それは、アランたちがヴァルハラ学園に転校してから三日後の昼食でのことだった。

いつものようにみんな揃って昼食を摂っていると、ふと今日あったテストの話になったのだ。

「今日のあれは簡単だったよね」

「まぁね。私でもけっこうできたし」

苦手な数学で、そこそこの点数が取れたので、機嫌は上々のルナ。対し、アレンは言わずもがなの点だったのだが、フィレアの弁当を涙を流しながら(無論、感動の涙ではない)食べているので話には加わってこない。

「そうだね、確かに簡単だったけど……」

余裕綽々で満点を取ったクリスは、ちらりと目を逸らしているアランを見やった。

「……んだよ」

「意外でもなんでもないけど、アランって頭悪いよね」

 

第94話「アレな一週間 後編」

 

「ちょっと待てぇ! 聞き捨てならねぇぞオイ!」

猛然と抗議するアラン。ちなみに、彼の点数はアレンより多少マシという程度だった。

しかし、クリスのほうは冷静だ。

「怒鳴って誤魔化そうとしてることが見え見えで、みっともないよ」

「いや、コラ。待てよ。俺の話を聞け」

「はいはい。それっぽい言い訳を期待してるよ」

まったく期待していない様子でクリスが言った。クリスがこうやって突っかかる相手というのもアランだけなのだが、これは相性がいいのか悪いのか、判断に困るところである。

「くっ、馬鹿にしやがって……。あのな。ユグドラシル学園は、ここと違って100パーセント冒険者養成機関なんだから、座学はほとんどやらねぇんだよ。四則演算以上の算術なんぞ、やってないんだからな。授業もさっぱりだ」

「ふーん」

「うわっ! 興味うすっ!」

いきり立つアランに対して、クリスはどこまでも冷静だ。ふいっ、と妹のアリスに目をむけ、尋ねる。

「聞くけど、アリスちゃんは授業ついていけている?」

「はぁ。確かにちょっと難しいですけど、なんとかなってます。うちの学園も、まったくやらないわけじゃありませんし。やらなくても進級できるってだけで」

「ほら」

ヤレヤレ、と手を横に広げるクリス。

「異議あり! 二年と三年じゃ授業の内容ぜんぜん違うじゃん!」

「レベル的にはそう違わないはずだよ、今やっていることは」

「くっ、それは俺に対する挑戦だな!? そうとっていいんだな、オイ!」

立ち上がるアラン。なんとなく拳法っぽい構えを取って、『フォォォォ!』とクリスを威嚇する。もう、間違いなく馬鹿の行動であった。

「ま、いいけど。エイミ姉さんの件でうやむやになってたけど、僕はまだあの宴会でのアランの言動を看過したわけじゃないから。ちょっとへこませる必要があると思ってたんだ」

クリスも立ち上がる。

「ちょ……二人とも、そんな下らないことで喧嘩なんて……」

いつの間にやら話が妙な方向に行きだしているのを感じて、ライルが仲裁に入る。

そんなライルのことなど、まるで無視して、アランがクリスをズビシッ! と指差した。

「勝負だ! 明後日の魔法学の小テストで、いい点を取ったほうの勝ち!」

「いいよ。あとでほえ面をかかないように」

そうお互いに言い合うと、さっさと座り、昼食の続きに入る。

取り残されたのは、二人の間に入ったライルだ。二人が座ったのに、そのままほけーっと立ったまま、クリスとアランを見つめる。

「……もしかして、最初からテストで勝負するつもりだったの?」

ライルの疑問にクリスはきょとんとなる。

「え? 当たり前じゃないか。話の流れ的に。ねぇ?」

「ああ、そうだな。ライル、なんで立ってんだ?」

「……あっそ」

二人の息のあった言葉に、この二人絶対仲良い、と断じてライルは食事を再開するのだった。

 

 

 

 

 

そして、夜。

ライルたちは、現在居候しているクロウシード家に帰っていた。

「あれ? アランの姿が見えないけど」

夕食後、今で談笑していると、クリスがふとそんな事を言った。

「アランなら、俺の部屋で猛勉強中。絶対クリスに勝つんだって息巻いてるぞ。集中するから、部屋には入らないでくれってさ」

「へぇ……。ごめんね、アレン。僕らのおかげで部屋占領しちゃって」

「いや、別に。あの部屋、寝るとき以外使わねぇし」

床にゴロゴロしながら答えるアレン。手にはお菓子。夕飯を食べたばかりなのに、食欲旺盛なことである。

「おーい、フィレア。茶ぁくれー」

「はいはーい。ちょっと待っててねアレンちゃん」

しかも、許婚を顎で使っている。

亭主関白? ……それはないか。

「どっちかというと、餌をあげる飼い主と犬かな……」

「何の話だ?」

「なんでもない」

ふいっ、とアレンから視線を逸らし、読んでいた本に目を落とすクリス。それは教科書などではなく、ただの小説だった。

「クリス。それでいいの? いくらアランが相手だって、一応勉強しといたほうが良いんじゃ?」

明日の予習をしていたライルが言う。

「必要……あると思う?」

「いや、ないけどさ」

そもそも、クリスは普段から勉強などしていない。授業だけ聞いていれば、それだけで満点と取れるというタイプの人間だった。天才というやつだろうか。昔から、勉強関係で苦労したことはないのだ。

「それにさっき、テキスト読み直しといたよ。まぁ、余程捻くれた問題でも、これで十分対応できる」

「……凡人の僕としては、それがうらやましいよ」

「ま、ライルが凡人かどうかは置いといて……一応、様子見に行っとこうかな。サボってないかどうか確認に」

立ち上がるクリス。

「あ、ついでに差し入れ持って行ってやって。アランは晩御飯食べてないからさ。さっきサンドイッチ作っといた」

「……構わないけど。勝負する相手が差し入れって、なにか間違ってる気がする」

ブツブツ文句を言いながらも、サンドイッチの乗った皿を持って、二階のアレンの部屋へと向かう。

一応、ノックして返事を聞く前に部屋に突入する。ちゃんと勉強しているかどうか、抜き打ちでチェックするためだ。テストで勝負……ってのは、余り関係ない。

なんというか、ルナとかアレンとか成績の悪い者の面倒を見ていたせいか、教師体質が身に付いているクリスであった。

「誰……うぉ!? クリス」

「頑張ってるみたいだね……進んではいないみたいだけど」

魔法式の問題を解こうとしているらしく、ノートには色々な数字や記号が書いてあるが、答えには辿りつけていないであろうことはアランの顔をみればわかる。

「んだよ。笑いに来たのか、この馬鹿な俺を」

「そんな自分を卑下しなくても……様子を見に来たのと、差し入れだよ」

「差し入れぇ?」

胡散臭げにサンドイッチを見るアラン。

「はっ、まさかお前。俺に負ける事を恐れて毒殺を目論んで……!?」

「いや、そんな必要は髪の毛一本ほどもないから」

キッパリと切り捨てると、クリスはアランの向かっている机にサンドイッチを置き、ノートを見る。

「……って、これものすごい基本的な所じゃないか。今回の範囲ですらないし」

「う、うるさい! ここあたりから始めないと、俺にゃわけわからないんだよ!」

「……ねえ、聞くけどさ。このくらいの知識で、どうやってアランは魔法使ってるのさ」

魔法は学問である。勉強の苦手なルナが研究できていることからもわかるとおり、他の学問からは完全に独立したものではある。が、基本的に馬鹿には高等魔法は使えない。

だが、ライルから聞いたところ、アランは魔法が得意らしい。これを見たら、とても信じられないが。

「俺が得意なのは精霊魔法だ。……精霊魔法は、どっちかっつーと、体力勝負みたいなところがあるからな」

「いや、それでも基本的なトコは押さえとかないと使えないと思うんだけど」

「? 俺はこの感覚で、ずっと昔から使ってきたぞ」

「……俺と契約したときも、まともに契約の呪紡げなかったからな、コイツ。仕方ないから、俺の方から繋いだんだよ」

横からアランに従っている火の精霊フィオが口を挟んでくる。

クリスは呆れた。

つまり、この男は相性だけで上位精霊を従えているらしい。それはそれで、立派に天才と呼んでも良い才能だ。なんで、こんなに特異な奴らが一所に揃っているのか。

自分もその特異な人間の一人であることを半ば意識しながらも、クリスはそんな事を考えた。

「エイミ姉さんが攫われたのも、そのあたりが理由かな……」

「ん? なんだって?」

「だからさ。なんか僕らって、色々力持ってる人が多いじゃない。エイミ姉さんを攫った魔族ってのも、そこら辺が目的なのかなぁ、って」

「ああ、そういえばエイミさんが攫われてたんだったな……」

今思い出した、といわんばかりに手をぽんと打つアラン。

「……まさか、どうして僕らがアレンちに居候してるか忘れてたわけじゃないよね」

「そうなんだけどさぁ。あの人なら、そのうち『よっ、今帰ったぞ』とか言って帰ってきそうじゃん? 危機感がねぇっつうか」

「否定はしないけど……まあいいや。気になることが出来たから、ちょっと調べものに行ってくる。勉強、サボらないようにね」

ひらひらと手を振り、部屋から出て行くクリス。後ろから『だから、お前は俺とテストで勝負なんだよ! って、わかってんのかおいコラ待て!』とか言う声が聞こえたが、クリスはきっぱりと無視した。

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ。アランも頑張るわねぇ。休み時間まで」

昼休み。口を動かしながらも教科書を眺めているアランに、ルナは呆れたようにコメントした。

「ふん。負けたくないからな。クリスもやっと本気で相手する気になったらしいし、気は抜けないぜ」

同じく、紙の束を読んでいるクリスを見て、アランは言った。対し、クリスは『違う違う』と手を振って、それを見せた。

「ちょっと思うことがあってね。エイミ姉さんの他に行方不明者とかいないか、ちょっと調べてたんだ」

「……ぐっ、コイツ。俺を心底舐めてるな」

顔を歪めるアランだが、他のみんなはすでにクリスの話に注意を向けていた。もう、放置がデフォになってきている。

「でさぁ、ここ二、三年で予想以上に増えているんだよね、行方不明になってる人。特に多いのが宮廷魔術師とかの魔法使い系の職についてる人」

クリスが持っているのは、それに関する資料らしい。忘れがちだが、クリスはアルヴィニア王国からの外交官であり、それなりの権限を持っているのだ。

「あと、精霊魔法が得意な人が多いね。ライル。そこら辺のこと、シルフィに伝えといてくれる? 犯人調べててくれてるんでしょ」

「っていうか、今そこで弁当摘み食いしてるよ、シルフィは」

「あ、そうなの? シルフィ、そういうことだから」

クリスにはシルフィの姿は見えないが、なにやらミニハンバーグが勝手に宙に浮いて欠けていっているのは見えた。とりあえず、そっちの方に向けてそう言う。

……ハンバーグが上下しているのは、肯定の合図のつもりなのだろうか。

「くそぅ。みんなして俺を無視して……いいもんいいもん。こうなったら、テストで満点とって、クリスをギャフンと言わせてやるからな」

「ギャフン。……アラン、これで満足かい?」

「…………………………………」

 

 

 

 

 

 

ちなみに、言うまでもないことだが、ギャフンを言わされたのはアランのほうだった。

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