第三話

 

僕たちが通っている、公立東向井田高校は、いろいろ変わっている。生徒も、先生も、校舎も。

 いや、僕たちがその筆頭だと言う話もあるのだが、それはまあ、置いておいて。

 今日は、そんな東向井田高校の謎をすべて解き明かすんだ〜!

 

 とか、そういう趣旨の企画を昼休みにほざき始めたのは、やはりというか、杉村のアホなのだった。

「なんで、そんなことしなきゃなんないんですか?」

 憮然とした様子で冬夏が杉村を睨む。手にはパチンコの玉なんぞを持って、杉村がくだらないことでも言おうものならいつでも狙える体勢だ。我が妹ながらなかなかデンジャラスなやつだ。まったく、もう少ししとやかになって欲しい。

「ふむ。冬夏。いい質問だ」

 がらり、と杉村は机の中から折りたたみ式(?)のホワイトボードを取り出す。

「この高校には、生徒たちでさえ、知らないことが多すぎる。逆立ちの二宮金次郎。卒業式の日に、その木の下で告白すると永遠に幸せになれるという伝説の木。ほかにもほかにも! そのすべてを明らかにして、学校新聞に載せれば、すべての生徒たちにとって、実に役立つことうけあいだ」

 ホワイトボードに『重要!』と書き込んで、芝居がかったしぐさで拳を振り上げた。

「つまり! 俺は全校生徒のため、今こそ立ち上がり、身を粉にして東向井田高校の謎を解き明かし、ひいては世界平和に役立て、ゆくゆくは宇宙進出を……」

 言ってることが支離滅裂だ。こいつの脳内では、ニューロンが妙なつながり方をしているに違いない。

「本音は?」

 志藤さんが、ぼそっ、と言うと、

「うむ。実は新聞部で、この高校のおもしろスポット大特集、というのをやることになってな。東向井田高校一の情報通である俺に調査を依頼してきたのだ。無論、ちゃんと謝礼金は搾り取って……」

 こいつも、ある意味純真と言えなくもないかもしれない。素直に白状してしまう杉村に、そんなことを思う。

 だからと言って、僕が見逃すはずもないのだけれど。

「なるほど、つまりお前は、僕たちにそれを手伝わせようと」

「うむ。実際に体験してきて、レポートとして提出しろと言われたんでな。体験者は多いほうがいい」

 しかし、こいつもそろそろ僕たちの行動パターンを学習してもいいと思う。

「ぶほっ!」

 必殺のリバーブローを杉村に食らわせ、杉村が悶絶している所へ冬夏の投げたパチンコ玉が鳩尾に突き刺さる。苦しむ暇もなく、僕は杉村の肩をつかんで、無数のパンチを腹に食らわせてやった。必殺の兄妹コンボだ。双子だから、そのコンビネーションは完璧。

 気絶寸前でパンチを止めた僕は、杉村を座らせて聞いた。

「で、いくらもらったんだ? 分け前によっては、手伝おう」

 なんだかんだで、人間、誰しもお金は好きなのだった。

「兄さん、私は情けないです」

「金の亡者ね」

 ……ずいぶんな言われようだった。

 

「さて、まず第一発は東向井田高校、食堂だ!」

 杉村は妙に生き生きして見える。こういうのは、奴の本領発揮というところだろうか。

「なんで、食堂? 誠一郎、あんたいくらなんでも……」

「あまいな、京香」

 ちっちっちっ、と指を立てる。どうでもいいが、こんな仕草をさせると、憎たらしさが当社比三倍くらいになって、実に腹ただしい。

「実は、この食堂には裏メニューがあるのだ。食堂のおばちゃんを、お姉さんと呼んだときにしか出してもらえないスペシャルメニューがな!」

「スペシャルって、一体どんなやつなんだ?」

「それを検証するのが今回のミッションだ、春秋。答えを先に言ったら面白くないだろ」

 昼休みも後半に差し掛かっているので、食堂の中は比較的空いている。杉村は手馴れた様子で食券販売機に移動し、五〇〇円玉を投入する。

「そういえば、私、ここほとんど利用したことなかった」

「まあ、僕らは母さんが弁当作ってくれるしな」

 僕と冬夏の母親は、余り物を使えば楽だし安く上がるからと、ちゃんと毎日弁当を作ってくれる。なんつーか、理由が理由なので素直に喜べないが、まあ、子供は親を選べないからと諦めている。

「ああ、食券は卵かけご飯を三枚買っておけよ。それがスペシャルメニューの合図だからな」

 ……卵かけご飯も、十分異様なメニューだと思うが、ツッコまないでおく。

「おねえさーん。俺たち四人、これお願いします」

 お姉さん、と呼ばれて食堂のおばちゃんが機嫌よく食券を受け取った。少しかがんだかと思うと、一枚の紙を取り出す。

「ほら。こん中から選びな」

 裏メニュー、というわかりやすいタイトルが書かれたその紙を覗き込んでみると、瞬時に僕は固まった。

「これって、裏メニューっていうより、食堂のおば……おねえさんの趣味じゃないの?」

 “本物の”きつねうどん・そば。猿の脳みそシャーベット。闇鍋。ふぐさし(毒にあたっても、当方は一切責任を負いません)。なにかの肉。どっかの魚。変な野菜。甘くないジャム。etc……

……つーか、後半は料理じゃないし。それよりなにより、

「こら待て! 全部突っ込みどころが満載だが、最後のはやばいだろ!」

「大丈夫! ネタがわかる人は少ない!」

「阿呆! コンシューマでも出たんだぞ!」

 僕たちの言い合いに、冬夏だけがついていけないようだ。

「あのう、志藤さん? 兄さんと杉村さんは一体なんの話をしているんでしょう?」

「……冬夏は知らなくていいこと」

「え? なんで私だけ仲間はずれなんです?」

 とりあえず、杉村を殴り飛ばしておいて、メニューに修正を加える。

 “本物の”きつねうどん・そば。猿の脳みそシャーベット。闇鍋。ふぐさし(毒にあたっても、当方は一切責任を負いません)。なにかの肉。どっかの魚。変な野菜。甘くないジャム。……etc

「塗りつぶしても、微妙に見えるな」

「だぁっ! ええい、別作品のネタを引っ張りすぎだ。ちょっと前に戻るぞ」

 キュルキュルキュルキュル(巻き戻し中)

「おねえさーん。俺たち四人、これお願いします」

 お姉さん、と呼ばれて食堂のおばちゃんが機嫌よく食券を受け取った。少しかがんだかと思うと、一枚の紙を取り出す。

「ほら。こん中から選びな」

 裏メニュー、というわかりやすいタイトルが書かれたその紙を覗き込んでみると、瞬時に僕は固まった。

「これって、裏メニューっていうより、食堂のおば……おねえちゃんの趣味じゃないの?」

 “本物の”きつねそば。猿の脳みそシャーベット。闇鍋。ふぐさし(毒にあたっても、当方は一切責任を負いません)。なにかの肉。どっかの魚。変な野菜。       。……etc

「ん? なんだろう、この空いたスペースは?」

「冬夏、気にしちゃいけない」

「え、でも」

「気にするんじゃない」

 さて、何を頼もうか。

 

結局、まだまともそうだった“本物の”きつねうどんを食べることにした。味はよかったけれど、中に入っていた妙に筋張った肉がなんなのか、考えるだけで怖かった。

 冬夏も志藤さんも、それを選んだが、手馴れている様子の杉村だけはふぐさしを注文していた。確かにふぐを食べるにしてはにしては安いだろうが、死ぬ危険を冒してまで食べたくはない。杉村は、ふぐの調理免許を僕たちに見せ、毒らしい部分を切り取りながら食べていたが。よくわからん技能を持っている男だ。

 午後の授業中、腹の中が気持ち悪かったのは、けっして裏メニューが原因だとは思いたくない。

 そして、放課後がやってきた。どうやら、東向井田高校おもしろスポット巡りは放課後がメインらしく、杉村はいろいろと怪しげな道具を用意している。ちらりと覗いた黒光りする鉄の塊は、一体何なのだろう。

「よし、行くぞ!」

「……私と志藤さんは部活があるんですけど」

「美術部の顧問の秘密を握っていてな。今日、君たちが行っても門前払いにするよう言い含めてある」

「いつの間に……」

「一蓮托生をいう言葉を知らんのか? 今日はとことん付き合ってもらうぞ」

 もう文句を言う気力もなくなったのか、冬夏もそれ以上はなにも言わなかった。なんだかんだ言って冬夏も興味あるのだろう。

 僕はと言うと、一応、金につられた身としては着いていくしかない。まあ、命の危険はないだろう……と信じたい。隣の席にいる杉村の用意していた秘密道具の数々を目にしては、それを確信することはできないが。

 それを冬夏は知らないだろう。だからのこのこ着いていく。まあ、道連れは多いほうがいいので、僕も教えたりしない。

 どんどん自分がすさんでいくのを感じつつ、僕たちは次なるスポットへと向かうため、杉村の説明を聞くことにした。

「世の高校に七不思議は多くある……だが、学校の不思議だけで一〇〇物語ができるのはこの東向井田高校を除いて他にあるまい」

 杉村の言葉どおり、この高校には七不思議ならぬ一〇〇不思議が存在する。それは、過去の新聞部がすべて集めて、冊子としている。その冊子を僕たちに見せびらかせながら、杉村は大声でまくしたてる。

「だが、実は幻の一〇一番目の不思議があるのだ。それを知ったものは、全員死んでしまうと言う……。その話の内容を突き止めることに、俺は成功した!」

「じゃあ、なんで生きてんだ、お前」

「…………………」

「…………………」

「さあ、行こうか!」

 もりもりと、やる気が失せていくのがわかる。

 どうせ、下らない話に違いない。

「目標は旧校舎だ! 急げ、春秋」

 走り出す杉村を見て、冬夏たちと顔を見合わせる。

「どうする?」

「……部活まで休まされたんだから、仕方ない、と」

「どうせ、帰っても暇だし」

「……はあ」

 二人が消極的ながらも賛成するのだから、僕が行かないわけにもいかない。最初、金に釣られてしまったのを、今心底後悔していた。

 

「知ってのとおり、この旧校舎はかなり以前から取り壊しが決まっている。しかし、未だに工事が始まっていないのはどういうわけなのか?」

「単に、予算がないだけじゃ……」

「甘い! 甘いぞ春秋。実は、その工期の遅れに、例の百一番目の不思議が絡んでいるのだ。それでは、その不思議を話してやろう」

「……それを聞いたら死ぬんじゃなかったの?」

 志藤さんの突っ込みも無視して、杉村が話し始めた。

「それは、ある蒸し暑い夏の日のことだった」

「お前、その人の話を聞かない癖、直したほうがいいぞ」

「数人の生徒たちが、この校舎で肝試しをしたそうだ」

 やはり人の話を聞いていない。

「ルールは単純。最上階の教室に置いてあるノートに、自分の名前を記入して帰ってくるだけ。たいした仕掛けもないから、みんなすぐに終わらせてきたそうだ」

 なんか冬夏がさりげなく離れて、耳をふさいでいる。そういや、こいつはこの手の話は苦手だった。

「しかし、最後の一人がいつまでたっても帰ってこない。不思議に思って、ノートのところまで行ってみると、ちゃんと名前は書かれている。じゃあ、途中で迷ったのか? と全員で探し回ったそうだ」

 ごくり、と唾を飲み込む。杉村は人を話しに引き込む術に長けている。志藤さんでさえ、杉村の話に聞き入っているようだ。その技術(スキル)をもう少しマシな方向に回せば、政治家くらいにはなれるのだろうが。

「すると、どこからか恨めしそうな声が聞こえてくる。その声のする方向に行ってみると」

 一拍置いて、杉村が言った。

「なんと、鍵が壊れたトイレに閉じ込められた生徒の姿が!」

 ……………。

「で?」

「で、とは?」

「 ただの笑い話にしか聞こえないが」

「この話はここで終わりではない。それ以来、旧校舎のトイレには、謎の力が働き、大の方をしようとすると、鍵が開かなく……」

「それが工事の遅れる原因とはとても思えないぞ」

 ふっ、と杉村がメガネの位置を直す。

「わからんか? つまり、工事の人が使うトイレがなくて、工事が始まらないという……ん? おい、春秋? 冬夏に京香も。どこに行くんだ? これから問題のトイレに行くんだぞ? 本当に鍵が壊れるかどうか興味ないか? 男子トイレだけど。おーい」

「どうやら、一〇一番目の不思議は甚だ不評だったようなので、飛ばして、第三弾だ! 東向井田高校おもしろスポット、注目の三つ目は……」

「能書きはいいから、早く終わらせてくれない?」

 志藤さんはかなり苛立っている様子だ。しかし、杉村は悪びれもせず、肩をすくめてみせた。

「やれやれ。短気だなあ、京香。カルシウムが足りてないんじゃないか? ほれ、小魚でも食え」

 なぜか、ポケットから煮干を取り出す杉村。……もう、考えるのも疲れてきた。

「このっ……!」

「ああ、志藤さん、落ち着いて。挑発に乗ったら、杉村さんが調子に乗るだけですよ」

「そうそう。暴力はいけないぞ〜?」

 子供っぽい声でそう言う杉村に、志藤さん怒り心頭。合気道四段の腕前が振るわれるかと思ったその時、

「ぐえっ!?」

「杉村さんも、あまり調子に乗りすぎないでください」

 杉村の喉に、消しゴムが突き刺さっていた。例によって例のごとく、冬夏が投げたもののようだ。

「ご、ごほっ……な、なにをする冬……いや、なんでもない。なんでもないから、コンパスは投げないでくれ。洒落にならん」

「わかってくれてうれしいです。で、第三弾がなんですって?」

「そうだ。東向井田高校おもしろスポット第三弾。不思議図書室!」

 図書室、って。

「おいおい。それも、いつも利用しているとこじゃないか」

 確かに、蔵書はそこらの図書館に匹敵するほどのものがあるが……いや、それでも十分異常だけど。

「甘い。甘い、アマイ、あまい、A・MAI!」

 そこはかとなくむかつくな。

「まあ、ついてこい。面白いものを見せてやる」

 図書室に来てみる。

「うーん、と。確かここら辺に……」

 杉村が、なにやら図書室の一番奥辺り。自然科学関連の棚の前に立つ。杉村がその中の一冊を手に取ると、いきなり、本棚の真ん中辺りが回転した。

「……おい。なんで、図書室にこんな仕掛けが?」

「だから、おもしろスポットだと言ったろ」

ちなみに、回転式の隠し本棚にはマンガやライトノベル、あと、僕が志藤さんの家で見たのと同じ……同人誌まである。

「ここは、うちの漫画研究会とアニメ研究会の隠し書庫でな。ちゃんと、そいつらに頼めば貸し出してくれるぞ」

「……一体、図書委員はなにしているんだ」

「それは仕方ない。図書委員は伝統的に、そいつらが務めることになっているからな」

「はあ……」

 僕がため息をついていると、杉村が一冊の本を差し出した。いかにも、バラの花が飛び散っていそうな、やばい表紙。

「見ろ。ちゃんと、京香の描いた同人誌も……ぶべっ!?」

 いつの間にか、杉村の体が一八〇度回転し、頭を床に打ち付けていた。

「あの、志藤さん?」

「四季くんも、そのことについて話す気なら……」

「いえ、滅相もない」

 杉村を一瞬で投げ飛ばした志藤さんは何事もなかったように、踵を返す。

「どうじんし?」

 唯一、冬夏だけが、なんの話をしているのかわかっていなかった。

 

この後、二、三のおもしろスポットとやらを巡ってわかったこと。

「……変な高校には、変な生徒が集まって来るってことなのか?」