……まぁ、なんやかんやで、シルフィに説得されて、僕はしばらくイレーナさんの家に留まることにした。

なんとなく、嫌われている気がしていたので、きっと断られるだろうな〜なんて思っていたけど、シルフィが説得に当たったら意外とすんなり受け入れられた(すごく嫌な顔はされたが)。

うちで暮らすなら、ある程度仕事は分担しましょう、とまことにもってもっともな事を言われ、現在僕は薪割りに汗を流しているんだけど、

「なんか、理不尽だよなぁ」

家の脇にある薪割り場で斧を振り下ろしつつ、窓から見える家の中の様子を覗き見る。

イレーナさんと、シルフィ。二人して、お茶をしている。時々、こっちを指差して笑いながら。

この僕が(意味もなく)身に着けている読唇術によると、あれはなんか『あの、シルフィさんは、精霊界ではどのような暮らしをしていたんですか?』『ん〜? 別に普通よ。まぁ、私くらい高位になると、色々責任なんかも出てきちゃって、仕事も多いけどねぇ』『わぁ、すごいですねぇ』なんて会話をしている。

とりあえず、シルフィ。お前、仕事してないだろ……

 

第138話「鬼ごっこ ー彼女の事情ー」

 

この家は、山の中にあるからして、当然燃料の薪だけでなく、食料も自前で取らなければならない。イレーナの普段の食事は、自分ちの家庭菜園で取れたものの他、木の実やきのこ、近くの沢で取れる小魚。肉の類は滅多に取らないらしい。

やはり、女性に獣を仕留めるのは難しいのか、とライルが納得していると、そうではなく、単に獣肉が苦手なんだそうだ。

(まあ、確かに精霊魔法は使えるんだし、油断しなけりゃ猪とかくらいなら楽勝だよね)

体力的には普通の女性と変わらないので、難しくはあるだろうが。

……と、ライルはきのこを発見。

背負ったかごに、ぽいぽいぽいと放り投げる。毒かどうかは一応確かめているが、万が一毒キノコだとしても解毒魔法という便利なものがあるので、食ってから念のためかけておけばいいだろう。

毒が即効性なら、ちょっちやばいかもしれないが。

次の精霊の誘導で、別の食料があるところに向かう。

この山の精霊は、ライルの住んでいたアーランド山と同じくらい、話が通じるので、ライルとしても意識を通わせるのが楽だ。

理由は、言うまでもなく、イレーナが普段から話しかけているからだろうが……こんなところにも、自分との共通点を発見したライルだった。アーランド山の精霊も、元々はそこらにいる連中と同じく、殆ど意識がないのだが、ライルが話しかけることによって、自我を発展させていった。

「……でも、まだ日が浅いのかな。意思が弱いっつーか」

アーランド山の精霊より、自己主張が低い気がする。あっちは、ライルが聞かなくてもなんか色々話しかけてきたが、こっちのは聞かれたことには答えてくれるし、たまには話を振ってくるが、あまりコミュニケーションは取れない。

無論、ライルが部外者だと言う事が一番大きいんだろうが。

「性格、かな。これは、やっぱり」

イレーナの性格に、精霊たちも引っ張られているんだろう。元々意思が希薄なものたちだ。自我を強くする過程で話しかけてくれたイレーナの影響は、当然ながら受けざるを得ない。

これが、アーランド山のライルんちの連中になると、いらんことまで話しかけてくる面倒な連中になるのだが……これは、どっちかというとシルフィの影響な気がする。

まぁ、そこらへんは気にしないでおこう。どっちがいいとか悪いとか、区別できるものでもないし。

ただ、精霊たちにビクビクした様子があるのが気になる。やっぱ、これも彼女の性格、なのだろうか。

「なんだかなぁ。弱いなぁ」

はぁ、と一息。

ライルとしては、イレーナはどう考えても一人で立てる人間じゃないのと思うので、とっとと街に戻ってもらいたいのだが、当の本人の説得は、これは難しい気がする。

どう頑張っても、人ごみなんか苦手なタイプだ。

「ま、そっちはシルフィに任せるかね……」

家に残してきた相棒の事を思い、ライルは更に昼食の材料を熱めにかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……や、そろそろ本題に入ろう」

「はい」

ある程度は予想していたのか、シルフィの突然とも言える申し出に、イレーナはコクリと頷いてカップを置いた。多分、これまでのやりとりで、シルフィがなにか言いたがっていることくらいは見抜いていたんだろう。

シルフィは、改めてイレーナを見た。

……線の細い少女である。今まで回りにいなかったタイプ。シルフィに対しては比較的マトモに相対しているが、ライルとのやりとりから考えて、精神的にかなり弱い。大人びて見えるから、ライルはけっこう年上だと思っているかもしれないが、それはあくまで仮面。実年齢は、せいぜいライルの+−1の範囲だろう、とシルフィは当たりをつける。

「単刀直入に言うけどね。あんたがここでずっと暮らしていくのは無理だと思うわよ?」

ライルも一人暮らしだったが、自分もいた。彼女は、誰にも頼れない。

まぁ、ライルの場合、色々な意味でたくましいから、シルフィがいなくとも自力でなんとかできただろうが……イレーナの場合、シルフィは自分が傍にいたと仮定しても、一年もたないだろうな、と結論付ける。

精神的なタフさ、サバイバル能力、一人暮らしに必要な技能あれこれ(単体戦闘能力――自衛力も当然要求される)。

この少女に、致命的に欠けているものが多すぎる。

家だって、魔法で作ったから一応家の形にはできたみたいだが、かなり脆い構造になっている。

今朝、彼女が出した料理は、食えることは食えるが、イマイチすぎる出来だった。

彼女の家庭菜園は、精霊らの助けを借りてすら、まともに生育しているのは半分ほど。基本的に、畑仕事の知識が足りていない。

……とまぁ、諸々理由を上げていったらきりがない。

「シルフィさんの忠告には感謝しますけど、わたしはここを離れる気はありません」

「家に戻れと言ってないわよ。戻れるんならそれに越したことはないでしょうけど」

家具の使用状態などから見ると、イレーナがここに暮らし始めてから長くとも半年は経っていないだろう。

家出娘が死なない程度にサバイバルするなら、もう限界はとっくに超えている期間だし、

家に戻る場合は、このくらいがタイムリミットな気がする。もしくは、そろそろ親も見捨てている頃か。

「つまりさぁ、郊外でもいいから、人間の文明圏に戻れってこと。文明を離れて生きていけるほど、あんた自活能力ないでしょ。のたれ死にでもされたら、こっちの後味が悪いわけよ」

「ですが……」

躊躇するイレーナ。その顔にはっきりと、嫌悪と言うか恐怖と言うか、そういった感情がないまぜにして現れている。

「……はぁ〜〜。人間嫌いだかなんだか知らないけれど、それって、“人間界”から離れて暮らすリスクを背負ってまで堅持しなきゃならないもんかしら」

この場合の人間界は、当然のことながら『人間の住むこの物質界』という意味ではなく『人間たちの暮らす圏内』と言う意味である。

「大体、ここに来る前までは大丈夫だったんでしょ。……なんか、あったの?」

「……それは」

イレーナの瞳が揺れる揺れる揺れる。目まぐるしく視線を彷徨わせ、結局他に話題とすることもないことに気がつき、観念したように口を開く。

「それ、は」

「なになに? 教えてくれたら、出来る限り解決を手伝うわよ? 嫌なやつがいるんだったら(物理的に)排除してあげるし……」

「ただいまー。やー、結構この山も食料豊富だったよ。ほら、こんなにー」

で、

いきなり話の腰を折るどころか、粉砕してその粉を海に投げ込むようにして、ライルが帰ってきた。本人の言うとおり、カゴにどっさりと食材を背負って。

「あ、わたしも手伝います!」

イレーナは、シルフィの追及の手から逃れるため、思わず叫んでいた。

「へ? な、なんの風の吹き回し?」

今までなら手伝おうとせず、むしろライルが帰ってきた途端、奥の部屋に引っ込んでもおかしくないイレーナである。いきなり手伝いを申し出られても、反応に困るライルだった。

しかし、イレーナは言ったはいいが、ライルに近づいた時点でピキーンと固まる。

手伝うといった手前、やはり手伝わなければならないのだが、それにはライルという人間に近付かなければならないわけで、近付いただけではなく、場合によっては共同作業なんぞもしなきゃいけないわけで、へっへっへなら今日からてめぇは俺様つきのメイドとして朝から晩まで色々手伝ってもらおうかああ嫌だってテメェに断る権利なんざねぇんだよ! 的な展開に――!

「い、いやぁぁぁあ……」

「な、なんでいきなりもの悲しそうに泣き崩れるんですか?」

「ヒッ」

「な、なんでそんなに怯えているんです?」

「し、使用人は勘弁してください……」

「何の話!?」

いきなりわけのわからんことを言われて、思わず突っ込むライル。

(はぁ、マスターのせいで聞きそびれた……)

でも、まぁいい。時間はまだあるし。

それに、なんとなくライルとのやり取りを見てて一つ思った。この子、人間嫌いではあるけど、それ以上に男嫌いなんじゃないか、って。ライルに対する態度は、“精霊ほど純粋じゃない人間は嫌い”という昨日言ってた彼女の論理からは説明できない。嫌いというより、恐怖症だし。

「どーやら、今回はこの辺にくだらない理由が入ってそーね」

「シルフィー、なんか言ったかー?」

「別にー、いつものパターンを考えると、またくだらないオチがつきそうだなー、って話」

見も蓋もないやつである。

人の人生をパターン化するんじゃないー、とかライルは叫んでいるが、実際、ある程度パターン化できてしまうのだから仕方ない。それは自分の責任ではないのだから、こっちが責められるのは間違っている、とシルフィは自己正当化をすると、ふぁ、と欠伸をするのだった。

 

 

 

 

 

ちなみに、ルナたち。

「……なんで治ってないのよ」

「あのね。夏風邪はけっこう長引くモンなの。ったく、嫌な時期に風邪引いちゃって。……あぁ、ルナ。むやみに起き上がるとまた治りが遅く……」

「危機感を感じるわ! このままじゃ、正ヒロインの座が!」

「……正?」

「なにか、文句でも?」

「いや、なんでも」

「文句ならいつでも受け付けるわよ。今なら、高額に査定しているから、お買い得よ」

「……攻撃魔法がガチでもらえる査定は遠慮しとくよ」

なんか、しばらくは大人しくしているっぽい。

---

前の話 戻る 次の話