第四話

 

 さて、僕たちは、高校三年生だ。すると、当然のことながら、進路について考えなくてはならない。

 進路希望調査票、と書かれたプリントを前に、双子の妹はうーんと唸っているのだった。

「なんだ、冬夏。まだ決めてなかったのか」

 見ると、進学、就職のどちらを選ぶかすら、まだ記入していない。僕のほうはと言うと、ずっと前から進路は絞ってあるので、この手のプリントの記入はすぐ終わっている。

「いや、だって。兄さんみたいに迷わないほうがどうかしてるって」

「そうかな?」

「あー、やめやめ。やっぱ、家に帰ってから、改めて考える」

 いそいそと、カバンにプリントをしまう。

 まあ、提出期限は明後日までなので、それもいいだろう。クラスのほとんどは家で書いていくようだし。

 そして、そんな中で数少ない例外が、僕の机にやってきた。

「お〜い、春秋。お前も一口乗らないか?」

「……杉村。お前がそんなこと言うときは、大抵ロクでもないことなんだよな」

「なにを言う。俺はいつでも真剣そのものだ」

 論点が違う。……こいつは、真剣そのものに、ロクでもないこと一直線だ。

「いや、別に、大したことじゃない。学校一番の秀才である藤村がどこに進学を希望するのかを当てるだけだ。一口、二〇〇円から請け負っている」

「パスだ」

 ちなみに、こいつの進路希望は一年のころから変わっていない。曰く、『世界中を旅して回る』らしい。進路指導の先生の心労はいかばかりか、想像するだに痛々しい。そのために、高校生の分際で、色々怪しげな事をして金を貯めているそうだ。

「春秋。株は怪しげなことじゃないぞ」

「貴様はエスパーか!?」

「初歩的な推理だよ。明智くん」

「誰が明智くんだ」

 無言で僕を指差す杉村の手を乱暴に払った。

「人を指差しちゃいけないって、小学校で習わなかったか?」

「習わなかったな」

 ……そういえば、僕もこいつと同じ小学校な上、小一からずっと同じクラスだが、教えてもらった覚えはない。

「ふっ、それにしても、つれないやつ……恥ずかしがっちゃって、まあ」

 くいっ、とメガネの位置を直しながら、そんな腐れたことをほざく杉村。もう、殴る。と、拳を振り上げたとき、後ろから杉村の頭をはたく人がいた。

 志藤さんだ。呆れた顔をして、杉村を横に押しのける。

「誠一郎。いい加減にしなよ。もう少し落ち着いたらどうなんだ?」

「ふふん。京香よ。お前に言われたくはないな。知っているぞ。今だにお前は子供向け特撮ヒーローもののテレビ番組を欠かさず見て、標準で録画まで……って、苦しい苦しい。京香、苦しい。首が、首が……ぐふっ」

 杉村が落ちた。白目をむいて、地面に崩れ落ちる。

 普通なら、保健委員の出番なのだろうが、あいにくと、この程度のことはいつものこととして無視されるので、騒ぎ立てるものなどいない。

 ちなみに、特撮ヒーロー云々とか言う話は、あえて聞かなかったことにする。君子危うきに近付かず。これが長生きする秘訣だ。

「ほら、冬夏。部活行くよ」

「……ちなみに、志藤さんは、どうするんですか?」

「進路? ……美大、かな。推薦、取れそうだし」

 ちなみに、志藤さんの描いた絵は、県のコンクールで入賞したこともある。これで、容姿端麗。勉強もそこそこできるし、武道の腕前もすごい。天に二物も三物も与えられている彼女だが、その知られざる趣味のおかげで、全体としてはマイナス方向に傾いているような気がするのは僕の気のせいではあるまい。

 とか考えていると、いきなり、志藤さんの訝しげな視線がこちらに向けられた。こころなしか、殺気のようなものも感じる。

「四季くん。なにか私に対して不穏当なことを考えてない?」

「……滅相もない」

 ……杉村の親戚筋は、エスパーの集まりなのだろうか?

「そっか。みんなちゃんと考えてるんだ」

 冬夏が、そんなやりとりを無視しながら話を進める。この殺伐とした空気を無視できるとは、ある意味才能だろう。

「兄さんも、進路はあそこでしょ? ○×大学医学部」

「ああ。うん」

「だが、お前の成績では、あそこは少々厳しくはないか?」

 いつの間にか復活した杉村が、会話に割り込んでくる。

「……お前、ついさっきまでくたばりかけてただろ」

「ん? いつの話をしているんだ、お前は」

 ほんの一分ほど前の話だよ。

「呆れた回復力ね……もう一回、絞め落としておこうかしら」

「どうせ無駄だから、止めといたほうがいいと思う」

 正直な感想だ。もしかしたら、心臓に杭を打たなければ死なないという噂は本当かもしれない。

「しかし、春秋。なぜ医学部にこだわる?」

「医者になりたいから」

「なぜだ?」

「あれは、僕が中学校のころ、盲腸で入院したときの話なんだけど。実は、かくかくしかじか……」

「な、なんと……!」

「四季くんにそんなつらい過去があったなんて……!」

 ガーン! と劇画調に驚く杉村と志藤さん。その展開に一人ついていけない冬夏は、おろおろと二人と僕を見比べる。

「えっ、えっ? 一体、なんの話? さっきのでわかるの、二人とも?」

 冬夏が言うと、二人はどこか場違いなものを非難するような目つきで冬夏を見る。

「冬夏……それはちょっと」

「だめだぞ。ここは、わからなくても、わかった振りをするところだろう。ったく、白けるな。場の空気を読めってんだ、まったく」

 杉村の言葉に、わけがわからない、といった感じで、冬夏はおろおろ度合いを増やしていく。

「……なあ。自分で言っておいてなんだけど、あんまりうちの妹をいじめないでやってくれ」

「なにを言う。妹がこんな一般常識も知らないままで世間に出すわけにもいかないだろう? 俺がお前に代わって、彼女に教えてやろうではないか」

 そんな一般常識は嫌だ。

 だが、杉村はそんな僕の心などまるで無視して、冬夏に対していやがらせのような『一般常識講座』をし始めた。

「つまり、場の空気を読むということはだな……」

「は、はあ」

「……アインシュタインの相対性理論でも証明されているとおり……」

「へ、へえ」

「……ニュートンも言っているとおり、リンゴの木からリンゴが落ちるのは当然だ。桃とか梨とかが落ちてきたら大変だろう」

「……もしかして、私をだしにして遊んでます?」

「当然だ!」

 ぐしゃ、と肉がつぶれる音がした。

 冬夏が投げた砲丸が杉村の顔面に突き刺さる音だ。投げ物は得意な冬夏だが、ちょっとこれは方向性が違うような気がする。そもそも、どこに隠し持っていたんだ?

 杉村の様態は、モザイクをかけなければいけないような有様だが、ある意味『いつもどおり』なので、まったく気にせず、僕たちは話を続けた。

「えーと、何の話だっけ?」

「兄さんが、どうして医学部を志望するかって話です」

「ああ、そうそう。……別にたいした理由じゃなくて、入院していたころ、お医者さんたちの働きを見て、やってみたいな、って」

 本当に他愛ない理由だ。

「安直ね」

「別にいいじゃないか」

 志藤さんの端的な感想に、ちょっとムッとして返す。

「ダメとはいってないじゃない」

「いや、さっきの口調には非難するような響きが混じってた」

「男の癖に細かいわね」

「あ、その言い方は男女差別だ。志藤さん」

「そういうところが細かいって言うのよ」

 言い争う僕たちを尻目に、いつの間にか冬夏は消えていた。

 

 家に帰っても、冬夏は部屋に閉じこもって、かなり真剣に思い悩んでいた。

 ちょっと心配になって部屋に入ってみると、まず目に入ったのはダーツの的。冬夏に与えられた最初の玩具である。こんなもんを与えるうちの両親の感性について疑問を抱きつつ、冬夏に話しかけた。

「まだ悩んでいるのか?」

 学校側から配られた資料はすべて読みつくしたらしく、床に散乱している。

「うん」

「父さんたちはなんて?」

「好きにしろって」

 あの放任主義め。

 こういう風に、子供が心底困っているときにすら手を貸してくれないのが、うちの両親(登場予定なし)だった。これが子供の成長を促すためだとか、そういう立派な理由だといいのだが、本人の口から『めんどうだから』とはっきり聞いてしまった。もう、これ以上ないくらいさわやかに言い切ってくれたものだ。

 ……とりあえず、父さんは殴り倒して『家庭内暴力反対!』とか叫ばれたのは内緒だ。

「そんなに考えることないんじゃないか? 時間は、まあ、まだあるんだし」

「だって、私の周りの人、みんなもう決めてるから、焦る」

 こいつは、変に生真面目なところがある。ちょっと怒ると、すぐ物を投げてくるくせに。

「なにか変なこと考えてない?」 

 すちゃ、とシャーペンを構えて、冬夏がこちらを凄い目で見てきた。

「ナニヲイッテイルンダ、HAHAHA」

「片言なんだけど……」

「気にするな」

 ……僕って、もしかして思っていることが顔に出やすいのか? そういえば、あの時もあの時もあの時も……

「うーん」

「うーん」

 双子揃って別々のことで悩む夜だった。

 

 次の日。揃って目の下に隈を作ってくる僕たちに、杉村と志藤さんが寄ってきた。

「ずいぶんやつれてるけど、どうしたの?」

「そういうときには、コレ。この、俺特製『杉村ドリンク』。これを飲むとさあ大変。疲れは吹っ飛び、気分爽快。ダイエットにも効果のある脅威のドリンクだ。副作用として、中毒症状と幻覚症状がある。ちなみに、静脈注射をするとより高い効果が……」

 すべてを言い切る前に、杉村ドリンクとやらをすべて叩き割った。

「あっ、なにをする! こいつは末端価格で……」

「星になれ!」

 僕の必殺の右ストレートが杉村の頬を捕らえる。杉村は勢いのままに、志藤さんがフォローのため開けた窓から宇宙(そら)へと舞い上がっていった。

「悪は滅びた」

 神聖なる学び舎に、なんてものを持ち込むんだ、やつは。

「ドリングがお気に召さないなら、俺が栽培したこの魔法のキノコを……」

「いつ帰ってきた!」

「ついさっき」

 ちゃんと窓の外へと捨てたはずなのに、この教室は異次元とでも繋がっているのだろうか。

もう一度、殴りたいが、昨日、徹夜してしまったので、気力が足りない。僕は、力なく○ジ○ク○ッシュ○ーム(少々ヤバイので伏字多し)をゴミ箱に捨てるのが精一杯だった。

「ふむ。春秋はどうでもいいとして。冬夏はあれか。まだ進路のことで思い悩んでいるんだな?」

「まあ、そうですが」

「ふむ。では、不肖、この俺が適当に書いて出しておいてやろう。なぁに。どうせ、この通りにしなくちゃいけないわけじゃないから、平気だろう」

 止める間もなく、杉村が冬夏のプリントを奪い取り、すちゃちゃと書き込んでいく。その一瞬の早業に、唖然とするしかない。

「よし。おあつらえむきに先生も来た」

 そして、怪しげな歩法で担任の宮本先生にプリントを届ける。

 先生はそのプリントをしばらく見た後、実に言いづらそうに口を開いた。

「ああ〜、四季の妹のほう。多分、杉村のいたずらとわかってはいるが……一応確認しておく」

 本当に言いづらそうだ。視線が何度もプリントと冬夏の間を往復している。

「希望が就職なのはいいが、この、職種のとこな? 遠洋漁業、っていうのは、あんまり先生はオススメしないぞ」

 ピシッ、と冬夏が固まる。

「さらに、第二希望がお嫁さん、っていうのはな〜。確かに、それも将来の夢っちゃあ夢だろうが、進路希望にそれはないだろう。小学生じゃあるまいし」

 そもそも、第一希望とのギャップがすごすぎます。

 内心でツッコミを入れていると、壁に杉村が筆記用具の群れで縫い付けられていた。冬夏の投げたもののようだ。いい加減、このパターンも飽きてきた。

「懲りないね、お前。そろそろ自重したらどうだ?」

 ライオンですら裸足で逃げ出すような気配を持った冬夏を、とりあえず視界から外して、杉村に忠告してやった。

「い、いや。俺はあれだぞ。やはり、進路というものは自分で決めるべきものだということを冬夏に気付かせるべくだなあ」

「言いたいことはそれだけですか」

 ゆらり、と冬夏が立ち上がる。

「あ、いや、その……はい」

 ぎゃああああ!

……後ろの惨劇はとりあえず、目に入れないことにして、ホームルームに臨んだ。宮本先生も、咳払い一つするだけで何事もないかのようにホームルームを進める。

「まず、君たちに言っておく事がある」

 どうやら、なにか重大な発表があるらしい。

「この、『春夏秋冬!』は、今回をもって終わるらしい」

 はい?

 先生の言ったことが一瞬理解できない。

「そういうわけだ。甚だ短い話だったが、そういうことになった」

 な、なんで? まだ始まったばっかりなのに。あれやそれやこれや、ロクでもない話のオンパレードで、これからがシリアスになる予定だったのに……

 ちょっと? ねえ、マジ? マジなわけ?

え? ページがない? そんな異次元の会話をされても、登場人物の僕にゃわかんないよ! って、ちょっとタンマ。終わり? コレで本当に終わりなの……?

 

 

 

 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

「きれいにまとめるな!」