文化祭。
学校でのイベントで、最も大きなものの一つであろう。その文化祭の準備を始める直前、僕たちは体育館に集められた。
なにやらジュディさんの話があるらしい。
「と、いうわけで、当日、来場した一般の方々からアンケートをとり、一番票の多かったクラスには通知票の評価に全教科プラス1してあげましょう!!」
……いいのかな? 職権乱用というか、あきらかに犯罪チックだけど。
しかし、集められた全校生徒はこの上なく盛り上がっている。……僕の感性が変なのか? そうなのか?
第32話「文化祭だ! 演劇でいこう!(前編)」
「つーわけで! 我が1年B組の文化祭の出し物は私の独断で『演劇』です!」
今学期、委員長になったリムが力説する。普段の彼女とは思えないほどハイテンションだ。
「ちょっと待てよ。なにいきなり決めてんだよ。横暴だぞ、委員長」
シュッ! カッ!
命知らずな男子生徒が抗議すると、リムがなにかを投げる。壁際に座っていた彼がおそるおそる横を見ると、それはシャープペンだった。しかも、壁に突き刺さっている。おおよそ、普通のシャープペンにあるまじき芸当であった。
「文句は受け付けません。では、劇の内容ですが……」
逆らっちゃいけない。
クラス中が瞬時にそれを理解した。それはそうだろう。彼女は今、作者でさえ逆らえないブラックモードになりかけだ。
「私が最近読んだこの『ミシェル峠の誓い』をやってみようかと」
どん! と本を教壇の上に置く。
「じゃ、配役は……」
カツカツと黒板に配役の名前を書き連ねていくリム。
「ねえ、ライル。あの本知ってる?」
教室の真ん中あたりにいるルナが隣のライルに尋ねる。ちなみに、後ろにクリス、逆隣にアレン。この真ん中辺の一帯は『デビルスクエア』と呼ばれ、恐れられている。理由は、しょっちゅう起こる爆発だったり。
「ああ、夏休みに読んだよ」
「僕も好きだな。最後がいいんだよ」
後ろのクリスも会話に参加してくる。
「俺、知らない」
「アレンには聞いてないわよ。大体、あんた本なんて読まないでしょうが。……それで、どんな内容なの?」
「ええとね」
舞台は古代王国の時代。主人公は王国に仕える騎士アラン。
隣国との戦争のさなか、彼は自国の姫リリスと恋に落ちる。しかし、彼女はすでに国最強の騎士であり、主人公の親友であるオルドと婚約していた。
彼が苦悩するうちにも戦争はどんどん激化。自国の敗色が濃厚になる中で、主人公は姫を巡って親友の騎士と決闘をすることになる。
苦戦の末、勝利した彼は決闘場所のミシェル峠にて姫に必ず生きて帰るとの誓いをたて、最後の戦地に赴いた。
「……まあ、簡単に言うとこんな感じ」
「ようするに、戦争中に不謹慎にも女を巡って喧嘩する男の話ってワケね」
「……いや、そういう話なワケじゃないんだけど」
この物語のファンであるクリスが反論する。
「別にどんな話だっていいんだけどさ、やっぱ、ヒロイン役は私になるのかな?」
「……乱暴な姫ってのもな」
ドカァ!
アレンの無謀なツッコミに小規模の爆発魔法が炸裂する。
「おお! やっと周りの被害を考えてくれるようになったか……! 先生は嬉しいぞ!」
なにやら感涙しているキース。なんでも、一学期の調子でルナがぶっ壊し続けていたら給料がマイナスになっていたらしい。
「じゃ、配役は投票で決めましょうか」
すでに、リムは気にしていない様子。他のクラスメイトも、近くにいた生徒以外は無関心だ。ルナ達の近所にいる生徒はすでに避難を完了していた。
「まず、主人公は『地味でやる気なさげだけど、実力のある剣士』」
クラス中の視線がある人物にいく。
「そんで、そのライバル役の騎士は『大雑把で単細胞でなぜか大食らいの騎士』」
今度は、その近くの大柄な男に視線が集まる。
「ま、この二役は決まったも同然でしょ」
うんうん、と本人たち以外が頷く。
「ちょ、ちょっと待った! なんで僕が……」
「お、俺も演技なんて嫌だぞ!」
なにやら二人が抗議しているが、もうあつらえたような設定に、クラス中は無視している。
「さて、今度は、ヒロイン役とか決めましょうか〜」
うきうきと、リムが黒板に配役を書いていった。
「……やんなっちゃうよなあ」
「同感。どうして僕がそんなことしなきゃいけないんだよ」
放課後、同じ境遇に陥ったライルとアレンが語り合っていた。
と、言っても、木刀でカンカンと斬り合いながらだが。なぜ、こんな事をしているのかというと、
「最後の決闘シーン。ここが一番の山場だからね。他は大目に見ても、ここだけは下手な演技したら承知しないわよ」
と、リムに言われたからである。それで、一応練習しているワケなのだが、このやる気のない斬り合いではリムは納得してくれないだろう。
ちなみに、ルナはその魔法の腕を買われて特殊効果係。クリスは、衣装係兼小道具係ということになっている。
「マスター達も大変ねー」
呑気に隣で観戦しているシルフィ。今いる場所は滅多に人の来ない裏庭なので、姿を現している。ちなみに、人間モードだ。
「大変だよ。演技って苦手なんだけどな」
ライルがぼやく。
「それは俺も同じだ」
アレンが言うが、それはそうだろう。なんせ、大雑把で単細胞だから。
そういえば、お姫様役が誰になったかというと、クラス内女子で一番人気のクレアという少女に決まった。容姿という点では、自分で言うだけあってルナも決して劣ってないのだが、いかんせん、お姫様という柄ではない。
「まあ、頑張ってマスター。なるようになるって。よっ、大根役者」
「お前、帰れ」
「怒っちゃいやん」
「………」
体をくねらせながら言うシルフィに、どっと脱力してしまうライル。それがいけなかったのか、会話中にも打ち合っていた木刀がライルの頭に……
「っと」
当たる直前、ライルはちょっと本気でかわす。
「……お前、最近また速くなってないか?」
「かもしんない」
ライルはもともと、本格的な訓練というものはしたことがなかった。せいぜい、母の気まぐれなしごきと、シルフィの基礎修行を少し。それだけで、入学当時、アレンとほぼ互角の剣の腕をしていたのだ。
ヴァルハラ学園に入って、量は大したことはないとは言え、きちんとした武術訓練を受けたことによって、なんか戦闘力がUPしているのである。
気功術なしならば、すでにアレンは追い抜かれていたりする。
(ちょっと悔しいぞ)
おまけに、この男は、自分が苦手な魔法においてもかなりの腕なのだ。幼い頃から剣一筋だったアレンがそう思うのも無理はなかろう。
「ライル君? アレン君?」
校舎の影から、ひょっこり今回のお姫様役、クレアが姿を現す。
と、思ったら、すでにシルフィは透明になっていた。さすがだ……と思いつつ、ライルは彼女に向きなおる。
「なに?」
「リムさんが、呼んできてくれって。他の配役も全部決まったからセリフあわせするんだって」
「わかったよ。じゃ、アレン、行こうか」
「おう。じゃ、木刀片付けとくから、先行っててくれ」
さっき使っていた二本の木刀を持って、アレンは体育倉庫に行った。あの木刀は、学校の備品なのである。
待ってても仕方ないので、ライルはクレアと連れだって教室に向かった。
「でも、やっぱりライル君もすごいんだね。さっきちょっと見てたんだけど、なにしてるか全然わかんなかった」
「そう? でもあれはほんの遊びみたいなもんなんだけど」
『?』という顔でライルが聞き返す。彼らにとって遊びでも、一般生徒から見たら雲の上のレベルであることがわかっていない。
「へえ……。私、戦いはあんまり得意じゃないから尊敬しちゃうな」
「そうかな?」
心底不思議そうなライル。もともと、世間知らずだったのに、規格外の連中とばかり付き合ってきたせいで、常識というものがまだ身に付いていないのだ。
「ちょっと! 遅いわよ!」
なごやかな雰囲気を吹っ飛ばす罵声。リムの登場だ。
なぜか、『カントク』と書かれたはちまきを身につけており、なんか監督っぽい服装(各人でご想像下さい)を着ている。
「まったく……時間がないんだからもっと迅速に行動してよ。……で、アレン君は?」
「あ、アレン君は、なんかすぐ来るって言ってたよ」
クレアが答える。リムの迫力に気圧されて、かなり引き気味だ。
「よー、来たぞー」
と、そこへアレンが現れる。
「……遅刻厳禁!!」
瞬間、リムのシャープペンが飛ぶ。
「ぬお!?」
とっさに頭をひねってかわすアレン。が、かわしきれず、頬に一筋の傷が出来る。
「あ、危ねえだろ!」
「時間に遅れるのが悪いの。早く始めるわよ」
「お、おい……」
「……まだなにか?」
さながら猛禽類のごとき瞳で睨まれて、硬直してしまうアレン。
なんつーか、逆らってはいけないと、改めて感じてしまう。
そんなアレンに同情の目を向けつつ、なるべく関わりたくないなと思っているライルであった。
「もしかして、私たちの出番って、今回ほとんどないわけ?」
「多分ね……。僕って、一番出番が少ないような……」
教室の隅では、残りの二人が愚痴っていた。