//古明地さとり

「なかなか立派な館ね。
 お嬢様の住む場所だから当然です? まあ、そうかもしれませんね」
「……………………」
「面倒なやつが来たなあ? 同感よ」
「……………………」
「お嬢様の客人でなければ理由をつけて帰したい?
 まあ、かもしれないわね。呼ばれてしまいました。ご愁傷様です」
「……………………」
「忌み嫌われるのは自業自得? 大体みんなの言うとおりね」
「……………………」
「ならやめればいい、と思いましたね?
 そんなつもりはないわ。趣味よ」
「……………………貴女は、嫌われることをよしとしていませんか?」
「まぞひずむ? 違うわ。
 私なりの理由があります。ささやかなことだけどね」
「そのささやかな理由で嫌われる。私には理解できないわ」
「お嬢様の傍にいられれば誰に嫌われてもかまわない。
 本心を語ったらどう? 十六夜咲夜さん」
「………………………………こちらです」

「御来訪感謝するよ。地霊殿の主」
「御招待感謝するわ。紅魔館の主」
 高い気位を示す上品な一礼に応じて、私はレミリア・スカーレットの前に腰を下ろす。咲夜さんが、す、と紅茶を淹れてくれた。
「お茶会かしら?」
「ま、そんなところ」レミリアさんは肩をすくめて「最近退屈でね。面白そうなやつを適当呼んでみようかなと」
「お前が記念すべき第一号だ。――取り合えずその栄誉は受け取るわ。
 一応聞くけど、なんで私なのかしら?」
「面白そうだから」
「この嫌われ者を面白いと評する。さすがお嬢様。――――そうね、同感よ」
「咲夜、客にあまり無礼なことを考えるなよ?」
「う、――ど、努力しますわ」
「無心無心と考えての意味がないわよ」
 そして、私は笑い。
「そんなことをするやつはいない? 残念ね、咲夜さん。
 私の目の前にいるわ」
「悪かったな」
「あうっ、――も、申し訳ございませんっ! お嬢様っ」
「ま、というわけで何か面白い話をしてよ、暇つぶしに」
「別にないわよ」

 まあ、せっかく招かれたのだし、ない、で終わらせるわけにもいかない、と最近の事について、
「――――と、いうわけで時代は核らしいわよ。
 よくわからないけど」
「解らないの?」
「ええ、空がなんかそう言って騒いでたわ。
 多分当人もよくわかってないと思うわ」
 確かに、私の知る限り単純な出力は幻想郷でもトップレベルだろうけど、――さて、それをどうするのだろう? とりあえず空に聞いてみたら返答は一つ、うにゅ? のみ。
「鳥頭じゃあしょうがないわね。
 ところで咲夜、その核使ってこの館でなにができる?」
「そうですわね。………………………………まあ、出力が妹様以上でしょうから、抑止力くらいにはなるんじゃないですか?」
「そうね、妹が暴れたら消し飛ばせばいいか。死なないでしょ。
 多分」
「そうでしょうか? 全身が消滅したら死ぬと思います。
 多分」
「というか、もう少し平和利用は考えられないの?
 あの巫女といい、地上は好戦的な輩が多いわね」
「だとしたらありませんわ。
 お湯を沸かすくらい?」
「蒸発するわ。
 まあ、幻想郷じゃあ確かに使い道は限られているわね。
 まったく、そんなことで人のペット使わないでほしいわ」
「温泉わいたじゃない、咲夜、紅魔館も温泉引こうか。
 なかなか快適だったし」
「そうですわね。
 今度パチュリー様をそそのかしますわ。温泉が流行とでもいえば食い付くでしょう。
 一応流行は気にしていますから、引き籠りなのに」
「ああ、あの七曜日――じゃなくて、七曜の魔女? 別に空の力を使う必要はないでしょう」
「気分よ、気分」
「あるいはお嬢様の気まぐれ。――――なかなか苦労しているわね。咲夜さん」
「…………うぐ」
「後悔するなら辞める?」
「後悔しても辞めません? ――――ほんと、羨ましい従者ね」
「今のセリフは私が言ってこそ格好いいと思いません?
 まあ、後悔する気もありませんけど」
「ほしい? やらないよ」
「人のものに手を出そうとは思わないわ。
 もちろん、貴女がどれだけ核に興味を持っても空は渡さないけど」
「いらないよ。鳥頭なんて、面倒なのは妹だけで十分よ。
 そういえばさとりにも妹いるんだっけ。
 巨石、とか?」
「古明地巨石。――――無駄に強そうね。
 ちなみにこいしよ。こいし」
「小さい石? それとも恋しい、でしょうか?」
「名前の元ネタなんて知らないわ。
 貴女は自分の名前の由来とか気になる?」
「ええ、気にしますわ。
 というわけで、教えていただけませんか? お嬢様」
「ん、響き」
「だそうよ」
「ええ、納得ですわ」
「お前たちと話をしていると疲れる? 心外ね」
「お疲れでしたらお嬢様。
 紅茶を「福寿草のお茶はいらないと思うわ」あら?」
「あんな苦いのいらないよ」

//古明地こいし

「んー、ここはどこなんだろ?」
 ふらふら、と私は真っ赤な館を歩く。
 ふらり、お姉ちゃんが訪ねたからなんとなくついてきたけど、
 ふらり、なんとなく見かけた階段を下りて、ふらふら歩いて、
「うーん?」
 真っ赤な館、紅い、紅いひたすら赤い館。
「うーん? ここはどこー?」
 ふらふら歩く。その先。

 真っ赤な、扉がある。

 これなにかな?
 開けてみる、開けて入ってみる。
 中に誰かいてもいいや。
 というわけで、開けてみて、

 ――――真っ赤な、――――――――――

「いやぁあああああああああああああああっ!」
「ふぇ?」

「――――あ、――あ、――――あ、あれ?」
 あ、あれ?
 目の前、ぼろぼろに引き裂かれた部屋。それと、真っ赤な血溜まり。
「あ、あれ?」
 私、――確か、
 ここにいた女の子を、――――「あ」
 ぞわり、――その少女を見たときの感覚を思い出す。
 怖くて、人に嫌われるのも、それを覗くのも怖くて、閉ざした瞳。
 無意識になり果てた私、――――だから、永く感じてなかった、――――それは、恐怖。
 でも、――なんで?
 繋がった無意識。それに触れた。そこから流れてきた。その感覚。
 どす黒く澄み渡った、血のような狂気。
 こわい、――こわい、こわい、――紅の部屋に散らばった血のような狂気を思い出して、怖くて私は背を向けて走り出そうとして、
「あー、あ。あ、――――あ、あ」
 そんな、声を聞いた。

 ぞわり、

「あ、――あ、」
 真っ赤な血から、輝石の翼が起き上がる。
 ぞぶぞぶと、血から、ソレが立ち上がる。
 立ってられない。怖くて、足が震える。腰を落して、逃げようとして、でも、手も、足も、震えて、力が入らない。
 怖くて、――動くことも、怖くて、できない。
 あ、ああ、あ、あああ、
 声が聞こえる。どろり、と粘つくような声。
 血溜まりから翼が、金色の髪が、華奢な手が、紅の服が、這いだすようにその姿を現す。
 ああ、あああ、あああ、あああ、あああああ、あああああ、あああああ、ああああああ、

「あははははっはははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ

 爆発する狂笑。
 ぞわり、全身を飲み込む底なし沼のような、血色の狂気。
「いや、――――いや、あ」
 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖いっ!

「あははははっははっ! あははははははっ! あははははははっ! あはははははっ!」

 真っ赤な血から生まれた少女は産声の代わりに狂笑を上げる。
 ひとしきり笑って、無垢な狂気は私にピントを合わせる。
 血色の視線が射抜く、三日月の笑みが狂気を描く。
 怖くて、無意識を操って逃げよとして、ぞわり、――と、触れた無意識に流れ込んでくる。それに触れて操る前に反射的に触れた無意識を手放して、じわり、怖くて、涙が浮かぶのを感じる。
 私のすべてを飲み込んで、喰らい潰す、感じただけで怖気が走る、絶大な狂気の紅が、


 ――――笑う。
「殺してあげる」


//古明地さとり

 ぼっ、と目の前に深紅の炎がともった。
 フランドール? 妹様?
 目の前の二人から、その名前が挙がる。
「暴れている、ですか?
 行きましょう」
「やめたほうがいいと思うんだけど、まあ、好きにしな」
「死んでも文句言わないでくださいね」
 釘をさす言葉の意味は、十分に伝わってくる。
 ありとあらゆるものを破壊する。――故に、冗談ではなく忠告として受け取り、その上で、
「なぜ暴れているか、原因が分かれば楽でしょう?」
「まあ、そうかもしれないわね」
「その、フランドールとやらの能力などをイメージしながら向かいましょう。
 適当に対策をとります」

 ありとあらゆるものを破壊する、狂気。
 495、自らを地下に封じ姉に封じられた少女。
 それにしても、狂気、ね。
 面倒、と思う。
 狂気に突き動かされた存在は思考が破綻していることが多い。なまじ心を読みそれに従い対策を立てると足元をすくわれる。
 とはいえ、
「普段は落ち着いている。
 なら、原因を取り除くようにしたほうがよさそうね」
「まあ、というか原因を取り除かないとまた暴れ出しかねないわね。
 そっち任せていい?」
「狂気に支配されているのだとしたら難しいと思うけど、まあ、やってみるわ」
「お嬢様、――近いです」
 端的な言葉と共に、響きわたる爆発音と轟音。
「っ、――魔杖振り回してるなあのバカ。
 咲夜、今回の修繕あいつにやらせるか」

「そうですね。
 そろそろ妹様にも生活力を持ってもらいましょう。具体的には家の修繕」
「最初の家事が大工仕事か。
 いい嫁になれそうね」
「では、私はお嬢様をお姉様とお呼びします」
「……………さとり、こいつどうにかならない?」
「私はお嬢様一筋です? ――すいません、レミリアさん。私の手に余ります。
 出来ることは忠告をするくらいね。恋愛は正常に行いましょう」
 適当なやり取りを交えつつ、深紅の廊下を走る。
 その間にも破壊の音はスタッカートに響く。壁を穿つ音、灼熱の音、――――――そして、
「悲鳴、か」
「そうですね。
 鼠かしら? 妹様に近付くとすればあの白黒? だとしたら録音しましょうか。白黒の悲鳴」
「冗談は終わり。
 その割には切羽詰まってる。あいつも、弾幕じゃない。完全に殺す気だ。白黒じゃないよ」
「それにしても、凄まじいですね」
 私はこめかみを押さえてぼやく。
 解る、聞こえる。その声が、
 殺ス殺すころスころすコロスこロすコロす殺すコロす殺す殺スコろすコロス、破綻した思考を孕んだ狂笑が頭に突き刺さる。
 でも、大丈夫。――もっと穢れた思考も慣れている。腐った思念も無視できる。自我が狂うのを耐え抜いて鍛え上げた。
 それに、ある意味楽だ。
 狂気の咆哮は聞くだけなら戯言にすぎない。無視は簡単、だけど、
「今から謝罪します。
 心を読んで原因究明、は無理ね。案の定でもあるけど狂気が行き過ぎて思考が破綻しているわ」
「そうですか、――まあ、しょうがないですね」
「その辺隠れてて、咲夜も。
 私が適当にぶちのめす」
 それにしても、と響きわたる爆発音と、それを聞いてなお楽しそうに笑うレミリアさんを見る。彼女も狂ってますね。と、思う。

 あれ?

 狂気の思考が聞こえる。咲夜さんの緊張を含んだ思考も聞こえる。レミリアさんも狂喜の震えも聞こえる。
 メイド妖精の混乱の思考が聞こえる。門番の焦った思考と、不安そうにパチュリー様、という声も聞こえ、レミィにやらせればいいわよ。と諦めたような思考も聞こえる。
 だけど、聞こえない。聞こえない?
「っ!」
 だんっ、と床を蹴ることで速度を追加。あわてて呼び止める声を今は無視。
 聞こえる。狂気が叫ぶその先、破壊の音が響くその最先端。
 そこにいるはずの、追い立てられているはずの誰か。
 まさか、――――けど、

「あ、」

 恐怖におびえ、憔悴しきった顔に、涙の跡。

「こいしっ!」
 振りかぶられる火炎、世界さえ焼き滅ぼす炎が迫る。
 直撃、――したら。――――
 加速、そして、妹を突き飛ばし、――私は火炎の直撃を覚悟し、

「『神槍』スピア・ザ・グングニル」

 狂笑の少女を、横から串刺しにした。
 吹きとばす。体が両断されて転がる。――助かった。
 ため息をつく私の横に、呆れた声。
「案外考えなしね。
 もっと冷静な奴と思ったよ」
 けど、――と、二つになった体が蝙蝠となって集まり、少女の姿を構築するのを見て、
「そういうのも嫌いじゃない。
 適当な部屋にそいつと一緒に閉じこもってなさい。あいつは私が頭冷やさせてやる」
 ケタケタケタケタ、――狂ったように響く声。
 そして、顔を真っ青にして震え怯える妹を抱えて、
「頼むわ」

「あ、――――あ、」
「大丈夫? こいし」
「あ、――お、おねえ、ちゃん?」
 ぎゅっと、抱きつかれた。
「と」
「あ、――っく、――ひく」
「こいし、どうしてこんなところにいるの?」
「うっ、お姉ちゃんに、ついて、――っく、また、ひくっ」
 泣き声に混じって断片的な声。閉ざされた心はその理由を読み取らせない。
 だから、私は妹を抱きしめてその言葉を考える。
 多分、私は紅魔館に呼ばれて向かうのを見て興味を持って後をつけてきた。ってところね。
 こいしがそういたことに興味を持ったのは嬉しい、けど、今回はちょっと場所が悪すぎた。
 私にしがみついて泣いているこいしを撫でる。
 しばらく、泣いている妹をあやしていると、がちゃ、とどこだろうな、と思考と共に扉が開き、
「お、ここにいたか」
 レミリアさんたちが顔を見せた。
「ひっ」
 こいしは反射的に顔を上げて、また私にしがみつく。
 その先、レミリアさんと、咲夜さん、それと、あの少女がいる。
「落ち着いたみたいね」
 少女から流れてくる思考は確かに落ち着いている。なにこいつら? と不機嫌そうな疑念の思考だけが聞こえてくる。
「ん、まあ、発作みたいなものよ。
 とりあえず頭かち割ったら落ち着いたよ。頭を冷やせ、とはよく言ったものね」
「なわけないでしょ」
 飄々というレミリアさんを睨みつける彼女、――「えと、フランドール、さん?」
「ええ、そうよ。
 フランドール・スカーレット」彼女はぞんざいにレミリアさんを示し「そいつの妹やってるわ」
「口のきき方を知らないのか? お前」
 不機嫌そうな言葉に彼女はふんっ、とそっぽを向いた。苦笑して取りなす咲夜さん。
「私は悪くないわよ。
 部屋で本読んでたらいきなりその変なのが入ってきて、いきなり悲鳴上げていきなり攻撃してきたのよ?
 反撃するのはあたりまえじゃない? えっと、………………防衛行動よ」
 首をかしげながらの言葉にレミリアさんは頷いて、
「とりあえずお前の言うことは嘘「殺すわよ? お姉様」」
 ただ、――
「間違いないわね。
 フランドールさん、謝罪するわ。妹が迷惑をかけたようね」
 その思考に宿った光景、不意打ち故の断片的な光景は偽造のしようがない。
「なに? 貴女そいつの姉なの?」
「ええ、――まあ、こんなところでなんだけど、私は古明地さとりよ」
「ふぅん、で、そいつは?」
「妹の、古明地こいし」
 が、妹は顔を上げない。怯えるように、あるいは、彼女から逃げるように私の胸に顔を押し付けて泣いている。
「? そうなのか? なんか変ね」
「うーん、総合してみると、
 とりあえずその、こいし、さん? が妹様を攻撃して泣きながら逃げて妹様が追撃した、ということでしょうか?」
「そうよ」
 堂々と頷くフランドールさん、私はその思考を読み、嘘をついていない、と咲夜さんに頷く。
 ただ、
「まあいいか」レミリアさんはさばさばと手を振って「その部屋は貸してやるよ。帰るなりそこで寝るなり好きにしていいよ。
 フランドール、よい子のおやすみの時間よ」
「私よい子になった覚えないんだけどー」
 まあいっか、とフランドールさんはこっちを見て、こいしに舌を出す。
 咲夜さんが苦笑し、一礼。
「大丈夫よ。こいし」
「う、――っく、う、うん」
 そして、ゆっくり顔を上げた。
 さて、どうしよう?
 こいしの、不安そうに揺れる瞳。――はあ、
「こいし、今日はお泊まりさせてもらいましょう。
 大丈夫よ。私はここにいるから」
 そして、安心してくれれば、と強く抱きしめた。

 手を離そうとしないこいしと、とりあえず咲夜さんに宿泊の旨を告げる。
 容認してくれたことに感謝し、借りた寝巻でベッドに寝転がる。
 こいしは、すぐに私に抱きついてきた。
 ベッドは二つある。けど、こいしには別のベッドを使うつもりなんて最初からなかったみたい。
 ぎゅっと、強く私に抱きついて、一言。
「こわかったの」
「こわかった? ――あの、フランドールさん、が?」
「澄み渡った、どす黒い紅」
 ぽつり、呟かれた言葉。
 たぶん、無意識にあるがゆえに、私よりも強烈にその狂気に触れてしまった。――の、だと思う。
「あの子、そんな感じだった」
 ぎゅっと、私にしがみつく手に力がこもる。
「こわかった、よお」
「もう、大丈夫よ。
 大丈夫」
 怯え震えるこいしの背を撫でる。大丈夫、と伝わればいいな。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なぁに? こいし」
 まだ、うっすらと潤んだ瞳で私を見る。そして、
「お姉ちゃんは、怖く、ないの?」
 その問いの意味は、心が読めなくても、わかる。
 わかる。――その程度には、妹の事は知っているつもり、そして、その問いの答えは、ずっと、――ずっと昔に、もう、出てる。
「ええ、こわいわ」
 不思議そうに私を見上げるこいしを撫でる。
 こわい、心を読むこと、そして、それで嫌われることも、――――私だって心はある。咲夜さんのいうような特殊な性格ではない。
 もちろん、嫌われたくない。出来れば、好かれたい。
 それだけじゃない。
 外見は少女である私に対して劣情を抱く男もいる。私が心を読む、ということを知っていてあえてそれをぶつけてくる者もいる。
 人を喰らう事を考え悦ぶ妖怪もいる。私と同じ姿をしたものが食いちぎられ咀嚼される光景を思考から読み取ったこともある。
 正直に言ってしまえば、――――能力を閉ざしたこいしの気持ちは、わからなくもない。
「なら、「どうして、閉ざさないの。かしら?」あ」
 驚いたように私を見つめるこいし、私は妹を撫でて、
「心は読めないけど、想像はつくわ」
 ぎゅっと、抱きしめる。
 ん、と甘えたような声。
「確かに、この瞳は誰からも嫌われる。――――けどね。嫌わない、そんな酔狂者もいるのよ?」
「え? ――ど、どこに?」
 どこに? その問いに、私は苦笑。
「もう、いないわ。
 会うことも、ないでしょう。――そして、そうね。私は、その人の事、好きだったわ」
「そう、なの?」
「ええ、まあ、古い噺よ」
 だからね、とこいしの髪をなでる。
「私の、誰からも嫌われる、という覚りの瞳さえ含めて、認めてくれる人を見つけたいの。心理想念思考、思いのすべてをもって、私に傍にいていいよ。って言ってくれる人を、
 だから、絶対に瞳は閉ざさない。万人から嫌われてでも、穢れた思考に自我が悲鳴を上げても、――それでも、私は閉ざさない。
 酔狂者が認めてくれた私を、閉ざしたりしないわ。また、心から、私と一緒にいていい、と言ってくれる誰かを見つけたいからね」
「お姉ちゃん?」
 きょとん、とこいしは私を見る。
 ちょっと照れる。本心を本気で語ったのは、久しぶりな気がする。
「お姉ちゃんは、つよいね」
「そう?」
「うん、――わたしも、お姉ちゃんみたいに、なりたいな」
 ぎゅっと、こいしは私の背に手を回す。
 強い、――――――その意味は、よくわからない。
 けど、
「こいし」
「うん」
「なら、ひとつ、やらなければならないことがあるわ」
「え?」
 不思議そうにこいしは私を見る。私はその頭を撫でて、
「謝りなさい。
 貴女が傷つけてしまった。フランドール・スカーレットに、あの、狂気の少女に」
「あ」
 びくっ、とその名前を聞いてこいしの体が震えた。
 彼女の無意識にある狂気、それを垣間見えたこいしは、その名前を聞くだけで怯える。
 けど、――それでも、
「こいし、ちゃんと謝りなさい」
「謝る?」
「ええ、ごめんなさい。といいなさい。
 こいしはフランドールさんを傷つけた。だから、ちゃんと謝りなさい」
 不思議そうに私を見上げるこいしを撫でる。
 なによりも、
「悪い事をしたら、ごめんなさい、というの。
 それが、たぶん、こいしが言ったつよさ、の第一歩だと思うわ」

//古明地こいし

 私をきつく抱きしめていた手が緩くなる。
 耳をくすぐるのは、優しい寝息。
 お姉ちゃん、寝ちゃったんだ。
 どうしよう?
 本音を言えば、こわい。――あの、紅の狂気は、そして、それに向き合わなくちゃいけえないことは、…………それに、
「嫌われちゃってる、よね」
 ぽつり、言葉がこぼれた。
 嫌われないために、嫌われるのが怖いから、瞳を閉ざしたのに、
 帰ろう、かな?
 帰れる、お姉ちゃんは寝てるし、その気になれば起きていても私の存在は気付かれない。
 あの狂気と向き合うのは怖い、嫌われたかもしれない、そう思うと怖い。
 だから、会いたくない。――――会うのが、怖い。
 けど、
「…………お姉ちゃん」
 ぎゅっと、その胸に顔をうずめる。
 暖かい、――――私の、お姉ちゃん。
 万人から嫌われても、そう胸を張って言った。お姉ちゃん。
 私も、――――――――そんなお姉ちゃんみたいに、なりたいな。

「こんな時間だけど、おはよう、といっていいかしら? レミリアさん、咲夜さん」
 それと、とそっぽを向いて座っている彼女、――フランドールにお姉ちゃんは視線を向ける。
「フランドールさん」
「勝手にすれば」
 そして、つまらなさそうに私を見る。
 こわい、――ぎゅっと、お姉ちゃんの手を握る。
 心構えがあるから、耐えられる。
 けど、その、紅い狂気は、――――こわい。
「なによ?」
 うっ、
 不機嫌そうな紅の瞳、――こわくて、私はお姉ちゃんの手を握る。
 あとの二人、レミリア、と咲夜、と呼ばれた二人はなにも言わない。傍観している。
 けど、言わなくちゃけない。
 大丈夫、大丈夫、――お姉ちゃんの手を握って、
「あ、――あ、あの」
 ぎゅっと、手が握り返された。う、ん、
「あの、昨日は、その、………………ご、ごめんなさいっ」
 言って、頭を下げる。
 許してくれるかな? それがわからない。――嫌われるのが怖くて閉ざした瞳が今は恨めしい。
 けど、…………
 ふん、と鼻を鳴らす音。
「許してあげないんだから」
 え?
 顔を上げる。不機嫌そうな顔で、彼女は、
「謝っただけじゃ許してあげない」
 あう、…………やっぱり、
 嫌われた、ままなの?
 また、嫌われちゃったの?
 嫌われたくなくて、嫌われるのが怖くて、瞳を閉ざしたのに、………………………………
 もう、地霊殿から出るの、やめようかな?
 部屋から出なければ、嫌われない、よね。
 帰ろう。そうきめて、背中を向けようとして、
「謝られてもつまらないわ。
 だから、許してほしかったら遊んでよ。私を楽しませて、方法は、言うまでもないわよね」
 え? と、振り返る。
「なによ? 変な顔して、
 許してほしかったら、私と遊んでよ。楽しませてくれたら許してあげる」
 一緒に遊ぼう、と。そう言ってくれた。
 くすっ、と小さな微笑。そして咲夜がフランドールの肩を後ろから抑えて、
「では、妹様、まずはみんなでご飯を食べましょう。
 それから、――そうね、一晩大丈夫かしら? こいしさん。妹様が満足するまで、たくさん遊んであげてくださいな」
 優しく微笑む咲夜。とん、と背中を押される。
 振り向くと、お姉ちゃんは微笑んで頷いてくれた。
 だから、
「う、――うんっ」

 覚りの瞳を開けるのは、まだ、こわいけど、
 でも、――――ちゃんと謝って、よかった。

「あははっ、さあ、次行くわよっ!」
「んっ」
 紅魔館の上空、私とフランドールの弾幕ごっこ。
「さあ、あそぼうっ!
 『禁忌』カゴメカゴメっ!」
 私の周囲全方向に弾幕がはられる。フランドールは笑って歌う。
「「かーごめかーごめ、かーごのなーかのとーりーは、」」
「かごからでられず、」「かごをくだいて、」
「しんじゃったっ!」「とびだしたっ!」
「『本能』イドの開放っ!」
 籠を砕いてばらまかれる心の弾幕、――狂気の少女はそれをみて、
「あははっ、面白いっ! ――――」
 でもっ! と、
「その程度のハートじゃ、私の心は射落とせないわっ!
 『禁弾』スターボウブレイクっ!」
「――――でも、ハートは砕けないよ。ずっと、追いかけるの。
 『抑制』スーパーエゴっ!」
 結構砕かれちゃったけど、それでも、ばらまいたハートは再度、フランドールに向かって迫る。

 楽しい、な。

 心が純化していく。フランドールの狂気が澄み渡る。
 綺麗、――と、そう思う。
 狂気の血色とは違う、輝石のような、澄み渡った紅。
 だから、かな。
「『禁忌』恋の迷路っ!」
 弾幕で張られた迷宮、あそこまで、いけるかな?
 恋の迷路に飛び込む。その中央、迷路の奥。

 どきどきする。

「あはっ、ちゃんと抜けてきたっ」
「ん、来たよ」
 だから、
「また、燃えあがろう?
 『復燃』恋の埋火」
「あははははっ! 何度でもっ! 何度でもねっ! 私のすべてを燃え上がらせてっ!
 『禁忌』フォーオブアカインドっ!」

 感じ取れる無意識は、純化された心は、無垢のスカーレット。
 それを、綺麗だな、と、思う。

「ここまで、来れる?
 嫌われ者のフィロソフィ」
 弾幕をばらまく、私の周りの弾幕が炸裂する。
 こないで、――その、拒絶の弾幕。
 あはっ、――と、笑顔がはじけた。
「そこに、行くね。
 『禁忌』――――」
 来ないで、とその拒絶を、力尽くで否定する。ここに、来る。
 来ないで、と、その思いに踏み込む禁を犯して、たとえ、それが故に忌まれても、…………笑って、来てくれる。
「――レーヴァテインっ!」

 そのことが、少しだけ怖くて、ぞくぞくするほど楽しい。
 どきどきする。鼓動が高鳴る、なんでなのか、よくわからない。けど、
 それが、心地よくて、だから、もっと、――――

「あ、」
 見えた、見える。――その思いが、
 意識的に求める。
 無意識に焦れる。
 意識無意識すべてに思われる。――495封じた蓋を砕いた光。
 羨ましいな。
 そこまで強く思う心が、そこまで強く思われる光が、
 羨ましい、――から、
 私も、また、強く思いたい。強く、思われたい。
 両手を振り上げる。集まる光は眩しい光。……最高に綺麗な、恋の光。
「また、一緒に遊ぼうね」


 閉じた恋の瞳が開かれる。


「『憧憬』マスタースパーク」

//古明地さとり

「うそ、――あれ、マスタースパーク?
 どうして、魔理沙の?」
 咲夜さんが不思議そうにつぶやく。
 空でばらまかれる弾幕、――たぶん、その最後。
 こいしから放たれた。膨大な光の砲撃。それは、魔理沙さんの、最高の一撃。
 どうして、それが? ――――まさか?
「こいし、瞳を?」
 わかる、一瞬だけ、聞こえた。こいしの思い。

 楽しい、と。その、思い。

「あーもー、なんなのよ一体ーーーーっ!」
 上から声。みると、目を閉じたこいしと、こいしを背負ったフランドールさん。
「勝ったの?」
「知らないわよっ!
 おまけに気を失っちゃったしっ、私被弾しちゃうしっ、これ勝ち逃げっ?」
「ああ、撃ち返しに被弾したわけですね。
 妹様、負けですわ」
「なんで私撃ってもいないのに撃ち返しが来るのっ?」
 愕然とするフランドールさん。
 と、彼女に背負われて、心地よさそうに目を閉じるこいし。
「なんだ。負けたのか。
 だめだねえ」
「弾幕粉砕して前に出たらいきなりカウンターでマスタースパークって反則すぎるでしょっ?」
 当人には到底納得できない終わり方に半ば錯乱してる。聞こえる心の声は混乱、という言葉がふさわしい。
 まあ、なんにせよ。
「フランドールさん。妹と遊んでくれてありがとう。
 納得できない? ――――そう、なら、また一緒に遊んであげてくださいな」
「当たり前よっ! 絶対に今度は勝つんだからーーーっ!」

 たぶん、無意識にだと思う。
 こいしが、その声を聞いて、微笑んだ。



戻る?