ライルとルナ、それとシルフィはライルの母親、ローラの墓参りに行った。
残りのメンバーは、ライルの家で待機。
別に付いて行っても良かったのだが、アレンやクリスはローラと面識もなかったし、遠慮したのだ。
「そういや、僕たちだけで話が進行するのって、実は初めてじゃない?それぞれの夏休み編もライルとルナが出てきてたし」
「言うなよ」
「やっぱり僕たちって、扱いがずいぶんとぞんざいだね」
「俺に言うな。リムやキース先生に比べりゃましだ。ちゃんと毎回セリフもちゃんとあるし。つーか、今回はお前が主役みたいなもんじゃないか」
「そうかな?」
「そうだよ」
第25話「クリス、パワーアップ?」
「………で、あんた、帰んないの?」
アレンは、いまだにいるソフィアに向かって聞く。
「はい。私、今は結構暇ですし。たまには人間界で息抜きもいいですしね」
「……確か、精霊って、普通人間の前に姿を現すことはなかったと思うんだけどなあ」
クリスが言うと、ソフィアは少し困った顔をして、
「はい。ほかの精霊仲間にもよく言われます。私、少し変わっているらしいですね」
「いや、まあ別にどうだっていいことなんだけどね」
クリス自身、目の前の女性が精霊王だと言われてもぴんとこない。
見た目は人間と全く変わらないし、言動がのんびりとしすぎていて、とてもじゃないが、そんなすごい人物(?)とは思えないのだ。
これはシルフィにも大方当てはまることだが……
「ま、本人がこう言っているんだからいいじゃないか」
あっけらかんとそう言ってのけるアレンに少し呆れる。
いや、彼がこういう人間だと言うことはクリスとて十分知っているのだが。
「あ、私お茶でも煎れてきますね。お話でもしましょう」
「あ、僕が行きますよ」
反射的に言う。お客さんにそんなことはさせられない。いや、自分だってお客なのであるが。
「いえいえ。お姉さんに任せといてください。一応、シルフィちゃんが帰ってきたとき色々教えてくれたからこの家の事は少しは知っているんですよ」
そう言って、さっさと台所の方へ行ってしまう。
「……ま、いいか」
少し釈然としないものを感じたものの、そう結論づけるクリス。
10分後、テーブルを囲んでお茶をしている3人の姿があった。
「……そういえば、クリスさんってアルヴィニア王家の人でしょう」
「あ、はい。一応そうですけど」
いきなり話題を振られ、少し戸惑うものの、なんとか返事する。
「あんまり王子って感じはしないけどな」
「うるさいなあ」
「そういや、何でお前ローラントに来たんだ?国にいなくていいのか?」
アレンの問いに肩をすくめて答える。
「あのね……僕が外交官も兼ねて来てるって事忘れてるでしょ?それに、僕は王位継承権の優先順位が低いから、無理して国にいなくてもいいんだよ」
「ああ、なるほど。姉さんがたくさんいるんだったよな。つーことはアルヴィニア王国って女王制か?」
「アレン。ちゃんと勉強してないね?アルヴィニア王国は男とか女とか関係なく早く生まれたもの勝ちなの」
「そうだったっけ?」
必死になって、授業の記憶を掘り出そうとするアレン。だが無駄だ。なんせ、もともと聞いちゃいないのだから。
「あの〜。いいですか?」
クリスとアレンが話し始めたため、ちょっと閉め出されてしまったソフィアが少し情けない声で尋ねる。
「あ、ごめんなさい」
「別に良いですけど……それで、たしかアルヴィニア王家ってガイアと契約していましたよね?」
最初、クリスはそれがなんのことなのかわからなかったが、すぐに思い出した。
地の精霊王の名前が確かガイアだったはずだ。
「はい。そうですけど。って言っても、今の王は僕の父なので、僕はせいぜい少しだけ力を借りることができるくらいですけど」
「あ、それです。ガイアと直接会ってみる気はありませんか?」
「は?」
「だから、ガイアと直接会ってみて、彼に気に入ってもらえればもっと多くの力を借りることができますよ」
クリスはあまりに唐突な提案に戸惑う。
「えーと……」
「ね?いいでしょう。いざっていうとき、シルフィちゃん一人じゃ心配だから。あの子、力は精霊王の中でも一、二を争うほどなんだけど、ちょっと間が抜けているというか、おっちょこちょいだから」
シルフィもひどい言われようである。
ちなみに、それを聞いていたクリスとアレンは、
『この人も大差ないと思うけど』
とか考えていた。
「そういうわけで、アレンくんはここでちょっと待っててね」
「へ?」
「私はそうでもないけど、精霊って基本的に知らない人間の前に姿は現さないから」
言いつつ、ソフィアは両手を妙な形に組み、呪文を唱えだした。
「『我が故郷に通じる扉よ。光の精霊王、ソフィア・アークライトの名に於いて開け』」
さっきまでとはうって変わって、凛とした表情である。
唱え終わると、空間に穴が開き、その向こうには森のような景色があった。
「じゃ、行ってみましょう」
クリスの手を引いて、ソフィアはその穴に入っていく。
「あ、あのちょっと!待ってくださ……」
だが、クリスの抗議など聞く耳持たず、ぐいぐいと引っ張っていく。
あっさりとその穴に引きずり込まれてしまう。
二人が入るのと同時に、穴は閉じてしまった。
「…………………」
一人残されたアレンは呆然とするしかなかったのだった。
「強引ですね……」
こちらの返事も聞かず、強引に連れ込まれたのだ。クリスとて、文句の一つも言いたくなる。
「はあ、すみません」
あんまりすまなさそうではない声色でそう言うソフィア。
それに、クリスは嘆息しつつ聞いた。
「で、ここはどこですか?」
「ああ、精霊界の入り口の所にある森です。さすがに、精霊界に入るにはいろいろ手続きとかがあるんで」
言われて、クリスは辺りを見回してみる。
確かに、どれもこれも、見たことのない植物ばかりだ。
「じゃ、ちょっと待っててくださいね。ガイアを呼んできますから」
「はあ」
もはや、そう生返事を返すことしかできなくなっているクリスだった。
ソフィアが行ってしまって、しかたなく、そこら辺に腰を下ろすクリス。
柔らかな草が体を受け止めてくれた。
「ああ、いい風だ」
涼しい風が肌を撫でていく。
どうやら、人間界の自然とは根本的に違うらしい。
それもそのはず、基本的に人間界の自然現象は精霊が起こしているものだ。
なら、その精霊の故郷である精霊界の自然は人間界のそれとは次元が違って当たり前だ。
とか言っても、精霊魔法などの効果に変化があるわけではないが。
と、そこで思考が中断される。なにやら足音が聞こえてきたからだ。
獣かと思い、とっさに身構えるが、ここが普通の森ではないことを思い出し、少し緊張をゆるめる。
「誰ですか?」
もしかしたら精霊かも知れない。
そう思って、クリスは呼びかけてみた。
ごそごそと草むらが動き、でてきた影は……
「あれ?」
「………………………」
髪の毛にはっぱを大量につけたソフィアだった。
「……なにしてるんです?」
「は、ははは(汗)……ち、ちょっと間違えちゃったみたいですね」
そう言って、くるりと反転し駆けていく。
「……ようするに道に迷ったんだな……」
クリスは心底呆れつつ、非常に精神的な疲労を感じてしまうのだった。
「よお」
「……誰です?」
いきなりなれなれしく話しかけてきた男に、不審げにクリスは尋ねた。
男は、恐らく20歳前後であろう。小さいメガネをかけ、すこし軽い印象を受ける。
一般的にハンサムと称される顔立ちをしているが、いたずらっ子のような瞳をしている。
「ああ、お前の方は知らないんだったな。俺が地の精霊王ガイア・グランドフィルだ」
それを聞いて、またもやクリスのイメージが崩れた。
威厳もへったくれもない。見た目、ただのとっぽいにーちゃんだ。
精霊というものに、あんまり幻想を抱かない方がいいのかも知れない。
「はあ。そうなんですか。ところで、ソフィアさんは?」
「………なんか、反応が薄いな。ソフィアなら、もうすぐ来るんじゃねーの?」
その言葉が聞こえたように、ソフィアの声が少し離れたところから響いてきた。
「ガイア〜〜!どこ〜〜!?」
なにやら必死だ。またもや道に迷ったらしい。少し涙声である。
「はあ……あいつも仕事とか戦闘とかならもうすこしマシなんだが……ああいう所、直してくれねーかな……」
疲れたように一つため息をつくと、ガイアは声のした方へ歩き出した。
「ちょっと待っててくれな。あいつを呼びに行ってくるから」
「はい」
クリスも、さっきの声を聞いて少し脱力している。
彼女、精霊王ならば少なくとも自分の数十倍は生きているはずだ。
仮に、人間だとしても、クリスより少しは年上の外見をしているのに、まるで子供である。
シルフィにしても、先程のガイアにしても、精霊王というのはきわもので構成されているのだろうか?
「よ、ただいま」
とかなんとか考えている間にガイアが帰ってきた。
後ろにはちゃんとソフィアの姿がある。
そのソフィアは少し恥ずかしそうに、
「ご、ごめんなさい」
と謝った。
「ま、早速本題に入ろうか。なんか、その前に疲れちまったけど」
ガイアは、わざとらしく肩を落としながら言う。
「実はさ、クリス。俺って、お前のことけっこう前から見てたんだぜ?」
「へ?」
「いや、だって。今のアルヴィニア王家で一番お前が愉快だからな。なんせ、女装が趣味だなんて笑えていい」
「……僕のプライバシーは?」
「心配するな。俺も他の地の精霊を通して見てたんだ。そいつらは見られて困るようなことは教えてくれん。残念なことに」
ひとまず安心するクリス。
そう大きな隠し事があるわけでもないが、なにからなにまで見ていられたらさすがにいやだ。
「クリスさん、女装が趣味なんですか……」
ちょっとソフィアが引いている。
まあ、普通の反応だろう。クリスとて、こういうのに離れている。
自分の場合、別に楽しんでいるわけではなく、ただ単に周囲をからかったり、店でおまけしてもらったりするために女装しているのだが、説明するのも面倒くさい。
「ソフィア。こいつのはそんじょそこらの親父がするのとはわけが違うぞ。今度見せてもらうといい。よほど注意しても男とは思えん」
「そ、そうですか」
「……いい加減、その話止めませんか?」
話が妙な方向に進んでいる。
「おお、すまんすまん。じゃ、早速契約するか」
「そ、そんな簡単に決めていいんですか?」
やけにあっさりと言ってのけるガイアに思わず突っ込む。
「なーに。契約つっても、シルフィと……ライルだったっけか?がしているのとは違うぜ。あくまで、呪文によって俺の力を少し貸してやるっていうだけだ。ま、お前が今まで俺の力を使ったのは、例の遺跡の魔族の一件の時だけだろ?あん時使ったやつが強化される程度だと考えておいてくれ。ま、俺もけっこうお前のことは気に入ってるし……」
「なるほど」
クリスにはよくわからなかったが、要するに契約の種類が違うのだ。
「というわけで、ほれ」
ガイアが懐からナイフを取り出しクリスに渡す。
「っと…なんですか、これ?」
「それで、どこでもいいから適当にお前の体を切れ」
「は?」
「血が必要なんだよ。契約には血が。いいからさっさとしろ」
「は、はい」
仕方がないので、指先を少し切る。
「よし、ちょっと、貸せ」
言いつつ、ガイアはクリスに渡したナイフを取り上げ、クリスと同じ部分を切る。
そして、切った指先同士を触れさせた。
「じっとしてろよ……」
しゅおおお、とクリスの中に魔力が流れ込んでくる。
「『わ、我、契約を請うもの……』」
勝手にクリスの口から呪文が出てくる。
それにびっくりするまもなく、ガイアがそれに続けて唱えた。
「『我、契約を受け入れるもの』」
次に、二人の声が重なる。
「「『血を交わし、魔力を共にし、今、その繋がりをもて、契約を結ばん』」」
少し離れたところで、ソフィアがにこにことその様子を見ている。
「『我が名、クリス・アルヴィニア』」
「『我が名、ガイア・グランドフィル』」
しゅおおおお、と、二人が触れあったところから光があふれる。
その光が収まると、クリスの傷はいつの間にか消えていた。
「終わったぜ?」
「え?あ……」
自分の中の魔力がルナほどではないが、グンとレベルアップしているのを感じる。
「これは……それに、さっきの呪文……」
「ああ、さっきのは俺が直接お前の頭ン中に呪文を送り込んだ。それで、お前の魔力が上がっているのは多分、俺と魔力的に接触したからだろうな。これは俺も予想外だったがね」
なんでもないことのように言う。
クリスは開いた口がふさがらない。
「あ、ガイア。連れてきておいてなんですけど、早く帰って、仕事を済ませてくださいね」
「……ソフィア。お前って、そればっかなのな」
「当然です。今も昔も、私があなた達の仕事の尻拭いをさせられるんですから」
「へーへー。わかりましたよ」
そう言って、ガイアは森の外へと向かって歩き出した。
「あ、クリス。これからは遠慮せず、バンバン俺の力を使えよ。最近、魔族も大人しいし、退屈してんだ」
「ガイア、不謹慎ですよ。いい事じゃないですか」
それには答えず、今度こそガイアは去っていった。
「じゃ、クリスさん、帰りましょうか」
「あ、はい」
もう、いろいろあり過ぎて、クリスの頭は珍しく混乱していた。
その後、墓参りから帰ってきたライルたちを交えて、夕食にし、2日後、一行はアーランド山をあとにしたのだった。