今日も激しい鬼の稽古であった。 オレは傷薬を使って自分の手当てをする。 なぁ、スイスイ。 もう少し手加減をしてくれないか? 「あいたた……」 「大げさだな。ほれっ、酒でもつけて消毒するかい」 「よ、よせ――っ!!!!」 ひょうたんの酒を傷口に注がれて声がつまった。 この染みるような痛みで涙が出てしまう。 「ほれほれ、強くなろうとする奴がこの程度で泣くな」 「泣いてねぇ!! 傷が染みただけだ!!」 「おぉ、威勢がいいね。じゃあ、もう一勝負するかい?」 「しないよ!!」 おのれスイスイ、いつもオレを痛めつけやがって。 いつか倒す、絶対に倒してやる。 「なぁスイスイ、次はどこへ行くの?」 「そうだな……久しぶりに『太陽の畑』で花見酒といきたいね」 「太陽の畑?」 地図のハチマキで検索をかけてみる。 妖怪の山の反対方向の奥地に在る畑のようだ。 「鬼心、私は酒を萃めて行くから先に場所取りしてな」 「嫌だと言ったら?」 「あー、その時はお前の特訓メニューを倍に――」 「行ってきまぁーーーす!!」 冗談じゃない!! あんな鬼のメニューを倍増すんな!! にしても、オレの能力が危険信号を発しているぞ。 しかも今までにない特大級の危険度だ。 「今度ばかりはマジで殺されるかも……嫌な汗が出てきた」 今向かっている畑に危険な妖怪がいると予想が立つ。 ここで引き下がればスイスイが容赦してくれないだろう。 なんとか穏便にいくようにしなければ。 「えっと……ここだな」 周りに綺麗なひまわりが咲き乱れている。 草原の風が自然の香りを運んで気持ちがいい。 そんな時。 「痛い!! 痛いよぉ〜〜!!」 「あはははっ、さすが蟲ね。良い声で鳴いてくれるわ」 触覚を持つ女の子が背中をグリグリ踏まれている。 なんかゴキちゃんを連想させるような妖怪だな。 その妖怪を踏んでるのが日傘を持ったセミロングのお姉さん。 ああ、この時点でもうわかった。 特大級な危険の正体はあのお姉さんだ。 「ブンブンと花畑を飛び回って鬱陶しいったら」 「ひぃいいいいいいいい!!」 どうしよう、明らかに弱い者いじめだ。 見捨てるのは後味が悪い。かといって相手が悪すぎる。 上手く話し合い……できるかな? 「で、そこにいる貴方はだれかしら?」 うぎゃあ!! にっこり笑顔がすっごく怖ぇ〜!! なんか全身から鳥肌が立ってきたぞ。 下手に逃げようとするのは逆に危険だ。 「花見酒の場所取りを頼まれている人間です」 「人間? ふーん、人間ね」 「なにか?」 「人間にしては少し妖怪の力を感じるわ」 「ああ、鬼化の影響でしょう。そういうのってわかるのかな?」 「鬼? 貴方は萃香の知り合いなの?」 「まあね。スイスイに稽古をつけてもらっている鬼心と言う。お姉さんはだれ?」 「私は四季のフラワーマスター風見幽香。この太陽の畑を寝床にしている妖怪よ」 「わかりました。よろしくです、ゆかさん」 今のところ、それなりに話ができている。 オレがつけたあだ名も受け止めてくれた。 それでも油断はできない。 「貴方は普通の人間じゃないから苛めてもいいわね」 「いやいや普通の人間ですよ。遊びたいならスイスイとやったら?」 「私ね、弱い者をいじめるのがとっても大好きなの♪」 ゆかさん、人の話はちゃんと聞こうよ。 あとジワジワと近づくのもやめてほしい。 あっ、ゴキちゃん妖怪が一目散に逃げ出した。 「人間は脆い生き物だから苛めても仕方ないのだけど」 「そう思うならやめてくれ」 「でも貴方はいじめ甲斐がありそうだから特別に苛めてあげる」 「だからスイスイとやりなよ。いじめは反対です」 今まさに命の危機に直面している。 これが追い詰められる獲物の心境なのか? 「こ、こんな所で戦ったらせっかくの花畑が台無しになるよ」 「戦う? あっはっはっは!! 貴方が私に……いい度胸してるじゃない」 「っ!!」 危険を察知して咄嗟に左へ飛ぶ。 ゆかさんが持つ日傘の先端から霊弾が飛んできた。 おい……今の弾、霊力が桁外れだったぞ。 「いいわね。もっと私を楽しませてちょうだい」 この妖怪、そんなにオレを苛めたいのか? もはや戦う以外に選択の余地はない。 くそぉ〜!! 結局こうなってしまうのかよ!! 「ゆかさん、場所を変えるよ」 「あらっ、本当に戦うつもり?」 「見逃してくれるなら逃げますけど?」 「逃げてもいいのよ。逃げられるものなら」 「だったら答えはひとつしかない」 ついて来いとばかりにオレは空を飛ぶ。 さて、どこで戦えばいいのか? 考えた末に『天狗の山』へ移動した。 「天狗に助けを求めるつもり?」 「さあな」 まずは符術で弾を放とうとしたが……。 「あれっ?」 た、弾が出ない!? なんでこんな時に!? 「超符『身体超化』!!」 ……は、発動してくれない。 「貴方、ふざけてるの?」 「ちょっと待ってろ!! 光符『閃光弾』……うそぉ〜」 もしかして、スイスイの妖力が混ざってるせい? 符もスペルカードも霊力の術式で組んでるから使えない。 オレは必死で使えそうなものを探す。 「これだ!!」 創造の柄を握って剣をイメージする。 よし、これはちゃんと発動できた。 「へぇ〜、面白い玩具を持ってるじゃない」 オレの霊力とスイスイの妖力が混ざった異質な剣。 さながら『霊妖剣』といったところか。 指なし手袋も汎用性があるのか、ちゃんと魔法の消耗を抑えている。 「で、その玩具で私を倒すつもり?」 「今のオレはこれ以外に使えそうにない」 絶大な強さを持つゆかさんに勝てる気がしない。 それでも……今のオレには真っ向勝負しかない!! 「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 大きく振りかぶってゆかさんの頭部を狙う。 日傘で軽々と受け止められた。 スイスイの時と同じくビクともしない。 「可愛い子にはご褒美ね」 「っ!!」 咄嗟に右側へ空中ステップ。 極太ビームの余波で吹っ飛んでしまう。 「こ、こえぇ〜」 ゆかさん、いとも簡単にマスパーを撃ちやがった。 あの威力はマリマリと同等……いやそれ以上!? 「おいおい……冗談じゃねぇよ」 マスパーの余波だけでも痛手を受けたのに。 あれをまともに食らったら骨すら残らない。 「いいわね、その恐怖に満ちた顔。うふふっ」 「く、来るな。こっち来んな」 ゆかさんが一瞬のうちに弾幕を作り出す。 今まで遭遇した中でも間違いなくトップスリーに入る密度と威力。 あまりの恐怖にオレは天狗の山へ入った。 ここなら森になっているので隠れることができる。 だが……。 「あはははっ、もっと逃げてみなさい」 ゆかさんの弾幕が容赦なく森を破壊していく。 事前に危険を察知しながらひたすらに逃げるオレ。 なにやら天狗らしき妖怪達がいたけど、ゆかさんの攻撃で落とされた。 「くそぉ〜!!」 このままでは犠牲者が増えるばかり。 こんなときに限って移動方陣が使えないなんて。 まぁ、仮に使えても発動する前に殺されそうだ。 「こうなったら……派手に散ってやる!!」 上空に飛んで天狗の山から抜け出す。 オレはありったけの霊妖力を創造の柄に込めた。 とても出し惜しみなんてしてられない。 「ゆかさん!! 勝負だ!!」 全力を込めた剣を両手に突きの構えをとる。 オレは死ぬ覚悟でまっすぐに貫こうと特攻を仕掛けた。 「バカね、本当に死ぬつもりなの?」 「うぉおおおおおおおおおおお!!」 「いいわよ、望み通りにしてあげる」 そこから先の記憶が曖昧だ。 傘の先端からマスパーらしき巨大なレーザー砲が見えた気がする。 オレはそこに突っ込むようにして意識が途切れた。 ………………。 …………。 ……。 「ぷはぁー、どうだい? その酒は極上だよ」 「ま、鬼の貴方が目をつけた酒なら間違いないわね」 暗闇の中で誰かの声が聞こえる。 この嗅ぎ慣れた酒の匂いはスイスイ? オレはどうなってしまったのだろう? 「おっ、目が醒めたか?」 「……ぅぅ……っっ」 「おっと無理して喋るなよ。今のお前は力を使い果たして動けないからな」 スイスイの言う通り、今のオレは声が出ない。 それどころか指一本すら動かせない有様だ。 あっ、スイスイが膝枕してくれている。 なんか守ってくれてるみたいで心地よい。 「幽香、こいつは予想以上に楽しめただろ?」 「まさか、あの土壇場で私の技が盗まれるとは思わなかったわ」 「にゃははっ、そうだろそうだろ。鬼心はいつもギリギリになって力を爆発させるんだよ」 ゆさかんの技? どういうこと? 上機嫌のスイスイの顔をぼんやりと眺める。 オレの疑問を察してか、スイスイが楽しそうに答えた。 「鬼心、お前は覚えてないだろうけど」 覚えてないってなにが? 「幽香の得意技である特大ビームを放ったんだよ」 「元祖マスタースパークなんて呼ぶ人がいるけどね。普通の人間が扱えるものじゃないのに」 オレがマスパーを出した……だと? そんなのあり得ないよ。有り得ないって。 夢とか幻じゃないのか? 「あの服とっても気に入ってたのに。よくもボロボロにしてくれたわね」 「私と吸血鬼と花の大妖怪。それぞれに一撃を当てたという事実。 いやぁ〜、鍛えてやってる私としては実に鼻が高いよ。えっへん」 「そうなるともっと苛めたくなるわね。今度はさらにジワジワと」 「あはははっ、幽香もこいつが気に入ったんだね」 ゆかさん、その膨大な霊力で威嚇するのはやめろ。 あと、やっぱりその笑顔が怖いです。 とても目を合わせられないや。 「ねぇ、このままで済ませるのはつまらないわよね?」 「そうだな。こいつにお前の技を教えたらどうだ?」 「たかが人間に私の技を?」 「そうそう。ここいらでドーンと派手な技をマスターさせてさ。 そしたら、私は勝負する時にもっと楽しくなるし、お前だって苛め甲斐が出ていいだろ?」 「いいわねそれ。もし出来なかったらじっくりと痛めつけて……うふふふっ♪」 お前ら、勝手に話を進めるな。 今度、永遠亭に行ったら即効性のある回復薬がないか尋ねておこう。 二人の酒盛りは一晩中続いて賑やかだった。 ………………。 …………。 ……。 次の日の早朝。 思ったよりも回復が早くてオレは動けるようになった。 日頃からスイスイに鍛えてもらっているおかげだな。 「ゆかさん、こんな所でなにを?」 ゆかさんの案内で岩場に連れていかれてしまう。 巨大な岩にゆかさんが手を当てた次の瞬間。 「っ!?」 岩が木っ端微塵になって砂と化す。 あまりの光景にオレは息を呑んでしまった。 「一週間の猶予をあげる。その間にこれぐらいは出来るようになりなさい」 「おぉ〜、これは幽香からの宿題だね」 「も、もし出来なかったら?」 「うふふふっ、聞きたい?」 「聞きたくない!! 聞きたくない!!」 「貴方が泣いて苦しんでいく姿を見るのが楽しみね」 ゆかさんが不気味な笑みを残して立ち去る。 オレごときの力で岩を木っ端微塵にしろだって? 無理だよ!! そんなの出来るわけない!! 「スイスイ、助けて」 「鬼心、気合いと根性だよ」 「そ、そんな!! 一週間でやるなんて無理だって!!」 「さてと、私は天界で酒を飲みに行ってくるね。一週間したらまた来るよ」 「スイスイ、オレを見捨てるのか!?」 「お前は私に頼らず、自分の力をつけることを考えろ」 「そんなこと言われても」 「そんな調子じゃ、私を倒すなんて夢のまた夢だよ」 スイスイが霧となって消えてしまった。 一人で残されたオレはその場で頭を抱えてしまう。 「どうしよう……どうしよう」 どうするも何もやるしかねぇだろ!! それ以外にオレの生き残る道はないのだから。 「えいや!!」 岩に手を添えて力をぶつけてみる。 シーンと静まって何も反応してくれない。 「霊妖力を手のひらに集めて……とうっ!!」 打撃音みたいなのは聞こえたけど弱すぎる。 せめてヒビぐらいは入ってほしかったぞ。 「なんの!! オレにはこのアイテムがある!!」 創造の柄で剣を具現化させていく。 そのまま飛び上がって岩に斬りかかったが。 「げぇっ!!」 霊妖力を込めた刀身がボキッと折れた。 鬼化の抑制で威力が弱くなっているのか? あるいは力の入れ方を間違えてしまったのかも。 「身体能力はアップしているのに……なんてこった」 いや諦めるな!! 諦めたらそこで人生終了だぞ!! オレ一人ではどうにもならない。 誰か相談できる相手は……。 「そうだ!! 紅魔館があるじゃないか!!」 パノだったら相談に乗ってくれそうだ。 「すぐに行こう!!」 すぐさま飛んで紅魔館へ向かった。 でも、こんな時に限って邪魔が入ってしまう。 「ねぇ、貴方は食べて――」 「ダメだよルミルミ!! 今のオレはとっても忙しいの!!」 「ルミルミって私のこと?」 「ルーミアだからルミルミというあだ名だ」 「そーなのかー」 この暗闇の塊が人喰い妖怪のルーミアことルミルミの能力だ。 日中は眩しいから自分の力を使って周りを真っ暗にしている。 「ルミルミ、オレは今から紅魔館に行く。肉が食いたいならそこで食べろ」 「本当に? そこでお食事できる?」 「約束しよう。だから大人しくついてこい」 肉が食えることを期待してルミルミがついてくる。 すると今度は氷の妖精らしきものと鉢合わせだ。 「人間発見っ!!」 「誰だお前?」 「さいきょーなあたいを知らないの? あたいは氷の妖精チルノよ」 「チルノだからチルチルで決まり」 「な、なにそれぇ!! あたいをバカにしてるの!?」 「うるさいうるさい。チルチルも紅魔館に来い。美味しい刺身でも食わせてやる」 オレが率先して飛んでみせる。 チルチルが待てぇ〜と叫びながら氷の弾幕を飛ばしてきた。 「やめろ!! オレを倒すと刺身が食えなくなるぞ!!」 「それって美味しいの?」 「来ればわかる!! 今は黙ってついて来い!!」 今のオレは切羽詰って大変なんだよ。 一刻も早く紅魔館にたどり着きたいのに。 「よし、やっと紅魔館が見えてきた」 オレ達が門のところに降りようとした。 次の瞬間。 「うらめしやー!!」 紫色で舌を出している傘を持った女の子。 おのれ、こいつまでオレの邪魔をする気か!? 「誰か知らんけど面倒だ。お前も来い」 「きゃっ!?」 驚かしてくる女の子の手を握って強引に引っ張り込む。 後ろからチルチルとルミルミもやって来た。 さて、門番であるリンさんは……また寝ているのか。 「あ、咲さんがナイフを――」 「はっ!? ね、寝てません寝てませんよ!!」 リンさん、条件反射になるほどトラウマ入っているのか? まぁ、普段から咲さんのナイフで刺されまくってるもんな。 「おはようございます、リンさん」 「あ、鬼心さん。お久しぶりですね」 「今のオレを見てすぐにわかってくれたのはリンさんだけだ」 「そうですか? でも、そのポニーテールはお侍みたいでカッコいいですよ」 「ありがとう、リンさん」 リンさんって気を遣う程度の能力だったっけ? ちょっと覚えてないや。 考えていたら、つんつんと肩をつつかれる。 「んっ?」 あっ、変な傘を持った女の子の手を握ったままだった。 オレが手を離しても悔しそうに睨んでくる。 うなるなよ。邪魔したお前が悪いんだぞ。 「そういえば名前を聞いてなかったな」 「た、多々良小傘……人を驚かせるのが生き甲斐のからかさお化けだよ」 「じゃあコサちゃんな。あー、オレは鬼心という名前だからよろしく」 「なによ、あたいには名乗らなかったくせに」 「そーなのかー」 はいはい。話が進まなくなるから無視だ無視。 「リンさん、早速で悪いけど紅魔館に入れてほしい」 「アポは取ってませんよね?」 「取ってないので、レミレミに取り次いでもらおう」 どうせあいつのことだ。 運命とやらでオレがここに来ることを知っているはず。 随分とイカサマな能力もあったものだな。 「肉はまだなのかぁー?」 「刺身を食べさせろぉ〜」 「驚いてくれなかったよぉ〜」 あーもぉ、なんてやかましい連中だ。 何でこうなった? 「これは何の騒ぎですか?」 「あ、咲さん。どうもお久しぶりです」 「その声は貴方でしたか……いつから女の子になったんですか?」 「いいえ、普通に男だから。鬼化の影響で髪が伸びただけ」 「左様ですか。あ、お嬢様が貴方を連れてくるようにと」 やっぱりイサカマな運命能力を使ったな。 「あ、そちらの方々は妖精メイドが案内しますので」 ここでルミルミ・チルチル・コサちゃんと別れる。 ふぅー、やっと静かになった。 「助かったよ。こんな時に限って割り込みが多くて」 「それは災難でしたね」 「まぁ、そんな日もあるさ。ところで咲さん」 「はい?」 「オレはパノに相談があって来たのだから、レミレミに会う必要はないのでは?」 「そう言われましても、これはお嬢様の命令ですから」 そんな会話をしている間に応接の間に到着。 相変わらず豪華な椅子に腰かけて頬杖ポーズをしている。 足を組むのは姿勢が悪くなるからやめたほうがいいぞ。 「しばらく見ないうちに腑抜けた少女になったか」 「男だよ。鬼化の影響で髪が伸びただけだ」 「ふんっ、あんな子鬼と一緒にいるからそうなる」 「なんか機嫌が悪いな、レミレミよ」 メイド長代理をやった事があるのでレミレミの顔色は多少わかる。 まぁ、咲さんには遠く及ばないけど。 「お嬢様、ヤキモチは程ほどになさってください」 「咲夜、こんなやつに焼く餅なんてないわよ」 「焼いた餅は美味しそうだな――って、そんなことより!!」 オレはレミレミに現状の危機を伝えた。 そのために図書館のパノと相談がしたいと。 「幽香様といえば絶大な力を持つ花の妖怪だと聞いております。そんな方を相手によく無事でしたね」 「まぐれだよ。自分でもあんな恐ろしい相手によくやったと思う」 「そして、この紅魔館に泣きついてきたと……無様ね」 「言ってろ。岩を破壊するほどの必殺技を作ってお前を倒してやる」 「ふーん。咲夜、こいつを図書館まで案内しなさい」 「かしこまりました」 こあこあもパノも元気にしてるかな? あー、扉の先に不意打ちの危険を感じるぞ。 「それでは鬼心様、私は他に仕事がありますので失礼いたします」 咲さんがそう言い残して即座に消えた。 どうせ時間を止めてこの場から離れたのだろう。 さて……扉を開けると。 「良也ー!!」 ダッキングでフラちゃんの飛び蹴りを避ける。 おいおい、開けた途端にこれかよ。 まともに食らったら首の骨が折れてるぞ。 「人違いだよ、フラちゃん」 「あれぇ、鬼心だったの。その髪はなぁに?」 「鬼の影響でちょっとな。それにしても、オレの正体をすぐに見破るとは」 リンさんもフラちゃんも観察眼が優れているようだ。 レミレミは運命云々というイカサマ能力があるから除外する。 「土樹じゃなくて悪かったね」 フラちゃんの手には本が握られている。 土樹に読んでもらおうと持ってきたのだろう。 彼は子どもの面倒をみるのが上手いからな。 「ううん、鬼心でもいいよ。本読んでぇ〜」 「あーそれはダメ。オレは土樹と違って本読みが苦手なんだ」 「えぇ〜、つまんな〜い」 そんな頬を膨らませて抗議されても困る。 オレは土樹と違って体育系だからな。 感情を込めて本の文字を口にするのはダメなんだよ。 「フラちゃん、あとで遊んであげるから今は我慢して」 「ほんとうに?」 「用事を済ませたらな。パノはいる?」 「いるよぉ」 「ありがとう、じゃあまた後で」 「うん、あとで遊ぼうね」 フラちゃんから離れて奥へ突き進む。 おっ、こあこあを発見。 「お久しぶりです、こあこあ」 「あ、あの……本当に鬼心さん、ですか?」 「聞こえていたと思うけど、髪は鬼化の影響だからね」 こあこあは半信半疑でオレを見ている。 まぁ、これが普通の反応だと思っておくか。 「と、とっても可愛くなったのでビックリしました」 「うーん、それはちょっと複雑だな」 「ねぇ、貴方。私に用があって来たんでしょう?」 「うん、実はそうなんだよ」 オレは術が使えなくなったことを説明する。 するとパノがアッサリと答えを返してくれた。 「今の貴方で制御している霊力と妖力の割合を調べたらわかることよ。 そうすれば術式を組む際に計算して使えるようになるわ」 「難しいことを言う。具体的にどうやって調べるんだ?」 パノが本を取り出して詠唱を始める。 瞬く間にオレの周りに結界らしきものが発生した。 「ちょっと動かないで」 「わかった」 「……」 「……」 「もういいわ」 「それで?」 「霊力が9割、妖力が1割ね」 「鬼の妖力すくねぇ〜!!」 「なに言ってるの。鬼の力を1割も備えている時点で異常よ」 「そうなの?」 「まぁ、永遠亭で抑制の薬を服用しているなら暴走する心配はないでしょうけど」 とにかく9:1の割合で術式を組めばいいらしい。 これで符術やスペルカードを改めて使うことができる。 「でも……」 符は今後のためにも控えたほうがいいな。 あれは、敵に手の内を見せているようなものだし。 それに直接出せるようになったほうが先手を打ちやすい。 ……単発の弾ぐらいは自分の手で作る。 まずは基本となる通常弾をやってみよう。 霊力と妖力の弾ということで名付けるなら『霊妖弾』だ。 「むむむ」 右手に野球ボールぐらいの弾をイメージする。 少しずつ自分の霊妖力が右手に集まるのを感じた。 「よしっ」 出来上がったボールを前に突き出す。 ポロッと落ちてまったく飛んでくれない。 「あれっ?」 も、もう一度。 「おろっ?」 な、なんの。 「ふえっ?」 地面に落ちるばかりで発射できない。 それに通常弾を連続3回しただけで疲れてきた。 マジックアイテムの指なし手袋で消費量を抑えているのに。 「貴方、さっきから何をしているの?」 「弾を飛ばそうとしているんだけど」 「不器用ね。良也でも弾ぐらい簡単に飛ばすわよ」 「そう言われてもな。今まで符に頼りすぎたから」 大技はスペルカードに任せるとして、せめて通常弾ぐらいは自分の手で出したい。 それぐらいは出来ないと弾幕ごっこでも実戦でも話にならないと思う。 「うーんうーん……おっ!!」 「鬼心さん、どうかしましたか?」 「こあこあ、いいこと思いついた」 「はい?」 「せっかくのパワーを活用しないのはもったいないよな」 「仰ることの意味がよくわかりませんが?」 オレはもう一度、右手に霊妖弾を作り出す。 「飛ばせないのなら」 踏み出す足を高く上げて。 「投げればいい」 弾を握る右腕を後ろにもっていき。 「うおりゃあああああああああああ!!」 踏み出した足の勢いに乗せてぶん投げる。 おぉっ!! 実に見事な剛速球――。 「ああぁぁぁぁ!!」 「こあこあ、どうした!?」 「ほ、本が……」 「あっ……」 オレの投げた霊妖弾は本棚のひとつに当たって倒れる。 そこに入っていた本はぐちゃぐちゃに散らばってしまった。 「き〜し〜ん〜さ〜ん」 こあこあの背後からゴゴゴォとした怒りのオーラ。 日頃から優しい者がたまに怒ると怖いっていうのは本当だ。 今まさにそれを目の当たりにしている。 「か、片付けます!! すぐに片付けます!!」 「うるさいわね。図書館では静かにしなさい」 「パノもこあこあもごめんなさい!!」 オレは必死で片付けを始めた。 今後、図書館で練習するのはやめておこう。 「自分のことながら凄い弾だった」 鬼化の影響で身体能力が上がるとこんなに違うのか。 スイスイに鍛えてもらったおかげでもあるのだろう。 「ふぅー、片付け完了。あれっ、フラちゃんは?」 「自分に部屋に戻りましたよ」 「わかった」 とりあえずフラちゃんとの約束を守って遊ぶか。 通常弾の件だったらとりあえず解決したし。 「不意打ちには不意打ちってな」 ノックもしないでそっと静かに入ってみる。 すると……。 「zzz」 「あらあら、寝ちゃってるよ」 ベットでぐっすりとお休みタイムか。 ここは起こさないようにそっとしてあげよう。 「さて……」 オレは図書館に戻り、こあこあの淹れた紅茶を味わう。 うーん、岩を木っ端微塵にするほどの必殺技はないものか? いくらオレの力が上がってるとは言っても所詮は人間だし。 「こあこあ、絵や図解を中心にした必殺技の本ってある?」 「えっと……こちらにそれらしい本があります」 こあこあが取り出した本は『まんが必殺シリーズ』。 外の世界から流れ着いた本らしい。 これならオレでもわかるかも、というこあこあの配慮だ。 「ちょっと借りるよ」 「はい、どうぞ」 さて、練習できる場所を探さないとな。 図書館を出て通路を歩いていく。 妖精メイドたちがアタフタと働いていた。 「(た、助けてください)」 妖精メイドたちがオレにアイコンタクトしてくる。 ああ、これはメイド長の咲さんから手厳しい指導があったな。 「(ダメです。君たちだってオレが助けを求めた時、見て見ぬフリをしたくせに)」 「(そんなぁ〜)」 「(くれぐれも咲さんを怒らせないように)」 ふっ、見て見ぬフリをされる側の気持ちを思い知るがいい。 あと今のオレは客人であり、妖精メイドの相手をしているヒマはない。 えっと、たしかこの辺に咲さんと戦った広間が……。 「あった」 ここなら存分に試しても大丈夫だろう。 オレは『まんが必殺シリーズ』のページをめくる。 使えそうな技は……これだ!! 「いくぞ」 腰を沈めて両手を構え、身体をちょっと捻って。 「か〜め〜は〜め〜」 両手に霊妖力が集まってくる。 いかにも何かが出てきそうな感じだ。 絵にあった必殺技のイメージを思い描きながら。 「はぁぁぁぁぁーーー!!」 突き出した両手から霊妖力のエネルギー波が飛ぶ。 でも、すぐに拡散して消えてしまった。 「あの通常弾みたいに落ちなくて良かった」 漠然とした波より弾のような塊がいいかも。 よし、別の必殺技を試してみよう。 右掌を上にして霊妖弾を作り出した。 本当は浮かして飛ばすんだけど上手くいかないので投げる。 「操気弾!!」 ここから二本指の構えで操作を始めたが。 「いたっ!!」 いきなり戻ってきてオレの顔面に直撃。 ……ちょっと涙が出た。 どうも操縦系の技は向いてないらしい。 「あんた、救いようのないバカね」 「うるさいレミレミ!! 次だ次!!」 いつの間にかレミレミがいるけど気にしない。 今のオレは必殺技を編み出すので忙しいのだ。 「よし、これだ!!」 片手を挙げてフリスビーのような円盤を作る。 よし、今度こそ決めてやる!! 「気円斬!!」 壁に向けて投げるとすぐにひん曲がって消えた。 なんて弱々しい出来損ないの技か。 本当なら壁が真っ二つになるはずだったのに。 「はぁはぁはぁ……」 全身から汗が吹き出て呼吸が乱れてしまう。 霊妖力が底をついてしまったようだ。 「もう疲れたの? 情けないわね」 ほっとけ。邪魔するならとっとと去れ。 あぐら座りでしばらく休憩してからオレは言う。 「なぁ、レミレミ。オレの運命を視たのか?」 「なに、聞きたいの? 一週間後にあんたがどうなっているか?」 「聞く必要はないよ」 「ほぉー、なら当ててみるがいい」 「答えは……」 ゆっくりと立ち上がり。 「こうだ!!」 レミレミに向かって右ストレートを放つ。 「ふっ」 にゃろう、片手で軽々と受け止めやがって。 お前はスイスイか。しかも鼻で笑うな。 「どんな運命だろうとこのオレがぶっ倒す!!」 「子どものくせによく吠えるわね」 「子ども扱いするな!!」 フルパワーでパンチを連打しまくる。 レミレミが片手だけですべての拳を防ぎやがる。 オレはムキになって全力で乱打を続けた。 「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 今までの溜まった鬱憤を発散するかのように真っ直ぐに打つ。 回復した霊妖力を拳に込めながら軽くバックステップ。 そこから一気に詰め寄りレミレミの顔面を狙って。 「食らえ!!」 渾身の一撃すらも片手で受けやがった。 「へぇ〜」 「なんだよ!?」 「私を動かすなんて少しはパワーをつけたわね」 「えっ?」 よく見ると少しだけレミレミの上体が後ろにそれている。 それだけレミレミをパワーで押したってことなのか? 「お前、わざとだな」 「さぁー、なんのことかしら?」 「余計なことを……礼なんて言わないぞ」 「なにを勘違いしているのか知らないけど、あんたはバカだから一生バカやってればいいのよ」 「バカバカ言うな。お前のほうがバカなくせに」 「貴様、やっぱり死ね」 「ぐぎゃあ!!」 至近距離でレミレミの弾を食らってノックダウン。 こいつ、やっぱり倒す!! 絶対に倒す!! 意識を失う前にオレは強くそう思った。 |
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