夕暮れ時のかぶき町。その街角の公園の木陰で、三人の妖精が潜んでいた。
「うん、ここならいいでしょ」
とオレンジ色の髪にカチューシャをした妖精が言う。
彼女の名前はサニーミルク。
「でも、わざわざこの世界に来ることなかったんじゃない?」
そう金色の髪に縦ロールの妖精は続ける。
彼女はルナチャイルド。
「でも、幻想郷じゃ見られないものがたくさんあって楽しいけどなぁ」
黒髪に紺色リボンの、スターサファイアという名の妖精は応える。
「私が言いたいのは、この世界でイタズラする事もなかったんじゃないって事。普通に見て回るだけでよくない?」
「まあまあ、最近私たちのイタズラにひっかかる人も少なくなってきたし、ここでやってみるのもいいと思うよ」
と、サニーがルナにそんな事を言っていると、スターが、
「あ、誰か来たよ。一人だしさっそくやろうよ」
「よーし。まずはいつも通り私が光を屈折させるから、ルナは私たちの音を消して。スターはそのまま気配を探って。あの人を迷わすよ」
その人は、藤色の長い髪にメガネをかけ、左に胸当てを付けた女の人だった。
周囲を忙しなく見回し、何かに警戒をしているようだった。
「何に警戒してんだろ」
「何か持ってる……それでかな」
「なんだろ……?」
「誰も来てないわね…」とその女の人はしゃべり出す。
「ついに、ついに盗み出す事が出来たわ! この…」
懐から高々と掲げたそれは、
「銀さんのお下着!!」
男物の下着だった。
「………」
「………」
「………」
「ああ! どうしようかしら! 履いたり、被ったり、あんな事にこんな事、いっぱいいっぱい、やってやろうかしら!!
もう我慢できな……」
ゴス! と小気味いい音と共に、その女の人に飛んできた木刀が頭に刺さった。
銀髪の男が来て、そのまま倒れた女の人を引きずっていく。
「ヤンジャンでも掲載できねー事をいきなりやってんじゃねーよ」
「あーん。銀さん、メスブタさっちゃんにもっと太くて固いの突き刺してぇぇ……」
引きずられた向こうから、何やらガス! ゴス! と小気味いい音が聞こえてきたのだった。
「………」
「………」
「………」

「………えーと…………」
「………」
「………」
「今、何も見てない。そうだよね! ね!」
「……そうだね」
「……うん。何も見てないよ。
あ、また人が来たよ。二人だね」
「それじゃ気を取り直して、イタズラ開始!」
何やら、怒鳴り声がした。
二人組の一人が怒りながらこっちに来るようだ。
せの様子が妖精三人の目の前にまでやって来た。
「………」
「………」
「………」
この二人組、同じハッピにハチマキ姿なのだが、一人がもう一人の鼻に指を第二間接まで深く突き刺し、そのまま頭上まで持ち上げているのだ。
しかも、この態勢で歩いて来た。
鼻に指を刺して持ち上げている丸メガネの少年はなおも怒鳴る。
「貴様ァ、お通ちゃんファングラブに属していながら!
プリズムリバー三姉妹とかいう地下アイドルのゲリラコンサートに通いつめるのみならず!
隠し撮りまでコレクションするとは何事だぁぁぁぁぁあ!」
「ふがふが」
「ふがふが言うな! 貴様の様な軟弱者はこの親衛隊長、志村新八直々に鼻フックによる市中引き回しの刑に処する!」
「ふがぁーー」
「貴様がしでかした事の罪の重さを! 十分味わうがいい!」
と、どこかに歩いていった。
言葉にならない悲鳴が、かすかにでもしばらく続いた。

「な、何あれ……」
「い、痛そう……」
「そんな悪い事したの? あの人……」
「さあ……」
「私たち大丈夫かな……」
「大丈夫だって! サニーは光を曲げて、ルナは音を消して、私が気配を探れば、バレやしないわよ」
 と、三人が隠れている場所が、影に覆われた。
次の瞬間、三人は絶叫した。
見た事も聞いた事もない、幻想郷にすら存在しない、恐ろしい顔面が三人を見据えていたのだ。
 真緑色の肌で大きな角をはやし、巨大な牙を外に飛び出させ、極悪そのものの目付きに、かえって恐ろしさを増幅せるピンク色のかわいい花を、黒い髪をたなびかせつつ、頭に咲かせていた。
そんな顔面凶器が知覚できないはずの三人をじっと見ているのである。
「あれー? 何かこの辺りから叫び声がしたなあ。何かうっすら見える気がするし、気配も少しするから、幽霊とかじゃないし」
と、恐怖そのものの口からさらにそれを触媒させる穏やかな口調で言う。
「ちょっとーー! 音消したの? 気配探ったの? 二人共ーー!!」
「消したわよ! あんただって光曲げたの? 隠れるようにしたの?」
「ケンカしてる場合じゃ……、いやーー! やっぱ怖……いやーー!!」
「僕たち荼吉尼って、すっごい目と耳が良くて、しかも気配も半端なく敏感なんですよね。
戦場で気配消すのも癖になっちゃったし。
気のせい? うーん。気のせいじゃないなあ。気になるなあ。
何かにおいもするしなあ」
「誰もいないよ! 誰もいないから!! 気のせいだからぁ!!!」
「に、逃げよ……、あ、私立てない………」
「私も体が……、動か………」

「「「だれか助けてぇーーー!」」」

「あらあら、何をされているんですの? 屁怒呂さん」
と、どこかで聴いた声がした。
そこには日傘を持つ、緑の髪のにこやかな女性が立っていた。
一瞬の硬直の後、妖精三人組は再び絶叫する。
「「「風見幽香ぁーー!!」」」
幻想郷最凶と名高い妖怪、風見幽香がそこにいたのだ。
その幽香に凶暴な顔面の男が話す。
「あ、風見さん。こんばんは。
何か変な気配とにおいを感じちゃって気になったんです。
よく目をこらしたら何か不自然だし、声もかすかに聞こえたもんで…」
「それはきっと妖精ね。ああやって木陰とかにいるものなんですわ。私の故郷にたくさんいるけど、驚かしちゃダメよ」
「あ、そうなんですか。かぶき町にも来たんですかね。いつかちゃんと姿見たいなぁ」
「ええ、いつかきっと見えますわ」
「あ、そうそう。僕の星の食獣植物の苗が届いたんですよ。よかったらお店に来て下さいね」
「へえ、それは興味深いわ」
そう会話しつつ、二人は歩いて行った。
幽香はほんの少しの間立ち止まり、三人に笑顔で日傘を向け、また歩いて行った。

「た……たす…助かった……」
「こ………怖かった……」
「あの……人? 妖怪? 鬼? ……何?」
「さあ……?」
「というか、何この町。想像もできない事しか起こらないじゃない」
「それに風見幽香、私たちに気づいていたよね…」
「あんな凶悪カップル作ってね…。でももうヤケよ! 誰かを迷わすまで止めないわ!」
「本気…?」
「あ……誰か来た」
それは一人のみすぼらしい男だった。
目にはサングラスのような物をかけている。
「…ような…?」
手にしていたダンボール箱を地面に置いた。
そして、その中に入ってじっと座っている。
無気力にずっと。
「……え?」
「二人共、あの箱に何書いているか読める?」
「何て書いてあるの? ルナ」
「教えてよ」
「『拾って下さい マダオ』だって」
「拾………」
「…………」
「…………」
沈黙を破ったのはサニーだ。
「迷ってるよ、この人! 人生に!!」
「どうするの、サニー、スター。とても飼えないわよ」
「犬や猫じゃあるまいし……。あ、また誰か来た」
「あ、食べていい人類だー!」
それは三人共知っている妖怪だった。人食い妖怪のルーミアだ。
両手を広げつつ、まっすぐダンボール箱の中の男へ向かう。
「ってルーミアちゃんんん! なんでまず一発目からルーミアちゃんが通りすぎるのォォォ?! んでもって、俺にはもう問いかけすらないんかい!」
「いただきまーす」
そう言うやいなや、男の首筋を狙って勢いよく口を閉じる。
ガチンと歯が鳴り、間一髪男は避けるも、ルーミアはなおも追いすがる。
男は全力で走り去った。
「わはー『夜符 ナイトバード』」
「ぐわぁぁあ!」
そんな叫びがした。
「………」
「………」
「あのさ、気がついた?」
「ん、何に?」
「気づくも何もないわよ」
「あの人、この世界の人がよくかけている黒いメガネじゃないよ」
「え?」
「じゃ、なんだって言うのよ」
「暗闇……、多分あまりに目の前真っ暗過ぎて」
「もう言わないで……」
「ごめん、泣けてきた……」

「………」
「……まだやるの……?」
「………」
「………」
「………」
「あ、誰か来た」
黒い天然パーマに丸いサングラスの男がやってきた。
「……やろうよ」
「え……やるの?」
「確かにかかってくれそうだけど」
「いいから、早く!」
「あ、うん」
「わかったよ」
うろうろと男は公園内を歩き回る。
頭を掻いたり、周囲を見渡したりと、完全に三人のイタズラにかかったようである。
「よーし、かかった、かかった」
「ようやくね。疲れたわよ」
「本当ね。大変だったわ」
すると、この男はいきなり座り込み、笑い出す。
「がーはっはっは! いやーこの坂本辰馬、一生の不覚ぜよ!
まーさかこの宇宙をまたにかける商人が、こんなこんまい公園の道がわかんなくなるとは!!
がーはっはっは!!!
こーなったら飲むしかねーぜよ!
この金時にと持ってきたこの酒!
飲んじゃるきに!!」
「あ、それ……」
「お酒じゃなくて……」
「みりん………」
この男、なんの躊躇もなく、みりんを一気した。
「ぶはぁ!! こりゃみりんじゃあ! がーはっはっは! まいった、まいった」
そう言いつつ、再び一気。
「慣れりゃーみりんもうめーのぉ………う、げろげろげろげろ」
「…………」
「…………」
「…………」
「げろげろげろげろ…………ぐぁー、ぐかー、ごぁー」
そのまま、眠ったようだ。
「…………」
「…………」
「…………」
笠を被った女の人がロープに捕まり、空から降りてきた。
みりん飲んでゲロまみれで寝ている男に話しかける。
「こんな所で寝ちゃー風邪引くきに、起きるがいいぜよ」
「ぐがー」
で、男を蹴り飛ばした。
「ごわぁ! おお、陸奥! おまんもみりん飲むがか!? うみゃーぜよ! ゲロ吐くがよ!」
「慣れる訳ねーぜよ。しっかりせい」
そう、いいつつサングラスの男を縛り、吊し上げた。
「バカ回収、実行じゃきに」
「相変わらず容赦ないのー! じゃがそこがええとこじゃきに!」
そう言いつつ、二人はロープに吊り上げられ空に昇っていった。

「…………」
「…………」
「…………」
「帰ろっか………」
「うん………」
「そうだね………」




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