「まったく……最後の最後までお騒がせだったよ」
「なによ、ライル。そんな昔の話を蒸し返して」
「……ルナにとっては、三日前は昔なんだ」
結局、ルナが放った『花火』によって、卒業パーティーは強制的にお開きとなった。まあ、元々、ジュディさんの策謀(アルコール)によって破綻しつつあるパーティーではあったのだが。
「みんなだって、怒ってなかったじゃない?」
他の学生らは『あ〜、ある意味、この学年の卒業に相応しい幕切れだよな』と、笑っていたとか。
「……はぁ」
ライルは重いため息をついた。
卒業を期に、ルナと縁が切れる同級生らはともかくとして、こちらはこれから何年とルナと付き合っていくのだ。それを考えると頭が痛くなってくる。
「ほら、それより、ちゃんと祝福したげなさい。友達の門出なんだから」
「あーー、うん」
ちらり、とライルは現在居る場所――教会の中央付近に眼をやる。
そこには、珍しく正装をして、ヴァージンロードを照れくさそうに歩くアレンと、それに寄り添うフィレアの姿があった。
最終話「そして、新しい日々」
ああ見えても、フィレアは一国の王女様である。そして、アレンは以前のクーデター騒ぎの時に、アルヴィニア王国を救った英雄とか言われている。
当然のように、その結婚式は国を挙げての盛大なものとなり、教会で夫婦の誓いを済ませた二人は、王都アルグランのメインストリートをパレードっぽく進んでいた。
「披露宴は、お城の一階を借り切ってやるんだってね……豪勢ねぇ」
「なんか、アレン、肩身狭いんじゃないかな」
ああいう風に人の注目を浴びるのは、なんとなく苦手そうである。案の定、にこやかに周囲に笑顔を振りまく花嫁と違い、デカイ身体を妙に縮こまらせ、曖昧な笑みを浮かべていた。
「すぐ慣れるでしょ。というか、慣れてもらわないと僕が困る」
そこへ、ひょい、とクリスが顔を出した。
「あれ? あの馬車に一緒に乗っていくんじゃなかったの」
「始めはその予定だったんだけどね。外からあの二人見てるほうが面白そうだったから、ちょっと抜け出してきた」
「抜け出し……いいの? 王子様がそんなんで」
「いいよいいよ。どうせ、今日の僕は端役だしさ。披露宴の方はリティ姉さんが取り仕切ってるし、僕がすることもない」
ふあ、と欠伸までかますクリス。
「それにしても、おっそいなあ。もっとちゃっちゃと移動すれば良いのに」
「いや、そうすると事故が起こるかもしれないし、新しい王族のお披露目って意味合いもあるんでしょう?」
そんなこと、わかっていないはずもないのに、クリスは面倒くさそうに背を伸ばした。
「だって、ライルたちは宣誓のところからしか参加してないからいいけどさ。王族ってなると、色々煩瑣な儀式が多いんだよ。日が昇る前から、色々やってたんだから」
そんなことを言われても、いままでも、そしてこれからもそんなことを経験することはないので、ライルは何も言えない。漠然と、大変そうだなぁ、と思うくらいだ。
「ところで、ライルとかルナはこういうの見てなんとも思わないの? 早く結婚したいな〜とか」
まるっきり自分の事を棚上げにして、クリスが尋ねてきた。
思わず、ライルはルナと目を合わせる。
「そりゃあ、私だって女の子だからね。ウェディングドレスに憧れたりしなくはないけど」
「ええっ!?」
「なに全力で驚いてるのよ」
「いや、だって……」
なにせ、ルナである。結婚、などという言葉からは最も縁遠いと思われる少女だ。
仮に、なにかの間違いで恋人でもできたとしても、どう考えても結婚という結末は考えられない。その恋人が、燃やされて逃げるところしか想像できなかった。
(ふっ、まだまだ子供ね、マスター。ルナみたいなタイプは、好きになった奴にはトコトン尽くすタイプと私は見たわよ)
(シルフィ。お前、いきなり現れて、なにありえない妄想を口走っているんだ)
(妄想じゃないわ。きっとルナは最近流行りのツンデレってやつよ)
(……どこの世界の流行だ)
でもまあ、ライルとしては、さっさと結婚でもなんでもして、少しは落ち着いて欲しいと思う。
「ライルは? 誰か気になる相手とかいないの?」
「ん? 僕? まあ、結婚はそのうちするんじゃないかな〜、とは思うけど、気になる相手とかは特に……」
(なによ。いつもすぐそばこんな可愛い女の子がいるってぇのに、気になるとは言えないわけ?)
(シルフィ。悪いが、僕が好きなのは同年代かそれ以下なんだ)
別に、ライルは年齢で選り好みすることはないが、シルフィにはこう対応するのが良いだろう。事実、シルフィはピキッ、と顔を引き攣らせると、半泣きになりながらライルの髪の毛を引っ張ってきた。
「ライル、なに面白い髪型してんの」
「いや、これはシルフィが……やめろ。地味に痛い」
シルフィの姿が見えないルナとクリスには、ただライルがファンキーな髪型に挑戦しているようにしか見えない。
「ててて……とにかく、城に行こうか。披露宴始まっちゃうよ」
(マスターっ! 誤魔化すなぁ!)
「やめろって。周りの人も見てるよ」
ぐぐぐ〜、とシルフィが唸る。一応、精霊的に人間の注目を集めるのは望ましくないのだ。
「あ、ライル、先に行っといて。ちょっと私、行くところあるから」
「行くところ?」
「ん、まあ大したことじゃないわよ。ちょっと、そこにギルドがあるでしょ? しばらく世話になるんだろうし、どんなとこか見とこうかなって」
見ると、確かに少し奥まった場所にある看板は、冒険者ギルドのそれ。
「なら僕も……」
「あ〜、ライルは先行っといて。前みたく、アレンに全部食われる前に料理確保しとくのよ。……まあ、チラっと見てすぐ行くつもりだから、その必要もないかもしれないけど」
ライルは、卒業パーティーにて、悪魔のような勢いで料理を平らげたアレンの姿を思い出す。
今回のものは、規模も卒業パーティーとは桁違いなので、まさか全部食い尽くされると言う事はないだろうが……ライルは、力なく頷くのだった。
「……遅かったか」
ライルは、ガクリと膝をついた。
目の前に展開されているのは、食わねば殺られる、という覚悟を決めたかのような勢いで食べまくるアレンとアルヴィニア国王カリスの姿。
「そういえば、あの人も大食いだったよね」
以前はあっさりとアレンの前に倒れたカリスだが、今回は負けていない。絶対に負けるものかと瞳に炎をめらめらと燃やして、食いまくっていた。
「王としての仕事を半ばほっぽりだして、大食いの特訓をしてましたから。ええ、仕事を全部わたしに押し付けて。ふ、ふふふふふ……」
「り、リティ姉さん? 顔が怖いよ」
いきなり登場した実の姉に、クリスは顔を引き攣らせた。
普段、おしとやかの仮面を被っているこの女性は、怒らせると非常に怖い。彼女はトラップ使いである。日常の隙間に仕掛けられるマジカルトラップの数々は、敵に回せばある意味ルナより恐ろしいものがあった。
「フィレアを奪われたのが相当悔しいらしくてね。なんとしてでもあの若造を凹ませてやる、って、特訓してたわよ」
「……お母様。止めてくださいよ。大体、特訓で大食いの? 阿呆ですか、お父様は」
「フフフ……いいじゃない。娘を奪われる父と花婿は、このくらいギスギスしてる方が自然よ」
「不自然でも良いですから、あんまり周囲に迷惑をかけないで欲しいんです」
僕、アレンを加えたこの家族とうまくやっていけるんだろうか、とクリスは家庭崩壊の危機に胸を痛めた。
「あ、決着着いたみたいだよ」
青い顔をして、今にも吐きそうなカリスを見て、ライルはそう判断した。まだ食べようと頑張っているが、すでに限界突破していることはどう見ても明らかだ。
この披露宴には、民間の人も何人も来ているというのに、あの王様はどうしたもんだろう。
「アレンちゃんの勝利〜!」
「フィレア、それよりおかわりだ」
まだ食うのかよっ! というこの会場に居る全員の心のツッコミを無視して、アレンはウェディングドレス姿のフィレアの給仕により、再び食事を始める。
もうどうにでもしてくれ、という感じではあるが、一応友人の一人として、ライルは嫌々ながらもアレンの元へ行った。
「アレン……」
「んぉ? ライルか。式、参加ありがとうな」
「いや、それはいいんだけど……ねえ、一応主役なんだから、食事は自重したら?」
「自重してるぞ。ちゃんとマナーを守って食っている」
マナーを守ろうが、量が量なので普通自重とは言わないが、アレン的には自重なのだろう。前のときは、フォーク二刀流でまるで掃除機がゴミを吸い取るかのような勢いで食べていたのだから。
「でも、コックさんは喜んでいるよ。いつもこういうパーティーの時は料理が余るんだけど、その心配はなさそうだって」
「いや、フィレア先輩。だからといって次期国王候補がこんなんじゃあ」
将来、大食いキングとか渾名されるんじゃなかろうか、とライルは一抹の不安を覚える。
「んあ? お前、ルナは?」
「ルナなら、冒険者ギルド覗いてくるってさ」
「ふーん。しっかし、お前らは羨ましいなぁ。気楽な冒険者稼業。俺と変わって欲しいぜ」
確かに、アレンの気質からして、王家に入るなどただ堅苦しいだけだろう。ただ、結婚式のその当日に言う事ではなかった。
「ア〜レ〜ン〜ちゃ〜ん? それは、わたしと一緒が嫌ってことかな?」
「待て、フィレア。それは誤解……だあああああ!?」
何時まで経っても成長しないなぁ、とライルは呆れ果てながら、そっとアレンに背中を向ける。
(はぁ、しかし)
(どしたの、マスター。こんな人ごみで話しかけてくるなんて)
普通なら、周りに他の人がいる状態で、ライルはシルフィに話しかけたりはしない。ただ、今は誰かに今の心境を聞いてもらいたかった。
(いや、さ。三年間一緒だったんだけど、これでアレンやクリスとはお別れなんだなぁ、って)
(またいつでも会いに来れるじゃない。しばらくはアルヴィニアで仕事するんでしょ?)
(そうだけど……それでも、今までみたいに、殆ど毎日顔を合わせるって事はなくなるだろ。やっぱり寂しいよ)
幼年期過ごしたポトス村でも、ライルと同年代はルナしか居なかった。つまり彼女を除けば、アレンとクリスは、ライルにとって初めての『友達』である。
寂しさを誤魔化すことは出来なかった。
(そっか。そりゃあそうよね)
(うん……)
(でも、ま。気にすることはないんじゃない? 新しい仕事をすることで、きっと新しい出会いもあるだろうし、大体……)
と、シルフィがそこまで行ったところで、バーンッ! と会場の扉が荒々しく開け放たれた。
「ライルっ!」
ずかずかずか、といきなり会場を静まらせたルナは、ライルに向けて一直線に歩いてくる。
「る、ルナ? あの、料理を確保できなかったのはゴメン。でも……」
「んなこたぁ、どうでもいいのよ! 行くわよっ!」
ぐわしっ、と肩をつかまれ、ライルはずるずると引き摺られていく。
「へ? あ、いや。ど、どこに?」
「さっきギルド行ったらね。ウォードラゴンの退治依頼が来てたのよ。ウォードラゴンよ? ウォードラゴン。もうほとんど絶滅してるドラゴンの最強種。血の一滴、鱗の一枚だって、すごい儀式の材料になんだから」
そして、すごい事を言った。
「ま、待った!? それ明らかに今の僕達のレベル超えてるよね!?」
「なに言ってんのよ。明らかにレベルが違う相手でも、私達は勝ってきたじゃない」
「運を実力と勘違いしてたら早死にすると思うんですがこれいかにーーー!? アレン! クリス! 君達も止めて……」
フィレアに泣かれて、そのフォローをしているアレンは論外。クリスはまあ頑張って、と手を振ってくるだけだった。もはや、ライルと一緒に巻き込まれる立場でなくなった彼らは、非常に非情であった。
「うわああああああ!? フォローなしっ!?」
「っさいわよ。さあ、とっとと行くわよライルっ!」
ライルを引っ張りながら、ルナは颯爽と駆け抜けていく。
「あ〜あ。いいの、放っておいて?」
「なに。ライルならうまくやるだろ。ダテにルナと長い付き合いじゃないし……ていうか今は俺の方を助けて欲しい」
結婚式当日に嫁に泣かれているダメ夫は、義弟に助けを求める。
やれやれ、とクリスは嘆息しながら、フィレアを宥めにかかった。
(大体、寂しさなんて感じる暇あるわけないじゃない……ってぇ! ちょっとマスター。私を置いていくんじゃなーーーーい!!!)
一人、いい事を言ったぜと満足していたシルフィが慌ててライルを追いかける。
空は快晴。
雲一つない青天の下、ライルとルナは相変わらずの調子で、新しい日々の第一歩を踏み出すのだった。