故郷ってのは、いいもんだと思う。
ずっと帰ってなかったとは言え、見るものすべてが懐かしい感じがする。
……ただ、故郷とは言っても、僕の家はすでになかったのだけど。
「まだ言ってんの?」
「いや、まあ別に良いんだけどね」
まあ、しょうがないと言えばしょうがないのだが。
第27話「彼女の趣味」
結論から言うと、ライルの家はなくなっていた。
いや、物理的に無くなったとかそういう意味ではなくて、すでにライルの家ではなくなっていたのだ。
まあ、つまるところ……
「はい!ここが私の家ですよ!」
と、元気よく宣言したミリルに、ライルは頭が痛くなった。
なにを隠そう。ミリルの前にあるのは、以前ライルが住んでいた家。旧フェザード邸であった。
(ジェフさんが言ってたのはこのことか……)
ジェフがライルの家は使えないと言っていた意味がようやく分かった。
今思えば、家でお茶でもどうですか、とミリルが家に誘ってくれた(アレン以外)とき、ルナがいやに気の毒そうな目で自分を見ていたような気がする。
なんにせよ。ライルの幼少時代の思い出がつまった家は、すでに他人の物となっていた。しかも、本人になんの断りもなく。
………なにか文句を言おうとも、正味5年は音沙汰が無かった身としては泣き寝入りするしかない。
シルフィはそれを見て大笑いした後、散歩に行くと言って出ていった。
「はい!お茶が入りましたよ!」
台所からミリルが出てくる。手には湯気を立てるカップが四つのったお盆。
ミリルがそれをテーブルに並べていくと、まずアレンが文句を言い出した。
「こら。俺の分はどうした」
「はあ?招待もしていないのに勝手に付いてきたあなたが言えることですか?」
「そーゆー問題じゃないだろ!?招待していようがしていまいが、一応家にきたやつに対するもてなしってやつがあるだろうが!!?」
「あ、そうですね。不法侵入の変質者が現れたって、自警隊の人に報告しに行かないと」
「うがぁ!!」
前回から叫びっぱなしのアレン。それからすさまじい口げんかが始まった。どっちが優勢かは言うまでもないだろう。
腕っ節は強いくせに、舌の回り方と頭脳で圧倒的に負けているアレンは、ときどき『馬鹿』とか返すくらいで、あとは一方的に罵詈雑言を浴びせかけられている。
漫才のようなそのやりとりに、苦笑するしかない、一応この中では常識人の中に分類されるライルとクリス。
ルナは気にせず、黙々と出された紅茶をすすっていた。
「あれ?」
そのルナがふと疑問の色が入った声を上げる。
お姉様至上主義のミリルは、速攻でアレンとの口論を打ち切り、ルナに寄ってきた。
「どうかしましたか?お姉様」
「う〜ん……あんたのお茶ってもっとおいしかったと思うんだけど……」
「え?」
言われて、自分の分のお茶を飲んでみるミリル。
「お姉様がヴァルハラ学園に行く前とそんなに変わってないと思いますけど……」
「な〜んか違うのよね。舌が肥えちゃったのかな?仕方ないから、ライル。煎れて」
「な、なんで僕が?」
「あんた、ごっそり紅茶の葉のストック持ち出してたでしょ?あれ使ってね」
「だから何で僕が……」
「……なんか文句あるの?」
とたん、ルナの目が細くなる。身の危険を感じたライルは素早く荷物から葉をとって、台所に駆け込んだ。
「す、すぐだから。ちょっと待ってて!」
「……始めからそうすりゃいいのに」
ルナに逆らうのはこのメンバーでは誰もいないことを悟りきっているクリスがぼやく。
「お姉様。あの人の紅茶。そんなにおいしいんですか?」
「ん〜。まあね」
「ライルは煎れるのもうまいけど、葉がいいんだ。超一級品だよ」
ライルの葉は、シルフィが教えた精霊界秘蔵の製法で作ったものだ。当然おいしいし、健康にもいいのだ。
セントルイスに引っ越してから、消費量が異常に多いので、家の倉庫にあったストックは全部持って帰っている。
次の長期休みには新しく作らなきゃいけないな、とライルは思っていた。
「ふ〜ん。普通のよりはうまいと思ってたけど」
アレンが不用意な言葉を発する。すぐさま、ミリルの毒舌トークが始まった。
「やっぱりあなたみたいな人は味もわからないんですね。せっかくおいしく煎れても豚に真珠ですね」
「んだとぉ!」
やれやれと、すでに二人を無視するルナとクリスだった。
なんだかんだ言って、気があっているように見える。仲がいいほどケンカすると言うし、これはこれでいいコンビなのかもしれない。
「あ、本当においしいです」
ライル特製のお茶を飲み、ミリルが感想を言う。ちなみに、アレンはうるさいからとルナによって黒こげにされ、ぶっ倒れている。彼のことだ。夕飯までには復活するだろう。
「これ、どうやって作ってるんです?」
「そこら辺は企業秘密」
ライルは答えない。シルフィと、他の人には教えないと約束したからだ。そもそも、精製に高度な精霊魔法を用いるので、彼女では作れないだろう。
「ええー?いいじゃないですか。ねえねえ」
そういって、ライルに迫ってくるミリル。女の子に免疫のライルは思わず赤くなる。
「なにラブコメみたいな反応してんのよ」
すこし不機嫌なルナの声が聞こえて一気に青くなったが。
「……そういえば、ずっと気になってたんですけど、お姉様の槍。ちょっと見せてもらえます?」
ミリルが思いついたように言った。
「はあ?別に良いけど、……盗らないでよ」
「そんなことするわけないじゃないですか」
「……あんた本気で言ってる?」
「もちろんです。じゃ、ちょっと借りますね」
ルナは頭を押さえ、首を振って苦悩した。
そのルナに気付かず、ミリルはしげしげとルナの槍を眺め、触る。やけに熟練した手つきだ。
「これは……素材はミスリルですか?でも、作りは新しいし……これだけの量のミスリルをどうやって……いや、それより、中央のこの宝玉はたしか前、魔法石辞典で見たことある……たしか、『スカーレットルビー』だっけ。これだけ希少価値の高い魔法石……おまけに純度も相当高い。しかもミスリルと見事に融合してる……」
なにやらぶつぶつとつぶやき始めたミリル。端から見るとけっこう不気味だ。
「ど、どうしたの彼女?」
思わずルナに聞いてしまうクリス。
「あの子ね。武器マニアなの。それもすっごい。前、この辺に盗賊団が根城をはったんだけど、その盗賊団の盗品の中に好みの武器があったんで一人で突っ込んでいったりしたわ。まあ、その時は私がその連中を潰しといたんだけど……」
武器マニア云々以前に、一人で盗賊団一つ潰すルナの方に恐怖を感じるクリス。
「まあ、そういう連中以外からは盗んだりはしないみたいだけど、たまにああやって気に入った物があると鑑定したがるのよ」
「そ、そうなんだ……」
とりあえず、そう返すしかないクリス。しかし、ライルはそれを聞いてある人物を思いだしていた。
「……なんか父さんに似てる……」
彼の父も合法、非合法問わず武器を集めて、妻・ローラを怒らせていた。余談だが、そのせいでライルの家は万年金欠だったとか。
そうこう言っているうちに、彼女の鑑定も終わったようだ。トリップしていた目が通常に戻り、槍をルナに返す。
「お姉様。良い槍ですねえ。どうも、魔法石の『スカーレットルビー』があることを考えると魔法使い用みたいですけど、普通に武器として使っても相当使えますよ。この『レイジングサン』っていう槍」
「へ?あんたどうして名前なんか知ってんの?私も知らないのに」
「なに言ってるんですか。ここに彫り込んでありますよ。ほら」
ミリルが槍の中程を指さす。確かに、古代語で『レイジングサン』と彫ってあった。
「……もしかして気付いてなかったの、ルナ?」
とっくに知っていたライルが呆れたように呟く。
「わ、悪い!?そう。全然気付いてなかったわよ!」
「逆ギレしないでよ……」
ライルはルナの八つ当たりの攻撃を受けないように、ルナから少し離れる。ここは家の中だ。ルナもそう無茶なことはしないだろう。
「でも、『スカーレットルビー』って、聞いたことない魔法石だな」
魔法石とは、魔法の効果を増幅させる宝石のことだ。それぞれ、魔力増幅率、安定性、属性などなどでランクが決まる。
クリスは、魔法石のこともそれなりに知っているが、その彼も知らない名前だった。
「ああ、それならクリスの持っている杖についてる『ブルーハート』と同じくらいのランクの魔法石だよ。魔力増幅率は『スカーレットルビー』の方が上だけど、安定性は『ブルーハート』の方が上かな。火山とか火属性の強い場所でたま〜に採れるらしいけど」
やけに饒舌に説明するライルを見て、ミリルの目がきらーんと輝く。
「ほほう……ライルさんもけっこうマニアですね?」
「……いや、マニアかどうかは知らないけど……ただ父さんが好きだったから、自然と覚えたって言うか……」
「まあまあ、謙遜しないで。じゃ、ライルさんの剣も見せてもらえますか?」
「別に良いけど……」
特に断る理由もないので、自分の剣を渡す。
「ふ〜ん……」
それを手に取り、注意深く刀身に見入るミリル。
「それ、父さんのコレクションの中にあったんだけど、どうもどういう剣なのかわからないんだ。あの父さんのことだから普通の剣じゃないと思うんだけど……」
「よく手入れされてますね。……でも、私にもよくわかりませんね……。見た感じ、量産品とかじゃないことは確かですけど……」
似たような趣味を持つ二人がう〜んと唸る。
すでに蚊帳の外に置かれたルナとクリスはやれやれと傍観している。
「もしかしたら、なんかいわれのある剣かと思って色々本とかも調べてみたんだけど……」
「でも、相当古い品ですよ。これ。それにしてはどうも状態がよさ過ぎるような気がします」
「魔法でもかけているんじゃ?」
「それでも使っていれば傷ついたりするでしょう?」
「そういや、僕もこれでけっこう戦ったりしてるけど、簡単な手入れ以外して無いなあ」
「でしょ?……これ、もしかしたらとんでもない逸品なのかもしれませんよ」
えんえんとそんな話を続ける二人。
「よくあそこまで話せるわね。別に使えりゃどーでもいいでしょうに」
「……現代の魔法で代用の利く古代語魔法を研究しまくるルナも似たようなもんだと思うけど……」
「なにか言った、クリス?」
「別に……」
(で、どーしてこういう事になってるわけ?)
(彼女が絶対にどうしても気になるらしいんだ)
(だからって、なんでここまでマスターの剣に固執するの?)
(……いや、正直、僕もその気持ち、わからないでもない)
(はあ〜〜〜)
ついさっき、散歩から帰ってきたシルフィは、ライルの剣を見ながら、病的なまでに考え込んでいるミリルを見て『とりあえず、医者に連れて行ったら?』などと、いきなり失礼な発言をした。
まったくその通りだと、一瞬納得しかけたライルだったが、一時期、自分もこの剣のことを調べまくっていた時があったので妙に居心地が悪かった。
「えう〜〜〜。絶対にどっかで見たことあるんですよ!!」
断言するミリル。今、彼女はそう言って、今は必死になって記憶の糸を辿っているらしい。
「でもミリル。どっかってどこで見るのよ。あんたがこの村に来る前にライルはアーランド山に引っ越してたのよ?」
「それでも見たことあるんです!!」
ミリルはルナの言葉に珍しく反論する。彼女的にもここは譲れないらしい。
(はあ……この娘、どうにかなんないの?)
(少なくとも、僕にはどうしようもない。唯一、ルナならどうにか出来るかと思ったけど、それも無理みたいだし)
(こんなのがいつまで続くのよ。見ててうっとうしいんだけど)
(まあ、この剣の正体がはっきりするか、彼女の興味が失せるか……)
(ったく……マスター。そこの本棚の『古今東西・伝説の剣辞典』の今年度最新刊を見てみなさい)
(は?どうして……)
(早くする!)
(わ、わかったよ……)
ミリルに悪いと思いながらも、しぶしぶと本を取り出す。その行為を見て、不意にミリルが叫んだ。
「それです!!」
「わあ!?ごめんなさい!!」
てっきり怒られたかと思ったライルは思わず謝ってしまう。
「確かこれですよ!この本に図が載ってたんです!」
「ミ、ミリルちゃん?さすがにそれはないと思うんだけど……」
この『古今東西・伝説の剣辞典』シリーズは五年に一回でる、世界中の伝説の武器を集めた本だ。姿形がわかっている武器はそのイラストも付いている。
これに載るのは本当に超一流の武器だけで、とてもライルみたいな一般学生の持つ剣が載っているとは思えない。
「いえ!間違いなくこの本です!とやかく言う前にとりあえず見てみましょう!!」
「う、うん」
そのミリルの迫力に圧倒されて、ぺらぺらとページをめくる。ルナとクリスも興味を引かれて見に来た。
「…………ん?なんだ、どうした?」
予定より早く復活したアレンもその様子を見て寄ってくる。
「おい、どうしたんだよ」
「静かにしていて下さい。えーと……確かこの辺だったような……」
ミリルが冷たい声をアレンに言い放ち、慎重にページをめくる。
「あ、ありました!これじゃないですか?」
「ま、マジで?」
開けたページの左側には、確かにライルのものとそっくりな剣のイラストがあった。
「へー本当にあったんだ。で、説明の方はなんて書いてある?よく見えないんだけど。クリス。見てみて」
固まっているライルとミリルが邪魔でルナの位置からは説明のページが見えない。仕方なく、クリスに教えてもらおうとする。
「待ってよ……えーと、『聖剣ホーリィグランス』?」
「……もう一回言ってくれる?」
「だからホーリィグランスだって。……あいにく、武器は詳しくないんで僕は知らないんだけど……って、どーしたのルナ?」
ライルやミリルと同じく、固まってしまったルナを見て心配そうに声をかけるクリス。
「どーした?トイレにでも行きたくなったか?」
まったく不用意な発言をしたアレンを殴り倒す程度には意識があるらしいが。
アレンは床に倒れてぴくぴくと痙攣している。……つーか、情けないぞ、アレン。
「ほ、本当に……本物?」
ルナがおそるおそる前の二人に尋ねる。
「……いや、なんとも言えないけど……」
歯切れの悪いライル。自分でも信じられないといった顔だ。
(でも、それは本物よマスター。私、昔に現物見たことあるし)
「なぬぅ!?」
思わず大きな声を出してしまうライル。
「ど、どうしたんですか?」
「いや……どうも本物らしい」
「ほ、本当に?でも、聖剣ホーリィグランスっていったらあれでしょ?」
疑わしそうにルナが聞く。
「……シルフィが前に現物を見たことあるんだってさ(ぼそぼそ)」
ライルがルナに耳打ちする。
「な、なるほど……さすが年の功。無駄に長生きしているわけじゃないんだ……」
(な、なによ!この……他人がいる所で……後で覚えてなさい!!)
シルフィはライル以外とはテレパシーが出来ない。いや、出来ないわけじゃないが、多くの力を消費してしまう。よって、他の人間がいる所では文句が言えないのだ。
「ほ、本物……」
ミリルが呆然と呟く。よくわからないで立っているクリスは説明を求めて、『古今東西・伝説の剣辞典』を覗き込んだ。
「えーと……古代語魔法が栄えた時代にいたという最高位の十二人の勇者に与えられた剣。通称『ルシフェルの翼』の一つ。この『ルシフェルの翼』、材質は神の金属とよばれるオリハルコンに魔法金属ミスリルを加えた古代王国でも最高の素材が用いられている。現代ではオリハルコンを他の金属と化合させる技術は失われている。よって、同じ剣を作ることは事実上不可能だが、オリハルコン自体には自己修復作用があり、一度なんらかの形に作り上げられると完全に消滅しない限り再生するので、世界のどこかで眠っているはずである。現在、確認された『ルシフェルの翼』は4本。そして、この『聖剣ホーリィグランス』は文献によると、付与魔法(武器などの道具にかける魔法)や、燐光などの効果を爆発的に高める効果があり、過去にもこの剣以上の『ルシフェルの翼』は数本となかったと推測される………って、なに……これ?」
あまりに突飛な説明。古代王国の宝剣……道理でルナが知っているはずだ。
古代語魔法が栄えた時代のことに関することなら彼女が知っていてもおかしくない。
それにしても、ライルの剣がこれほどのものだったとは……。国宝に指定どころか、全国家が共同で管理している宝物庫にあってもおかしくない剣だ。
「……ね、ねえ。この現在の所在って所見てみて?」
ルナが指した所を見てみる。
てっきり『不明』とでもなっているかと思ったがそうはなっていなかった。
さて、この人類の宝とも言えるこの聖剣。その昔はさる貴族が所有されていたが、本書発行より10年前。何者かによって盗み出された。また、その事件の調査の際、その貴族の様々な犯罪が明るみにでて、逮捕となったのは笑えないエピソードである。現在も調査は続けられているが、10年も経った今年8月26日をもって時効を迎える。
「………8月26日って……今日。……まじかよ、父さん……あんた何者だ?」
今はすでに天国(もしかしたら地獄かもしれないが)にいる父に向かって心の底からの疑問をぶつける。
(ま、私もマスターを犯罪者にはしたくなかったからね。言わなかったけど、時効が来たならよかったじゃない……って、みんなどうしたのよ?)
シルフィの言葉は、聞こえているはずのライルの耳にも届いてなかった。
結局、正気を取り戻すまでたっぷり5分はかかったのだった。