永遠亭で働いて治療費の代わりとした。
 これで解放されたオレとスイスイは永遠亭を出る。
 餞別にもらった食料で朝食を済ませた後のことだ。

「よし、鬼心。今晩の酒のつまみに魚を捕ってきな」
「それってスイスイが捕ったほうが確実だろ?」
「これも大切な修業さ。鬼心にはもっと強くなってほしいからね」
「それは建前だろ? 本音だと楽がしたいだけでは?」
「んぐんぐっ、ぷはー」
「飲んで誤魔化すな!!」

 そんなに飲んでアルコール中毒とかにならないのかな?
 人間だったら絶対に肝臓を悪くしていると思う。

「ほらほら、さっさと行きな。せめて十匹ぐらいは捕って来いよ」
「もし、捕れなかったら?」
「鬼の約束を破るやつにはお仕置きだね」
「お、鬼ぃ〜!!」
「だから鬼だってば」

 スイスイは一度言い出したら後には引かない。
 オレは地図のハチマキを使って川まで直行した。
 見たところ、綺麗な川で魚も沢山泳いでいるようだ。

「よし、ここで釣ってみるか」

 でも道具もないのにどうやって?
 咲さん直伝の投げナイフでやってみるか?
 でも動く獲物が相手だと自信がないな。

「おい、お前」

 さて、どうしたものか?
 魚を捕るためには――あれっ?

「ふもさん、どうしてここに?」
「それは私の台詞だ。お前はここで何をしている?」
「スイスイに魚十匹を注文されて悩んでいるところ」

 ふもさんが釣竿と魚籠を持っている。
 釣りに来たことは誰が見ても明らかだ。

「なるほど、ここはふもさんの縄張りか。邪魔したね」
「待て。どこへ行くつもりだ?」
「とりあえず、道具を確保するために人里に行こうかと」

 お金はないけどレンタルして釣った魚の山分けで交渉しよう。
 いわゆる物々交換ということで。

「ほぉ〜、慧音の養子になるのか?」

 ふもさん、逃げるために身代わりにしたことまだ怒ってる?
 でも、あれは先に逃げようとしたふもさんが悪いんだよ。

「お前が逃げた後、慧音から逃げるのにどれだけ苦労したか」
「過ぎたことは根に持たない。でも、ケネケネさんってああいう性格なんだね」
「まあ、あいつは昔からしつこい奴でな。今でもお前のことを気にかけているだろうさ」
「気に掛けるなら、絶対にふもさんが優先だよ」
「私はちゃんと断っている」
「オレは断っても無駄だと思う。ケネケネさんが説得を続けてくるに一票です」
「ああ、お前もその一人に入ったという訳だ」

 そんな仲間入りはしたくないなぁ。
 どっちにしても、うかつに人里には行けそうにない。
 ケネケネさんに会ったら大変なことになるから。

「ケネケネさんの善意はよくわかるけどさ。こういうのは当人の問題だから放っておけって思わない?」
「まあな。だが私に言ったってどうにもならんぞ」
「やれやれ、潔くスイスイにしばき倒されるか」

 まぁ、死にはしないだろう。
 とても痛い目を見ることは確実だけどね。
 おい、ふもさん。そんな呆れた顔でオレを見るな。

「まったく世話が焼ける……お前、これを使え」
「ふもさんはどうするの?」
「予備があるから問題ない」
「最初から出してくれたらいいのに」
「何か言ったか?」
「いいえ、なにも」

 オレは初心者なのでふもさんに釣りのやり方を教えてもらった。
 まずは糸を付け、餌のミミズを針につけ、湖面に向かって竿を軽く振る。
 これで数分足らず。
 実際にやってみると結構できるものだな。

「ほぉー、手際は悪くないな」
「咲さんからの悪魔教育を受けたのは伊達じゃないよ」
「ふんっ、十匹は差をつけてやる」
「オレはその十匹を釣らないとスイスイに半殺しだ」

 いつの間にかふもさんが竿を握って釣りをしている。
 喋ってる間に準備を済ませたのか?
 こりゃあ、間違いなくプロだな。

「さて……こうしているのも暇だな」
「うん、ヒマだね」
「……」
「……」
「……」
「……なんか喋ったほうがいい?」
「私に訊くな」
「悪かったね。オレは土樹みたいに話上手じゃないんだ」

 自分から話を振るタイプでないのはお互い様。
 ふもさん、年上のお姉さんなんだからちょっとはリードしてよ。
 オレはこっちの世界に来てまだ日の浅い新米だぞ。

「おい、竿が引いてるぞ」
「よっと……よし一匹ゲット。ふもさんも引いてるよ」
「わかってる……ふっ、私のほうが大きいな」
「むぅ〜、次で挽回する」

 ふもさんが魚籠を二つ持っているので片方を貸してもらう。
 そこに釣った魚を入れて次を待つと竿が引っ張られる。

「魚たちが会話をするヒマを与えてくれないね」
「ああ、そのようだな」

 釣りをしている間はほとんど無口で集中した。
 ふもさんが二十五匹、オレは十二匹。
 二倍程度の差をつけられてしまった。

「ま、負けたぁ〜!!」

 ふもさんが優越感の笑みを見せてくる。
 それが悔しいの何のって。
 釣りのベテランのくせに大人げないぞ!!
 というか、いつから競争になったんだ!?

 ………………。
 …………。
 ……。

「やっぱ、加減が難しいな」
「まさか蒸発してしまうとは思わなかったよ」
「良也なら簡単にやってのけるのだが」
「悪かったね。オレは無属性の魔法使いだから火の扱いは苦手なんだ」

 ふもさんが何度も挑戦してようやく焚き火となる。
 なまじ火力が大きいと加減も大変らしい。

「ふもさん、塩を持ってきたの?」
「当然だ。お前は魚の捌き方が上手いな」
「これも咲さん直伝だよ」

 オレが捌いて串に刺すと、ふもさんが適度に塩を振りかける。
 あとは串を地面に刺して、焼けるのを待つだけだ。

「飲み水でも汲んで来ようか?」
「その必要はない。お茶を持ってきたから一緒に飲め」
「おぉ、用意がいいね」

 ふもさんが古風な水筒を取り出して、茶碗にお茶を入れてくれる。
 あれっ? コップじゃなくて茶碗なの?
 しかも漆の剥げた椀でちょっと欠けているぞ。
 まぁ、オレは茶碗で飲むのが好きだから別にいいけどさ。

「美味い」

 一気に飲み干してふもさんに返しておく。
 茶碗はひとつしかないみたいだから回し飲みだ。
 ふもさんも同じようにお茶を入れて飲み干す。

「ふもさんは酒のイメージが強いけどお茶も飲むの?」
「たしかに酒はよく飲むがお茶も悪くない」
「そうなんだ」

 魚の焼ける香ばしい匂いがしてきた。
 マジで腹が減ってきて口の中の唾液が溜まる。
 あぁ〜、早く食いたいぞぉ〜。

「そんなに腹が減っているのか?」
「旅をするというのも大変でな。朝は野草を少々だった」
「お前は私と違って普通の人間だ。ちゃんと食べておけ」

 ケネケネさんみたいに心配してくれるのか?
 まぁー、死なない程度には食ってるつもりだが。
 ちょっと話題を振ってみるか。

「蓬莱人でも空腹感はあるらしいけど本当なの?」
「ああ、最近でこそ三食食べるようになってきたがな」
「その三食ってケネケネさんの影響でしょう?」
「よくわかったな」
「逆の立場で考えたらすぐにわかる。で、昔は食べてなかったと?」
「ああ、少し前までは全然食べていなかった」

 おいおい、全然かよ。絶食にも程があるだろ?
 まぁ、不死身だから飢えて死ぬことはないんだろうけど。

「腹が減って動けなくなることはないの?」
「空腹感はあっても、蓬莱人は極端にやせ細ったり、動けなくなったりはしない」
「それなら、無人島で遭難しても余裕で生き残れるな」
「だが、これのせいで昔酷い目に遭ったことがある」
「昔?」
「お前達が江戸と呼んでいる時代だ」

 ごめん、ふもさん。オレは歴史に疎いからちょっとわからない。
 でも、ふもさんが昔話をするのは珍しいので黙っときます。
 
「何度か飢饉に見舞われたことがあったんだが……」

 ききんってなに? 資金とかチキンならわかるけど。
 もぉ〜、難しい言葉を使うなよ。
 オレは土樹と違って頭がよくないんだから。

「食べるものがないのに、一向にやせ細らない私が、食料を隠し持っていると疑われてな」
「オレがふもさんの立場なら絶対に山奥とかに隠れ住むね。疑われることを予測して」

 あー、ききんって食料不足のことかな。そう解釈しておくぞ。
 んで、状態を見ただけで犯人扱いってオチかい?

「私もそう考えて人里からはかなり離れて暮らしていたが……」
「が?」
「ある日夜襲にあった」

 おいおい、ふもさんに夜襲だって?
 なんて身の程知らずな事をするんだ。
 まぁ、夜襲が戦いの常套手段であることはわかるけどさ。
 
「食料なんぞあるはずがないのに、村の連中はそこらじゅうを引っ掻き回してな」
「なんと迷惑な」
「いい加減、私もキレたんで、丁重にお引取り願ったが」
「そりゃあキレて当然だな。丁重にやっただけ大したものだよ」

 まぁ、村の人たちも自分たちの飢えで必死だったんだろう。
 その辺りの同情を差し引いても濡れ衣を着せられるのはアウト。
 レミレミあたりならプッツンして血祭りでしょう。

「しかし、そうすると今度は、私が化物扱いだ」
「どうせ化け物扱いされるなら、丁重よりも派手にやったほうが良かったんじゃない?」
「ああ、そうかもな。で、仕方なく引越しをした。それもこれも、あの輝夜のせいで……」
「おっと、魚が焼けてきたぞ。続きは魚を食べてからね」

 この焼き魚みたいにふもさんの昔話はとても新鮮に感じる。
 まぁ、昔話というより苦労話に聞こえるけどね。

「はふはふっ……おぉ、おいひぃ〜」

 熱々の焼き魚を思う存分にかぶりつく。
 塩味と魚の野性味がマッチして絶妙に美味い。
 お茶のつまみとしては最高だね。

「そうだな。昔はこれを一匹食べるのにも苦労したものだ」
「外の世界にいた妖怪たちも苦労していたよ」

 わたあめ妖怪のワタ、筋肉質な坊さんである筋肉坊主、モグラ妖怪のモグ。
 オレが外の世界で出会って助けた妖怪はこの三体だ。
 いずれも飢えと恐怖で苦しんでいたよ。

「外の世界の妖怪たちは、ゴミ箱や畑を漁るのが精一杯でね」

 今思うと本当に悲惨な光景だったよ。

「その妖怪たちにしてみれば、退治屋のオレは化け物に見えただろうな」
「お前は一体も退治しなかったそうだな。何故だ?」

 ふもさんは自分に置き換えて質問しているのか?
 その瞳には何かを訴えるものを感じさせる。
 それが何かまではわからないが……。

「退治するのは最終手段で、それ以外の選択があればそれを選ぶだけ」
「それは建前だろ。本音はどうなんだ?」
「自分を見ているような気がして退治できなかった」

 あの時は理由もサッパリだったけど今になってよくわかる。
 路頭に迷っている妖怪たちが自分とそっくりに思えたのだろう。
 記憶を失って路頭に迷っていた自分と重ねたのだと。

「退治屋のくせに退治せず、妖怪を助けて裏切って。今に至ると」
「変わった奴だなお前は」
「いずれにしても、オレはまだ恵まれているよ。ふもさんには敵わない」

 不幸自慢だったらダントツにふもさんが上だね。
 むしろ、ずっと上であってほしい。
 世の中にはもっと不幸な人がいるという代表者になってくれ。

「とにかく暗い話は大いに歓迎するよ。いくらでも言うがいい」
「いや、これ以上話せばお前が私のようになってしまいそうだからやめておく」
「オレにはスイスイがいるから心配はいらない。ふもさんもケネケネさんがいるから大丈夫でしょう」

 オレは喋りながらも焼き魚を食べ続ける。
 あー、ちょっとだけ食いすぎたかもしれない。
 また釣り直さないといけないな。

「そんなお前にひとつだけ忠告してやる」
「なんだい?」
「絶対、蓬莱人にはなるな」
「イエス」

 オレはキッパリと即答する。
 ふもさん、それは忠告されるまでもないぞ。

「おい、私は真面目に言ってるんだぞ」
「こっちも真面目に答えている。蓬莱人は戦いの進化を止めてしまうからな」
「戦いの進化?」
「オレは常に危機管理能力を持っている。貧弱な人間だからこそ、それがよく活きてくるんだ」

 不死身だから安心なんて油断を招くような蓬莱人なんて御免だね。
 ふもさんとかぐちゃんの戦いを見てみろ。
 技術も防御もあったものじゃない。ただの力のぶつけ合いだ。
 それも悪くないけど、オレは人間として色々な戦い方で勝負がしたいんだ。
 まぁ、戦いの駆け引きも大事ってことだな。

「スイスイが言うんだよ。お前は楽を覚えてはいけない。苦しんで成長しろってな」
「よくわからん」
「わからなくていいんだよ。人それぞれ生き方ってのがあるのさ」

 まぁ、不老不死の魅力はわかっているつもりだよ。
 好きなことや楽しいことをずっと続けられる訳だし。
 それでもオレは人間として戦いの道を選ぶ。

「ふもさんには悪いことしたね」
「悪いことってなんだ?」
「ふもさんは蓬莱人だから寿命がない。でもオレは人間だから寿命がある。そうなると死に別れが発生するじゃん」

 事前に危険を察知してふもさんの拳骨をガードする。
 あのぉ〜、突っ込みは拳でやるものではないと思うよ。

「こらっお前、防ぐな」
「悪いけど能力で危険を察知したからガードした」
「焼き人間にするぞ」
「なんでゲンコツなの?」
「子どものくせにくだらないことを言うからだ」
「子ども扱いはやめろ。それとくだらないって何のこと?」
「お前が先に逝ったところで私には関係のないことだ」

 死に別れのことで気遣いはやめろってことか。
 考えてみれば、ふもさんには土樹やかぐちゃんがいるもんな。
 いずれも蓬莱人として永遠に生きるから大丈夫そうだ。

「ふもさん、魚食いすぎ。オレの分まで食べるなよ」
「お前がバカなことを考えた罰だ。この魚も没収する」
「おいおい、そりゃねぇだろ!!」

 オレは魚の釣り直しをしたが五匹しか釣れなかった。
 でも、ふもさんが分けてくれたので安心したよ。
 ま、割と有意義な時間だったと思う。ふもさんの苦労話も含めてな。



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