ああ、ついに冥界か。本当に長かった。
 死んでないオレ達がここに来るのはお門違いだけどな。
 まあ、幽霊がしばしば幻想郷へ来ることもあるぐらいだし。
 その辺りは深く考えないほうがいいだろう。

 ……前に来たのはいつだったかな? もう何十年も来てないような気分だよ。

 冥界でも春の訪れというのがある。
 何気にお化け達が花見を楽しんでいるしな。
 ところが……。

「えっ?」

 オレ達を見てそそくさに逃げ出すお化け一同。
 おいおい、そんなに恐がらなくてもいいじゃん。

「レミレミ、お前って嫌われてるな」
「嫌われてるのは貴方のほうでしょう」
「お前に決まってる。吸血鬼が冥界に来てる時点で変だし」
「貴様、殺すわよ」
「死にたくはない……とりあえず、今は白玉楼に向かうのが先だ」

 とはいえ、お化けの動きが変だな。
 オレ達を見て露骨に避けているのがどうも引っかかる。
 もしかして、本当にオレが嫌われてる?
 事情を訊きたくてもあの調子では無理だな。
 そんなこんなで白玉楼の屋敷へ到着する。

「ごめんください、鬼心です!! 誰かいますか!?」
「あらっ、鬼心ちゃん。いらっしゃい」

 玄関から迎えてくれたのはゆゆさんだ。
 てっきり、みょんが来るかと思ったのに。

「ゆゆさん、お久しぶりです。みょんとの約束を果たしに来たのですが」
「妖夢なら買出しに出かけていて今はいないの」
「そうですか」
「うふふっ、あがって待っててちょうだい」
「了解――って、レミレミちょっと待った!!」
「なによ?」
「靴を脱げ靴を!! ここは洋館じゃないから土足はダメ!!」
「うるさいわね」

 文句を言いながらも靴を脱いでくれる。
 オレも厚底くんを脱いでゆゆさんに案内してもらった。
 うーん、やっぱり厚底くんがないと目の高さが違ってくるな。

「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 部屋に入り座布団に座ってお茶を飲む。
 流れとしては普通だと思う。
 でもゆゆさんに手招きされて近づいていくと。

「えっと……ゆゆさん、ちょっといいですか?」
「なぁーに?」
「いえ、その……なんでオレを抱っこするの?」
「うふふっ、鬼心ちゃんの抱き心地が良いからよ」
「みょんにもするの?」
「ん〜、あの子ったら照れ屋さんだから中々させてくれないのよねぇ〜」

 待てレミレミよ、その殺気じみたオーラはなんだ?
 オレはなにもしてない。抱っこをしているのはゆゆさんだし。
 第一、レミレミには関係のないことで怒る理由はないはずだ。

「あらあら、面白い物が見れて楽しいわね」
「オレは楽しくない」

 むしろ危険度が増して大変だっつーの。
 とりあえず、ご機嫌取り用のチョコを渡して怒りを静めてもらった。
 そうしている間にみょんが帰ってくる。
 よし、オレが玄関で出迎えてやろう。

「みょん、久しぶり」
「あ、鬼心さん。本当にお久しぶりですね」
「まあ、色々あってな。約束を果たしに来たよ」

 もっとも、オレでは役不足で勝負にならないと思うけど。
 剣に関しては全く素人だし。
 それでも、約束は守りたい。どんな結果になろうともな。

「いつやる?」
「私はいつでも構いません」
「じゃあ、今やろうか。こういうのは早いほうがいい」

 早速、桜の舞う庭でみょんと対峙する。
 観客はのんびりと座ってお茶を飲むゆゆさん。
 さらにテーブルで頬杖を突くレミレミの二人だけだ。
 決闘のルールは弾幕なしの剣術勝負。
 みょんに一太刀でも当てたらオレの勝ち。
 オレがノックダウンしたらみょんの勝ち。

「オレからいきます」
「はい、いつでもどうぞ」

 みょんが抜刀して下段の構えを見せる。
 うむむ、頭部にわざと隙を作って誘っているのか?
 それなら、あえて乗ってやろう。

「でやっ!!」

 霊妖剣を両手に踏み込んでみょんの頭部を狙う。
 みょんが少し後ろに下がってかわした。
 そのまま突きを放ってみるも身体を横にして避けられる。
 オレは何度も掛け声を上げながら斬撃を続けた。
 スムーズなみょんの足運びに翻弄されているとも知らずに。

「はぁはぁはぁ……つ、つえぇ〜……」
「もうお終いですか? 今度は私からいきますよ」
「っ!?」

 ちょっ!! 踏み込みが早す――。

「げほっ!!」

 胴を打たれくの字に折れ曲がって倒れる。
 峰打ちにしてくれているけどメチャクチャ痛い。
 すぐに立ち上がって応戦の構えを――。

「ぐはっ!! ぎゃあ!! ぐあぁ!!」

 だ、ダメだ。とても防ぎきれない。
 次から次へと斬撃が襲い掛かってくる。
 ほ、本当に手も足も出ない。
 
「ちっ」

 苦し紛れにみょんの顔面に突きを入れようとするが――。

「甘い!!」
「っ!?」

 逆に小手を食らって創造の柄を落としてしまった。

「ぐはっ!!」

 踏み込んだみょんが再び胴を打ってくる。
 もはやなす術なくフルボッコの流れとなった。
 倒れては立ち上がり、倒れては立ち上がり。

「くっ……ぅっ……ぬあっ!!」

 霊妖剣を杖代わりにして立つ。
 みょんは同情したかのように剣を下げた。

「もうやめましょう。このままでは鬼心さんは――」
「みょ……ん……それ……は……無礼……だぞ」

 そんな安っぽい同情なんていらねえ。
 剣を下げるぐらいならひと思いに倒しにこい。
 くっ、ダメージでオレの剣が震えてやがる。足もガクガクだ。

「こい……よ……な、情け……は……む、無用……だ」
「……わかりました」

 覚悟を決めた者に対する礼儀ってものを感じてくれたか。
 みょんがスペルカードを取り出す。あれでトドメを刺すつもりだ。
 ふっ、いいだろう……この身体で受けてやる。

「人符『現世斬』」

 みょんが前方へ踏み込みオレを切り抜けていく。
 宙を舞う自分を意識して不思議と満足した。
 桜の花びらを見たのを最後に瞼を閉じていく。

 ………………。
 …………。
 ……。

 どうやらオレはまだ生きているらしい。
 普通の人間と言い張るのはもう無理かもしれない。
 いくらスイスイに鍛えてもらってるとは言ってもな。

「鬼心さん、気が付かれましたか?」
「みょん、おはよう。最後の一撃は凄かったよ。ありがとうな」
「……どうしてお礼を言うのですか? 私は貴方を傷つけてしまったのに」

 あー、しまった。みょんが自分を責めちゃってるよ。
 そうだよな、心やさしい剣士にあんなお願いしちゃったもんな。
 素人相手にトドメを刺すなんて良い気分はしないだろう。

「気にするな。オレが望んだことだ。それよりレミレミとゆゆさんは?」
「二人ともお休みになっています。それより、お怪我は?」
「普段から鍛えているから平気だよ」

 ちゃんと手当てを施されているから思ったほど痛くはない。
 チクチクと針を刺す程度のものなら我慢できる範囲だ。

「まあ、なんだ。期待に応えられずに悪かったな」
「そんなことはありません」
「えっ?」
「鬼心さんの太刀筋には真っ直ぐな志が感じられました」
「そうかな? 闇雲に振り回しただけだぞ」

 ちょっと過大評価しちゃってるね。
 でも、みょんの持つ刀がオレの気持ちを感じ取ったそうだ。
 うーん、それって剣士としての洞察力みたいなものかな?

「鬼心さんはまだ本気を出してませんね?」
「どうしてそう思う?」
「スペルカードを一枚も使わなかったじゃないですか」
「そりゃあ、無理だって。剣技のスペカなんて持ってないし」
「それなら、剣術勝負じゃなく弾幕で――」
「ごめん、弾幕は出せないんだ。単発の弾ならできるけどね」
「でも幽々子様が鬼心さんが格段に強くなっていて楽しかったと」

 ああ、そのことなら覚えてるよ。
 大量の餅を全部食べちゃったというゆゆさんの食い意地を。
 まぁ、その時のオレは気絶してたから現場を見てないけどな。

「まだ動いてはダメですよ。傷にさわります」
「いや、レミレミがこっちに来るから」

 血の契約をしてるせいか、レミレミの気配がわかりやすい。
 むっ? なんだなんだ?
 レミレミが真面目な顔をしているのは珍しい。

「紅魔館に帰るわよ。術を使いなさい」
「おいおい、いきなりだな。ま、いいけどさ」

 みょんには次に会った時に剣術の稽古をつけてもらおう。
 そういう約束ならと、みょんは喜んで承知してくれた。
 本当にいい子だな。どっかの誰かさんとは大違い。

「でも稽古をつけて強くなったら、みょんを倒すかもしれないよ」
「望むところです。私を見返すほどの強さになって下さい」
「おうっ、じゃあまたな」
「あらあら、もうお帰りなの?」
「ゆゆさん、今度会う時は手土産でも持ってきますね」
「うふふっ、お土産なら鬼心ちゃんで充分よ」
「はい?」
「ちょっとあんた、早くしなさいよ」
「わかったから引っ張るなって……動符『移動方陣』」

 みょんとゆゆさんに見届けてもらってワープする。
 今回は上手いこと紅魔館の門に移動できた。
 相変わらずリン師匠が立ったまま寝ていたけどね。

「あんた、すぐにパチェのいる図書館へ行きなさい」
「なんで?」
「パチェがあんたの能力のことで重大な話があるからよ」
「重大な話……わかった。すぐ行く」

 その時、オレは知らなかった。
 オレの能力による事の重大さを。
 それがどれほど恐ろしいことなのかを。



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