「頼む、土樹!一生のお願いだっ!」

 昼の学食でたまたま高橋と田中の二人とはち合わせた時のこと。
高橋には聞かれたくないから、と席を外したスキに田中に拝み倒されたのだった。

「お願いって、何のお願いなんだ?」

 男にお願いなんかされても全然うれしくないな。
いや、幻想郷の連中にお願いされたって内容が内容だからうれしくないけどさ。

「アリスちゃんに、届け物をしてほしいんだ」

「届け物?」

 田中が言うには、会って話すのが無理ならせめて文通をしたいのだそうな。
美少女な上に同好の士(田中視点)でもあるアリスとは是が非でも知り合いになりたいと。
……どうだろう、アリスは見た目で判断するような娘じゃないと思うけど。

「届け物っていったい何を?」

「手紙とフィギュア」

 なんでそんなオプションまで付いてくるんだよ!僕までそんな趣味だと思われるじゃないかっ。
森近さんの一件でアリスに微妙な疑惑を持たれちゃったし、そんな危険な真似はしたくない。

「頼むよ、頼れるのは土樹だけなんだ」

 一週間学食をおごるだとか、とにかく田中はしつこく食い下がってきた。
ま、いいか。あらかじめ断っておけばアリスも変に考えないだろうし。

「わかったよ。でもアリスの方が嫌がったらもうしないからな」

 一応、釘は刺しておこう。
向こうで顔を合わせるのは僕なんだから変にしこりが残るのは困る。

「ありがとう、土樹!」
 
 やっぱり持つべきものは友達だー、とハイになっている田中。
手洗いから戻ってきた高橋はそんな田中をなんだコイツ、と言いたげな目で見ているのだった。




 今週の土曜にアリスのところに行くと言っておいたので、田中は荷物を金曜に持ってきた。
なんか微妙に田中がやつれているように見えるのは気のせいかなぁ。

「いやー、アリスちゃんに見てもらうからつい張り切っちゃったよ」

 田中が持ってきたフィギュアが入っているであろう箱は、ちょっとシャレにならんくらい大きかった。
僕の腰を超えるくらいの高さがある。フィギュアにしては随分と大きい。

「張り切ったって、まさか」

「そのまさか。ここまで集中したのは大学の入試以来かな」

 どうも田中はこのフィギュアを徹夜して作っていたらしい。
アリスの作った某魔法少女のフィギュアを絶賛していたけど、その技量を見込んで評価をして欲しいんだとか。
女の子に美少女フィギュアの出来を見てもらうっていうのは結構シュールな気がする。

 いったいどんな出来なのか中を見ようとすると、

「おおっと!これを見ていいのはアリスちゃんだけだぜ」

妙に芝居がかったセリフで止められた。またなんか変なアニメか漫画に影響されたな。

 まぁ、こんな人の往来があるところで見るようなものじゃないし。
アリスに渡したら嫌でも見る羽目になるから我慢しておこう。



……それにしてもこのフィギュア、邪魔だなぁ。


















 土曜日の早朝、始発に乗って人目を避けるように外の博麗神社へ向かう僕。
最近はテレビやドラマなんかでオタクの姿がよく映るようになってしまった。普通の人が見ても、あからさまな箱を持っている僕はその筋の人だと思われてしまう。
……周りの人の好奇の視線に耐えられない僕を笑えばいいさっ。

 まぁ、理由はほかにもある。一番の理由は魔理沙だ。
好奇心の塊とも言える彼女は、とりあえず見たことがないものは見たがる。
当然、こんな人目を引く箱を持ってる僕を見れば言うまでもなく、見たがる。
そして見た後にマスタースパークを食らうんだろう。

「やっぱり断っといた方がよかったかなぁ……」

 まぁここまで来ちゃったら引き下がれないし。
魔理沙が神社に泊まってないか、珍しく早く来ていないことを祈るしかない。




「あら、良也さん。今日は随分と早いのね」

「おはよう、霊夢。魔理沙は来てないかな?」

 いつでも逃げ出せるように足に力を入れながら霊夢に挨拶。
幸いにも今日は泊まっていかなかったそうだ。行くなら今のうちかな。
 霊夢にお土産の羊羹を渡して魔法の森へ向かった。






「アリスー。起きてるかー?」

 軽くノックしてみる。
アリスは夜型人間だから、もしかするとこの時間はまだ寝ているかもしれない。
……逆に徹夜して起きてるかも。

 扉の前でじっと待つこと数分。

「あ、おはよう。上海。アリスは起きてるかな?」
 
こくり、とうなずく上海。
やっぱりかわいいなぁ。実用的なのもすごくいい。
今の魔法が頭打ちになったらアリスに師事してみるのもいいかもしれない。


「こんな朝早くから、一体何の用事?」

 アリスがいつもいる作業室に行ってみると案の定、徹夜をしたらしいアリスが僕を待っていた。
徹夜に慣れているのか疲れた様子は全く感じないけど、言葉の端に微妙な棘を感じる。
……ひょっとして、まずい時に来ちゃったかな。

「おはよう、アリス。徹夜で人形を作ってたのか?」

「ええ。今回はいつもと違うアプローチを試してみたのだけど」

 素材か術式が悪いのか、いつもより成果は出なかったわ。
手元のマグカップを傾けて一つ溜息をついてるアリスは、ちょっとくたびれていた。

「それで、どうしたの?」

「ああ、アリスにお届け物があってね」

「私に?」

 まずは田中から預かった手紙から。

「僕の友達がね、アリスと知り合いになりたいらしくてさ」

「へぇ。変わった人なのね」

 とりあえず田中の人となりを簡単に説明。
それを聞きながらアリスは手紙を読んでいる。
 意外なことに今の時点では、田中の印象はそれほど悪くないらしい。

「それで、その箱の中身がそうなの?」

「そうなのか知らないけど、アリスに見てほしいって渡された人形だよ」

 厳重にまかれた包装をはがし、さらに箱の中身は緩衝材につつまれていた。
……僕のこと、全く信用してないな。



 厳重な封印を解いて中身を改めて確認してみて絶句した。
アリスも目を丸くして驚いてる

「で、これを私に評価しろ、と?」

「うん、まぁ、そうみたい」

 田中がアリスに見てもらうために作ったフィギュアは、某魔法少女の相方、それも第三期のバージョンだった。
よりにもよって恰好が一番露出が激しいものだから、余計に気まずい。

 フィギュア自体は素人目には、結構いい出来だと思う。
構図とかは恰好を別にすれば迫力があるし、作りも細かい。
ただの大学生が作ったにしては上手な方だと思うけど。

「まぁ、観賞用としてなら及第点をあげられなくもないけど」

 アリスの目からしても、そこそこな出来だったみたいだ。

「ただ、この人形はダメね。理念が感じられないわ」

と思ったそばから辛口な評価が。いかにもプロって感じの発言だ。

「そもそも人形というのは……」

 僕に人形のなんたるかを延々と語るアリスをぼけーっと眺めながら、聞き流す。
別に僕が作ったわけじゃないし、そこまで詳しく話されても困るんだけどな。
 イマイチ真剣に聞いてないのがわかったのか、

「ちょっと、ちゃんと聞いているの?!」

「ハ、ハイ!聞いてます聞いてます!」

いつもクールなアリスには珍しくヒートアップしていた。
 まだまだ話、続きそうだなぁ……











「ま、あなたに話しても仕方のないことではあるのだけど」

「お、終わった……」

 予想よりは短かったけど、こういうのはやっぱ疲れるよね。
伸びをして体をほぐしていると、すーっと上海がやってきた。

「朝食の準備ができたの?ありがと、上海」

 どうだと言わんばかりに胸をはってる上海を、アリスが褒めてやると照れたように身をよじっている。
やっぱかわいいなぁ、上海。もうちょい少女趣味じゃなけりゃなぁ。

「ほら。いらっしゃい、良也。それとも朝食はもう食べてきたの?」

「いや、急いでたからまだ。よかったら折半に預かりたいかな」

「なら、さっさと来なさい。折角の朝食が冷めてしまうわ」

 早朝から女の子の家に来て、その子の手作り(間接的に)の料理を食べれるなんて。
普通に考えたらフラグ立ちまくりのイベントのはずなのに、全然そんな気配がしないぞ。
……相手が僕だからか。






















 アリスの朝食は、トーストにスクランブルエッグ、レタスサラダにコーヒーというシンプルなものだった。
朝はそんなに食べる方じゃないし、ちょうどいい分量だった。上海のヤツ、わかってるじゃないか。
 やっぱ欲しいぞ、上海。僕の部屋の中だけだったら別に外の世界でも平気だろうし。
ここはひとつ、迷惑ついでにアリスにお願いしてみるか。

「なぁ、アリス。お願いがあるんだけど」

「さっきのだけじゃなくてあなたからも?」

「うん、まぁ。迷惑ついでと言うか」

 ちょっと申し訳ない気になるけど、また頼みに来るのは面倒だし。

「聞くだけ聞いてあげるわ。それで、お願いっていうのは?」

「うん。アリスの人形、作ってもらえないかなぁって」

 





 僕がそう言った瞬間、空気が凍った。






「あなた、私の人形で何をするつもりなの……?」

「え、何をするって。そりゃあ」

「そうよね、聞いた私が間違いだったわ。」

 あんな人形を作るような友人がいるんだもの。きっと……
俯いてぶつぶつ呟いているアリスは、なまじ美少女なぶん非常に怖い。垂れた前髪で目のとこが影になってるぶん、恐怖はさらに倍でドン!
 あと、心なしか周りからもプレッシャーを感じる。特にさっきまで上海がいたところから。

「あのね、良也。あなたは男の子だから仕方のないことだとは思うわ」

「え、はぁ。」

 やっぱり人形を家事をさせるために作ってもらう、っていうのはアリスの人形師としてのプライドを傷つけちゃったかな。

「でもね。当人にその人形を作らせるのはどうかと思うの」

「う〜ん。でも、僕の知り合いにアリス以上に人形作れる人いないしなぁ」

「私以外に作れる人がいたら、その人に頼むつもりだったの?!」

 あ、なんかヤバそうな地雷を踏んでしまったみたいだ。アリスや周りの人形からすんごい力を感じる。
逃げられるとは思わないけど、せめてもの抵抗をっ! しかし、

「ちょっと、頭冷やしなさいっ!」

某冥王と同じセリフとともにアリスは力を解放。そして僕は意識を失うのだった。
……どうにも最近、こっちに来るといつも気絶してばっかりな気がする。




















「ごめんなさい。ちょっと、やりすぎたわ」

 意識を失うことしばらく。気絶している間に運ばれたベッドから身を起こすと、そばの椅子にアリスが座っていた。

「いや、ここまでされるとは思ってなかったけど。無理にお願いした僕が悪いんだし」

「まぁ、確かに。女の子に頼むことではないわね」

 やっぱり駄目だったのかなぁ。

「やっぱり、上海みたいな人形を作ってもらうのは無理かぁ」

わかってたけど、ちょっとショック。うなだれる僕の横で、アリスが意外な反応をしめした。

「え。上海?」

「うん。僕一人暮らしだから、家の掃除とか上海みたいな子に手伝ってもらえないかなぁって」

 なにらや上海は照れてるのか、ひゅーっとアリスの肩に隠れて僕の方をチラチラ見てる。
……かわいいなぁ、上海。いっそ、少女趣味でもいいからもらえないかなぁ。

「私の人形、っていう、のは?」

「え? 上海はアリスの人形だろ?」

 だよな、と視線を送ると大きくうなずく上海。 どっかおかしかったか?

「あ、ああ、あなた。私に何て言ったか、覚えてる?」

「えぇ? アリスの人形をくれって……ハッ!」

 僕はアリスの人形、つまり上海とかを作ってほしいと言ったつもりだったけど、アリスは自分の人形を作ってほしいと勘違いしたんだっ!
あまつさえ、田中の微妙な魔改造をされたフィギュアを見た後だから、さらに勘違いをしたのか!

「いやいやいや! さすがに僕でもそんなことは言わないぞ!」

「でも、あんな言い方されたら勘違いするに決まってるでしょ?!」

「そ、それは言いがかりだっ。だいたいアリスだって、僕が人形で何をするのか変な想像したからだろ!」

 そしてアリスの顔が急に真っ赤になる。ヤバい。今日の地雷二個目だ。

「う。ぅぅぅぅぅぅうううっ!」

「ご、ごめん。アリス! 言い過ぎた! 謝るから許し……」

 バッとスペルカードを構えるアリス。

「咒詛『魔彩光の上海人形』っ!!」

ここ、アリスの家だから手加減溶かしてくれないかな、なんて。
儚い希望を胸に、僕は本日二度目の気絶を体験したのだった。



















「なんだぁ。朝っぱらから派手に騒いでるから何かと思えば」

 箒にまたがって、颯爽と現れたのは今日一番会いたくなかった人物だった。今はもういいけど。

「やぁ、おはよう魔理沙。 そんなにすごかったの?」

「ああ。なにしろ積んどいた本に潰されそうになったからな」

 魔理沙の家がどうなってるか知らないけど、積んであった本が崩れるとは相当な衝撃だったはずだ。
アリスの家からそんなに近いわけでもないのに、魔理沙が気にしてやって来るくらいに凄まじかったのか。

「なにがあったか聞いてもいいか?」

「別に。大したことじゃないわ」

 そう言って魔理沙にそっけない態度をとるアリス。
ダメだぞ、アリス。そんな言い方じゃ、余計に魔理沙がからんでくるぞ。
と、思っていたら。朝食をとっていたテーブルを見た魔理沙は急に顔を赤らめて、

「あ、悪い。邪魔したな。私はこれで帰るぜ」

 そそくさと箒にまたがって、帰りがけに一言。

「何が原因か知らないが、喧嘩もほどほどにな」

思いっきりかっ飛ばして去っていったのだった。





























 とりあえず、この日はこれでおわったのだった。
ちなみに返事の方は、文通は面倒だから却下。フィギュアの評価だけならやる、というものだった。
田中はちょっと落ち込んでいたみたいだけど、まだ希望はある!、と息巻いていた。
……手紙なら楽なのに、なんでフィギュアはオッケーなんだよ。





























 あの騒動から一週間後の今日。今回は何にも持たずに幻想郷にやって来た。
お菓子やらはちゃんと持ってきたけど、変なものは無いぞ的な意味で。



 いつも僕を迎えてくれるのは、だいたい霊夢かおまけに魔理沙がいるけど、今日は違っていた。

「あれ、アリス。神社まで来るなんて珍しいね」

 挨拶したのにまるで無視してズンズン歩み寄ってくる。
微妙に顔が赤くなってるのがちょっと気になる。

「これ、どうするつもりなの?」

「え、なにこれ? …………?!」

 毎度おなじみの文々。新聞の号外だった。内容は題して、「魔法の森の人形師、外の世界の菓子売りとの蜜月!!」

「なんだよ、これ?! また射命丸か!」

「今回は違うわ。 魔理沙があの天狗に話したみたい」

 魔理沙はこーいうことはしない奴だと信じていたのにっ。今度からあいつには割高でお菓子を売りつけてやる。
って、今はそうじゃなくて。

「しかし、なんでまた。」

 おかしいと言えばおかしい。 こう言っちゃあなんだけど、アリスの家には今まで何度か泊まったことはあるし、
そのことは魔理沙も知っている。 今更、何でこんなことを言い出したんだ?

「原因なんてどうでもいいの。 この新聞のおかげで人里へ行くたびに、変な視線で見られるのよ」

「う。 それじゃあ今日はお菓子を売りに行くの、やめとこうかな……?」

 いつもからかってくるおじさんとか、今日顔を合わせたらいったい何を言われるかわかったもんじゃない。
今週は人里に行くのは控えておこう。 そうなるとお菓子が余っちゃうな。

「なぁ、アリス。おか……」

 アリスが急に僕に抱きついてきた。
きた、とかじゃないだろ、僕?! な、なんなんだこの状況は?!
まさかこの状況、敵のスタ○ドの可能性がっ?!

「ぇあ。 いや、その。あ、アリス?」

 僕の胸に顔を押し当てて、ぎゅっと抱きついていたアリスが、ぽつりと一言。















































































「責任、とってよね」













































あとがき
 
 皆さんのご期待に添えず申し訳ありません。 フランルートは現在、非常に難産な状況です。
いろいろと展開を考えているうちにあさっての方向を向いてしまい、今回のお話が出来上がりました。

 さて、今回のヒロインはもちろんアリスです。本編の出演回数は少ないものの、いずれも良也くんと朝までお付き合いしたり、
二人っきりでワイン片手にディナーと、出番の割にヘビィなお付き合いをされている様子。
 かてて加えて、最近「緋想天」をプレイしたところ、戦闘中のアリスのかわいさにハートを貫かれました。
足をこう、なんていうのか、表現しづらいステップ踏んでるじゃないですか。アレにやられました。やっぱアリス可愛い。

 それと本編のネタばれをここで。
魔理沙が勘違いした理由は朝食にあります。レタスサラダが原因です。日本語ではただのサラダですが、英語に直すと
Lettucue Salad になります。これをレタスの部分を音が似ている Let us に置き換えると
Let us Salad という風になりますね。 Let us とは「私たち」という意味。レタスサラダは文字通りレタス「だけ」のサラダ。
つまり 「私たちだけ」 という風にとれるわけですね。 海外では別名ハネムーンサラダとも言うそうな。




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