「良也さん、私とデートしませんか?」
「突然何を……というか、どこでそんな言葉覚えてきたんだ」

 麗らかな昼下がり、唐突にやってきた射命丸は、博麗神社の縁側で一人のんびりお茶を啜っていた僕に、開口一番そんな事を言ってきた。

「外から来た神社の早苗さんに取材した時に伺いました。それで、デート特集を書く為に自分で体験してみようかと思いまして」
「それで、何故わざわざ僕の所に来るんだ? 他の天狗なり妖怪なりが居るだろうに」

 なんていらない事を教えてるんだ東風谷、僕にとばっちりが来てるぞ。
 大体、以前に僕の事をビーンボール並にストライクゾーンから外れてる、とかなんとか言ってなかったか? 
 いや、そもそもそれ以前にデート特集って新聞に載せるものなのか?

「デートを詳しく知っているのはやはり外来人の方、それも男女の交際に積極的な方でしょうから、万全を期すためにも幻想郷の綺麗どころに節操無く手を出そうとする良也さんをお誘いしに来ました!」
「いつ! 誰に手を出そうとしたんだ! 事実無根じゃないか!」

 イイ考えでしょう! みたいな自信満々の笑顔でトンでもない誤情報をのたまうな。
 また鈴仙や東風谷の視線が厳しくなるじゃないか。
 一体どこからそんな偽情報掴んだんだ。この土樹良也、外はともかく幻想郷でやましい事など何一つ……

「なんでも、永遠亭に住んでる月の兎を押し倒したとか」
「……事故だ」
「デートじゃなくても、これで記事が書けるかも知れませんねぇ。『外の世界のお菓子売り、その危険な一面に迫る!』とかどうですか?」

 邪な笑顔で、過去の事故を掘り返して脅迫してくるパパラッチ。
 くそぅ、誰から伝わったんだその話。

「弾幕勝負で敗北して、服がボロボロになった紅魔館のメイドをじっくりねっとり嘗め回すような目で凝視してたとか」
「表現が過剰だ! というかすぐに魔理沙に気絶させられたから見てないし!」

 嘘です。ごめんなさい。ちょっとだけ見ました。
 僕だって枯れてるわけじゃないからな。しかもメイドさんだし、しょうがないよね。
 開き直ったとも言うけど。

「天界では天人を酔わせて服を……」
「わかった! もういい……何が望みなんだ」
「ですから、私とデートに行きましょう」

 そこまでされて誘われると、深読みしてしまって何かあるかも……と怖くなるんだけど。
 まぁ天気も良くて出掛けるのには最適だし、射命丸も外見だけ見れば、外の世界じゃまずお目にかかれないほど可愛いし、何も考えずに楽しんでしまおう! と開き直った。
 そうと決まれば即行動だ。
 おもむろに射命丸の手を取って立ち上がる。

「あ、あややや。急にどうしたんです? 良也さん」
「射命丸の望み通り、デートをしよう。いや、デートするのに射命丸だなんて他人行儀か……文って呼ぶぞ」

 驚いて目をぱちくりと瞬かせている射命ま……文。
 これからデートするぞ! という意気込みのせいか、何故かいつもより可愛く見えてきた。

「良也さんが急に積極的に……、目的には沿ってますがそこはかとなく不安です。デートは勿論しますけど、私にいやらしい事をしようとしたら撃ちますよ?」
「するか! 失礼だな、僕はこう見えてもプラトニックが信条なんだ。精々手を繋いだり腕を組んだりする程度だな」
「まぁ、それくらいならいいんですけど……」

 ……単に奥手なだけとも言うけど。





 デート……、とは言っても当然ながら遊園地や映画館みたいなお約束な場所も無く、とりあえずは人里に行くことに。
 小腹が空いたし、成美さんの喫茶店でケーキか何かでも食べようかな。

 文と手を繋いで、僕の速度に合わせてふわふわと空を散歩する。向こうの速度に合わせたりしたら、デートというよりは『限界(僕の)への挑戦』って感じになってしまうし。
 天狗の文と一緒に飛んでいるせいか、他の妖怪に襲われるような事も無く、なんでもない会話をしながら移動しているだけでも僕としては十分楽しい。
 記事にしないと行けないから、文としてはどこかデートスポットみたいな場所でも見つけないといけないんだろうけど。

「そういえば良也さん。霊夢さんを見かけませんでしたけど、良也さんお一人だったんですか?」
「今日は、霊夢が神社に居ると都合が悪いから、魔理沙の所にでも遊びに行くって言ってたよ。なんでも、書くの初めてなのに大勢登場させるのは無謀だ、とかなんとか」
「はい? どういう意味ですか?」

 そんなキョトンとした顔で尋ねられても、僕にだってさっぱり訳が分からないから答えようがない。
 知らない方がいいような気もするし。

 自分のすぐ傍で、ころころと表情の変わる文の顔を見ているだけでも楽しくなって、本当に文に惚れてしまったような気にさえなる。
 いやまぁ、気のせいだろうけど。

「さっきからこっちばかり見てますけど、私の顔に何かついてますか?」
「いや、文の表情ってころころ変わって可愛いからさ、見ていて飽きないんだ」

 我ながらなんて歯の浮くセリフなんだ。後から思い出して転げまわって悶える様が眼に浮かぶ。
 なんだか最初に開き直ってから僕のテンションがおかしい気がする。おかしいけど気にしない。

「う、そんなにはっきり言われると、流石にちょっと照れますね……」

 文はぷいっと顔を前へ向けて俯いてしまった。ほっぺたが少し赤く染まってる。
 うーん、文ってこんなに可愛いキャラだったっけ?

「あ、ほら。人里が見えてきましたよ」



 そうこう考えてる内に人里に到着。
 文明の利器の少ない幻想郷、さぞかし前時代的な暮らしをしているのかと思えば、意外とそうでもなかったりする。
 お茶屋や成美さんの喫茶店やカフェなど、趣向的な店もあり、酒場などは結構夜遅くまでやってる。
 河童の作った龍神の石像なんて、的中率70%の気象予報機能が付いてたりする。

「お、菓子売りの兄ちゃん、隣の子はコレかい? 羨ましいなぁ」
「また良兄ちゃんが新しい女の子連れてるーーーー!!」

 喫茶店までの道でよく利用する八百屋のおっちゃんや、菓子目当ての子供に冷やかされても手は解かない、ここまで来たら最早意地だ。
 僕以上に赤くなっている文を見ていると、なんだか落ち着いてくる……ような気がしないでもない。

「これは……想像していたよりも恥ずかしいです」
「あっはっは、この程度なんともない」

 とは言ってみたものの、自分の顔色がどうなっているのか不安だ。
 というか、視線から少しでも逃れようとしてるのか、僕の肩によりかかるというか、胸に顔をくっつけに来ているような文の体勢のせいで密着度がががが。
 文さんくっつきすぎ。速過ぎる心拍が聞こえないか心配だ。
 もうこれはひょっとして、肩に手を回すべきなのでは!?
 肩に手をやるべきか、やらざるべきか。
 そんな事に悩んでたその時、突然背後から声をかけられた。

「先生?」

 この声は東風谷!?
 知り合いの声に驚いた僕と文はびくっと飛び上がって、素早く振りかえ……手を繋いだままだったから、文が速過ぎて僕が振り回される形になった。
 文よ、何故僕を盾にして背後に隠れるか。

「こんな所でどうしたんですか? 文さんと一緒みたいですけど、何故先生の背後に隠れてるんでしょうか」

 心なしか東風谷の視線が冷たい気がする。
 あぁ、違うんだ東風谷。僕はやましい事は一切してないぞ。
 ガンガンと急降下していく先生としての威厳を、なんとか守らなければ。

「ほら、東風谷が取材された時、デートか何かの話題を射命丸にしただろ? それでデート特集を書くことになって、一度自分で体験してみようって事になったんだけど、やってみたら射命丸が恥ずかしがっちゃってな」
「そんな話しましたっけ……?」

 あれ? 東風谷を取材した時に聞いたって言ってたよな。
 文の方を振り返ろうとしたら、ようやく少し落ち着きを取り戻した文が僕の背後から出てきた。
 と言ってもまだ顔が目に見えて赤っぽいけど。

「あー、もしかしたら私の勘違いで、他の外来人の方だったかも知れません。うっかりメモしておくのを忘れてしまいました」
「そうですか。でもそんなに顔色を変えるほど恥ずかしいなら手は繋いでない方がいいんじゃないですか?」
「いえいえ! ちゃんとデートしないと正しい記事が書けませんから。寧ろ手を繋ぐだけじゃまだまだです! 腕も組まないと!」

 何をトチ狂ったのか、繋いでいた手を離したと思ったら、腕を交差させてお互いの手のひらを自分の方に向けたまま指を交互に合わせて手を繋げてきた。
 所謂『恋人つなぎ』である。
 それは流石にやりすぎじゃなかろうか。
 冷静なフリして思考してるけど、腕に何か柔らかい物が当たってるー!?

「……へぇ。随分楽しそうですね」
「いや、あの、……東風谷?」
「お邪魔するのも忍びないので、とりあえず今は失礼させて頂きますね」
「あ、え? おーい、東風谷ー?」

 何か聞き覚えのある、怖い「……へぇ」を聞いて我に返ったら、何故か東風谷の機嫌が危険域。
 ぷりぷりしながら去っていってしまった。
 そんなに怒ることないと思うんだけどなぁ。

「まぁまぁ良也さん、今はとにかくデートしましょう!」

 東風谷の雰囲気で忘れられてた感触、再び。

「あー、文? その、腕がね?」
「腕がどうかしました?」

 ぎゅーっ。

 さっきまでの恥ずかしがり様は何処へ行ったのか。
 俄然積極的になって、腕を組むというより、もう抱き寄せるような勢いの文。

「いやその、……なんでもない」
「変な良也さんですねー」

 もうだめだ、僕の手には負えない……。

 喫茶店へ行ってケーキも食べたけど、恥かしながらよく覚えていない。
 なんか「あーん」とかやったようなやってないような。
 さっきとは打って変わって、僕の方が気恥ずかしくて、ろくに文の顔を見ることもできないのだ。
 食べた物の味とか、何を話したかとか、上の空というわけじゃなかったけど、何故か頭に入ってこなかった。




 その後、人里を出たあとも終始、腕は繋ぎっぱなしだった。

 湖へ遊びに行ってチルノに勝負を吹っかけられたり(腕を組んだままだったから2対1だった。チルノには悪いことをしたと思う)

 文に案内されて、幻想郷でも特に風景の綺麗な場所へ行ったりもした。



 楽しい時間はあっという間にすぎるもので、気が付けばもう日が暮れようとしていた。
 流石に日が落ちると危ないので、博麗神社に戻って解散する事に。
 いや、本当は僕が妖怪の山まで送って行きたいところだけど、どう考えても僕の方が危ないのだ。我ながら情けない。

「今日はありがとうございました。おかげで今度の記事は完璧です!」
「いや、こちらこそ楽しかった」

 これで一日デートも終わり、文から射命丸に戻る。
 なんだか開き直って凄いことをしてしまった気もするけど、斜陽で茜色に染まった射命丸の顔を見ていると、まだまだ一緒に居たい気持ちが湧いてくる。
 ひょっとしたら僕は本当に惚れてしまったのではなかろうか。

「あ、そういえば記事に載せる写真があと一枚くらい欲しいですね。ちょっと良也さんを撮らせて貰いますよ」
「ん? ああ、別にいいよ」

 射命丸、なんか写真を撮るにしては近……なんで腕を首に、って顔が近い近いというか頬に柔らかい物が「カシャッ」

「中々良也さんとデートするのも楽しかったです。また今度行きましょう!」

 僕が驚いている間に自分の言いたいことだけ言って、さっさと飛び立ってしまった射命丸。
 速過ぎて、暗くなり始めた空にあっという間に溶けていって見えなくなってしまった。
 ストライクゾーンからは外れてた筈なんだけど、これは期待できる……のか?
 射命丸の帰って行った空を、暫く僕はそんな事を考えながら眺めていた。










 後日、発行された『文々。新聞 デート特集』は好評だったそうだが、そもそも飛べる人間は数が少なく、読み物として楽しまれたが参考にはならなかったようだ。
 寧ろ、周りの知り合いに絶好のからかいのネタを与えてしまっただけの様な……考えないでおこう。

 次に射命丸と会ったとき、彼女の態度はいつも通りだった。いつも通りすぎて、あれー? と思った。
 えー。何かフラグとか立ってよね? 勘違い? ……あれー?



 が、さらに後日新聞に載せてあった最後に撮ってあった写真のせいで、東風谷と射命丸と僕とで一騒動あったのだが、それはまた別の話。


あとがき

 どうも、ひよっ子SS書きのエーテルはりねずみです。
 ひよっ子どころか、初SSだったりするので、あちこち穴だらけだと思います。後半ソードマスターだし。
 感想や、ここの口調や文法、展開が変だよとか、文法こうした方がいいんじゃない? というアドバイス等頂けましたら嬉しく思います。



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