レミレミを連れて旅をするにはひとつの問題がある。
 日光と雨により外を出歩けないという吸血鬼の弱点のことだ。
 それを解決しようとパノの図書館で調べている。

「うむむ……」

 日光や雨を遮断できる防御魔法はないものか?
 こあこあの協力でそれらしい書物に目を通す。
 その結果、問題を解決するための防御魔法の種類を二つ見つけた。
 一つは、対象者の全身を覆ってしまうフィールドタイプ。
 もう一つが、対象者の全方向を囲ませるバリアタイプである。

「貴方、何を調べているの?」
「日光と雨を防ぐ防御魔法」
「レミィのため?」
「自分のため」
「素直じゃないわね」
「借りを返すためでもある」

 運命の首飾りで危険を察知する能力が高まった恩義。
 崩れた洞窟で庇ってもらったという恩義。
 この二つの恩義を返すためにも防御魔法を作ってみせる。

「シールドタイプなら簡単に作れるんだけどな」

 平面の障壁を発生させて一方向のみに防御を展開する防御魔法。
 弾幕ごっこをする者達にとっては常識ともいえる。
 まぁ、オレでも作れるぐらいに簡単な魔法だ。

「貴方のシールドは何で畳なの?」
「オレの直感が畳返しを強く意識しちゃってさ」

 右手を突き出して畳のようなシールドを展開している。
 まぁ、手裏剣ぐらいなら受け止めてくれそうだ。
 当然、レミレミの外出問題の解決にはなっていない。

「鬼心さん、少し休憩にしませんか?」
「おぉ〜、こあこあの紅茶だ。いつもありがとう」
「どういたしまして」

 紅茶を飲んでゆっくりと休憩をとる。
 しばらくすると館の内部から轟音が聞こえた。

「す、すごい音ですね」
「どうせレミレミとフラちゃんが弾幕ごっこしてるんだろ」

 姉妹ともに退屈してるもんな。
 お遊びということで気の済むまでやればいい。
 まぁ、館の修理作業で咲さんと妖精メイドが苦労するけど。

「うるさいわね……これで静かになったわ」
「消音結界か。パノの魔法は桁違いだな」

 いとも簡単に図書館ごと結界を張りやがった。
 オレなんてテーブルを囲むぐらいしかできないのに。

 ……待てよ。消音結界を同じ原理でやればいいのでは?

 妖怪退治屋の時に消音結界をやったことがある。
 それに改良を加えたら何とかなりそうだ。

「うーんと……こうして、こうやって」

 やり始めてみると色々と問題が生じた。
 足元まで展開できなかったり。
 ルミルミみたいな真っ黒な球状になって見えなかったり。
 小さな爆発が起こって咳き込んでしまったり。
 とにかく失敗だらけで頭を悩ませることになった。

「貴方は魔法に関して、とても不器用な人間ね」
「ふんっ、オレは土樹と違って肉弾派だ」
「僕のこと、呼んだ?」
「呼んでない。いきなり出てくるな」
「ノックをして小悪魔さんに歓迎されたんだけど」

 うーん、この際だから土樹に訊いてみるか。
 彼は引きこもり能力をもっているからな。
 今回の件を相談するにはうってつけの相手……と思う多分。

「土樹、防御魔法について教えてくれ」
「えっ? 僕が教えるの?」
「パノは自分の読書で忙しいから教えてくれないし」

 まぁ、質問には答えてくれるんだけどね。
 先生みたいなことはしてくれないという意味で。

「多くは望まない。日光と雨を遮断できればいい。最悪、雨だけでもいい」
「雨って……傘じゃダメなの?」
「それではダメだ」

 晴れの時は日傘を使えば防げるけど、雨の場合だとそうはいかない。
 風によって降り方が変わるから傘では防ぎ切れないんだ。
 レインコートでも顔とか足元とかは守れないし。

「オレの希望としては全身を包むフィールドまたは周りを囲むバリアだ」
「へぇー、鬼心君ってそんなに勉強熱心だったっけ?」
「土樹、殴るよ」
「ごめん!! お願いだから殴らないで!!」
「ったく、土樹に相談したのは間違いだったかな?」
「そう言わないで。でも鬼心君はこういう勉強が苦手じゃなかった?」
「役に立つ勉強だったら嫌いじゃない」

 逆にいえば役に立たない勉強が嫌いなんだ。
 今やろうとしているのは必要な勉強である。
 だからこそ真面目に調べているんだよ。

「土樹、防御魔法を使った時って視界が悪くなったりする?」
「いや結界は霊視しなければ普通、見えないものだよ」
「そっか。わざわざ透明とかを意識しなくても大丈夫そうだな」
「霊視しても視えないようにするという意味だったら、よほどの力量がないと無理だよ」

 オレは土樹に教わりながら不明点を質問していく。
 物理干渉をする防御魔法ってのは非常に奥深いものだ。
 それなりに術の手続きがあって割と面倒でもある。

「わかった。あとは自分でやってみるよ。邪魔したな」
「いや、また何かわからない所があったら訊いていいから」
「ああ、そうさせてもらう」

 理論の方は大丈夫。あとは実践あるのみ。
 普段の腹式呼吸で全身の細胞が活性化している。
 体内の霊妖力と外からもらえる気の力で術が使える。

「よし、作るぞ」

 スペルカードに霊妖力を込めて防御魔法の手続きを記していく。
 慎重の詠唱の流れを組み込んでイメージに集中した。

「まあ、こんな感じかな?」

 椅子から立ち上がりスペルカードを構える。
 どうか上手くいきますように。

「遮符『天球壁』」

 シャボン玉のような膜が張られてオレの周辺を囲む。
 身体を浮かせて足元にも範囲が届いていることを確認。
 あとは本当に日光や雨が遮断できるかを実験すればいい。

「ちょっと外に出てくる」
「あ、僕も手伝うよ。雨は作れないけど水の弾が出せるから」
「すまん、頼む」
「いいさ、レミリアのためなんだろ。喜んで協力するよ」
「はぁっ? 誰がそんなことを言ったんだ?」
「咲夜さんや小悪魔さんから聞いたんだけど?」

 こあこあに向けてギロッと睨みつけてやる。
 おいおい、両手合わせてごめんポーズの合図かい。
 謝るぐらいなら最初から言うな。あれでは怒るに怒れないぞ。

「まさか鬼心君とレミリアがそういう関係に――ひぃい!?」
「敵同士ですが何か?」
「な、なんでもないです。だからナイフは投げないで」

 土樹の頭に刺さったナイフを返してもらう。
 ピューピューと血が吹き出ているけど大丈夫だ。
 ほらっ、彼は蓬莱人だからすぐに再生しちゃうし。

「あーあ、服が汚れちゃったよ。洗濯するのが大変なのに」
「あいつには借りがある。それを返すだけだ」
「あはは、鬼心君は義理堅いね」

 オレと土樹は紅魔館の外に出た。
 太陽の光を浴びようとむき出しの庭を歩く。
 オレの張ったバリアの膜が鏡のように日光を反射していた。

「よっしゃ!! 太陽はOKだ!!」

 喜びの余りに拳をギュっと握った。
 でも安心するのはまだ早い。
 肝心の雨をこの天球壁で守れるかどうかだ。

「土樹、水の弾よろしく」
「わかった。それじゃあ……水符『アクアウンディネ』」

 土樹がスペルカードを発動させて水弾を飛ばしてくる。
 バリアの膜がトランポリンみたいな伸縮をみせて水弾を跳ね返した。

「ぐぎゃあ!!」

 水の弾が土樹に当たって倒れたけど気にしない。
 それよりも今、オレは天球壁の仕上げに打ち震えた。
 そして、ガッツポーズをしながら声を上げる。

「やったー!! オレはやったぞ!!」
「なによ、騒々しいわね」
「おーレミレミ、これがオレの防御魔法だ!! 凄いだろ!!」
「そんなしょぼい魔法で喜ぶなんて子どもね」
「おい、レミリア……いい加減にどけよ。踏むなって」
「あらっ、良也。こんな所で寝てたの?」
「そんな訳あるか!!」

 この天球壁が持続できる時間は五分。
 土樹の助言で一分前の警告メッセージを作ることにした。
 点滅にすると日光や雨が入ってしまう。
 透明の膜が白くなるようにパノのアドバイスを求める。
 そして、パノの教えに従って改良を加えていった。

「よーし、これでOKだ。ありがとうパノ」
「ところでひとつ言っておきたいことがあるわ」
「なんだい?」
「それ、術者を守るための防御魔法になっているわよ」
「えっ?」
「しかも結界の効果範囲が狭いから術者の中に入ることも困難ね」

 つまり、自分専用の防御魔法になっているということ。
 これではレミレミの日光や雨を防ぐという目的を達成できない。
 不覚をとった。ここに来てそんな落とし穴にハマるとは。
 あ、でも……。

「咲さん、いる?」
「はい、こちらに」
「レミレミ、呼んできて」
「ちょっと!! 私ならここにいるわよ!!」
「あれっ、お前そこにいたのか?」
「貴様、殺すわよ」
「ああぁ……オレの天球壁が……」
「ふんっ、こんな結界で私を遮ろうなんて甘すぎるわ」

 だからって爪で切り裂くことはないだろ。
 こんにゃろう、見下した笑いしやがって。
 誰のせいでこんなに苦労していると思ってるんだ。

「ま、いいや。レミレミ、ちょっとオレにおぶされ」
「はぁっ!? あ、あんた何を言い出すのよ!?」
「いいから」
「良くないわよ!! この高貴な私があんたみたいな――」
「あーもう!! うるせぇな!!」

 時間がもったないんだよ!!
 オレは強引にレミレミを背負ってやった。

「きゃっ!! ちょ、ちょっと――」
「いくぞ!! 遮符『天球壁!!』」

 このおんぶした状態でスペルカードを使ってみる。
 オレとレミレミを囲んでシャボン玉のような膜が張られた。
 ふっ、思った通りだったな。

「どうよパノ、この発想の良さ」

 これなら一人用の防御魔法でもレミレミを守れる。
 ちょっと知恵を働かせればザッとこんなもんさ。

「貴方って無謀なことをするわね。レミィに殺されるわよ」
「今すぐに殺してやるわ」
「いたたたたたた!! おでこに爪が!! 爪がぁあああああ!!」

 なにをそんなに怒ってるんだ!?
 たかがおんぶぐらいで文句言うなよ!!
 これで日光や雨が遮られるならいいじゃないか!!

「仕方ねぇだろ!! オレでは対象者に魔法を掛けるなんて器用な真似はできないんだ!!」
「それぐらい出来るようになりなさいよ!!」
「無理だって言ってんだろ!! そんなに嫌ならここで当主やってろ!!」

 さすがにこれ以上の改良はできない。
 オレは旅の荷物を持って駆け抜けていく。
 レミレミが怒った様子でついてきた。

「待ちなさい!! 私を置いて勝手に行くんじゃないわよ!!」
「やなこった!! お前みたいな我侭なやつを連れていけるか!!」
「なんですって!! いい気になるんじゃないわよ!!」
「うぉっ!! 弾幕を飛ばすな!! 殺す気かお前は!!」
「殺す!! 今すぐに殺すわ!!」
「フラちゃん!! 助けてぇーーーーー!!」

 何だかんだとドタバタしてしまう紅魔館。
 やっぱり連れていかないとダメみたいだ。
 晴れの日は日傘を使えばいいし、雨の日は必要に応じておんぶ運び。
 これでレミレミの弱点問題も一応の解決となった。
 ああ、いつになったらみょんの約束を果たせるかな?



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