そして、週末。
「ん、――――うーん」
 朝? だ。
 命蓮寺の朝は早い。白蓮、よく起きられるなあ。
 目をこすり、くあー、と欠伸。
「今日、なにしようかな?」
 また人里に行こうかな、それとも、霊夢の所に遊びに行こうかなー
 外の畑の野菜どうなったろ、と、ぽやーっと考えて、とりあえず、
「起きよー」

「あれ?」
「おはようございます。小傘さん」
「おはようございます。思ったより早かったですね」
 ぱたぱた、と何かの準備をする白蓮と水蜜ちゃん。と、
「御主人様、前に彫ってた木彫りのお地蔵さんどこにおいたっけ?」
「…………確か、………………あれ?」
「金庫いくらかな。
 とりあえず宝塔だけでも入れておかないと、小さいのなら安く済むだろうし」
「そこまで信頼していないのですかっ!」
 と、奥から賑やかな声。
「んあー、――――あれ? どしたの?」
「あ、ぬえちゃん、おはよー」
「はよ。どうしたの?」
「ぬえ、はしたないですよ」
 寝巻代わりの浴衣がすっごい乱れてる。
「うーん、私朝弱いのよね。
 よく起きられるわね。白蓮」
「早寝早起きは三文の得です」
 ねえ、と同意を求められて水蜜ちゃんは困ったように頷く。
「…………水蜜ー、素直になればー」
「ま、まあ、……地下は、朝も夜もありませんでしたから」
 と、奥から星とナズちゃん。
「おや、おはよ。
 ぬえは珍しいね、もう起きてるなんて」
「朝からこんなにバタバタしてりゃ起きるわよ。
 今日何かあるの?」
「ま、人里でちょっとしたイベントだよ。
 そうそう、白蓮、これ売れるかな?」
「…………なんか、立派なものがあったのですね」
 金色の、大きな立像。
「うわー、きれー」
「へー、こんなものがあったんだ」
 ぬえちゃんも知らないの? 視線を向ける、水蜜ちゃんも首をかしげた。
「ああ、それなら、私が寺にいた時に拾ったのです。
 なんか出てきました」
「何かに使えそうだから、前に放り込んでおいた気がするんだけど、
 探せばあるものだね」
 うんうん、と頷く星とナズちゃん。
「星、そんな立派な立像、拾えるものなの?」
 白蓮も不思議そうに問いかけ。星は生真面目に頷いて、
「これも御仏の導きです」
 えへん、と胸を張る星、その横でナズちゃんがぽつりと、
「ものはよく無くすのに、しょっちゅう何か拾ってくるんだから、御主人様も大概だよねえ」
「ナズーリンっ!」
 星は慌ててナズちゃんの口をふさいだ。

「うわーっ、お祭りだーっ」
 人里、その広場にはたくさんの出店。――っていうか、茣蓙の上にいろいろなものを広げ、それを売っている人と買おうとしている人がたくさん。
 何のお祭りなのかな?
「霊夢が言っていたのより、随分と派手になっていますね」
 水蜜ちゃんが首をかしげる。
「これ、霊夢がやってるの?」
「それはどうでしょう?」
「主催は私ですよ」
 あれ? と、振り返った先。
「あ、阿求ちゃん」
「こんにちわ、小傘さん」阿求ちゃんは笑顔で挨拶をして「それと、はじめまして、命蓮寺の皆さん。私は稗田阿求。人里の者です」
「ねえねえ、阿求ちゃん。
 これ何のお祭りなの?」
「お祭り、というわけではありませんよ。
 中古市、というらしいですが」
 そして、阿求ちゃんは、ふと、言葉を区切って、小さく笑う。
「いらなくなった物を、捨てないで、誰か使ってくれる人に譲ったり、買ってもらったりするための、そういう場です」
 え、と。
 それは、――――と。阿求ちゃんは微笑んで、
「使われなくなった道具が、また、それを必要とする人の所に行けるように、そのためのお祭りです。
 ただ捨てられるよりは、また使ってもらえたほうが、道具としても有り難いでしょう?」
「う、……うんっ」
 それは、きっと、とっても嬉しい事。
「ふふ、さて、――ぬえ、水蜜、私たちも持ってきたものを売りましょう。
 星、一輪も、お買い物をお願いね?」
「はい」「はーい」
「解りました」「必用なもの、メモは、と」
 えっと、私は、
「君は適当に見て回れ、との事だよ。
 私とじゃ不満かい?」
 ナズちゃんが悪戯っぽく問いかける。私はもちろん、
「そんなことないよっ。じゃあ、一緒に行こうっ」
「ふふ、二人とも、たまには羽を伸ばしてくださいね」
「私もーっ」
「君はいつも伸ばしてるだろ。
 たまには働く」
「正体不明を怒らせると怖いんだぞー」
「ほほう、正体不明ですか」
 あ、阿求ちゃんが興味津々。
「それは是非話を聞きたいですね」
「うぇ?」
「阿求ちゃん。なんとか縁起っていう、妖怪辞典を作ってるんだって」
「その妖怪辞典に、是非、その正体不明の項目を」
「じょ、冗談じゃないわっ!
 そんなのに載ったら正体不明もなにもないじゃないっ! 断固拒否よっ!」
「大丈夫、私は見たものを忘れないのです。
 貴女のその姿、ちゃんと焼きつけてあげますね」
「いや、ちょ、見ないでっ! 私は正体不明なのよーーーーっ!」
「一人称は私、手には三又の槍、翼の枚数は、右に、一、二、」
「分析しないでよっ! 正体不明に傷が付くーーっ」
 …………あー、ぬえちゃんが行っちゃった。っていうか、阿求ちゃん、結構意地悪?
 きょとん、と走り回る二人を見て、さて、と白蓮が、
「それじゃあ、行きましょうか」
「ぬえちゃん放っておくんだ」

「それにしても、人里、というのも賑やかだね」
「そうだねー
 でも、妖怪も結構いるね」
「ここも幻想郷だからね。
 そういえば、小傘。君は御金もらっているのかい?」
 問いに、私は白蓮からもらったお金を思い出して、
「うん。――――でも、何か買おうかな?」
 今の生活は満ち足りていて、ほしいもの、というのも特には、――――あっ、
「ん? いいものでも見つかった?」
 ナズちゃんの問いに、私は首を横に振って、
「内緒っ」
「……まあ、好きにするといいさ。
 君がもらったお金だ」
「ナズちゃんは?」
「私も一応もらっているよ。
 御主人様から」
 ふんわり、と優しい笑顔。
 うーむ?
「ねえ、ナズちゃん」
「ん?」
「ナズちゃんって、星のこと好き?」
 きょとん、……と、私を見て目を見開くナズちゃん。
「君は、答えにくいことを平気で聞くね」
「そう?」
「いい事なのだろうけどね。私にはなかなか真似できないな」
「そっかな?」
「素直であること、それはそれでいい事ですよ。
 毘沙門天の使い」
 ん?
「…………地蔵、いや、閻魔かい?」
 閻魔? 振り返ると、そこには小柄な女の子。
 この子が、閻魔様?
 確か、――――閻魔さまって、
「し、舌抜かないでっ?」
「なんでいきなり舌を抜くのですかっ!」
 あう、怒られた。
「でも、――閻魔さまってちっちゃっくて可愛いんだね。
 もっと怖いの想像してた」
「………………まあ、基本十王は大きくて怖いですけど」
 それに、と彼女は苦笑して、
「今日は閻魔としての仕事はお休みです。
 私もこのお祭りの一参加者、そう、気楽に行きましょう」
「うんっ」「まあ、善処するよ」
 頷く私と、苦笑するナズちゃん、そして、閻魔様は頷いて、
「では、改めて、
 私は四季映姫・――と、これでいいでしょう」
「? これで?」
「この後役職がつくんだよ。
 まあ、オフっていう事で本名だけ名乗った、ってことかい?」
「ええ、その通りですよ。
 えっと、――――ナズちゃん?」
「ナズーリンっ!」
 繰り返す映姫ちゃんに、ナズちゃんは反射的に怒鳴って応じた。

「それにしても、いろいろなのが売られているね」
「私としては、あそこの尼僧が売っていた巨大な金色の立像が一番珍しいと思いますけど」
 あははは、白蓮のだ。
「なんでかって御主人様、あんなもの拾って来たんだか」
 ナズちゃんもため息。うーむ、星って、凄い、の?
 なんかすごい人のような気はするけど、ナズちゃんが言う星って、結構オトボケな感じもするし、よくわからないな。
「映姫ちゃんもお買い物?」
「…………まあ、そうですね。どちらかといえば散策ですが」
「裁判ばかりは疲れるかい? 映姫ちゃん?」
「小傘はともかく、貴女に言われると何となく馬鹿にされている気がしますね。
 ナズちゃん」
「あう、睨みあわないでよお」
 うむむ、と唸りあいながらお互いを睨んでいるナズちゃんと映姫ちゃん。怖いよお。
 どうどう、と手を振ると。二人はため息一つ。
「およっ、誰かと思えば、御寺の鼠じゃないっ?」
「やあ、御山の蛙。君も市に来たんだ」
 大きな、不思議な帽子をかぶった女の子。彼女は興味津々、と私を見て、
「可愛い子だね。
 どちらの子だい?」
「うちに住んでる、多々良小傘。
 化け道具だよ」
「はじめまして」
「はじめまして、私は洩矢諏訪子。
 御山の蛙さ」
「蛙さん?」
「そうそう、それと」
「はじめまして、私は四季映姫といいます」
「ん、んー? 何か見たことあるような。――君、もしかして妖怪?
 確か、幻想郷縁起に、……あったような?」
「その通りですが、今はそれ以上答えるつもりはありません。
 あくまで、私用ですから」
「ほほう、勤め先をもつ妖怪っていうのも珍しい、……くもないか。
 ま、そういうことならそれでいいわ」
 それより、とあたりを見て、
「博麗の巫女、どっかにいない?
 探してるんだけどさ」
「霊夢?」
「なんでも面倒くさい神事をやるとかね。
 早苗が興味津々なの、幻想郷の神事」
「これ神事なの?」
「さぁ? その辺霊夢に聞こうと思ってるんだけど、どっこにもいないんだよねー」
 どうしたものか、と諏訪子ちゃんは肩をすくめた。
「貴女は、少し態度か軽すぎる。――そう、貴女に「こらこら、今日はお休みだろ、そういうのは」と、失礼」
 なんだろ?
 何か言いかけた映姫ちゃんを、ナズちゃんが苦笑して止める。諏訪子ちゃんもきょとんとした。
「いいよ、何か言いたい事があったらいいなよ」
 諏訪子ちゃんもそう言ってるし、
「映姫ちゃんっ、言いたい事があったら我慢しない方がいいよ?
 せっかくのおやすみだけど、その事意識しすぎたら疲れちゃうよ。気楽にやりたい事をやろう?」
 ぽんっ、と肩に手を乗せる。映姫ちゃんは不思議そうに私を見て、――――微笑。
「なんでもありません。
 霊夢ですね。気に留めておきます」
「そう、そりゃ助かるよ。
 じゃ、私はここらでお暇しますか。――そうそう、早苗と神奈子が」諏訪子ちゃんはこれから行く方を示して「あっちの方で出店出してるから、よかったら遊びに来てね」
「うんっ」
 さて、と私たちはまた歩き出す。家具、服、それに、本とか、たくさん売られてる。
「それと、がらくた、と」
「失礼だなお前」
 ナズちゃんと誰かの受け答え、誰? と見てみると、
「寺の鼠に、――――うあ、閻魔?」
 んと、
「魔理沙?」
 茣蓙の上に、何かよくわけのわからないものと胡坐をかいて座る魔理沙は軽く手を挙げて、
「よう、化け傘。
 鼠と閻魔と一緒とは、またわけのわからん取り合わせだな」
「映姫ちゃんとはそこで会ったの」
「……………………なにか、言いたい事があればどうぞ?」
「はは、睨むな睨むな」魔理沙は両手を上げて「いいじゃないか、友達みたいで」
「友達、ですか?」
「うんっ」
 そこで会ったばかりだけど、でも、出来るなら。
「――――えと、だめ?」
 くすっ、と笑顔。
「構いませんよ」
 やったっ。
「ははははっ、流石の閻魔様も化け道具には形無しだなっ!」
「ある意味勝てないと思ったんだろうね、私も同感だよ」
 なんだろ?
「ま、そんなことより。
 今日は霧雨魔法店道具屋ヴァージョンだ。ほれほれ、好きなものを買って行っていいんだぜ?」
「いや、えっと、――――あんまりいらないかな」
 がらくた、っていう印象しかない。……それと、何か難しそうな本もある。
「いくら中古市って言っても、流石に用途不明のがらくたを買う人はいないだろう?」
「がらくたとは失礼だな。
 どれもこれも私の家に眠る大切な道具だぜ。今回は断腸の思いで持って来たんだ」
「また、嘘なのか本当なのかわかりにくい事を言いますね」
「三割本当だぜ」
「結構嘘なんだね」
「ただ、本とかも売ってるね。君が読書? それは、また意味不明な取り合わせだね」
「失礼だぜ? 私は普通の魔法使い。
 普通に読書するぜ、魔導書を」
「これ魔導書なの? 読んだら噛みつくとか」
「どんな本なの、それは?」
「それもあるぜ。ほれ」
「あるの?」
 ナズちゃんが驚いた。
「痛そうなのは勘弁」
 両手を上げると魔理沙は「なんだー」と言って、本をしまう。
 と、――あ、
「それ」
「ん? これか?」
 問い、そして、渡された品を見て、
「これ、買っていい?」
「売り物なんだし、金を払えば譲ってやるぜ」
 これでどうだ? と示された金額、――それは、もらったお金をほとんど使いきっちゃう。
 けど、
「うん、じゃあ、これ頂戴」
「毎度あり、だぜ」

 一通り見て回り、広場の入り口。
「さて、私はそろそろ帰ります」
「うん」
 映姫ちゃんはそのまま広場を出ようとする。残念だな。
 お別れは、寂しい。
 くすっ、と微笑。それはナズちゃんか映姫ちゃんか、解らないけど、
「では、――最後に閻魔としての仕事を一つ」
「えっ?」「おや?」
 映姫ちゃんは、冠をかぶり、複雑な模様が描かれた棒を向ける。
 今までとは違う。威厳のある姿で、
「多々良小傘」
「は、はいっ」
 思わず姿勢をただす。――うう、映姫ちゃん、威厳がすごい。
 さすが閻魔様、と私はちょっと不安に思いながら、次の言葉を待つ。
「閻魔として、貴女に説き示す事があります」
「え、えっと、な、なんですか?」
 お、怒られるのかな? 閻魔様に映姫ちゃんとか言ったの、まずかったかな?
 おっかなびっくり言葉を待つ私に、――閻魔様は優しく微笑んで、
「貴女が積んでいる善行を、これからも続けなさい」
「はえ?」
 善行? えっと、
「え? 私が積んでいる善行、って、なに?
 人を驚かせること?」
「……一体どの瞬間に君はそんな善行を積んだんだ?
 私には見覚えが全くないんだけど」
「ひどっ」
 ナズちゃんにあきれられた。しかも、瞬間って、
 映姫ちゃんは、そんな私たちを見て、くすっ、と笑って、
「笑顔でいること、これに勝る善行はそうそうありませんよ。
 ねえ? ナズーリン」
 ナズちゃんは、しばらく、言葉に迷って、……そして、はあ、とため息。
「ま、君はそうやって能天気に笑っているのが似合ってるよ」
「誰が能天気だーーーっ! わちきは怖い妖怪だーっ!」
「く、――――はははははっ」
 言うと、ナズちゃんは、笑いだした。
 普段は静かなナズちゃん、笑われて、ちょっとムッとしたけど、でも、
 それでも、あんまり嫌じゃない。ナズちゃんの笑顔をみて、私も自然、笑みがこぼれる。
 映姫ちゃんもくすくす笑って、笑顔のまま、
「また、会いましょう。愉快な化け傘さん」
「うんっ」
 また会おうね、と手を振ると、映姫ちゃんも手を振り返してくれた。

 そして、夕暮れ。
「だいぶ減りましたね。
 もともと、売られていたものはすべて捨てられるものだったのですが」
 一か所に集まったものは、どれも、私の目にも壊れて、使えない。そんなもの。
 でも、市に集まった全部がもともと捨てられるもの、と思うと。たくさんの道具が、また、使ってくれる人の所に行ったんだよね。
 よかった、と思う。まだ使えるのに捨てられちゃうなんて、寂しいよ。
「阿求ちゃん、これは、どうするの?」
「一応最後に、燃やす予定です。
 ただ、霊夢さんが何か言ってたので、そっちに任せるつもりですけど」
「霊夢が」
 なにするんだろう?
 でも、最後には燃やす、のだと思う。
 寂しいけど、でも、――せめて、その、火を、最後まで見届けよう。
「あの、白蓮」
「なんですか?」
「私、最後までここで見てるから「もちろん、最後まで一緒にいますよ」あ、え?」
 先に戻っていいよ。その言葉は、すぐに白蓮に否定された。後ろを見ると、水蜜ちゃんたちも頷く。
「ま、これも供養と思って、最後に手を合わせるくらいはして行くさ」
 と、
「結構減ったわね」
「霊夢っ」
 霊夢は、縄と、鈴と、あと、棒をもって、
「お、魔理沙。
 ちょっと手伝ってよ。この棒、周りに突き刺して」
「お任せだぜ」
 魔理沙が棒を集められた道具を囲うように四つ突き刺し、霊夢がその棒に縄をかけてぐるりと、巡らせる。
 そして、縄に鈴をかける。
「こんな感じかしらね」
 くい、と縄に触れるたびに、しゃんっ、と鈴が鳴る。
「なんだ、これ燃やすのか?」
「それも考えたんだけど、……ま、見てなさい」
「おうだぜ。
 じゃ、のんびり見物と行きますか」
 さて、と霊夢は祓え串を構えて、目を閉じる。

 しん、と。

 そして、目を開ける。――す、……すごい。
 阿求ちゃんも、白蓮も、目を見開いて言葉を失う。
 目を開ける。その時には、霊夢の存在感は、物凄い事になってる。
「な、なに、あれ?」
 ナズちゃんが呆然と呟く。
 そして、霊夢が歩き出す。歩き出す、その一歩、一歩、前に進むたびに、その足元から、凄い勢いで草が伸びる。
 霊夢の足をたどるように、苔が生え、草が伸びる。
 しゃんっ、しゃんっ、と。霊夢を中心に生え勢いよく伸びる草が、鈴を鳴らす。
 しゃんっ、しゃんっ、しゃんっ、しゃんっ、――――重なる音が、響きわたる。
 霊夢は、鈴の音が鳴り響く中、ゆっくりと、祓え串を残された道具に向ける。
「魂なき故、炎で空に還るものはないのなら、大地へ溶け生命の苗床となれ、誰かのために存在し、その役割を果たしたのなら、これからは大地とともに主の傍にあれ、――これをもって、鎮魂とする。
 …………神降ろし、宇摩志阿斯訶備比古遅神」
 祓え串を向けられた道具から、草が生え伸びる。
 道具は、白い斑紋に覆われ、少しずつ、その形を崩して、ぼろぼろと、崩れ落ちる。
 そして、崩れ消えていく道具から芽吹く、葦の草。
 役目を終えた道具は、新しい命の苗床となって、大地に還る。その役目を終えて、大地の一部として、眠れるように、そして、そこでまた、共にあるために、
 だから、私は手を合わせて、祈る。――その光景に、阿求ちゃんと白蓮も、そして、周りのみんなも、手を合わせて、目を閉じる。
 願わくば、…………

「これからも、ずっと、みんなと、一緒に居られますように」

「だーっ、疲れたーっ!」
 集められた道具が、全部大地に還ったところで、霊夢が両手を上げて倒れた。
 阿求ちゃんは駆け寄って、一つ、近くにいた女中さんに頷く。
 女中さんは頷き返して、
「それではっ、皆さんっ!
 中古市はこれでお開きとなりますっ!」
 閉会、ぱちぱちぱち、と誰からともなく拍手。それと、
「巫女様、大丈夫?」
「阿求ちゃん。巫女様は?」
 不安そうに近寄る子供たち、大人の人も、心配そうにしている。
「行ってみましょうか、小傘さん」
「うん」
 大丈夫かな、霊夢?
 それより、なにより、私は、……白蓮と一緒に霊夢が倒れたところへ。
 と、早苗と、もう一人大人っぽい女性が霊夢を覗き込んで、
「まったく、やり過ぎだよ」
「不思議な光景でしたね。――と
 あ、白蓮さん?」
「ん、――ああ、寺のかい」
「こんにちわ、それより霊夢さんは?」
 白蓮の心配そうな問いに、霊夢は倒れたままひらひらと手を振る。
「疲れたー」
「霊夢さん、今夜は家に泊っていきますか?
 神社に帰るのも大変でしょう?」
 心配そうに問いかける阿求ちゃんに、霊夢は「そうするわ」と応じて、ぱたん、と手を倒した。
「それにしても、――――いや、感心するよ。
 随分とレベルの高い事をやってのけたね」
「まあ、ね」霊夢は早苗を見て「早苗、何かの参考にしたかったみたいだけど、貴女じゃ無理よ。ある意味常時神降ろし状態の現人神じゃ、神降ろしは出来ないわ」
「そうですねえ。――はあ、まあ、一長一短です」
「はは、まあ、早苗は早苗の出来る事を極めればいいさ。
 それより、いろいろ参考になったよ」
「はいっ、私ももっと勉強します」
「ご勝手に」
「霊夢っ! 今の面白かったからとりあえずやり方教えてくれっ!」
「魔女に出来るかっ!」霊夢は魔理沙に叫び返して、ぐたっ、と、「だーっ」
「なんだなんだ、疲労困憊だな?
 これから宴会耐えられるのか?」
「やるか、今日はもう寝るわ」
「ここで寝るのか? 寝たら死ぬぜ?」
「阿求の家に泊まるから大丈夫」
 それより、
「あ、あの、霊夢」
 んー、と霊夢は寝転がったまま私に顔を向ける。
 それは、言いたかったこと。……ぎゅっと、傘を抱きしめて、
「ありがと」
 周りが首をかしげる中、白蓮と阿求ちゃんは微笑み、へえ、と魔理沙は頷く。そして、霊夢は、
「別に、――これ以上化け道具が増えても面倒なだけだし、……あー」
 ふい、と顔をそむけて、
「なに感謝しているか知らないけど、私だるくて動きたくないのよ。
 阿求の家まで運んでくれない? それで恩返しでいいわ」
「うんっ」
「はは、なんか満身創痍で運ばれてるみたいだな」
 うっさい、と霊夢は魔理沙にぼやいて、でも魔理沙はすぐに霊夢を助け起こした。
「ほれ、満身創痍だから取扱要注意だぜ。――――いや、霊夢はもともと取扱要注意だな」
「あんたに言われたくないわよ」
 よいしょ、と霊夢を背負って、
「それじゃあ、先に行って御布団を用意しておきますね」阿求ちゃんはくすっ、と笑って「部屋は多いので、よければ小傘さんや、白蓮さんもいかがですか?」
「おいおい、私も誘ってほしいんだぜ?」
「貴女は本を盗まなければ歓迎しますよ」
「信頼がないな、悲しいぜ」
 どの口が言いますか、と阿求ちゃんは笑って一足先に歩き出した。

「霊夢、大丈夫?」
「んー、大丈夫」
 背中から眠たそうな声。よかった。と私はあんまりゆすらないように気をつけて歩く。
「にしても、結構仲いいんだな。
 そこそこ意外だぜ」
「最近霊夢にお世話になったから」
 箒を右手に、私の傘を左手に持ちながら魔理沙。
「ふぅん。どうしたんだ?
 霊夢を驚かせようとしたのか?」
「それもあるんだけど、その勉強のために本ないかって聞いたら、阿求ちゃんの家紹介してくれたの」
「なるほど、あそこは本たくさんあるからな」魔理沙はにやっ、と笑って「なんだ、いいところあるじゃないか、見直したぜ」
「買出しのついでよ。
 幻想郷縁起の内容が増えるのはこっちとしても願ったりだしね」
「はは、照れるな照れるな。可愛いぞ」
「うっさい、黙れ魔理沙」
 空を見上げる。夕暮れ、茜空。
「あのさ、魔理沙」
「なんだぜ?」
「その箒、大切なもの?」
 視線を向ける。ぎゅっと、握られた箒。
「これか?」魔理沙は私の前に箒を掲げて「当たり前だ。魔女の翼、そして、私の相棒だぜ」
「箒と帽子と八卦炉があれば魔理沙よね」
「おいおい、肝心の美少女が抜けてるぜ?」
「自分で言うな」
 それもそうだな、と頷く。そして、
「大切か、当然だ。
 ずっと、私とともに空を駆け回ってきたんだ。空を切り、風と戯れ、星をばら撒いて、――悪いが、譲ってくれと言われも断固拒否の、大切な相棒だ」
「じゃあ、壊れちゃったら、寂しい?」
 問いに、魔理沙は少し考えて、
「そうだな。
 その時は、私一人でしめやかに供養して、ありがとう、くらいは言わせてもらうぜ」
 なら、
「その箒は、幸せだね」
「私の相棒だ。幸せじゃないはずがない」
 きっぱりと、魔理沙は当たり前のように言う。
 当たり前なんだよね。――当然、だよね。
 そこまで大切にしてもらって、相棒と言ってもらえるのだから、幸せじゃない、はずがない。
「そのまま、死んだ後もそれに乗ってそうね」
「その時は白玉楼に珍しい人魂が出来るぜ。
 箒にまたがった人魂」
「どうやってまたがるのよ、人魂」
 それもそうだな、と魔理沙が頷くころには、稗田家に到着。
「さって、私も泊っていくかな。久しぶりに」
「人里敬遠の貴女が好き好んで人里にとどまるなんて、どういう風の吹きまわし?」
「私の気紛れという素敵な風だ」
「迷惑な風だね」
 思いついた事を言ってみる、なにおー、と魔理沙は箒を振り上げて、それでもけらけら笑ってた。

 縁側の部屋、そこを借りて霊夢は布団に飛び込んだ。
 そのままもぞもぞと掛け布団の中へ。
「着替えなくていいのか?」
「あー、いいわよ別に、寝れるし」
「まったく、後悔するなよ」
「阿求ちゃんに寝巻借りておく?」
 問いに、霊夢はひらひらと手を振って、
「頼むわ。気が向いたら着る」
 ほどなく、すやすやと、寝息。
「珍しく疲れたんだな。
 結構大層なものだったみたいだし」
 魔理沙は、珍しく優しい笑顔で、眠っちゃった霊夢をなでる。
「ね、魔理沙」
「ん?」
「霊夢って、優しいんだね」
「そうは思わんが、気まぐれなんだろうな」
 と、
「あっ、巫女様っ!」
「しーっ、巫女様今お休みになっているんだから、静かにしなくちゃだめっ」
 なんだ? と魔理沙が見る先、集まった子供たちが御菓子を差し出して、
「これ、おもちゃ売ったお金で買ったの。
 巫女様に食べてもらって」
「うん」
 これも、これも、と子供たちがお菓子とかを差し出す、私と魔理沙は受け取って、眠る霊夢の傍らに置いていく。
 それと、と。
「その、ごめんなさい。変な傘とか言って」
 ぺこり、――そういえば、この子。
「う、ううん。大丈夫だよ」
「なんだ、変なものは変じゃないか」
 魔理沙が不思議そうにいう。どーしてそういう事を言うの?
「だめだよっ、大切なものを変とか言っちゃっ」
 子供の言うことに、魔理沙は首をかしげて、
「変なら変でいいだろ? むしろ変なもの上等って誇るくらいの事はしないとな。
 大切ならなおのこと、だぜ」
 そう、だね。うん、だから、
「大丈夫、――」私は自分の傘を抱えて「変かもしれないけど、大切なものだよ」
「私もっ、大切なおもちゃあるよっ!」
 はいはいっ、と女の子が手を上げる。つられて他の子供たちも。
「はは、ならちゃんと大切にしてやれよ」魔理沙は私を示して「もしかしたら、ここの化け傘みたいに動き出すかもしれないぞ」
「おもちゃとお友達になれるの?」
 おっとりと、首をかしげる一番小さな女の子。
 その視線は私に向けられている。その手の中には、小さな人形。
 だから、――――私は、捨てられて、それが悲しくて、見返したくて、それで妖怪になったけど、…………でも、きっと、
「そうだね」
 きっと、いつか、
「いつも、ずっと大切にして、一緒に遊んであげれば、思いは宿るよ。
 いつか、きっと、その思いは貴女に届いてくれるよ」
 だから、
「じゃあ、」少女は、ぎゅっと、人形を抱きしめて「もっと、大切にするっ」
 いつかきっと、――――多分、その思いに応えた時。それが、一番私たちにとって幸せ、なんだと思う。

 子供たちは去って、心配そうな大人の人が、いろいろお土産をおいていった。
 寝苦しいっ、と跳ね起きた霊夢は寝間着に着換え、何を言うまでもなくまた寝始める。魔理沙曰く、ただの寝惚けだろ、だって、
「なあ、小傘」
「なに?」
「今でも誰かを驚かせたいって思ってるか?」
 問いに、うん、と頷く。
「どうしてだと思う?」
 問いに、えと、と考える。
 考えて、周りを見る。霊夢は寝てる。し、――――たぶん、それは、
「誰かに、構ってほしいから、かな?」
「なるほど、じゃあ、私はこれからもこの箒で空を飛ばないとな。
 こいつに化けられたら夜もおちおち眠れん。化けたら絶対に私の所に出るだろうからな」
「その時は私が一緒に驚かせに行ってあげる」
「お前が一緒なら大丈夫だ。
 驚かずに笑うな」
 ははははっ、と言いながら笑い始める魔理沙。
「もうっ、失礼よっ!
 いいよっ、絶対に魔理沙も霊夢も驚かせてあげるんだからっ!」
 ムッとして言うと、魔理沙が文字通り笑い転がる。むーっ!
「うるさーいっ!」
 私が抗議するより前に、復活した霊夢が物凄い角度の蹴りを魔理沙に打ち込んだ。

「本当に、巧く行くのでしょうか?」
「大丈夫だよ、たぶん」
「自信ないの? 解ってると思うけど、霊夢はかなり強敵よ?」
 こそこそ、と、私と白蓮、ぬえちゃんの三人は博麗神社の境内に隠れる。
 場所は大きな木の枝の上。ちょうど、神社にまっすぐ向かえばこの真下を通る。そんな場所。
「大丈夫、コンニャクも用意してきたから」
「それでいいの? っていうか、古典的ねえ」
「コンニャクですか?」
 ふふふ、と。私は笑って、――霊夢見っけ、
 絶対に、驚かせてやるんだから、と。一つ意気込んで、
「うらめしやーっ」
 反射的な動きで、霊夢は声のした方、私たちがいる場所、ちょうど霊夢にとっての真上を見て、
 そして、私はコンニャクを投下っ! ざばあっ、と、べしゃあっ、と音、そして、

「ひゃっぁああああああっ?」

「…………また、随分大量の糸こんにゃくね」
「やったわねっ、小傘さんっ」
「うんっ」
 やったっ、と白蓮とタッチ。ぬえちゃんはバケツと、糸コンニャクと水まみれになって倒れる霊夢を見る。
「うわあ、にゅるにゅる、……………………ま、なんにせよおめでとう、小傘。
 確かに霊夢も驚いたみたいだし、ここは私も負けを認めるわ」
「えへへー」
 ぬえちゃんにもそう言われて、ちょっと得意になる。やった。
「おめでとう、小傘さん。
 まずは目標達成ですね」
「うんっ」
 よし、
「じゃあ、帰ろう」
「ええ、帰りましょう」
「ナズーリンにいい土産話出来たんじゃない? ちゃんと驚かせられたって」
「えへへー、ナズちゃんも凄いって言ってくれるかな?」
「あの霊夢さんを驚かせたんですから、大丈夫です。
 自慢できます」
 白蓮が頷いてくれた。自慢できる。――それが嬉しくて、えへへ、と笑って、

「…………おいこら、ちょっと待ちなさい。そこの三ボケ」

 ぎぎぎ、と三人で振り向くと、そこには笑顔? の霊夢。
「白蓮、なんで、あんた、まで、いるの、よ?」
「え、えっとお」白蓮は恐怖にひきつった笑顔で「その、霊夢さんが驚くって言われて、つ、つい」
「ほら、平和に、平和に、ね? あ、UFO、UFOあげるから、落ち着いて、落ち着いて」
 ぬえちゃんも顔を青くしながらどうどう、と手を振る。
 濡れそぼった髪が下がって目元は見えない。ただ、つり上がった口元が音を立てる。
「ふふふふ、――――うふふふふふふふふふふ」
「こ、怖いよお」
 ぬえちゃんと白蓮と三人で集まって小さくなる、霊夢、笑顔、笑顔が怖い。――映姫ちゃん、これも善行なの?
 涙目で寄り添って震える私たちに、霊夢は口元だけで笑いながら、

「う〜ら〜め〜し〜やーっ!」
「「「きゃぁあああああっ!」」」

 夜の境内に、悲鳴が響き渡った。



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