東風谷との勉強を見始めて既に一月経過。
時折ハプニング的なイベントがもろもろあったけれどもそれはもう僕の人生の一環として諦めて受け入れている。
え、ゲームの主人公とかは大体そうだって?
嫌だなぁ……僕の人生は現実であって誰かに作られて踊らされてる訳じゃないよ?
じゃない……よ?

「先生? 空を眺めてどうしたんですか?」

意識を空から自分の体へと戻す。
僕の傍では少し怪訝そうに東風谷がこちらを見ていた。
うん、少し現実逃避をしたくなったんだ。
だって、今回僕は間違えて大学の問題集を持ってきてしまった。
しかも僕が多少苦戦して、今現在やっている箇所である。
なのに――

「何で東風谷はスラスラとくんだああぁぁっ!!!!!」

机を思いっきり叩いてそう叫んだ。
だって東風谷は今高校〇年生じゃないか!
なのに大学の問題を簡単に解くなあああぁぁぁっ!!!
その行動に東風谷はびくりと肩を震わせた。

「えぇ!?だって、持ってきたのは先生じゃないですか!」
「うっ……」

そうなんだよ、僕が慌てて間違えたんだよ!
だから悪いのは全面的に僕だけで、東風谷は何も悪くなくて……

「うぅ……」
「本当に大丈夫ですか? 熱とか無いですよね?」

そう言って東風谷の冷たい手の平が僕の額に触れた。
真夏に川の水を浴びたかのような冷たさに僕の心臓は少しばかり跳ねる。

「だ、大丈夫だって!」
「そうですか?」

東風谷の手を外して少しばかり離れる。
……少しだけ焦った。
何に焦ったのかはよく分からないけど焦った。
少しばかり高鳴った鼓動を抑えて、一度だけ深呼吸する。
――

「は〜い、今日はおしまいだよ〜」
「良也も早苗もご苦労さん」
「あ、神奈子様に諏訪子様」

からりと障子を開いてそこに現れたのは諏訪子と神奈子だ。
諏訪子がエプロン姿で、神奈子が夕食をお盆に載せて運んでくる。
ここは食卓なので僕らの授業が終わらないと東風谷たちは食事を取れないのだ。
なので東風谷と僕は急いで机の上から勉強道具を片付ける。
――今度は大学やバイトで忙しくても制作する課題をちゃんと確認しようと心に決めるのであった。





夕食を東風谷たちと供に食べる。
東風谷の隣で食べるのが少しだけくすぐったいと感じるのは何故だろうか?

「あ、諏訪子様のお作りになるこの料理はとっても美味しいんですよ」
「食べて食べて〜」
「これもついでに持って行きな」

食卓についた僕の目の前の皿に早苗や神奈子にポイポイと追加されてゆく。
美味しいのは認めよう。
自分で作ろうと思ったら何年かかるか分からないほどの美味しさである。
しかし……これは多すぎだと思う。
目の前に出来たのは小さな山、崩れるかどうかの瀬戸際に追い込まれている食料達。
食べても食べても追加で増やされるばかり。
これ……最初は皿の半分も無かったんだぜ? といいたくもなる。

「あの……そろそろお皿がやばいんだけど……」
「え〜? これぐらいペロリと食べちゃいなよ」
「男性は家庭を支える大黒柱ですから、これぐらいは余裕でいけるはずです!
 外来人の男性の何人かはこれぐらい軽く食べます」

因みに僕は運動系じゃないのでそこまでの許容量は無い。
既に青春を謳歌して体力のある限りに動き回る時代は過ぎたのである。
そもそも僕は――知っている外来人で言うと悠みたいに――行動的ではないのだから。
……別に悔しくなんて無いよ!

「流石に食べられるかどうか分からないよ……
 僕はそこまで運動系じゃないから」
「まあそうだろうね。そもそも能力からして運動系じゃないからねぇ」

五月蝿いよ!
何でそんなところで地味に精神ダメージを食らわなくちゃならないんだ!
SANチェックさせてくれSANチェック!

「仕方無いねぇ……
 早苗、食べさせてあげな」
「はい」
「食べさせてって……はいいぃぃ!?」
「口を開けてくださいね〜」

東風谷が箸で皿の上にある料理を摘むと僕の口に運ぼうとする。
それを僕が掌で押さえ込む。

「いやいや、自分で食べれるから!」

そう言って東風谷を説得しようとするが、逆に頬を膨らまされてしまった。

「私じゃ不満だって言うんですか!」
「何か話し違くない!?」
「先生は大人しく食べて下さるだけで良いんですよ、何がご不満なんですか?」

いや、そう真っ直ぐに尋ねられると僕としても困る。
――
いやいや、ここで食べるのもどうなんだろうか!?
そもそも僕はそんな年ではないし、恥ずかしい事この上ない。
年下の、しかも生徒に食べさせてもらう教師って言うのもなんだか嫌過ぎる。

「ならどうやったら食べてくれるんですか?」
「いやいや、そもそも自分で食べるから――うがっ!?」

急激に顎に生じた多大な圧力、それによって口が思いっきり開かれる。
あれ、口が――全く――閉められないよ?

「ほら、今の内にやっちゃえ、早苗」
「では――」
「ふあほーーっ!?(諏訪子ーーっ!?)」

背後から顎をがっちりと掴んでいる諏訪子に僕は叫ぶ。
しかし変なところでこいつ等は神様の実力を
発揮してくる。
今もこうやって――全く振りほどけない!
というかあご外れるから!

「よいしょっと」

そう言って東風谷がゆっくりと箸を動かして僕の口に食べ物を入れる。
それと同時に顎にかかっていた圧力が無くなる。
もしゃ、もしゃ……

「うん……美味い」
「まあ、私が作ったんだから当然だよね!」

そう言って諏訪子が胸を張るけれども、確かに美味いものは美味いのだ。
ハンバーグ? 肉汁がしつこくは無いぐらいなのに大量に噛めば溢れて出てくるのだ。
噛めば噛むほど美味しいと感じる料理だ。

「さすが神様――って言えば良いのかな?」
「そうそう、褒めて褒めて」
「凄いな、諏訪子は」

そう言いながら傍の諏訪子を撫でてやる。
――まあ外見からして頭を撫でてしまいそうだから僕としては自然と起こした行動なのだが――
諏訪子が「あぅ……」と言って硬直してしまった。
ん、なんだ?

「諏訪子、アンタが動いてどうするんだい」
「あ、いや……あはははは〜……」

頭をかきながら諏訪子が顔を上げる。
その顔が仄かに赤らんでいるのは何故だろうか?
そして――

「むぅぅうぅ……」

早苗の機嫌が悪くなっているのは何故だろうか?
それに怯えてゆっくりと諏訪子から手を放す。
やばい、これは何か話題転換をしないと――

「そ、そうだ。酒だよな酒。
 やっぱり美味しい料理を食べながらの酒は格別だと思うんだーー」

我ながら棒読みっぷりに呆れてしまうけど、これが精一杯なんだよ!
ナイスボートにはなりたくは無いからね!
それに諏訪子が「あ、じゃあ私が取ってくる!」と小走りと言うよりか、本走りで部屋から退出して行った。
それを見て神奈子が「クックック……」と笑う。

「何が面白いんだよぅ!」
「いやいや……
 別の意味で自分の世界を作り上げる御仁だと改めて思っただけさ、良也」

それはどういう意味だろうか?
しかし神奈子は答えないばかりか肩をかすかに揺らして笑うだけ。
――東風谷の不機嫌な態度が海栗の如く刺さって痛いし、抜けないし……
早く諏訪子帰ってきてーーっ!!!!!

「お待たせ!」
「おぉ〜、待ちくたびれた!」

とは言っても数分しか経過してないけどね。
それでも東風谷の不機嫌から逃げられるなら何でも良い!
例え飲み過ぎて霊力に反応して発火しようと飲んでやる!
そう思って伸ばした手がビール缶を掴む事無く空を掴む。

「あ、あれ?」
「頂きます!!」

そして隣では僕が取る筈だった缶を掴んだ東風谷がプシッ! と蓋を開くと一気にあおる。
その様に場に居た誰もが騒然とする。

「ちょっと早苗!?」
「あんた酒には弱いはずじゃ――」
「え、おい。東風谷!?」

口を付けた瞬間にばったりと床に倒れ付した。
飲みかけどころか開けたばっかりのビールが東風谷に降りかかってエロイエロイ。
巫女服がぺったし皮膚に張り付いていてR-15指定だな。

「じゃ無くて!――東風谷、東風谷!?」

邪念をすぐに振りほどいて東風谷の肩を揺さぶる。
酒に弱い人が一気飲みなんかしたらどうなるかなんて全く持って予想できない。
騒ぎになるのは嫌だけど……暴走レベルが上がるのも嫌だ。
だって東風谷ってば――





酒癖悪いんだもん。





東風谷の目がゆっくりと開かれる。
それだけならば喜ぶべき事だろうが――
顔は赤く、目はトロンとしていて……据わっている。
これは拙いかも知れない……
そう思ってゆっくりと東風谷を降ろそうとするが逆に肩を掴まれて東風谷が起き上がってきた。
諏訪子と神奈子が手話の様なボディランゲージのようなもので何かを使える。
は・や・く・に・げ・ろ――
早く逃げろ?
無理だって!!
もはやメルトダウン直前の核融合炉並みに無理!

「神奈子様? ――諏訪子様?
 少し……其処に座ってください」
「え、何であたしらが!?」
「私達は何の関係も――」
「言い訳をしない!」

二人は東風谷の怒りになぜか触れて正座させられている。
其処から東風谷の説教タイムが始まった。

「だいたいお二人とも自分勝手が過ぎるんです!
 その度に私がどれ程困ってるかご存知ですか?」
「「いや……」」
「そうやって無自覚なのが困るんですっ!!」

いつもは崇めている神様に向かって東風谷はクドクドと説教が続く。
もはや僕がここに居る意味は無いのじゃないのだろうか?
そう思いながら僕は少しばかり残された料理を頬張る。
――うん、まだ温かいや。
そんなことをやって気を抜いている場合じゃないだろうって?
甘いな。
もはや僕は悟りの境地に至ったのさ!
どうせ逃げられないのならそれまでの時間を引き延ばすか、それまでの間にリラックスするしかないのだ。
料理を食べて、酒を飲んで――

「先生は何をしてるんですか!」

東風谷に頭を張り飛ばされた。
うん、そう来るだろうとは思ったけどね。
けど――

「イタタタタタタタタタ!!!!!!!!!!」
「少し目を離すとあっちへフラフラ、こっちへフラフラ……
 少しは年配者としての自覚は無いんですか?」

耳を思いっきり引っ張られての説教。
神奈子と諏訪子は我先にと部屋から退出して行くではないか。
あぁーー、裏切り者〜……

「しかもその度に良いようにあしらわれては危険な目にあってるじゃないですか!」
「いや、逆らえっていうほうが難しいし。
 ――最悪死んでも生き返るしね」

とは言っても痛いのは嫌だし、死ぬのも嫌だ。
凡人である僕がそもそも一撃死してもおかしくないような状況に追い込まれること自体がおかしいのだ。
しかし東風谷は更に怒るばかり。

「その度に私がどんな気持ちで居るか判りますか!?
 その場に居合わせられなかった事を悔やむ日々が何度も繰り返されるんですよ?」
「あの……東風谷?」

東風谷は怒りだった筈なのにいつの間にか涙すら浮かべてるじゃないか。
――確かにそうだ。
毎回僕は東風谷の知らない所で死んでいることが多い。
そして生き返るとは言っても死んだことに代わりは無いのだ。
では例えばだけど……
例えば――
妹が僕の知らない場所で死んでしまったら僕はどうするか?
死因が何だったとしても……









僕は一生悔やみ続けるかもしれない。
その場に居合わせられたら何とか出来たかもしれないという、滑稽な考えに縛られて――

だから東風谷のその考えは理解できる。
理解できはするのだけれども――それだけだ。
多分これから先にも何度か下らない事で死ぬかもしれない。
例えば弾幕ごっこで墜落したり、誰かの軽い気持ちに付き合わされたりして。
だいたいの人物は既に慣れた上でからかいのタネにさえしているのに東風谷は未だに慣れては居ないようだ。

「どうして東風谷はそんなに僕の心配をしてくれるんだ?
 僕は――」
「……」

言葉を紡ごうとして失敗する。
それは僕の意思でもないし、閉ざそうと思って閉ざした訳じゃないのだ。
僕が口を閉ざしたのではないのなら誰が?と言う事なのだが……
目の前に東風谷の綺麗な顔が有った。
緑色の髪が良い艶をしており、月明かりに少し映えてきらりと光る。
思わず触れてみたいと思うような思いに捕らわれるけれども、勿論そんな事は出来ない。
東風谷は目を閉ざして何も言わない。
いや、言えないのだ。
だって僕らの口は――


互いに繋がっているのだから。


その時間は長い。混乱を極めているからだろうか?
その時の僕が何を考えていたのかその時ですら思い出せない。
暫くの時間そうしていたような気もするし、もしかしたら数秒だったのかもしれない。
東風谷の唇がゆっくりと離れたかと思うとゆっくりと身体が傾いてゆく――
そして床にトサリと力なく倒れ臥した。
あ、あれ?
今起こった事は一体!?
そうやって状況整理をしているといきなり傍の戸が破かれんばかりに開かれた。
勿論そこに現れたのは諏訪子と神奈子だけれども――どこかがおかしい。

「良くやった早苗!」
「頑張ったよ〜!」
「……あれ?」

何かがおかしい。
何処がおかしいかと言うと、態度だ。
神様であるにも拘らずある意味巫女さんを穢されたのだから怒ってもおかしくない。
――戸をぶち破ってきた時点で一度や二度は死ぬ覚悟をした。

「さあさあ良也! 巫女に手を出した罪はマリアナ海溝よりも深く有頂天よりも高い」
「いや、有頂天って無に等しいんじゃ――」

啖呵を切るように喋る神奈子に一応突っ込んでおくが……
もちろん僕の言葉を聞いてくれる筈も無く話は続く。

「この罪に対する罰は何だろうね〜♪」
「そんなに楽しそうに言われても恐いよ!?」

これじゃ埒が明かない。
啖呵を切り便乗するかのように喋る二人を僕が上回るには――
東風谷と同じ事をするしかない。
なのですぐ傍に有ったビール缶を一気飲みで一缶、二缶……三缶と空けて行く。
それに二人が少しばかり固まる。

「良也を取り押さえな!」
「合点承知!」

二人がかりで取り押さえようとしてくるのを僕は何もせず、4缶目を開けて上を向きながらブハァ!とアルコール臭い息を吐いた。
そしてゆっくりと視線を二人に向けた時には――
すっかり出来上がっていた。

「とりあえず……座れ」
「何を言ってるんだい!」
「わわ、すっかり出来上がってるし……」

そう、とりあえずこの幻想郷では常識を捨てたもの勝ちなのだ。
なら酒を飲んで常識を大半酔いに任せて一時的に消してしまえば或いは僕の勝ちだ。
というか、難しい事は考えられないじぇ〜……

「すわれと言ってるんら!!!!!」

もはや酔っ払いの言いがかりレベルで叫ぶ僕に二人はただ黙って座るしかなかった。





酒に任せて色々尋問のような問いを重ねる。
そして分かった事など一番簡単なことでしかなかった。

「れ? 守矢神社の跡継ぎが欲しいからと僕を嵌めたのら?」

そう、僕を家庭教師として雇った裏事情はそんなものだった。
東風谷は少し身持ちが固いし、このままだと守矢神社のあとを継ぐ子を為さぬまま潰えてしまうかも知れないと二人は危惧したらしい。
そして当の本人は今頃敷いた布団の中で夢心地だろう。

「そのころ(事)は東風谷には?」
「言ってはいないけど――」

神奈子が言いよどんだ瞬間に居の中に石が落ちたような良い得ぬ重さが体を襲う。
けれどもそれを表に出さずに話を続ける。

「れ?二人が色々と僕に構ってきら(来た)のは事をうまく運ぶためなのら?」
「う、うん……」

と言う事は、なんだ?
僕は二人の考えに東風谷もろとも乗せられて動いてただけだと?

「ふざけるな!」
「「!?」」

もはやここまで言質をとれば十分だとアルコール分を弾き飛ばして素面に戻る。
そして怒りを全面的に押し出した。
その事に二人が驚く。

「守矢神社を残したいために……
 その考えに僕と東風谷を巻き込んだのか?
 東風谷の思いや考えを封殺して……僕の思いを踏みにじってまでやる事なのか!!」
「り、良也――?」
「ち、違うよ!?」
「違わない!
 そんな事につき合わされた東風谷が……可哀想だ!
 僕はもう家庭教師なんかやらないからな!」

そう叫んで僕は守矢神社を後にした。
行き先は全く持って定まっていない。
――東風谷が僕に好意を抱いてくれているという幻想を抱き、すぐさま壊されたのだから……





良也が走り去った後で二人の神様は呆然と立ち尽くす。
しかしいつまでもそうやって時間を浪費している訳にも行かないのですぐさま我に返る。

「まあなんだ? 良也も随分の朴念仁さね」
「私達が早苗に無理やり何かをやらせるわけ無いのにね」

実際、早苗に二人は何も言ってはいない。
確かに良也と早苗をくっつけて守矢神社を存続させようと画策自体はしてはいたが、その思惑は“今回の”家庭教師には副次として設定してあるだけであった。
なら主要目的は何か?
良也は早苗と外界で決して短い時間とは言えない時間を過ごしてはいる。
けれども幻想郷に来て見ればあらびっくり、早苗に負けるとも劣らずの女性が大量に居るではないか。
吸血鬼姉妹は時間を置けばゆっくりと大人びた容姿に変わる可能性もあるし、現時点で魂魄妖夢や霧雨嬢、果てには博麗の巫女とも仲が良いのだ。
少し気を抜けば誰に掻っ攫われるとも分からない状況なのだ。
良也が少しでも欲を抱き誰かと親しくなりたいと願えば、長く時間を供にしている人物とくっつく可能性も有った。
そのことで損をするのは誰か?
守矢神社については最悪養子に継がせれば良いのだから――

「早苗……これで少しは進展あれば良いんだけどね〜」
「とか言いながらあんたが陥落しそうになってたけどね」
「な、なって無いもん!!」

神奈子に指摘されて顔を真っ赤にして反論する諏訪子。
とりあえず分かっているのは、良也は暫く神社には寄ってこないのはたしかだと言う事ぐらいだ。





「ふ〜ん、そんなことがあったの」
「真面目にどうしようか悩んでるんだからもうちょっと真面目に聞いてよ」

一週間後、僕は人間の里で鈴仙と話していた。
とりあえずあの事があってから僕は守矢神社所か幻想郷にすら来なかった。
まあ理由は何処で誰と顔を合わすか分からないし、グチャグチャの心持で守矢神社の関係者に会うことは出来なかったから。
まあ鈴仙と話をしているといってもお菓子を買うついでに愚痴を聞いてもらってるだけなんだけどね。

「聞いてるって。
 ――人参味のクッキーってのも美味しいわよね」
「しっかり聞かないのなら今度から持ってこない」
「私が知る訳無いじゃない」

ざっくりバッサリと一刀の元に両断される。
そもそも相談に乗ってくれてすら居ない気がする。

「と言うか恋愛経験なんて無い私に聞かないでよ。
 そんな事考えた事もなかったわ」
「それは多分女性として何か間違ってる気がする……」
「なら『早苗さん大好き!』とか言ってれば間違ってないの?」

極端すぎる。
と言うかその中間の考えを彼女は持ってはいないのだろうか?

「……まあ災難だったことは素直に慰めるけど、早苗が知っていて乗ったとは思えない。
 諏訪子と神奈子も無理強いしてまで貴方を手に入れようとする?
 外界から来たからまだある程度貴方と同じようにわきまえていると思うけど」
「……だよね」

少し頭を冷やした僕も其処までは考えた。
東風谷が他人に迷惑をかけるような事を進んでやる筈がないとどこかで信じてるから。
なら昨夜の行動は一体?
其処まで考えてやっぱり最後に行き着くのは――

「ぐぁ……」
「何赤くなってるんだか」

五月蝿いよ。これでも心は少年なんだ。
だから――も、ももももももし、だよ?
もし……東風谷が僕のことが好きだったらと考えたらどうだろうか?
家庭教師の件は東風谷との時間を増やすために二人が画策したのかもしれない。
――そう考えると何処にも悪意や僕の怒る箇所は無くて……

「悩むぐらいだったら本人に直接聞けば良いのに」
「なら君は人に『君って僕の事好きなの?』って聞けるのか!?」
「うっ――」

そう言われて何か思う所が有ったのか鈴仙は数秒かけて首から頭まで血が上って真っ赤になった。

「あれあれ〜? その反応をするって事はもしかして――」
「聞くな!と言うか喋らないで!」

何でさ。
と言うかその反応だとなんか有ったってことだよね?
鈴仙は首まで真っ赤になって息急きながら呼吸を整えると一つだけ言う。

「――なら最終手段、期間を開けてほとぼりが冷めるのを待つ。
 これしかない!」
「君は今まで何をやってきたんだ……」

とりあえず鈴仙に僕はそう言うしかなかった。
まあ月の戦争から逃げたからその言葉が出たんだろうけどさ。
――けれども、最終的な意見は一致したのでそうすることにする。

「まあ話に乗ってくれて有難う。
 今度お礼に何か買ってくるよ」
「なら――人参を使った何か美味しいものを持ってきて。
 姫様も何か和菓子とか欲しいって言ったからそれもよろしく」
「ん。まかされた」

そう言って鈴仙と別れる。
とりあえず今日のお菓子の販売は終了かな――



その頃の守矢神社。
一週間もの間、良也が幻想郷に来てないことはもはや周知の事実となっていた。
外からやってくる外来人が居るのに対して、好きに自分の世界に帰れる彼を捉えるのは非常に困難なのである。

「良也このまま幻想郷に来なくなっちゃったりして……」
「それは困るね……あたしらが原因だとするとさらに、ね」

卓袱台で諏訪子が、あう〜と上半身を転がしている。
やはり二人とも多少の責任は感じているようで少し元気が無い。
良也がこちらに来なければ弁明や弁解、さらには謝ったり話すこともできないのだ。
もしこれで良也が幻想郷に来なくなってしまったら――
早苗は不幸なことになってしまうのだ。
しかも本人は当日の事を酒と供にすっかり抜け落としてしまっていて覚えていない。
なので――

「神奈子様、少し出かけて来ますね」
「え? あ、あぁ。気をつけて行っておいで」

こうやって元気に日常を送っている。
その事でさらに申し分けなくなってしまうのだ。

「そう言えば最近先生を見ないんですがどうしたんでしょうか……」
「た、たぶん大学の論文とかテストとかで忙しいんだよきっと!」
「そうさね! 他にも――先祖の墓参りとかするかもしれないじゃないか!
 ……夏が近いんだしね」
「――だと良いんですけどね」

そう言って早苗は立ち去ってゆく。
その原因の一つが自分だとも知らずに。

「――今日は来てるかもしれないよ?」
「そうだね……
 せめてそう有ってくれることを祈るかね」

神が祈る場合は何に対してなのかは分からない。
けれども神だって人として形作られたのなら祈ったって罰は当たらないと思う――





早苗が出かけて向かったのは人間の里で、とりあえず買出しと言う目的ついでに先生である良也を探してみようという魂胆だった。
この時間帯だったらだいたいは人間の里でお菓子を売っている――
そう考えたからだ。

「多分居る筈……」

そう思って上空から少しばかり人間の里を睥睨すると見知った顔が有るのを見つけた。
もしかしたら何か知ってるかもしれないと言う事でゆっくりと降りてゆく。

「こんにちは」
「え? ――あ〜、久しぶり」

その人物は片手に外界のお菓子を大量に詰め込まれた袋を大切に抱えながら歩いていた。
少しばかり会話をして本題をさっさと切り出す。

「――所で先生を見ませんでしたか?
 その両手に持ってるお菓子からして会ってはいるみたいですけど」

早苗がそう言うと鈴仙は少しばかり罰の悪そうな顔をする。
しかしすぐにため息を付くと白状するかのように語る。

「居たよ。そしてどっかいった」
「本当ですか!?」

良也がここに居たという事実に早苗は少しばかり喜びを隠さずに顔を綻ばす。
それをみて鈴仙は言葉を続けた。

「けど今会っても逃げられちゃうんじゃないかしら」
「え、何ですかそれ?」

早苗が聞き返すのに鈴仙は少しばかりしまったという顔をする。
どうやら何か知っているかもしれないと思って話を聞こうとするが――

「とりあえず今は少し間を置いたら?
 あっちはあっちで色々あるみたいだし」
「……それならなおさら放っては置けませんよ」

早苗がそう答えると、鈴仙は『それなら良いけど』とだけ答えた。

「と言っても何処行ったかは知らないけど」
「そうですか……」

鈴仙の問いに少しばかり肩を落とすが居たという事実は変わらない。
彼女の言っていた問題とやらが気になるので風を切るようにすぐさま人間の里を後にした。






そして早苗はその足でそのまま博麗神社へと向かう。
――外界から幻想郷、その移動に使う事で居る可能性が高いからだ。
そしてその勘は的中する――

「え?」

博麗神社に降り立とうとした瞬間にすれ違いざまに高速で何かが背後に飛んでいった。
それが何かを認識する前に目前から弾幕が早苗目掛けて降り注ぐ。

「わわ!」

すぐさま弾幕を避けて相手を確認すると――魔理沙だった。
相手も高速で飛翔してきたが相手が早苗だと気付くと攻撃をやめる。

「ありゃ、早苗じゃん」
「早苗じゃん。じゃないですよ! 何を考えて――」
「ちょっと今は立て込んでるんだ、後回しにしてくれ」

そう言うと魔理沙は先ほど弾幕の飛んで行った方向に向かってゆく。
それを迎撃するかのように水やら炎やらが遠くから軌道補正されて魔理沙を狙う。
しかし密度も薄く速度も少々遅い為に魔理沙に当たることはない。
それらを横目に神社の縁側で見上げるように座布団の上でお茶を飲み、煎餅を思い出したかのように食べる霊夢の元へと向かう。

「あの、魔理沙さんは何と戦っているんですか?」
「ん〜…… 良也さん」
「え!?」

霊夢の問いに信じられない事を聞いたかのように振り返る早苗。
其処には確かに、土樹良也が魔理沙と相対していた。
ただし、服は所々が欠損し痣や口から血を吐いていたりと多少の怪我が見受けられる。

「何をしてるんですか!」

それを見て早苗が怒るように叫ぶが霊夢は涼しい顔をして受け流す。

「何って――良也さんが自分から申し出てきた事よ?
 『少し弾幕の避け方とかの練習がしたい』って」
「え?」

早苗がその言葉で少しばかり硬直する。
しかし、その奥では魔理沙の容赦ない攻撃と良也のささやかな抵抗のような攻撃が空中で交差する。
時には回避し、時にはぶつかり合い相殺する。
しかし絶対的な経験の差、能力の差が確実に良也を追い詰めてゆく。
そして最後の瞬間、膨大な魔力が良也目掛けて放たれるのを見るのと同時に早苗の身体は動き出していた。



「痛てててて……」

魔理沙の放ったマスタースパークをギリギリで回避することに成功した僕だけれども、勢いに飲まれてしまい弾かれるように地面に叩きつけられてしまった。
そのせいで肋骨がへし折れて内臓に刺さり、衝撃で一度死んでしまった。
けれども――服は無事のようだ。
右腕は肩から、足の方は膝から下の方が弾幕で服が損壊している。
これは買い直しかなと思いながらゆっくりと生き返る。
リザレクションするといっても死因が厳しければ蘇生に時間がかかる。
だからもしかしたら数秒で生き返るかもしれないし、数時間かかるかもしれないのだ。
しかし目を開くと温かな液体が瞳に入った。
――雨かなと思いならゆっくりと瞳を開く。
其処には――

「……」
「東、風谷?」

其処には東風谷が居た。
ボロボロと涙を零し、僕の頭を膝の上に置いてる。
――なんで?

「なんで――」
「なんで、ですか?」

僕が言おうとした言葉を東風谷に先に言われる。
その意味が分からずに僕は黙る。。

「何でそうやって、私に心配をかけるんですか?」
「僕は別に心配なんか――」
「かけてます! 沢山、一杯!」
「……」

ポロポロと温かな液体が東風谷の瞳から零れ落ちては僕の顔を叩く。
けれども生き返ったばかりの僕にはどうする事もできない。
まるで感電して麻痺したかのように身体が上手く動かないのだ。

「僕は、ただ――
 幻想郷になれる為にも……
 誰かに守られなくても良いぐらいに……強く――」
「ならなくても良いです!
 先生はいつまでも先生のまま――
 外界で住んでいた時と同じようにのんびりとしていれば良いんです!」
「けどそれだと……僕は――」
「大丈夫です!
 私が……一生傍にいますから!」

時間が止まったかのような感覚が周囲に張り巡らされる。
けれども風はそよそよと木々を揺らしては木の葉を鳴らす。

「え……今の、は?」
「っ――」

僕が確認を取るように声を出すと泣きとは別の理由で顔を真っ赤にする。
あ、れ?
この流れは――

「何度も、言わせないで下さい」
「でも、本当に良いの?
 僕なんかで」
「そんなの、ずっと昔から決まってたことです」

そう言いながら東風谷は涙を拭うと満面の笑みを漏らす。
それだけで僕の心臓は一際高く鼓動する。
あぁ、なんだ。
結局、僕もいつしか――





東風谷に惹かれていたのかもしれない。





遠く離れたところで見ていた諏訪子と神奈子は安堵の息を漏らす。
どうやら仲直りと言うか、確執の様な物は無くなった様だ。

「これで一安心かね」
「一時はどうなるかと思ったよ」

そう言いながら近くにある博麗神社に降り立つ。
今あの二人の邪魔をするのは無粋だと思ったからだろう。
しかし向かった先に居たのは不機嫌な魔理沙と霊夢である。

「ったく……いきなり割り込んで吹き飛ばしてくれたぜ。
 ――折角楽しい時間だったのに」
「最近良也さんが余り神社に居ないと思ったら色々やってたのね……」

そう言いながらも魔理沙は八卦炉、霊夢は陰陽玉を取り出す。

「なんだい、やる気かい?」
「今だったら私達も負けないよ?」

諏訪子に神奈子も徹底抗戦の構えを取るが、すぐさま霊夢と魔理沙はゆっくりと得物を仕舞った。
それに二人は怪訝な顔をする。

「いや、今ここで力で争っても仕方が無いんだな。
 なら考える事は一つしかないんだぜ!」
「あら、ここで同じ考えになるとは思わなかったわ」
「「?」」

霊夢と魔理沙の言葉の意味が判らず疑問符マークが浮かぶが、すぐに霊夢と魔理沙が答えを出す。

「まあ簡単な話だぜ?」
「つまりは早苗に負けないぐらいに良也さんにアプローチをすれば良いのよね」
「あら、うちの早苗は簡単に負けないよ?」
「そうだそうだ!」

博麗神社でそんな出来事があったとは当の本人は知らないばかり。
ちなみにここで更に記述しておきたいことがあるが――
諏訪子も攻略可能に入っていたりする。
土樹良也の人徳のようなものはこのように広く皆に浸透していっている。
もしかしたら恋慕もしくは親愛に似た感情を抱いている人物はまだ居るかもしれないし、増えるかもしれない。
けれどもそれは早苗と結ばれることとなったこの世界ではありえないことかもしれない。
もしくは――全員と上手くやっていくのかもしれない……





後書きと言う名の何か〜
蒼野「修正しました。
   何も考えずにぱっと今まで出ていないキャラクターが出たら誰でも嫌ですよね……
とりあえず鈴仙に差し替えましたが、これだと鈴仙もフラグが立ってる事に!?
まあ面白くなりそうなので放置しますけどね。
誤字も修正済みです。
様々な意見や感想を有難う御座いました」
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