外からどしゃ降りの大雨が聞こえる。
 遠くから雷が鳴り響いて目が覚めた。
 さて……。

「レミレミ、これで三回目だ」

 一回目は木陰の森で居眠りをした時。
 すぐに目を覚まして日光の当たる場所へ逃げた。
 二回目は岩場で座って寝ていた時。
 川辺まで瞬間移動をして逃げた。

「な、なによ」

 そして三回目が小屋の中で眠っている今この時。
 こちらの寝込みを襲おうとするレミレミ。
 狙いはオレの首筋であり目的はオレの血だ。

「昔の偉い人は言いました。仏の顔も三度まで」

 安眠妨害をしてくれたレミレミに天罰を。
 そう、今のオレはとても機嫌が悪い。

「ふんっ、そんな顔をしてもあんたなんか恐くないわ」

 保管用のスキマからお仕置き用のリュックを取り出す。
 リュックの中身は炒った豆でギッシリと詰まっていた。

「ちょ、ちょっと!! そ、それはっ!?」

 顔を引き攣らせて後ろに下がるレミレミ。
 オレは炒った豆を両手に詰め寄った。

「お仕置きの時間だ」

 吸血鬼の弱点として雨がある。
 その雨が降っているから外へ逃げ出すことは不可能。
 小屋はそんなに大きくないから充分にレミレミを狙える。

「あちゃ〜、鬼心が怒ってるよ。ちょっと隠れて様子を見るか」

 スイスイが霧となってどこかへ消える。

「ふあぁ〜、もう何の騒ぎよ?」

 天ちゃんがあくびをしながら起き上がる。
 ま、暢気な天人なんてどうでもいい。

「や、やめなさい!! そんな事をしてただで済むと――」
「食らえ」
「あ、熱い!!」
「ほらほら、たっぷりと味わうがいい」
「あちちちっ!! ちょっと熱いってば!!」

 焦げたような匂いとジュージューと焼ける音。
 なるほど、豆で火傷を負うというのは間違いないな。
 リュックに入ってる大量の豆を次々と投げまくる。

「お前、何度も、言わせるな」
「い、いたたたっ!!」
「勝手に、オレの血を、狙うな、いい加減に、しろ」
「も、もうやめて!! 本当に痛いのよ!!」

 言葉を区切りながら何度もぶつけまくる。
 こんがりと焼けてきたレミレミ。
 それを掴んで入り口へ向かった。

「な、なに? なにをするの?」
「外へ放り出す」
「う、うそ……ダメ……あ、雨はいや……」
「お前は本気でオレを怒らせた。雨の中で反省しろ」
「も、もう……しないから……だから……や、やめて……」

 弱々しい声と捨てられる子犬のような瞳。
 それが本気か嘘かなんてオレにはどうでもいいこと。
 とりあえず……。

「レミレミ、そこに座りなさい」

 すると近くにいた天ちゃんは。

「もう座ってるじゃない。貴方の目は節穴なの?」

 天ちゃん、少しは空気を読め。
 まあ、安心しろ。オレは映ちゃんみたいな説教はしない。
 心を鬼にして言うべき事を言うだけだ。
 
「お前が血を吸うとオレの命が危ない。だから無断でオレの血を狙うな」
「死なない程度ならいいでしょう?」
「ダメだ。お前は自分よりも小さい人間の血を吸ったことがないだろ?」
「だ、だったらなによ?」

 こいつのことだ。今までと同じ勢いで血を吸うに違いない。
 そんな事をしたら出血多量でオレが死ぬぞ。
 その危険性を能力で察知しているからこそ注意するんだ。

「吸血鬼の私が人間の血を吸うのは当然じゃない」
「それなら咲さんの用意した血液パックで済むことだ」
「人間の血は生で飲むのが一番美味しいのよ」
「それなら他を当たれ。オレの血でなくてもいいはずだ」
「あんたの血は甘くて美味しいから」
「話にならん。豆のフルコースと雨の中での外出、どっちがいい?」
「ど、どっちもいやぁ……」

 オレの血をレミレミに与えるつもりは毛頭ない。
 こちらにメリットがないし、そうしなければいけない理由もない。
 とりあえず、レミレミの逆ギレに備えて炒った豆を握っておくか。

「なんで……あの時は飲ませてくれたじゃない!!」
「レホワさんの件か?」

 あれはレミレミに助けられたという借りを返すためだ。
 ちゃんと理由があってのことだから文句を言われる筋合いはない。

「ほ、他にも私に貸しがあるでしょう!?」
「ない。防御魔法や家事などの世話でお前への借りは既に返した」
「うー!!」
「モグの真似をしてもダメだぞ。さて……」

 オレの血が欲しければオレの許可を得ること。
 許可もなく勝手にオレの血を吸うことは禁止。
 そんな約束を持ちかけるとレミレミが嫌がった。

「あ、そう。じゃあ豆を――」
「わ、わかったわよ!! もうそれでいいから!!」
「よし、これで交渉は成立。天ちゃんとスイスイが証人な」
「まったく。こんな真夜中に起こされて、こっちはいい迷惑よ」
「にゃははっ、人間が吸血鬼に説教するなんてね。鬼心はたくましく育ってくれたよ」

 レミレミの件はこれで解決した。
 さて、ここにもお仕置きが必要なやつがいる。

「き、鬼心? そんな恐い顔をしてどうしたんだい?」
「スイスイ、酒の件でちょっと」
「ちょ――いたいいたいって!!」
「オレ、何度も言ったよな? 力ずくで酒を奪うなって」

 鬼も炒った豆が弱点である。
 オレは容赦なくスイスイに向けて投げまくった。

「い、痛い痛いっ!! 痛いからそれ!!」
「尻拭いをさせられるオレの身にもなれ」
「な、なんのこと!?」

 酒のあるところにスイスイがやって来る。
 この前なんか行商人の酒をスイスイが力ずくで奪いやがった。
 その行商人は怪我をしてしまい、商品の一部が壊れてしまって。

「オレが必死で頭を下げて、行商人の代わりに働きまくったぞ」
「い、いやぁ〜、極上の銘酒だったからつい……いたたたっ!!」
「他にも、とある妖怪から酒をぶん取ったな」
「あ、あれも上級の酒で……ぐぎゃあ!!」
「あの時もオレが土下座して謝って、償いとして料理を振舞ったんだぞ」

 合意の上で飲むなら別にかまわない。
 だが、相手の許可なく強引に奪うのはやめろ。
 これ以上、オレに迷惑をかけるな!!

「ただでさえ紅魔館の酒代で借金があるのに……スイスイ!!」
「わ、私が悪かった!! 次からは気をつけるから許して!!」
「今度、同じことをしたら炒った豆の風呂にぶち込んでやる」
「ひいぃ〜〜!!」

 一人旅だったらこんな苦労はしないのに。
 いつも貧乏くじを引いてしまうのはオレばかり。
 はぁ〜、マジで疲れる。誰かこいつらを引き取ってくれ。

 ………………。
 …………。
 ……。

 ご飯・味噌汁・焼き魚・納豆・たくわん。
 定番メニューを作って皆で朝食をとる。
 その時、スイスイがこんな事を言い出した。

「私と天子と吸血鬼。この三人でお前を鍛えてやるよ」
「三人? スイスイ、それはどういう意味だ?」

 スイスイが今日の予定について話した。
 簡単にまとめるとこうなる。

 朝ご飯を食べて休憩した後でスイスイと組み手。
 昼ご飯を食べて休憩した後で天ちゃんと組み手。
 晩ご飯を食べて休憩した後でレミレミと組み手。

「つまり、よってたかってオレをしばき倒すつもりか?」

 そんな過酷な苛めをまかり通してなるものか!!
 オレは断固として反対するぞ!!

「ほぉー、小鬼にしては面白そうなことを言うじゃない」
「やる気満々だね、天ちゃん」

 そのやる気は幻想郷のために使ってくれ。
 せめてオレの家事でも手伝ってくれたら助かる。
 ……いや、よく考えると足手まといになるだけだな。

「ふっ、生意気なお子ちゃまには躾が必要よね」
「レミレミ、子ども扱いするなって何度も言ってるだろ」

 夕食後に夜の眷属である吸血鬼と戦う。
 それはあまりにも無謀すぎるぞ。
 こいつが本気でやったらオレなんて骨すら残らない。

「スイスイ、オレに拒否権は?」
「ないよ」
「そんなキッパリと言い切らなくても」

 ああ、わかっているさ。
 ここでオレが拒絶しても無駄なこと。
 こいつらは自分達の都合ばかりを押し付けるから。

「はぁ〜」

 あのな、オレの目的地は冥界の白玉楼だ。
 そこでみょんと剣の手合わせをする約束を果たすんだよ。
 それなのに、それなのに……。

「えへへ、私が一番手だね。鬼心、真面目にやらないとお仕置きだよ」
「さ、最悪……」

 無理やり外に連れ出されてスイスイと対峙する。
 外野の天ちゃんとレミレミは完全に観戦モードだ。

「うぉっ!?」

 鬼の拳は一振りするだけで轟音を鳴らす。
 そんな鬼の連打を必死でかわしていく。
 ちょ、ちょっと!! 乱れ打ちはやばいって!!

「どうしたどうした!! お前の力はこの程度か!!」
「うぐっ!!」

 霊妖力をフルパワーにして両腕でガードをする。
 やっとの事で防いだけど……。

「こんなの何発も耐えられるか!!」

 絶対に腕が壊れる!! それ以前にまともに食らう!!
 オレは創造の柄で『棒』を作り上げてから構える。
 いくぜ!! まんが必殺シリーズ!!

「伸びろ!! 如意棒!!」

 スイスイの顔面目掛けて伸ばしたがアッサリとかわされた。
 ちくしょう!! ここぞと思って狙ったのに!!

「隙ありだね」
「しまっ――!!」

 ガシッと掴まれて一緒に浮き上がる。
 そして……。

「萃鬼『天手力男投げ』」
「うあぁああああああああああ!!」

 スイスイが片手でオレをグルグルと回していく。
 瞬く間にオレの周りを岩が覆い包んだ。
 そのまま派手に投げつけられて岩が砕ける。

「おーい、生きてるか?」
「……」
「あちゃ〜、ちょっとやり過ぎたかな?」
「……」
「しょうがないな。顔に酒でもぶっかけ――」
「やめんか!!」
「おっ、なんだ元気じゃん」
「危うく三途の川を渡るところだったよ!!」

 相変わらずこまっちがサボってたな。
 オレは三途の川の水でお茶でも作ろうとしたんだけど。
 って、今はそんなことを考えてる場合じゃねえ!!

「叫ぶ元気があるなら充分だよ。よし、続けよう」
「ダメだって!! 今ので死にそうなのに!!」
「鬼符『ミッシングパワー♪』」
「巨大化すんなぁーーーーーー!!」

 まだ死にたくない。絶対に死ねない。
 巨大化した時の死角は足元にあるものだ。
 オレはすかさずスイスイの足元へ逃げていく。

「ひぃっ!! うひゃっ!! どひゃっ!!」

 蹴られそうになったり、踏まれそうになったり。
 今まさに危機に直面中!!
 ひとまず瞬間移動を使って大きく間合いをとった。

「ぜぇぜぇぜぇ……ま、マジでこえぇ〜!!」

 一定時間が過ぎてスイスイの身体が元に戻った。
 もう冷や汗がダラダラで悪寒まで突っ走っている。

「にひひっ、私の思った通りだよ。お前は追い詰められるたびに強くなるね」
「こんにゃろう、調子に乗りやがって」

 スイスイ、オレはもう怒ったぞ!!

「拳符!!」
「おっ、やる気になったかい?」
「倒す!! 鬼をぶっ倒す!!」

 ボクシングのストレートを打つ構えをとる。
 創造の柄にこめた力をもってストレートを放った。

「『マスターストレート!!』」

 柄を通じて太めのパンチレーザーが飛んでいく。
 スイスイが両手を広げて真っ向から受け止めた。
 くそったれ、全然ビクともしない。

「ほらほら、この程度のパワーじゃあ私は倒せないよ」
「ま、負けてたまるか!!」

 ありったけのパワーをこめて押し込みをした。
 だけどスイスイは楽しそうに笑って。

「むんっ!!」

 オレのマストをいとも簡単に抱き潰しやがった。
 とっておきの大技さえもスイスイには通じない。
 けどそんな事は最初からわかりきっている。
 だから『足止め』としてマストを使ったんだ。

「いくぜ!!」

 スイスイの背中を見るようにして瞬間移動。
 本命の大技を狙うなら今しかない。
 たとえ危険だとわかっていても、スイスイの背後から攻める。

「砕符『専光進撃破!!』」

 高速で突進しつつすれ違いざまに創造の柄を――。

「なっ!?」

 スイスイが振り向きざまにオレの右腕を掴んだ。
 これでは創造の柄を当てられない。
 ちくしょう!! やっぱり罠だったか!!

「ま、まだだ!!」

 左の拳でスイスイの顔面を狙う。
 スイスイが片手で軽くキャッチしてみせた。
 オレは軽く上半身をそらして頭突きをかます。

「い、いてぇ〜」

 ダメだ。硬すぎてビクともしねえ。
 オレのほうがダメージを受けてしまった。

「えへへっ、私はお前のそういう所が好きだよ」
「く、くそぉ〜」
「鬼符」
「なっ!?」

 掴まれたまま二回のジャンピング・パワーボム。
 さらに三回目でスイスイと一緒に高々と飛び上がり。

「『大江山悉皆殺し』」

 大爆発と共に地面に叩きつけられた。
 爆発は抑えてくれたようだが、叩きつけに容赦がない。
 こまっち、もう一回そっちに逝くからよろしく。

 ………………。
 …………。
 ……。

 わ〜い♪ 死神からお迎えが来たぁ〜♪
 なんて思ったのに強制的に目を覚ます。
 オレの顔に容赦なく酒をぶっかけるスイスイがいた。

「こらぁ!! なにしやがる!!」

 死人に鞭じゃなくて死人に酒かい!!
 起き上がると頭部や背中の怪我がかなり酷い。
 オレは蓬莱人じゃないからそんな簡単に治らないし。

「いやぁ〜、急所は外したつもりなんだけどね」
「あんなの、急所も何もあったもんじゃない」
「いいじゃん。ちゃんと生きてるんだからさ」
「あのなスイスイ、オレは生身の人間なんだよ」

 いくら身体を鍛えてもらっても限度がある。
 オレみたいな人間にあんな必殺技は使わないでほしい。
 とりあえず止血をして傷口を塞いでおかないと。

「スイスイ、次からはあんな事するなよ。オレ、余裕で死ねるから」
「んぐんぐんぐっ……ぷはー」
「人が話しているときに酒を飲むな!!」
「大丈夫だって。お前の身体が壊れない程度にしてるからさ」
「怪我させておいてよく言うよ、まったく」

 こあこあから貰った傷薬には感謝しまくりだ。
 これを塗るだけで止血して傷を塞いでくれるからな。
 正直これがなかったら死んでたと思うことはたびたびあった。

「スイスイ、この薬を背中に塗ってくれ」
「はいよ」
「いたたたっ!! スイスイ、もうちょっと優しくしてよ!!」
「情けないこと言うねえ。それでも鬼を倒そうとする人間かい」

 そりゃあ、スイスイに三発当てるという約束はしてるけどさ。
 未だに一発も当てられない。
 ワープミスでスイスイの頭を踏んだ事は個人的にノーカウントだし。

「スイスイが強すぎるんだよ。鬼のパワーと人間の脆さをもっと自覚してくれ」
「それなら、あそこで退屈している吸血鬼と二人掛かりなんてどうだい?」
「断る。あんな我侭っ子と組むぐらいならタイマンで――うおっ!?」
「聞こえてるぞ、貴様」

 いきなり槍を飛ばすな!! 普通に死ぬって!!
 ちょうどお昼の時間だからそれで機嫌をとってやるか。
 という訳で得意料理である雑炊を全員に振る舞った。

「ねえ、もっと多めに入れなさいよ」
「待ちなさい。天人の私が先よ」
「ふっ、有頂天の暇人が高貴な私を出し抜こうって言うの?」
「どっちが先でもいいだろう。喧嘩をするなら表でやれ」

 曇り空の下で弾幕ごっこを始めるレミレミと天ちゃん。
 それを酒の肴にして楽しむスイスイ。
 一方、オレは悩み事を抱えて唸っていた。

「鬼心、どうしたんだい?」
「スイスイとの戦いで大技のスペルカードを使い切った」
「補充すればいいじゃん」
「オレの少ない霊妖力では作るのに2、3日かかるんだよ」
「そこは根性で頑張れ♪ 根性♪」
「無茶言うなって」

 天ちゃんとの戦いに備えて短時間で作らないといけない。
 そこでリン師匠の教えを思い出す。
 体内の気が足りなければ外からもらえばいいのだと。
 しかし……。

「あれは危険すぎる」

 膨大な気を扱うには並々ならぬ制御力が求められる。
 下手をすれば腕の一本ぐらいは軽く吹っ飛ぶだろう。
 最悪の場合は死に至ってしまうので安易に実行できない。

「うむむ」

 太極拳の呼吸法は基本中の基本。
 それで霊妖力の回復を促しても時間がかかり過ぎる。
 ……パノに相談してみるか。

「オレ、紅魔館に行ってくる」
「いいけど、逃げたら承知しないよ」
「あ、それいいな――って、冗談だよ冗談!!」

 恐いから拳をボキボキと鳴らすなって。
 スイスイにはちゃんと戻ってくると約束する。
 鬼との約束は特別だからな。絶対に破ったりはしないよ。

「動符『移動方陣』」

 リン師匠のいる門の位置をイメージしてスペルカードを発動。
 ところが、図書館のほうへ移動してしまった。
 オレは机に尻餅をついて足を伸ば――。

「……」

 足の先にパノの顔面……これってどう見ても足蹴りだよな?
 バリバリに危険を察知しまくっている。
 わ、わざとじゃない。これはワープミスだ。

「ぱ、パノ……け、怪我はない?」

 足をどかすとパノの顔にくっきりとした靴の跡。
 無表情かつ無言というのが凄く恐い。
 とにかく逃げ――。

「土水符『ノエキアンデリュージュ』」
「うぎゃあ!!」

 パノの指先から圧縮した水を吹き付けられた。
 モロに食らってその場で倒されてしまう。

「あいたた……ご、ごめんよパノ。わざとじゃないんだって」
「貴方、やっぱりこの本のページに――」
「なりません!! 命は惜しいから!!」
「だ、大丈夫ですか?」
「こあこあ!! 助けてくれぇ〜!!」

 情けないと思いながらも相手が悪すぎる。
 こあこあが紅茶を淹れて何とかこの場をおさめてくれた。
 とりあえず、紅茶を味わってリラックスする。

「ふぅー、こあこあの紅茶は美味しい」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「助けてくれてありがとうな。あと傷薬も役に立って感謝している」
「あ、はい。どういたしまして」
「製造元はやっぱり永遠亭?」
「はい。あちらで処方される傷薬はとても評判がいいんですよ」
「即効性があって凄いよ。でも、ああいうのって値段が高いのでは?」
「いいえ、永遠亭は良心的な値段で売ってくれますから」

 あー、こういう静かな時間っていいな。
 いつもレミレミ達が騒ぐから余計にそう思うのかも。

「貴方、なにしに来たの? レミィと一緒に旅をしているんでしょう?」
「ちょっとパノに相談があって、オレだけ一時的に戻ってきた」

 スペルカードの補充問題について相談を持ちかける。
 体内の霊妖力では明らかに不足すぎる。
 リン師匠みたいに外気を取り込むだけの力量はない。
 さて、どうしたものかと。

「己の領分を越える力は身を滅ぼす元よ。前に言わなかったかしら?」
「言ってたね。オレだって本当は自重したい」

 だけどオレは一撃屋という商売をしている。
 天狗に押し付けられた仕事とはいえ責任を果たさなければならない。
 敵の攻撃に備えるためにも最低限のスペルカードは用意したい。

「とにかく、オレみたいにな人間が生き残るためには自分を高めないといけないんだ」
「貴方がやろうとしていることはリスクが高いわね」
「うーん、リン師匠に教わった外気の取り込みはたしかに危ない」

 でも他に方法がなければやるしかないだろ。
 短時間で力を得るにはそれしか――。 

「他にも方法はあるわよ」
「えっ!? マジで!?」

 そんな方法があるなら教えてほしい。
 オレだってなるべくなら危険な方法は避けたい。

「レミィと『血の契約』を結べばいいのよ」
「あいつと契約だって?」

 無断でオレの血は吸わないという約束なら交わしたけど。

「パノ、それは具体的に何をするんだ?」
「簡単よ。お互いの血を吸い合うだけだから」

 レミレミがオレの血を飲み、オレもレミレミの血を飲む。
 それだけで血の契約が成立する。
 たしかに話を聞いた限りでは簡単そうだ。

「前に咲さんから吸血鬼の眷属について聞いたんだけどそれとは違うの?」
「それは一方的に相手の血を大量に吸って従属させる行為よ」
「血の契約をするとオレはどうなる?」
「貴方の抑制されている霊力や妖力が一気に増すわ。レミィの力が供給されるからね」
「そんなことをして暴走しないか?」
「ええ。扱えるかどうかは別として暴走はないと思うわ」
「むぅ〜、なんか引っかかる言い方だな」

 レミレミから貰う力を使いこなせるかどうかって事なんだろうけど。
 人間の範囲で契約をするから身体的な能力までは上がらないらしい。
 それはスイスイの鬼化による影響で既に上がってるからいいけど。

「血の契約のデメリットはどうだ? まさか良い事だらけじゃないだろ?」
「貴方は『等価交換の原則』を知ってる?」
「知らん」
「はぁ〜、何かを得る為には 同等の代価が必要となるルールのことよ」
「まるで買い物みたいだな。何かを買うためにはお金が必要になる」
「吸血鬼であるレミィが貴方に求めるものはひとつしかないわね」

 つまりお金の代わりにレミレミに血を提供しろってことか。
 でもな、あいつが吸血するとき大量に血をこぼすんだよ。
 そりゃあストローみたいに吸えないのはわかるけどさ。

「パノ、それってレミレミじゃないとダメなの?」
「他に誰がいるの?」
「スイスイ」
「あの鬼が貴方の血を吸うと思う?」
「思わない。酒とつまみ以外はダメでしょう」

 そもそも相手の血を好んで飲むのは吸血鬼ぐらいだ。
 というか、レミレミの血を人間であるオレが飲むのか?

「貴方、レミィと血の契約を交わすのがそんなに嫌なの?」
「そもそもレミレミとは敵同士だし。あと吸血鬼の血って美味しいの?」
「さぁー、私は飲んだことがないからわからないわ」
「とにかく、血の契約なんて……どうせレミレミが断るだろう」
「それはないわ」
「なんで?」
「知りたければ直接本人に訊きなさい」

 わかったよ。それについてはレミレミに確認する。
 とりあえず、今は外気の取り込みで何とかしよう。
 オレは急いで門まで向かってリン師匠にお願いをした。

「そうです。もう少しゆっくり溜めて」
「は、はい」
「焦らずに、お腹の底から呼吸を整えて」

 外気の取り込みはやっぱり難しかった。
 マストのスペルカードを作るだけで精一杯だったよ。

「リン師匠、ありがとう。オレひとりでは絶対にできなかった」
「いえいえ、お役に立てて光栄です」
「それにしても血の契約なんて……パノは何を考えてあんな事を言ったのかな?」
「きっとレミリアお嬢様を任せられると思ったのでは?」
「レミレミの世話なんて、咲さんでないと務まらないよ」
「そうでしょうか?」
「そうだって。じゃあオレは戻るから」
「はい、お気をつけて」

 リン師匠に見送ってもらい、移動方陣を発動する。
 小屋に戻るようにしたはずなのに。

「ぐあぁ!!」
「い、いたっ!!」

 ワープミス再び。
 逆立ちのような体勢でオレは落下した。
 そこにいた天ちゃんとぶつかってしまう。

「天ちゃん、大丈夫か?」
「痛いわね。なにするのよ!!」
「おぉー、服がボロボロだね。レミレミに負けたか?」
「なんですって!! 私が負ける訳ないじゃない!!」
「本当なの、スイスイ?」
「まあね。日光が出て吸血鬼が降参したからな」

 ま、どっちでもいいや。
 お互いが潰し合ってくれたらオレは楽になるし。
 そういえばレミレミは――。

「おそぉーい!! 私を放って勝手に行くんじゃないわよ!!」
「いててててっ!! おでこに爪はやめろ!!」

 すでにオレの後ろに回っていたか。
 ったく、気配を消して近づくなっつーの!!

「で、鬼心。スペルカードの補充はどうだった?」
「スイスイ、それなんだけどさ」

 パノが提案してきた『血の契約』について話す。
 もうほとんど愚痴みたいな感じだったけどね。
 すると……。

「ほうほう、良いじゃん。これでもっと強くなって私を楽しませてほしいね」
「ちょっとスイスイ」
「ふんっ、血生臭い契約で天人の私を倒すつもり? やれるものならやってみなさいよ」
「やらないって」

 しまった。余計なことを言ってしまったな。
 スイスイと天ちゃんは完全に賛成派だ。
 どっちも暇つぶしという自己中心的な理由だけど。

「へぇ〜、あんたと血の契約ね……それいいわ」
「よくねえよ。つーかオレはやらん」
「条件は『あんたの血を頂くこと』で決まりよ」
「おい、勝手に話を進めるな」

 とりあえず血の契約については一時的に保留だ。
 今は天ちゃんとの組み手をするのが先だからな。
 寒空の下で天ちゃんが放つ岩の弾幕を避けまくる。

「あんなの食らったら死ぬって!!」

 避けるのが精一杯で反撃なんて無理。
 うわー、天ちゃんはとっても楽しそうだね。
 一方的に苛めるのを楽しむとゆかさんみたいになっちまうぞ。

「地符『不譲土壌の剣』」
「ぎゃお!?」

 気質を地中へ打ち込み、地形を大きく隆起させて左右を攻撃してくる。
 隆起の進行が遅かったおかげで何とか逃げられた。

「おい鬼心!! 攻撃はどうした攻撃は!?」
「あんたね!! それぐらい軽く避けなさいよ!!」
「お前ら揃って無茶言うなぁ〜!!」

 ちくしょう、オレは弾幕が作れないからな。
 単発だったら霊妖弾が使えるけど勝負にならんし。

「要石『天地開闢プレス』」
「げぇっ!!」

 上空へ大きく高度を取り、巨大化させた要石を抱えて一気に落下。
 オレは指二本をおでこに当てて瞬間移動で回避する。

「ふーん、これも避けるなんて中々やるじゃない」
「天ちゃん!! それはやり過ぎ!!」

 あの天人を相手にまともに戦っても勝ち目はない。
 こういう時こそ落ちついてよく考えるんだ。

「ぐっ!!」

 弾幕の岩がかすって傷が増えるばかり。
 それでもオレの脳みそは冷却したかのように冷静だ。
 今の天ちゃんを打ち破るには……よし!!

「天ちゃん!! オレの新技を見せてやる!!」
「ほぉー、それなら見せてもらおうじゃない」

 よし、天ちゃんが興味を示した。
 観客であるスイスイとレミレミも注目している。
 オレは右手で黒色のペットボトルを作り出して投げた。

「なにそれ? そんなの一振りで片付くわ」

 ああ、そうだろうね。
 天ちゃんなら剣の一振りですぐに潰せるさ。
 けどな、その小技は次の一手に対する布石に過ぎない。

 ……フラちゃん、オレに力を貸してくれ!!

 右手を大きく広げて上斜めに構える。
 そして……。

「きゅっとしてドカーン!!」

 ぐぐっと強く握りつぶした瞬間。
 黒いペットボトルが破壊され、天ちゃんの目の前で爆音を鳴らす。

「きゃっ!!」
 
 意表を突かれた天ちゃんが大いに怯んだ。
 よし、今だ!!

「拳符『マスターストレート!!』」

 天ちゃんに向けて太めのパンチレーザーを放つ。
 オレの音響弾でビビった天ちゃんに避ける術はない。
 なのに天ちゃんが反射的に剣を振りおろした。

「ぐぐぐっ!!」

 なにぃ!? あの剣でマストを斬るつもりか!?
 押し合いが続いて、パンチレーザーにヒビが入る。
 そのまま真っ二つに斬り裂かれてしまった。

「はぁはぁはぁ……こ、この程度で……わ、私は負け――えっ!?」

 天ちゃん、悪いけどそれも囮だから。
 瞬間移動を使って、天ちゃんよりもさらに高い位置に浮いている。
 そこから閃光弾を落として天ちゃんの目をくらました。

「きゃあ〜!!」

 視界を奪われた天ちゃんは隙だらけである。
 攻撃をする最後のチャンスだ。

「いくぜ!! 力投『剛力旋風投げ!!』」
「いやぁーーーーーーーーーーーー!!」
「おぉ〜、私の『天手力男投げ』にそっくりだね」
「ふんっ、有頂天の暇人を振り回して投げただけでしょう」

 レミレミの言う通りだけど、これを実際にやるのは大変だよ。
 毎日鍛えているからこそ出来る投げ技だから。
 地面に叩きつけられた天ちゃんが剣を手放している。
 今のうちに剣を奪って保管用スキマに隠した。

「マリマリの泥棒精神は何かと役に立つな」

 これで敵の戦力は大幅にダウンしたはずだ。
 少なくとも剣を媒体にした攻撃はもう使えない。

「ひ、卑怯よ!! 緋想の剣をすぐに返しなさい!!」
「降参してくれたら返すよ。それと卑怯ではなく頭脳プレイな」

 指で自分の頭をとんとんと叩いて知恵をアピールする。
 オレみたいな弱い人間は頭を使わないと生き残れないから。

「い、いい気になるんじゃないわよ!!」

 上空に飛んで天ちゃんが巨大な要石を作り出す。
 だからそれは洒落にならないって!!

「貴方なんて要石でペチャンコになればいいわ!!」
「お、オレが悪かった!! 武器を返して降参するから!!」
「ふ、ふんっ、最初からそう言えばいいのよ」

 大人しく緋想の剣を天ちゃんに返す。
 これで天ちゃんとの戦いは終わった。

「よく師匠である私の技を使いこなしたね。でかしたよ」
「あれなら人間のオレでも何とか使えるから」
「ねえあんた。さっきのあれ、フランの能力を真似したの?」
「『音響弾』のこと? 超能力の遠隔操作でそれらしいものを作った」

 フラちゃんの破壊する能力がとても参考になった。
 本当は真っ先にフラちゃんに見せてやりたかったけどね。
 きっと驚いてくれると思うし。

「ちょっと、早くご飯作りなさいよ。動いたからお腹が空いちゃったわ」

 天ちゃんが子どもみたいにご飯の催促をしてくる。
 さっき戦ったばかりでオレはくたびれているのに。

「んぐんぐんぐっ……ぷはー。こういう寒い日には鍋がいいね」

 スイスイよ、酒を飲みながら夕飯のリクエストかい。
 まあ、鍋料理で身体を温めるという点なら賛成だけど。
 ひとまず、メシを作るか。はぁ〜、やれやれ。

 ………………。
 …………。
 ……。

 霊妖力もスペルカードもほとんど残っていない。
 鍋料理を食べて体力は回復しているけどね。
 さて、困ったな。
 リン師匠にもう一度手伝ってもらうか?

「ダメだ。移動方陣のカードがもうない」

 ついに万策は尽きたか。
 そもそもオレのマジックポイントが低すぎるんだよ。
 鬼化を抑制するために激減しちゃってるからさ。
 これでは予備のスペルカードを作るのも困難だ。

「スイスイ、どうしてもレミレミと勝負しないとダメ?」
「うん、ダメだよ」
「こうなったら素手で戦うしかないか」
「随分となめた事を言うのね。私を素手で倒すつもり?」
「無理。勝負にならん」

 レミレミが本領発揮できる夜の時間帯なら尚更だ。
 紅く染まった月が吸血鬼を歓迎している。
 絶好調のレミレミに対してこちらの戦力はガタ落ちだ。

「鬼心、素直に『血の契約』をしたらどうだい?」
「うむむ……なあ、レミレミ。オレと血の契約をすることに何の疑問もないのか?」
「なにがよ?」
「お前なら『あんたと契約なんて嫌よ』なんて言いそうだけど?」
「貴様、今ここで死ぬか?」
「怒るなって。じゃあ、お前は文句がないって事でいいんだな?」
「どうって事ないわ。これで堂々とあんたの血が飲めるからね」
「ああ、それが目当てか。納得した」

 オレの存在はどうでもいいけど、オレの血は求めてるってことだな。
 それならレミレミが反対しないのも頷ける。
 まあ、オレとしても霊妖力が上がるという利点は大きい。
 けどな、大切なことが抜けてるぞ。

「レミレミに血を吸われてオレが死んだらどうするつもりだ?」

 そう、死んでしまっては契約の意味がない。
 するとレミレミが不敵な笑みを浮かべてこう言った。

「契約をしていればそんなの解決するわよ」
「……マジか?」
「あらっ、この私を疑うつもり?」
「いや信じる」

 もし嘘だったらオレが死んでしまってレミレミが損をするからな。
 もうこれでオレが断る理由はなくなった。
 敵であるレミレミから力をもらうことに抵抗はあるけどな。
 それでもオレは今よりも強くなりたい。

「生憎とオレは普通の人間だ。お前みたいな牙はないよ」
「ふん……」

 レミレミが右手の親指と人差し指を開く。
 人差し指の先端から横向きの切り傷ができた。

 ……今、親指の爪で切ったのか?

 レミレミが左手の甲を腰に当てて片目をつぶる。
 それからオレの前に切った指を差し出してきた。

「ほら、早く飲みなさい。あんたはそっちの腕を出して」
「了解」

 レミレミがオレの腕に噛み付いて血を吸い始める。
 オレは血を飲むことに抵抗があったので舐めてみた。
 錆びた鉄のような味がする。
 
「っ!!」

 レミレミが顔を真っ赤にして睨んできた。
 こんなの飲めるわけ――。

「んぐっ!?」

 オレの口にレミレミの指が突っ込んできた。
 涙目になりながらレミレミの血を飲み込む。

「ふぅー、あまり世話を焼かせないでよね」
「ひ、ひでぇ」
「うるさい。これで『血の契約』は成立よ。どう気分は?」
「鉄の味がして不味い」
「味の感想なんて聞いてないわ。今の貴方は力が増したはずよ」
「そう言われてみると……」

 脳みそが活発化しているというか、異常に集中力が高まっている。
 試しに大技のスペルカードを作ってみた。
 拳符『マスターストレート』に霊妖力を込めると。

「おぉ〜!!」

 す、すげぇ〜!! 十秒もしないうちに完成したぞ!!
 それなのにまだ余力が残っている。
 ついでに予備も作ってしまおう。

「あとはこれだ」

 砕符『専光進撃破』も二枚ほど作った。
 ちょっと疲れたけどまだまだいけるね。

「んっ?」

 この時、口の中に違和感を覚えた。
 水を汲んである桶に自分の顔を映し出す。
 それから口を開けてみると……。

「な、なんじゃこりゃ!?」

 前歯が牙になってる!?
 オレ、吸血鬼になったのか!?
 驚くオレに向かってレミレミがこう言った。

「それは血の契約をしたという印に過ぎないわ。貴方の身体は人間よ」
「スイスイの時は長い髪で、レミレミの時は口の牙か」
「その牙、あとで役に立つわよ」
「まあ、食べ物を噛み千切るには便利かもな」

 あとは中々開かない袋を牙で食い破るとかな。
 まあ、特に邪魔にならないから別にいいけど。

「へえー、落ち着いているわね。もっと驚くかと思ったのに」
「牙ぐらいはどうって事ない。むしろ便利に使うだけさ」
「にゃはは、鬼心らしいね。今のお前からはかなりの力を感じるよ」
「そんなに期待されてもな」

 異常な集中力と前歯の牙。
 この二点を除いて特に変わったところはない。
 とりあえず、これでレミレミとの対決ができるぞ。
 さて、どうなることか?



戻る?