僕とリーナさんは、先日正式に付き合うことになった。

僕の初めての春休み。

お父さんが進級祝いに家族旅行でも行くかー、とリュウジたち僕のパーティーメンバーも引き連れて魔界、神界、精霊界、人間界、霊界、妖精界、竜界名所巡りの七日間トンデモツアーに繰り出した時のことである(今思い出しても、身震いするほどアレな旅行だった)。

最後の日に泊まった宿で、僕とリーナさん以外が宴会で酔い潰れて、散歩でも行きますか、とリーナさんに誘われた。

そこは、素晴らしい景観で有名な旅館だったので、やたらムードだけは高まった。

好きな女の子と、そんな状況になったお陰で、心臓はバクバク言いっぱなし。こんな時間が続いて欲しいような早く終わって欲しいような、そんな心境の僕に、リーナさんは少し怒った顔で告げたのだ。

 

『そういえば、前、リオンくん、私のこと好きだって言ってたよね』

 

どう答えろと?

その後、本当なの? とか、なにか言う事あるんじゃないの? とか、散々せっつかれて……

 

正式に告白させられました。

 

ごろごろごろ〜〜、とその晩は布団で転がりまくった。すごく恥ずかしかった。

……そして。無事、二年生に進級し、今日は始業式の日。

ぶっちゃけ、僕は逃げていた。

 

りおんくんとりーなさん 〜二年生進級〜

 

「うわあああああああああ!?」

飛んできた火球を両手で必死に弾く。無闇に高い防御力が、こういう時はありがたい。

「な、なんなんですか、貴方たちは!」

しかし、僕は攻撃面に関してはさっぱりなので、攻勢に移ることが出来ない。ていうか、どうやったら攻撃できるのか、さっぱりわかんないのだ。

「黙れぃ!」

僕、リオン・セイムリートは、覆面をした謎の集団に囲まれていた。

……いや、ギャグじゃなくて。

「貴様は、してはならぬことをした!」

「わけわかりませんよ!」

助けを求めようにも、人気のない体育館裏ではそれも叶わない。下駄箱に、ラブレターみたくハートのシールが付いた手紙に呼び出されて、来てみればこれだ。泣きたくなってくる。

「……ふん。わけがわからない、と来たか」

覆面のリーダーっぽいのが、なにやら全身で怒りを表現しながら静かに告げる。

「いいだろう。確かに、理由もわからぬまま殺されるのは、納得いかないだろう。説明してやる」

「殺す!?」

ちょっと待った。今、さらりとすごい事を言われた気が……!

だが、そこは重要なところじゃないのか、覆面リーダーはなにやら演説するような口調でその理由とやらを語りだした。

「一つ、確認して置こう。貴様は、同じクラスのリーナ・シルファンスと交際している。相違ないな?」

「ぶっ!?」

思わず吹いた。

「な、ななななななにを!?」

「……ふむ。その様子では、遺憾ながら事実らしい」

嘆かわしい、と覆面リーダーは頭を抑える。

「そ、それが何の関係があるんだ!?」

叫んだ。顔に上った血を振り払うかのように叫んだ。

恥ずかしさのあまり赤面して叫ぶ僕に頓着することなく、覆面リーダーは続ける。

「貴様に今更念を押すまでもないだろうが……リーナさんは、いい。最高だ」

「……はい?」

「その、可憐な容姿。人見知りながらも、誰にでも優しく、健気な性格。そしてなにより、その天上の女神と見間違おうかという歌声!」

「あの、歌声なら見間違うというか、聞き間違うじゃないですか?」

「しゃらあぁぁーーーっぷ!! 揚げ足をとるなぁああああああ!!!」

思わず、耳を押さえた。

やけに興奮している。覆面リーダーを覆面下っ端がどうどうと抑える。

「総統! 落ち着いて!」

「す、すまない。思わず、我を見失ってしまった」

ごほん、と総統とやらは咳払いをして、居住まいを正した。僕としては、ぼけーっと見ているしかない。……あ、しまった。今、逃げられたかも。

「そ、それでだ。彼女は、我々全員のアイドルなのだよ。マドンナだ。いや、神……と率直に言ってしまっても良い」

いや、良くはないんじゃないかなぁ、わかんないけど。

「はぁ……」

「然るに、だ! その神を独占しようとしている君を許すわけにはいかなーーーーい!」

「つ、つまり……嫉妬、ですか?」

「違うな。これは聖戦なのだよ」

ふっ、とニヒルに笑ってみせる総統。てか、この総統、相当頭悪いよ。いや、洒落じゃなく。

そんな頭の悪い主張なのに、まわりの覆面が全員頷いているって辺りが、また頭が痛い。どうなんだろう。僕、この学園のこと、誤解していたのかもしれない。

早めに転校したほうが良いかなぁ……

「と、まぁそういうわけで……」

じりじりと、覆面たちが近寄ってくる。逃げようにも、完全に囲まれているので、退きようがない。

そして、覆面たちは、腰を落とし、飛び掛ってきた。

『ダーーーーーーイ(死ね)!!!』

ん、で。

「アホかぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

閃光のように飛び込んできた影が、持っている棒状のナニカを一閃させると、覆面たちはお空のお星様となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、なんなのかしら、あの連中!」

僕を助けてくれたマナさんが、肩を怒らせながらずんずんと前に進んでいく。

そのすぐ後ろでは、リュウジが笑いながら宥めていた。

「なっはっはっは。まぁ、わいもそいつらの気持ち、わからんでもないでぇ。リーナは、確かにかわええしなぁ。どっかの誰かさんと違って」

「ふン!」

戯けた事を抜かすリュウジに、マナさんの情け容赦ない槍の一撃。それをかろうじてかわしたリュウジは、あっぶなー、と顔を引きつらせる。

「な、なにすんねん!?」

「デレデレしてんじゃないわよ」

「しとらんわい!」

いつもの夫婦漫才を続けるリュウジとマナさん。アレで、二人とも楽しんでいるのだ。

それを、リーナさんもわかっているから、僕の隣でニコニコ笑ってその様子を見ている。

「仲が良いですねぇ」

「本当に」

頷いた。あの二人は、本当に仲が良い。それだけじゃなくて、一緒にいるのがすごく自然だ。

……僕も、リーナさんとそうなれれば、嬉しいんだけど。

ちらり、とリーナさんの横顔をうかがう。

確かに、可愛い。あの覆面たちが、心底惚れるのもわかる。本当に、そこら辺の女の子とは、レベルが百桁ほど違う。……ああ、いや。さすがにそれは、僕の欲目が入りまくった評価だけど、世間一般に可愛いという評価を下す人は多かろう。

……で、そんな人が僕の彼女……になるんだよね?

「? どうかしたんですか、リオンくん」

「あ、いや、なんでもないです」

「???」

ヤバイ。告白して、オーケーは貰ったものの、その先の事を全く考えていなかったことを、今更ながらに思い知った。

考えてみれば、旅行が終ってからリーナさんに会ったのは今日が始めて。無意識のうちに、いつもどおりの友達のスタンスで話していたけど、なにか恋人っぽい会話とかしなければならないんじゃなかろうか。

えぇと、例えば……『君の瞳は、百万メルの夜景にも匹敵するよ、ハニー』とか?

……言えるかぁ!!

「なに悶えているんですか?」

「へっ!? い、いやなんでもない!」

「変なリオンくん」

可笑しそうに笑うリーナさん。その笑顔に、なんだか悩んでいるのが馬鹿みたいに思えるほど、なんともいえない幸せを感じる。

……そうだ。

別に、特別な事をする必要は、きっとない。こうやって、日々を積み重ねていけば、そのうちなるようになるに違いない。

「あ、そうだ。ねぇ、リオンくん」

「ん? なに」

リーナさんは、ごそごそと鞄から封筒を取り出す……ってぇ!?

「り、リーナさん、そそそそそれは?」

「マナが、現場から拾ってきてくれました」

それは、覆面たちが僕を呼び出すために使った手紙。中身は見てて恥ずかしくなるくらいベタベタの恋文だ。それを、あの覆面連中が書いたとなると、空恐ろしいものを感じるが、今はそんなことを言っている場合じゃない……とか言ってすでに言っているじゃないかぁああああああ!!!

マズイ、混乱している。

「な・ん・で。ここに書かれている場所にノコノコ行っているのかなぁ、リオンくんは?」

「い、いてててて!」

笑いながら青筋を立てているリーナさんが、思いっきり耳を引っ張ってくる。

「ふーーーん、リオンくんは、付き合って1週間もたたないうちに浮気しちゃうような人だったんだぁ。そうなんだ、へーーーー」

「ちょ、誤解! それ誤解!」

だから、耳を引っ張るのはやめて欲しい。いくら、防御力が高くても、どうしようもなく鍛えられない部分ってのは存在するんだ。

「誤解? 誤解なんだぁ……」

「そう! 最初っから、断るために行ったんだよ」

これは本当。流石に、そこまで節操なしじゃないし、そもそも、リーナさんを裏切るような真似は、僕は絶対にしたくない。

「じゃあ、同じく手紙でいいじゃない。なんで待ち合わせ場所まで行ったの?」

「そ、それは差出人が書いてなかったからで……」

「嘘! どうせ、行ってみて可愛い子だったら、そのままオーケーしちゃう気だったんでしょう?」

無茶苦茶だ。しかし、リーナさん自身も、無茶苦茶言っているってことはわかっている。

顔が笑っている。最初はヤバイと思ったけど、どうやら見せかけだけだったらしい。リーナさんは、これでチャラにしてあげる、と耳を離した。最後に、捻りを加えて。……痛い。

「もう。リーナさんには敵わないなぁ……」

なんか、自分たちが凄く恥ずかしい事をしている気分になって、僕は苦笑いをする。

「でも、本当に浮気したら、このくらいじゃすまないですよ?」

リーナさんが笑う。

……時々、二人きりの時、リーナさんはこういう砕けた部分を見せてくれる。それだけで、この上なく幸せな気分になれるのだから、我ながら安上がりだ。

どちらからともなく、手を繋ぐ。

二人して、曖昧な笑いを漏らして、

「……おどれら二人とも、わいらのことは完全無視ですか〜?」

「ったく。いちゃつくのは勝手だけど、周りの状況はちゃんと確認してよね? こっちが恥ずかしいわ、もぅ」

いつの間にか、じゃれあいを中止して、至近距離でこちらを見ているリュウジとマナさんに、固まった。

 

 

 

 

 

 

……で、今日の目的地は、お父さんの昔の友人、リリスさんの経営する大衆食堂『風見鶏』だ。

二年生に進級したって事で、みんなでお祝いに来たのだが……

「なにそれ」

「なにそれ、って。リリスさん。あんたが話せっていったんじゃないですか。学校で変わったことがなかったかって」

「や、なんだか親子だなぁ、って思って」

親子……ってことは、お父さんのことか?

「昔、ルーファス先輩も、似たような組織に襲われてたのよねぇ。まぁ、先輩の場合は、リア先輩、サレナ先輩、ソフィア先輩、三人分……ああ、私の分もいたっけか」

もしかして、ヴァルハラ学園には可愛い女の子が入ったらそのファンクラブ(武闘派)を作る伝統でもあるのだろうか?

「ああ、でも、リオンくんはまだましよねぇ。そんな手紙、ルーファス先輩の下駄箱に入ってたら、それだけでリア先輩はすごく怒ってたし」

そ、そりゃあ、お母さんとリーナさんは、もう、こう……全然違うし。

そんなこと、本人の目の前で言ったら、多分想像を絶するお仕置きをされそうだけど。