旅支度を済ませて紅い月夜の空を飛ぶ。
 このまま白玉楼に向かうつもりだった。
 ところが……。

「こんな紅い月の夜には賑やかな祭りが相応しいわ」
「お祭り?」

 レミレミが不敵な笑みを見せてオレの腕を掴む。
 偏狭の平地まで無理やり引っ張り込まれた。
 たとえ執事服を着ていてもオレはレミレミの従者じゃない。
 従う気はないのにレミレミが勝手な行動をしやがる。
 
「さあ、楽しい宴の始まりよ」
「な、なんじゃこりゃあ!?」

 化け物たちがウジャウジャとオレ達を囲んでいる。
 知性を感じさせず本能だけで動いているみたいだ。
 どう見ても話し合える状況にあらず。

「レミレミ、これは何の真似かな?」
「ふっ、死にたくなかったら全力で戦うことね」
「オレは逃げ――」

 あー、すぐに逃げられないと悟った。
 上空に鳥みたいな化け物がうろついている。
 うむむ、移動方陣を使うヒマもなさそうだ。

「レミレミ、あとで覚えてろよ」
「生きていたら覚えてあげる」

 超大型リュックを背負って右肩にサンドバッグ風のダッフルバッグ。
 スイスイに鍛えられているので重さについては大丈夫。
 でもここは平地で置き場所がない。このままで戦うしかないか。

「おっと!!」

 イノシシみたいな獣の突撃をかわして足蹴りをする。
 敵が面白いぐらいに吹っ飛んで消えてしまった。

「むっ?」

 変な鳥のクチバシ攻撃を前方回転の踵落としで叩き落とす。
 これも一撃を当てただけで消滅だ。
 式神の類かと疑ったけど今は戦いに集中しよう。

「おりゃあ!!」

 襲い掛かる泥人形を回し蹴りで吹っ飛ばす。
 危険を察知する能力から敵の攻撃パターンがわかった。
 噛み付き、爪、蹴り、体当たり、尻尾の振り回し。
 いずれも共通しているのは『接近戦』であることだ。

「よっと!!」

 熊のようなモンスターの頭を左の空手チョップで倒す。
 ったく、次から次へと襲ってきやがって。

「あー!! キリがないな!!」

 集団を相手に戦うのはかなり不利。
 囲まれているせいで全方向に気を配らないといけないし。

「きゃははははははは!!」
「ギィーーーーーーー!!」

 レミレミの笑い声がよく聞こえるぞ。
 化け物達の悲鳴が変に生々しかった。
 ま、レミレミのほうは気にしなくていい。

「悪いけど、手抜きするよ」

 敵の単体が弱くても大集団で押し寄せている。
 一体ずつをまともに相手にしていたらオレの身が持たない。
 そこで……。

「回れ回れぇ〜!!」

 タコみたいな敵の足を左手で掴みジャイアントスイング。
 周りの敵を一掃して別の所にいる敵達に向けて投げた。
 これだけで十二、三体ぐらいは片付いたぞ。

「これって目が回るから多用はできないな」

 右肩のダッフルバッグを振り回そうかと思ったけど汚れたら嫌だし。
 ……こうなったら仕方がない。
 スイスイとゆかさんから受けた修業の成果を見せてやろう。

「よっ!! とっ!! はっ!!」

 近くにいる化け物達を蹴っとばして左手に霊妖力を集める。
 太極拳の呼吸法のおかげで瞬時に手榴弾が生成できた。

「いくぞ!! 『手榴花火』!!」

 遠方にいる敵の中にすくい投げ。
 バウンドにしたら三回、時間なら5秒程度。
 手榴弾がゴルフボールぐらいの弾となって四方八方に飛ぶ。

「ほれほれ、もっとやるぞ」

 霊妖弾より威力は低いけど複数の敵に有効。
 魔法の消費が少なく早めに作れるのが利点である。
 もっとも、スイスイやゆかさんには全く通じなかったけどね。

「えいっ!!」

 手榴花火を五回ほどやってから平地の石ころを投げてみる。
 化け物達はまた飛んでくると思い込んで逃げ出した。
 労力を最小限に抑え、創意工夫をしながら長期戦に備える。
 そして……。

「ふぅ〜」

 夜から朝に切り替わる時間帯。
 化け物達は一斉に退散していく。
 オレは朝日が昇る前にレミレミのところへ駆け寄った。

「ったく、派手にやりやがって」

 返り血で真っ赤に染まったレミレミが立っている。
 おいおい、誰が洗濯すると思ってるんだ?

「あーあ、祭りが終わっちゃった」
「あのね、これは祭りじゃなくて血祭りだ」
「ねえ、今の私って恐い?」
「泥まみれで遊んだ子どもみたいだ」
「ふーん、あんたも血祭りにしてあげようか?」
「いらねぇよ。しかし変な敵だったな」

 一撃を当てるだけで消えてしまうなんて。
 ま、オレみたいな人間が考えても無駄なことだ。
 どうせ答えは出ないし無事であればそれでいい。

「今の私を見ても平然としてるなんて。あんたは戦慄することを知らないの?」
「せんりつ? そんなのは知らん」

 レミレミよ、オレに難しい言葉を使うな。
 今のお前を見ても洗濯が大変だとしか思えない。
 とりあえずレミレミに向けて日傘を差してやった。

「汚れちゃったわ。そこの代理、お風呂の用意をしなさい」
「生憎だが、オレはメイド長代理でもなければメイド副長でもない」
「なによ、私に逆らうつもり?」
「オレはお前の敵だぞ。従者になった覚えはない」
「貴様、今ここで死ぬか?」
「あー、川でも探してくる」
「言っておくけど流れる水はダメだからね」
「へいへい」

 つまり水浴びはダメってことな。
 まったく本当に面倒くさい吸血鬼だ。
 オレがこんな事する必要なんてどこにもないだろうに。

「えっと……」

 地図のハチマキから検索してみる。
 ふむ、偏狭の岩場に川があるようだ。
 ……あーあ、こんな時に咲さんがいてくれたらな。
 
「レミレミ、身体を拭くだけにしろ」
「情けないわね。風呂の用意も満足に出来ないの?」
「旅の途中でそんな事ができるか」

 支給された超大型リュックから付属のマニュアルに目を通す。
 お湯の作り方やシャンプーのやり方まで細かい指示が書かれていた。
 レミレミに日傘を持たせて小さな岩に座ってもらう。

「今から準備してくる」
「早くしなさい。ベタベタして気持ち悪いわ」

 後先考えずに爪の斬撃をしたからだろうが。
 オレは川の水を汲み、焚き火をしてお風呂セットの準備をする。

「さてとマニュアルを見ながらやるか」

 携帯用の桶が二つある。
 一つ目は洗濯用として水と特殊な洗剤を入れる。
 二つ目は入浴用としてお湯に清潔な布巾を浸す。

「レミレミ、服を脱げ」
「あんたね、誰に向かって命令してるの?」
「お前はオレみたいな人間に脱いで下さいなんて言って欲しいのか?」
「ふっ」
「お前、鼻で笑うクセは直したほうがいいぞ」

 脱いだレミレミの服を洗濯用の桶につける。
 入浴用の布巾を絞ってレミレミに渡した。
 すると……。

「あんたが拭きなさい」

 その態度にムカつくけど抵抗するだけ時間の無駄。
 こういう時はさっさとやってしまうに限る。
 レミレミが返り血を浴びてるのは顔と腕と首と髪の一部。
 それ以外は衣類と帽子がカバーしたおかげで綺麗な肌をしていた。
 
「……」

 返り血を落としてから身体を拭いてやる。
 コウモリの翼は敏感だから特に細心の注意を払う。

「んっ……あっ……ふっ……んあっ……」
「我慢しろよ。すぐに終わるからさ」
「くっ……や、やっぱり……下手ね……あんた」
「うるさい。オレは咲さんみたいな完璧人間じゃねぇよ」
「んんっ……だから……子ども……なんんっ……ふあぁ」

 なんだよ、さっきから変な声だしやがって。
 くすぐったいのなら笑うはずだけどな。
 やっぱり吸血鬼の身体は普通の人間とは違うってことか。

「よし、あとは頭だけだ」

 これはさすがに洗わないとダメだな。
 オレはマニュアルを見ながら作業を続ける。
 折り畳みのシャンプーハットをレミレミの頭に付けた。

「洗うから目を閉じろ」

 新しく入れたお湯でレミレミの髪を濡らす。
 シャンプーをつけて両手でゴシゴシと洗った。

「♪♪♪」

 目を閉じているレミレミがとても気持ちよさそうだ。
 まぁ、頭のマッサージをしているようなもんだしな。

「マニュアルだと最後は着替えさせるって書いてあるけど?」
「だったら黙ってやりなさい」
「へいへい」

 咲さんが厄介払いしたくなる気持ちがわかってきたよ。
 こんな我侭っ子の従者なんてオレには絶対に無理だね。
 レミレミを着替えさせてから洗濯物を川で洗う。

「ふあぁ〜」

 徹夜で戦ったから眠くてたまらない。
 服を洗い終えてから休める場所を探さそう。
 地図のハチマキによれば近くに洞窟があるらしい。
 
「なぁ、吸血鬼って夜行性だっけ?」
「別に昼間でも動けるわよ。ただ夜より動きにくいだけ」
「あ、そう。とりあえず休める場所を見つけたから行くぞ」

 実際に行ってみるとそんなに広い洞窟ではなかった。
 ちょっと奥に行って曲がれば行き止まりになっているし。
 でも曲がった先は日が当たらないのでレミレミには最適だ。

「はぁ〜、マジで疲れた」
「だらしないわね。それで私を倒せると思ってるの?」
「うるさい、オレは徹夜で眠いんだ。もう寝る」

 荷物を置いたオレは壁にもたれて座り込む。
 そのまま全身の力を抜いて眠りについた。

 ………………。
 …………。
 ……。

 ザザァーという水音が聞こえてくる。
 なんだ? 雨が降っているのか?
 オレが目を開いてみると――。

「っ!?」

 目の前にいたレミレミが驚いて後ろに下がる。
 もしかしてオレの血を吸おうとした?
 ったく、油断も隙もあったものじゃない。

「な、なによ!! いきなり目を開けるな!!」
「洞窟の中で叫ぶな。耳に響く」
「うるさいうるさい!!」
「お前がうるさい。なんか雨が降ってるみたいだな」
「ふんっ、おかげで外を出歩けないわ」
「ああ、お前は日光だけでなく雨もダメだったか」

 スペルカードで移動方陣を使うか?
 下手をすれば雨の当たる場所にワープするかもしれない。
 自分だけならいいけど、レミレミに何かあったらオレの命が危ない。

「なぁ、オレだけでワープしたらダメか?」
「へぇー、私を置いていくつもり?」
「冗談だ。ガリガリと爪を立てるな」
「あまりふざけた事を言ってると殺すわよ」
「へいへい。さてメシでも食うか」

 超大型リュックから食料を取り出して食べる。
 干し肉とか干し柿とか保存食が美味しかったぞ。
 水筒の水を飲んで一息つく。

「んっ?」

 レミレミが恨めしそうにこっちを見ている。
 あー、こいつも腹が減っているのか。

「吸血鬼は羨ましいね。人間のご飯も血も美味しく頂けてさ」
「眷属になったらどちらも楽しめるようになるわよ」
「ならないよ。わかってるだろ、そんなことは」

 お前の操り人形になるぐらいなら死んだほうがマシだ。
 さて、今のオレは吸血されるか否かの瀬戸際にある。
 ここは危険を回避するためにも先手を打つか。

「首はダメだぞ。頚動脈がやられて失血死する可能性が高い」
「そんなの、私の知ったことじゃないわ」
「ふーん、炒った豆を食らいたいか?」
「なっ!? なぜ貴様がそれを!?」

 あ、やっぱりそうなんだ。
 スイスイが炒った豆を弱点としているからな。
 吸血鬼だって鬼の一種だからもしかしてって思ったんだけど。

 ……ちょうどリュックにはお仕置き用の豆が入っているぞ。

 咲さんはこれでレミレミのお仕置きをしているのか?
 どっちかと言うと放置しているようなイメージが強いんだけどな。
 まぁ、あの厳しい咲さんならあり得なくもない。

「お前さ、人間の食べ物ではダメなのか?」
「私は吸血鬼よ!! 血を求めて何か悪い!?」
「怒るなよ。別に悪いなんて言ってないだろ」

 本当にうるさいやつだな。
 こんなのと一緒に旅をするなんて嫌すぎる。
 本当に世話の焼ける吸血鬼だ。

「っ!!」
「あんた、何してるの?」

 オレは銀のナイフで左手の人差し指を軽く切った。
 それをレミレミの前に差し出す。

「ほれ、これで飲めるだろ。早く吸って終わらせろ」
「ば、バカにしないで!! 指からなんて、そ、そんな行儀の悪いことを」

 こいつ、なにを動揺してるんだ?
 吸血鬼にとって指先からの吸血って行儀が悪いのか?
 そこら辺の価値観は理解できない。

「それならやめとけ。ちなみに他の箇所を狙ったら豆ぶつけるから」
「だ、誰もいらないなんて言ってないわよ!!」
「何でもいいから早くしろ」

 念のため右手に沢山の豆を握っておく。
 オレが本気であることをわかってくれたのか。
 レミレミがおもむろにオレの指に食いつく。
 だが、ここで予想外のことが起きた。

「ひゃあっ!?」

 背筋から全身にゾクゾクとして両肩が上がる。
 くすぐったいような寒いような変な感じ。
 チューチューと吸っている音がよく聞こえた。

「にゃにひぃふぇふふぉ(なにしてるの)?」

 指をくわえたまま、レミレミが上目遣いで訊いてくる。
 手を引っ込めようとするがレミレミに掴まれて動かせない。
 ちょっとこれ、マジでくすぐったい。
 冗談抜きで耐えられないって!!

「んん……んむむ……ぐむむ」

 こいつの前で無様な笑い声を上げたくない。
 布をかみ締めた上で空いてる右手で口元を押さえる。
 動きが止まったので目を開けてみると、レミレミが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「んむー!! んんーー!! んんんん!!」

 レミレミの熱い口内がオレの指先を弄んでいる。
 い、いい加減にしろよ。こんにゃろう。
 右手を離してゲンコツをかまそうとしたが。

「っ!?」

 レミレミの左手がオレの右腕を掴んで動かせない。
 吸われている左腕もレミレミの右手に掴まれたままだ。
 足で蹴ろうとしたら、レミレミに押し倒されてしまう。

「きゃははははは!! はひゃははははは!!」

 我慢しきれなくなって笑い声を上げてしまう。
 身悶えするたびにレミレミの吸い込みが激しくなった。
 それだけ、どれだけ長い時間が過ぎたのだろう?
 レミレミが満足してようやくオレの指を離してくれた。

「あんなに可愛く悶えちゃって。そんなに苛められたかったの?」
「はぁはぁはぁ……」
「そう……じゃあ、もっと苛めてあげる」

 疲労困憊で動けないオレの身体をくすぐり始める。
 やめろって言っても聞いてくれない。 
 さすがのオレもプッツンと切れましたよ。

「こんにゃろう!! もう怒ったぞぉ!!」
「へぇー、やる気?」
「今すぐお前をぶっ倒す!!」

 オレは全力でレミレミに殴りかかる。
 ひょいと避けられて壁に当たってしまった。
 ジンジンとした痛みを拳に感じ取る。

「いてえ〜!!」
「あんた、本当にバカね」
「れ、霊妖弾!!」

 右手で弾を作りレミレミに向けて投げる。
 これもアッサリと避けやがった。
 レミレミがコウモリの翼を動かして飛び上がる。

「ほらほら、私はこっちよ」
「あちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃ!!」

 両手に一個ずつ霊妖弾を作って投げまくった。
 あっかんべーしながらレミレミが避け続ける。
 洞窟の壁や天井にヒビを入っていった。

「はぁはぁはぁはぁ……」
「今度は私の番よ。その身で悔やむがいい」
「おい待――」
「夜符『バッドレディスクランブル』」

 天井から斜めに急降下しての体当たり。
 レミレミの周辺に妖力の渦みたいなのを感じた。
 直撃は避けても余波で壁に激突してしまう。

「あ、やばっ!!」

 レミレミの体当たりが致命的だったのか。
 洞窟が音を立てて崩れていく。
 すぐに駆け寄ってレミレミに手を伸ばす。

「っ!!」

 頭部の衝撃で意識が薄れていく。
 オレは死ぬのか? こんなところで?
 あめが……きこ……え……て……。

 ………………。
 …………。
 ……。

 スイスイとゆかさんのダブル修業で何度か三途の川を見た。
 今回はさすがに死んでしまったようだ。
 あーあ、未練タラタラな死に方をしてしまったな。

「んー? こんなところに子どもの霊とは珍しいな」
「オレは子どもじゃない。あんたが死神の小町さんか?」
「おや、私を知ってるのかい?」
「土樹から名前だけは聞いている」

 特徴までは聞いてないけどな。
 まぁ、その辺りはオレの勘である。

「小町さんだから『こまっち』で決まりだ」
「ははっ、人間が死神にあだ名をつけるのかい?」
「ああ、これだけは譲れないところでな。ところでこまっち」
「なんだい?」
「オレは無一文でさ」
「んっ? それがどうしたんだい?」
「三途の川の渡り賃がないから貸してくれ」
「お前さん、面白いことを言うね。別にお金がなくてもちゃんと渡れるさ」
「そっか。ま、生きて楽しみ、死んで楽しみ。両方やってお得な気分を味わいたいものだ」

 どうせ死んでしまったのだ。
 それなら死後の世界も楽しんでやろう。
 現世で悔いが残ってしまった分も含めて。

「あー、期待している所で悪いけどあんたはまだ渡れないよ」
「あれっ? そうなの?」
「まだあんたの肉体が死んでないからね」
「あの洞窟が崩れてオレはペチャンコになったのでは?」
「それは自分の目で確認することだね。さぁー戻りな。お前さんがまだこっちに来るには早すぎる」
「了解。死んだらまた会おう」

 こまっちが呆れ顔をしていたが気にしない。
 戻る道のりには糸が通じてよく見える。
 しばらく歩いていると一瞬で暗闇に包まれた。
 それと同時に雨の音と共に目が開く。

「なっ!?」

 崩れた洞窟から脱出して外に出ている。
 むき出しの雨が降り注ぐ中、レミレミが仰向けのオレに覆い被さっていた。

「お前!! なにしてんだよ!?」

 雨に打たれて全身を震わせるレミレミ。
 く目と口を閉じて苦痛の色を見せていた。

「動符『移動方陣』!!」

 考えるよりも先に移動術を発動させた。
 永遠亭のエリエリさんの診療所までワープしていく。

「あらっ、いきなり来られるとは驚いたわ」
「すみません、急患です」
「すぐに診るからちょっと待ってて」

 オレ達はエリエリさんの診断を受ける。
 レミレミは衰弱して気を失ったけど命に別状はなし。
 オレは頭部の打撲だけで脳の異常はなかった。

「こちらが洗濯した服です。もう乾いていますので」
「ありがとうございます、イナさん」

 服を受け取ってきちんとお礼を言う。
 イナさんは目を合わせずに一礼して立ち去った。

「悪く思わないであげて。あの子、人間が苦手なのよ」
「オレは気にしないほうなんで問題ないです」

 嫌いなら嫌いのままで結構。
 無理をしてまで仲良くはしなくていい。
 人間関係でも合う合わないというのがあるからね。
 そんなことより今は……。

「大丈夫よ。蓬莱人ほどではなくても、吸血鬼は優れた再生能力を持っているから」
「あ、そういう問題では。ただ、敵に庇われたのが何とも複雑で……」
「敵ね……うふふっ」
「なんですか?」

 温かく見守るようなエリエリさんの笑顔。
 その優しい雰囲気にオレは少し戸惑った。

「私には仲の良い友達が傷ついてショックを受けているように見えるわ」
「それ、レミレミが聞いたら怒るよ」
「そうね。別の意味で怒るかもしれないわね」
「はい?」
「ま、とにかくあまり思い詰めないことね。そんなのは彼女だって望んでいないわ」
「人の心がスイッチみたいに切り替わるといいな」
「まぁ、時間が解決するわよ。それじゃあ、彼女が目覚めたら退院していいから。お大事に」
「ありがとうございました。この借りは必ず返します」
「医療を携わる者としての当然の務めよ。貸しだなんて思ってないわ。でも」
「でも?」
「今度、気が向いたら優曇華の手伝いをしてちょうだい」
「了解」

 エリエリさんが退室した後、オレは立ち上がって移動方陣を発動させる。
 それから紅魔館にワープして現状を報告。
 荷物の紛失とレミレミを危険な目に遭わせたことへの謝罪をした。

「そうですか。お嬢様が貴方を庇ったと……」
「返す言葉もないです。ごめんなさい」
「元はといえばお嬢様の我侭が原因です。私もうかつでした」
「オレにはわからない。なんでレミレミはオレを助けた?」
「それは私の口からは言えません。お嬢様のみが知っていることです」

 相変わらず腕組みポーズで冷静に話しますね。
 この人は絶対に仕事でミスしないタイプだ。
 貴方がいればこんなことにならないのにな。

「なにか?」
「なぁ、オレとレミレミは敵同士だぞ。従者としてそれはどう思う?」
「私には貴方とお嬢様が親しい友人のように見えますが?」
「エリエリさんと同じこと言うんだね」

 なんでそうなるのかな?
 敵同士が友達ってのはあり得ないから。
 あんたらの目は節穴かい?

「では、旅の同行はなかったことにすると?」
「それはわからない」
「何故です? 貴方の発言から察するにお嬢様を引き取れという風に聞こえますが?」
「レミレミに迷惑が掛かるから引き下がるというのは敵として変だし。今みたいなことがあると嫌だし。でも変な気遣いされるのはもっと嫌だ」
「クスッ……」

 咲さん、そこで微笑むとはこれいかに?
 オレは真面目に話しているつもりだが……。

「でしたら、同じ失敗がないように貴方が強くなればいいのです」
「具体的にどう強くなれと?」
「例えば、今のように洞窟が崩れた場合の対処法を身につけるのです。防御魔法や移動魔法化など、色々と考えられるでしょう」
「うーむ確かに」

 防御の魔法は自分のためにもなるしな。
 よし、今後は必要な魔法をもっと深く学んでいこう。
 頭を使う勉強は嫌いだけどそうも言ってられない。

「鬼心、早くお嬢様を迎えに行って下さいな」
「それ以前に荷物を紛失したから旅が続けられない」
「ご安心を。パチュリー様のご協力でこちらに」
「おぉ〜、このドッシリとした重さ。久しぶりに味わった気がするよぉ」
「大げさですね。また数時間しか経っていないでしょうに」

 その数時間が何ヶ月も過ぎたように感じたんだよ。
 とにかくオレの結論はただひとつ。
 修業を積んで今よりも強くなることだ。

「あ、そういえば鬼の子からの伝言を預かっております」
「伝言だって?」
「『私は適当に酒巡りをしてくる』」」
「ふむふむ」
「『お前は引きこもりの吸血鬼と一緒に旅をして強くなれ』とのことです」
「また別行動かよ。最近のスイスイは単独行動が多いな」

 まぁ、過酷な鬼の修業がないだけありがたいけど。
 とりあえず図書館に――。

「っ!!」

 オレは危険な気配を察知してしまう。
 咄嗟に咲さんの後ろに隠れてしまった。

「咲夜、あいつ知らない!? 白玉楼に行ってもいないのよ!!」
「お嬢様、誰のことを指しているのですか?」
「あのバカのことよ!! 私を置いて勝手にいなくなったの!!」
「お嬢様、名前で呼ばないとわかりませんわ」
「咲夜、そんなこともわからないの!? 鬼心よ鬼心!! それぐらい覚えておきなさい!!」
「お嬢様が彼の名前を呼ぶのは、私の聞く限りでは初めてです」

 うん、オレも聞いた覚えはないな。
 あんたもしくは貴様のどちらかで呼ばれている。
 まぁ、名指しには興味がないのでどう呼ばれても構わないが。

「うー!! いいじゃないの別に!! そんな事よりすぐに探し出して!!」
「はい、仰せの通りに」

 咲さんの袖を握ってダメダメ合図を送る。
 今のレミレミに会うと絶対に痛い目をみるから。
 お願いだからこの場は見逃して。

「ダメです。これはお嬢様の命令ですから」

 問答無用とばかりにレミレミの前に突き出された。
 咲さん、その容赦のなさは相変わらずだね。
 あーあ、レミレミが唖然としちゃっているよ。

「咲さん、オレに死ねと?」
「この程度で死ぬような御方でしたら死んで下さい」
「ひどい!! オレを何だ――」
「ちょっとあんた!! こんな所でなにしてるのよ!?」

 レミレミが詰め寄って怒鳴り散らす。
 おいおい、そんなに顔を近づけるなって。
 あと胸倉を掴んで揺さぶるんじゃねえよ。

「どりゃあ!!」

 とりあえず二本背負いにしてレミレミを投げ飛ばす。
 ちっ、軽々と着地しやがった。本当にムカつく。

「貴様、どうやら死にたいようだな」
「とりあえず、ここで決着をつけよう」
「身の程知らずな人間よ。この場で悔やむがいい!!」
「お前だけは何があっても絶対にぶっ倒す!!」

 その場の怒りでレミレミと弾幕ごっこをした。
 紅魔館の一部が壊れたけどよくあることなので気にしない。
 ちなみにオレはフルボッコで敗北。
 ま、命があるだけマシだったと思うしかない。

「お嬢様、そのぐらいにしないと鬼心が死んでいまいます」
「ふんっ、今度勝手に消えたら承知しないから」
「わ、わかったよ」

 くそぉ〜、探し回ったことでオレを責めやがって。
 置き手紙を残しておけばこんな痛い目を見ずに済んだかも。



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