっていうのよ。
 命蓮寺の鼠も変わりものだとかいうし、私が変わりものなら霊夢はどうなのよ?」
「どっちもどっちよ。――もういいわ」
 桃を食べる輝夜の隣に腰掛ける天子。輝夜は、
「じゃ、今さらだけどこんにちわ。
 私は蓬莱山輝夜。永遠亭でお姫様をやっているわ」
「…………最初にそれ言いなさいよ」

「それにしても、天界って広いわねー
 天子だっけ? 今度兎連れて遊びに来ていい? てゐとか」
「却下、なんで天界が観光地になってるのよ。
 そこの鬼も、ここは天界、下界とは違う特別な場所なのよ? 少しはわきまえなさい」
 睨みつける天子の視線を受けて、萃香はけらけら笑う。
「特別? ここだって地上であることには変わりないでしょ? 月から見ればどっちも大差ないわよ」
 相変わらず、その辺の感覚は輝夜にはいまいちわからない。と首をかしげる。かちん、と天子。
「天界が、下賤な地上と同じだっての?」
「月から見れば天界も地上も大差ないわ。
 どっちも等しく穢れた地よ」
 再度、緋想の剣を握る天子。それを見て傍観している萃香は首をかしげる。雑談の中に出た彼女の素性と、それにまつわる話を思い出しながら、
「ならなんでお前さんはこんなところにいるの?
 あれ、確かかぐや姫って月から迎え来たんでしょ? 私も人の記した本を読んだだけだけど」
「そーいえば、――っていうか、あんたそれで帰ったんじゃないの?」
「ああ、それ」
 輝夜はころころ笑う。
「高貴な浄土より下賤な穢土を選んだのよ。
 おじいちゃんとおばあちゃんも優しかったし、それに、清浄を極めた月ってなかなか無感情でね。
 だから、ここが――この、穢土が、楽土に思えた。だから、ここに残った。――ま、そんな感じよ」
 それは、――天子は苛立たしく剣を納め、萃香はそんな天子を見てけらけら笑う。理由は、
「あははっ、なるほどっ! 天界を退屈だとか言って飛び出したどこぞの不良娘みたいだねっ、あんたもっ」
「誰が不良娘よ」
 天界と地上を大差ない、と言い放った輝夜にはムッとしたけど、それと似ている、と言われて面白くないけど、
 同感、と思った天子はため息をついてそこだけ訂正した。

 四季映姫は内心混乱しながら、それでも無視するわけにはいかない、と三途の川を目指す。
 たいていの妖怪なら、三途の河にいる死神に任せればいい。が、中にはそういうわけにはいかない妖怪もいる。
 具体的には自分とはとことん反りが合わない八雲紫とか、――が、今回は彼女ではない。
 危険、というわけではない。別に暴れているわけではない。
 とはいえ、なんでいるのかわからない。三途の川、ということを考えれば放置するのは問題がある。
 と、いうわけで引っ張りされた映姫はため息。
「なにしているのですか? 貴女は」
「とりあえず石塔作ってるわ」
 三途の河の小石を積んで石塔を作っている輝夜に、映姫はため息。
「見ればわかります。
 私が聞いているのは、なぜこんなところにいるのですか、ということです。
 月の民、――いえ、永遠を生きる蓬莱の大罪人が」
 仙人のように、永く生きる者はその罪が故に、死神が刺客として差し向けられる。
 が、絶対に死ぬことはない彼女は、是非曲直庁でも完全無視、としている。というか、それ以外に対応方法など存在しない。
 死なない相手に死後の世界の管理者が口を出したところで不毛でしかない。
 それならそれでいい、それなのに、そんな永遠の大罪人が、なぜ三途の川にいるのか、
 場合によっては実力行使で排除する、と映姫は視線を厳しくし、その視線を受けた輝夜は笑う。
「怖いわね。
 安心しなさいな、別に何やるわけでもないわ。来てみたかった、それだけよ」
「私はその理由を言え、と言っているのです」
「あら、本気で歓迎されていないわね。私」
 幽々子の時とは違う、本気の拒絶に輝夜は苦笑。
「当たり前です。
 生きること、それはそれだけで罪となる。その分功徳を積まなければならない。
 生死はバランスをもって輪廻する。それが世界のあり方、――そう、世界でさえ六十年の時間をもって輪廻する。
 それなのに、貴女は、蓬莱の大罪人はその輪廻さえ外れる。生きることが罪なら、永遠に罪を犯し続ける。徳を積んでもそれは死後自らに還ることはない」
 そして、悔悟の棒を突きつけ、
「蓬莱の大罪人が積める善行はない。徳を示し説く事も出来ない。
 そう、世界に関わらずひっそりと存在すること、それだけが貴女の犯した罪に対する贖罪と知りなさい」
「あらひどいわ。
 でも、残念、却下よ。――私はここに来ることを望んだ。私は世界に関わらる事を選んだ。
 浄土よりも楽土を選んだ。私が決めた、私が決めた、――――それを、高貴な民にも下賤な民にも、誰にも一切口出しさせない。
 私の意思を変えるならば、その難題に対する答えを持って来ることね」
 輝夜は、悔悟の棒に相対するように蓬莱の玉の枝を突きつける。
 大罪人は笑い、審判者は笑わない。

「裁いてみなさい」「悔い改めなさい」
「「永遠の大罪をっ!」」

 交錯して放たれた七色の弾丸と悔悟の棒。
 輝夜はたんっ、と空に舞い、映姫は三途の川を駆け抜け回避。直後に、
「行けっ!」
 悔悟の棒をばら撒く。永遠の罪を罰するその一撃は、果てしなく重く。
 解き放たれる己の罪。それをみて、大罪人は笑う。
「あら、その程度で永遠を罰せられると思っているの?」
 あはっ、と、輝夜は笑う。
「甘い甘いっ! その程度で永遠が裁けるかっ!」
 手を振り上げる。――その力を宿す。審判。
「『新難題』羽根より重き証っ」
 輝夜は両手を振り上げる。そこに収斂する、巨大な弾。
 罪の重さを問う難題。人を裁き地獄に落とすという罪、その罪の重さを持つ絶大な砲撃。
「この私の、罪を、計ると?」映姫は、その表情に憤怒を滲ませて「愚弄するなっ! 大罪人っ!」
 悔悟の棒を振り上げる。その動きに追従して放たれる閃光、罪を両断する。
「つっ」
 そして、その余波を輝夜は回避。よけながら、笑う。
 映姫はその笑顔に悔悟の棒を向けて、
「通りなさい」
 ごっ、と。光が放たれる。
 死者の歩む道、その先にいる不死者に向けた砲撃。
 不死者は、その光を真っ向から受けた。
 両手を交差させ、砲撃が直撃。
「つっ!」
 光に飲まれ、――そして、吹きとばされる。審判者はそれを見ても笑わず、大罪人はそれを見て笑う。
 新難題、と撃墜されながらぽつり、言葉。
「『新難題』天上人の落書き」
 きぃん、きぃん、きぃん、と。光が三途の川を駆け抜ける。――映姫は反射的に下を見、その膨大な光のラインに舌打ち一つ。
「くっ! 間に合わないっ!」
 広大な三途、――距離を操る死神により、半ば無限の広がりを持つその河原を、文字通り埋め尽くす範囲で光が駆け抜ける。
 天上人しか見る事の出来ない、広大な規模を持つ、その絵が炸裂。
 眼下、膨大な光と、その逆瀑布に映姫は吹きとばされた。

「…………えっと、――どーしましょうか?」
「はあ、八雲紫並みに厄介な相手でしたね」
 操作された距離により被害は限定されたが、それでもかなりの範囲で粉砕された三途の川。
 満足したのか飽きたのか――どちらかだろう、映姫はため息、あの程度で倒れるとは思えない――、面倒な客はいなくなったけど、
「第一、映姫様熱くなりすぎじゃないですかい?
 紫が来た時もここまで熱くなってなかったような」
「小町。――貴女は、彼女についてどう思いますか?」
「えっと、蓬莱山輝夜ですよね。
 是非曲直庁でも完全無視じゃないですかい。第一、輪廻のバランスを完全に逸脱されちゃあ、こっちとしては手の出しようがないですよ」
「そう、生死のバランスを崩す。正常な輪廻を崩壊させる。それが蓬莱の薬。
 そして、それを作り上げた彼女は、本来は裁かれ、地獄に堕ちるべき大罪人です」
 それも、ない。それも出来ない。
 永遠の民は、死なないがゆえに、死後の裁きにあうことはない。
「これが、理不尽でなくて、なにが理不尽というのでしょうか?
 確かに是非曲直庁は無視することに決めた、――そして、手を出せない、ということも事実です」
 それでも、とため息。
「やはり、罪は裁かれるべきです」
「まあ、それもそうなんですけどねえ。
 それもかなり厳しいでしょ? あたい達死神じゃ結構太刀打ちできないですよ。あの姫さん。滅茶苦茶強いじゃないですか、普通に」
「彼女は元々月の民ですからね。
 紫がわけのわからないちょっかいをかけていましたが、元来幻想の力は月に依存するところも多いのでしょう」
「あたいは放っておいた方がいいと思いますよ。元々なにかしようってわけじゃなくてのんびり暮らしているだけじゃないですか。
 そりゃ蓬莱の薬なんてばらまいたら、それこそ映姫様どころか十王。――いや、冥界や旧地獄含めて、是非曲直庁の全戦力で封じこめにゃならんでしょうけど、
 今のところ、妹紅でしたっけ? 被害者とは言えないような被害者。あっちだって半ば自業自得ですし」
「まあ、それもそうなのですがね。――――どうも、あそこにいる月の兎といい、因幡の素兎といい、あの賢者といい、永遠亭は罪深すぎる。
 今度直接行ってお説教でもしようかしら」
「まあ、止めませんけどね。
 結局派手な弾幕裁判になると思いますよ。月の兎ならともかく、神代の兎や宇宙人がまともに説教聞くものですかね? そもそもまともに取り合うとさえ思えませんよ」
「はあ、それもそうね」



戻る?