「殿下。外に行っていたんですか?」

アルヴィニアの王都アルグランに戻ると、近所のおっちゃんという風情の男性が気さくに声をかけてきた。

「おう。ジョンさん。ちょっくら大冒険に行ってきた」

にやり、と話しかけらたアレンは笑って親指を立てる。

「はっはっは。元気ですなぁ」

「有り余ってるぜ」

「その調子でこの国の将来もお任せしますよ」

「任しとけ……って、ジョンさんっ!? 俺ゃあ、んな柄じゃねぇーっての!」

勢いだけで了承した後、アレンは思い切り突っ込みを入れる。

直後、どこからともなく子供が十人以上集まり、アレンに群がった。

「殿下のにーちゃんっ!」

「遊んでー」

「とおーっ!」

ってな感じで群がる群がる。まるで砂糖にたかる蟻のようだった。

「うわぁい」

ライルはぺちりと頭をたたく。

アルグランに戻ったとたん、この調子。

相当な人気者なのはよくわかったから、とっととお城まで帰らせて欲しい。

「ほう。これだけの人望のある王族とは。これは、思っていたよりずっと『当たり』を引いたのかもしれません」

「……ベル。あまり過信しない方が」

感心しながらその様子を見るベルに、ライルはぼそりと突っ込みを入れた。

たとえ人気があろうと、驚くべきことにデスクワークが意外に優秀であっても、所詮アレンはアレンである。

「あ〜れ〜ん〜ちゃ〜……」

ほら。城下の騒ぎを聞きつけて、彼の嫁がやって来た。

勢いを付けて……ほら、ジャンプなんてしましたよ。

「フィレ……ああああああああああ!!!?」

まさに交通事故の如し。

スピード×質量=威力。四十キロにも満たない軽量ながら、フィレアの体は弾丸のごときスピードでもって巨漢のアレンをドロップキックで吹き飛ばした。

「アレンちゃんアレンちゃんアレンちゃん!? なんか、知らない女の子をロリコン殿下が引き連れているとか聞いたけどどーゆーこと!?」

転がる暇もなく胸倉を掴みフィレアが問い詰める。

「……完全無欠に予想通りだな」

あまりにも自分の想定通りの事態の推移に、僕予言者としてもやってけるなぁ、とライルは益体もないを考える。

ここまでピンポイントな予言にどこまでニーズがあるのかはさておいておこう。

「成長してないわねぇ」

「や、ルナ。君が言うと、ほら、なに心に棚を作ってんだってことに」

「どういう意味よ?」

「成長してないってことじゃない? いろいろと」

せっかくオブラートに包んだライルの心の声を代弁するかのようにリーザがきっぱりと言い切る。

「なんですって? よく聞こえなかったわ」

額に青筋を浮かべたルナが、リーザに向けて眼光を飛ばす。

「あれ? 成長はしてないけど、老化はしてるの? ボケるのは早いんじゃない?」

「……いい度胸ね」

「どっちが」

バリバリ、と周囲の空気が帯電し始める。

避難をーー! とライルが逃げようとすると、のっし、とリーザの背後に立つ影。

「お前も、人のこと、言えない、だろう、がっ!!」

一言一言に張り切れんばかりの怒りを込めて、ガーランドがリーザに拳骨を落とした。

もう何回見たかわからない光景である。これで、周囲に漂っていた緊張感と魔力あふれる空気は霧散する。

「いたいー」

「俺の心の痛みはこんなもんじゃあないぞ。頼むから、もう少し大人になれ。……スルトさんっ! ネル! 関係ないって顔してるけど、あんたらもだよっ!」

がみがみと説教をするガーランド。

彼は、こういう風にことあるごとに小言を言うのだが、まるっきり効果はない。

「ハハハ……みんな、元気だねぇ」

そんな珍獣どもの様子を見て、一人離れたところで見ていたクリスは乾いた笑いを浮かべる。

一応、彼も王子。アレンのように気さくにとはいかないが、声をかけてくれる人がいる。そんな方達には笑顔で『僕、あの連中とは関係ありませんよ』という態度をとった。

「ときに、王子」

「うわわ!?」

突如、後ろからぬっと顔を出したベルに、クリスは慌てる。

というか、危機回避能力高いな、と変なところで感心する。

「この国の国政についてお聞きしたいのですが。あちらは長引きそうですし」

「あ、うん。そうだね。……色々と」

「ええ。色々と」

しみじみと、二人は頷き合う。

なんとなくだが、二人はこれから一緒に仕事をするパートナーとして、うまくやっていけそうな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、なんとかフィレアの怒りが収まり、城に帰ってきたライルたち。

ようやくか……と、無駄な時間をすごし、すさんだ思考でもってライルはため息をつく。

「もう。そういうことなら早く言ってよね」

事の経緯を聞いてやっと怒りを納めたフィレアがそんなことを言うが、こちらが言う暇など彼女が微塵も与えてくれなかったということはいまさら重ねて言うまでもない。

「お前……いや、もういい」

しこたまボコられて、顔を三倍くらいに腫れ上がらせたアレンが文句を言おうとするが、どうせ言っても無駄だと口をつぐんだ。

「ててて……おーい、ヘンリー。今帰ったぞー」

都市が近いこともあり、仲良くしている衛兵の一人に手を上げるアレン。

正門を守っているその衛兵はというと、必死で手を振ってアレンに何かを伝えようとしていた。

「あン? どうしたっつーんだ?」

ただならぬ様子に、アレンは駆け足で彼の元に向かう。

しかして、

「ん?」

カチリ、という音が、今まさに城の敷地内に踏み入ったアレンの耳朶に届き、

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!?」

そして、爆裂。

ぽーん、とまるで野球のホームランのような軌道を描いて、アレンがお城側に飛んでいく。

んで、

「いってぇ……なんだぁ? またリティねえの地雷か? ったく。あの人も自分の仕掛けた罠の位置くらいしっかり覚えておけって……」

「誰が、ドジ姉なのかしら? あれは、しっかり貴方向けに仕掛けたものなんだけれども」

アレンの軽口は途中で強制的にシャットダウンさせられた。

「や、ははは。リティねえ。ただいま」

「おかえり。アレン。ノコノコ帰ってきたって言うことは、その命、いらないっていうことよね?」

王族二人が抜けた穴を、今まで必死につくろってきたリティの怒りは深い。

背後に背負っている夜叉だか修羅だかなんだかわからないものが、ぐもももとやたらめったらプレッシャーをかけてくる感触に、アレンは縮み上がった。

「……えーと。とりあえず、アレンのほうは無理っぽいので、僕から仕事完了の宣言を」

コホン、と後ろの阿鼻叫喚を見えないこととして、クリスが言う。

そう。ガーランド一行とライル、ルナのコンビが請け負った仕事は、ベルをこの城まで連れてくることで完了を見るのだ。

当初の予定からは大幅にずれ、問題の調査どころかその原因の排除、および貴重な人材のスカウトまでやってのけた。この仕事は、一応大成功といえるだろう。

例のよって例のごとく、トンデモナイ事態に巻き込まれたことに目を瞑ればだが。

「とりあえず、お礼を言わせて欲しい。ありがとう。これで、この問題は全部解決だ。報酬の方は、後でギルドを通じて支払う」

「その、なるべく早くにしてくれると、助かるんですが」

ガーランドが恐る恐る言う。

某所の借金の返済期限が、明日までなのだ。

「了解です。本日の夕刻までには受け取れるように取り計らっておきます。……ライルたちの分もね」

「え? いいの」

ルナが趣味のために無理矢理同行したというのに、報酬などもらえるとは思っていなかった。

「あによ。くれるっつーなら、もらっとけばいいじゃない」

「……いや、ルナ。一応、旧友に向けてその台詞はどうかと。意地汚いよ」

「っさい。私は今回、なんもできなかったんだから、このくらいもらわないとやってられないわよ」

その理屈はおかしいと気づいて欲しいが、きっと彼女は一生気付くことがないのだろう。

大体、短い時間とはいえあれだけの死闘を演じておいて、なにもしてないという自己評価もいかがなものか。

「……ライルさん」

クリスの後ろに回っていたベルが一歩前に出る。

「ん?」

「改めて、色々とありがとうございました」

「いや、そんな」

「これで、わたしもなんとか落ち着けると思います。これも全部、ライルさんのおかげです」

などと言ったベルの背後で、リティが今仕掛けたマジカルトラップ(すでに罠じゃない)の爆発する音が木霊する。同時にアレンの悲鳴も辺りに響き渡った。

「……落ち着く?」

ルナの無慈悲な突っ込みに、ベルは一筋だけ冷や汗を流した。

なんというか、彼女の思い描いていた新生活とは、七次元くらい離れている。

「……僕の『せい』だと言われないように、クリス、お願いするよ」

「鋭意努力はするけどね。僕に、あの人たちの抑止力は期待しないで欲しい」

遊び半分で後ろの喧嘩に割って入ったフィレアが、『わたしも遊ぶー』とアレンに飛び蹴り。

最後の最後で、なんでアレンはこんなに輝いているんだ、というライルのメタな視線もどこ吹く風と、その地獄絵図に終わりの気配はない。

「えーと、俺たちはお邪魔みたいなんで、そろそろ、行こうか」

「はーい。ガーちゃん! 今日はお祝いだねっ」

「ド阿呆。借金の返済をキッチリしてからだ」

いい加減、居心地の悪くなったガーランドが、パーティの面々を促してその場を去る。

この方向だと、いったんギルドに帰るらしい。

「僕たちはどうする? ルナ。一泊くらい、お城に泊めてもらう?」

「なに言ってんの。今日が何の日か忘れたわけ?」

呆れた瞳で言うルナに、ライルは首をかしげた。

今日は、グローランスでの仕事にケリがついた日。それ以外の意味など、とんと思いつかない。誰か、知り合いの誕生日でもないわけだし……

「……わからない。なんかあったっけ」

「馬鹿ねぇ」

ルナは心底呆れたため息をつく。

「今日は私たちの謹慎が解ける日じゃないっ!」

そして、堂々と変なことを宣言した。

「………はい?」

思わず問い返す。今、なんて言った?

「さぁっ! もしかしたら、今こうしている間にもスゴイ依頼が来ているかもしれないわっ!」

「えええええええ!?」

「ギルドに、戻るわよーーー!!」

「ちょっ、ルナ、休ませて! お願いだから僕の人生に休憩をプリーズお願いーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

ずりずりと引きずられていく恩人に、ベルはまたしても自分の額に汗が流れるのを感じた。

「……大変ですね。ライルさんも」

「大変だよ。今回のこれだって、ルナの感覚からすれば『ちょっとスゴイことがあった』くらいなんじゃないかな」

クリスがしみじみと同意する。

かく言う彼だって、家族生活で似たような目を味わっているわけだが。

「でも、楽しそうです。やはり、あちらに付いていくのもよかったかもしれません」

「……はは。そりゃ、ライルの心痛が二割増しになるからやめといたほうがいいかもね」

クリスは笑う。

彼の背後では、未だ覚めやら義姉と義弟とその嫁の喧嘩。そして、その余波で崩れつつある城の外壁。

それらを一切合財無視して、さらにはそれを背景にした感じでのしのしと歩くルナとライルの二人は、なんというか問答無用なまでにいつもどおりであった。

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