「先輩」

それは、いきなりだった。

お昼休み。中庭で弁当を広げていたライルたちの元に、一人の少女がやって来た。

エビフライを咥えたまま、目が点になるライル。

「……ハルカ、さん?」

「どうも、ご無沙汰しています」

ペコリと頭を下げる少女は、以前……とは言っても、一年くらい前の話だが……ライルに告白した、ハルカ・ダテ嬢だった。後ろには、友人のミリルも一緒だ。

「こんにちは。お姉さま。こちらも、ず・い・ぶ・ん、ご無沙汰していました」

「あぁ、アンタ、そういえばしばらく出番なかったわねぇ。何時以来かしら?」

「のっけからメタな発言は慎もうよ、ルナ……」

パスン、とライルは力なくルナの肩に突っ込みを入れる。

「それで、何の用? そっちの女は、またライルにコナかけにきたのかしら?」

実に面白そうに、からかう口調で尋ねるルナに、ライルははぁ、とため息をついた。去年のあの告白劇は、紆余曲折はあったもののきっぱりと断っている。その後、何度か学園ですれ違うことはあっても、挨拶を交わす程度だ。とっくに、愛想を尽かされているに決まっている。

「いえ……今回の私の目的は、ルナ先輩なんですが……」

ちらり、とルナに目線をやるハルカ。

傍観者を気取っていたルナは、いきなり話を振られ、ずざざ、と飛びのいた。

「あ、アンタまさか、ミリルの悪影響を受けて……!?」

……ルナの故郷から来たミリルは、所謂同性愛者である。差別するわけではないのだが、自分は恋愛に関しては真っ当な感覚を持っていると自負しているルナとしては、自分が好意の対象になるのはゴメンなのだ。

もしや、この異国の少女も同じビョーキにかかってしまったのだろうか、といつでも魔法を撃てる体勢に入る。

「ちっ、違います。その、私はまだ、ライル先輩のことが……」

「へ?」

「って、そうじゃないんですっ! 実は、お頼みしたいことがございまして」

顔を真っ赤にして、あわわと手を振るハルカ。付き添いのミリルはそれを見て、『えー、私はハルカもけっこういいなと思ってんだけどなー』などと言って残念そうにしている。

「なによ、その頼みたいことって?」

「じ、実は……今度の選挙で、私の推薦者をしてもらいたいんですっ」

はぁ? と、ルナはわけがわからんと惚けた声を出した。

 

第151話「生徒会長・立候補」

 

秋は、ヴァルハラ学園生徒会長選抜のための選挙の時期である。

立候補できるのは、二年生のみ。立候補した人間は、事前にポスターや教室への挨拶回りで自らの存在をアピールし、投票直前、体育館で全校生徒に演説することとなる。

そして、立候補には、それを推薦する人が連名で署名しなければならず、さらに推薦者は演説の際、応援演説もしなくてはならない。

ここで推薦者になるには、三年生でないといけない、という慣例がある。

部活等で上級生と付き合いのある人間はともかく、無所属のハルカのような人間は、推薦者を見つけるのが非常に難しい。応援演説など、推薦者もそれなりに働かなければいけないのだ。

「……そこで、ミリルちゃんに相談してみたら、それならルナ先輩がいいだろう、という話になりまして」

ぼそぼそと、そういうことをハルカは説明した。

「へぇ、生徒会長ねぇ。真面目なんだな。……って、そういえば、今の生徒会長って誰だっけ?」

アレンが感心したように頷いて疑問を発した。

「……あのね。グレイ、でしょ」

「ああ! そう言えば、あの貴族の坊ちゃんだったっけ!」

クリスが力なく指摘すると、今思い出したといわんばかりに手を打つ。

「み、ミリルちゃん? 君はなんでルナを勧めたの?」

震える声でライルが尋ねると、ミリルは寂しい胸を張って堂々と答えた。

「だって、お姉さまが一番この学園の事を考えていらっしゃいますからっ」

待て。と、ライルは思わず顔を引きつらせた。

贔屓の引き倒しにしてもそれはない。この娘は、ルナが破壊した校舎の惨状が見えないのか、と思う。実際、L会計と呼ばれるルナの破壊したものの修理代が予算に組み込まれているほどなのだ。下手したら、校舎を新しく建てたほうが安上がりだったかも、とまで言われている。

それでもルナが退学にならないのは、彼女のしている研究が既に国に認められるレベルで、パテントで修理費を払っていたりするからなのだが……。

それにしても、教室内で魔法をぶっ放すようなルナが、学園の事を一番考えている、というのはちゃんちゃらおかしい。

「それに、お姉さまはこの学園で一番名前と顔が売れているじゃないですか。インパクトもありますし」

「まぁ、それは確かに……悪名かもしれないけど。あと、インパクトは物理的な意味で」

それでもいいの? とライルはハルカに目で問いかける。

首を振ってくれ、というライルの切なる願いも届かず、ハルカはコクンと頷いた。

「確かにルナ先輩は、少し……いえ、そこそこ……うーん、けっこう? エキセントリックな言動が目立つ方ですけど、普段付き合っている方以外には意外と優しい人ですし、これでも下級生からは人望あるんですよ? 魔法使いとしてはマスタークラスの先輩ですから、その『才能を』尊敬している人も多いですし」

「微妙に褒められた気がしないのは、気のせいかしら?」

「いえ、そんな……命知らずなこと……」

慌てて否定するハルカだが、ルナの眉は少し上向いている。

「で、でもねぇ、ハルカさん。諦めて別の人探した方がいいよ? ほら、ルナってば面倒くさがりだからさ。そういう役目はやりたくないんじゃないかと……」

「別にいいわよ」

「ほら、ルナもこう言ってるし……って、ええ!?」

思いもかけないルナの皇帝の言葉に、ライルは思いっきり叫んだ。

「なに? そんなに意外? 『面倒くさがり』の、私がするのが?」

「い、いや、滅相もない……」

さっきから微妙に貶されていて不機嫌そうなルナに、ライルは低姿勢になりながら否定する。

しかし、やはりルナが選挙なんぞに参加するのは恐ろしいのか、恐々と代案をハルカに提案した。

「その、ルナも非常に良い人選だとは思うんだけど、クリスとかアレンはどうかな? クリスは、ほら王子様だし、アレンもアレンで、アルヴィニアの英雄ってことになってるし」

「いえ、その……男の方を推薦者に選ぶと、色々と……あの、噂されますので。クリス先輩もアレン先輩も、それは嫌でしょう?」

ハルカは困ったようにそう言った

なにを短絡的な、と言うなかれ。この手の噂話は、学園という思春期の少年少女が集まる場では光の速さで浸透する。事実、それを恐れて過去の選挙に置いて、異性の推薦者を選んだ立候補者は殆どいない。

まぁ、むしろそれを狙って、わざわざそうした剛の者もいたことはいたのだが、選挙活動に真面目ではないとされて悉く落ちた。

とりあえず、そんな諸々の事をよく知らないライルは、ええいそれなら! とばかりにぐいっと自らを親指で指した。

「じゃあ僕がやろう!」

「え?」

ぼすんっ、とハルカが赤くなる。

『私と噂されてもいいってこと?』と思ったのだ。当然、ライル本人はそんなことは全く考えていない。とりあえず、ルナがまた無茶な事をしそうだから、自分が身代わりになろうとしているだけなのだ。

勘違いをしたまま、見詰め合う二人。

「はい。私の前でラブコメは禁止よ、禁止。痒くなるったらありゃしないわ。それとライル、あんま無責任な発言かましてると、そのうち刺されるわよ……って、アンタが恋愛関係のトラブルに巻き込まれる姿も想像できないけど」

女難に巻き込まれるのは容易に想像できるが。この辺りが、アレンあたりとの決定的な差である。

「そりゃどういう意味さ?」

「そのままの意味。とりあえず、ハルカの推薦者はこの私が引き受けたから。あんたは……そうね、そんなに手伝いたいなら雑用でもしたら? ハルカもそれでいい?」

コクコク、とまだ赤くなったまま頷くハルカ。

「そ。じゃあ決まりね。さっさとお弁当食べちゃいましょ。ほらほら、あんたたちも食べなさい」

自分で作ったわけでもないのに、ハルカとミリルに重箱の中身を勧めるルナ。

 

そうして、ヴァルハラ学園史上、最も熱い選挙が始まる……らしかった。

 

 

 

 

 

 

「それにしても、ルナ。本気で、どうしてこんなの引き受けたのさ?」

生徒会室に立候補の届出をした帰り道。一応、第二推薦者として名前を書いたライルは、教室への帰り道、思い切ってルナに尋ねてみた。

本来の彼女であれば、やはりどう考えてもこのような面倒くさい真似はしない。

「なんでって……そんな深い意味があるわけじゃないんだけど」

んー、とルナは考えた。

「ねぇ、ライル。あんた、入学してからの思い出ってなにがある?」

「入学してから……? そうだね……アルヴィニアで軍隊とガチで戦ったことかな? それとも最初のミッションで魔族と戦ったことか……ああ、今年の夏休みは、忘れがたい思い出だよね。色んな意味で」

一つ一つ指折るごとにライルの顔に縦線が入っていく。

数えるごとに、自分の学生生活が波乱万丈なものだと再認識していく。きっと、不幸な星の元に生まれたんだよねウフフフフ……と鬱になりながら諦め風味だ。

「まぁ、それよ。つまり、学生らしい思い出ってのがあんまりないのよ。もう卒業間近なのに。だから、少しは学校行事に積極的に参加してみようかなぁって」

「選挙は、あんまり面白いものじゃないと思うよ?」

「でも、思い出にはなるでしょ?」

「僕の鍛えたくもないのに鍛え抜かれた勘によると、今までと同カテゴリの思い出になる可能性九十九パーセント……」

なによそれ、と抗議するルナに反論する気力もなく、ライルは教室に入る。

だが、力は抜けていても、参加するからには手を抜く気はない。ハルカは……その、自分に好意を持ってくれた子だし、そういう子の前で頼りになるところを見せたい、という願望も、人並みにはある。

とりあえずはポスターの作成と、各クラスへの挨拶回りかなぁ。その前に、打ち合わせとかもしないと……

などと計画を立てながら、ライルは一つ大きなため息をついた。

(とりあえず……ルナが規約違反をしないよう見張るのは、僕の仕事なんだよなぁ)

下手したら、挨拶回りで『ハルカに投票しなければ教室を破壊しまーす』とでも言いかねないキャラなのだ、ルナは。……あくまで、ライルの想像内において。

いやさ、もしかしたら料理と同種の才能を絵の方にも発揮して、見ただけで発狂するようなポスターを作製するかもしれない。……あくまで、ライルの身勝手な想像だが。

待て待て、応援演説のとき、怪しげな魔法で心理操作をやらかす場面が見えるぞ。これまた、ライルの想像上の光景だが。

「あ〜う〜」

もはや、後ろ向きにしか考えられなくなっているライルの嫌な想像は、その後もどんどん膨らんで行くのだった。

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