久々に会ったのにパノが気難しい顔をしている。
 なんだろう? いつもと雰囲気が違うぞ。

「久しぶりパノ、こあこあがいないけど?」
「小悪魔なら休暇を与えて魔界に帰っているわ」
「そうなの? で、オレに重大な話って?」
「貴方の『あだ名のつける程度の能力』のことよ。あれから色々と調べてみたわ」

 パノが言う重大な話がオレのあだ名能力?
 自分のことながら、くだらない能力だと思っているけど。
 調べるほどに大切なものがあるのだろうか?

「前にも言ったけど、貴方のあだ名能力は強大な『暗示』が掛かっているの」
「暗示……ああ、言ってたな」
「相手の心を支配してあだ名を認めさせる。それがどういう事かわかる?」
「いやサッパリ。ただのあだ名だろ?」

 あだ名ぐらいで何をそんなに真剣になる?
 別に命を賭けている訳でもないでしょう?
 
「……質問を変えるわ」
「どうぞ」
「貴方、私の本名を口にしてみなさい」
「そんなの簡単だよ。パノだ……あれっ?」
「パチュリー・ノーレッジよ」
「わかってるってパノ……えっ? パノ……パノ……っ」

 へ、変だぞ……なんでパノしか言えないんだ?

「じゃあ、この紙に私の本名を書いてみなさい」
「あ、ああ」

 そうだよ。紙なら簡単に書けるよな。
 口であだ名が出てしまうのはクセになってるだけで。

『パノ』

 書けるはずだ。

『パノパノ』

 書け――。

『パノパノパノパノパノパノパノパノパノパノパノパノパノパノ』

 な……に……こ……れ……?

「わかった? 貴方の暗示は自分にも掛かっているのよ」
「自分……にも?」
「貴方が閻魔を相手にあだ名を認めさせた。それがどういう事かわかる?」
「わ、わからん」
「閻魔の能力は『白黒をはっきりつける程度の能力』。この能力で下された審判は二度と覆らない。彼女の裁きに従うほかないの」
「ぜ、絶対ってこと?」
「そう。貴方の能力もあだ名を決めて相手から同意を得れば二度と変更はできない。まさに閻魔の絶対的な支配と同等……ううん、それ以上かしら」
「……」
「しかも貴方の場合、暗示が掛かると相手を逃がさない。あだ名を決めるまでね」
「ちょ、ちょっと待って!! 閻魔王さんのあだ名は決めてないよ!!」
「それは貴方があだ名を決める前に向こうが避けたからでしょう。暗示が掛かる前にね」

 な、なんだろう。この胸騒ぎは?
 ゆかさんと会う時とは別の意味で恐くなってきた。

「貴方は良也を除いて誰にも本名を口に出来ず書くことも出来ない」
「……」
「妖精メイド達にもあだ名をつけているそうね」
「め、メイド長代理をした時に……こ、コードネームが頭に浮かんで……」
「それじゃあ、貴方は蟲の一匹ずつにもあだ名をつけるの?」
「さ、流石にそれは……えっ? ま、まさか……」
「そうなる可能性があるわね。貴方は自分にも暗示が掛かってしまうのだから」

 もし、蟲の一匹ずつにもあだ名をつけてしまったら。
 永遠にあだ名をつけ続けてそのまま……それは嫌だ。

「事の重大さがわかった? あだ名を通じて自他ともに支配してしまう。もはや呪いの類ね」
「パノ……の、能力って制御できるよな? このあだ名能力も――」
「無駄よ。自分にも暗示が掛かるほど強大なものを制御できるなんて思ってるの?」
「じゃあ、どうしろと?」
「それは自分で考えなさい。私が忠告したいことはひとつだけよ」
「?」
「貴方の能力、軽々しく考えないで」

 読書の邪魔になるからと一方的に追い出されてしまった。
 あだ名能力で自分も相手も支配してるなんて……。
 無理やりあだ名を決めて、相手に押し付けて……。

「……咲さん、いる?」
「はい、こちらに」
「頼みがあるんだ」

 こんな時でも冷静になる自分が恐ろしい。
 オレは思った以上に冷たい人間かもしれない。
 いや、もう普通の人間なんて思わないほうがいいか。

 ………………。
 …………。
 ……。

 文文。新聞にあだ名能力の危険性を記事にしてもらった。
 さすがフミフミの記事だけあって生々しく書いてくれている。
 あだ名能力の対処法はひとつしかない。
 オレと出会ったら速やかに逃げることだ。

「ふう〜」

 もっとも当事者は紅魔館の地下室にいる。
 フラちゃんと同じような部屋を咲さんに作ってもらった。
 空間を広げられるあの能力は本当に凄いと思う。

「んっ、食事か?」

 きっと咲さんが時間を止めて運んでくれたのだろう。
 あの日以来、オレは誰とも会わないようにした。
 あだ名を通じて関わってしまうことが恐くなって。
 なんと臆病な自分がいたものだろう。

「呪われた能力……か。今頃になって気付くなんて」

 最近になって悪い夢を見るようになった。
 無理やりあだ名を決めて嫌々ながら受け入れる皆の顔が浮かぶ。
 そんなつもりはなかった。オレはただ……。

「こんな能力……好きでこうなった訳では……」

 無性に腹が立って壁に霊妖弾をぶつけまくる。
 さすが特殊な作りをしているだけあって壁は頑丈だった。

「……はぁ〜」

 虚しくなってベットに横たわる。
 別に眠いわけでもないけどする事がない。

「本当ならメイド副長をしないといけないのに」

 今のオレではとてもじゃないけど仕事なんて無理。
 誰かと会えば無性に辛くなってくる。
 あだ名で支配された連中が何だか偽物のように思えて。

「ねえ、鬼心。お部屋にいるのぉ?」
「ふら――」

 咄嗟に言葉を飲み込んであだ名を封じる。
 なんか、あだ名を口にするのが嫌だから。
 でも無視するわけにもいかないので。

「いるけど、どうしたの?」
「ずっと部屋にこもってたらダメだよ。心が壊れちゃう」
「それ、経験者は語るってやつ?」
「うん。ねえ、部屋から出て一緒に遊ぼうよ」
「ごめん。遊ぶなら土樹と――あっ!!」
「ど、どうしたの!?」
「土樹は来てるか!?」
「うーんと、図書館でお勉強――あわわっ!!」

 扉をドーンと開けてから猛スピードでパノの図書館へ。
 おそらく、土樹なら!!
 勢いに乗りすぎて扉が開いたところに。

「げふっ!?」

 土樹の腹に頭突きをかましてしまった。
 まあ、フラちゃんに比べたら大した威力じゃないだろう。

「い、今のはフランドールの真似か?」
「違うって。それより頼みがある」
「んっ?」
「あんたの引きこもり能力ならオレのあだ名能力を無効化できるはずだ」
「無効化ってそんな大げさな。まあ、ちょっと範囲を広げるなら出来るけど」

 土樹の引きこもり能力にオレも入っていく。
 もし、オレの考えが正しければ……。

「パチュリー」
「あらっ、ちゃんと本名が言えるのね」
「文字も書けるぞ。そんなパチュリーに質問だ」
「なに?」
「オレがあだ名でパノって言うのを本当は嫌がってたりする?」
「別にどっちでも。私が興味を持つのは知識だけよ」
「小悪魔さん、オレがこあこあってあだ名つけたのは嫌だった?」
「いいえ、面白いあだ名で私は好きですよ」

 土樹の能力のおかげで暗示はかかってない。
 本心で言ってるって信じていいよな?

「良也ぁ〜!!」
「待てフランドール!! 今は――げはっ!?」

 あっ、今度はフラちゃ――ちっ、土樹の能力が切れたか。
 ま、とりあえず、土樹の能力なら暗示に掛からずに済むようだ。
 だけど、これでは一時しのぎに過ぎない。

「オレ、部屋にこもるわ」

 呪われしあだ名能力のオレには地下室がお似合いだ。
 これ以上、オレのあだ名で迷惑をかけたくはない。
 たかがあだ名だと甘くみていたオレがバカだった。

「ちょっと、鬼心君、どこへ行くんだ?」
「地下室に戻る。邪魔をしたな」
「そうはいかないぞ。慧音さんの宿題はどうした?」
「うっ……」

 何故それを知っている?

「僕が教えてあげるから早く問題集を出して」
「わ、わかったよ」

 ああいう役に立たない勉強は嫌いなのに。
 読み・書き・そろばんぐらいなら学ぶけどさ。

「えぇ〜!! まだお勉強するのぉ〜!?」
「フランドールも一緒にどう? お勉強が楽しくなるかもしれないぞ」
「うーん、今日はいいよ。鬼心に譲っちゃう」
「おぉー、偉いな。さすがフランドール」
「えへへっ♪ 私って偉い?」
「偉い偉い」

 土樹がフランドールちゃんの頭を撫でている。
 って、いつの間にか土樹の領域に入ってやがるな。
 とりあえず、嫌々ながらも勉強はしておくか。

 ………………。
 …………。
 ……。

「お、終わった」
「お疲れ様、鬼心君。それじゃあ、慧音さんに宿題を届けよう」
「なんでそうなる? オレはいいよ。下手に外出するとあだ名の餌食になるぞ」
「僕の能力に入っていたら大丈夫だよ。ほらっ」
「おっとと、引っ張るなって」

 本当におせっかいだな。
 だから人望や妖望もあるのかね?
 って、本当に手を引くなっつーの。
 
「……」
「……」
「……鬼心君。怒ってる?」
「訊かないとわからないのか?」
「本当に嫌なら逃げてもいいのに」
「土樹から離れるとあだ名の暗示が掛かるかもしれないから」
「そんなに酷い能力かな? フランドールみたいな破壊をする訳でもないし」
「あんたにはわからないさ。誰もがあだ名を好むとは限らない」

 実際にそうだろう。見てみろ。
 知らない妖精があだ名大魔王が出たとか言って逃げやがるし。
 妖怪のほうも変なあだ名をつけられることを恐れて退散している。

「なんでオレを人里に連れていこうとする?」
「慧音さんが心配してたからね。あの新聞を見た時から」
「そっか……」
「あまり思いつめないほうがいいよ」
「他人事だと思って簡単に言ってくれる」
「まあ、それを言われると返す言葉もないけど」

 能力で忌み嫌われるってこういう事かもしれない。
 フランドールちゃんや地底のボスの気持ちがわかったような気がする。
 自分の能力を軽々しく考えた報いだろうけど。

「着いたよ」
「ああ」

 寺子屋か。久しぶりに来てしまった。
 子どもたちがわんさかとやって来ると……。

「わぁ〜!! あだ名大魔王が出た!!」
「本当だ。逃げろ!! 変なあだ名をつけられるぞ!!」
「逃げろ逃げろ!!」

 無邪気な子どもって……残酷なものだ。
 ちょっと……悲しくなってきたぞ。
 でも子どもに罪はないから……楽しませてやろうか。

「がおー!! 逃げないとあだ名をつけちゃうぞぉー!!」
「わぁ〜、あだ名大魔王がほえた〜!!」
「逃げろぉ〜!!」
「わわ、怖い怖い。カッコ悪いあだ名なんてやだやだ」

 自分に暗示がかかってるあだ名って確かに変かもしれない。
 なんでこんな能力があるのだろうかって思ってしまう。
 なんだか嫌だな、こういうのって。

「す、すまない。子ども達がその……」
「慧音さん、オレは気にしてないよ。これ、宿題と手紙です」
「あ、ああ……」
「慧音さん、ひとつ訊いてもいいですか?」
「なんだ?」
「オレがケネケネってあだ名つけたこと嫌だった?」
「私と仲良くなりたいと思ってつけたあだ名だろ。嫌に思うものか。妹紅だって同じ気持ちだぞ。あいつも心配していた」
「そっか……土樹、買い物してもいい?」
「いいよ。僕が奢ってあげる」

 気前がいいな。あとで金返せなんて言うなよ。
 ま、そんな大人げないことは言わないやつだけど。

「鬼心くん、私のことはあだ名で呼び続けて構わないよ」
「……ありがとう、ケネケネさん」

 ちょっとだけ泣きそうになってきた。
 それを悟られまいと土樹を引っ張ってスタスタと歩く。
 里の人達の反応はかなり微妙なものだ。
 土樹が自分の能力で大丈夫って説明してくれたから安心してるけど。

 ……やっぱり、嫌な人もいるんだな。

 あだ名そのものより暗示の恐怖が大きいのかもしれない。
 新聞に書いてある通り、本当に危険性があるからな。

「鬼心君、無理してない?」
「大丈夫」
「辛かったら言っていいからね」
「ああ」
「買い物で何か欲しいものがあるの?」
「自分用の湯のみ」

 買い物を済ませたらとっとと帰ろう。
 それにしてもあだ名で支配なんて変な能力だ。
 自分にも相手にも強力な暗示が掛かるなんてさ。

「ふぅ〜」
「鬼心君、疲れた?」
「まあな……思った以上に嫌がってる人がいたな」
「それは嫌がってるというか」
「いいんだよ。暗示って想像以上に怖いものだから」

 夕日を見ながら紅魔館に戻る道筋を歩く。
 これじゃあ、土樹がいないとうかつに外出もできないな。
 下手すると死ぬまであだ名をつけ続ける事態も有り得るし。

「ぼ〜うや♪ よい子だ♪ ねんねしな♪」
「それ!! まんが日●昔話のオープニングじゃん!?」
「そこの通りすぎりの坊や、ちょっとお時間いいかしら?」
「スキマ!! 僕は無視か――げはっ!?」
「はい、邪魔者はそこで大人しくしててね」

 姐さんの弾一発で土樹がノックアウト。
 ああ、春の訪れで冬眠から目覚めたのか。

「時間はいいけど、オレに何か?」
「あだ名の能力で恐怖している坊やに提案があるのよね」
「提案?」
「その能力、永遠に使えないようにしてあげるわよ」

 オレは土樹ほど疑い深くはない。
 けど、こればかりは流石に……な。

「オレの当てずっぽうを言ってもいい?」
「どうぞ」
「危険を察知する能力も失ったりする?」
「正解♪ それからもうひとつ、貴方のこれまでの記憶も消させてもらうわ」
「な、なにぃ!?」

 そんな簡単にリセットボタンを押すようなことを言うなよ。
 記憶が消されたら日常生活に支障が出るじゃん。
 下手をすれば箸の持ち方すらも忘れてしまうぞ。

「それぐらいしないと貴方の強大な能力を消せないもの。さらに」
「ま、まだあるの!?」
「その時は幻想郷から出てもらうわよ。つまり、外の世界で何も知らずに暮らしていくの」
「身元がないのにどうやって?」
「戸籍の一つや二つ、私の手に掛かれば簡単よ。ま、貴方の場合は施設送りがお似合いね」
「たしかに姐さんなら簡単にやってのけそうだ」
「で、どうするの? 今すぐ返事しなくてもいいけど」

 あだ名能力で周りに迷惑をかけてしまう。
 そう思うなら潔く身を引くべきだというのが妥当な答え。
 だけど……

「嫌われる能力を持つのはオレだけじゃない」
「そうね」

 むしろ、オレ以上に危ない能力を持つ者だっている。
 それなのに彼女達は幻想郷で今を生きている。
 オレだけが能力を消してのうのうと外の世界で暮らすだって?
 ふっ、冗談じゃないよ!!

「答えはノー。外の世界でクルクルパーの生活なんて御免だね」
「あら、残念。それはそれで楽しいのに」
「さすが姐さん。楽しみ方がぶっ飛んでいやがる」
「うふふっ、次の最新号が楽しみね」
「どういう意味――って、消えるなぁ〜!!」

 最新号ってフミフミの新聞のことだろうか?
 よくわからないが姐さんの姿はもういない。

「って、土樹。いつまで寝てやがる」

 あーあ、完全に気絶してやがるな。
 結局、オレがレムレムの神社まで運ぶことになった。
 相変わらずのグータラ巫女を見てため息をつく。
 今後どうなるのか凄く不安である。



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