<ルナサイド>

 

「………………」

目が覚めた。どうやら本を読んでいて、いつの間にか眠ってしまったらしい。

寝ぼけ眼で机の上の時計を見る。

10時10分。

まあ、夏休みだし、この位は良いだろう。

それよりもお腹がすいた。台所へ向かう。なにか食べるものの一つや二つはあるはずだ。

昨日、夜遅くまで読みふけっていた『危険・持ち出し禁止』と書いてある本は机の上に置いておく。もちろん、学園の禁止書庫からガメてきたものだ。ばれたらただではすまないが、指紋等はきちんと消してきた。彼女にぬかりはない。

買い置きのパンと牛乳だけの朝食を済ませ、ルナ・エルファランは大きくのびをした。

「さて、今日はどうしよっかな〜」

 

第21話「それぞれの夏休み〜ルナ&ライル編〜」

 

「そういえば……これどうしよう……」

とりあえず外に出ようとしたルナはあることを思い出した。

宿題である。

まだ、夏休みは始まったばかりだが、色々問題の多かったルナにはかなりの追加があった。

不公平だと、猛然と抗議したが、入学してから今まで、ルナの魔法によって出来た被害をえんえんと語られ、大人しく引き下がった。

いや、そんな経緯はどうでもいい。問題は………

「少なくとも、夏休み中の最後に一気に出来る量じゃないって事ね………」

多くの学生がするように、ルナも夏休みなどの長期休暇の宿題は休みの最後にする主義だ。

だが、少なくともそんな手が通用する量と質ではない。

少しはやっておこうか………そう考えたルナの頭に閃くものがあった。

(そうだ。ライルに押しつけよう)

異様にまじめな彼は、夏休みが始まる前に、宿題の大半は終わらせていたはずだ。ついでに、毎日こつこつと終わらせているようだからそろそろ宿題が終了していてもおかしくはない。あと少しくらい宿題が増えても問題ないはずだ。

先生は宿題は自分でやれとか言っていたけど………知らん。

(うん。追加分をライルにやらせて、残りは全部写せば良いわね)

善は急げ。ルナは、追加分の宿題を抱え、意気揚々とライルの部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「やだ」

問題集を抱え、急に部屋にやってきたルナを見るなり、ライルはそう答えた。

「な、なによ。まだ何も言ってないじゃない」

「言わなくてもわかるよ。宿題は自分でやらなきゃ」

うぐっ……とつまるルナ。

奥からでてきたシルフィがバカにするように言った。

「まったく………それくらい自分で出来ないのかしらね〜。まあ、ルナじゃあしょうがないか」

そう言ったシルフィをルナはギロリと睨む。負けじと、シルフィも睨み返す。

両者の間で火花が散った。

(おいおいおい………勘弁してよ〜)

ライルが心の中で情けない声を上げる。

実はルナとシルフィはこういったようによく衝突するのだ。何故かはわからないが、要するに相性が悪いのだろう。だが、普段はそう仲が悪いように見えないのがわからないところだ。

ついでに、この状態になったときのなだめ役はライルだったりする。

と言うより、ライル以外が止めるのは不可能だ。

「まあまあ、ケンカは止めよう……」

最後まで言わせてもらえなかった。いつの間にか飛んできた鉛筆がライルの頬をかすめたのだ。

おそるおそる後ろを見ると、見事に壁面に突き刺さった鉛筆があった。

ライルの頬にたらりと冷や汗が一筋。

それを投げたルナは、底冷えするような声で言った。

「少し黙ってなさい。そろそろこいつとも決着を付けなきゃいけないんだから」

「………はい」

情けなく、すごすごと引き下がるライル。

「マスター、心配しないでも私はこんなバカ女に負けやしないわ」

シルフィが自信たっぷりに言い切るが、ライルが心配しているのはそのようなことではない。

「ほう……言ったわね?」

「言いましたとも」

瞬間、マシンガンのような勢いの言い争いが始まった。お互い思いつく限りの罵詈雑言をぶつけ合う。

うるさいことこの上ない。

ライルはため息をはきつつ、部屋全体と自分の周りに遮音結界を形成するのだった。

 

 

 

 

 

 

彼女らの闘いは、お互いの気力がなくなるまで続いた。

大体1時間くらいか。よくそこまで言うことがあるなと、ライルは思う。

なにか、彼には計り知れない力が働いているのだろう。

自分をそう納得させることにして、ライルはぐったりしているルナに向きなおった。

「で、宿題どうする気?」

「ラ……ライル。あんたやって………」

「やだ」

ライル即答。それを聞いて、不機嫌になるルナ。ライルは慌ててフォローを入れる。

「で、でもちゃんと手伝うから」

「具体的には?」

じと目のルナにライルはしどろもどろに答える。

「え、えーと、わからないところなら何でも聞いてね」

「私はね。わからないんじゃなくて、やるのが面倒なの」

「そんなこと言って、見栄はらずに出来ないって言えばいいじゃない」

悪意のたっぷりつまったシルフィの発言に、再び険悪なムードになる二人。

「す、ストップ!」

これ以上なんのかんの騒がれては敵わない。ライルは慌てて二人を引き離した。

「じゃ、じゃあルナ。僕は少し出かけるから。その話はまた今度と言うことで………」

言いつつ、すでにライルはシルフィをひっつかんでドアを開けていた。

 

 

 

 

 

<ライルサイド>

 

(ったく………もう少し仲良くできないのか?)

(なによ。マスターはルナの肩を持つって言うの?)

ライルとシルフィは今大通りを歩いている。特に当てもなく飛び出したのでその辺をぶらぶら散歩中だ。一応、財布は持ってきている。

(いや、そう言う事じゃなくてだな)

(ならどういうことよ)

まいった。

ライルの心情はその一言に尽きた。どうしてこの二人は人の話を聞いてくれないんだろう?

いや、聞いてくれたとしてもその意味を正しく理解してくれないのだろう?

そう、目の前の相棒と、おそらくは自分の部屋に帰っているだろう幼なじみに愚痴をこぼす。でも口には出さない。あとが怖いから。(特にルナ)

(で、これからどうするのマスター?)

少なくとも表面上は機嫌を取り戻した様子のシルフィがテレパシーで問いかける。と、言うより、ルナのことを意識の外に追いやったという感じか。

(そうだなあ……すぐ帰っても良いけど、せっかく外にでたんだし、外食でもするか?)

(あっ、いいわね〜〜〜♪たまには良いこと言うじゃないマスター)

とか言いながらライルの周りを飛び回るシルフィ。

(うっとおしいからぐるぐる回るなよ………)

そんなことを言い合いながら、適当なレストランに入っていく二人。

店内は昼時と言うこともあって、そこそこ混雑していた。

「こちらへどうぞ」

ウエイトレスの人の案内で、少し奥の一人席に案内される。

テーブルの上に置いてあるメニューを開くと、所狭しと料理の名前が並べられていた。

(さってっと〜〜♪ど〜れ〜に〜し〜よ〜お〜か〜な〜)

うきうきとメニューをめくるシルフィ。そこへ、ライルの忠告がはいる。

(できるだけ、僕のと一緒に頼んでも不自然じゃないのを選べよ)

(わかってるわよ。じゃあ、このパフェでいいわ)

(パフェかい………)

正直、男一人で、パフェを注文するのは若干の抵抗があったが、きらきらと目を光らせているシルフィに、苦笑しつつもパフェと自分のハンバーグセットを注文するライルであった。

 

 

 

 

(はぁ〜おいしかった………)

まだ恍惚とした表情で、さっきのパフェの味を反芻しているシルフィ。

(確かに、おいしい店だったな)

パフェだけでなく、ハンバーグセットの方もなかなかの味だった。

(さてと、すこし学園の図書館に行きたいんだけど、いいか?)

(別に良いわよ)

ライルの提案に、あっさり同意する。別に断る理由もない。

(じゃあ、行こうか)

ここから図書館までなら、5分とかからない。

人も大して多くないので、特に問題もなく、二人は図書館に着いた。

「さてと……ちょっとすみませんが『ミシェル峠の誓い』って言う本は何処ですか?」

すでに読む本は決めてあったので、カウンターの司書さんに場所を尋ねる。

「はい。その本ならあのA−01の棚になります」

「ありがとう」

尋ねてすぐに返答がきたのに驚きつつ、早速その棚に行ってみる。

(あの司書さん。全部の本の位置を把握してるんじゃない?)

(いや、まさか……)

シルフィの言葉にそう返しつつも、ライルはそれが正しいんじゃないかという気もしていた。

今まで、彼女に本の場所を尋ねて、一度でも返答が遅れたことがなかったからだ。

ちなみに、ヴァルハラ学園の図書館の蔵書は王立図書館にも匹敵する。

(まさかね………)

言われた棚に行くと、ほどなく目的の本は見つかった。

(じゃ、行こうかシルフィ)

ぱらぱらと内容に目を通して、シルフィを促す。

(うん)

そうして図書館を出ようと移動していると、ある人物にあった。

「あれ?」

その人物がライルを見て驚きの声を上げる。

「や、ライル。ライルも、魔法書探してんの?」

そう、ローラント王国の友好国であるアルヴィニア王国の王子さまにして、ライルのクラスメイト、クリスだ。

「ああ、クリスか。いや、そういうわけじゃないんだけどね」

と、言いつつ、ライルは手に持った本を見せる。

「『ミシェル峠の誓い』……か。けっこう良い趣味だね」

「知ってるの?これから読むところなんだけど………」

クリスがこの本のことを知っていることに少し驚くが、考えてみれば、クリスは自分よりずっと多くの本を読んでいるらしいし、そう意外なことでもない。

「まあね。それ、けっこう良い話だよ」

「ふ〜ん。そういえば、クリスは何読むの?」

ふと気になって聞いてみる。クリスが読む本というのも興味深い。

「ああ、ちょっと新しい魔法でも覚えようと思ってさ。なんかいい魔法書がないかな〜って。ほら、前の一件で僕、あんまり役に立ってなかったじゃない?」

「ふ〜ん」

そう言われて、夏休み直前のミッションの一件を思い出す。

(ま、確かに役に立ってなかったような気がするわね〜)

(おい、そんなことないと思うぞ)

シルフィの言葉に反射的に突っ込む。よくよく考えると、あの場面で、役に立てる方が異常だ。いや、とどめを刺したのは自分なのだが。

「ライルはどうなの?新しい魔法覚えようとか思わない?」

「僕の場合、シルフィが教えてくれるから」

と、シルフィのいる場所を指さす。彼女は物知りで、風系以外の精霊魔法もたくさんしっているし、黒魔法、白魔法に対する知識も豊富だ。

まあ……

「ああ、なるほど」

つまるところ……

「風系以外の属性の魔法もほとんど知ってるんだ。亀の甲より年の功って言うところかな?」

と、言うことであろう。

(乙女の年齢に触れるなんて、最低よ、マスター!!)

言ったとたん、シルフィの凄まじい勢いの抗議に合う。

「いや、だってお前800年以上生きてるんだろ?」

前に聞いた話では、確かそうであったはずだ。

(だからって、クリスに言うことないじゃない!!)

(ああ、わかったって……ゴメンゴメン)

(誠意がこもってなーーい!!!)

と、シルフィがライルの髪の毛を引っ張る。

「いてて……じゃあ、クリス。僕はそろそろ行くよ」

「うん、それじゃあね」

あいさつをして、クリスと別れる。そして、他の人が不審に思わないよう、後頭部の髪の毛を引っ張っているシルフィに語りかけた。

(いたいって……シルフィ止めろ)

(やめてほしかったら、私に食べ物をおごってね)

そう言いながら更にぐいぐいと引っ張る。

(あいてて………わかった、わかったから……)

少し涙も出てきた。仕方なしにシルフィの要求を聞くことにする。

(やった♪)

(くそ〜あとで覚えてろよ………)

恨み言を述べながら図書館をあとにするライルであった。

 

 

 

 

 

 

<ルナサイド>

 

あ〜、もう!!

ぐしゃぐしゃとルナは頭をかく。

彼女は部屋に帰って宿題に手を付けていた。ちなみに、魔法学のテキストである。

なぜ急にやる気になったかというとシルフィにバカにされたままじゃ嫌だ………という、ルナにとっては切実な理由からだ。

(あんな精霊にいつまでもいいように言われてたまるもんですか!!)

そんな心の叫びと共に、がりがりと鉛筆を走らせる。このまま全部終わらせそうな勢いだ。

(っつっても、まだまだ残ってんのよねえ………)

ルナに課せられた追加の宿題は、本来の分の宿題と量はそう大差ない。つまり、約2倍の宿題を終わらせなければいけないのだ。

ライルには「やるのが面倒なだけ」などと大口を叩いたが、実のところルナの学力はそう高いものではない。いや、むしろ低い。

………別に頭が悪いわけではないのだが。そもそも、頭が悪ければ、この年齢で古代語魔法をああも簡単には扱えるはずがない。しかし、どうやらルナの頭は学校の勉強は合わなかったようだ。授業中、ほとんど寝ているか、別の魔法書などを読んでいてはいかに頭が良かろうと、勉強が出来るはずがない。

「あ〜〜〜!もう!!」

面倒になって、ルナは鉛筆を放り出す。

「大体なによ………ちょっと学校を壊したくらいで、こんなに宿題追加しなくてもいいじゃない………」

ぶちぶちと文句を言い始める。

ちなみに、ルナが入学してから今まで壊したものの修理費は全て学園でまかなわれている。その値段は………少なくとも、学園の1年分の予算に匹敵するとだけ言っておく。それなのになぜルナが退学にならないのか?なにやらジュディさんが色々暗躍しているらしいが、真相は定かではない。

「もう……少し気分転換に外にでてみよう………」

言うまでもないことだが、気分転換したら宿題のことなど綺麗さっぱり忘れてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ふ〜む………」

ルナはそこら辺の店を冷やかしながら、大通りを歩いていた。

財布の中には小銭が少し入っているだけ。買う気ゼロである。店がわからしたらいい迷惑だ。

「あ、これかわいい」

と言って、露天のアクセサリーを手に取る。

「おっ、お嬢ちゃん、ひとつどうだい?」

おそらく30前半くらいの店の人が勧めるが、ルナは素っ気なく、

「お金ないから今度ね」

と、去っていった。

元々ルナはアクセサリー等には興味がない。かわいいとは思うが、欲しいとは思わないのだ。

大体、毎月の故郷からの仕送りで生活しているルナはそうお金に余裕があるわけではないし、すこしでも余裕が出来たら出来たで、おいしいお菓子やらなにやらを食べている。

色気より食い気という言葉を見事に実践している。

少し、歩いていると、今一番会いたくない人間に会ってしまった。

「げっ……ライル……」

正確にはライルでなく、ライルと一緒にいるはずのシルフィだ。

「…………」

「マテ」

ルナを見るやいなや、くるりと回れ右をして足早に去ろうとしていたライルの肩を掴む。

いくら会いたくなかったからと言って、いきなり逃げるように去られて気分がいいわけがない。

「や、やあ、ルナ奇遇だね。じゃあ、僕はいくところがあるから………」

早口でそこまで言うとルナの方を振り払おうとするライル。

「さっきまでこっちに向かってたじゃない」

「そ………それは、そのぉ………」

しどろもどろに答えようとするライル。

(あー、もう、ごちゃごちゃうるさいわね!!)

と、シルフィの言葉が響いた。と、言ってもかなり小さい声で。

(………なんだ、いたの)

つられてルナも小声になる。

(いたの……って、わかって言ってるでしょ)

シルフィはすでに喧嘩腰だ。

「と、とりあえず寮に帰らない?」

それを察してとりあえず、他人に迷惑がかからない場所への移動を勧めるライルだった。

 

 

 

 

 

 

<ルナ&ライル>

 

「…………」

「…………」

寮のライルの部屋に入ったとたん、姿を現すシルフィ。それと同時にルナとにらみ合っている。

(だ、誰か何とかしてくれ〜〜)

「…………お腹空いた」

突然、ぽつりと言い出すルナ。

「へ?」

「………マスター、私もお腹空いた」

思わず聞き返すライルに、同じくそう言うシルフィ。

「私、朝、中途半端な時間に起きて、朝ごはん兼お昼ご飯を食べたっきりだし………」

「私も、お昼がパフェだけじゃ全然足りない………」

「「と、言うわけでライル(マスター)なんか作って」」

ハモりながら、同時にライルの方を振り返る二人。仲が悪い癖に妙に息のあったコンビである。

「………わかったよ」

じーっと見つめる2対の瞳の圧力に押され、すごすごと台所に向かうライル。

しばらくすると、ライルが台所から帰ってきた。

「あの〜、ビーフシチューにでもしようかと思うんだけど、どうせだからアレンとクリスも呼ばない?」

「まあ、たまには良いかも知れないわね」

「じゃ、マスター、二人を呼びに行きましょ。あ、ルナはアレンを呼んできて。クリスは私とマスターが呼んでくるから」

「おっけー。じゃ、早速行ってくるわ」

速攻で決まる。てきぱきと役割を分担する二人に、ライルは「この二人、意外と仲が良かったりするんだろうか?」などと考える。

結局、その日は五人で食卓を囲むことになった。

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