目を覚まして今の状態を確認する。 全身打撲で思った以上に動くのが辛い。 「そっか。負けたんだよな」 すぐ傍でグースカと寝ているスイスイ。 どうせオレの寝てる姿を酒の肴にしたのだろう。 実際、スイスイの寝息がとても酒臭い。 「おっ」 寝ているスイスイの手に扇子があった。 気絶する寸前に手土産に渡した所までは覚えている。 いずれにしても……。 「はぁ〜、リンさんの弟子入りは諦めるしかないな」 リンさんの下でなら大いに学べると思ったんだけど。 まぁ、稽古する相手は他で見つけるしかないや。 「お目覚めでしょうか?」 「咲さん、おはようござ――って、その腕どうしたの!?」 咲さんの右腕にギブスらしき包帯が巻かれている。 昨日までそんなのはついてなかったはずだ。 「昨日の戦いで貴方にしてやられました」 「いや待ってくれ。もしかしてあの時の?」 最後の一本背負いを思い出す。 うろ覚えだけど、腕を思い切り握って回して。 素人がそんな大技を出すのはマズかったのか。 「あ、あれは一本背負いという外の世界で言う柔道の技で」 「戦いの上では怪我がつきものです。気になさらないで下さい」 「でも、仕事に支障きたしているのでは?」 「お嬢様から休暇を頂いています。それより、お嬢様からの呼び出しです」 「呼び出し?」 「貴方がお目覚めになりましたら、お嬢様の部屋まで連れてくるようにと」 「えぇ〜、レミレミは苦手なんだけどな」 「私はご命令に従うだけです」 はいはい、わかってますよ。 どうせ断ってもムリヤリ連れて行くんでしょ? オレはため息をつきながら咲さんについていく。 「つくづく恐れ入ったよ。ハンデをもらっても勝てないんだから」 「貴方が術を使っていたら勝てたのかもしれませんよ」 「いや、仮に使ってもオレが負けていたと思う」 ま、過ぎたことをいくら言っても無駄なことだ。 とにかく、オレは強くなるための修業を求めている。 どうすれば幻想郷の連中と対等に戦えるのかと。 「ふっ、無様なものね」 「無様で悪かったな」 部屋に入ってすぐにそれかよ。 相変わらず異様な雰囲気でカッコつけやがって。 まぁいい、レミレミの用件を聞いておこう。 「咲夜が怪我をしたことで、紅魔館の運営に支障をきたしているわ」 そりゃあ、咲さんはメイド長だもんな。 そう言われてもおかしくない立場だ。 「で?」 レミレミよ、何が言いたいんだ? オレにはすっごく嫌な予感がするんだが? 「咲夜が怪我をしたのは貴方のせいよ。責任を取りなさい」 「はぁ!?」 「貴方は咲夜の代わり。咲夜が完治するまで私の下僕として働くのよ」 「無理、じゃあな」 オレはキッパリと断る。 スイスイのところに戻ろうとしたが。 「随分となめた態度をとるわね」 「オレは戦いに身を投じる人間。とても代役にはならん」 メイド長代理なんて出来るわけないだろう。 ここの当主はなにを血迷っているんだ? チョコの食べすぎで頭でも狂ったか? 「ご安心を。私が教えますわ」 「咲さん、武術の指導だったら大歓迎だよ」 「貴様、一度死んでみるか?」 おい、爪を立てるな爪を。 人間の皮膚は脆いんだ。 斬り刻まれたら跡が残ってしまうぞ。 「レミレミの下僕なんて誰がやるか!!」 その場のノリでレミレミと弾幕ごっこだ。 でも従者に負けているオレが親玉に勝てる訳がない。 それ以前にオレは怪我人だし。 どうせ知ったことじゃないって思われているんだろうけど。 「貴方は代役の運命に逆らえない」 なんと理不尽で屈辱極まりないことか。 負けた以上は従えってか。 あまりにもムカつくのでオレは条件を出すことにした。 「隙あらばいつでも狙う。それでいいならやってやる」 「へぇー、刺客になるつもりなの?」 「お前を倒してリンさんに稽古をつけてもらうのさ」 「咲夜にも勝てない人間が私を倒す? 笑わせてくれるわね」 わかってるさ。こいつは咲さんよりも強い。 確かにレミレミにしてみればオレは愚か者だろう。 それでもオレは戦う。 こいつにゲンコツの一発でもかましてやりたい。 「いいわ。私に一撃でも当てられたら美鈴の弟子入りを認めてあげる」 「ほぉ〜、たった一撃でいいんだな?」 「ふっふっふ、誇り高い吸血鬼に二言はないわ」 「いいだろう。それで勝負だ!!」 倒すのは無理でも一撃ぐらいなら何とかなる。 レミレミ、その思い上がった態度を叩きのめしてやるぞ。 「咲夜」 「はい、こちらです」 「おうっ」 何かまんまと乗せられたような気がする。 まぁいい、とにかく代役を……って!! 「咲さん、この服はなに?」 「メイド服です」 「なんで?」 「私の代役をする以上はその服でなければなりません」 「オレ、用事を思い出し――」 あ、あの咲さん。 ナイフを喉元に当てるのはやめないか? ついでに悪魔の笑みも恐いから遠慮してほしい。 「はぁ〜」 逆らえないことを悟ってメイド服を着る。 ミニのスカートがどうにも落ち着かない。 ちくしょう、何でオレがこんな目に……。 「とってもお似合いですよ、鬼心」 「うれしくない。この服でよくあれだけ動けたね」 「慣れの問題です」 「こんなのに慣れたくない」 さて、ここからはオレの地獄タイムとなる。 というのも、咲さんの教え方は徹底的なスパルタ教育。 スイスイは物理的に容赦しないが、咲さんは精神的に厳しい人だ。 完璧主義ゆえか、妥協すら許してくれないのである。 「鬼心、何度間違えれば気が済むのですか」 「だから!! オレは紅茶なんて作ったことがないんだ!!」 「つべこべ言わずにさっさとやりなさい」 「だぁー!! なんでこうなる!?」 下手に逆らえばナイフが飛んでくるし。 なんでオレがこんな目に遭わないといけない。 オレは戦いの修業に来たんだ!! 断じてメイド修業に来たんじゃな〜い!! 「さて……」 咲さんの指示でレミレミに紅茶を持っていく。 あー、今すぐにでも殴ってやりたい。 レミレミの頭を思い切りどつき倒したい。 「おいっ、もってきたぞ」 イライラしているオレは扉を乱暴に開けた。 そして、挨拶代わりに符の霊弾をレミレミに向けて放つ。 「ふんっ」 レミレミは座ったままデコピンで跳ね返してきた。 それがカップに当たり、中身の紅茶を頭から被ってしまう。 「あちぃいいいいい!!」 「とっとと淹れ直してきなさい」 「ちくしょう!! 覚えてやがれ!!」 文字通りに顔を洗って出直す。 次こそは倒す!! レミレミを倒す!! 「……」 まずはさりげなくレミレミに近づく。 ゆっくりと紅茶を置いてその場で待機する。 よし、ここまではいい。 狙うのはレミレミが紅茶を飲む瞬間だ。 「……食ら――がはっ!!」 鉄拳を出す前、顔面に気弾が当たって倒れる。 能力により天井からの危険を察知。 オレはゴロゴロと転がりながらすぐに起き上がった。 「レミレミ!! オレを殺す気か!!」 さっき倒れていたところに危なそうな気の槍が刺さっている。 レミレミは優雅に紅茶を飲んで一瞥するだけだ。 「30点。咲夜の指導もまだまだね」 「申し訳ありません。彼の指導不足は私の責任。あとで徹底的に教育いたします」 「こんにゃろう――うっ!!」 咲さん、背中にナイフを押し当てるのはやめてくれ。 あと首根っこを掴んで引きずるのもやめて。 「それでは他のお仕事がありますので失礼します」 「ちくしょう!! これで勝ったと思うなよぉーーーーー!!」 その後、メイド長としてのフルコース作業が続いた。 掃除、洗濯、炊事すべてやらないといけない。 これ、どう頑張っても終わらないだろ? 時間がいくらあっても絶対に無理だって!! 「さぁー、サボってないで仕事に戻った戻った」 「咲さん、なんか楽しんでない?」 「私の代わりを務めるならこれぐらいはして下さいな」 妖精メイドから哀れみの目を向けられる。 メイド長の厳しさは向こうもよくわかっているらしい。 助けてくれと目で訴えるも妖精メイドたちは目をそらした。 逆の立場ならオレも見て見ぬフリとすると思う。 「あぐっ!!」 咲さんの突っ込みチョップが何気に痛い。 ペシペシ連打でコンボに繋げるのはやめてくれ。 仕事が終わったのは深夜を過ぎてからだ。 精根尽き果ててベットに沈んだことは言うまでもない。 ………………。 …………。 ……。 メイド長の朝はとてつもなく早い。 2時間だけの睡眠って絶対に少ないと思う。 「ふあぁ〜」 あくびをしながら眠い目をこする。 不本意ながらメイド服を着て咲さんの所へ向かった。 「鬼心、そのだらしない顔はやめなさい」 矢で貫くような厳しい目を向けられる。 朝からそんな恐い顔しなくてもいいじゃんか。 「睡眠時間が足りない。眠いから寝てもいい?」 「では息の根を止めてさしあげましょう」 「あ、悪魔だ。目の前に悪魔がいるよ」 一刻も早くレミレミを倒したい。 こんな地獄の生活から抜け出したい。 でも今はメイド長代理として仕事をするしかない。 「咲さん、出来ましたよ」 と言って咲さんに味見をしてもらうと。 「ひゃっ!?」 咲さん、ナイフを投げるのはやめましょうよ。 前髪にナイフがかすって怖すぎる。 「ふざけないで。これで朝食になりますか」 調味料を間違えただけでそんなに怒るなよ。 ガミガミと説教されてから作り直しを命じられる。 まさか30回も作り直しをすることになるとは。 犠牲となった食材たち……ごめんなさい。 「ほら、急ぎなさい」 「ひぃ〜〜!!」 各自が食事をする時間は極めて自由。 たまに全員で食事をすることもある。 今日はまさにその日だ。 オレは汗だくになりながら全員の朝食を運び出す。 「はぁはぁはぁ……」 食卓の準備に追われて呼吸が乱れる。 食器の置き方をちょっと間違えるだけで。 「いたぁ!!」 咲さんがお盆でオレの頭を叩く。 心の悲鳴を上げながらやっと準備が終わった。 くそったれ、ここまでコキ使いやがって。 この恨みはレミレミにぶつけてやるぞぉおおおお!! 「あれっ? 咲夜さん、味付けを変えましたか?」 「それは彼が作ったものよ」 「鬼心さん、この料理サッパリしていて美味しいですよ」 ありがとう、リンさん。 貴方だけだよ、そこまで優しくしてくれるのは。 あっ、こあこあさんも優しいな。 フラちゃんは手加減さえしてくれたら良い子だよ。 「あれっ? そういえばスイスイは?」 「客室で豪快に寝てますわ」 「あー、そりゃあ起きないや。そのまま放っておこう」 腹でも減ったら勝手に起きるだろうし。 ま、それは置いといて。 オレは獲物を狙う目で敵を見つめた。 「……」 優雅な振る舞いで食事をするレミレミ。 うむむ、なかなか攻撃をするチャンスがない。 「んっ?」 レミレミと目が合いそうだったので顔をそらす。 ヤバイヤバイ、露骨に見たら怪しまれてしまう。 しばらくすると、レミレミがスプーンを落とした。 当然とばかりに咲さんが動き出すが。 「待ちなさい咲夜、貴方は何もしなくていいわ」 「はい」 「おい、そこの代理。すぐに拾いなさい」 自分で落としたものぐらい自分で拾えよ。 あー、無性に腹が立ってきたぞ。 こいつは全力でぶん殴ってやる!! 「へいへい」 「あ、貴方ね……」 「構わないわよ咲夜。こいつに敬語なんて似合わないわ」 「そうですね」 何にしてもこれは絶好のチャンス。 スプーンを拾うフリをして鉄拳制裁!! そのつもりだったのに。 「がぁっ!!」 レミレミがオレの頭を踏みつけやがった。 土下座するみたいな態勢になってかなりムカつく。 「ほらほら拾いなさい。土下座なんていらないから」 「いつまでも踏むんじゃねえ!!」 手で振り払おうとしたがアッサリかわされる。 あー、これはレミレミの罠だ。 あのうすら笑いがマジで気に食わない。 「ふっ、愚か者め」 くそぉ〜、バカにしやがって。 とりあえず、ここは仕切り直すしかないな。 新しいスプーンと交換して持ち場に戻っていく。 「わぁ〜、お姉様を攻撃する人間なんてめずらしい」 「バカにつける薬はないわね。そんなに美鈴と稽古がしたいのかしら?」 愚問だよ、パノ。 肉弾戦の修業となればリンさんでしょう。 とにかくレミレミに一撃を当てないと始まらない。 「むむむ」 敵は吸血鬼。実力の差は歴然としている。 まともにやっては万に一つの勝ち目もない。 やはり不意打ちに全ての望みを賭けるしかないな。 「ほら、ボーと突っ立ってないで仕事しなさい」 「うぅ〜」 咲さん、お願いだから蹴らないで。 メイド長って本当に忙しい仕事だったんだね。 今は人里まで買出しに向かっている途中である。 「スイスイはいいよな。酒ばっかり飲んで」 一人になると思わず愚痴をこぼす。 スイスイは洋酒にハマりまくりだ。 あの様子では長期滞在が避けられない。 スイスイさえ出て行くって言えばオレもついていくのに。 「ふぅー」 人里の買い物を終えてスペルカードの移動方陣を使う。 これで一気に紅魔館までワープしたが。 「貴様、そんなに死にたいか」 「あ、あれっ?」 符の時よりも移動の精密度が下がっている。 何故か知らないがレミレミの膝元に座っていた。 なんか地雷を踏んで爆発間近って感じ? 「あとでチョコをあげるから手加減してくれ」 見逃せなんて都合のいいことは言わんから。 オレは空を飛んで間合いをとる。 「おい待て、槍を出すな」 よっぽどキレていらっしゃるようで。 でもなオレは人間だぞ!! 土樹みたいな蓬莱人じゃないぞ!! だから無言で槍を投げようとするな!! 「くそったれ」 こうなったら土樹のアドバイス通りにやろう。 吸血鬼は日光に弱い種族だから攻略法があるんだ。 「光符『閃光弾』!!」 「っ!?」 目くらましの閃光弾は有効であった。 この隙に予備のスペルカードを発動させる。 これで霊力が空っぽになるけど命にはかえられない。 「レミレミ、お詫びはまた今度な!! 動符『移動方陣』!!」 あーあ、なんでこうなるのだろう? オレは健全な修業を望んでいるのに。 「あれっ、ここは?」 「私の部屋ですわ。鬼心」 「あー、なるほ――」 「……」 なんか着替え中にお邪魔しちゃったみたい。 メイド長さんがニッコリとしているのが凄く恐い。 危険信号が発生してしまくっているけど、霊力がないからもう逃げられない。 とりあえず、目についたのはメイド長の手元にあるP――。 「……ハッ!?」 オレは医務室で目を覚ました。 なんか頭を中心にズキズキと痛むのは何故? 少しばかり記憶を失ったけど思い出さないほうがいいらしい。 「お目覚めなら、さっさと仕事に戻って下さいな」 「仕事って……次は何をするんですか?」 「裁縫よ。ほつれた衣類が沢山あるから」 「……マジ?」 「あと魔理沙が壊した所の修理もありますわ」 「ちょっと待って。俺、裁縫や大工の経験ゼロだけど?」 「ご心配なく。私が徹底的に教えて差し上げます」 「いや咲さん、疲れているでしょ? それはまた今度に――」 「それではついてきなさい鬼心」 「やっぱり咲さんは悪魔だぁああああああああああ!!」 トンカチで手を打ったり、指に針を刺したり。 これぐらいのことは生易しい事さ。 悪魔メイドの前では児戯にも等しい災いである。 それ以上はもう語りたくない。 オレの魂にまた新しい分野が刻まれただけさ。 ………………。 …………。 ……。 不意打ちとは何と難しいことか。 すぐに返り討ちにあってしまうのが悔しくてたまらない。 オレは休憩時間を使ってフラちゃんに声を掛けた。 「という訳で誘い出しを頼みたいんだ」 「わぁ〜、面白そうだね。いいよぉ」 作戦は至って簡単。 オレは天井あたりまで浮いて待ち構える。 フラちゃんがレミレミをこの部屋におびき寄せる。 ドアが開いた瞬間に体当たりの一撃をぶちかます。 ……ふっふっふ、完璧な作戦だ。 「超符『身体超化』」 スペルカードで身体能力を高める。 おっ? この足音はレミレミで間違いないな。 レミレミめ、今度こそオレの勝ちだぜ。 ……よしっ、今だ!! 「とつげきぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」 ドアが開いた瞬間、天井を蹴って特攻を仕掛ける。 ありったけの頭突きを――っていない!? 「なっ――がぁっ!!」 開いたドアの先を素通りして床に頭をぶつける。 あまりの痛さにそのまま転げ回ってしまった。 「○▲*!$&%×□」 「ふんっ、バカめ」 「すごぉーい、どうして鬼心がいるってわかったの?」 「それよりフラン、こんなやつの言うことなんて聞いたらダメよ」 「だって面白そうだったもん。お姉様だって楽しかったでしょ?」 「くだらないわ。おいっ、そこの代理」 「いてててっ、踏むんじゃねぇよ。こんにゃろう」 「今から出かけるから日傘を持ってきなさい」 お前一人で行けって言ったら殺されるな。 せっかくだからフラちゃんを誘ってみたけど。 「ううん、わたしは良也に本を読んでもらうから」 「ここ最近、フラちゃんは本に夢中だね」 「そうだよ。いっぱいいぃ〜ぱい絵本を読んでもらうのぉ」 そう言い残してフラちゃんが立ち去っていく。 ……レミレミ、首を洗って待っていろ。 咲さんにお出かけの報告をして日傘を受け取る。 「くれぐれもお嬢様に日が当たらないように」 「わかってます。では行ってきます」 「はい、行ってらっしゃい」 咲さんに見送られてレミレミと一緒に出かける。 行き先は特にないらしくただの森の散歩みたいだ。 「手が疲れたわ。貴方が持ちなさい」 「へいへい」 レミレミがオレに日傘を持たせる。 一緒の日傘に入って森の道を歩き続ける。 この日傘をどかせばすぐに勝負がつく。 だけど……。 「良い天気だな、レミレミ」 「そうね。能天気なあんたみたいに」 「けっ、何と言われてもオレはレミレミを倒す。絶対に」 「まだそんなことが言えるの。本当に救いようもないバカね」 「バカはお前だ。オレをここに誘ったのが運の尽きだぜ」 「ふーん。で、どうするつもり?」 「こうするん――ぐあぁ……」 足を踏んでやろうとしたら逆に踏まれた。 しかも念入りにグリグリと……ムカつく!! 「このぉ!! このぉ!! このぉ!!」 ムキになって蹴ろうとするけど先に蹴られる。 痛い痛い痛い!! 手加減もとい足加減されても痛いって!! 「なんで日傘を外さないの? そうしたら勝てるでしょ?」 「お前の思い通りになってたまるか。第一、気化したら一撃を当てられないだろうが」 「甘いわね。私なら気化する前に叩きのめすわ」 「お前ならそうするだろうな。でもオレはやらない」 「何故?」 「くだらないからだ」 「ふーん、人間って変な生き物ね」 「それはお互い様だ」 日傘を差しながら諦めずに蹴りを繰り出そうとした。 そのたびに先手を打たれて痛い目をみる。 結局、この散歩でも一撃を当てられなかった。 「……くそぉ〜、何故だ? 何故レミレミを倒せない?」 「無理ですよ鬼心さん。レミリアお嬢様を倒すなんて」 「おっ、リンさんが居眠りをしてないのは珍しい」 「あははっ、お花に水をあげていたんです」 「リンさんは園芸もするんだね。てっきり咲さんの仕事かと思った」 「私の数少ない趣味なんです。花を見ていると気持ちが安らぎますよ」 リンさんが温かい笑顔で花に水を与える。 その光景は確かに安らぎをもたらすものだ。 「あのぉ鬼心さん、ひとつ訊いてもいいですか?」 「どうぞ」 「レミリアお嬢様が恐くないですか? 普通ならあんな風に抵抗なんて出来ませんよ」 「姐さんやスイスイや咲さんに比べたらまだマシだ。 そりゃあ恐い時もあるけど、オレにしてみれば倒すことが先でな」 とにかくレミレミをぶちのめす。それしか頭にない。 あーでも、咲さんが容赦なく指導してくるからな。 嫌でもメイド長の仕事を覚えなければならない。 「あ、そろそろヤバイな。じゃあ、咲さんの所に戻るよ」 「はい、頑張って下さい」 「そっちもね」 その後もオレは諦めない。 ここで引いたら今までの苦労が無駄になるからな。 だけど……。 「咲さん、ちょっと勘弁して下さい」 「なにを言ってるの。この程度の仕事で根をあげない」 「だってぇ〜」 「だってもありません。口を動かすヒマがあるなら実行しなさい」 「わかったから弾幕ナイフはやめて!!」 洗濯物を洗ったり干したりするのって大変だな。 外の世界ではコインランドリーという便利なものがあるのに。 ちゃんとシワを伸ばさないと咲さんに怒られるからな。 「ふぅー、お、終わりました」 「ご苦労様。では次の仕事です」 「ま、まだあるのぉ?」 「はい。お嬢様の背中を流してきなさい。これはお嬢様からの命令よ」 「風呂場に行けってこと?」 「そうよ。ほらっ、早く行きなさい」 レミレミの入浴タイムか。 よし、これなら攻撃するチャンスがある。 リラックスする風呂なら隙も突きやすい。 ふっふっふ、レミレミめ。今度こそ!! 「くれぐれも粗相のな――やはり聞く耳はありませんね」 オレは駆け足で大浴場までダッシュする。 中に入ると湯気が充満していてよく見えない。 しかしオレにはわかるぞ。 危険を察知する能力でレミレミの存在が伝わってくる。 攻撃をすれば危険なことはわかっているがそれでもやる。 「レミレミ!! 覚悟!!」 符を取り出して霊弾を乱射していく。 2枚目の符も用いて乱れ撃ちを続けた。 撃ち終わると大浴場はシーンと静まり返る。 「や、やったか!?」 狙いは間違っていないはず。 いや待て。上から何か来たぞ!? 「うわぁ!?」 一瞬だけ黒い影が見えた。 「くそっ!!」 右拳を振りかざすも影が消える。 どこだ!? どこに行った!? ……後ろか!! 「ぐはぁ!!」 危険とわかっても反応が追いつかない。 なにより湯気で見えないから対処しきれない。 おそらくオレは蹴っ飛ばされたのだろう。 そのまま湯船まで吹っ飛んでドボーンと沈んだ。 「げほげほっ!!」 「誰が遊んでいいって言ったの? 私は背中を流しなさいと命じたのよ」 「あ、遊んでたまるか!!」 湯船から出てレミレミの背中まで近づく。 羽さえなければ普通の人間と変わらないな。 何にしても、後ろを向いている今こそ!! 「隙あ――」 「殺すわよ」 「……」 「さっさとやりなさい」 お前は後ろに目でもあるのか? とにかくここは大人しく洗っておかないと流石にヤバイ。 あと乱暴に洗ったら殺されることも確実。 オレなりに丁寧に洗っているつもりだが。 「下手ね」 と、ズバッと斬り捨てやがる。 はいはい、どうせ咲さんには及ばないよ。 「教わってないからな。そもそも誰かを洗ったこともないし」 「ふーん、私が初めてってこと?」 「ああ」 「次は頭もやりなさい」 「へいへい」 頭ぐらい自分でやれよ。 まったくもって面倒くさがりな吸血鬼だ。 「というか、髪も肌も綺麗だから洗う必要ないだろうに」 「……ふんっ、子どものくせにつまらぬ世辞を言うな」 「オレは子どもじゃねぇ。殴るぞ」 「あんたは自ら死を選ぶような愚かな子どもよ」 こんにゃろう、お湯ぶっかけてやろうか。 って、さすがにそれだと命が危ないな。うん、危険すぎる。 ゆっくりとお湯を流して向こうは満足してくれた。 「もう下がっていいわ」 「あいよ」 よし、去り際に霊弾を――。 「わーい!! お風呂だぁ!!」 「なっ!? フラちゃ――げふっ!!」 声からしてフラちゃんだとわかった。 けど、湯気の多さで全く見えず動きも早すぎ。 フラちゃんの突進を食らい、オレは壁に激突していた。 「あれっ、いま何か当たったよぉ?」 「フラン、走ったらダメって前にも言ったでしょう」 「だってぇ〜、お姉様と一緒に入りたかったもん」 ああ、オレは放置ですか。そうですか。 いいですよ、どうせ意識がなくなるからさ。 でもオレは諦めないぞ……がくっ。 |
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