タイトル『東風谷との出会い、そして勉強の末に――』
作者:蒼野


早苗の勉強を見始めて早一週間を越えた。
まあ週に二回しかないので超えたと言っても大して凄くもないのだけど……

「あ、その羊羹と……栗羊羹をくれ」
「はい」
「代金……っと」

人間の里でお菓子を売って少しの小銭を稼ぐ日々が何度か続く。
まあ早苗の家庭教師代は外で教えるよりは少しばかり安いが、拘束時間と自給で換算すれば大もうけである。
なので少しばかり人間の里でのレパートリーを増やしてみたのだ。

「うん。やっぱり外の世界のお菓子ってヤツは美味しいなぁ」
「まあ技術力が違うからね。要求があればまた持ってくるよ」
「ああ、できれば頼む」

人間の里での客にお菓子を売ると、再び荷の入っていたカバンを担ぎなおす。
まあ里に入って数分で売り切れるので沢山持ってきても大丈夫。
少年は貰ったお菓子を渡されると、のんびりと歩いてどこかへと消えていった。

「ふぅ……」
「あ、先生」
「ん?」

背後から声をかけられたのでゆっくりと振り返ると、其処には東風谷が居た。
紙袋を持っているあたりを見ると、買い物帰りなのだろうか?

「どうしたんだ東風谷? こんな所で」
「買い物帰りです。それでなんだか子供たちがはしゃいでいたので、もしかしたら、
と思いまして」
「なるほど」
「今日はそのまま家に来ますか?」

そう今日は東風谷の家で勉強を教える日である。
それ以外の日は大学行ったり、教材探したりで幻想郷に来る機会が少しばかり減った気がする。

「いや、諏訪子に神奈子から頼まれて買った物があるからそれを取りにまた外界に戻らなきゃいけない」
「なら博麗神社まで一緒に行きますね」
「え?」

東風谷がそう言ってにこりと笑う。
その笑顔は魔理沙の出すような頼れるものでもなければ、レミリアの浮かべる強者の余裕でもない――
ただの暖かく、優しげな笑みだった。
サディスティックな感じは全くしない。

「いや、そうしたら東風谷が帰るの遅れるんじゃ……」
「大丈夫です。博麗神社に寄る予定もありますから」
「――なら頼めるかな?」

そう言うと東風谷は「任せてください!」と握りこぶしを作って意気込みを見せる。
それを見ると微笑ましい事この上ないが、実際に僕より強いので頼もしくもある。
――そう、霊夢に似たような何かが……

「今何か変なこと考えませんでした?」
「いや、早苗が頼もしいなあと思って。
 私塾に来てすぐの事を思い返すと見違えるくらいだ」

そう呟いて思い返す。
あれは……そう、冬の時だった――





私塾に向かっている途中、メモを片手にうろうろと歩く緑色の神の学生が歩いていた。
ねずみ色のマフラーを巻き、今流行のミニスカを穿いている。
――友人の家か、何かを探しているのだろうか?
そう思った僕は真っ先に近場のコンビニに寄る。
今日はちょうど黒ペンを切らしてしまったので新しく買わなければならなかったからだ。

「う〜ん……、え〜っと……」
(まあ頑張ってくれ)

そのとき僕は時間の関係から自分の用事を優先したのだが――

「……」
「えっと……、えっと……」

なぜかその少女と再び遭遇。
今度はメモと同時に携帯電話を取り出している。

「使い方教えたのに何で出てくれないんですかぁ〜!?
 神奈子様!?諏訪子様〜!?
 このままだと塾にすら行けないドジっ娘って同級生に言われちゃうんですよ!?」

どんな会話だろうと心中にて突っ込む。
ヤバイ、時間が無いじゃないか。
授業が始まる前にタイムカードを押して色々準備しなくちゃいけないのに!

「遅刻、遅刻〜!」
「わ〜ん!」

僕の声と、携帯電話の繋がらない少女の叫びが虚しく雪の降り積もる街中に木霊した。
さて、塾に急がないとお小言を喰らってしまう。
基本優しい塾長だけど、怒るときも笑顔のような顔をしているので恐怖すら感じる。
急がないと――

「ま、間に合った!」

肩で息をしながら塾の入り口で深く呼吸をする。
あと……5分しかない!?

「ヤバイ! 時間が……」
「あ〜……良也君、良也君。少し良いかね?」
「じゅ、塾長?」

入ってきていきなり塾長に出くわすとは思っても居なかったので少しばかりビックリする。
授業中でも講師の授業風景を見にウロウロしてるから想定してなかったと言えば嘘だけど――

「なんでしょう? これから授業始まるんですが」
「その事なんだが――受け持ちの生徒が一人来とらん。
 迷子になってるかもしれないから迎えを寄越してほしいと書置きがあった」
「へ?」

つい先日、確かに僕は受け持ちの生徒が新しく追加されていた。
どうやらあと数ヶ月後にある高校入試に向けて今更の塾入りだそうだ。
そして学校での成績を見る限り――平凡以下、下手すればおちこぼれだ。
ただしここで注意書きが書かれており、ありえないようなミスを乱発しての成績により実力は不明との事。
例えば消しゴムで何度か書いたり消したりをして解答用紙を破き無得点。
回答欄を一つずつずらして書いていた為に0点。
他にはシャーペンを落として拾うことが出来ずに、草食動物みたく涙をためてプルプル震えながら回収されていったり、テストの日を一日ずれて記憶していたが為に勉強スケジュールが間に合わなかったりと様々だ。
中には筆記用具を忘れた、などもある為に壮絶なドジであることが窺い知れる。
まあ――老人が目の前で倒れたので病院まで付き添ったとの逸話もあるが、後日感謝の手紙が届いていたりもする。
人間としては出来ているようだが、ドジ。
これに尽きるそうな。
しっかし……

「塾の場所――知って応募したんじゃないんですか?」
「どうやら途中で塾の場所を書いたメモを落として迷子になっているようだ。
 ――とりあえず居ない間は自習させておくから行ってきなさい」

どうやら探して来いとの通達が塾長から直々に下った。
なら仕方が無いので探しに行こうとするが――

「あの、せめて外見写真とかありますよね?
 それ下さい」
「後で返すように」

その生徒の写真を渡され、人目で「ウゲッ!?」となってしまった。
名前、東風谷早苗――
緑色の髪をした少女であった。
つまりは先ほど僕がスルーしてきた人物そのもので……

「い、行ってきます!」
「気をつけてな」

塾長の声を背後に僕は走った。
上着やマフラーを取ってこようなんて考えは浮かばなかったのは……
これでもし「見て見ぬふりされました」とか証言された日にはもう――
バイト生活オワタ!になってしまうから。





雪の降り積もる街中をトボトボと歩く一人の少女。
時間は既に6時を越えており、学校は終了して殆どの学生が家についている頃。
静かな街の中を歩く。

「はぁ……メモは無くすし、携帯のバッテリーは切れるし……」

しかも帰り道も分からなくなった様子である。
冬は太陽の出ている時間が短くなる為に辺りは既に真っ暗闇。
冷たい風がその少女を容赦なく襲い続ける。

「飛んで――帰ったら流石にばれてしまいますよね」

そう呟きながら周囲を見回す。
ここは幻想郷と呼ばれる世界と違い、人が空を飛ぶのは“非常識”なのだ。
だから少女は“常識”から外れないようにする。

「少し、公園で休みますか」

少女が塾に居なくてはならないのは5時であり、時間から考えると既に授業は始まっている。

「これじゃ怒られちゃいますね〜……」

初日にまさかの迷子で授業に出席せず。
――こういう時に両親が居たらどんなに心強いだろうかと思うが、居ないものを求めても仕方が無いのだ。
公園に入るとブランコに腰掛ける。
少しばかり雪の載ったブランコはひんやりと冷たく、誰も居ない周囲の空間がだだっ広く感じられた。

「ふぅ、寒い……」

青い手編みの手袋。
神奈子という人物が態々少女の為に編んだものであり、直接彼女の力になれないので代わりにと渡された。
その二人の神様は代々守矢神社で祀られており。姿を見せることはおろか、直接何かをすることも出来ないのだ。
だから授業参観などをする時はその紙を暗闇に投げた。
写真でしか笑ってくれない両親を暗闇に見て。

「どうやって帰ろうか……」

普段来ない場所と言うものはどうにも位置関係が分かりづらく、迷子になりやすいとも友人に言われてるので迂闊に動けない。
どうしたら良いのかと考える彼女に一つの手が差し伸べられる。

「ハァ……ハァ……」
「誰、ですか?」

その手は寒い中を走ってきたであろう人物のもので、汗を大量にかいて息も荒々しい。
暫くその男性は息を整えるのに時間を使い、言葉を放った。

「僕は土樹 良也。君を――迎えに来たんだ」
「……」

それが東風谷早苗と土樹良也の出会いである。
もう……何年前になるか分からない位だが、確かに覚えている小さな出来事……

「あれ、誰かと一緒みたいだね?」
「不審者じゃないだろうね……」

そのとき、心配した二人の神様がちょうど追いついていた。
それが諏訪子と神奈子が良也を知ったときかどうかは分からない――





その話をした瞬間に東風谷の顔が瞬間湯沸かし器の如く真っ赤に染まる。
そしてぷりぷりと怒り出すのだ。

「そ、そんな昔の事は覚えて無くて良いです!」
「いやいや、昔があるから今があるのであって、そうやって全否定をする必要は無い
んじゃないかな?
しかし、当時は不幸な出来事だと思って嘆いてたけど今思い返すと当時の東風谷がいかにドジだったかを露呈する様で――」

其処まで言った瞬間東風谷の気配が消えたので慌てて見ると既に一人で飛び立っている。
つまり置いてけぼり。
慌てて後を追いかける。

「そんなことをいつまでも覚えて無くても良いじゃないですか……」
「でもそれも含めて東風谷は東風谷だろう?
 それを考えると――東風谷も可愛いとおもってさ」
「――!?」
「あれ、東風谷? なんで速度速めてるのさ……
 お〜い!?」

なんか弾幕をばら撒いている東風谷だったが、弾幕を止めて単身すっ飛んでゆきました。
なんて言うんだろうな……「これ人が飛んでるってレベルじゃねーぞ!」って感じだろうか?
――そんなことを考えてる場合じゃない!

「とりあえず……死地を脱する事から、かな?」

妖精やら妖怪やらがわらわらと集まってくる。
東風谷にやられた意趣返しと言ったところだろうか……





東風谷は何処かに消えてしまったので僕はボロボロになりながらも博麗神社に帰ると、其処から現世へと戻り神奈子と諏訪子に頼まれたもの――
発泡酒とワインを幾つか見繕って持ってゆく。
量が多いので重い事、重い事。
能力を強化していない僕だったらとっくに耐えかねて手を放してワイン爆撃を地表に放っていてもおかしくないぐらいだ。

「ま、代金の方は今日の代金を払うときに上乗せしとくさね」
「これで一週間分〜♪」
「持ってくるこっちの身にもなってくれ……
 で、東風谷は居るか?」

僕がそう尋ねると「息急き顔真っ赤にして自室に飛び込んでいったのを見た」との返事が返ってくる。
しかしそれは一時間前の事で、今の東風谷はどうしてるのかが気になるのだが……

「あと数分で授業なんだけどな……」
「まあ今日受けられなかった分は“振り替え”とかで今度やれば良いさ」
「じゃあ今日は授業なし?
 折角差し入れのお菓子見繕ってきたのに」

そう言って諏訪子がしょんぼりと俯く。
ついでに帽子の眼も悲しげだ。

「――じゃあ今日の授業は振り返って事で……」
「受けます!!」

帰ろうとした矢先にズバンッ!! と派手な音を立てて襖が開かれた。
其処には東風谷の姿がある。

「いや、体調不良とかだったらしっかりと休む事。
 体調の管理は講師の僕には出来ないから無理をして後に祟ってもダメだぞ?」
「大丈夫です! この通り元気で健康ですから」

そう言って腕まくりをしながら力瘤を作る東風谷を僕は胡散臭そうに見て――
額に手をやって熱を見る。
再び顔が真っ赤に。

「ほら、やっぱり熱があるじゃないか。
 こんなにあったら風邪の予兆じゃないのか?」
「うっ……放して下さい!
 ――本当に大丈夫ですから」
「そう?」

なら授業をするとしよう。
しかし……

「何で二人ともため息付いたりしてるのさ」
「いや、だって……ねえ?」
「扱い辛い上に朴念仁だね……
 やり辛いったらないよ!」

何でそこで僕が罵倒されなくちゃならない?
僕はただ普通に東風谷の心配をしてあげただけなのに……





授業中、今日は最悪だった……
まあ東風谷の勉強が今日は少しばかり遅く、体調不良の可能性を懸念していたのだけど……

「どうしたんだ?
 さっきから余り進んでないみたいじゃないか」

そう言って僕が“隣”に居る東風谷の問題用紙を見る。
いつもの東風谷だったらパパッと解いてしまうはずなのに……
しかし東風谷はそれに「ひゃぅっ!?」と変な声を出して仰け反った。

「東風谷……本当に大丈夫か?」
「はぃっ!? あ、はい! 大丈夫です! 大丈夫ですから……少し離れてください」
「ん? あぁ……ゴメン」

身を乗り出す形になっているので僕らの顔の距離がかなり近い。
互いの頬が触れるぐらいには近いのだ。
それに気がついて僕はサッと戻る。
確かにこれじゃ勉強の邪魔になるだろうから。
そんなときに襖が開かれる。
ゆっくりと、ゆっくりと――

「あ〜、う〜!! 良也助けて〜!!」
「何やってんの!?」

襖が開かれた先には諏訪子がジャンボパフェを盆に載せて持ってきていた。
確かに諏訪子の身長ではかなり無理があるようで――

「わっ……わ、退いて!?」
「退ける訳ないだろ〜!?」
「きゃぁぁああっ!!」

パフェは僕と東風谷の頭上に降り注ぐ。
クリーム、ホイップ、オレンジ、リンゴ、チョコレート……
それらが全て僕らに降り注いだ。

「うわ……」

僕らの惨状を見て諏訪子が絶句。

「ケホッ……諏訪子様〜……」

チョコレートやらを顔に浴びてなんともエロ……否、かわいそうな状態の東風谷が涙目だ。
うん。まあお風呂入らないと絶対に取れないよなこれ……
そして当然ながら僕も同じ状態である。

「わ、わ……布巾!」
「急いでくれるとありがたいかも」

クリームは乾燥するとこびりついて取れなくなるし、服に染み付いたら悲惨である。
と言うか東風谷の巫女装束って特注じゃないのだろうか?
そんな事を考えながら待つ。
ただひたすら待つ――

「はい、布巾!」
「有難う御座います」

まずは東風谷が自身についた汚れを落とす。
まあ見ていて精神衛生上宜しくないのは確かなので僕はその判断に何も言わない。
顔や手、そして服についたのを拭き落とすと諏訪子がそれを受け取る。

「えっと、動いちゃダメだよ?」
「ちょっと待て。僕が自分で拭けば早いんじゃないか?」

そんな当然な事を言ったつもりなのだが――

「いやいや、やっぱり迷惑をかけたんだから償いをしないと……
 眼を閉じてね」
「言ってる傍からかい!?」

それでも咄嗟に眼を閉じて被害を免れる。
手や顔を拭いてもらい後は衣服となるのだが……

「う、動いちゃダメだよ?」
「待てぇ〜!?」
「諏訪子様!!」

ズボン――細かく言えば股の部分についた汚れを諏訪子が拭おうとする。
しかしその表情はいつものほんわかとした笑顔でなく、蛇に睨まれた蛙、もしくは決死隊が突撃をかます直前のような必至さがかもし出されている。

「いやいやいやいや! 其処を女の子に吹かせるのは体裁と言うか体面というか世間様と言うか……とにかくヨロシク無いって!」
「え〜?」
「そうです!諏訪子様がやらなくても良いじゃないですか!」

そう言って東風谷は諏訪子から布巾を奪うと――
なぜか彼女が構えた。

「はい!?」
「動かないで――くださいね?」
「え、あ……いや、やめてえええぇぇ〜っ!!!!!!!!!!!?」

そのとき僕は思った。
大切な何かを失ったような喪失感……
爺ちゃん、僕……どこかで道を誤ったかな?
妹よ――穢れたお兄ちゃんを見ても笑顔で居てくれるかい?

とにかく、僕は悲鳴を上げてその後で起こった出来事を受け入れるしかなかった。
これは後に諏訪子と東風谷の間で喧嘩の種となる事も後日談である。





後書きという名の何か〜
蒼野「やっちまったぜ中編!!
   ……怒らないでくれ、書きたいことを書いてたら規定ページを越えてしまったんだ。
   携帯で見ている方(自分含め)の為にも長すぎると読めないという悲劇を起さない
ための処置とは言え13ページ付近は短すぎる!
   いつもみたいに26ページぐらいをぱぱっと上げたらそれもそれで楽しそ――
   それでは、後編で会いましょう」




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