//建御名方

 ふらり、と、
 ふわり、と、

 洩矢の王国に一柱の神が現れる。

//洩矢

「千鹿頭。
 今回は、私だけでいくよ」
「よろしいのですか? 王よ」
「今回は」
 洩矢は薙鎌をもち、それに向けてつぶやくように、
「たぶん、強力な神が来る。
 御左口は、みんなで国を守って」
「王よ。どうか無理をしないよう、お願いします。
 この国には、まだ王が必要です」
 洩宅が心配そうに言う。その後ろ、洩田も心配そうに王を見ている。
 そんな三柱に洩矢は微笑んで、
「大丈夫だよ。
 ま、かーるくいくからさ」
 ぴょん、と軽快に跳ねて社を出る、そこで、心配そうな、不安そうな、声。
「あの、洩矢様。
 私たちにできることは?」
 社を出たところで、人が集まる。
 神の侵攻。――それを聞いた人が集まり、神の前に膝をつく。
 それを見て、洩矢は頷いて、
「みんなの信仰が、御左口、そして、私たちを支えると、その話はしたよね?」
「はい」
「なら、――信じて、
 私の勝利を、御左口が守ってくれることを、――そう、信じてくれることが、私たちの力になる」
 はいっ、と返事を聞いて、洩矢はふわり、と舞う。そして、目指す先。
「天竜川か」

//建御名方

「ここが、――東の地」
 建御名方はふわり、とそこに降りる。
 人がいる。人がいる。そして、――――確かに、自分の知らない地。
 建御名方は笑う。
「ここを平定し、――そうすれば」
 また、みんなで一緒に暮らせる。
 あの、穏やかな日々を、また、
 ふわり、降りた先に、一柱の少女がいた。
 少女、――薙鎌をもつ洩矢はその武器を突き付け、
「何の用?」
「簡単だ、この地を渡してもらおう」
 ふぅん、と洩矢は笑い、だから、と建御名方は告げる。

「帰れ、侵略神」「退け、土着神」

 御左口たちはその神徳をもって天竜川の周囲に加護を構築。人々はその維持を信じ祈る。
 洩矢の王国。――天竜川にて、二柱の神が向かい合い、――そして、

 神戦が始まる。

 建御名方は手を振り下ろす、そして、洩矢は手を振りまわす。
 その動作により初撃、連続して打撃する御柱を迂回するように創造した鉄輪が飛翔する。
「くっ」
 ふわり、舞いあがり鉄輪を回避、だが多重に旋回し、追いすがる鉄輪を、
「はあっ!」
 御柱の打撃が撃墜。
 たたっ、と打撃して撃墜される鉄輪を足場に、洩矢は建御名方に追いすがる。
「堕ちろっ!」
 薙鎌を振るう、神威に強化された刃は神であろうとその鋭さを発揮し、――されど、
「ふん」
 建御名方は風を宿した手でそれを受けた。
「うそ」
「なめるなよ。
 土着神っ!」
 つかみ上げ、風を宿す。
 風の支えを受けた建御名方の力は、千人力をもって洩矢を大地に叩きつける。
「う、わぁあっ」
「おまけだっ!」
 高速で落下する洩矢に建御名方は御柱を連続で叩き込む。
 落下、地面への激突。――――そして、風の蹂躙。
「終わったな」
 案外あっけなかったな、そう思いながら建御名方はふわり、と地面に降りたって、

「食われろ」

 大地の顎が開かれる。
「なっ!」
 前、後、左、右、――四方よりせり上がる大地の壁が建御名方を飲み込まんと迫る。
 逃げ道は? 言うまでもない、上。
「くそっ」
 ふわり、そして、疾風の勢いで閉ざされていない上へ駆け上り、
「逃さないよっ!」
 蓋、とばかりに巨大な岩盤を振りかざす洩矢。
 ずんっ、――と烈震。

//洩矢

「――ふぅ、流石にこれだけの創造は疲れた」
 天竜川に山ができた。――なんて、洒落にならない。とはいえ、
「あとは、――これを地に還す。
 危険な神は大地に封じるが肝要かな」
 まったく、と創造した大地を元の大地にのみこませようとして、

 ふわり、風が流れた。

「んあっ!」
 たんっ、と山から一回転して飛び降りる。――直後に、山そのものが爆砕した。
「ふん、面倒な奴だね」
 砕かれた大地の中央。――建御名方がいる。
「驚いた。
 終わったかと思ったのに」
「残念だね。
 この程度じゃ、終わらない」
 なら、と。――手を振るう。
「いっけぇぇえっ!」
 旋回する鉄輪。旋回し、回転し、空を飛翔して侵略神へ。
「あ、まいっ!」
 全方位着弾、――その寸前で建御名方は手を振り上げる。
 そこから噴き上がる上昇気流。絶大な旋風が鉄輪を巻き上げて粉砕。
「んっ!」
 風の届かぬ地中より薙鎌で切り払う。その相手はすでに飛翔。
「なめるなよ。土着神っ!」
 大地より出た洩矢を、空に舞う建御名方は見据えて手を振り下ろす。
「潰れろっ!」
 ずんっ、――と大地が悲鳴を上げる。
 広範囲に叩きつけられる風に天竜川の水がはじけ、大地が亀裂をあげてへこむ。
「この、馬鹿力っ!」
 創造、大地の壁を十重二十重に構築。そのほとんどが一撃のもと砕け散る。――が、
「ありがとう」
 耐えた。その隙間から見上げる。忌々しそうな表情を見据えて、
「なにが理由かは、聞かないよ。侵略神。
 私はこの地を守る。――そう、土着の神なのだから」
 洩矢は薙鎌を、大地の隙間から繰り出す、
 突き、そして、
「くっ」
 その動きに追従するように、大地の歪な、そして、鋭い杭が無数に創造される。
 高速創造。渾身の力をもって繰り出す槍のように、力強い勢いで空に舞う神を撃ち落とさんと駆け上る。――それで、
「それで、私を落とせると思っているのかっ!」
 御柱、と建御名方は手を振り下ろす。
 打撃打撃打撃、――岩石の杭を烈風の柱が打撃し粉砕する。
 大地が穿たれる、洩矢が現れる、そこに向かって御柱で打撃する。
「わっ」
 近くを打撃され、渦巻く風に姿勢を崩しながら、それでも大地の杭を創造。
「ぐっ」
 近くを刺突され、衣装と体を削り取られながら、それでも大風の柱を創造。
「「ああぁぁあああああっ!」」
 あげた声はどちらのものか、真っ向から破壊力が激突し、――ここかな、と洩矢は刹那の隙間を見据える。
「んっ」
 両の手を振るう。大地が覆いかぶさる。
 即席の盾。建御名方はそれを打ち砕く、とさらに御柱の打撃を連続する。
 砕く、――それより先に洩矢は走った。
 砕いた、――そのころには洩矢は両手を振って、
「いっけぇえっ!」
 鉄輪を投擲、空にいる建御名方に迫る。
 が、
「それは」建御名方は笑って手を上げる「見飽きたっ!」
 建御名方の周囲に風が渦巻く、鉄輪の激突、――寸前に、その風を解き放つ。
 すべての鉄輪を吹きとばす。――それを見ても揺るがぬ声。
「まあ、そうだろうね」
 その鉄輪の影、薙鎌をもった少女が一柱。
「風を、貫けっ!」
 薙鎌を突く、そこを起点に創造された大地の槍が至近距離から建御名方に迫る。
「ぐっ」
 身をそらす、――が、刹那遅い、体を打撃する大地の杭、一撃を受けながらそれを掴む。
「逃がさないよ」
 その槍を、風が取り巻いて、
「吹き飛べ」
 ごっ! と音。
 大地の槍を旋風が駆け抜ける、それはまっすぐに、
「あうっ!」
 洩矢を打ち据え、弾き飛ばす。
 逃さない、と建御名方は空を疾走。
 吹きとばされる洩矢の上に、そして、その小柄な体に手をかざす。
 その手に、大風が宿る。――千人力の破壊力をもって、その小さな体を、
「おまけだ。
 大地に堕ちて、砕けて消えろ」
 打撃した。

「あっ」
 気が遠くなるような破壊力。
 膨大な力をもっての打撃に、洩矢は大空から大地へ叩き落とされる。
 痛い、と思った。
 強い、と感じた。
 今までの侵略神なんて物の数じゃない、建御名方の強さは凄まじい。…………けど、
 薄れかける意識と視界がそれを捉える。御左口達が作りだした加護と、その向こうの、自分の国。
 絶対に、大切なものを、
「守るんだぁああっ!」
 薄れかける意識をつなぎとめる、負けそうになる心をたたき起す。
 空中で旋回、その動きをもって創造した鉄輪を投擲。
 上には打ち据えて姿勢制御中の建御名方、――そこに、高速で鉄輪を叩き込んだ。
「ぐっ!」
 鉄輪が連続で打撃する、落下の制動さえ考えずその神威を振るう。
「がっ」
 最後、とどめの鉄輪を叩き込み、建御名方を空から撃ち落とす。
 直後に、
「あうっ」
 洩矢が地面に叩きつけられた。
 がっ、と息が漏れる。全身が痛い。――それでも、泣きたくなるような痛みを堪えて立つ、武器をもつ手に力を込める。
「「あぁぁああああああああああああっ!」」
 大風を宿した手を振る建御名方と、大地の力を担った薙鎌を振る洩矢。
 その二つの神威が、激突した。
 破壊力に大地がめり込む、大風がかき回される。
 激突は、――永遠にも近い一瞬、それをもってお互いを弾き飛ばす。
 ざんっ、と天竜川を挟んで二柱の神が向かい合う。――まだ、お互い名乗ってもいない土着神と侵略神は、

 倒すべき相手に向かい、神威をもって爆ぜた。

//建御名方

 高速で天竜川の上を飛翔しながら、建御名方は洩矢を見る。
 強い、そう思った。
 建御雷とは別の、圧倒的な破壊力ではなく、その神威をもって様々な手で攻撃してくる。
 強い、そう感じる。
 国津神とも、天津神とも違う、幾度となく侵略や闘争に耐えて培ってきた、泥臭い必死の戦い方。――それは、なによりも強力な武器となる。
 それでも、
「それでも、――取り戻すんだっ! あの、毎日をっ!」
 牽制と飛んでくる大地の槍を目の前の大気を圧縮して防御、撹拌して粉砕。
 洩矢はそれを見て姿勢を低くする、その手には薙鎌。
 御柱を打ちおろす、河の水が御柱の打撃でしぶき爆ぜる。
 それを器用に避けて疾走、速度は緩めず、至近。――だけど、
 回避に意識を裂いた分、速度は落ち、なにより、
「終わらせる」
 建御名方の、片手に宿った大風、これを叩き込む。
 終わらせる、――終わらせて、また、この地でみんなと暮らすんだ。
 父上、母上、事代主、――あの地にいた大切な家族と、ともに、
 私の力不足で失った居場所を、私の力で取り戻すっ!
 ざんっ、と目の前に洩矢が立つ、その手には、神威を宿した薙鎌。
「終われっ!」
 拳を叩き込む、――たんっ、と洩矢は跳ね、ひらり、宙に身を躍らせて神威の激突を回避する。
「っ!」
 そして、その無防備な背に、薙鎌をたたきつけた。
「がっ」
 ふわり、――反動でさらに宙を舞い、そして、
「これで、とどめっ!」
 空中に舞いながら腕を振るう、十の鉄輪が創造。重なり合うように並んで飛翔。破壊力を弾数で補う。
 そして、着地同時に足を軸に、
「いっけぇえっ!」
 旋回し、その勢いをもって全方位に向けて十の鉄輪を創造。
「くっ」
 前から迫る十の鉄輪、全方位から狙う十の鉄輪。
 御柱、――自身を中心に、風を巻き上げる。
 が、足りない、攻撃を受けた直後、崩れた姿勢と揺らいだ意識から神威を振るっても、不十分。
 半数は撃墜、が風を突き破って鉄輪が突き刺さる、正面からの連続打撃に崩れ落ち、旋回して飛翔する追加創造の鉄輪が全身を打撃し打ち据え打ち砕く。
「これで、終わりだぁあっ!」
 そして、追撃の鉄輪。前から迫る追加十の鉄輪に、
 ふと、誰かの名を思い浮かべて、
「な、めるなぁああっ!」
 消し飛びそうになる意識を気合いで引きずり戻し、だんっ、とその鉄輪に自ら突撃、直撃確定にて必殺の攻撃が激突。――寸前、

 ぎんっ、――と、絶大な大気の渦が、断層を作り上げる。

 びぎっ、――と、世界が割れる。
「うそ?」
 大気の亀裂がまっすぐに、鉄輪の群れを断ち割る。――そして、その断層を風神が疾駆。

「さあ、――駆け抜けたぞ。神の道を」

 ばぎんっ、と大気の亀裂に巻き込まれて鉄輪が粉砕し、唖然とする洩矢の眼前で凄絶に笑う。
 そして、大風の破壊力が打撃した。
「ぐっっ」
 ごっ、――と必殺の破壊力、そして、
「あっ」
 大風が炸裂する。その威力に洩矢は吹きとばされた。
 天竜川を超えて、対岸に落ちる。威力は殺せず河原をその身で削り、――止まった。
 動かない、立ち上がらない、それを見届けて、ふと、
「あ、――くっ。
 さすがに、きついな」
 がくん、と膝をつく。が、
「終わったか」
 ため息。
「名くらいは聞いておくべきだったか」
 ふん、――と背を向けたところで、

「絶対に、――負けない」

 薙鎌を支えに、ふらり、立ち上がる洩矢。
「負けない」
 そして、薙鎌を突きつけた。
「私は、負けない。
 絶対に、――この国を守るんだ」
 その決意は曲がらない。
 その意思は揺るがない。
 それでも、
 それでも、――――
 壮絶な意思をもって立ち上がる洩矢を、建御名方は真っ向から見据える。
 譲れないものがあるのは、――こちらも同じだ。
「取り戻す。絶対に、
 あの、日常を、取り戻すんだ」
 この地を、治めて、――また、みんなでここで暮らすんだ。
 ごっ、――と音。
 その手に風が宿る、大嵐をその手に宿し、それを向ける。
 だから、
「退けえっ! 土着神っっ!」
 ごっ、――と音。
 横殴りの大風が、ふらつく洩矢に解き放たれる。
 大地を穿ち削り砕き壊し、――その主を食いつぶさんと、風が駆け抜ける。
「ん、あーーーっ!」
 神威の開放、構築される大地の壁に、大風が激突。
「大風を止められると思うなあっ! 土着神っ!」
「大地を突きぬけると思うなあっ! 侵略神っ!」
 真っ向からの激突に、二柱の神の咆哮が重なる。
 大地と大風が激突する。穿ち、反れ、砕き、殺がれ、削れ、弾け、

 神威の激突に、――二柱は動いた。
 全力では足りない、総力でも足りない、――――もてる、すべてをもって、
 敵を、倒す、と。

 御柱の打撃がさらに土を削り、穿ち、砕く、それを突破して鉄輪が飛翔し、風を押し砕き、押し返し、打ち返す。

//洩矢

 大風と大地――、横殴りに叩きつけられる御柱と、それを砕く鉄輪の激突。
 その中で、洩矢は動く。
「あ、」
 ぼろぼろになっても、守りたいから、
 失いたく、――ないから、この国を、ここにいる、みんなを、
 だから、
「あぁああああああああああああっ!」
 たんっ、と、
 薙鎌をもって、一か八か、御柱と鉄輪が荒れ狂う天竜川を疾走。――その中央にいる侵略神に向けて、洩矢は駆けだす。
 建御名方は笑う。これで、
「終わりだぁああっ!」
 鉄輪の撃墜に回していた御柱を攻撃に回す、いくつかの鉄輪が自身を打撃するが、それを耐えて笑う。
 終われ、と。
 洩矢の存在を蹂躙するに足る御柱を打ち込む。洩矢に逃げるつもりはなく、建御名方に逃すつもりはない。
 終われ、と、破壊力を開放する。――そして、

 それは、小さなお守り。

 洩矢の胸に縫いこまれた、小さな鉄の輪がその加護を開放する。
 なによりも近くで洩矢の神徳を受けていた鉄が、その象徴、――鉄輪を構築し洩矢を守護する。
 あ、という小さなつぶやきは誰が発したのか。
 ただ、
 洩矢を蹂躙するはずの御柱は、加護の鉄輪に弾かれ霧散。
 ありがとう、――小さな声が零れた。
 ばかな、――唖然とした声が零れた。
 神の道を開「帰れえっ! 侵略神っっ!」

 薙鎌を、振り下ろした。

//建御名方

 一撃を打ち込まれて、建御名方は吹きとばされる。
 ばしゃっ、――と、天竜川に倒れた。
 渾身の力をもって打ち込まれた薙鎌の一撃。――それに追加して、今までの戦いで蓄積された痛みと疲労が建御名方の全身を軋ませ、動きを束縛する。
 動かそうとするだけで激痛を訴える体。――それより、別の事を考えていた。
 ただ、一言。

 帰れ、そう言われた。
 帰れ、――と、

 そんなの、――――もう、帰る場所なんて、どこにもない。
 どこにも、……自分の帰る場所は、ない。

「あ、」
 つと、涙があふれる。
 帰る場所がない、居場所がない、その事実に、
 つと、涙がこぼれた。
「どうして?」
 倒れ、動けず、ただ、涙を流す建御名方を見て、洩矢は首をかしげる。今まで、幾度となく打ち破ってきた侵略神にはない、痛々しいほど必死なその姿を見て、改めて、問う。
 どうして? と、
「どうして、この地をほしがったの?」
 それは、また、ここで取り戻したかったから、
 帰る場所、みんながいてくれる場所を、
 まつろう風の神だからこそ、帰る場所がほしくて、――だけど、その場所はもう、なくて、自分の力が足りないから、奪われて、
 もう、行く場所なんて、どこにもなくて、
「あ、」
 風は、帰る場所もなく、行く場所もなく、ただ、独り大気に溶けて消えるまで彷徨う。――――――そんなの、――――

 ――――そんなの、絶対に嫌だっ!

//洩矢

 ふわり、――風が流れる。
 それは、粉砕し、蹂躙し、後には何も残さない。破壊の大風。
「あ、あう、あっ」
 ずどんっ、と大風の破壊力が全身を打ち据える。――吹きとばされた。
 薙鎌をついて、かろうじて天竜川にとどまる。
 そして、改めて前を見た。
 今までとは違う、制御もなにもない、ただ、暴走する神威。
 絶望に啼き叫ぶ魂。――――これこそ、
「これが、荒魂なの?」
 すべてを蹂躙する大風、それに耐えながら洩矢は呟く。
 むき出しの荒魂。それは絶叫する。
 ここを手に入れて、また、取り戻すと、あの時を、あの、平凡で、平穏で、当たり前の日常を、
 風の神は、居場所を求めて絶叫する。帰る場所を欲して咆哮する。
 でも、でも、――――絶対に、
「私だって、守りたいものがある。
 譲れないんだよっ!」
 鉄輪を創造して、その中心――絶叫を上げる荒魂に投擲する。
 が、
「へ?」
 風のさなか、そこにふさわしくないものが見えた。
 それは、細い、細い藤蔓。
 それが、鉄輪に絡みつく。――からみついて、錆び、朽ち、落とした。
 家を出る子に父が与えた加護。子が自らでは対応できない外敵を撃墜する迎撃の守り。
 荒魂の暴走という、防御という対応不可能の状況だからこそ発動した。加護の力。
「なん、――で?」
 唖然、と朽ち果てた鉄輪を見る洩矢。
「ぐっ? う」
 そして、暴風が襲いかかる。
 暴風に打撃され、地面に倒れ転がる。
「つ、――くっ」
 倒れ、歯を食いしばって立ち上がる、――それでも、気を抜けば立ってられず、隙あればすべてを吹きとばす神威の暴風。
 姿勢を低くし、這うようにして、進む。
 そして、鉄輪を投擲、――が、いくら投擲しても、風の中を舞う藤蔓が鉄輪をからめ捕り、朽ちさせる。
 その神威では突破させない。その神威では傷つけさせない。藤に宿る王の威は攻撃の鉄輪を認めない。
「直接、やるしか、ないかな」
 大地を創造して槍として伸ばす、――伸ばす先から風に削られ、吹きとばされる。
 ぐっ、と手に持つ薙鎌に力を込めて、無理に笑う。
「このなか行くなんて、洒落にならないよ」
 ただ、そこにいるだけで風の暴力は全身を打撃する。
 それでも、進まないといけない。
 帰る場所がない、そう泣いている。その荒魂は、絶叫をあげる。
「帰る、場所なんて、……」
 土着神は歩く、土着神は進む。
「そんなの、――作れば、いいんだよ。
 侵略、じゃなくて、ただ、ここに、いさせて、って、そう言えば、いいのに」
 土着神は進む、歩く、暴風に全身を打ちすえられても、それでも、
 ただ、失った。……そんなの、ない。
「受け入れてくれるところは、きっと、あるんだから」
 踏み出す、――――その一歩は、想像以上に軽かった。
「あ、――え?」
 全身を打ち据える暴風が、感じるのは微風。
 自ら踏む大地が、その守護を光として宿す。――けど、それは、
 その意味を悟り、反射的に洩矢は振り返る。
 そこには、薄くなる加護と、
「え? ちょ」
 加護が薄れ、家屋が薙ぎ払われる。
 それでも、人々は外に出て祈る。立つことさえできない暴風の中を、這うように無様に、それでも国を守る王のため、必死に祈りを届ける。
 その祈りを受けた御左口は、その力をもって洩矢を支える。国を守る神徳を、洩矢への加護とする。

 家は砕ける。人は暴風を必死に耐え、御左口は、…………

「だめぇぇええええええええええええええっ!」
 洩矢は悲鳴を上げた。
 その、――薄れ消え逝く御左口に、
「だめっ! だめっ! やだ、やだやだやだっ!」
 洩矢は叫ぶ、泣き叫ぶ。大切な、本当に大切な、友達が、
「だめだよそんなのっ! 絶対にだめっ! 私は大丈夫っ! 大丈夫だからあっ! お願いだからあぁっ!」
 暴風の中、泣き叫ぶ声が、洩矢の悲鳴が上がる。だめだよ、と。そんなの、だめ、と。
「みんなっ! 自分の事を守ってっ! 守ってっ! 守ってよおっ!
 やだ、やだやだっ! 消えちゃやだぁぁあああああっ!」

 我が祈りは、神のためにあり、
 我が願いは、王のためにあり、

 我が御魂、常に、洩矢様と共にあり、――――――――――――――――

 ――――――――――――――――だから、――ずっと、一緒です。

「あ、――――」
 幽かに聞こえた、最後の声。もう、共にあった御左口達は、どこにも見えない。大切な友達は、どこにもいない。
 洩矢はさようなら、と、小さく呟く、――そして、天竜川の中心。神威の暴風を、涙のたまった目で真っ向から見据える。
 崩れ落ちるその足を、人の信仰が支える。
 力の抜けたその手を、神の恩恵が支える。
 人と神に助けられて、王は駆ける。――その手に担うのは、その身に宿るすべての力、洩矢の王国そのものたる力。
 それをもって、居場所を失い絶望する風を、暴風の荒魂を、風神の絶叫を、泣き叫ぶ声を、

「鎮めるよっ!」

//建御名方

「負けだよ。侵略神」
 目をあける。さわさわと、天竜川の水音と、首に突き付けられる、薙鎌の刃。
「ああ、そうだな」
 あたりを見る、奥に見える建物は破壊されていた。
 自分が、やったのか?
 記憶はない、――ただ、わかる。
 荒魂が暴走していたことは、
「私を、殺さないのか?」
 自分は動けない。そして、その刃を振りおろせば私は死ぬだろう。
 いっそ、そのほうがいいかもしれない。
 もう、どこにも自分の居場所はないのだから。帰る場所は、どこにもないのだから。
 このまま、彷徨い消えるくらいなら、いっその事、………………それでも、刃は、振り下ろされない。
 代わりに、言葉がきた。
「殺したいよ。
 この戦いで、御左口は、――この地の神々は、消えちゃった」
 そして、洩矢の王国も壊滅、と言っていいほど吹きとばされた。
 殺したい、――そう言って刃を収めた。
「どういうことだ?」
「この地を治してよ。
 私が負けたことにしていいから、国を再興させてよ」
「それで、――いいのか?」
「神と、人と、民と、約束したんだ。
 この国を、幸せにするって、――だから、それを一緒にやってよ」
「私は、――ここにいても、いい、のか?」
 恐る恐る呟いた言葉に、洩矢は薙鎌を向ける。
「代わりに、誓ってよ。
 この地を、幸せにすると、それが条件だよ」
 はあ、――と建御名方はため息をついて、立ち上がる。
 手を見る、藤の蔦は引きちぎられ、ぼろぼろになっている。
 父から貰った加護は崩れ、父の築いた平穏は終わった。――――それは、胸が痛くなるほど、悲しい、けど。
 けど、…………前を見る。
 じっと、こちらを見る瞳は涙の痕が残っている。私が壊した平穏を思い、零れたのだろうか、と建御名方は思う、なら、それは、
 私と、同じか。
 その意味を考え、そのことを思い、そして、父を思う。
 ありがとう、ございました。と、
 与えられた平穏は終わった、与えられた加護は消えた。
 なら、今度は私がそれを作り上げよう。失われた平穏に涙を流した私と同じ、壊された平穏に涙をこぼした彼女とともに、――――だから、建御名方は、誓約する。

「誓おう。
 この地を、平穏に治めていく、と」



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