リクエスト小説「精霊達の宴」

(時代は外伝の時代です)

 

 

 

精霊王達の朝は(一部の例外を除いて)朝日が出ると共に始まる。

………一部の例外、シルフィとフレイはそれこそ、誰かに起こされるまで惰眠をむさぼり続けるのだ。

まあ、精霊王というのはかなりの偉いさんでものすごい責任のある身だから、当然仕事も大量にあるわけで、午前中は仕事漬けなのだ。しかるに、朝は早く起きないといけない。

「シルフィちゃん! 早く起きてくださ〜〜い!」

シルフィは、いつもソフィアのかわいらしい大声で、

「フレイ。さっさと起きやがれ」

すぱこーん!!

フレイは、ガイアの心温まる鉄拳で、それぞれ目覚める。

「〜〜〜〜!! てめえ! いきなりなにしやがる!!?」

「いきなりって……。お前、いつものことだろうが。いやなんだったら、無意識に目覚ましを壊すよう癖をなくせ」

またも見事に破壊されている目覚まし……正式名称「目覚ましガイア君パート六万七千八百七拾壱」……ガイアが毎朝起こすのが面倒だと、何百年か前に作ってやったマジックアイテムである。セットした時間が来ると、様々な方法(現在進行形で改良中)で、フレイを起こすのだが……いかんせん、肉弾戦では精霊王トップのフレイは、就寝中も敵には攻撃を加える。そして、自らの安眠を妨害するモノは、彼にとっては憎むべき敵なのだ。

すでに、ガイアは完全に趣味として作っているのだが……よく六万以上も続くな。それにともない、最初はでかい音だけだったギミックもどんどん増えて、今では隕石が落ちてきたりする。自動発動型の魔法を仕込んであるのだ。

「下手したら死ぬぞ、俺」

「これぐらいで死ぬくらいなら、俺も苦労しない」

無意識に防いでいたらしい直径30cmほどの隕石を見つめて、冷や汗ながら呟くフレイに、ガイアはしれっと返す。

「……隕石アタックは失敗か…。よし、今度はマグマでも召喚……いや、マグマは火属性も含むから、一応こいつの管轄だし……」

「不幸な計画を立てるのはやめろ! 頼むから!!」

まあ、こんな漫才じみた会話から精霊王達の朝は始まるわけだ。

 

 

 

 

午前、色々な公務を仕上げる6人。

ただ、むやみに真面目なソフィア、アクアリアス、カオスの三人は大抵、他の三人の仕事を押しつけられたりする。

まあ、多少なら平気なのだが……

「ぷち」

「「「ぷち?」」」

突如、ソフィアの口から出たその効果音に、ぐーたらと遊び呆けていたサボリ組三人はこめかみにでっかい汗を流す。

「シルフィちゃん。フレイさん。ガイアさん。いつまで遊んでいる気ですか?」

「「「あの……その、それはね?」」」

この三人、こういうときだけ見事なまでのシンクロだ。

「大体、あなたたちは精霊王としての自覚というものがないんです。ガイアさん、なんですか、そのだらしない格好は? シルフィちゃんも、もう少し落ち着いてください。フレイさん、どうせマスターには敵いっこないんですから、無駄な鍛練はさっさと止めてください」

そのセリフに、過剰なまでの反応を示す人(?)物がいた。とうぜん、打倒ルーファスを絶対の目標に掲げているフレイだ。

「ちょ、ちょっと待て! 今のは聞き捨てならねえぞ! いったい、この鍛練のどこが無駄……」

「なんですか?」

その一言で、完全に固まるフレイ。彼は悟った。

ヤバイ。完全にブチキレてる。

「そもそもですね、自分の仕事を他人に押しつけようとする根性が………」

ソフィア、説教モード全開である。

こうなると長いのだ。今日の仕事は残りの二人で片付けるしかない。

週一回くらいのペースで起こるこの状態に呆れて、アクアリアスとカオスがため息をつく。

「……はあ。ソフィアちゃんが落ち着くまでに終わらせちゃいましょうか。カオスさん。半分頼めます?」

「……任せておけ。ソフィアにも困ったものだな」

止めることはしない。二人ともこの状態のソフィアを止めようとするのは無駄だと悟りきっている。

そして、三人が正座をしてソフィアの説教を受けている間に、膨大な量の(それすらも慣れてしまったが)仕事を、テキパキとカタしていくアクアリアスとカオスであった。

 

 

 

 

 

 

午後。

彼らの仕事はほとんど午前中で終わる。

午後は自由時間だが、気が向いた者は人間界のルーファスの元へ行ったりする(偶然にも仕事がないときは朝から行くが)。

今日はフレイがそれだ。どうも、ソフィアの「無駄な鍛練」宣言が相当こたえたらしく、それを撤回させるため、勝負に行ったのだ。

「そ〜いや〜さ。カオっさん」

ガイアが、隣で茶を飲んでいるカオスに話しかける。

「ん?なんだ」

あまり興味がなさそうに視線だけガイアの方に向けるが、別に面倒がっているわけでなく、これが彼のいつものスタンスなのだ。

それをわかっているガイアは特に気分を害すこともなく、続けた。

「フレイのやつ、いつアクアリアスに告白するつもりかね?」

「そのことか」

フレイがアクアリアスに惚れていることは、端から見ていて恥ずかしいくらいバレバレだ。気付いていないのは当人達だけであろう。

アクアリアスの方も、フレイを嫌っているわけではないのだが、彼女は恋愛関係には絶望的なまでに鈍い。

フレイも健気にアプローチするが、直接面と向かって言わないと絶対に伝わらないということは彼もわかっているだろう。

しかし、彼の性格で、直接告白しろというのは酷な注文だった。

「……フレイの性格ではすぐにとはいかんと思う」

カオスが他の人にはわからないほど微妙に顔をゆがめて(なんせ、彼の表情の変化がわかるのは精霊王を除けばルーファスだけだ)そう結論を出した。

「そーかね? 俺は一生無理だと思うが……」

ありえそうなのが怖い。

「……それはいくら何でもひどいだろう。せいぜい1000年くらいだ」

精霊は基本的に不老だ。不慮の事故などでは死ぬが、魔族もほとんどなりを潜めた現代、そうそう精霊王クラスに害を与える存在などめったに……というより、いない。よってカオスの言う1000年というのも冗談でなく、真面目な話だ。

一般人にはスケールの大きすぎる話だが。

それはそうと、そこまで言いきられるフレイも、ある意味すごいやつである。

似たような話が女性陣の方でも繰り広げられていた。

「あれは絶対惚れているわね」

「そーゆーものなの?」

シルフィが断言し、ソフィアがよくわからないといった風に首をかしげる。アクアリアスがすぐそばでお茶を飲んでいる。

ちなみに、ここで話しているのはフレイのことではない。その話題は、精霊王達の間で、二人の前では話してはならないととり決めている。

理由は……その方が面白いから。

「リアって娘も、わかりやすい性格してるし、一目瞭然じゃない。まあ、あんたたちにはわからないでしょうけど」

そう。ここで話題に上っているのはルーファスとリアのことだ。

それにしても、シルフィも言うほど恋愛に鋭いわけではないのだが。

「じゃあ、マスターの方は……?」

ソフィアがおずおずと口を出す。

「マスターは意外と感情がわかりにくいところがあるからね。なんとも言えないけど、別に嫌っちゃいないでしょ。もしかしたら近いうちにくっつくんじゃない?」

「……なんか、ヤです」

ソフィアが拗ねたように口を膨らませる。

「おお? ソフィア……。もしかしてあんた?」

「なんですか、シルフィちゃん?」

かなり底冷えのする声でソフィアが返事をした。

「……なんでもない」

シルフィはそう返すしかなかった。ソフィアからの無言の圧力が怖かったから。

アクアリアスは、そんな二人をほほえましく見つめていた。仲のいい二人を見ていると、心が安らぐ。実際、この二人は精霊王同士の中でも一番の仲良しだ。ときどき、こうなってしまうことがあるが、ただじゃれあっているに過ぎない。

それにしても……

アクアリアスは思った。

あのマスターと、リアさんがねえ。

リアは、会って間もないアクアリアスの目から見ても奥手で、それ関係には鈍いように思えた。

そしてルーファスは昔から、どこかそういった関係は極力避けるようにしていた。幼い頃、両親と村を魔族に奪われ、その復讐――だけではなく、いろいろな感情があったみたいだが――を誓った彼にとって、恋人など作る気にはなれなかったのだろう。なんせ、いつ死ぬかもわからない生き方をしているのだ。

それが今は、心に余裕が出来ているような気がする。

良い傾向だ。

アクアリアスは小さい頃のルーファスを思い浮かべてみた。確か、初めて会ったときはまだ10歳……かそこらだったはずだ。

人間界で迷子になったソフィアと仲良くなって、契約し、精霊界にまでやって来た。

その後、紆余曲折を経て、六大精霊王全員と契約するという、前代未聞の偉業を成し遂げるのだが……まあ、思い出すだけでげんなりするような騒動の連続だったので、強制的に思い出すのを止める。

そういえば、いつからだっただろう。私が「ルーファス君」と呼ばず、「マスター」と呼び出したのは……契約して、すぐではなかったような気がするが……

「ちょ、ちょっと、アクアリアス! 助けてってば!」

「シルフィ〜ちゃ〜ん。もう一度言ってごらん?」

思考にふけっていたら、いきなり現実に引き戻された。なにやら、ソフィアがシルフィのこめかみに拳をあて、ぐりぐりしている。

どうせまた、シルフィが余計なことでも言ったのだろう。そして、いつもこの二人の仲裁役は自分なのだ。元気なその二人を見て、思わずため息が出てしまう。

やれやれ……

 

 

 

 

 

 

 

「……と、ゆーわけで!宴会よーー!!」」

シルフィが元気よくかけ声をあげる。

「なぜ?」

カオスが短いが、今の読者諸君の心情を最も的確に表す一言を発する。

だが、その問いかけは無意味だ。なんせ、宴会を始めると言った当の本人でさえ、理由などわかっていないのだから。

実は、こういった風に唐突に宴会に突入することはよくある。大抵、シルフィかガイアかフレイあたりが始め出すのだが、たまにソフィアやアクアリアスがきっかけになる場合がある。

どこをどうやったらそういう話になるのか。いつも注意してみんなの会話を聞いているのだが、まったくわからない。自分からは一度も始めたことがないのだが……

「ほらほら。カオスの旦那も飲め飲め」

フレイが進めてくる酒を受け取る。

……酒は、嫌いではない。ただ、このメンバー。自分を除いてみんな下戸なので、一緒に飲み交わせる者がいないのが残念だ。ガイアあたりは強そうなのだが……。まあ、彼は彼で、自分の限界を知っているので他の連中のように飲み過ぎたりしない。

(……ルーファスが二十歳になったら誘ってみるか)

彼は、全然酒の類は飲もうとしない。今時、あの年なら酒くらい嗜んでいても変ではないだろうに。変なところで生真面目だから、酒は二十歳からと決めているらしい。

「あはははははははははーーーーー!!!!!」

ソフィアがなにやら奇声を上げている。

彼女は笑い上戸だ。いつも、酔いつぶれて……というより、笑い疲れて寝てしまう。

その他の連中も、様子は違うが、各々いつものように騒いでいる。

ガイアとアクアリアスは、ちびちびとやっているし、フレイは自分の限界も考えずがぶ飲みしてノックダウン。シルフィはソフィアと一緒に笑っている。

……思えばすごい光景だ。精霊界の最重要人物が軒並みそろって騒いでいるというのは。

先代精霊王たちは、ここまで軽い性格ではなかったと思うのだが……。

自分が子供の頃、魔王を異世界に封印して命を落とした先代精霊王のことを思い出す。

当時、カオスは一般の精霊だったから、あんまり話したことはないのだが……人格的に、尊敬できる人たちだったと思う。

それが今では……

いや、それだけ世の中が平和になったと言うことだろう。絶対にそうだ。なんか、ルーファスと一緒に戦っていたときもこんなノリだったような気がするが、気のせいだ。

「あ〜あ。なんかまた苦悩してるよカオっさん」

「あの人も気苦労が耐えない人ですねえ。一番精神年齢が高いから」

少し遠くで、カオスが思考の海に沈むのを観察していたガイアとアクアリアスが呟く。

「だよなあ。他が精神的に子供なやつばっかりだからな。俺たちも含めて」

「『たち』って……私は違いますよ」

「まあ、そういうことにしておいてやる」

「むっ!」

アクアリアスはかちんときた。こういうところが子供と呼ばれるのを彼女は知らない。

「おら! ガイア! てめえ、なにチンケな飲み方してんだ!! さっさとこっち来い!!」

それを見ていたフレイが、肩を怒らせてガイアを引っ張っていく。

どうやら、ガイアがアクアリアスと仲良くしているように見えて、危機感を感じたらしい。

「……ふぅ」

アクアリアスがため息をついて、空を見上げる。

今日も、何事もなく、一日が過ぎていった。