「やっほ、お姉さん」
 博麗神社、あたいの呼びかけに「およ」と声が聞こえて、
「お燐、珍しいわね。その姿で来るの」
 その姿、まあ、たいていは猫の姿だけどね。ただ、今回は、
「まあ、ちょっと事情があってさ。
 上がっていい?」
 好きにすれば、と霊夢はそう言って部屋へ。あたいも勝手知ったる他人の家。と、上がり込む。
 霊夢とあたいは居間に向き合って座って、
「どうしたの? 改まって」
「あー、ちょっと相談したい事があって」
「私に? そんなのさとりにでもすればいいじゃない」
 そりゃ普通の相談ならさとり様にする。――いや、別に霊夢が頼りにならない、じゃなくて心を読むさとり様なら誤解もないし。
 ただ、今回のは、
「ちょっと、さとり様には相談できない事なのよ」
「あ? なに、またあの鳥頭が暴走したの?
 それこそさとりにいいなさい。あいつもちゃんと事情を話せば怒らないって言ってたでしょ?」
「にゃー」
 さとり様に内緒で怨霊を地上に送ってた事、まだ根に持たれてる。
 いや、あれは悪かったよほんと。
 ただ、今回のは、……口ごもるあたいを見て、霊夢はため息。
「まあいいわ、で、地下の猫が何の用なの?」
「あのさ、お姉さん。あたい、さとり様にプレゼントをしようって思ってね」
「はあ?」
 事の顛末はこんなところ、
「今日なんだけど、どうも、育ててくれた人とかにお礼のプレゼントを渡す日みたいなんだ」
「そうなの?」
 あたいは頷いて、
「こいし様のペットがいるんだけどさ、そいつがそんな事を言ってこいし様にプレゼント渡してた。
 あたい知らなくてさ、だから今年はちゃんと、さとり様にプレゼントを渡したいんだ」
 その時の、あの、不思議そうな表情は、まだ、覚えてる。
 きょとん、と当たり前のように、……知らなかったとはいえ、そういう記念日にあたいたちを見守ってくれるさとり様にプレゼントをしていない、というのは申し訳なくて、寂しかった。
 だから、
「なるほど、それでさとりにプレゼントをしたいと、
 まあ、私に相談って事は内緒で選びたいんだけど、どうやって選んだらいいか解らない、ってとこ?」
「おおっ、お姉さん凄いっ!」
 思わず手を叩く、あまりに当たっててまさか霊夢も心が読めるの? とか思っていると、霊夢は苦笑して、
「ま、そんなところだろうってだけよ。
 当たってるみたいね」
「うん」あたいは、ぱちんっ、と手を合わせて「ごめん、お姉さん。何か教えて、そういうの」
 手を合わせて頭を下げる。――霊夢、聞いてくれるかな?
 うにゃー、妖怪には厳しいっていうし、と、仕方なさそうなため息が聞こえて、
「ああもう、顔あげなさい。
 わかったわよ。あとで旧都の酒持ってきて、それで手を打ってあげる」
「ありがとーっ」
「って、抱きついてくるなーっ!」
 思わず飛び付いたあたいを、霊夢は蹴り返した。
 …………にゃー……

「っていってもねえ、さとりが好きなものなんて知らないわよ。私」
 と、どこかに向かう途中の霊夢の言葉に、あたいは口ごもる。
 さとり様が喜ぶもの。
「にゃー」
 うう、あたいもよく知らない。
 地霊殿、滅多に誰も来ない地下の館で、ただ平穏に暮らすだけの生活。
 改めて、さとり様に何をプレゼントしたらいいか、解らない。
「はあ、面倒なことになりそうねえ。
 とすると、……どうしよ。とりあえず人里行ってみる? 結構いろいろなものあるし」
「そうする」
 それにしても、人里かあ。
「お燐って人里行ったことあるの?」
 うーん、とその問いには首をかしげる。ちょっと微妙、つまり、
「どうかな、火車として墓地とかに入った事あるけど、
 人間が生活する場所、って、意味だと来た事はないわ」
「あー、そういえばあんたそういう妖怪だっけ、
 真昼間から墓暴きなんてしないでよ?」
「あたいだってその程度の分別はあるさ」
 心外な、せっかく手伝ってくれる霊夢に迷惑かける事なんてしないよ。
「ならいいわ。
 まあ、それ以外にも人里には人里のルールがあるから、覚えておきなさいよ」
 ルール、ねえ。
「どんなのがあるの?
 人間に危害くわえないとか」
「それが一番重要ね。
 言っておくけど、弾幕なんか始めたら即座に退治するからね」
「まさか、鬼じゃあるまいし、あたいは誰かれ構わず弾幕始めたりしないよ」
「あー、早苗誰かれ構わず弾幕始めるんだけど、あいつ妖怪より非常識かも」
「さなえ?」聞いた事がある、お空の一件で出た名前、確か「守矢神社の巫女さんだっけ? 最近外の世界から来たとか」
「そ、幻想郷に馴染むためにはとりあえず弾幕をするとか、わけのわからない事を言ってたわ。
 気をつけなさい。あいつ見かけたら弾幕始めるから」
「うわー」あたいは自分を抱いて身ぶるい「それはまた、危ない巫女さんだねえ」
 霊夢もアレだし、巫女さんってのもなかなか怖いねえ。
「それと、お金持ってるの? 買い物の」
 霊夢の問いに、あたいは首をかしげて、
「旧都で使うやつならあるけど」
「ふーん、使えるのかな?
 ま、最悪物々交換でも何とかなるでしょ。旧都の酒とか」
「……人里でも酒なの?」
「幻想郷の八割は酒で出来てるらしいわ」
「それ何の伝説?」
 っていうか、それ言ったら地下も? 地霊殿も?
「ま、それならいいや。
 何か旧都から持ってきてそれで支払うよ」
 と、そうこう言っているうちに人里が見えてきた。場所は知っている、墓地に行く途中に見てた。
 ふわり、霊夢は人里に入る前の道で地上に降りる。
「さて、ここからは歩いて行くわよ」
「それも人里のルールなの? 飛んじゃだめとか」
 面倒だなあ、と思って聞いてみると、霊夢は苦笑して、
「別にそういうわけじゃないわ。
 ただ、私が歩きたいだけ、面倒なら先行ってていいわよ」
「んにゃ、付き合うよ」
 あたいも歩くの嫌いじゃないし、と。霊夢の隣に降りる。
「さって、それじゃあ行きますか」
「おーっ」
 号令をかける霊夢にあたいは手を挙げて応じる。霊夢はそんなあたいに微笑して、そして、歩き出した。
「そーいえばさ」あたいは自分の猫の耳に触れて「結構妖獣そのままだけど、大丈夫?」
 妖怪は入っちゃいけないとか、まあ、そうなったら猫の姿になるけど、――二股の尻尾を咎められたら霊夢に言い訳頼もう。
「あ? 別に大丈夫よ。
 常時兎の耳がある奴だって平気で出入りしてるし、妖怪だってちょくちょく顔出してるから」
「ふーん、ならよかったわ」
 猫の姿でも、あたいとしては問題ないけど、ただ、霊夢と話が出来ないのは困る。
 さとり様じゃあないしねえ。
「プレゼントねえ」
「お姉さんはした事あるの? 誰かに?」
「んー、…………一応、あったかな?
 なんか、魔理沙が誕生日だからプレゼントよこせ、とか」
「それただのタカリじゃ」
「そうよねえ。
 あと、くりすます? だっけ、そんなイベントで紅魔館でプレゼント交換会みたいなのやってたから、それに参加した事もあったわ」
「ふーん、で、どんなの持っていったの?」
 なんかあんまり参考にならなさそうだなあ、と思いながら聞いてみる、霊夢は自信を持って頷いて、
「酒」
「にゃー」
 やっぱり、
「なによ。酒持ってけば大体喜ぶのよ。この辺の連中は」
「まあ、そうだけどねえ」
 さとり様も結構飲むし、……だけど、うーん?
「私の事はどうでもいいのよ。――と、ついた」
 人里に踏み込む。出入り口近くにいたおばちゃんが笑顔で、
「おや? 巫女様、今日は何か入り用かい?」
「あー、違うわ」霊夢はあたいを示して「まあ、野暮用ね。こいつが主人のプレゼント買いたいっていうから」
「へー、感心な子だねえ」
「あはは、ありがと」
 ちょっと照れくさくなって頷くと、おばちゃんも笑顔で「偉いねえ」と頷く。
「まったく、あたしのところのガキもたまには親孝行してほしいものだよ」
「おばちゃん、もらって嬉しいプレゼントってどんなものがあるかな?」
 参考に聞いてみると、おばちゃんは「うーん」と首をかしげて、…………苦笑。
「なんていうかね、あたしの事を考えて頭ひねってもらったものは嬉しいものかね。
 ちゃんと思ってもらえてるんだって、そう思うと嬉しいものだよ」
 じゃあね、とおばちゃんは手を振ってどこかへ、霊夢とあたいは手を振って別れる。
 思って、か。……霊夢は肩をすくめて、
「ま、さとりが喜びそうなもの考えながら行きましょう。
 あー、ついでに買い出ししておこうかな。お燐、なんか買ったら荷物持ちよろしく」
「にゃー」
 やっぱりそう使われるのね、……しょうがないか、とあたいは頷いた。

 さとり様が喜びそうなもの、か。
 いつも静かに微笑んで、甘えさせてくれるさとり様。
 だから、
「今まで、甘えっぱなしだったからなあ」
「あんまり考えたことない?」
「にゃー、まあ、ね」
「さとりもそれ楽しんでる気がするんだけどね」
 と、霊夢がふと、笑った。
「どうしたの?」
「ん、何となくだけどね。
 それでお燐が甘えないように気を使ってさとりから離れたら、今度はさとりが悲しむかもしれないなーって」
「それ笑うところなの?」
「子供なら一度はやる事よ。
 反抗期っていうんだっけ?」
「あたいと人間の子供を一緒にしないでよ?」
「あら? やりそうじゃない」
 ぐっ、
 甘えっぱなし、そのあとに気をつけないと、とか思ったあたいは、あんまり否定できない。
「と、とにかくっ」通り、あたいは周りを見て「で、お姉さん、どこに行く?」
「んー、まあ、とりあえずいろいろなもの売ってるところ行きましょう。
 何か参考になるかもしれないし」
「了解っ」
 で、霊夢に連れられてきたお店。――いままで見えた中でも一際大きなお店。
「『霧雨道具屋』、……って、霧雨って」
 もちろん、思い出すのはあの白黒魔女。霧雨魔理沙。
「魔理沙の実家らしいわよ。
 あいつ家出してからこの店に寄りつかないけどね」
 家出したんだ。こんな立派なところなのに、
「ま、入るわよ」
「はーい」
 頷いてはいる、店の人は「いらっしゃいませー」と言ったあとに、
「あっ、巫女様っ」
「巫女様、今日は何を入り用ですか?」
「んー、入り用ってわけじゃないんだけど、
 ちょっと店の中見せてくれる?」霊夢はあたいを示して「こいつが主人に贈るプレゼントの参考に」
「あら、そういうことでしたらどうぞ」
「贈答品は二階ですよー」
「装飾品もね。
 ああ、そうだ。巫女様、お勧めの櫛が」
「いや、私はいいわよ。別に」
 えーっ、と不満そうな声が合唱で響く、で、その奥。
「お前らっ! 二階に巫女様が行くぞっ!
 ちゃんと整理できてるだろうなっ!」
「はいっ、いつもどおり抜かりはありませんっ!」
「馬鹿野郎っ! いつもどおりじゃ駄目だろうがっ!」
「おやっさんっ、掃除なんて始めたら、巫女様に掃除しているところを見られちまうかもしれませんっ!
 そのようなところを巫女様にお見せしたら、どうすればいいんですかっ! 霧雨道具屋の看板に傷がつきますよっ?」
「くっ、……いつも通りならよかったのに、それなら前の日から掃除をしてたのにっ!」
「ど、どうしましょう、おやっさん?」
「しかたねえ、こうなったらお前らっ! 急いで二階に行けっ! ゴミが落ちてたら承知しねぇぞっ!」
「「「へいっ!」」」
 気合いに満ちた声、そして、どたどたとたくさんの人が二階に駆け上がる音が響く。………………これ、何の特別扱い?
「それにしても、主人にプレゼント? いい子ねえ」
「妖獣かしら? とすると、飼い主さんに?」
「え、あ、うん」
「いい子ね。飼い主さんも幸せ者ねえ」
 え、と?
「あたい、まだ何を贈ろうかも決めてないんだよ?
 もしかしたら、変なものとか、邪魔になるようなものを贈るかもしれないんだよ?
 でも、それでも、幸せ者、なの?」
 恐る恐る、と告げた言葉に、
「ひゃっ」
 撫でられる。いきなりで驚いたけど、でも、くすぐったくて、嫌じゃない。
「そうやって心配しながら、それでも精一杯相手の事を思って贈ってもらったものを、喜ばないはずがないわ。
 だから、後は貴女の問題。こっちの方が良かったかも、なんて後悔しないように選んであげなさい」
「う、うん」
 後悔しないように、時間をかけてでも、……まあ、今日中、という事を考えれば難しいかもしれないけど、
 それでも、出来るだけ後悔しないように、ちゃんと選ぼう。
 改めて決心する、………………にゃ?
「それより、ねえ、こっちのリボンも可愛いと思わない?」
「三つ編みもいいけど、ツインテールなんてどう?」
「あっ、ポニーテールで巫女様と御揃いのリボンもいいわねー」
 えーと、……助けを求めると、霊夢も店員さんに絡まれてた。にゃー
「珍しい客ね」
 はっ、と店員さんが離れて、
「咲夜様っ」
「なんで様がつくのよ?
 敬礼もしなくていいわよっ!」
 えー、と不満そうな声の合唱。
 ともかく、こほん、と彼女、――えっと、
「聞いたことはあるわ。
 地獄の猫、だっけ?」
「うん、あたいはお燐よ。
 えっと、――咲夜様?」
「紅魔館のメイド、十六夜咲夜と申します」
 うう、流された。と、
「格好いいわねえ」
「ほんと、咲夜様とか言われた時、顔が一瞬ひきつったけど、ちゃんと隠してたわ」
「瀟洒ねえ」
「…………言いたい事があれば言えば?」
「………………何の事でしょう?」
 瀟洒だっ! と、店員さんが喝采を挙げた。
「あんたら、大まかに間違えていると思うんだけど」
 霊夢が呆れてぼやく。……まあ、ともかく、
「で、その地獄の猫がどうしたのかしら?」
「ねえ、そういえば、あの娘。猫よ、ネコミミよ?」
「可愛いわねえ。きっと、もとは猫?」
「えっと、さとり様にプレゼント、って思って」
「さとり? ――様、って、貴女、彼女のペットか何か?」
「ペットだって、ペットだってっ、ペットだってっ!」
「飼い主っ! きっとあんな可愛い娘に甘えられるのよっ!」
「ごろごろー、とか甘えられたら、……くっ、羨ましいわっ」
「したいっ! 膝枕とかっ! 甘えて緩んだ嬉しそうな表情とか見たいっ!」
「プレゼント?」
「うん、なんでも今日はお世話になっている人に、プレゼントを贈る日みたいなのよ」
「それは、知らなかったわ。
 とすると、私もお嬢様にプレゼントを贈らないけないわね」
「さ、咲夜様からプレゼントっ? それだけで宝物ねっ!」
「うー、改めてあんな可愛いネコミミっ娘からプレゼントをもらえるなんて」
「で、でも、咲夜様が贈るのって、あのお嬢様でしょ?」
「見たいっ! そ、その光景を見てみたいわー」
「きっと、あのお嬢様だから、照れながら精一杯何のことはないように受け取るのよっ!」
「な、なんていう素敵なシチュエーションっ!」
「それで、誰もいない事を確認して笑うのよっ! 嬉しそうにっ! 照れくさそうにっ! ――うわっ、可愛いっ!」
「それを見られて顔を真っ赤にしてうろたえるお嬢様っ!
 完璧ねっ!」
 きゃーっ、と何か楽しそうな店員さんたち、咲夜は口元をひきつらせて瀟洒に無視、霊夢はぽつりとつぶやいた。
「………………………………あんたら仕事しなよ」
 霊夢に言われたら終わりだなあ。

 まあ、そういうわけであたいと霊夢、咲夜は二階へ。
「どうぞっ!」
 そんな気合いを入れなくてもいいと思うんだけど、
 贈答品、……繊細なガラス細工とか、綺麗な櫛、上等な反物もそろってる。
「ほらっ、ほらっ、巫女様、これなんてどう?」
「いや、お金ないわよ」
「いらないわよっ!」
 堂々と頷く先、その金額は、…………あたいは男の店員さんを見る、真っ青な顔をしていた。まあ、そのくらいの値段。
「さて、お嬢様はどんなのが喜ぶかしら?」
「そうよねえ」
 からまれ始める霊夢は、……まあ、放っておいて、
「ここって大きな店なの? 人里でも」
「そうよ。一番大きい店ね。
 大体の物はそろうわよ。――まあ、この店である程度の物を揃えて、あとは専門店で、っていうのが人里の買い物の仕方ね」
「ふーん」
「プレゼントなら」咲夜はガラス細工を手にとって「ここで、いろいろ見てヒント見つけて、あとは専門店に行く、っていうのが適当じゃないかしら?」
「なるほど」
 霊夢も、その事を考えてここに連れてきてくれたんだね。
 感謝、と。
「それにしても、さとりが喜ぶものか。
 あんまり想像できないわ」
 たはは、とあたいは頬を掻いて、
「実はあたいも、結構難しそう」
「あら、それはまた難儀ね」
 と、咲夜は繊細なガラス細工をとる。
「お姉さんがプレゼントをする人はそういうのが好きなの?」
「そうね、品格、格式を気にする方ですから。
 こういった上品な装飾品は喜んでくれるわ」
「あのさ、じゃあ、もし、だよ」
「ええ」
「そういうのを考えてない、嬉しくないようなものを贈ったら、そのお嬢様どうするかな?」
「怒るでしょうね」
 即答、と咲夜は頷く。
「そう」
 プレゼントをしても、怒られること、あるんだ。
「私とお嬢様は、――まあ、妖怪から見れば刹那にも近い一時かもしれないけど、でも、長い間一緒にいたわ。
 その間、いろいろな命を受け、それを果たし、望むものを得、仕えて来た。
 その大切な過去を否定するようなものを贈ったら、お嬢様は許さないでしょうし、私のプライドがそんな事を許さないわ」
「そっか」
「そういう貴女は、――」と咲夜は苦笑「さとりって、貴女にいろいろ要求するようなタイプじゃないわねえ」
「そうなのよ。
 だから、どんなものを贈ったらいいか」
 いや、参った。と苦笑すると、咲夜がくすっ、と笑った。
「ん?」
「いい機会じゃない。プレゼント贈って、それから言ってみたら?
 これからは、私に出来るような事は私にやらせてください。――私を頼り甘えてくださいって、
 ペットがそんな事を言い出したら、さとり、どうするかしらね?」
 想像できないわ、と笑う咲夜。
 確かに、想像できない、けど、
「さとり様に、頼られる?」
 そんなこと、今まで、想像もしなかった。
 ただ、もし、それが出来たら。
 少しくらい、――あたいがさとり様からもらった恩には全然足りないかもしれないけど、ほんの少しくらい、恩返し、出来る、かな?
 よしっ、
「ありがとう、お姉さんっ」
「え?」
「あたい、言ってみるっ!
 そして、さとり様に恩返しするっ!」
「ええ、そうしなさい。
 あのさとりがそれでどういう顔するか、機会があったら教えてね」
「うんっ」

「いや、悪いわね。お姉さん」
「ん、別にいいわよ。
 こういっちゃなんだけど、決まるなんて思ってなかったし」
 と、言うわけであたいと霊夢は霧雨道具屋を出る。道具屋の人は名残惜しそうに手を振っていた。
「お姉さんは何も買わなかったの?」
「反物もらえそうになったけどね。
 別に使い道ないし、断ったわ」
「…………もらえるんだ」
「うん、よくわからないけど。
 なんかこの前呉服屋さんから、和服一式もらった時はどうしたものかと思ったけどね」
 霧雨道具屋を出て、あたいと霊夢は広場へ。
「あとは、専門店とか食べ物ね。
 さとりって好きな食べ物とかあるの?」
「んー、大体なんでも食べるよ。
 甘いものとかは好きみたいだけど」
「………………そ、……じゃあ、食べ物っていうのもありか。
 それとも形に残るものの方がいい?」
「うーん、……うん、出来れば」
「ま、でも何か食べて行きましょ。
 私お腹すいたわ」
 あたいは、とお腹に手を当てて、
「そうだねー」
 頷いた。

「あっ、巫女様っ、こんにちわ」
「こんにちわ」
「それと、」
 うかがう視線、あたいは一つ会釈をして、
「はじめまして、あたいは化け猫のお燐、今日はちょっとお姉さん、――えと、霊夢に付き合ってもらって、買い物に来たの」
「そうですか、はじめまして、
 それと、いらっしゃいませ。巫女様はいつものでいいですか?」
「ええ、お願い」
「それと、お燐さんは?」
 えーと、と一度だけメニューを見て、
「あはは、よくわからないや。
 あたいもお姉さんと同じのでお願い」
 確か旧都のお金も使えたはず、…………多分。
「って、ちょっと待って」
「はいはい?」
「あのさ、――その、あたい旧都ってところから来たんだけど」さとり様からもらったお小遣いを見せて「これ、使える?」
「使えますよ。大丈夫です」
 よかったあ。払えないなんて格好悪い。
 それに、と店員さんは笑って、
「巫女様と同じのでしたらお代は要りませんよ。
 そう高いものでもありませんし、巫女様のお客様でしたら、サービスします」
「ほんと?」
「お燐、好意に甘えちゃいなさい。
 押し問答になるだけだし」
 はー、とため息をつく霊夢。――多分経験者。
「もー、巫女様も硬いんですよねー、そういうところ。
 いいって言ってるのに」
「あんたらが適当すぎるのよ。
 それでよく商売成り立つわね」
「あら? 巫女様が立ち寄ってくれる、この宣伝効果で十分取り返してますよ。
 これからもどうぞ御贔屓に」
「はいはい、気が向いたらね」
 苦笑する霊夢に店員さんは笑顔で応じて、奥へ。
「巫女様が来てますよー
 いつものですー、二人前ー」
「はいよっ」
「おお、巫女様が来てるのかっ、じゃあ腕によりをかけないとなっ」
 奥から嬉しそうな声が響く。その声を聞いて霊夢は微笑。
「二人前?」
「巫女様のお友達もいらしてますからー」
「「「なんだとっ?」」」
「可愛いネコミミの女の子ですー
 さすが巫女様のお友達ですねっ! これもサービスの成果ですねっ! 眼福が最高値更新中ですよっ!」
「「「いよっしゃぁああっ!!!」」」
 …………奥から嬉しそうな声が響く。その声を聞いて霊夢はため息。
「じゃ、ご飯食べたらまた買い物続けましょう。
 この広場、小物の専門店とかあるから、いい物見つかるかもしれないわよ」
「うん、ありがと、お姉さん」
「……あー、なんで私妖怪の手伝いしてるんだろ?」
 ぼんやりと、誰に問う、というわけでもない言葉に、あたいは、
「優しいからじゃない?」
「どーかしらね。そうとは思わないんだけど」
 と、
「巫女様、お燐さん。お茶です」
「あ、ありがと」「ありがと」
 って、
「えと、あたいももらっていいの?」
「もちろん、お客様へのサービスです」
 一口、うん、
「美味しいね」
「ありがとうございます」まあ、と店員さんは苦笑して「巫女様の淹れるお茶には敵いませんが」
「そう? お姉さんの淹れてくれたお茶より美味しいよ」
 そうですか? と店員さんは不思議そうに首をかしげ、霊夢はため息。
「まあ、あんたらに出してるお茶って出涸らしだしね」
「って、出涸らしなの? ちゃんとだしてよ」
「うるさい、茶が出るだけでも喜びなさい」
 まあ、そりゃそうだけどさ。ちぇー、とあたいは呟く。
「また、お茶の淹れ方教えてくださいね。巫女様」
「ん、解ったわ。
 明日でいい? 今日はこいつに付き合ってるから」
 いうと、ぱっ、と店員さんは笑顔で、
「もちろんっ、楽しみにしていますっ」
 と、
「おーいっ、巫女様のお食事が出来たから、取りにこーい」
「あ、はーいっ」
 そういって、ぱたぱたと奥へ。
「さて、どうするかな? 装飾品とか見てみる?」
 示す先には硝子細工のお店、綺麗な絵の描かれたタペストリーが掲げられたお店。
 あとは、風鈴が飾られている小物が並ぶお店とかもいろいろある。浮世絵が並ぶお店、も、
「あ、あれは?」
「本屋ね」
 本、かあ。
「さとり様本たくさん持ってるしなあ」
「そうなの? じゃあ、それ魔理沙には言わない方がいいわよ」
「魔理沙に?」
「あいつ人の本を盗む悪癖があるからね。
 パチュリーがしょっちゅう被害に遭ってるわ」
「それは、気をつけるわ」
 迷惑な、と苦笑。
「ま、いっか。
 とすると、本もだめ、か。――あ、でも私は見て行こうかな」
「あたいも一緒に行っていい? どんなのがあるか興味あるし」
 あるいは、あたいも本読もうかな。せっかくあるんだし、
 ただ、さとり様の持ってる本は難しい。前に一度見たけど、ゲシュタルト崩壊起した日本語が並んでて、これをまともに読めるさとり様は凄いなあ、って思った。
 そうでもないですよ。とはあたいの考えている事を読み取ったさとり様。
 だから、まずは簡単そうなのから、
「構わないわよ。
 じゃ、食べ終わったら行こうか。荷物抱えたまま入るのも面倒だし」
「了解っ」
 と、
「お待たせしましたー」
 とん、と乗せられたのはネギが入っただけの簡素なうどんとおにぎりが二つ。それと、お新香。
「ありがと」
 霊夢はすぐに受け取って自分の所へ、店員さんは苦笑して、
「お燐さんのもすぐにお持ちしますね」
「ん、ありがと」
 いえいえ、と、
「んじゃ、先に食べてるわよ」
「どうぞどうぞ」
 霊夢は割り箸を割ってうどんを食べ始める。と、すぐに、
「お待たせしました」
「ありがと」
 受け取る、と店員さんは笑顔で、
「では、どうぞごゆっくり」
 うどんを食べて、おにぎりを食べる。うむ、
「美味しいね」
「ん、そうね。
 流石専門家ってところね」
「またまた、料理長さんかなり焦ってましたよ?
 前のお祭りで巫女様が作った料理食べて」
「お姉さんって料理作るの?」
「あー、神饌ね。
 前の豊穣祈願祭で作ったわ。穣子が一人でがっついてたから張り倒したけど」
「あははは、それで結局みんなで食べたんですよね。
 秋神様、寂しそうにしてましたね」
「秋神様って、神様よね?
 張り倒していいの?」
「いいのよ。皆で食べるのも直会っていう立派な神事なんだから。それを無視するなんて神罰が下るわ」
「神様に神罰って、誰が下すのよ?」
「知らないわよそんなの、山の蛙あたりがやるんじゃない?」
 にゃー、…………前に見かけた諏訪子の顔を思い出して、
「神罰ねえ。あの蛙神が」
「最近早苗さんと遊びに来ますよ?
 ここに分社を立てるとか、そしたら蛙神様が御社宮司社だねとか、一緒にいた風神様が守矢神社の分社でいいだろとか、よくわからない事で喧嘩してました」
「博麗神社だけじゃ足りないんかい」
 そういえば、博麗神社にも分社があったなー、とか思い。あたいは頷く。
「だって、博麗神社誰もいないじゃん。
 分社意味ない」
「うっさい」
「おーい、料理出来たから取りにこーい」
「はいはーい」
 呼ばれて店員さんは「では」と会釈をして奥へ。
 よし、
「お姉さん、今度料理作ってっ」
「冗談じゃないわよ。なんで妖怪に飯作ってやらなくちゃならないのよ?」
 えーっ、
「あんたが作れば、さとりにでも」
 う、――ん、と。
 霊夢の何気ない一言。卑怯、と思う。さとり様を引合に出されたら、やってみたいな、と思ってしまうから。
 それで、さとり様が喜んでくれれば、いいな。
「ま」葛藤するあたいに肩をすくめて「いつかでも、やってみればいいじゃない。その時はさとりと一緒に、悪い事じゃないんだから相談に躊躇う必要はないでしょ?」
「うにゃー、……ま、そうだね。
 今度言ってみるよ」
「その時はちゃんといいなさいよ。
 せっかく口があるんだから」
 ふと、思い出した。
 前に、さとり様が言っていた言葉。
「口に出さなくちゃ伝わらない。か」
「ん?」
「前にさとり様が言ってたの。
 聞いた時はさとり様らしくないなって思ったんだけどね」
「ああ、会話いらずだしね」
 なにそれ? ともかく、
「でも、やっぱり口に出して言ったほうがいいのかなあ。って思ったの。
 心が読めるさとり様なら、なおのこと」
「ふぅん、そんなもん?」
「あたいもよくわからないけどね」
 それこそ、心を読めるさとり様にしか、解らない、と思う。
 けど、さとり様がそういうなら、……うん、大切にしよう。

「ふはー、美味しかったあ」
「ごちそうさま、美味しかったわ」
「いえいえ、お口に合ってなによりです」そして、店員さんが「巫女様にもお友達にも好評でしたよー」
 奥に声をかける、奥から歓声と、それと、ぱんっ、と手を鳴らす音。
 そして、なぜか響きわたる拍手。
「あーもう、どーしてこんな賑やかになるのよ?」
 苦笑する霊夢、あたいはうん、と頷いて、
「美味しかったよーっ!」
 奥に届け、と声を上げて、見ればいいな、と手を振る。
 誰? という誰何の声に、店員さんが「巫女様のお友達です」と笑顔で応じる。
 顔を出したのは男の人、美味しかった、と笑顔で伝える。
「はは、ありがと、お嬢さん」
 照れくさそうな笑顔で返事。そして、
 再度、店中から響いた歓声に、あたいは妙に嬉しくなって、また手を振った。



戻る?