ルミルミとチルチルとコサちゃん。
 紅魔館の夕食に満足して自分たちの住処に帰った。
 オレはもう一度、あの広間で必殺技を模索する。

「うむむ」 

 岩を木っ端微塵にできる必殺技がほしい。
 『まんが必殺シリーズ』の本で物理攻撃系を調べた。
 ……よし、これでいこう。

「いくぞ!! 爆砕点穴!!」

 人差し指で床を突いたが。

「いたたっ、つ、突き指が……」

 これは却下だ。
 そもそも破壊するツボなんてわかんないし。

「二重の極み!!」

 拳を立てて一撃目を入れ、間髪入れずに拳を折って二撃目を加える。
 これで物質を粉砕するはずだけど上手くいかない。
 何度か壁に当ててみたけど失敗する。

「ダメだダメだ。やっぱりオレには無理なのか」

 仰向けになって挫折感を味わう。
 心を無にしてぼんやりと天井を見上げた。

「むぅ〜、鬼心。約束はどうしたのぉ?」

 膨れた面でフラちゃんがオレを見下ろす。
 オレは起き上がってフラちゃんと同じ目線にした。
 ふっ、厚底くんとポニーテールのおかげでオレのほうが高いな。

「もぉ〜、さっきからずっと待ってたのにぃ」
「なぁ、フラちゃん。オレは一週間後にあの世逝きかもしれないよ」
「えぇ〜、どうして?」

 ゆかさんに与えられた宿題のことを話す。
 一週間後に岩を木っ端微塵にできないと人生終了だと。

「わたしならできるよ」
「どうやって?」
「えーとね、破壊の目があって。それをギューと握ると壊れちゃうの」
「手本を見せてくれると助かる」
「いいよ。あ、でも壊す物がないとダメだからね」
「了解」

 咲さんに頼んで果物のりんごを持って来てもらう。
 それをテーブルに置いてフラちゃんの様子を見る。

「……」

 フラちゃんがじっくりとりんごを見つめる。
 右手を開いてギュっと握った次の瞬間。

「おっ!?」

 す、すげぇ〜。確かにりんごが破壊されたぞ。
 そういえばフラちゃんってそういう能力があったんだっけ?
 いやぁ〜、実際に目の当たりにすると恐ろしいな。

「きゅっとしてドカーンだよ」
「なるほど……ま、オレには使えないな」

 握って弾を拡散させるというアイデアは思いつくんだけどな。
 さすがに岩を拡散させるような能力は持ち合わせていない。

「フラちゃん、一緒に遊ぼう」
「えっ、いいの?」
「ちょうど行き詰っていたから気分転換がしたいんだ」

 オレはフラちゃんと隠れん坊をして遊んだ。
 張り手を食らわせる鬼ごっこよりも安全な遊びである。

「フラちゃん、発見!!」
「ちぇっ、また見つかっちゃった」
「どうもオレは勘がいいみたいでな」

 頭を使うゲームは最弱でも、隠れん坊で相手を見つけるのは得意だ。
 探し物でも勘で見つけたことが何度かあったしな。
 オレの直感とやらもそう捨てたものではない。

「じゃあわたしは部屋に戻るね」
「うん、また遊ぼうな」

 ふぅー、やっと満足してくれたか。
 オレは手を振ってフラちゃんが戻っていくのを見送った。
 しばらくすると……。

「あ、こちらにいましたか」
「あれっリンさん? 門番はどうしたの?」
「レミリアお嬢様からのご命令で鬼心さんの指南をするようにと」
「あいつが……あ、弟子入りの約束か」

 次に会った時に教えてもらうという約束だったな。
 それが今ここで叶うというのだ。
 レミレミめ、味な真似をしやがって。

「でもリンさん、オレ一週間しか期限がなくてさ」
「はい、事情は咲夜さんから聞いています。大丈夫です、私に任せてください」
「あ〜、リンさんが救いの神様に見えてきたよぉ」

 両手を合わせて拝んでおこう。南無南無と。

「大げさですよ。では一緒に頑張っていきましょう」
「はい、リン師匠」
「あははっ、師匠なんて言われるとなんか照れちゃいますね」

 一週間という短期間のため修業はすぐに始まった。
 まずは、リン師匠と一緒に正座をする。

「まず最初にやって頂きたいのは『呼吸』です」
「呼吸?」
「はい。鬼心さん、私のお腹に手を当てて下さい」
「こう?」
「そうです。今から私が呼吸をしますのでお腹の動きを見てて下さい」

 リンさんが口からゆっくりと息を吐き出す。
 お腹が少しずつへっこんでいく。
 リンさんが鼻からゆっくりと息を吸い込む。
 お腹が少しずつふくらんでいく。

「おぉー、手が動いているように見える」
「ではやってみて下さい」
「えっと、最初に吐いてから吸うの?」
「はい。悪いエネルギーを吐き出してから良いエネルギーを取り入れるのです」
「なるほど、そういうイメージか」

 納得したオレはリンさんの真似をして呼吸を始める。
 過呼吸にならないよう自然体でやるのがいいらしい。
 深く吐いて深く吸うを繰り返す。

「リンさんって太極拳の使い手だっけ?」
「はい、今の呼吸法は基本中の基本です」
「なんか呼吸のおかげで細胞が活性化したような気がする」
「それを実感できるのは鬼心さんに素質があるからです」

 こうして初日は呼吸法について学ぶ。
 オレの直感が呼吸法の重要性を感じ取っていたよ。
 今後においても活かしていくだろうと。

 ………………。
 …………。
 ……。

 2日目の早朝。
 紅魔館の庭でウォーキングが始まった。
 リン師匠が育てている花壇の周辺をゆっくりと歩く。

「今日も良い天気になりますね」
「たしかに雨の心配はなさそうだ」

 リン師匠は会話しながら太極拳の呼吸を自然にやっている。
 あと後ろ手を組んで歩くのがクセみたいだ。
 咲さんは前で腕を組むのが習慣になっているけど。

「リン師匠の代わりに妖精メイドがいますね」
「私が門番をしていない時は妖精メイドさんが代わってくれるのです」

 あれで大丈夫なの?
 妖精メイドは戦闘に向いてなかったはずだが?
 まぁ、オレは教わってる身だから何とも言えないけど。

「リン師匠は背が高いですね。何を食べたらそうなるの?」
「元々こうだったので覚えてません。ただ、手軽に食べられるコッペパンは大好きです」
「コッペパン?」
「はい、今も持ってます。一緒に食べませんか?」
「いただきます」

 リン師匠からコッペパンの半分を分けてもらった。
 どうもトレーニングって感じがしないな。
 でもリン師匠と一緒にいると楽しいからいいや。

「鬼心さんは背筋が真っ直ぐしていていいですね」
「堂々と胸を張ってるほうが性に合ってるんで」

 猫背だと変にテンションが下がってしまうので却下。
 背筋を伸ばすなんてオレにとっては当たり前のことだ。

「咲夜さんの朝ご飯が楽しみです」
「さっきのコッペパンで食欲が上がりましたね」
「鬼心さんはお腹空いてませんか?」
「おかげさまで空いているよ」
「では、紅魔館の食卓に行きましょう」
「了解」

 リン師匠が朝食の大切さを教えてくれた。
 健康を維持するための大切な栄養源ということで。
 たかが朝ごはん、されど朝ごはんである。

「咲夜さん、おかわりお願いします」
「あ、オレもお願いします」

 ご飯って美味しいな。毎日食べても飽きないぞ。
 あ、パンも美味しいから一日交代で変えてみるのもいいな。
 こうして、リン師匠と一緒に楽しく朝食をとりました。

「リン師匠、この後はどうするの?」
「1時間ほど休憩です。食後の運動は身体に悪いですから」
「ああ、確かに。そういえば、食べてすぐ寝るのはダメらしいね」
「えっ、そうなんですか? 私は普通に寝てしまいますが?」
「いや、立って寝るのは普通じゃないから」

 客間の椅子に座ってリン師匠と雑談する。
 話の内容としてはリン師匠の愚痴というか苦労話?
 マリマリに強行突破されたり、居眠りで咲さんのナイフ地獄を食らったり。

「いつも通りじゃん」
「あうぅ〜」
「リン師匠の太極拳でマリマリを追い払えないの?」
「無茶言わないでくださいよぉ〜」
「門番中の居眠りもやめたほうがいいよ」
「わ、私は寝ていません。あれは目を閉じて集中しているのです」
「ものは言い様だけど、咲さんの目はごまかせないから」

 そんなこんなで食休みを済ませる。
 その後、リン師匠と一緒に門を出てジョギングをした。
 紅魔館を囲んでいる外塀を一周していく。

「腕の振りは後ろに引く感覚でして下さい」
「はい」
「足の裏全体で地面をつかむようなイメージです」
「了解」

 話しながら走れるマイペースなスピード。
 これなら身体の負荷もあまり感じない。
 隣にいるリン師匠はとても楽しそうだ。

「これがスイスイだったら岩転がしランニングですよ」
「そ、それは大変でしたね」
「さすが鬼だけあって特訓メニューも鬼でした」
「それだけ期待されているのですよ」

 いい汗をかいたところで紅魔館に戻る。
 オレはリン師匠と一緒に大浴場へ向かった。
 すると……。

「入り口に咲さんがいますね」
「咲夜さん、こんなところで何かあったのですか?」
「美鈴、お嬢様からの命令よ。一緒にお風呂に入りなさい」
「ちょうど入ろうと思っていましたので私は構いませんが」
「鬼心、貴方は従者用の風呂を使いなさい」
「なんだい、オレだけ仲間外れ? せっかくリン師匠の背中を流そうと思ったのに」
「あははっ、すみません鬼心さん。そのお気持ちだけで充分ですから」
「ま、いいけど。じゃあまた後で」

 咲さんが従者用の風呂まで案内してくれる。
 妖精メイドは相変わらず忙しそうに動き回っていた。
 一応、心の中でご愁傷様と言っておこう。

「レミレミはなんでリン師匠だけを風呂に誘ったんだ?」
「私は存じません」
 
 どうせ、いつもの我侭だろう。
 レミレミの気まぐれなんてよくあることだし。

「鬼心、貴方は男性という自覚をお持ちですか?」
「オレは男だけどそれが何か?」
「はぁ〜。時々、貴方が男性であることを忘れてしまいます」
「忘れるなよ。どこからどう見ても男だろ?」
「ご自分の姿を鏡で見られては?」
「……やめておきます」

 従者用の風呂で汗を洗い流した後。
 リン師匠がやって来て柔軟体操を始める。
 弟子であるオレも当然それに参加していく。

「身体が温かい時に柔軟体操をするとやりやすいですね」
「はい。気の循環が程よく進行してお勧めですよ」
「気の流れって血の流れと似たようなものだな」

 タコみたいに身体がよく曲がるリン師匠。
 これでもかというぐらいに柔軟なポーズを見せてくれた。

「鬼心さんは少し身体が硬いですね」
「柔らかくなるかな?」
「大丈夫です。焦らずにやっていきましょう」
「了解。ところでリン師匠」
「はい、なんでしょう?」
「レミレミは何か言ってた?」

 風呂場にリン師匠だけを誘ったんだ。
 おそらく何らかの会話があったに違いない。
 オレに聞かれてはまずい話でもしていたのではないか?

「鬼心さんの様子についてお話しました」
「ほぉー、敵情視察か。レミレミのくせに姑息なことを」
「いいえ、私が鬼心さんを取っちゃったせいで、レミリアお嬢様が退屈しているのです」
「レミレミがこうなることを指示したのにか?」
「はい。事情が事情だけに大人しくしているみたいで」
「あいつは本当にヒマ人、もといヒマ吸血鬼だな」

 当主としての仕事をやれよ。
 あいつの事だからメイド長の咲さんに全てやらせてるのだろうな。
 妖精メイドたちも苦労が絶えないことで。

「そういえば、レミリアお嬢様から伝言を預かっています」
「伝言って?」
「『これで成果がでなかったら私が直々にお前を殺す』だそうです」
「成果って……ゆかさんに与えられた宿題のこと?」
「おそらくはそうかと」

 なんと物騒な伝言というか脅迫か。
 まぁ、出来なかったらオレはゆかさんに嬲り殺しだもんな。
 それなら、ひと思いにレミレミが殺してくれるほうがありがたいか。

「って、オレはまだ諦めてないよぉ!!」
「そうです。その調子で一緒に頑張りましょう」
「おうっ!!」

 柔軟体操が終わって昼食の時間となる。
 食卓の席についてリン師匠と一緒に楽しく食べた。
 お腹が空いていたからおかわりも沢山したぞ。

「リン師匠、次はどうします?」
「お花に水をあげましょう」
「了解」

 花壇の世話をして一緒に草むしりを始める。
 日頃からちゃんとやってるみたいで作業量は少ない。
 数時間で花壇の手入れが完了した。
 
「リン師匠、次はなにをします?」
「昼寝です」
「キッパリと言い切りましたね」
「昼に寝るから昼寝です」
「はいはい。それでどこで寝ます?」
「実は一度やってみたかったことがありまして」

 リン師匠がそう言って用意したのが布のハンモック。
 庭にある木の枝に吊るして出来上がりだ。

「鬼心さんの分も作りましたのでどうぞ」
「ありがとう。おぉー、ゆりかごみたいで面白いな」
「寝心地はどうですか?」
「いいですよ。木の葉っぱが日陰を作ってますし」
「よく食べて、よく遊び、よく寝る。これが私の楽しみ方です」
「その楽しみ方に賛同しておく」

 ぶらぶらと揺れるハンモックで寝てしまう。
 太極拳の呼吸法がクセになってきたかも。
 こうして数時間の昼寝を堪能していった。

 ………………。
 …………。
 ……。

 昼寝が終わって軽めのウォーキングをした。
 それから夕飯を食べて図書館に向かう。
 リン師匠が夢中になって漫画を読み始めた。

「鬼心さん、修業の調子はどうですか?」
「こあこあ、2日目だけど修業というか息抜きタイムを過ごしているって感じだよ」
「息抜きは大切だと思います。パチュリー様もそろそろ休憩をされては?」
「そうね。小悪魔、いつもの紅茶をお願い」
「はい、鬼心さんと美鈴さんも一緒にどうですか?」
「「お願いします」」

 オレは創造の柄を手入れしながら紅茶を飲む。
 適度に拭いておかないと柄が汚れたままになるからな。
 するとパノが珍しく声を掛けてくる。

「貴方、異質なアイテムを持っているわね」
「コリコリさんの店から入手した」

 パノに柄を渡して調べてもらおう。
 柄の隅々まで調べるほどに興味を持ったようだし。

「なるほど、物質変換能力が備わっているのね」
「よくわかったな」
「持ち主の力次第で驚異的なアイテムになるわ」
「そりゃあ、力を吸って希望の得物に変化するからね」

 ゆかさんの桁外れな霊力を武器にしたら洒落にならないかも。
 あと、姐さんだったら次元を切り裂く剣とか作れそうだ。

「得物だけとは限らないわ」
「えっ?」
「その気になれば、魔理沙のマスタースパークも放てるわよ。もっとも今の貴方では無理でしょうけど」
「いや、それがスイスイの話では放てたみたいで。まぁ、本当だとしてもまぐれだろう」

 あれから何度か試したけどビームなんて出ないし。

「そうなの? 今の貴方がそんなことをしたら死ぬわよ」
「普通に死に掛けた」
「薬で霊力や妖力を抑制されている今の貴方が無理をすれば生命力を吸い取られるわ」
「うわぁ〜、寿命を縮めてまでは使いたくないな」
「ま、護身用として程ほどにしたほうが無難よ」
「ご忠告ありがとう、パノ」

 パノは自分の読書に入り込んだので放っておく。
 しばらくして扉からノックが聞こえた。
 こあこあが扉を開けて応じていくと。

「鬼心さん、お嬢様が呼んでいるそうです」
「わかりました……咲さん、呼び出しの内容は?」
「さぁー、私は呼ぶように命令を受けただけですので」

 うわぁ〜、なんか嫌だな。
 レミレミの呼び出しってロクなことにならないから。

「そんな嫌な顔をしなくても、別に食われたりしませんわ」
「食われてたまるか。ルミルミじゃあるまいに」
「血を吸われることはあるかもしれませんが」
「貧血起こすぞ絶対。そういうのは蓬莱人の土樹にやらせろ」

 言っても無駄なのはわかっているけどな。
 咲さんに連れられて応接の間に入る。
 事前に危険を察知していたのでレミレミの弾を左右ステップで避けた。

「メイド長代理のことを思い出させるな」
「ふっ、バカなりに覚えているのね」
「うるさいな。で、用件はなんだ?」
「咲夜、例のものを」
「こちらにございます。鬼心さん、ご確認を」
「なになに……これは請求書ですかね?」
「はい」

 さて、勘定の詳細を見てみようか。
 合計金額があり得ないほどの数値になっている。
 人間なら一生遊んで暮らせるほどの金額だ。

「えっと……」

 ルミルミ・チルチル・コサちゃんの夕食代。
 これはまだわかる。金額も良心的だ。
 しかし……。

「酒代ってなに?」

 オレは下戸だから酒なんて飲まないよ。
 請求する相手を間違えているのでは?

「貴方の連れが飲み干したお酒の被害総額です」
「スイスイかよ!! なんでオレに請求が回ってくる!?」

 あいつが飲んだものだろ!! これはスイスイに言いなよ!!

「鬼は消息を掴めませんし、貴方が連れてきたのですから責任を取って頂きます」
「いやいや、オレはただの付き添いだから責任も何も――」
「つまり支払うことはできないと?」
「そもそもこんな金があってたまるか!!」

 手持ちのアイテムを質にいれても絶対に用意できない。
 スイスイ、お前はどんだけ酒を飲んだ?
 限度ってものがあるだろ、限度ってものが。

「お嬢様、いかがいたしましょう?」
「知れたことよ。その身をもって弁償してもらうわ」
「レミレミ、なにをさせるつもりだ?」
「咲夜の補佐として働きなさい」
「咲さんの補佐ってことはメイド副長か? いわゆるサブリーダーの」
「そうよ」

 おいおい、代理の次は副長かよ。
 まぁ、仕事の内容は代理よりかは楽だと思うが。

「今のオレは死ぬか生きるかの瀬戸際だぞ。死んだら弁償もできんな」
「運命を倒すなんて言ってたのはどこのバカかしら?」
「ゆかさんの件が終わってオレが逃げる可能性を考えてないのか?」
「貴方はこの運命から逃れられない」

 そっか、レミレミって運命を操作できるんだったな。
 オレが逃げても何らかの形でここに来てしまうと?
 まぁ、ずっと逃げ続けられる自信は全くないし。

「オレは武者修行の旅をしているから長い期間は働けない」
「勤務期間は1ヶ月です」
「1ヶ月だけ? もっと長くなるかと思ったのに」
「貴方がメイド長代理として働いていただいた賃金を差し引きますので」
「咲さん、前から思っていたけど紅魔館の金銭感覚はちょっとおかしいです」
「そうでしょうか?」

 どれだけ報酬を得ているかは知らないけどね。
 まぁ、細かいことを考えるのはやめておこう。
 そういうのはオレの性分じゃないので。

「言っとくけど、オレはレミレミの従者にはならないからな」
「ふーん、また刺客の真似事でもするつもり?」
「ゆかさんの宿題が終わったらお前をぶっ倒してやる!!」

 びしっと指をさして堂々と宣言する。
 必殺技を会得したらレミレミをコテンパンにしてやるぞ。
 それにしてもスイスイめ。次に会ったら文句を言ってやる。

 ………………。
 …………。
 ……。 

 リン師匠から二十四式太極拳を学ぶ。
 簡化太極拳とも呼ばれ、その名の通り二十四の型がある。
 ゆったりとした手足の動きは実際にやろうとすると難しい。

「焦らずにゆっくりと覚えていきましょう」
「了解」

 頭で覚えることは苦手でも身体で覚えることは得意だ。
 咲さんの仕事だって身体で覚えたような感じだったし。
 5日目に入って型通りに動けるようになった。

「凄いですね。3日ぐらいで形を覚えてしまうなんて」
「人間、命が掛かると大抵のことはできるってスイスイが言ってた」
「呼吸法も自然にできるようになってきましたね」
「腹式呼吸のおかげで身体が絶好調です」

 オレは力こぶを見せるような仕草をする。
 リン師匠に頭を撫でられてちょっと嬉しかった。

「これで気功術の外功は終わりです。あとは内功をやってみましょう」

 外功というのは呼吸と体操のような動きで気の巡りを良くして気を鍛えること。
 太極拳の呼吸法や二十四式太極拳がそれにあたる。
 次にやる内功では瞑想とイメージを主体としたもの。
 呼吸と意識を使用して体内で気を練り上げていくのが特徴だ。

「べつに座禅じゃなくてもいいのです。楽な座り方をしてください」
「オレの場合だと背筋を伸ばせる正座が一番だ」

 足首で円を作り、その中にお尻が納めるようにして座る。
 こうすると足に負担が掛からないし、重心が後ろになるから背筋がよく伸びる。
 左右の親指を重ね合わせて時々上下を入れ替えると血の流れも滞らない。

「膝をぴったり付けずに握り拳ひとつぐらいに離したほうが楽に正座できる」
「詳しいですね」
「少しでも背が高く見えるように自分なりに勉強したんだよ」

 とにかく正座をして瞑想を始めることにする。
 しかし雑念を振り払う瞑想というのは簡単なようで実は難しい。

「リン師匠、雑念を振り払うコツとかってないかな?」

 ご飯のこととか、レミレミがムカつくとか、マリマリの泥棒が厄介とか。
 色々な雑念が入って思うように集中できない。

「簡単ですよ。たとえば息を吸う時に心の中で吸う息を観察するのです。吐く時も同じです」
「目を閉じてるのに観察って……心の目で見ろってこと?」
「そんな大層なものではないです。鬼心さんは力を使う時、どこに意識が向いてますか?」
「霊妖弾を作るときには手に意識が向いてますよ」
「それと同じようにして呼吸に意識を向けて下さい」
「了解」

 リン師匠のおかげで呼吸に意識が向けるようになる。
 余裕が出てきたので、息を吸いながらお腹が膨らむことに気を向けてみる。
 息を吐きながら、お腹がへこむことにも気を向ける。

「……」

 頭の中で『吸う・膨らむ・吐く・へこむ』を繰り返す。
 そして意識のほうは鼻とお腹の二点を行ったり来たり。
 四つの言葉と二点の意識が同時に行っているような感じだ。

「……ん……し……さん」

 誰かに肩に触れられて目を開ける。
 リン師匠がにっこりと微笑んでオレを見ていた。

「声を掛けても気付かないぐらいに集中していましたね」
「そうだったの? 気付かなくてごめんなさい」
「いいんですよ。鬼心さんがちゃんと瞑想をしていたという証拠ですから」
「そう言っていただけると気が楽になります」

 さて、リン師匠が今まで教えてくれたのは『軟気功』と呼ばれる分野らしい。
 岩を木っ端微塵にするのであれば『硬気功』というやり方になるとか。

「身体の鍛錬はすでに鬼の稽古で充分にできていると思います」
「まぁ、いつもボロボロにされてきましたので」
「正しい姿勢で気の巡りを良くしていれば気の鍛錬につながります」
「今までの軟気功で元気一杯な感じはするけど……」

 本当に岩を砕けるだけの力がオレにあるのだろうか?
 体内で抑制されている霊妖力。
 こんな微弱な量で岩を木っ端微塵にできると?

「体内の気で不足するなら外からもらえばいいのです」
「太極拳の呼吸法みたいに?」
「そうです。今の鬼心さんならそれができると思います」
「ま、考えても仕方がない。行動あるのみだな」
「はい、その調子で頑張りましょう」

 約束の日まであと2日。
 怖くないと言えば嘘になるけど頑張るしかない。
 必ずゆかさんからの宿題を達成してみせる。 

 ………………。
 …………。
 ……。

 6日目の快晴の朝。
 オレとリン師匠は紅魔館を出て岩場に到着。
 ここがゆかさんと約束している場所でもある。

「これだけ大きな岩を粉砕するのは大変ですね」
「リン師匠、ここに来てどうするの?」
「まあ、見てて下さい」

 リン師匠が優しくそう言ってスペルカードを取り出す。
 オレはまばたきもせずにリン師匠の動きを観察した。

「華符『彩光蓮華掌』」

 宣言した後、リン師匠が高速で岩に向かって突進する。
 すれ違いざまに掌底を打ち、岩から虹色の気が見えて爆発した。
 あまりに綺麗な気だったので思わず目を奪われる。

「ね、簡単でしょ?」
「まさか、これをオレにやれと?」
「これでしたら、幽香さんも納得してくれると思います」
「そりゃあ、確かに岩が木っ端微塵になっているけど」

 突進と打ち込みタイミングは練習すれば何とかなる。
 だけど、最大の要となる大量の気はどうやって?

「あっ……」

 今まで習ってきたことを実現すれば力を集められるのか?
 よし、早速やってみよう。

「……」

 瞑想するかのように目を閉じて腹式呼吸をする。
 意識は呼吸に向き、頭の中では右手に集まれと繰り返す。
 その時、右手の危険を察知した。
 気の集まりを制御しきれずに暴走する可能性がある。
 また肉体的に右手が壊れてしまうかもしれない。

「あっ……」

 リン師匠が後ろから抱き締めてくれた。
 温かい右手を重ねて集まった気がそっちへ移動する。

「鬼心さん、大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「おかげさまで無傷です」
「すみません。人間にあれだけの気を集めるのは危険でしたね」
「人間は妖怪と違って脆いからな」

 いくら鍛えているとはいえ、破壊するだけの気を集められない。
 つまり、オレには岩を粉砕するだけの力が持てない。
 あー、人間って何と無力なことか。

「そんなに落ち込まないで下さい」
「でも……」
「大丈夫です。きっと他に方法がありますよ」
「方法って言われても……微弱な人間にどうしろと?」
「使えるものは大いに使いましょう。そうすればきっと活路を見い出せます」

 使えるもの? アイテムのこと?
 マリマリみたいに媒体があれば膨大な力を扱えるかも。
 その時、オレは創造の柄のことを思い出した。

「これなら……」

 創造の柄を握り締めて目を閉じる。
 リン師匠が万が一に備えて手を添えてくれる。
 温かいリン師匠のぬくもりで気持ちが安らいだ。

「……」

 さっきと同じようにして創造の柄に力を集める。
 力の集まりが柄を通じてよく感じとれた。
 これだけの力を扱うのは正直言って怖いが……。

「鬼心さんはやれば出来る人です。自信をもってください」

 リン師匠の手に導かれて柄を岩に押し当てる。

「そのまま一気に放つようにして下さい」
「うん」

 言われるままに集まった力を一気に放つ。

「ぬぉっ!!」

 岩が爆発して後ろに吹っ飛んでしまう。
 リン師匠が支えてくれたので倒れずに済んだ。

「だ、大丈夫ですか?」
「や、やった……オレ、やった……マジでやった……」
「……良かったですね、鬼心さん」

 木っ端微塵とまではいかなかったけど岩を砕いた。
 これだけの大きな達成感は初めてだ。
 今後も絶対に忘れることがないだろう。

「では少し休んでから続けていきましょう」
「はい!!」

 ここまで来たら自分を信じて練習あるのみ。
 リン師匠の彩光蓮華掌をマスターしてやる!!

 ………………。
 …………。
 ……。

 ついにこの日がやって来た。
 約束の7日目になって岩場で待つ。
 リン師匠・レミレミ・咲さんが立会人となった。

「貴様がここで挫けるようなら殺す」
「言ってろ言ってろ」
「咲夜さん、お仕事のほうは大丈夫ですか?」
「門番中に居眠りをしている貴方が言うことではないわね」
「ううっ〜」

 しばらくして後ろから誰かが抱きついてくる。
 酒臭さですぐにスイスイだとわかった。

「やっほー鬼心、久しぶりだね♪」
「スイスイ、久しぶり。ゆかさんはまだ来て――」

 横から膨大な霊力を溢れさせる存在。
 日傘を持ったゆかさんは寒気を覚えるほどの笑顔だ。
 こっちも相変わらずですね。

「へぇー、吸血鬼に助けを求めたってわけ?」
「誤解のないように言っておくけどただの立会人だからね」
「それじゃあ、早速やってもらおうかしら」
「ああ。スイスイ、ちょっと離れて」
「おー♪ 期待してるぞ鬼心♪」

 太極拳のおかげで霊妖力が抑えられてもスペルカードが使える。
 オレは一枚のカードを取り出して宣言した。

「砕符『専光進撃破』」

 高速で突進しつつすれ違いざまに創造の柄で打ち込む。
 岩から白色の気が見えて爆発した。
 リン師匠、貴方のおかげです。マジで感謝しています。

「おぉ〜、鬼心がここまで強くなったか。いやぁ〜、めでたいね」
「ふーん、あの門番の技を盗んだのね」
「ゆかさん、人聞きが悪い。オレはリン師匠から教わったんです」
「お嬢様、これで鬼心を殺す機会を逃しましたね」
「ふん、私はこうなる運命だとわかっていたわよ」
「お見事です、鬼心さん。教えた通りにやってくれて私は嬉しいです」

 実際にやってみると呆気ないものだったけどね。
 でも、リン師匠の教えは今後も役に立つと信じて疑わない。
 ゆかさんの宿題が終わってホッとしたのもつかの間。

「これでますます苛め甲斐が出てきたわね」
「ゆかさん、それはどういう意味ですか?」
「あら、まさかこれで終わりなんて思ってる?」
「岩を木っ端微塵にする宿題は今やったじゃないか」
「あんなのは私にとって初歩中の初歩よ。教えるのはこれからね」
「はぁっ!?」

 教えるってまだ続きがあるってこと!?
 これでもういいでしょう!! 満足しようよ!!

「よーし、私も手伝うよ。今まで以上にビシビシと鍛えてやる」
「スイスイ、なにを言って……あ、オレには紅魔館の仕事が――」
「酒代は貸しにしておくわ。帰るわよ咲夜」
「はい。美鈴も早く門番の仕事に戻りなさい」
「あ、はい。そ、それでは鬼心さん、すみませんけど私はこれで」
「そ、そんなぁ〜!!」

 やばいやばいって。
 このままでは危険極まりない。
 すぐに逃げ――。

「っ!?」

 左肩にスイスイの手、右肩にゆかさんの手。
 ガシッと掴まれてピクリとも動けない。

「それじゃあ、たっぷりと教えてあげる」
「逃げたら承知しないよ、鬼心」
「いやぁーーーーーーーーーーーーーー!!」

 岩場にはオレの絶叫だけが虚しく響いた。
 オレはもう……逃げられない。



戻る?