「ライルー、ベニヤ板三枚ほど追加―」

「ライルくん、ごめんー。お好み焼きってどう作るんだっけ?」

「ライル、ちょっとゴメン。体育館の使用時間の話なんだけど」

学園祭も間近に迫り、段々と準備が加速していく中。暇な時間は一人黙々とヴァルハラ学園の歴史を纏めていたライルだが、こんな風に実行委員として(?)の仕事が次々入り、作業は遅々として進んでいなかった。

「だぁぁぁ! 材料の補充はなしっ! 今あるのでなんとかして。レシピなら、前メモ渡したでしょ。あと、ルナ。君も実行委員なんだから、時間調整くらい自分でやってよね!?」

開いていた資料をバンッ! と勢い良く閉じて、要求してきた面々を怒鳴りつける。

ここ数日、一向に作業を進められていないのだ。いい加減、こちらも進めないといけない。――のだが、クラスメイトたちはそんなライルの事情を無視して、どんどん要求を突きつけてくる。それなら、せめてこちらの作業を手伝ってもらいたいのだが、それぞれの作業もかなり切羽詰っているらしく、応援は期待できない。

自然、応対も乱暴なものになる。

……が、ライルのクラスメイトたちは色んな意味で図太く、それくらいでは遠慮してくれない。

「えー、なんとかしてくれよー。ほら、そこらで余ってるの、あるんじゃね?」

「メモなくしちゃったのー。もう一回書いてくれない?」

「悪いわねー。でも、私は私で、劇のほうが大詰めでさー」

あぁ、もう! と頭をかきながら、ライルは立ち上がるのだった。

 

第158話「文化祭・三日前」

 

こういうとき、拒絶できないのが僕と言う男の欠点だと思う、などとライルが自分の行動に対して反省をしていると、アレンが呑気な声で話しかけてきた。

「よぅ、ライル。わりぃな。ちぃっと、材料が足りなくなってなぁ」

ベニヤ板三枚。

初期に要求されたなら、それほど大した量ではないのだが、学園祭まであと三日と迫ったこの時期、新しく仕入れるには少々時間が足りなさ過ぎた。

結局、他のクラスやら部活やらを巡って、なんとか余っていたものを貰い受けてきたのだが……こうも当たり前のような顔をされては、少々腹に据えかねる。

「……アレン。僕は、前に言ったよね? 本当に、この材料で大丈夫なのか。追加があった場合、ちゃんと対応できるかどうかわからないぞ、って」

「固いこと言うなよ。こうして、うまくいったんだから、いいじゃねぇか」

「んな、結果オーライなこと言われてもね……僕がどれだけ苦労したかわかってないでしょ?」

少々ドスを効かせる。軽く、殺気も漂わせてみたり。

答えによっては武力行使も辞さないぞ、という強固な決意だ。ライルを、地味で大人しいだけの人間だと思っていたその他大勢のクラスメイトたちは、一様にビビっている。

だが、ライルとの付き合いも長く、自身も相当な実力を誇るアレンから見れば、笑って流せる程度だ。と、いうより、ライルが怒っているという事をわかっていないようである。

「はっはっは。仕事があるってのはいいことじゃないか」

「…………」

「ん? なんだ?」

「……なんでもない」

争っても無駄だとわかっている。わかってはいるが、納得は出来ない。

そんな複雑な心境で、ライルはアレンからふいっと目を逸らした。こういう手合いは、無視するのが一番いい。……いいのだが、アレンだけが一方的に楽をしているようで、どうにも釈然としない。

「おお、そうだ」

「……なに?」

「俺たちが開発したゲーム、是非ライルもプレイしていってくれ。やっぱ、第三者の意見は重要だからなっ」

「いや、一寸待って。僕は、これからすぐに体育館の利用申請に……」

「まぁまぁ、俺らの血と汗と涙とちょっぴりほろ苦い青春の過ちの混じったゲームを、是非プレイしてくれ」

「聞いてないっ!? 聞いてないね!!?」

ずるずると無理矢理気味に引き摺られて、ライルはなにやら怪しげなテーブルの前に立たされた。

「これは?」

「絶叫! アームレスリングデスマッチ」

「……は?」

「だから。絶叫! アームレスリングデスマッチ」

「……ちょっと待ってくれないか」

頭を押さえながら、片手でアレンを制する。彼は、既に腕をテーブルに乗せてやる気満々だ。

一秒、二秒、三秒。やっと事態を理解できたライルは、恐る恐る顔を上げて、アレンの顔をうかがう。

「つまり、腕相撲をしろと。君と」

「おう!」

いっそムカつくくらい晴れ晴れとした笑顔を浮かべて、アレンが親指を立てる。

その腕は、ライルのそれより二回りはでかい。気功というものを修めていくと、単純な筋量で力の優劣は決められないが、その気功術でもアレンはライルの上を行っている。

この際、『絶叫!』は無視だ。

まぁ、要するに、

「勝てるかっ! ってか、こんな明らかに参加者側に不利なゲーム、誰もやらないでしょ」

大体、このゲームを出している迷路などというものに参加するのは、大体が子供……良くてライルと同い年ぐらいまでだ。こんな、見るからに筋骨隆々な男を相手にして勝てると思う参加者がそうそういるとは思えない。

身長はスクスク育ってニメートル近く。実戦的な筋肉をたっぷり搭載したアレンの体は、そのままボディビルの大会に出ても優勝しそうな出で立ちだ。はっきり言って、全世界を見渡しても、こいつと腕相撲をやって勝てる人間がそう何人もいるとは思えない。

「大丈夫だ。ゲームは五種類。うち、三種類勝てば賞品はもらえる。別に負けても、ペナルティがあるわけじゃないしな」

「つまり、このゲームじゃ勝たせる気ないんじゃないか」

「んなこたぁない。俺だって、何十人と押し寄せてきたら、不覚をとるかもしれん」

「……参考までに、他の四種類は?」

「ん? 俺と、大食い対決とか」

「結局、それやることにしたの!?」

なんてことだ、とライルは天を仰いだ。

「大丈夫だ。俺はちゃんと、自腹で出す」

「そーゆー問題じゃなくて……」

もはや突っ込むのも飽きてきた。

しかし、これの参加者は不幸だ。少なくとも、他の三つで完勝しないと賞品とやらはもらえない。まぁ、もともとフリーマーケットの流用で集めた、クラスメイトたちの不用品なのだが。

「とりあえず、食中毒に気をつけて。あと、食べかすはちゃんと処分すること……」

とりあえず、ライルに言えることはそれだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、喫茶店の方はすぐに終わった。

『女の子が調理した方が受けるんだよ』と主張するクリス・アルヴィニア(男)の主張に釈然としないまま、料理の指導を少し施しただけだ。

すでに、喫茶店の方は男子の手を完全に離れている。当初は、男が調理、女が配膳と言う役割分担だったのだが、いつの間にか全て女子(クリス除く)の運営になってしまった。まぁ、ちゃんとした運営さえしてくれれば、ライルとしては文句は無い。男手は、また別のところで頑張ってもらうことにしよう。

問題なのは……

「やっぱり、ここだな」

マジックミュージカルサーカス。略して、MMS。ルナは、こーゆーステージを占有する系のイベントが大層お好みらしく、積極的に介入している。

先ほども、体育館の利用時間を後三十分延長するように交渉してこい、とまことありがたくない指令を受けたばかりだ。

なんだかんだで、そんな目立ちたがりのクラスも無かったので、割とすんなり要求は通ったのだが、それを報告するとなるとまたライルは憂鬱になる。

「――――!!」

「―――!?」

「―――――――――!!!」

案の定、練習中の体育館の中では、怒号が飛び交っている。最近は毎日これで、時間を分けて他の連中も練習するのだが、迷惑がって外で練習しているとのことだ。

いや、ほんとマジですんません、としか言いようがない。

「だからぁ! ルナちゃん、そこの演出は、もっと派手に! 体育館を壊すくらいの勢いでっ」

入った早々、ライルの耳に飛び込んできたのはそんな物騒な号令だった。

「リムぅ、練習でそれはヤバくない?」

練習じゃなかったらいいとでも言うのだろうか?

見ると、手を開いてぽんぽんと魔力の光を放ちまくっているルナが、リムに叱咤されていた。どうも、リムは前と同じく監督をしているらしく、監督と書かれた腕章を付け、手にはメガホンを握り締めている。
「ダメよ。練習でも、本番のつもりでやらないと。こう、ルナちゃんの迸るパトスを思いっきり乗せる感じで!」

「……はぁ、やってみるけど、本気で知らないわよ?」

渋々といった感じで、ルナがリムの指示に従う。

ライルがふと視線をめぐらせると、そのほかのMMS担当のクラスメイトたちがへたり込んでいた。

「あ、ライルじゃん」

顔見知りの男子生徒が、手を上げて答えた。

「その傷、どうしたの?」

その男子生徒は、なぜか体中に細かい傷を付けていた。

「どうしたもなにも、アレだよ。サーカスだろ? こう、空中ブランコやって……ミスった」

「ちょっ!?」

さらりと流したが、あまりにも危険すぎる行為だ。

体育館は本物のサーカスより天井は低いし、マットくらい敷いていたのだろうが、それでも空中ブランコといえばかなり高いのだろう。事実、残っている空中ブランコのセットは、少なく見積もっても地上八メートルくらいはあった。下手したら骨折だけでは済まない。

「良くそれだけで済んだね……」

男子生徒は、へたり込んでいるものの傍目には傷を負っているようには見えない。……いや、少し全身が煤けているか?

「ああ。ルナが、爆風で衝撃を和らげてくれた。詠唱なしであんなん使えるなんて、やっぱアイツはスゲーわ」

「……や、そんな助け方する時点で、凄いとか言われる資格ないから」

呆れたようにライルはコメントした。

どうやら、煤が付いてるのは爆発系の魔法で吹っ飛ばしたせいらしい。話を聞くと、その件から流石に危険なことはやめようということになって、今劇の構成を練り直しているようだ。

「大丈夫なの? もう三日しかないんだけど」

「大丈夫だろ。変えるつっても、危なそうなところの演出変えるだけだ。例えば、空中ブランコでお互いを抱きしめあう代わりに、魔法で空飛んだりな。魔法に関しちゃ、エキスパートがいるし」

と、リムと口論しているルナを指差す。

「エキスパートではあるんだけどねえ」

言葉を濁すライル。

「んだよ、歯切れ悪いな。お前、あれだぞ? あんな美人が幼馴染で、嬉しいとかそういう気持ちは無いのか?」

「び、美人?」

あまりにも予想外の言葉に、ライルは思わず問い返していた。

ルナを形容するに、異次元の言葉だと言わざるを得ない、と本人が聞いたら殺されそうな事をライルは考えた。

確かに顔立ちは微妙に……いや、けっこう整っているほうではある。だが、性格の欠点がその長所を打ち消して余りあるのだ。嬉しいより、『後悔』とか『挫折』とかネガティブな言葉がぴったり嵌る。

顔を鎮めつつ、ライルは首を振った。

「全然。てゆーか、ルナはそういう対象じゃないし」

「お前なぁ、贅沢……」

と、そこでステージに大爆発が起こった。

熱量は伴わない、凄まじい音と爆風のみの爆発。あまりの風圧に、体育館にいたライルのクラスの面々は吹き飛ばされる。

「こんな感じでいいの?」

「うん、グッジョブよ、ルナちゃん。ただ、少し風を抑えたほうがいいかな。お客さんが見難い」

「そーゆー微妙な加減が一番面倒なんだけどなぁ」

呑気に話し合っているルナとリム。術者のルナはともかく、リムはどうやって耐えたのだろう。

壁に叩きつけられた状態で、先程の男子にライルは首を向けた。

「これでも?」

「……俺が悪かった」

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