「……ええと、『紅魔館の最終兵器妹と、巷で噂の外来人の熱愛発覚!? 実姉が語る二人の馴れ初め』」

そう言われた時、僕は何かが違うんじゃないかと思った。
それが何なのかは分からないけど、心の襞に何かが引っかかって抜け落ちない感覚。
よく分からないけど、あのパパラッチこと文は後でシメるにしても、慌てるような心持が一切無かったのは僕としてもどうかしていると思えた。

「――いや、その噂さ。レミリアが自分で流したやつでしょ?」
「あら、驚きませんのね」
「だって、事実無根だし。それに僕とフランはそんな関係じゃないよ」

僕がそういうと咲夜は「……そうですか」と言って、その新聞の内容をちらりと見直していた。

「ですが、フランお嬢様を如何するおつもりですか?」
「どうもしないよ? フランは『夢見る乙女』と言うかさ、『恋に恋する』っていう奴と同じ状態だと思うよ。
 熱病みたいに暫くしたら冷める」
「だと良いのですが……」
「一応僕も対応に気をつけるけど、咲夜さんもフォローお願いできるかな。
 一人じゃ心許無いし、レミリアが何を考えてこれをパパ――もとい、文に垂れ込みしたのか気になるし」

咲夜さんへと手を差し出し、新聞を要求すると恭しく渡してくれる。
それにしてもあのパパラッチめ、余程娯楽や暇つぶしに飢えてると見える。
もしかすると最近の記者とやらは、森にガソリンをまいて読者を火花にして焚きつけるのが常套句なのだろうか?
――ここで新聞を破り捨てたい衝動に駆られたが、大人しくその新聞を咲夜さんへと返した。

「この実妹ことレミリアは?」
「お嬢様はまだ就寝中です」
「……念の為に聞くけど、今から叩き起こしたりするのは――」
「無理ですね。というか、それを私(わたくし)がさせるわけにはまいりませんので」
「だよな〜……」

深く溜め息を吐き、とりあえずレミリアが起きるまで待つ事になるだろうと覚悟した。
けれども、とりあえずは今のこの状況をどうにかしたい。フランが僕の袖を掴んだまま放してくれないからだ。
その事をどうにかして欲しいと頼もうとしたら、頼むよりも先に咲夜さんが時間を止めたのだと思うけど、既にフランの手が離れていた。

「とりあえずフランお嬢様はお部屋へと戻してきます。
 これに関しては、ほんのサービスと思ってくださって結構です」
「有難う」
「入浴でもなさって下さい。どうせこれからガセネタを新聞に折り込ませた人物を探しに行くのでしょう?
 ついでのように出会う人物片っ端から否定して回るとか」
「いやいやいやいや!!! それは重労働にも程があるでしょ!?
 大人しく文を探すだけに止めておくって!」
「ではその様に」

そう言って咲夜さんは小さく頭を下げると、抱きかかえたフランと一緒に部屋から去って言った。
……けど、どうしてレミリアがこんな噂――と言うか嘘を流したのだろうか?
よく分からないけれども、多分良からぬ事でも考えているに違いない。

「……とりあえず頭シャッキリさせてこよう」

考えるにしても、今の僕じゃ情報も脳の処理能力も足りない。
とりあえずお風呂にでも入って、頭をはっきりさせる方が先決だと思った。

――☆――

お風呂を出た僕は気分を一新させてから、考え込みながら文を探す為に里へと向かった。
あんにゃろうめ、多分目ぼしいネタでも探す為に里へと来るに違いない。
そう思い、僅かに祈るようにしていた。
けれどもそうは問屋が卸さないというかね、文が見つかるよりも先に魔理沙と出会っていた。
――あの白黒、僕を見るなり良いカモを見つけたとでも言わんばかりに笑みを浮かべて此方へとやって来た。

「よお、良也! 見たぜ、新聞!!!」
「ふ〜ん……」
「なんだ? 自分の事が書かれてるって言うのに、随分反応が薄いんだな。
 もしかして照れてるか?」
「いや、そうじゃないし。って言うか、事実無根のでっち上げだよ。
 レミリアはまだ寝てるから、とりあえずあのパパラッチでも取っちめようかと思って」

僕がそう言うと、魔理沙はあんまり意外でも無かったとでも言わんばかりに帽子へと手をやった。

「まあ、薄々そうなんじゃないかとは思ってたけどな。
 フランのアレは、正直良也を見ているって言うよりは夢見てる感じだったもんな。
 けど良也も良也だぜ? この幻想郷じゃお前みたいにあっちこっちフラフラと顔出せる男なんて居ないんだからさ、免疫が無い奴には麻疹みたいなものさ」
「それ、タチが悪いだろ……」

つまり、男性と関わる機会が少なかった相手にとっては僕がイコールで男性と言う事になる。
僕を好いてくれるのは有り難いけど、男性だから好きになるのと僕だから好きになるのとでは雲泥の差がある。
小さく溜め息を吐いて後ろ頭を掻いた。

「フランに関しては対応とか接し方を考えるようにしてる。
 けど今はレミリアの意図が重要なんだよ」
「おっと、熱を上げてくれているフランよりもその姉の方が気になるってのか。
 良也は欲張りだなあ」
「そんな訳無いだろ」

魔理沙が笑うが、冗談にあんまり聞こえない。
だからついむきになって反論しちゃったのだが――

「おいおい、軽い冗談だぜ? そんなに強く否定されると、何か有るんじゃないかって思えるぞ」
「思えても、思えなくてもいい。非常にいい迷惑だよ。
 これから外を歩くたんびに、今の魔理沙のようにからかわれて、それを否定して納得させなきゃならないのかと思うと頭が痛いよ」
「とは言っても、さっきの良也みたいに冷静な態度なら直ぐに下火になるさ。
 火の無い所に煙は立たないって言うし、噂程度で消えるだろ。
 ――文だったな、ちょっと待ってろ。
 さっき見かけたような気がするし、しないでもないんだよ。
 どこだったかな――」


帽子を外して額を指で掻きながら思い出そうとする魔理沙。
そんな彼女を見ながら、里の人たちに紛れて阿求とか慧音とかが僕を見ているのに気付いて居た堪れない気持ちになる。
きっとあの新聞を読んだのだろうが。噂だと言え、それを皆が信じない程じゃない自分が少し嫌だ。
入り浸っていたからかもしれないけど、この事態が解決したら少し訪れる頻度を考える事も考慮しなければなるまい。

「そうだ。さっき甘味処に向かうのを見たんだ!
 何でも水っ気を無くして、カステラ風味にしてみたとか言ってたな。
 多分霊夢も後で買いに来るだろうから、頃合を見計らって博麗神社に行くつもりなんだ。
 良也も来るか?」
「いや、僕は文をとっちめてレミリアを糾弾するのに忙しいと思うからいいや。
 ありがとう」

魔理沙に礼を告げて、慧音と阿求がなにやら話でもあるのかこっちに向かってくるのが見える。
多分僕が居なくなっても魔理沙が「ありゃ嘘だったぜ」とでも言ってくれるだろうと那由他に一つでも信じ、魔理沙の教えてくれた場所へと向かった。
――しっかし、その新商品とやらは其処まで前人気でも有ったのだろうか?
このういろうの御評判、御存じないとは申されまいまいつぶりとでも言いたげだ。
客の群れ、里の人たちの群れによって中々文を見つけることが出来ない。
ヒトに向かって「すいません、通してください」とか「すいません、許してください」とか言いながら進んでゆくと――文は居なかった。
え〜、ここまで来て無駄足!? この人ごみの群れに半ば突っ込んだ努力と、今から抜け出さなきゃ行けない申し訳なさが酷いのですが!?
お客としてヒトを掻き分けたならまだしも、ヒトを押し退けといて何もせずにまたその道を戻ると言う滑稽さから顔から火が出るんじゃないかと思えた。
そんな中――

「ん〜、こりゃ今日は諦めて明日かな〜。
 けどな〜、やっぱり新商品はその日には試してみたいし、乙女として少女としてこれは逃しちゃいけない気もするのよね……」

店の脇に、人ごみに紛れる事すらせずに文が立ち尽くしているのをようやく見つけた。
と言うか魔理沙、甘味処に向かったって言わない。これは甘味処で立ち往生しているのを見たと言うべきだ。
とりあえず人の波に逆らい、文を捕らえよう。
そう思って急げば急ぐほどに抵抗は増す。そして――

「……出直しますかね」
「待てっ、待って!? って、うわぁぁぁあああああ!!!!!?」

足を取られ、人ごみの中にて土樹良也(ぼく)倒れる。
饂飩の麺を作るのに踏むとは言うが、人間は踏んで柔らかくするものじゃないと思う。
もみくちゃどころか一回死んで、悲鳴が上がってから文が気付いてくれて引っ張り出したので有った。

――☆――

「あ〜、酷い目に有った……」
「全く。此方にとってもいい迷惑でしたよ。
 おかげで間隙を突く事は出来ましたが」

この烏天狗、僕が踏み潰されて死んだのを利用した。人の波が避けたのを好機と見て、そのまま新商品を買いたいだけ購入、僕をもののついでに引っ張ってきたのだ。

「数分くらいは良也さんに感謝しておきますかね」
「出来ればその恩をさっさと返して貰いたいね。
 ――まあそれはさて置いてだ」
「ご自身が死んだのをさて置けるようになるとは、器だけで言うなら既に幻想郷の方々に比類してきてますね。
 ――さて、何でしょう。もしかして今日の新聞に関してですか?」
「それ以外に何が有るって言うのさ」

とは言え、咲夜さんから新聞を借りる事は出来なかったので持っては居ないのだが。
けれども文の方から其処へと思い当たってくれるのであればとても有り難い話だ。

「あのガセネタ、類似するものとかは一切止めて欲しい」
「それをして私に何かしら利益はあるのでしょうか?」
「少なくとも完全なる真っ赤な嘘を掲載したと言う、そういう意味でこれ以上の信用性や信頼性を失う事態は避けられると思う。
 さっき魔理沙とあって話をしたけど、少し話をしただけで出任せだったって信じてくれたぜ?」
「あやや……」

そう言って文は手帖を取り出し、ペンを手にしてその内容へと目を落としていた。
僕からは見えないが、多分今朝の記事内容に関して何かしら書いて有るんだと思う。
その手帖を何度か捲ると、その手で横や×印をつけて溜め息を吐いた。

「まあ、其処まで大きな期待はしてませんでしたけどね。
 けれども御本人が其処まで否定すると言うのであれば、これは私の判断が誤っていたと言う事でしょう。
 ――どうもすみません、お詫びに先ほど買ったお菓子をどうぞ」
「あ、いや。其処までは求めてないんだけど……」
「いえ、どうぞ受けって下さい。その代わり、陳謝したと言う事と過ちだったと言う記事を書かせていただきますが」

やはりただでは転ばない所か、今彼女がそう言わなければ翌日あたりの新聞を見て「いつ謝ったあのパパラッチ!」と叫んでいた所だろう。その後で咲夜さんにナイフを投げられて「お静かに」とでも言われそうだが。

「けど、嫌に素直だな。何か悪いものでも食べたか?」
「たださっさと終わらせて先ほど買ったお菓子を堪能したいと言うのもありますが、これでも矜持くらいはありますよ。
 多少間違っていても真実に近ければそれで良かったのですが、完全に間違いだったとなれば謝罪するほか無いでしょう?
 別に良也さんが怖くて謝罪した訳でも、良也さんに圧されて屈服した訳でもありませんが」

こ、の、や、ろ、う!
いや、女だけど! しかも僕はそれに対して何も言い返せないけど!
いつかシメる、絶対シメる! ――頭の中だけで。

「けど、そうだとしたら何が目的だったんでしょうね?
 最近良也さんが紅魔館に入り浸っていたから、外部のヒトとしては根も葉もない噂――ではなかったのですが」
「ん〜、また何か面白い事でも思いついたんだと思う」

主に、僕を玩具にする事でだが。
結局文との会話でも得られるものは無く、僕はすごすごと紅魔館へと引き返す事にした。
文から貰った新商品は帰ってから咲夜さんに紅茶を注いで貰って楽しむ事にしよう。




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