目を覚まして今の状態を確認する。
 全身打撲で思った以上に動くのが辛い。

「そっか。負けたんだよな」

 すぐ傍でグースカと寝ているスイスイ。
 どうせオレの寝てる姿を酒の肴にしたのだろう。
 実際、スイスイの寝息がとても酒臭い。

「おっ」

 寝ているスイスイの手に扇子があった。
 気絶する寸前に手土産に渡した所までは覚えている。
 いずれにしても……。

「はぁ〜、リンさんの弟子入りは諦めるしかないな」

 リンさんの下でなら大いに学べると思ったんだけど。
 まぁ、稽古する相手は他で見つけるしかないや。

「お目覚めでしょうか?」
「咲さん、おはようござ――って、その腕どうしたの!?」

 咲さんの右腕にギブスらしき包帯が巻かれている。
 昨日までそんなのはついてなかったはずだ。

「昨日の戦いで貴方にしてやられました」
「いや待ってくれ。もしかしてあの時の?」

 最後の一本背負いを思い出す。
 うろ覚えだけど、腕を思い切り握って回して。
 素人がそんな大技を出すのはマズかったのか。

「あ、あれは一本背負いという外の世界で言う柔道の技で」
「戦いの上では怪我がつきものです。気になさらないで下さい」
「でも、仕事に支障きたしているのでは?」
「お嬢様から休暇を頂いています。それより、お嬢様からの呼び出しです」
「呼び出し?」
「貴方がお目覚めになりましたら、お嬢様の部屋まで連れてくるようにと」
「えぇ〜、レミレミは苦手なんだけどな」
「私はご命令に従うだけです」

 はいはい、わかってますよ。
 どうせ断ってもムリヤリ連れて行くんでしょ?
 オレはため息をつきながら咲さんについていく。

「つくづく恐れ入ったよ。ハンデをもらっても勝てないんだから」
「貴方が術を使っていたら勝てたのかもしれませんよ」
「いや、仮に使ってもオレが負けていたと思う」

 ま、過ぎたことをいくら言っても無駄なことだ。
 とにかく、オレは強くなるための修業を求めている。
 どうすれば幻想郷の連中と対等に戦えるのかと。

「ふっ、無様なものね」
「無様で悪かったな」

 部屋に入ってすぐにそれかよ。
 相変わらず異様な雰囲気でカッコつけやがって。
 まぁいい、レミレミの用件を聞いておこう。

「咲夜が怪我をしたことで、紅魔館の運営に支障をきたしているわ」

 そりゃあ、咲さんはメイド長だもんな。
 そう言われてもおかしくない立場だ。

「で?」

 レミレミよ、何が言いたいんだ?
 オレにはすっごく嫌な予感がするんだが?

「咲夜が怪我をしたのは貴方のせいよ。責任を取りなさい」
「はぁ!?」
「貴方は咲夜の代わり。咲夜が完治するまで私の下僕として働くのよ」
「無理、じゃあな」

 オレはキッパリと断る。
 スイスイのところに戻ろうとしたが。

「随分となめた態度をとるわね」
「オレは戦いに身を投じる人間。とても代役にはならん」

 メイド長代理なんて出来るわけないだろう。
 ここの当主はなにを血迷っているんだ?
 チョコの食べすぎで頭でも狂ったか?

「ご安心を。私が教えますわ」
「咲さん、武術の指導だったら大歓迎だよ」
「貴様、一度死んでみるか?」

 おい、爪を立てるな爪を。
 人間の皮膚は脆いんだ。
 斬り刻まれたら跡が残ってしまうぞ。

「レミレミの下僕なんて誰がやるか!!」

 その場のノリでレミレミと弾幕ごっこだ。
 でも従者に負けているオレが親玉に勝てる訳がない。
 それ以前にオレは怪我人だし。
 どうせ知ったことじゃないって思われているんだろうけど。

「貴方は代役の運命に逆らえない」

 なんと理不尽で屈辱極まりないことか。
 負けた以上は従えってか。
 あまりにもムカつくのでオレは条件を出すことにした。

「隙あらばいつでも狙う。それでいいならやってやる」
「へぇー、刺客になるつもりなの?」
「お前を倒してリンさんに稽古をつけてもらうのさ」
「咲夜にも勝てない人間が私を倒す? 笑わせてくれるわね」

 わかってるさ。こいつは咲さんよりも強い。
 確かにレミレミにしてみればオレは愚か者だろう。
 それでもオレは戦う。
 こいつにゲンコツの一発でもかましてやりたい。

「いいわ。私に一撃でも当てられたら美鈴の弟子入りを認めてあげる」
「ほぉ〜、たった一撃でいいんだな?」
「ふっふっふ、誇り高い吸血鬼に二言はないわ」
「いいだろう。それで勝負だ!!」

 倒すのは無理でも一撃ぐらいなら何とかなる。
 レミレミ、その思い上がった態度を叩きのめしてやるぞ。

「咲夜」
「はい、こちらです」
「おうっ」

 何かまんまと乗せられたような気がする。
 まぁいい、とにかく代役を……って!!

「咲さん、この服はなに?」
「メイド服です」
「なんで?」
「私の代役をする以上はその服でなければなりません」
「オレ、用事を思い出し――」

 あ、あの咲さん。
 ナイフを喉元に当てるのはやめないか?
 ついでに悪魔の笑みも恐いから遠慮してほしい。

「はぁ〜」
 
 逆らえないことを悟ってメイド服を着る。
 ミニのスカートがどうにも落ち着かない。
 ちくしょう、何でオレがこんな目に……。

「とってもお似合いですよ、鬼心」
「うれしくない。この服でよくあれだけ動けたね」
「慣れの問題です」
「こんなのに慣れたくない」

 さて、ここからはオレの地獄タイムとなる。
 というのも、咲さんの教え方は徹底的なスパルタ教育。
 スイスイは物理的に容赦しないが、咲さんは精神的に厳しい人だ。
 完璧主義ゆえか、妥協すら許してくれないのである。

「鬼心、何度間違えれば気が済むのですか」
「だから!! オレは紅茶なんて作ったことがないんだ!!」
「つべこべ言わずにさっさとやりなさい」
「だぁー!! なんでこうなる!?」

 下手に逆らえばナイフが飛んでくるし。
 なんでオレがこんな目に遭わないといけない。
 オレは戦いの修業に来たんだ!!
 断じてメイド修業に来たんじゃな〜い!!

「さて……」

 咲さんの指示でレミレミに紅茶を持っていく。
 あー、今すぐにでも殴ってやりたい。
 レミレミの頭を思い切りどつき倒したい。

「おいっ、もってきたぞ」

 イライラしているオレは扉を乱暴に開けた。
 そして、挨拶代わりに符の霊弾をレミレミに向けて放つ。

「ふんっ」

 レミレミは座ったままデコピンで跳ね返してきた。
 それがカップに当たり、中身の紅茶を頭から被ってしまう。

「あちぃいいいいい!!」
「とっとと淹れ直してきなさい」
「ちくしょう!! 覚えてやがれ!!」

 文字通りに顔を洗って出直す。
 次こそは倒す!! レミレミを倒す!!

「……」

 まずはさりげなくレミレミに近づく。
 ゆっくりと紅茶を置いてその場で待機する。
 よし、ここまではいい。
 狙うのはレミレミが紅茶を飲む瞬間だ。

「……食ら――がはっ!!」

 鉄拳を出す前、顔面に気弾が当たって倒れる。
 能力により天井からの危険を察知。
 オレはゴロゴロと転がりながらすぐに起き上がった。

「レミレミ!! オレを殺す気か!!」

 さっき倒れていたところに危なそうな気の槍が刺さっている。
 レミレミは優雅に紅茶を飲んで一瞥するだけだ。

「30点。咲夜の指導もまだまだね」
「申し訳ありません。彼の指導不足は私の責任。あとで徹底的に教育いたします」
「こんにゃろう――うっ!!」

 咲さん、背中にナイフを押し当てるのはやめてくれ。
 あと首根っこを掴んで引きずるのもやめて。

「それでは他のお仕事がありますので失礼します」
「ちくしょう!! これで勝ったと思うなよぉーーーーー!!」

 その後、メイド長としてのフルコース作業が続いた。
 掃除、洗濯、炊事すべてやらないといけない。
 これ、どう頑張っても終わらないだろ?
 時間がいくらあっても絶対に無理だって!!

「さぁー、サボってないで仕事に戻った戻った」
「咲さん、なんか楽しんでない?」
「私の代わりを務めるならこれぐらいはして下さいな」

 妖精メイドから哀れみの目を向けられる。
 メイド長の厳しさは向こうもよくわかっているらしい。
 助けてくれと目で訴えるも妖精メイドたちは目をそらした。
 逆の立場ならオレも見て見ぬフリとすると思う。

「あぐっ!!」

 咲さんの突っ込みチョップが何気に痛い。
 ペシペシ連打でコンボに繋げるのはやめてくれ。
 仕事が終わったのは深夜を過ぎてからだ。
 精根尽き果ててベットに沈んだことは言うまでもない。

 ………………。
 …………。
 ……。

 メイド長の朝はとてつもなく早い。
 2時間だけの睡眠って絶対に少ないと思う。

「ふあぁ〜」

 あくびをしながら眠い目をこする。
 不本意ながらメイド服を着て咲さんの所へ向かった。

「鬼心、そのだらしない顔はやめなさい」

 矢で貫くような厳しい目を向けられる。
 朝からそんな恐い顔しなくてもいいじゃんか。

「睡眠時間が足りない。眠いから寝てもいい?」
「では息の根を止めてさしあげましょう」
「あ、悪魔だ。目の前に悪魔がいるよ」

 一刻も早くレミレミを倒したい。
 こんな地獄の生活から抜け出したい。
 でも今はメイド長代理として仕事をするしかない。

「咲さん、出来ましたよ」

 と言って咲さんに味見をしてもらうと。

「ひゃっ!?」

 咲さん、ナイフを投げるのはやめましょうよ。
 前髪にナイフがかすって怖すぎる。

「ふざけないで。これで朝食になりますか」

 調味料を間違えただけでそんなに怒るなよ。
 ガミガミと説教されてから作り直しを命じられる。
 まさか30回も作り直しをすることになるとは。
 犠牲となった食材たち……ごめんなさい。

「ほら、急ぎなさい」
「ひぃ〜〜!!」

 各自が食事をする時間は極めて自由。
 たまに全員で食事をすることもある。
 今日はまさにその日だ。
 オレは汗だくになりながら全員の朝食を運び出す。

「はぁはぁはぁ……」

 食卓の準備に追われて呼吸が乱れる。
 食器の置き方をちょっと間違えるだけで。

「いたぁ!!」

 咲さんがお盆でオレの頭を叩く。
 心の悲鳴を上げながらやっと準備が終わった。
 くそったれ、ここまでコキ使いやがって。
 この恨みはレミレミにぶつけてやるぞぉおおおお!!

「あれっ? 咲夜さん、味付けを変えましたか?」
「それは彼が作ったものよ」
「鬼心さん、この料理サッパリしていて美味しいですよ」

 ありがとう、リンさん。
 貴方だけだよ、そこまで優しくしてくれるのは。
 あっ、こあこあさんも優しいな。
 フラちゃんは手加減さえしてくれたら良い子だよ。

「あれっ? そういえばスイスイは?」
「客室で豪快に寝てますわ」
「あー、そりゃあ起きないや。そのまま放っておこう」

 腹でも減ったら勝手に起きるだろうし。
 ま、それは置いといて。
 オレは獲物を狙う目で敵を見つめた。

「……」

 優雅な振る舞いで食事をするレミレミ。
 うむむ、なかなか攻撃をするチャンスがない。

「んっ?」

 レミレミと目が合いそうだったので顔をそらす。
 ヤバイヤバイ、露骨に見たら怪しまれてしまう。
 しばらくすると、レミレミがスプーンを落とした。
 当然とばかりに咲さんが動き出すが。

「待ちなさい咲夜、貴方は何もしなくていいわ」
「はい」
「おい、そこの代理。すぐに拾いなさい」

 自分で落としたものぐらい自分で拾えよ。
 あー、無性に腹が立ってきたぞ。
 こいつは全力でぶん殴ってやる!!

「へいへい」
「あ、貴方ね……」
「構わないわよ咲夜。こいつに敬語なんて似合わないわ」
「そうですね」

 何にしてもこれは絶好のチャンス。
 スプーンを拾うフリをして鉄拳制裁!!
 そのつもりだったのに。

「がぁっ!!」

 レミレミがオレの頭を踏みつけやがった。
 土下座するみたいな態勢になってかなりムカつく。

「ほらほら拾いなさい。土下座なんていらないから」
「いつまでも踏むんじゃねえ!!」

 手で振り払おうとしたがアッサリかわされる。
 あー、これはレミレミの罠だ。
 あのうすら笑いがマジで気に食わない。

「ふっ、愚か者め」

 くそぉ〜、バカにしやがって。
 とりあえず、ここは仕切り直すしかないな。
 新しいスプーンと交換して持ち場に戻っていく。

「わぁ〜、お姉様を攻撃する人間なんてめずらしい」
「バカにつける薬はないわね。そんなに美鈴と稽古がしたいのかしら?」

 愚問だよ、パノ。
 肉弾戦の修業となればリンさんでしょう。
 とにかくレミレミに一撃を当てないと始まらない。

「むむむ」

 敵は吸血鬼。実力の差は歴然としている。
 まともにやっては万に一つの勝ち目もない。
 やはり不意打ちに全ての望みを賭けるしかないな。

「ほら、ボーと突っ立ってないで仕事しなさい」
「うぅ〜」

 咲さん、お願いだから蹴らないで。
 メイド長って本当に忙しい仕事だったんだね。
 今は人里まで買出しに向かっている途中である。

「スイスイはいいよな。酒ばっかり飲んで」

 一人になると思わず愚痴をこぼす。
 スイスイは洋酒にハマりまくりだ。
 あの様子では長期滞在が避けられない。
 スイスイさえ出て行くって言えばオレもついていくのに。

「ふぅー」

 人里の買い物を終えてスペルカードの移動方陣を使う。
 これで一気に紅魔館までワープしたが。

「貴様、そんなに死にたいか」
「あ、あれっ?」

 符の時よりも移動の精密度が下がっている。
 何故か知らないがレミレミの膝元に座っていた。
 なんか地雷を踏んで爆発間近って感じ?

「あとでチョコをあげるから手加減してくれ」

 見逃せなんて都合のいいことは言わんから。
 オレは空を飛んで間合いをとる。

「おい待て、槍を出すな」

 よっぽどキレていらっしゃるようで。
 でもなオレは人間だぞ!! 土樹みたいな蓬莱人じゃないぞ!!
 だから無言で槍を投げようとするな!!

「くそったれ」

 こうなったら土樹のアドバイス通りにやろう。
 吸血鬼は日光に弱い種族だから攻略法があるんだ。
 
「光符『閃光弾』!!」
「っ!?」

 目くらましの閃光弾は有効であった。
 この隙に予備のスペルカードを発動させる。
 これで霊力が空っぽになるけど命にはかえられない。

「レミレミ、お詫びはまた今度な!! 動符『移動方陣』!!」

 あーあ、なんでこうなるのだろう?
 オレは健全な修業を望んでいるのに。

「あれっ、ここは?」
「私の部屋ですわ。鬼心」
「あー、なるほ――」
「……」

 なんか着替え中にお邪魔しちゃったみたい。
 メイド長さんがニッコリとしているのが凄く恐い。
 危険信号が発生してしまくっているけど、霊力がないからもう逃げられない。
 とりあえず、目についたのはメイド長の手元にあるP――。

「……ハッ!?」

 オレは医務室で目を覚ました。
 なんか頭を中心にズキズキと痛むのは何故?
 少しばかり記憶を失ったけど思い出さないほうがいいらしい。

「お目覚めなら、さっさと仕事に戻って下さいな」
「仕事って……次は何をするんですか?」
「裁縫よ。ほつれた衣類が沢山あるから」
「……マジ?」
「あと魔理沙が壊した所の修理もありますわ」
「ちょっと待って。俺、裁縫や大工の経験ゼロだけど?」
「ご心配なく。私が徹底的に教えて差し上げます」
「いや咲さん、疲れているでしょ? それはまた今度に――」
「それではついてきなさい鬼心」
「やっぱり咲さんは悪魔だぁああああああああああ!!」

 トンカチで手を打ったり、指に針を刺したり。
 これぐらいのことは生易しい事さ。
 悪魔メイドの前では児戯にも等しい災いである。
 それ以上はもう語りたくない。
 オレの魂にまた新しい分野が刻まれただけさ。

 ………………。
 …………。
 ……。

 不意打ちとは何と難しいことか。
 すぐに返り討ちにあってしまうのが悔しくてたまらない。
 オレは休憩時間を使ってフラちゃんに声を掛けた。

「という訳で誘い出しを頼みたいんだ」
「わぁ〜、面白そうだね。いいよぉ」

 作戦は至って簡単。
 オレは天井あたりまで浮いて待ち構える。
 フラちゃんがレミレミをこの部屋におびき寄せる。
 ドアが開いた瞬間に体当たりの一撃をぶちかます。
 ……ふっふっふ、完璧な作戦だ。

「超符『身体超化』」

 スペルカードで身体能力を高める。
 おっ? この足音はレミレミで間違いないな。
 レミレミめ、今度こそオレの勝ちだぜ。
 ……よしっ、今だ!!

「とつげきぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」

 ドアが開いた瞬間、天井を蹴って特攻を仕掛ける。
 ありったけの頭突きを――っていない!?

「なっ――がぁっ!!」

 開いたドアの先を素通りして床に頭をぶつける。
 あまりの痛さにそのまま転げ回ってしまった。

「○▲*!$&%×□」
「ふんっ、バカめ」
「すごぉーい、どうして鬼心がいるってわかったの?」
「それよりフラン、こんなやつの言うことなんて聞いたらダメよ」
「だって面白そうだったもん。お姉様だって楽しかったでしょ?」
「くだらないわ。おいっ、そこの代理」
「いてててっ、踏むんじゃねぇよ。こんにゃろう」
「今から出かけるから日傘を持ってきなさい」

 お前一人で行けって言ったら殺されるな。
 せっかくだからフラちゃんを誘ってみたけど。

「ううん、わたしは良也に本を読んでもらうから」
「ここ最近、フラちゃんは本に夢中だね」
「そうだよ。いっぱいいぃ〜ぱい絵本を読んでもらうのぉ」

 そう言い残してフラちゃんが立ち去っていく。
 ……レミレミ、首を洗って待っていろ。
 咲さんにお出かけの報告をして日傘を受け取る。

「くれぐれもお嬢様に日が当たらないように」
「わかってます。では行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」

 咲さんに見送られてレミレミと一緒に出かける。
 行き先は特にないらしくただの森の散歩みたいだ。

「手が疲れたわ。貴方が持ちなさい」
「へいへい」

 レミレミがオレに日傘を持たせる。
 一緒の日傘に入って森の道を歩き続ける。
 この日傘をどかせばすぐに勝負がつく。
 だけど……。

「良い天気だな、レミレミ」
「そうね。能天気なあんたみたいに」
「けっ、何と言われてもオレはレミレミを倒す。絶対に」
「まだそんなことが言えるの。本当に救いようもないバカね」
「バカはお前だ。オレをここに誘ったのが運の尽きだぜ」
「ふーん。で、どうするつもり?」
「こうするん――ぐあぁ……」

 足を踏んでやろうとしたら逆に踏まれた。
 しかも念入りにグリグリと……ムカつく!!
 
「このぉ!! このぉ!! このぉ!!」

 ムキになって蹴ろうとするけど先に蹴られる。
 痛い痛い痛い!! 手加減もとい足加減されても痛いって!!

「なんで日傘を外さないの? そうしたら勝てるでしょ?」
「お前の思い通りになってたまるか。第一、気化したら一撃を当てられないだろうが」
「甘いわね。私なら気化する前に叩きのめすわ」
「お前ならそうするだろうな。でもオレはやらない」
「何故?」
「くだらないからだ」
「ふーん、人間って変な生き物ね」
「それはお互い様だ」

 日傘を差しながら諦めずに蹴りを繰り出そうとした。
 そのたびに先手を打たれて痛い目をみる。
 結局、この散歩でも一撃を当てられなかった。

「……くそぉ〜、何故だ? 何故レミレミを倒せない?」
「無理ですよ鬼心さん。レミリアお嬢様を倒すなんて」
「おっ、リンさんが居眠りをしてないのは珍しい」
「あははっ、お花に水をあげていたんです」
「リンさんは園芸もするんだね。てっきり咲さんの仕事かと思った」
「私の数少ない趣味なんです。花を見ていると気持ちが安らぎますよ」

 リンさんが温かい笑顔で花に水を与える。
 その光景は確かに安らぎをもたらすものだ。

「あのぉ鬼心さん、ひとつ訊いてもいいですか?」
「どうぞ」
「レミリアお嬢様が恐くないですか? 普通ならあんな風に抵抗なんて出来ませんよ」
「姐さんやスイスイや咲さんに比べたらまだマシだ。
 そりゃあ恐い時もあるけど、オレにしてみれば倒すことが先でな」

 とにかくレミレミをぶちのめす。それしか頭にない。
 あーでも、咲さんが容赦なく指導してくるからな。
 嫌でもメイド長の仕事を覚えなければならない。

「あ、そろそろヤバイな。じゃあ、咲さんの所に戻るよ」
「はい、頑張って下さい」
「そっちもね」

 その後もオレは諦めない。
 ここで引いたら今までの苦労が無駄になるからな。
 だけど……。

「咲さん、ちょっと勘弁して下さい」
「なにを言ってるの。この程度の仕事で根をあげない」
「だってぇ〜」
「だってもありません。口を動かすヒマがあるなら実行しなさい」
「わかったから弾幕ナイフはやめて!!」

 洗濯物を洗ったり干したりするのって大変だな。
 外の世界ではコインランドリーという便利なものがあるのに。
 ちゃんとシワを伸ばさないと咲さんに怒られるからな。

「ふぅー、お、終わりました」
「ご苦労様。では次の仕事です」
「ま、まだあるのぉ?」
「はい。お嬢様の背中を流してきなさい。これはお嬢様からの命令よ」
「風呂場に行けってこと?」
「そうよ。ほらっ、早く行きなさい」

 レミレミの入浴タイムか。
 よし、これなら攻撃するチャンスがある。
 リラックスする風呂なら隙も突きやすい。
 ふっふっふ、レミレミめ。今度こそ!!

「くれぐれも粗相のな――やはり聞く耳はありませんね」

 オレは駆け足で大浴場までダッシュする。
 中に入ると湯気が充満していてよく見えない。
 しかしオレにはわかるぞ。
 危険を察知する能力でレミレミの存在が伝わってくる。
 攻撃をすれば危険なことはわかっているがそれでもやる。

「レミレミ!! 覚悟!!」

 符を取り出して霊弾を乱射していく。
 2枚目の符も用いて乱れ撃ちを続けた。
 撃ち終わると大浴場はシーンと静まり返る。

「や、やったか!?」

 狙いは間違っていないはず。
 いや待て。上から何か来たぞ!?

「うわぁ!?」

 一瞬だけ黒い影が見えた。

「くそっ!!」

 右拳を振りかざすも影が消える。
 どこだ!? どこに行った!?
 ……後ろか!!

「ぐはぁ!!」

 危険とわかっても反応が追いつかない。
 なにより湯気で見えないから対処しきれない。
 おそらくオレは蹴っ飛ばされたのだろう。
 そのまま湯船まで吹っ飛んでドボーンと沈んだ。

「げほげほっ!!」
「誰が遊んでいいって言ったの? 私は背中を流しなさいと命じたのよ」
「あ、遊んでたまるか!!」

 湯船から出てレミレミの背中まで近づく。
 羽さえなければ普通の人間と変わらないな。
 何にしても、後ろを向いている今こそ!!

「隙あ――」
「殺すわよ」
「……」
「さっさとやりなさい」

 お前は後ろに目でもあるのか?
 とにかくここは大人しく洗っておかないと流石にヤバイ。
 あと乱暴に洗ったら殺されることも確実。
 オレなりに丁寧に洗っているつもりだが。

「下手ね」

 と、ズバッと斬り捨てやがる。
 はいはい、どうせ咲さんには及ばないよ。

「教わってないからな。そもそも誰かを洗ったこともないし」
「ふーん、私が初めてってこと?」
「ああ」
「次は頭もやりなさい」
「へいへい」

 頭ぐらい自分でやれよ。
 まったくもって面倒くさがりな吸血鬼だ。

「というか、髪も肌も綺麗だから洗う必要ないだろうに」
「……ふんっ、子どものくせにつまらぬ世辞を言うな」
「オレは子どもじゃねぇ。殴るぞ」
「あんたは自ら死を選ぶような愚かな子どもよ」

 こんにゃろう、お湯ぶっかけてやろうか。
 って、さすがにそれだと命が危ないな。うん、危険すぎる。
 ゆっくりとお湯を流して向こうは満足してくれた。

「もう下がっていいわ」
「あいよ」

 よし、去り際に霊弾を――。

「わーい!! お風呂だぁ!!」
「なっ!? フラちゃ――げふっ!!」

 声からしてフラちゃんだとわかった。
 けど、湯気の多さで全く見えず動きも早すぎ。
 フラちゃんの突進を食らい、オレは壁に激突していた。

「あれっ、いま何か当たったよぉ?」
「フラン、走ったらダメって前にも言ったでしょう」
「だってぇ〜、お姉様と一緒に入りたかったもん」

 ああ、オレは放置ですか。そうですか。
 いいですよ、どうせ意識がなくなるからさ。
 でもオレは諦めないぞ……がくっ。



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