注意

 本作は土樹良也が登場するため東方奇縁譚の三次創作という形を取ってあります。
 ただし、話の進行により、東方奇縁譚の設定やキャラが崩壊している恐れがあります。
 また、独自の設定やオリキャラが追加されています。
 それらがご不快になられる方は速やかにお戻り下さい。
 一向に構わない方のみ次の話へお進み下さい。



























 あれは3年前のこと。
 自分が誰かもわからず路頭に迷っていた。
 覚えているのは符術という自分の力ぐらい。
 それ以外のことはサッパリとわからない。

「っ!?」

 いきなり怪しげな妖怪に襲われた。
 オレは手持ちの符術で霊弾を放つ。
 撃たれた妖怪は一目散に逃げていった。
 
「素晴らしい。君の力は私より上かもしれませんね」
「誰だ?」

 社会人を思わせるスーツ姿の男。
 営業スマイルを浮かべてオレに話しかけてくる。

「これは失礼を。私は『陰陽連』の菅野と申します」
「陰陽連?」
「先ほど貴方が戦った妖怪を退治するオカルト企業です。
 どうでしょう、我々と共に妖怪退治をしませんか?
 無論、それなりの報酬は支払いますよ」

 唐突な勧誘だが、身元不明なオレでも受け入れてくれる。
 断っても今のままでは飢え死にするだけだ。
 生き残るための道はひとつしかない。

 ………………。
 …………。
 ……。

 陰陽連に所属して3年が過ぎた。
 入ってからの2年間は研修期間として妖怪退治の知識を学んだ。
 初仕事のことは今でもよく覚えている。

 ――夜の海岸に出現したわたあめ妖怪を調査して退治せよ。

 指令を受けたオレは夜の現地まで足を運ぶ。
 見つけるのに時間が掛かるだろうと思っていた。
 ところが意外にも簡単に見つけてしまう。

「お前がわたあめ妖怪か?」
「もふっ!?」

 驚いて逃げようとするわたあめ妖怪。
 亀のようにノロマだからすぐに追いついた。
 しかも倒れそうなぐらいに弱っている。

「もしかして、腹が減ってるのか?」
「もふっ……」

 この妖怪が退治するほどに悪いことをしたのか?
 ただ腹が減って道に迷っているだけに見える。
 そこでオレは……。 

「これ、食うか?」

 晩飯用に買っておいたコンビニ弁当を与えてみる。
 わたあめ妖怪が夢中になって食べ始めた。
 状況からして人を食べる妖怪ではなさそうだ。

「もふっもふっ」
「お前の言葉はよくわからんが、おかわりをねだっていることはわかる」

 よほど飢えていたのだろう。
 オレは近くのコンビニで再び弁当を買った。
 この妖怪……5つも食ったぞ。

「あー、何やってるんだろう」
「もふっ?」

 害をもたらす妖怪であれば退治するのにな。
 襲ってきたら正当防衛をするとかさ。
 ま、とりあえず……。

「お前って名前はあるのか?」
「もふっ……」
「なさそうだな。じゃあ、お前はわたあめ妖怪だからワタだ」
「もふっ♪」
「ワタ。こんな所へ迷い込んでもメシなんて食えないぞ。
 そもそも、こんな場所でウロウロするな。オレみたいな退治屋にやられちゃうぞ」

 オレは退治する以外の方法を考える。
 食べ物と住む場所を何とかすれば解決できそうだから。
 そこで……。  

「ワタ、山奥で生活しろ」
「もふっ?」

 人目の届かない山奥に引っ越せばいい。
 放置されてる山なんて腐るほどあるしな。

「符術の『移動方陣』を使うか」

 往復で霊力を大量消費するからあまり使いたくないんだけど。
 でも、ワタを連れて歩くには目立ちすぎるし。

「ワタ、そこを動くな」
「もふっ」
「符よし、方角よし、霊力よし」

 若干の手間を掛けて『移動方陣』を発動。
 地面から浮き出る魔方陣の中にオレとワタがいる。
 よし、これで山奥の移動は完了だ。

「ワタ、ここでお別れな。他の退治屋に見つからないように生きろ」
「もふっ」
「達者で暮らせ、ワタ」

 こうして山奥にワタを置いたのがオレの初仕事。
 上司の菅野には嘘の報告をしておいた。
 あの時は実に調子を狂わされる日だったと思う。

 ………………。
 …………。
 ……。
 
 初仕事を終えて間もなく。
 今度は田舎で畑を荒らす妖怪が出たとのこと。
 陰陽連は極めて人材不足。
 戻ってきたオレに指令が下ってしまった。

「……」

 オレは思う。
 妖怪を退治する以外に解決策はないのかと。
 確かに危害を加えてくる妖怪はいるだろう。
 そんな時は全力で戦えばいい。是非もないこと。
 でも……。

「ぜぇぜぇぜぇ……に、人間のくせに、や、やるやんけ」
「はぁはぁはぁ……し、しぶとい妖怪だな」

 符術で身体能力を倍増させての肉弾戦。
 目の前の筋肉質な坊さんが畑を荒らしていた妖怪である。
 そんな妖怪とどつき合いをしているオレって。

「なんで術を使わんのや?」
「使ってるよ。でなければ妖怪相手に殴り合いができるか」
「殴り合いをする退治屋なんて聞いたこともないわ」
「そんなの、オレの知ったことか」
 
 退治する前に向こうの事情を知りたい。
 そう思って声を掛けたのに、いきなり殴ってきやがった。
 どうも退治屋に恨みがあるらしい。当然といえば当然だろう。

「はぐれ妖怪が闇雲に人の畑を荒らすな」
「生きるためには食わんとあかんやろが」
「働けよ」
「こんな妖怪を雇う物好きはおらんわ」
「いや、あんたの場合は見た目が坊さんだからな。妖気を隠して寺の弟子入りでもすれば何とかなるぞ」
「本当か?」
「衣食住があれば畑を荒らさないのだろ?
 だったら簡単だ。オレの知っている寺で世話になれ」

 あそこの住職とは顔がきくので食うのに困らないはずだ。
 さすがに彼が妖怪であることを隠さないといけないけど。
 住職に頼み込んでみると、アッサリ引き受けてくれた。
 なんか拍子抜けしたぞ。もっと手間取るかと思ったのに。

「なぁ、お主。『幻想郷』を知っておるかい?」
「幻想郷?」

 時間が余ったので住職とお茶している。
 庭の穏やかな風景がいい感じで安らぎを与えた。

「うむ、この世界とは別にある世界じゃよ」
「ふぅーん」

 その幻想郷という世界にはあらゆる種族が共存しているらしい。
 妖怪もいれば、神様もいて、亡霊もいれば、人間もいて。
 ま、作り話だとしても割りと楽しめるものだ。

「今のはぐれ妖怪たちが幻想郷に行けば解決しそうだな」

 オレがそう言うと住職の笑みが一段とニヤつく。
 話に乗っていることで気を良くしたのか。
 それとも別の意図があるのかはわからない。
 
「そろそろ時間だな。住職、お茶ご馳走さま」
「……お主」
「なに?」
「いつまで今の仕事をするんじゃい?」
「命ある限り」

 そう言い残して寺を去る。
 あとはトランシーバーで報告しないと。

「こちらB14。調査した結果、暴れ坊主を発見して退治しました」
「B14、ご苦労様。ただちに帰還してください」
「了解」

 ま、畑荒らしがいなくなるのは事実だし。
 結果オーライってことで今回も見逃してやろう。

「待てや。なんでワイを助けたんや?」

 筋肉坊主が呼び止めて問いかけてくる。
 逆の立場なら同じことを言うだろう。

「なにも退治するばかりが退治屋じゃないだろ」
「そんなの甘すぎるわ」
「いいだろ別に。そんな退治屋が一人ぐらいいたって」
「いや、あんたみたいなヤツには向いとらん」

 くっ、痛い所を突いてきやがる。
 でも表情は出したくないので背中を向けた。

「達者でな、筋肉坊主」

 オレは軽く手を挙げて立ち去る。
 やれやれ、この日も退治しなかったな。

 ………………。
 …………。
 ……。

 裏の世界といえども人付き合いはある。
 円滑に交流するというのはとても面倒くさい。
 組織内ではオレを子ども扱いして見下しやがる。
 上司の菅野に誘われた時は断れない。

「ここのコーヒーは菅野さんのお勧めですか?」
「ああ、君も飲んでみるといい」

 ブラックコーヒーを勧められて苦い思いをする。
 こんな苦々しい味をどうして楽しめる?
 オレとしては日本茶が一番だよ。紅茶も悪くないけど。

「くっくっく、顔が歪んでいますよB14」
 
 してやったりと楽しそうに笑う菅野。
 ストレスが溜まりそうで本当に面倒くさい。
 まぁ、表面上はオレなりに取り繕っているけど。

「そういえば、君にはまだ話していませんでしたね」
「なにを?」
「土樹良也という偉大な能力者がいることを」

 一流の陰陽師である桂を撃退して高宮財閥の娘を救った男。
 その武勇伝を聞くだけで菅野が何を求めているかがわかる。
 先手を打って遠まわしに回避しておこう。

「勧誘でしたらオレの管轄ではないですよ」
「ええ。でも彼を見つけた時には必ず連絡を入れてください」
「わかりました」

 上司の話が終わってようやく解放される。
 オレは公園の奥にある森へ向かった。
 そこで毎日の絶え間ない鍛錬を始めていく。

「ハッ!! タッ!! ハッ!!」

 肉弾戦に備えて基礎的な体術の訓練。
 型を丁寧に繰り出して身体を温める。

「よし、ウォーミングアップはこれぐら――っ!?」

 ザワザワと森が揺れて不吉な空気が漂う。
 な、なんだ!? この異様な感じは!?

「……」

 身の危険を感じたオレは手近な石を拾う。
 意識を集中してどこに危険があるかを探った。
 そして……。

「そこか!!」

 思い切り石を投げてみる。
 ……とくに反応がない。
 オレの気のせいかと思った瞬間。

「よく気付いたわね」

 目の前で空間の裂け目が発生する。
 たくさんの目玉があってメチャクチャ気持ち悪い。
 そこから出てくる謎の女性は何者なのか?
 
「こんにちは」

 金髪のウェブのついたロングヘアー。
 紫色のワンピースみたいな服。
 綺麗な傘を広げて扇子を口元に添えている。
 なんとなく……居心地が悪い。

「ど、どうも」
「私は八雲紫と言うのよ。よろしくねB14さん」
「なん……だと」

 何故オレのコードネームを――。

「うふふっ、身体が震えているわね。今日はそんなに寒いのかしら?」
「な、なに……」

 そう言われて初めて気が付いた。
 オレの身体が完全に怯えてしまっている。
 異常なプレッシャーが今にも押しつぶされそうだ。

「私が温めてあげてもよくってよ」
「む、無用だ」

 落ち着け、落ち着くんだ。
 八雲紫という名前をどこかで聞いたことがあるぞ。
 たしか寺の住職が幻想郷云々とかで――。

「そう。私が住職さんが話していたスキマ妖怪よ」

 いとも簡単にオレの心が見透かされる。
 オレは震える唇でスキマ妖怪に問いかけた。

「お、オレを殺しに来たのか?」
「あらっ、どうしてそう思うの?」
「白々しい!! 妖怪にとって退治屋は敵だろうが!!」
「うふふっ♪」
「なにが可笑しい!?」

 扇子を広げて口元を隠しながら笑っている。
 明らかに動揺するオレを見て楽しんでやがる。
 オレは緊張する余りに冷や汗が流れていた。

 ――この妖怪に勝てる気がしない。

 首をブンブン振って恐怖心を追い払おうとする。
 一刻も早く逃げ出したい気分になった。

「妖怪を助けている坊やが退治屋? 面白い冗談を――」
「言うなぁああああああ!!」

 胡散臭い女に向けて符の霊弾を乱射する。
 次の瞬間、女の足元から割れ目が見えて――。

「き、消えた!?」
「どこを見ているの」
「っ!?」

 後ろをとられて全く対応ができない。
 ゾクゾクとした悪寒に支配されてしまう。
 つい感情的に攻撃したがどうにもならない。

「別に貴方をどうしようとは思ってないわ。私はただ見ているだけよ。今のところはね」

 オレはすぐ振り返ってみるが。

「い、いない」

 さっきまで圧倒していた女はどこにもいない。
 いつの間にか消え去っていた。

「あははっ、なんだよ今のは」

 腰が抜けて立ち上がれないとは何と情けない。
 でもオレにはよくわかったよ。
 あの妖怪、そんじょそこらの妖怪とは次元が違う。

「つ、強い……強すぎる」

 仰向けに倒れ込んで夕焼けの空を眺める。
 あまりの出来事にしばらく何も考えられなかった。

 ………………。
 …………。
 ……。

 陰陽連の本業は妖怪退治。
 だが、それだけでは企業として成り立たない。
 呪いの解呪や占い等で売れ行きを伸ばして生き残るのだ。

「……」

 オレは妖怪の調査活動を指示されている。
 指定されたエリアで妖怪を探したり聞き込みをするのが仕事だ。
 もっとも有力な情報が見つかることは少ないけど。

「今日も外れか……んっ?」

 とある歩道でボール遊びをしている子どもがいる。
 近くに親らしき者がいない。
 なんとなく嫌な予感がしたので様子見を続ける。
 すると――。

「やっぱり!!」

 道路までボールが転がって子どもが飛び出す。
 トラックのブレーキ音が出る直前。
 オレは身体能力を増幅させる符を発動しながら駆け抜ける。
 そのまま子どもを抱えようとした時。

「危ない!!」

 大学生ぐらいの男が声を上げて飛んできた。
 オレと同時に子どもを持つような感じになって反対側の歩道に避難する。

 ――しまった!! 今ちょっとだけ飛んだ!!

 幸いにも周りの目はブレーキ音を放つトラックに向いている。
 ちょっとだけ空を飛んだことに気付いていない。
 いや、待てよ。
 この大学生も同じように飛んだような気が……。

「ダメだよ。いきなり飛び出したら」
「ご、ごめんなさい」

 彼がしゃがみながら子どもに注意している。
 なんとなく教師というイメージが似合うかな?
 あとで母親らしき者が駆けつけて子どもを引き取る。
 ってか、親なら目を離すなよ。

「あー、ちょっといいかな?」

 うーん、そんな気まずそうに声を掛けられてもオレは困る。
 多分、向こうも気付いただろうし。
 とりあえず、言うべきことはひとつだけだ。

「お互いに秘密ってことで。それじゃ」

 外部の人間と関わるのはなるべく避けたい。
 この場合はすぐに立ち去ったほうがいいだろう。
 なのに……。

「待って。キミって中学生でしょ? こんな時間になにして――ぐあぁ!!」
「オレは中学生じゃない。蹴るぞ」
「蹴ってる!! もう蹴ってる!!」
「人を見かけで判断するな。わかったか?」
「わかった!! 今のは僕が悪かった!!」

 なんだよ、こいつは。
 いきなり人を子ども扱いしやがって。
 かなりムカついたので念入りに蹴りまくった。

「でもこんな所を歩いていたら補導されちゃうよ」
「あんた、ケンカ売ってる?」

 次は拳でボコってやろうか。

「違うって!! だから補導されないように僕が付き添ってあげるよ」
「なんでそうなる? 別にいらん」
「いいからいいから。それにさっきのことでちょっと話がしたいし」
「秘密でいいだろ。誰も見てな――って、人の話きけよ!!」

 あーもう、なんだよこいつは。
 オレは裏の人間だからあんまり関わりたくないんだけど。
 はぁ〜、こりゃあ逃げられそうにないな。
 ここは適当に合わせて早めに切り上げるとしよう。

「ファミレスで話をするのか?」
「ちょうどお昼の時間だしね。さっきのお詫びに奢るよ」
「そりゃどうも」

 まぁ、食事はとても大切な回復の素だ。
 消費した霊力はこうした食事で補給できるし。
 メニューを選ぶのが面倒くさいのでお任せコースにする。
 しばらくして『お子様ランチ』が出てきた。

「まあまあ、落ち着いて。色々なオカズが楽しめると思えば」

 男になだめられたので怒りを抑えて食べてみる。

「むぅ……美味い」

 味が良いので子ども扱いしたことは許してやる。

「やっぱり食事は誰かと一緒のほうがいいね」
「そうか?」
「君は違うの?」
「一人のほうが楽。気を遣わずに済むから」
「僕には遣わなくていいよ。さっきみたいに蹴る勢いでさ。
 あ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕は土樹良也って言うんだ」

 あー、こいつが菅野の言ってた男か。
 なんだか冴えない大学生って感じだな。
 とても戦闘向きの能力者とは思えない。

「君は?」
「山田一太郎」

 菅野に用意してもらった偽名を口にする。
 よほどのことがない限りは絶対に使わない。

「あー、よくありそうな名前だね」

 どう考えても嫌がらせだろ菅野。
 それにしても、この土樹という男はつかみ所がない。
 能力が持っている時点で普通ではないと思うんだけど。

「一太郎君って何か趣味はある?」
「体術」
「そうなんだ。僕は運動が苦手だから羨ましいな」
「苦手? 多少できるように見えるけど?」
「あ、わかるんだね。うん、実家で道場をしているからちょっとだけね」
「さっき子どもを助けた時、西洋魔術を使ってたな」
「あ、魔法のことはここであまり言わないほうが」
「『消音結界』を使えばいい」

 菅野だったら水を媒体に詠唱でやるんだけど。
 オレは符術でそういうのをやってしまう。

「……」
「なんだ?」
「一太郎君、陰陽連の菅野さんと同じ結界を使うんだね」
「消音結界の精密度は向こうのほうが上――むっ」

 ちっ、やっちまった。

「そっか、一太郎君は陰陽連の……」
「やれやれ、慣れないことはするものじゃないな」

 ま、バレちまったものは仕方がない。
 この際だからストレートに訊いてみよう。

「陰陽連の菅野からスカウトがきたはずだ」
「うん、来たね」
「断ったのか?」
「それは君に言わないとダメかな?」
「関係ないとは言わせない。引き受けたのなら一緒に組まされる可能性がある」

 単独作業派のオレとしてはあまり歓迎できない。
 言葉の端々から断れと伝わったかもしれない。

「心配しなくても僕は断っているよ。教師という夢があるからね」
「そうか。オレが言いたいのはそれだけだ。ご馳走になった」
「あ、待って」
「なんだ?」
「一太郎君って偽名なんでしょ? 本名を教えてくれないかな?」

 平凡そうなのにやけに勘がいいな。

「ないよ。3年前から」
「3年前からって……」
「答えるつもりはない。あんたには関係ないことだ」
「ごめん。訊いちゃいけなかったみたいだね。じゃあ、最後にこれだけ言わせて」
「なんだ?」
「妖怪退治はやめたほうがいいよ。特に君みたいに優しい子には、もっと違う道があると思うんだ」

 随分と無責任なことを言ってくれる。
 やめた後でオレにどうしろと?
 また路頭に迷って今度はくたばれとでも言いたいのか?
 何も知らないくせによくもぬけぬけと……。

「ふんっ」

 これ以上いるとマジでやってしまいそうだ。
 うかつに戦って菅野に知られるのはマズイ。
 そのまま後ろを向いて店を出ようとしたら。

「あ、一太郎君。ほっぺにご飯粒ついてるよ」
「……」

 それは先に言えよ。

 ………………。
 …………。
 ……。

 オカルトグッズの営業として菅野が動く。
 遠方の地にあるため交通費および時間の節約でオレが呼び出された。
 早い話がタクシー代わりである。
 オレの移動方陣で菅野と一緒に得意先までワープした。

「妖怪退治? この辺りに妖怪がいると?」

 営業を終えた菅野と一緒に調査活動をする。
 目撃証言によると、モグラの着ぐるみをきた女の子がいるらしい。
 妖怪を殺すことに躍起になっている菅野としては捨て置けない情報だ。

「営業はついでですよ。本業はこちらです」
「オレがやりましょうか?」
「いいえ、たまには私も運動をしないと腕がなまりますからね」
「そのモグラ妖怪の悪行はなんです?」
「悪行? 妙なことを言いますねB14さん」
「はい?」
「妖怪に良いも悪いもありません。妖怪は全て始末するものです」

 ……なんで?

「さあ、行きましょう。その妖怪を片付けるまでは戻れませんよ」

 ……なんで殺すの?

「おや、雨が降ってきましたね」
「そうですね」

 お互いに傘を差してモグラ妖怪の行方を探す。
 心のモヤモヤをひたすら隠しながら。

「微弱な妖力ですね。これならすぐに終わります」

 痕跡を見つけた菅野が探索魔法を掛けている。
 オレは黙ってついていくのみ。
 どしゃ降りの雨の中で路地裏に足を向けていく。
 すると、ゴミ箱を漁る女の子のモグラ妖怪を見つけた。

「うー!?」

 モグラ妖怪が菅野の殺気に気付く。
 地面を掘ろうとするがアスファルトだから掘れない。

「うぅ〜、うぅ〜」
「無駄なことを、大人しく観念しなさい」

 菅野の霊具である伸びる鎖で相手を縛り付ける。

「うぅーーーーーーーーー!!」

 ギシギシと締め上げて痛がるモグラ妖怪。
 オレは無意識にも拳を固く握り締めていた。

 ……これが妖怪退治? 弱い者いじめだろ?

 モヤモヤからイライラに変わっている。
 心底から胸くそ悪くなってきた。

『あんたみたいなヤツには向いとらん』

 ……気に食わない。

『君みたいに優しい子には、もっと違う道があると思うんだ』

 ……気に食わない。

『妖怪に良いも悪いもありません。妖怪は全て始末するものです』

 ……気に食わない!!

「……」

 その場で傘を捨て、身体能力を倍増させる符術を発動。
 菅野の背中を左指で軽く突っついて。

「なんですか、B1――げふっ!!」

 右拳で思い切り殴って菅野を吹っ飛ばす。
 鈍い音と共に骨を軋ませたような感触が残った。

「な、なにをす――っ!!!!」

 尻餅をつく菅野の顔面に飛び蹴りを叩き込む。
 菅野の意識が途絶えたのを確認して傘を拾った。
 そして組織に支給されたものを投げ捨てる。

「……」

 鎖の束縛から解放されたモグラ妖怪に歩み寄る。
 すっかり怯えてしまっていた。
 あんな酷い目に遭わされては無理もないだろう。

「お前はモグラ妖怪だからモグな」
「?」
「モグ、とりあえず一緒に逃げるぞ」

 移動方陣の符を取り出してモグと一緒に山奥へ逃げる。
 こっちの山には雨が降っていなかった。
 オレとモグは濡れた身体を温めるために焚き火をする。
 符術で火を使うのはちょっと手間取った。

「うー?」
「なんで助けたかって?」
「(コクン)」
「菅野のやり方が気に食わなかったからだ」

 妖怪すべてを殺そうとすること自体がおかしい。
 そもそも、そんなことが出来るとも思えない。
 あのスキマ妖怪に会ってから余計にそう思う。

「とりあえず、モグはこの山で暮らせ。ここなら人目もつかない。
 食料だって山だから何とかなるだろう。さすがにオレは面倒みれないから」
「うー」
「オレについて来るのはダメだ。守りながらの戦いは不利になる」

 組織は間違いなくオレを狙ってくる。
 オレは裏の人間だから、死んでも表沙汰にはならない。
 種族は違えどもはぐれ妖怪と同じ運命を辿るという訳だ。

「オレのことは心配するな。モグはモグの生き方をしろ」
「(コクン)」
「わかればいい」

 って、なんでモグと会話できてるのだろう?
 獣の言葉はわからないはずだが……心が通い合った?
 まぁいい、今は生き残ることを優先に考えよう。

「ふむ……」

 適度に焚き火をいじりながら所持金を調べる。
 幸いにも会社の給料はすべて財布の中だ。
 それなりの額があるので当分は生きられる。

「あとは変装して、人目につかない場所を確保だな」

 隠れ住むとしたら……住職の話にあった博麗神社だな。
 あそこは人が住んでいない廃墟同然の場所だし。
 たしか、この山奥の下りた先にあったはずだ。

「zzz」
「モグよ。いくらオレが裏切った身とはいえ退治屋の前で寝るなよ」

 呆れた妖怪だ。あまりにも無防備すぎる。
 オレも疲れたからここで結界を張って一晩を過ごした。
 さて、いつまで生き残ることができるか?

 ………………。
 …………。
 ……。

 荒れ放題の境内、朽ち果てた社、辛うじて原型を保つ鳥居。
 まさに元神社の廃墟というべきか。
 オレが社の中に入ろうとすると。

「っ!!」

 嫌な感じがしたので後ろにバックステップ。
 オレの立っていた場所から無数の石が落ちてきた。
 符を構えて左に向けて霊弾を放つ。

「なるほど、そういうことね」
「あの時のスキマ妖怪」

 また裂け目を通じて出てきやがった。
 もうここまで来ると狙ってるとしか思えない。

「思ったよりも早く来たわね。感心感心」
「そんなことより、オレに何の用だ?」
「貴方を幻想郷まで招待しに来たのよ」
「……どうせ断っても無駄だろ」
「うふふっ♪」
「オレよりも先に連れていくべき妖怪がいるはずだ」
「貴方が助けた妖怪たちは既に向こうの世界よ。今頃、貴方が来るのを待っているでしょうね」
「妖怪にとっては楽園でも、人間にとっては地獄じゃないのか?」
「さぁー、どうかしら」

 白々しい。井の中の蛙大海を知らず。オレはまさにその蛙。
 幻想郷に行ったとしても生き残れる可能性は低い。
 だが、この世界で生き続けるのも難しい。
 今は所持金があるから何とかなるけどゼロになったら終わりだ。
 こうなっては選ぶ道はひとつだけ。

「願い事が3つある」
「言ってごらんなさい」
「1つ、手土産を持っていきたい」
「いいわよ。この世界で稼いだお金をすべて使ってしまいなさい」
「2つ、幻想郷で生き残れるだけの力が欲しい」
「それは貴方次第ね。まぁ、きっかけぐらいは作ってあげるわ」
「3つ、貴方のことを姐さんって呼んでもいいですか?」
「んっ、悪くないわね。認めるわ」

 3つの願いが承諾されたので心置きなく買い物をする。
 まずは手土産としてお酒を手に入れよう。
 というのも、幻想郷ではお酒の需要が凄いらしいのだ。
 でも、オレは未成年だからということで売ってくれなかった。

「仕方がない」

 おつまみやお菓子を大量に買い込む。
 姐さんの話しでは幻想郷で宴会を開くらしい。
 これを手土産とすれば迎えてくれるだろう。

「包装された袋や入れ物は後で回収させてもらうわ」
「わかった――って、うぉっ!!」
「はい、行ってらっしゃい」

 それはいきなりだった。
 全身がスキマに吸い込まれていく。
 抵抗する術もなくオレは……。

 ………………。
 …………。
 ……。

 スキマの出口から着地して周りを見る。
 どこかの森らしいがよくわからない。
 ここが幻想郷なら空を飛んでも大丈夫だろうか?

「なんか嫌が予感がする」
「こんにちは!!」
「っ!?」

 両腕を広げた金髪の女の子が目の前に現れる。
 なんとなく危ない。この子は危険だ。
 オレの中にある勘がそう言っている。

「あなたは食べてもい――」
「ちょっと待った!!」

 わかる。わかるぞ。
 あの肉食の目は明らかにオレを狙っている。
 戦うのはあまりにも危険すぎるので。

「これをあげるから見逃せ」
「これはなんなのだー?」
「オレのいた世界のおつまみ。宴会で出そうかと思ってるんだけどな」

 オレが取り出したのはビーフジャーキー。
 その包装をといて女の子に食べさせてみる。

「うまいのだー」

 どうやら気に入ってもらえたようだ。
 見逃してもらえることを条件に残りのビーフジャーキーをあげる。
 つまみを買っておいて本当に良かった。
 とにかく、長居は無用ということでここを離れよう。

「空を飛んでみるか」

 実際に飛んでみるとホウキに乗っている白黒の魔女っ子を発見。
 こっちに近づいてきたので先に挨拶しておく。

「どうもこんにちは」
「おっ、見たことがないやつだな。新しい外来人か?」

 外来人? 外国人みたいなものか?
 まぁ、とりあえず宴会の会場に行ったほうがいいだろう。
 このつまみやお菓子を手土産に渡しておきたいし。

「姐さんから宴会があるって聞いたんだけど会場はどこ?」
「お前の姉さんって誰だ?」
「スキマ妖怪」
「おっ、あれに弟がいたなんて知らなかったぜ」
「弟って訳じゃないんだけど……ま、とにかく会場にこれを持っていきたいんだ」

 オレは手土産を白黒の魔女っ子に見せる。
 親切にも預かってくれると言うので手渡した。
 すると……。

「あぁー!!」

 受け取った少女がムシャムシャと食べ始める。
 実に食欲旺盛だな……って、感心している場合じゃない!!

「ちょっと!! それ宴会に出すんだけど!!」
「むぐむぐっ、固いこと言うなよ。私も参加するんだから今食べても同じだぜ」
「全然違う!! あー、それ以上は食べないで!!」
「へへーん、取り返せるものなら取り返してみな!!」

 なんだ!? いきなり少女の周りに弾幕が!?

「自己紹介が遅れたぜ。私は霧雨魔理沙って言うんだ。よろしくな」

 くっ、無数の弾が襲ってくる。
 ダメだ!! とても避けられない!!
 メチャクチャ悔しいけど、ここは撤退しなければ!!

「移動方――ぐはっ!!」

 移動方陣で逃げようとしたが間に合わず。
 弾に直撃したオレは一気に落とされてしまう。

「い、痛い……」

 くそったれ、まともに立てないじゃないか。
 いきなり弾幕で攻撃してくるのがこの世界のルールか。
 オレは我慢しながら移動方陣の符を使う。

「へぇー、お前さんも魔法が使えるのか」

 オレの生成する魔方陣に魔理沙がちょっと嬉しそうだ。
 けど、オレは戦わずに逃げる。
 手土産を奪われたままだけど命が惜しいので。

「ふぅー」

 ここは……神社の境内か?
 宴会の準備をしているからここで間違いないみたいだ。
 そんな中、オレは大の字で倒れている。
 さっきので霊力もかなり消費したので動けない。

「ちょっと、人の神社を寝床しないでもらえる?」
「にゃはは、見たことのない人間だね。いい酒の肴になる」
「萃香、飲むヒマがあるなら手伝いなさいよ」

 紅白の巫女が面倒くさそうに準備で動き回る。
 一方、鬼の子はひょうたんのお酒を飲んでのんびりモードだ。
 オレは文字通りにお邪魔しちゃっている。

「まったく、良也さんがいないと不便ね」
「それなら呼べばいいんだよ。宴会だと聞いたら良也は喜んで来るよ」
「良也さんはあんたの酒を気に入ってるしね」
「霊夢だって私の酒をよく飲むじゃない」
「あんたほどじゃないわよ」

 オレって完全に放置されてるよね。
 いや、いいんだよ。
 ダメージが回復したらちゃんとどきますから。
 
「……」

 それにしても本当に強いな。この世界のやつらって。
 元の世界にいた連中とは全然レベルが違う。
 羨ましいな。もっと強くなりてぇよ。

「ふーん」

 鬼の子が近づいてオレの顔を覗き込む。
 ニカッと笑って目を輝かせてきた。

「そっか、紫が言ってた新しい外来人ってお前だな?」
「多分な。姐さんにスキマで送られたから」
「紫を相手に親しい呼び方をする人間は少ない。面白そうだから私が相手になってあげるよ」
「相手って……オレと戦うのか? 鬼か、あんたは」
「鬼だよ」
「鬼ね」
「鬼だぜ」
「うわぁ、さっきの危ない魔女っ子」

 なんで白黒の魔女っ子がここにいる!?
 今のオレは喋るだけで精一杯なのに!!

「ひどいなお前、いきなり逃げ出して」

 酷いのはあんたのほうだよ。
 最初に会った人喰い妖怪よりも性質が悪い。

「あんたね。この忙しい時に邪魔しないでよね」
「おっと、手土産だぜ。そこの外来人のだけどな」
「そういうのは先に言いなさいよ!!」
「おっ、気が利くね。酒のつまみが欲しかったんだ」

 あー、早く回復してくれないかな。
 これで霊力がなかったらもっと深刻なダメージだったかも。

「ぐふっ!!」

 は、腹を踏まれた!! だ、だれだよ一体!?

「あらっ、ごめんなさい坊や」
「あ、姐さ……がくっ」

 絶対にわざとだ。
 涙目になりながら姐さんの踏みつけで意識を手放した。
 どうか無事で生き残れますように。

 ………………。
 …………。
 ……。

 宴会といってもそんな堅苦しいものではない。
 境内に席を設けて色々な種族が集まる。
 そして、お酒とおつまみでどんちゃん騒ぎをする。
 オレが持ってきた手土産はそれなりに好評みたいだ。

「やっぱり、あんさんも来たな」
「おっ、筋肉坊主じゃないか。お前もこっちに来たのか」
「せやで。あのスキマ妖怪が連れてってくれたんや。
 ここはええ所やで。向こうの世界よりも断然に住みやすいわ」
「それは何より」
「あ、せや。住職から伝言な。『元気で暮らせ』やって」
「そりゃどうも。おっ、ワタも久しぶり」
「もふっ♪」

 オレの頭の上にワタが乗ってくる。
 ピョンピョンと跳ねてメチャクチャ嬉しそうだ。
 そして、オレの袖をグイグイと引っ張ってくるのが。

「モグも来てたのか。元気してる?」
「(コクコク)」
「で、お前らって今どこで何をしてるんだ?」
「ワイら全員、地底のほうで世話になっとるんや」

 ほぉー、いずれにしても幸せに暮らしてるならそれでいい。
 って、人間のオレが妖怪の幸せを願うのか?
 うーん、深く考えても仕方がないか。

「みんな、いい見世物があるから見てちょうだい」

 姐さんがそう言って大きなスキマを作る。
 まるで映画のスクリーンみたいに広くなった。
 そこから見えるのは菅野たちが土樹を攻撃している場面。

「あいつら……」

 どういうことだ?
 妖怪退治屋が人間の土樹を殺そうとしている。

「彼は人間じゃないわよ」

 姐さんは人の後ろから声を掛けるのが趣味か?
 さすがに慣れてきたのでそのまま問いかける。

「どう見ても人間だろ?」
「見た目はね。彼は蓬莱人よ」
「ほうらいじん?」
「不老不死の人間ってことよ」
「へぇー、そういうのがあるのか」

 妖怪がいるなら不死身もありだろう。
 この世界では常識が通じないからアッサリ受け止める。

「ねぇ、姐さん。土樹って強いの? 弱いの?」
「弱いわ」
「向こうの世界では強いって評価されてたよ」
「それは過大評価ね。今も彼の不注意で嗅ぎ付けられているもの」
「そうみたいだ」
「坊やだって弱いわよ」
「知ってるよ」

 この身をもって思い知ったので。
 あっ、土樹が菅野の伸びる鎖で拘束された。
 なんか首がゴキッって折れなかったっか?
 あーなるほど、あれが不死身の効果か。
 でも痛そうだからあまりありがたくないかもしれない。

「一つ提案です。この結界の先に至る方法を教えてくれれば、貴方は見逃しましょう」

 菅野が拘束した土樹にそう言ってるけど嘘っぱちだな。
 口と割った途端に封印するに違いない。
 姐さんは目を細めて土樹のことを探ってるみたいだ。
 彼を試しているという風にも見える。

「助けなど来ませんよ。中の妖怪に友情を期待しているなら、やめておきなさい」

 人間と妖怪の友情か。
 組織にいた頃はそんなこと考えもしなかったな。
 さて、土樹はどう答えるんだ?

「ィヤだ。理由は、なんかムカつくから」

 土樹は断じて口を割らない。
 ムカつくという点ではすっごく同感。

「……残念です」
「ふーん!! 百年二百年の封印くらい、どんとこいや」

 いい覚悟しているな。ちょっと見直したぞ。
 すると姐さんが広げた扇子を閉じて前に出る。

「あら、ならこちらから招待して差し上げましょう」

 姐さんがそう言った途端。
 土樹たちがこの会場に導かれていく。
 早速、拘束された土樹をお化けの剣士少女が刀で切断した。

「もうちょっと優しく助けることは出来なかったのか」
「受身くらい取ってください」

 そうそう、受身ぐらいはしろよ。

「ずっと見てたのか」
「ええ。宴会にちょうどいい見世物があったから、私がみんなに見せていたわ」
「もっと早く助けてくれてもいいんじゃないか?」
「人間同士に争いに関わるのは面倒ね」

 おいおい、面倒だったら何でオレの前には現れたんだ?
 まぁ、妖怪だから気まぐれでも起こしたのだろう。

「あー、っと菅野さん? ええと、ここがご所望の、妖怪の楽園(?)、幻想郷ですが」

 菅野たちがあまり展開についていけずに固まっている。
 これは無理もない。
 逆の立場ならオレだって同じ反応になっていると思う。
 
「ねー、貴方達は食べていい人類っぽいね」
「境内で喰うな」

 今気付いたが、あの時の人喰い妖怪も宴会にいるのか。
 紅白の巫女が針でその妖怪の頭を突き刺した。
 痛そうに転げ回っているけど無視しておこう。
 どうせ死にやしないだろうし。
 
「ったく、人喰いの出る神社だって噂が経ったらどうするのよ」
「とっくに遅いと思うが……」

 嘆息している巫女にやる気なげの突っ込みをする魔女っ子。
 とりあえず、ハッキリとわかっていることはひとつ。

 ――菅野たちは絶対に負ける。

 土樹が爆笑しそうになっている事からもそれが伺える。

「くっくっく。あー、菅野さん達? 周り、大体妖怪ですんで、退治したいならどうぞ」
「こ、これは……全部妖怪か!?」
「まー、半分以上は」
「くぅ」

 菅野、鎖を伸ばしても無駄だって。
 相手が悪すぎるから。

「ま、無粋ね」

 姐さんが扇子を軽く振って鎖の輪を一つ残らずに滅する。
 ぶっちゃけ……怖すぎる。

「貴方達、もういいわ。御機嫌よう」

 返す刀でもう一度姐さんが扇子を振る。
 菅野を始めとし、他の仲間の足元にも亀裂ができた。
 そして、その亀裂に吸い込まれて消え去っていく。

「記憶を消すのは骨ねえ。ま、ボチボチやりましょうか」
「なー、スキマ」
「なに?」
「あんな簡単に処理できるんだったら、なんで放っておいたんだよ」
「そうねえ。簡単に嗅ぎつけられた貴方への警告と。
 あとは、将来貴方がどっちに所属するつもりなのか、の試金石かしら」
「言ってろ」

 ふーん、そういうことか。
 ま、土樹が妖怪と仲良しだということはわかった。
 って、オレも人のことは言えないのかな?

「ホンマ恐ろしいで。身震いしてしもうた」
「(ガクガク)(ガクガク)」
「もふもふもふもふっ」
「お前ら怯えすぎだって。ちょっとは落ち着け」

 その後、土樹が浴びるように酒を飲み始める。
 どうにもそれが悲しそうに見えてならない。
 組織を裏切ったオレとしては何となく通じるものがある。

「気晴らしに何かしてあげたいな」
「じゃあ、私と勝負するかい?」

 鬼の子がいきなり出てくるな。
 ほらっ、モグたちが鬼の出現で怖がってるだろ。
 オレもかなり恐怖に包まれているけどさ。

「あんたも見ただろ。あの連中の実力を。オレはあの程度の人間だから相手にならないよ」
「鬼に嘘をついてもダメだよ。あんなやつらよりお前のほうが強いだろ」
「それは肉弾戦かつタイマンだったらの話だ」
「それならちょうどいい。私もそっちのほうが好きでね」
「そっちのほう?」
「あー、お前さんはまだ弾幕ごっこを知らないのか。ま、あとで教えてやるよ」
「って、戦う前提かよ!!」
「ちょっとあんたたち。やるなら上でやりなさい」

 ちょっと巫女さん、煽らないで止めてくれよ。
 この鬼の子、メチャクチャやる気満々なんだけど。
 レベルの差というのを考えてくれないのか?

「そういえば名乗ってなかったね。私は伊吹萃香だ。お前は?」
「名前はない。前の記憶もないしな」

 組織にいた頃の偽名はもう使うつもりはない。
 コードネームだって同じだ。

「ま、名前なんてあとで作ればいいさ。今は楽しい遊びの時間だよ」
「鬼と遊ぶなんて洒落にならない」
「私の目は誤魔化せないよ。お前、強いやつと戦いたいって顔してるぞ」

 オレは肯定も否定もせずに空を飛ぶ。
 空中で符術の構えをとった。
 周りがオーって感じで注目しているけど放っておく。

「よし、かかってきな」

 鬼の子が片手で招くような仕草を見せて挑発してくる。
 よっぽど腕に自信があるんだろうな。

「こんにゃろう。なめやがって」

 まともに太刀打ちできるとは思えない。
 さっきから心の中で警告音が発してる気がする。
 それでも――。

「ちょっと待った!!」

 土樹がオレと鬼の子の間に割り込む。
 こいつ、さっきまで酒を飲み続けてなかったか?

「なんだよ、良也。いいところなんだから邪魔するなよ」
「いや彼は術が使えるとはいえ普通の人間だし。そもそも、どうしてここにいるの?」
「姐さ――もといスキマ妖怪に連れてこられた」
「スキマ、なにしてるの? 彼は向こうの人間だろ? 帰してやれよ」
「ダメよ。その子、もう向こうの世界には帰れないわ」
「なんでだよ?」
「彼、妖怪を助けるために裏切ったからね。このまま帰っても生き場がないわよ」

 喋りすぎたぞ、姐さん。
 いらんことを言いやがって。
 姐さんの言葉を聞いた土樹がオレの頭に手を乗せてきた。

「大変だったね」
「別に」
「それに、もうその子はこちらの常識に染まっているの。博麗大結界を越えられないわ」

 言われてみるとそんな気がする。

「あと能力も持っているしね」
「えっ、彼の能力って?」
「ちょっと離れてちょうだい」
「ぐぎゃぁ!!」
「貴方が近くにいると彼の能力が使えないから」

 土樹が姐さんの弾一発で落とされた。
 全然見えなかったです、はい。

「っ!!」

 身の危険を察知して咄嗟に後ろに下がる。
 オレのいた場所にタライが落ちてきた。
 避けなかったら頭に当たっていたぞ。

「貴方の能力は『危険を察知する程度の能力』ね。
 ついでに『あだ名をつける程度の能力』もあるわね」
「あ、あだ名って……土樹は普通に呼んでるぞ」

 それに退治屋の時だって――。

「その時はまだ能力に目覚めてなかったのね。
 あと良也は『自分だけの世界に引き篭もる程度の能力』を持っているわ。
 だから貴方の能力も通じないの。おわかり?」

 へぇ〜、あの冴えない男がそんな凄いことしてんのか。
 でも引きこもりってあまり良いイメージがしないぞ。

「もう一度言うわ。貴方はもう向こうの世界に帰れない」
「オレとしては望む所だよ。向こうの世界に未練はない」
「話は終わった? よし、改めて勝負しよう」
「あーもう、これは止められないな。萃香、彼を殺すなよ」

 土樹が会場に戻っていくのを見届けた。
 オレは鬼の子と真っ向勝負で挑む。
 小細工なんかしても無駄だとわかっているからだ。

「いくぜぇ!!」

 身体能力を倍増させて一気に間合いを縮める。
 全力でぶつかるオレの拳は鬼の子に片手で受け止められた。
 まるでビクともしない。

「へえー、いいね。ますます気に入ったよ」

 オレの拳をギリギリと握りながら、鬼の子は二ヤリと笑った。 
 なんかこっちまで口元が笑えてたまらない。
 こうしてオレは鬼の子にタイマン勝負を続けた。
 結果は言うまでもない。
 あんなフルボッコで殺される寸前までいくなんて。

「一太郎君、大丈夫!? 死んでないよね!?」

 今は宴会が終わって静まり返っている。
 その中でオレは大の字になって倒れていた。

「生きてる。あとその名前で呼ぶな。もう捨てた」
「あ、ごめん。そうだったね」
「姐さんといい、鬼の子といい。本当に桁違いだ」
「幻想郷はパワーインフレがあるからね。ドラゴン○ールみたいなものだよ」
「なんじゃそりゃ?」
「あれ、知らないの?」
「知らん」

 腫れあがった顔、全身のアザまみれ、ズタボロの垢まみれとなった服。
 生きてるのが不思議なぐらいだ。
 鬼の子が頭をかきながら苦笑いをしている。

「悪い悪い。人間ってホント脆いね」
「萃香、お前やり過ぎだ」
「だって、メッチャクチャ楽しそうに挑んでくるんだよ。
 つい加減を忘れちまってね。いや、ホント悪かったって」
「嘘だ!! お前が手加減なんてありえねぇ!!」
「失礼だね良也は。ま、とにかく面白い人間だよ。
 あれだけいい目をしている人間は必ず成長できる。良也より素質があるね」
「そりゃあ、オレは体育系じゃないからね」
「ま、紫にも頼まれているし、この子は私が鍛えてやるよ」
「やめてやれよ。お前のような鬼教官では彼が可哀想だ」

 土樹が色々と言ってくれる。
 心配してくれているのはありがたい。
 でも……。

「なぁ……オレって、強くなれるか?」
「強くなりたいか?」
「当たり前だ。鬼を倒す、絶対に倒す」
「よく言った!! その意気はよし!!」
「あーもう、僕は知らないよ。霊夢を運ぶからあとは任せたからね」

 そう言い残して土樹が立ち去る。
 これで残されたのはオレと鬼の子だけだ。

「さぁーて、まずは名前を考えないとな」
「ふんっ、好きにしろ」
「お前は鬼に挑むだけの心意気がある。今からお前は『鬼心(きしん)』と名乗るがいい」
「鬼心……わかった」
「この私が名付けたのだから絶対に強くなりなよ」
「約束だ。必ず強くなってやる」
「鬼との約束は特別だ。破ったりしたら承知しないぞ」

 わかっているよ。
 オレだって約束破りなんてしたくない。

「まずはスイスイに一撃を当てないとな」
「んー? スイスイって私のことか?」
「萃香だからスイスイ。そう呼べばすぐにオレだとわかるだろ」
「ほぉー、面白い。鬼にあだ名をつける人間なんて珍しい。
 よし、私がみっちりと鍛えてやる。これからよろしくな、鬼心」
「ああ、よろしくスイスイ」

 スイスイがお酒の旅に出るという。
 オレは武者修行としてスイスイについていく。
 今よりも強くなって約束を果たすために。





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