俺は新しく訪れた街の歓楽街を歩いていた。

別に、ここで遊ぶというわけではない。さっきから、ひっきりなしに客引きの女どもに声をかけられているが、あいにくと、俺が用があるのは、この奥にある冒険者ギルドだ。

冒険者ギルドっていうのは、こういったところにある例が少なくない。俺としては、かなり居心地が悪いんだが……

「……で、お前はなにしてるんだ、レイン」

そんな、爛れた街の一角で、仲間を見つけた。

 

ゆうしゃくんとなかまたち(再結集編)

 

「よ、よう。ルーファスじゃないか。お前には、まだこの通りは早いんじゃないのか?」

「声がどもってるぞ。俺は、冒険者ギルドに仕事を取りに行くだけだ。……で、お前の隣にいるのは、誰なんだ?」

久しぶりに会ったレインは、やけにケバケバしい女性と腕を組んでいた。『ねえ、この坊やだぁれ?』などと、失礼極まりないことをレインに聞いている。

「あ、あ〜彼女は、だな……」

口ごもるレイン。まあ、聞くまでもない。娼婦だろう、この人は。もう、見た目というか身に纏っている空気が、明らかにそうだ。

「……お前、ほどほどにしとけよ」

「うっ……」

「大体、俺たちはそれぞれで修行をするってことで、別れたんじゃなかったか」

「わ、わかってるよ! 息抜きだよ、息抜き。かてぇ〜やつだな」

……いや、お前が柔らかすぎるだけだと思う。

まあ、仕方がないのかもしれない。魔王が実の姉だという俺や、故郷を滅ぼされたヴァイスなんかと違って、こいつとメイは、魔族相手にドンパチかます理由なんてない。俺の都合に、無理に付き合わせることなんて、できるはずもないのだ。

「おい、お前。妙なこと考えてるだろ?」

レインが、俺の頬を引っ張ってきた。

「な、なにすんだ!」

「なんか、俺を面白そうなことから仲間はずれにするような顔してた」

「……どんな珍妙な顔だ、それは」

「俺は、お前に付き合うって決めたんだ。修行もちゃんとしてるよ。心配すんな」

考えていること、読まれてる……

「ま、俺はしばらくこの街にいるからな。積もる話は後回しだ。これ、俺の泊まってる宿の名前と部屋番号」

と、メモ用紙を渡してくる。

「なんで後回しなんだ?」

「なんでって……わかるだろ?」

くいっ、と退屈そうにしている女を顎でしゃくって見せる。

「……はぁ。俺はいいけどさ、メイあたりに知られたら、お前どうやって言い訳する気だ? あいつはこういうことには鬼のように厳しいぞ」

「ば〜か。バレるわけねえだろ。あいつだって、どっかで修行してるんだろうからよ」

「そりゃそうだろうけどさ……」

どうも、嫌な予感がとまらない。

……まあいいか。

「じゃあな」

「ああ。またあとで」

そうやって、レインと別れる。

レインの泊まっている宿名を見てみたら、なんと俺と同じところだった。まあ、この街で一番安い宿を選んだんだから、かぶっても仕方ないか。

しかし……

と、レインの去っていった方向を見やる。

本当、メイにばれたら大変だよな……。俺も大概鈍いとは思うが、傍から見ていると、メイがレインに好意を抱いているのは明らかだった。俺たちが別れて修行する事になったときも、レインに付いて行きたそうにしていたし。

まあ、気恥ずかしさからか、言い出せなかったようだが。

「ルーファスくん、久しぶり!」

……事実は小説よりも奇なり、とは言うが。

「……久しぶり、メイ」

タイムリーな登場をするやつだ。

「偶然だね〜! さっきそこでヴァイスさんにも会ったよ。これで、レインがいれば、全員集合だね!」

すみません、さっき俺会いました。

「ヴァイス、元気だった?」

とりあえず、レインがいたことを話すのはやめておく。なにかの弾みで、やつが娼婦を買っていたことが知れると、この街が地図上から消える可能性もある。

生まれつき、強大な魔力を持っているメイ。だが、彼女は(以前よりずいぶんマシになったとは言え)その制御が甘い。怒りや恐怖などにより、感情が昂ぶるとその魔力が暴走を始める。そして……幼い頃からの癖と言うか、その暴走は得てして爆発と言う形で現れるのだ。

などと、説明的な語りをしていると、エルフの老魔導士・ヴァイスがこっちにやって来た。

「なんだ、ルーファスまでこの街にいたのか」

「……おいっす」

力なく手を上げておく。

「ねね。久しぶりに、みんなで仕事しようよ」

「なんだ。二人も、ギルドに行くところだったのか?」

「そりゃそうよ。そうでもなきゃ、こんな界隈、近づきたくもない!」

……うわ〜。やっぱりというか、メイはこういった方面に厳しい。周りの人たちが、その台詞を聞いて、バツが悪そうに足を速めていく。そりゃ、年頃の女性にそんなことを宣言されたら、居心地が悪いってモンだ。

「さっきから、何人にも声かけられてな。機嫌悪いんだ」

そっと、ヴァイスが耳打ちしてくれる。……はぁ、なんともはた迷惑な話だ。メイの身なりで、ここで働いているかどうか位、わかりそうなもんなんだが。

「じゃあ、行こうか」

力なく、歩き出す俺だった。……多分、今日と言う日は無事に終わったりしないんだろうなあ、と、憂鬱な想像をしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っぷはぁ! お疲れさま!」

いい飲みっぷりで、エールを胃に押し込んだメイが宣言した。

ここは、俺たちが取った宿の向かいにある飲み屋。俺たちは、モンスター退治の仕事をさっさと終わらせると、宴会に興じていた。久しぶりに昔の仲間と会ったのだ。騒がなければ嘘だろう。……てのが、メイの主張である。

「んっもぉ〜! レインもいればよかったのにね!」

実は、まだレインがこの街にいることを話していない。メイとヴァイスも、俺と同じ宿をとったから、そのうち遭遇するのは避けられない。それまでにレインが、あの女性と別れていることを祈る。

できれば、抜け出してそのことを忠告しに行きたいんだが……

「ルーファスくん! お酒飲めないのは仕方ないけど、場を離れるのは感心しないゾ!」

……このお姉さんが離してくれない。

すでに、エールの瓶を五本ほど空にしている。意外に思えるかもしれないが、彼女は相当の酒豪なのだ。横では、ヴァイスが、我関せずとばかりにワインをちびちびやっている。

「ほらほら。ヴァイスさんも暗いなぁ! もっと盛り上げてこー!!」

こういうとき、得てして周りが見えなくなるものだ。他の客も、大声で騒ぎ立てるメイに、けっこう迷惑そうにしている。それでも、文句が言われないのは、メイが見目麗しい少女だからだろうか。……みんな、騙されるな。

「ングング……それにしても、二人とも修行はうまく行ってる〜?」

うわ、この人注文した料理、一人で平らげたよ。

「太るよ、メイ」

「大丈夫だって! 私はいくら食べても太らない体質なの」

「……消費するカロリー以上の食べ物を摂取すれば、太るのは避けられないと思うんだが」

ぼそっ、とヴァイスが突っ込む。当然と言えば、当然のことなのだが、その当然の論理を、メイは笑い飛ばす。

「っもぉ! 二人とも心配しなくても、この私のプロポーションは、そう簡単に崩れたりしないわよ!」

「いや、俺が心配しているのはそーゆーことじゃなくて、肥満ってのはいろんな病気の元になるんだぞ?」

「だから太ったりしないって! 心配性だな〜」

バンバンと背中を叩いてくる。……やたらハイテンションだ。

酒の力も手伝っているんだろうが、ここまでメイがはっちゃけるのも珍しい。やはり、懐かしさが後押ししているのだろうか。

「あ〜、ちょっとゴメンネ」

と、メイが席を立った。

「? どこ行くんだ」

「ルーファスくん、デリカシーが足りないよ」

ちょん、と俺の鼻を押して、メイが店の奥のほうに行く。……なんだ、トイレか。

だが、これは好都合だ。とりあえず、ヴァイスには、レインがこの街にいることを話しておかなくては。

「ヴァイス」

「なんだ」

「実は、レインもこの街にいる。歓楽街で会った。実はあいつが……」

「……ルーファス。そのレインとか言うのは、あの女を侍らせているやつのことか?」

ふと、ヴァイスの指差した方を見ると、ちょうどレインがこの店に入ってくるところだった。しかも、さっき会った女に加え、新たに二人の女性がいる。

……増殖してんのか?

「ちょっと〜。レイン君、大丈夫? これだけの人数に奢るって言っちゃって」

「へーきへーき。俺はこう見えても、凄腕の冒険者なんだぜ。昨日も、大きなヤマ終わらせたから、懐はあったかいんだ」

と、じゃらじゃら金が詰まってそうな袋を見せる。

女たちは、『きゃ〜!』と黄色い声を上げた。

「……なにをやってるんだ、あいつは」

頭が痛くなった。

「女遊びだろう」

冷静に答えるヴァイス。さすが、年の功と言うか、まったく動じた様子もない。そのレインが、こっちに気付いて近付いてきた。

って、ヤバイ。

「よ〜、ルーファス。お前もこの店に……って、ヴァイスもいるのか。すっごい偶然だな。……あ? どうしたルーファス。え? 後ろ? 後ろがどうかし……」

レインが後ろを振り向く。

……怒れる魔神がいた。

「……よ、よぉ。メイ。久し振り。あ、あ〜〜彼女たちはだな。……そっ、そう! この街に住んでいる親戚の姉妹で……」

下手な言い訳だった。

引きつった顔をしているメイから、恐ろしいほど濃密な魔力が立ち上る。……不味い。ここでメイが暴走なんてしたら、死者は十や百じゃきかないぞ。

それがわかったのか、ヴァイスが慌てて立ち上がった。

「っの! エロ猿!!」

予想していた爆発は起きず、メイがレインを全力で殴り飛ばすという、極めて平和的な解決法が実行されただけだった。

そのまま、メイは倒れこんだレインを何十回と踏みつける。

「ふう」

やけにすがすがしい表情で、メイが顔を上げた。

「へへ、驚いた? いつまでも魔力を暴走させてばっかりじゃ、ダメだからねー」

などと、あっけらかんと言いつつ、席に座りなおす。残されたのは、血だらけでピクピクするレインだけだった。

……いや、レインのつれていた女性が、猛然とメイに抗議し始める。

「ちょっとー。あんたレインになにすんのよー」

レイン、などと気軽に呼び捨てる女に、メイの頬がすこし引きつる。

「そうよそうよ。大体、あなた彼のなんなの?」

彼、という呼び方に、メイの笑顔が正視に耐えないほど怖いものとなる。

「うちの店のお得意様を殴りつけるなんて、何様のつもりー?」

うわっ、決定的!

お得意様発言に、メイの怒りゲージは吹っ切れたらしい。

突然、ガタンと椅子を倒しながら立ち上がり、未だ痙攣しているレインを無表情に一度蹴りつけた後、暴発しないのがおかしいほど不安定な魔力を身に纏い、のっしのっしと店の外に出て行く。

さんざん文句を言っていたレインの連れも、その異様な雰囲気に圧倒されて何も言えなくなっていた。

 

そして、数分後。この地域では珍しい大き目の地震と、この世の終わりのような轟音が、街を襲ったのだった。

その後、メイを再発見することはかなわず、まだまだそれぞれの修行をする段階だから、と再び別れることと相成った。

 

 

 

 

 

 

 

 

追伸:

街のすぐ傍に突如として出現した、直径数百メートルに及ぼうかという巨大なクレーターは、その後しばらく、街の名物と化したらしい。

犯人が誰とは言わないが、修行によってある程度魔力が制御できるようになったとは言っても、一緒に魔力が強くなったせいで被害が大きくなってしまっては、より性質が悪くなっただけなのでは、と思った。