とある晴れの日。 紅魔館を出て旅を始めているオレとレミレミ。 レミレミの強制的な言い付けで歩いていく。 「なんでわざわざ歩きなの? 空を飛べばいいじゃん」 「ふっ、そう簡単に辿り着いたらつまらないわ」 「お、お前なぁ〜!!」 こいつ、自分の退屈を紛らわせるためにわざと遅らせてやがる。 紅魔館の引きこもり当主はよっぽどヒマでいらっしゃるようで。 あまりにムカつくので殴ってやろうとした矢先。 「はーーーいっ!! こんにちはーー!!」 疾風のごときスピードで降ってきた少女。 手帳とペンを持ち、黒い羽根を生やしている。 そして履いている靴は……なんと一本歯の高い下駄!? 「おおぉ〜!! 和風の厚底くんがこんなところにぃ!!」 「き、急にどうしたんですか?」 「いいないいな。その下駄、どこで売ってるの?」 「あ、これは非売品ですよ。天狗の職人に作ってもらったもので」 「じゃあ作った人は?」 「放浪癖がありまして行方不明です」 「じゃあ、その下駄を譲ってください」 「ダメですよ。この天狗下駄は私のお気に入りですから」 蹴りの攻撃力が高まる下駄がとても羨ましい。 まさかオレの厚底くんと互角に渡り合うほどの高さとは。 ここは厚底同盟を結んで深く親交を――。 「貴様、私を放って天狗の下駄に夢中か」 オレの首筋に爪の寸止めはやめろ。 これ以上は命の危険を伴うのでまずいな。 仕方がない。無難に話題を変えていこう。 「自己紹介をします。オレは鬼心、武者修行の旅をしている普通の人間です」 「私は『文々。新聞』を発行している烏天狗の射命丸文と申します」 「わかりました。よろしくフミフミ」 「なにやら踏み荒らすようなあだ名ですね」 「まあまあ、それでご用件は?」 「貴方の取材に来ました」 本当はもっと早くに取材したかったらしい。 でも、鬼のスイスイがいたせいで近付けなかったとか。 「なんで? 別にいてもいいじゃん」 「そうもいかないのです。私達天狗にとって鬼は驚異的な存在ですから」 「オレが一人でいた時に取材すれば良かったのでは?」 スイスイは酒を求めて勝手に消えるような鬼っ子だ。 単独行動が目立つので取材するチャンスはいくらでもあったはず。 するとフミフミは苦笑しながらこう答えた。 「妖怪の山を荒らす輩を追い払うのに大変だったのです」 「へえー、そんな悪いやつがいたのか?」 「ええ。退屈だからと妖怪の山にちょっかいをかける天人でして」 「天人ね」 酒飲みのスイスイから聞いたことはある。 天人というのは寿命通りに死なない人間のこと。 死神のお迎えを振り払って倒せば天人になれるとか。 ……そういえば、こまっちが死神だったな。 もし、戦ったらあのカマの一撃ですぐに殺されそうだ。 「あー以前のことですが、花の大妖怪が妖怪の山に弾幕をぶつけてきまして」 「え?」 「おかげで森の一部が破壊され、他の天狗達は怪我をしました。いや〜、あの時は復帰するのに時間が掛かって大変でした」 もしかして、ゆかさんと戦った時のことを言ってるのかな? あれは思い出すだけでも恐ろしい。 天狗の皆さん、巻き添えにしてしまってごめんなさい。 「ふんっ、私を差し置いてこいつの取材か」 「大丈夫ですよ。貴方の取材もしっかりやらせて頂きます」 「とりあえず、答えられる範囲であればオレは応じるけど?」 「では、貴方のプロフィールを教えてください」 「名前は鬼心。昔の記憶がないので本名・出生・年齢は不明。 外の世界では妖怪退治屋の陰陽連に所属していた。 今の幻想郷では、強くなるために武者修行の旅をしている」 自分の立場をできるだけ簡潔に答えてみた。 どうせフミフミから深く質問してくるだろうし。 案の定、記者のフミフミが問いかけてくる。 「なぜ外の世界で妖怪退治屋を?」 「オレは記憶喪失で路頭に迷っていた。そこを退治屋の上司が拾ってくれたのだ」 「最終的に裏切ったという情報がありますがこれは事実ですか?」 「はい、事実です」 「なぜ裏切ったのでしょうか?」 「オレが所属していた陰陽連は妖怪の善悪に関係なく全滅させようとした。その考え方が気に食わなくて裏切った。今も後悔はしていない」 まぁ、姐さんに出会って全滅が無理だと悟ったのもあるけどな。 そういえば、姐さんにはかぐちゃんの着替えの件でお世話になったな。 食事を作るという約束をしたし、いずれは八雲家に行かないと。 「なるほどなるほど、では質問を変えます」 「どうぞ」 「鬼に稽古をつけてもらっているという目撃情報があります。これは事実ですか?」 「はい、間違いありません」 「そうなった経緯を教えて下さい」 「宴会でスイスイに戦いを挑まれて、真っ向勝負をしたのがきっかけです」 「スイスイというのは伊吹萃香さんのあだ名ですか?」 「はい。オレはあだ名をつける程度の能力を持っているので」 「なんとも変わった能力ですね」 オレも何でかは知らないけどあだ名にはこだわってしまう。 まあ、そういう能力だからと割り切るしかない。 「それでは吸血鬼と一緒にいる理由を教えて下さい」 えぇ〜、こいつと一緒にいる理由か? オレがついてこいと言ってしまったのは事の発端だよな? あれは説得するのに面倒くさくなったからなんだけど。 「成り行きです」 「なによそれ。この高貴な私に恥をかかせるつもり?」 「なにが高貴だ!! オレはお前の従者じゃないって言ってるだろ!!」 「貴方の姿はどう見ても執事に見えてしまいますが?」 「他に服がなかっただけです。くれぐれも間違えないように」 とにかく一緒にいる理由なんてない。 むしろこいつは邪魔なんだよ邪魔。 一刻も早くおさらばしてやりたい我侭っ子だ。 「武者修行の旅に出ているのは強くなるためと仰いましたが、どうして強くなろうと?」 「旅を通じて色々なやつらと対等に戦いたいんだ」 宴会みたいにお互いが笑顔で楽しめるようなそんな勝負がしたい。 まぁ、それがオレの夢というか野望だな。中々実現しないけど。 つーさか、幻想郷の連中は強すぎるから勝負にならないんだ。 「ねえ、こいつの力を調べたりしないの?」 「レミレミ、突然なにを言い出す」 「察しが悪いわね。そこの天狗と戦えって言ってるのよ」 「オレに命令すんな。フミフミ、気にしないでくれ」 「いいえ、貴方を記事にするには実力を知らないといけません」 「はい?」 「やるなら上でやってちょうだい」 「うわぁーーーーー!!」 レミレミに片手で投げ飛ばされ、空中でフミフミと弾幕ごっこ!? 葉の団扇で衝撃波や竜巻を作り出して攻撃してくる。 あまりに動きが早すぎるので、オレは亀のごとく防御するのみ。 ……二分ぐらいでコテンパンにしてやられました。 「いたたたっ……せめて三分は耐えたかった」 「噂に違わず頑丈ですね。まだ立てるなんて驚きです」 「スイスイに鍛えられているので。あ、落とされたから降参ね」 「一方的すぎてつまらないわ」 「そうですね。私としても貴方の力を見せてほしかったのですが」 「悪いけど、レミレミの前で手の内は見せないんだよ」 早すぎて攻撃する余裕がなかったのが本音だけどね。 まったくレミレミが余計なことを言うから酷い目にあった。 「それではレミリア・スカーレットさんに質問です。どうして彼と一緒に外出を?」 「ふっ、この幻想郷に私の威厳を知らしめるためよ」 「単に退屈しのぎのくせに――いてててててっ!!」 こらレミレミ、後ろからガリガリとオレのおでこを引っかくな。 日傘を差しているくせに何て器用なやつ。 あとでチョコをあげるから機嫌を直せと説得しておいた。 「それでは最後に写真を――」 「げえっ!! か、カメラ!?」 条件反射でオレはレミレミの後ろに隠れる。 あー!! くわばらくわばら!! 全身を震わせるオレにフミフミが少し戸惑う。 「ど、どうされたのです? そんなに怖がらなくても……」 「ごめんフミフミ。オレは『カメラ恐怖症』なんだ」 あの独特なカメラレンズとかフラッシュとか。 ほらっ、魂が抜けたり寿命が縮むとか言うじゃん。 あれってさ、カメラを向けられる異様なプレッシャーのことを指すと思うんだ。 「あんたね、情けないことするんじゃないわよ」 「うるせぇ。お前だって日光とか雨とか弱点が多いくせに」 「そんなに怯えられるとますます撮りたくなりますね」 「やめてくれ。本当にカメラはダメなんだってば」 フミフミの撮影する意思を何とかそらさないといけない。 オレは恥を忍んで自分の苦手なものを伝えた。 お酒が飲めない下戸であること。飲んだら瞬く間に意識不明となるから。 ブラックコーヒーが飲めないこと。砂糖とクリームが絶対に必要だ。 レミレミに指先から吸血されて異常にくすぐったかったこと。 これを話した時、レミレミが恥をかかせるなと怒ってきたのは余談である。 「なるほどなるほど、人間も色々と大変なんですね」 「誰だって苦手なものの一つや二つぐらいあるでしょう」 「ですが困りましたね。記事にする以上、どうしても貴方の写真が欲しいのですが」 「絵のほうで勘弁して下さい。あれなら大丈夫なんで」 話し合いの結果。 オレが妖怪の山まで足を運び、似顔絵を提出するという流れになった。 似顔絵については人里に『稗田阿求』というイラストを描ける者がいる。 そこで描いてもらえばいいそうだ。 「なるほど、みーさんの奉公している屋敷か」 あれはオレが治療費代わりに永遠亭の手伝いをした時のこと。 稗田という屋敷にも集金に行ったことがあるんだ。 南さん(みーさん)という女性がオレに応対してくれた。 美味しい飴玉をくれる親切な人だったから今でもよく覚えている。 ま、とにかくこれで交渉は成立となった訳だ。 「これで取材は終了です。それでは失礼いたしまーす!!」 って、なんで天狗はあんなに早いのかな? もう見えなくなってしまった。 幻想郷のスピードナンバーワンって感じだね。 「レミレミ、オレは今から人里に行って稗田阿求という人物に会ってくる」 「私は吸血鬼だから人の里には入らないわよ」 「わかってるよ。ああ、荷物はここに置いとくな。オレが逃げないという意味で」 「あんた、この私に荷物の見張りをさせるつもり?」 「嫌なら帰っていいぞ。とりあえず行ってくるわ」 レミレミの機嫌が悪くなる前にその場から離れた。 あとで土産でも買ってご機嫌とりをするか。 あ、お金がないから無理だな。 「んー?」 人里まで飛んで地上を見ていると黒い点を見かけた。 危険を察知する能力からルミルミだと判明する。 こうしてみると、本当に黒い大きな丸が動いているって感じだな。 「あれっ、もしかして……」 ルミルミから五メートルほど先に人間の女性がいる。 植物を採取する余りにルミルミに気付いていない。 なるほど、人喰い妖怪のルミルミはあの女性を狙っているのか。 「ちっ、やっちまった」 ルミルミ対策の肉が入った荷物はレミレミの所に置いている。 ここから助けようにも距離があるから間に合わない。 こうなれば『まんが必殺技シリーズ』の本から得たあの技を使おう。 「……」 おでこに二本指を当てて移動したい場所を目視。 いくぞ!! 龍球の『瞬間移動』!! ……よし、成功。 ルミルミの後ろ上がりまでワープできた。 この技、オレの見える範囲なら使えるから便利だ。 まぁ、見えない範囲や遠方だったりすると使えないけどね。 「『閃光弾』」 スペルカード無しの自力で白いペットボトルを生成。 ルミルミの目の前に落として数秒後に閃光が溢れる。 「うわぁあ〜〜!!」 闇の妖怪であるルミルミの目を眩ますには充分だ。 これにより、ようやく女性が気付いてくれた。 「人喰い妖怪がいるから逃げるぞ」 「えっ!?」 「動符『移動方陣!!』」 ごめんね、ルミルミ。 今度、美味しい肉料理を多めにサービスするから許せ。 「あちゃあ〜、人里の入り口にワープしたかったのに」 瞬間移動と違ってこっちのワープ位置は相変わらず不安定だ。 勝手にどこかの屋敷の中に入ってしまっている。 「あ、ここは……?」 「あら。南さん。薬草、採ってきてくださいました?」 「阿求様。ええ。薬草は採ってきたんですが……」 この花飾りと着物をしている少女が阿求。 という事はここが稗田のお屋敷か。ある意味で運が良かったな。 みーさんの戸惑いからすると、オレのことは覚えてなさそうだ。 「どうしたんですか。そちらのお子さんは……はっ、まさか隠し子!?」 「違います」 みーさん、キッパリ否定ありがとう。 そこの当主よ、オレを子ども扱いするのはやめたまえ。 「みーさん、覚えてないかな? 以前、永遠亭の代理で集金に来たこと」 「あ、あの時の……服が違うだけで印象が変わってしまいますね」 「ところで二人とも、土足で屋敷に入るのは遠慮してほしいのだけど?」 「あ、ごめんなさい」 「し、失礼しました!!」 オレとみーさんはお詫びをしてから靴を脱ぐ。 みーさんが厚底くんを預かってくれてその場から離れる。 ひとまず、こちらの当主に自己紹介をしないとな。 「初めまして、オレは鬼心と言います」 「これはご丁寧に。私がこの屋敷の当主をしている稗田阿求です」 「ではよろしく、あっきゅん」 「あ、あっきゅん?」 「阿求だからあっきゅん。貴方のあだ名ですよ」 オレはキッパリと言い切った。 あだ名をつける能力者としてえっへんと胸を張る。 たとえお偉いさんの当主であろうともあだ名はつけます。 「あっきゅん……あはっ、ちょっと嬉しいかも」 「気に入ってもらえて何より」 あっきゅんの堅苦しさは最初だけだった。 意外と馬が合ってすぐに打ち解けていく。 なんとなく歳が近いかもしれない。 でもオレのほうが背が低いのでかなり悲しいです。 「ねえ、私からもあだ名をつけていい?」 「どんなあだ名?」 ちょっと意外だった。 まさかあだ名返しをする相手が出てくるとはな。 「きーちゃんって呼んでもいい?」 「あのさ、オレは男なんだけど……」 「えっ!? うそぉお!?」 あー、やっぱりそういう反応ですか。 ケネケネさんも素で間違えたしな。 そういえば、永遠亭で手伝った時も人里の方々から『お嬢ちゃん』と呼ばれた。 ちょっと傷ついた。顔で笑って心で泣いておこう。 「コホン。じゃーあ、きーくんでいい?」 「ああ、そうしてくれると助かる」 ちゃん付けされるのは冥界にいるゆゆさんだけでいい。 まぁ、今後も他の方々にちゃん付けされる可能性大だけどさ。 「あ、そうだ。あっきゅんに頼みがあるんだ」 「なになに?」 「あっきゅん、すまないけどオレのイラストを描いてくれ。あ、もちろん理由はある」 烏天狗のパパラッチことフミフミのことを話す。 あっきゅんもフミフミのことはよく知っているらしい。 快く承諾してくれたのだが……。 「きーくん、はいこれ」 「……あっきゅん、これはなんでしょうか?」 「私とお揃いの着物だよ。あ、花飾りもあるからね」 黄色い着物の上に緑のベストみたいな着物。 さらに黄色の袖側に花柄模様がついている。 なお、下半身の袴は紅色だ。 ……少なくとも男が着るようなものではないぞ。 「あっきゅんよ、オレが男であることを忘れてないかい?」 「えぇ〜、可愛いからいいじゃない。絶対に似合うよ」 「どうしても着ないとダメ?」 「ダ〜メ。着てくれないなら描いてあげないよ」 「そ、そんな……」 新聞の記事に使われるイラストで女装はさすがにまずいって。 あのフミフミのことだから絶対にからかいのネタにされる。 くっ、こうなったら仕方がない。 「記事用のイラストは今の格好で描いてくれ。そしたら、あっきゅんの望み通りの衣装を着てあげるから」 「ほんと!? やったー!!」 「あはは……」 執事服のオレをすぐに描き終えてしまうあっきゅん。 この子はそんなにオレの女装が見たいのか? はぁ〜、もう観念するしかないや。 「あっきゅん、着付けがよくわかんない」 「よしよし、お姉ちゃんが着せてあげまちゅよ」 「その言い方はやめい」 あっきゅんに着せてもらって花飾りもつけてもらう。 その際、リボンを外されてしまいストレートロングとなった。 「きゃーーーー♪ かわいいぃーーー♪」 「おいおい」 「すごいよきーくん!! まるでお姫様みたいだよぉ!!」 「永遠亭のかぐちゃんじゃないんだから」 「よぉーし!! これは絶対にイラストに残さないとね!!」 「ちょちょちょっと!!」 「あ、心配しなくても大丈夫だよ。私って『一度見た物を忘れない程度の能力』があるから」 「そういう問題じゃなーーーーい!!」 あっきゅんの格好をしたオレのイラストが描かれてしまう。 それはあっきゅんだけの観賞用イラストだ。 絶対に他の連中には見せるなという約束を交わしておく。 「はぁ〜」 あっきゅんは暴走すると大変な子だとよくわかりました。 オレは妖怪の山に行って記事用のイラストを提出する。 それからレミレミの所へ戻ったら……。 「おそぉーい!!」 「いたたたたたっ!!」 さんざん文句を言われて爪で引っかかれました。 あーあ、肌に傷跡がついてしまったじゃないか。 ……もう疲れました。勘弁してくれ。 |
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