「やっぱり、この辺りで二人の仲を進展させるべきだと思うんですけど、どう思います?」

などと、親友にいきなり尋ねられても、困ってしまうマナだった。

「ええ、っと。ゴメン、リーナ。いきなりでよく聞こえなかった。なんて言ったの?」

「だから、リオンくんとわたしの仲をそろそろ進展させるべきかなー、って思いまして」

そんなことをあたしに聞くな、とマナは思う。

自慢ではないが、色恋沙汰にはとんと疎いのだ。一応、思春期の少女の端くれとして、興味がないわけではないのだが、さりとて周りに適当な相手がいるわけでもなし。

一瞬思い浮かんだ刀使いのことは、とりあえず心のゴミ箱に捨てておくとして。

「で、でも進展って……何する気?」

不安半分、好奇心半分で尋ねてみる。

マナの親友であるリーナと、同じパーティであり、また数少ない男友達であるリオンが付き合いだして、早三ヶ月ちょい。暦は、春から夏へと移り変わり、来週には夏休みという学生にとって一番嬉しい時期にさしかかる。

もしや、ここらでひと夏の思い出作りでもするつもりだろうか。いや、ひと夏で終わる関係ではないだろうが。

「リオンくん、まだわたしに敬語使うんですよ。未だに、手を握るのすら恥ずかしがるし。ここらで、一つ初ちゅうでも済ませたいなぁ、なんて……マナ?」

そのレベルかよ、といささか飛躍した想像をしていたマナは、がっくりと床に突っ伏した。

 

りおんくんとりーなさん 〜夏休み〜

 

「……海水浴に行きましょう」

次の日。

登校早々、二人で話していたリオンとリュウジに、マナは『海に行くから付いてきなさい』というニュアンスを込めて宣言した。

「え、え? い、いきなりどうしたんですか、マナさん」

目を丸くするリオン。思えば、コイツがヘタレだからあたしが今日こんなに疲れているんだ、とマナは八つ当たり気味に睨みつける。

「ひっ!?」

ビクゥ、と震え上がるリオンを見て、少しだけ溜飲が下がった。

なにせ、昨晩はリオンに対する愚痴を言いまくるリーナに付き合って、夜中まで飲み明かしたのだ(オレンジジュースを)。

「あー、んなに怖がらせんなや。で、なんでいきなり海なん?」

両者の間にリュウジが割って入る。

「なんでもいいじゃない。付いてきなさい」

「や、なんでもようはないと思うんやけど。金もかかるし、そもそもわいにも予定がやなぁ……」

「黙れ似非関西弁男」

「似非っ!? し、ししししし失礼なことゆーな! だ、大体お前は本場の関西弁なんてしらんやろ!」

なぜか異様に動揺して弁明するリュウジを尻目に、マナはぐいっとリオンに迫る。何故かは分からないが、人間図星を突かれると、同様を隠せない、ということだろうか。

「で、いいわよね?」

「は、はい。それはいいんですが……マナさん、怖いですよ?」

「失礼ね。というわけで、リーナ、オッケーだってさ」

「わぁーい」

何時の間に現れたのか、マナの後ろに立つリーナが両手を上げて喜ぶ。

その目に作為的な光が宿っているのは気のせいだろう。というか、気のせいだと思いたいリオン・セイムリート十六歳であった。ただ、状況を見る限り、なにかしら女性陣の思惑が混じっているのは、多分間違いない。

「り、リーナさん。い、一体この状況はいったいなんなんでしょうか……?」

「むぅ」

普通に聞いただけなのに、なぜかリーナの機嫌が悪くなる。

「リオンくんは、わたしのことさん付けしちゃ駄目。あと、丁寧語も禁止」

「そ、そんなことを言われましても……」

「リュウジくんには、ちゃんと普通に話してるじゃない。なに? 二人は(ぴーーー)な関係なの?」

「そ、そんなことはありませんよ。というか、どこでそんな言葉を覚えたんですか」

あまりにも直接的でアレな表現に、リオンが一歩引く。ちなみに(ぴーーー)の中身については各人勝手に想像して欲しい。

「? このくらいは淑女の当然のたしなみだからってマナが……」

「わーーーわーーーー!」

顔を真っ赤にしたマナが、慌ててリーナの口を塞ぐ。

「マナさん……」

顔を若干引き攣らせ、リオンがマナを見る。

「そ、そんな目で見るなー!! と、とにかく、海に行くからっ! 出発は明々後日、夏休み初日に朝から速攻で行くわよ! 馬車のチケットも取ってあるからっ」

だっ、と脇目も振らずマナが突っ走る。

その後姿を見送って、リオンはそっとため息をついた。

 

 

 

 

 

ちなみに、この海水浴、冒頭の話を見てもらえれば想像はつくだろうが、リーナが企画したリオン篭絡作戦なのである。

その名も、ミッションオーシャンズラブ。大変頭の悪い作戦名であることは一々確認を取るまでもなく明白であるが、こういうのはセンスとかよりもインパクトが大事なのだ、とはリーナの主張である。

作戦の要旨としては、開放的な気分にさせる夏の海水浴場にて、水着姿で悩殺しつつ、二人の間にある心の壁を(物理的に)ぶっ壊そうという、なんとも適当かつ大胆な作戦であった。立案したリーナ自身、後で『大丈夫かなぁ』と思ったのは秘密である。

ともあれ、マナは意外とノリノリでその作戦に賛同し、次の日の早朝に馬車の予約を四人分、このクソ混む時期に見事取りつけたのである。

んで、セントルイスから、馬車を飛ばして六時間の、その海水浴場。

「おー、海やなぁ」

「……海だねぇ」

水着に着替えた男二人は、閑散とした砂浜で大海を眺めていた。なんでも、マナが地図と睨めっこして見つけた穴場の海水浴場らしい。

リオンは、膝まであるズボンのようなタイプ。リュウジは、尻のところに日の丸のついた、なんとも男らしいデザインの水着を着用していた。

とりあえず、リュウジの趣味が悪いことは、明らかである。

「しかし、おっそいなぁ」

「まぁ、女性の着替えは時間がかかるし」

「時間がかかるゆーても、限度があるやろ。着替えなんて、ぱっと脱いで、ぱぱっと着替えりゃ仕舞いやん」

「……いや、だからそれが出来ないんだって」

この友人になんと説明したものか、リオンは迷う。

そもそも、男から見てもリュウジの着替え速度は異常で、リオンが上着を脱いだ時点でもう着替えを終え『さぁいくでーー!!』と完全に海を楽しむ体勢に入っていた。しかも、来る時にはしぼんでいた浮き輪をとうに膨らませ、ゴーグルとシュノーケルに銛、ぜんまいで水の上を走るアヒルのおもちゃに釣竿、潮干狩り用の熊手にビーチボールまで用意して、お前は一体なにをしに来たんだ的な様相になっていた。

そんな人種に、着替えにかかるあれこれを説明しても馬の耳に念仏であろう。そも、男女で分かれて着替えようとすらせず、いきなりリーナたちの目の前で脱ごうしていた、という時点でこの男にそういうのを求めるのは間違っている。

「しっかし」

にやり、とリュウジが笑う。

「いやぁ、楽しみやなぁ。二人の水着姿! センセーはやっぱリーナの方に興味津々か?」

「な、なにを、リュウジ……」

いきなりイキイキしだしたリュウジに、リオンは顔を真っ赤にする。

「照れんでもえーやーん。でもなー、胸はマナの方が……」

ドゴスッ、とスゴイ音がしてリュウジが崩れ落ちる。

リュウジを撃墜したらしき握りこぶしくらいの軽石がころころと転がった。

「ま、マナさん。これはちょっとやりすぎじゃぁ……」

リオンの声が途中でしぼむ。

どうも、彼は水着姿の女性、というものをリアルに想像できていなかったようだ。視界に飛び込んできた二人の姿に思わずクラッときた。

まず、石を思いっきりぶん投げたマナ。彼女らしい、スポーティな競泳水着を着用。デザイン自体は無骨ではあるが、引き締まりながらも女性としての魅力を兼ね揃えたマナの肢体によく似合っていた。

そして、リーナだ。

彼女のことだから、大人しいワンピースタイプとかを選ぶと勝手に想像していたのだが、意外にも彼女がセレクトしたのは淡いグリーンのビキニ。やはり恥ずかしいのか、なにやらもじもじと手で身体を隠している。マナとは違った丸みを帯びた身体を見て、リオンはもしかしてここがエデン(楽園)なのか、と勘違いする。

「いいのよ。こーゆー、女の子をいやらしい目でしか見れない男は、こうやって排除するのが社会のためよ」

「あ、あのーマナ?」

「なに? リーナ。まさか、あなたもこのエロガッパを庇うの?」

「そうじゃなくて……」

ちらちらとリオンの視線を気にしながら、リーナはぼそっとマナに耳打ちする。

「あんまりリュウジくんには見られたくないから、念入りにお願い」

「あ、そうね。わかったわ」

血も涙もないリーナの言葉に、リオンは震え上がった。その言葉に従い、淡々とリュウジを縛って埋めるマナにも。

「ええと」

「あたしは、ちょいと遠泳に行ってくるわ。リオンくんは、リーナと遊んでて」

じゃーねー、と手を降りながらマナは海に突っ込んでいく。既に充分な準備運動はしてあるらしく、足をつらせるようなこともなく、すごいスピードでマナは沖のほうに行ってしまった。

「マナは、泳ぐのが好きなんだって」

「へ、へぇ」

「海行くことが決まったあとすごかったよ。目を輝かせて、ウキウキして準備初めてたもん」

「そうですか」

正直、まだリュウジのことが気になったが、どうせリュウジだから大丈夫だろう。

「それで、どうしますリーナさん? 僕たちも泳ぎましょうか?」

「……むー」

「ど、どうかしました?」

なにやら不満そうにこちらを見てくるリーナに、リオンはビビッた。もし、女性陣の不興を買えば、自分もまた埋められるかもしれない、という恐怖から。

「この前も言ったけど、リオンくんいつまでわたしに敬語で話す気?」

「は、はい? その、リーナさん?」

「はい、じゃなくて。しかもさん付けだし」

はて、とリオンは首をかしげる。

言われて見ればなんとやらで、確かにリーナの方は最初会った時から比べれば、随分と砕けた話し方になっているのだが、リオンのほうは確かに丁寧語がデフォになっている。

リュウジには割と普通に話すようになっているのだが、さてこれはどうしてだろう。

「……お母さんの教育かなぁ」

幼い頃から家事に加え、礼儀作法を教えられた。特に女性に対する接し方については、常に紳士であれ、間違ってもお父さんのようにはなるな、とキビシク躾けられたのだ。

それを見ていた母の友人たちは『何をどう豪快に間違ったらあんなのになるのよ』と、父を指差して笑っていたが。

「お母さん……なるほど。リオンくんはやっぱりマザコン……」

「やっぱりってなんですかっ!?」

不本意な評価に、リオンが顔を引き攣らせて抗議する。

「え? だって……」

「だってじゃありませんっ! もう、そのうち直ると思いますから今日は遊びましょう」

誤魔化すようにリーナの手をとって歩き始める。

まだちょっと納得のいかない様子のリーナだったが、繋がれた手を見て、まぁいいかと笑った。

 

 

 

 

 

 

「……はっ、なんやこれはぁーー!!!」

「あ、やっと目が覚めたんだね」

首から下が全部砂の下に埋まっているリュウジが目を覚まし、絶叫した。

泳ぐのが苦手なリーナに付き合って、波打ち際で砂遊びに興じていたリオンが、友人の絶叫に反応して振り返った。

「その声はリオンかっ!? わ、わいはどうなってるんや!?」

「ええっと……マナさんの投げた石に当たって、気絶して、手足を縛られたまま砂の中に埋められている、のかな?」

「縛っ……!? 動けへんと思ったら原因はそれかぁー! しかも垂直に埋めよってからに!」

芋虫のごとく体をくねくねさせることしか出来ず、リュウジは敗北の涙を流す。

「チクショウ。水着姿が見れへん」

「……不埒です」

「その声は……リーナもそこにおるんか?」

「はい。リュウジくん、あんまりいやらしい目でマナを見たら駄目ですよ?」

リュウジの視界に入らないよう、後ろから忠告するリーナ。

「ほほう。その言い方やと、リーナならええっちゅうことか?」

「あ、その時は僕がリュウジを殺すから」

さらりと恐ろしいことを言う親友に、リュウジはぶるりと震え上がった。

「り、リオン? お前、じょ、冗談やんな?」

「生憎と、いたって本気です」

冗談では発することのできない殺気を身に受けて、リュウジは大人しく心の中で白旗をあげた。

「わ、わかった。リーナの方は諦めるさかい、とりあえず助けてくれい! このままやと、海に来た思い出が砂の中に埋まってただけ、なんちゅう空しい結果になってしまう!」

「……はぁ、わかったよ」

本泣きのリュウジに同情したリオンは、仕方なくリュウジの救出活動を始める。

その間、リーナはコソコソと更衣室代わりに使った岩場の影に向かい、パーカーを羽織ってきた。

「おう、さんきゅうや」

砂から脱出したリュウジは、間接をコキコキ鳴らしながら、柔軟を始める。

「……リオン。マナのやつはどこや?」

「遠泳に行くって言って、ずっと沖のほうまで行っちゃったけど」

「ほぅ」

にやり、と不敵に笑うリュウジが、クラウチングスタートの体勢に入る。

「待っとれよ、マナ! わいを埋めたこと、後悔させてやるぁ!」

そして、ダッシュ。

砂場だというのに、ものすごいスピードだ。そのままの勢いで大海原に突貫し、全力のクロールで水を掻き分け進む進む進む。

途中で力尽きて溺れてしまいそうな勢いだが、体力馬鹿のリュウジなら多分平気だろう。

「……リオンくん、遊びましょうか」

「……そうですね」

一瞬で嵐のように掻き消えてしまったリュウジを見送った二人は、再び砂の城の作成に取り掛かる。

なんというか、ほのぼのしっぱなしの光景であった。

 

 

 

 

 

 

「は、っはっは」

日が西に傾きつつある時分。息を切らせ、リュウジが戻ってきた。少し遅れて、マナも戻ってきた。

「ど、どうや。わいの、勝ち……」

「な、なに言ってんの。元々、ずっと泳いでいたあたしの方が、体力残ってなかったのよ……引き分けよ、引き分け」

「ふ、っふっふーん。でも、わいのほうが早かったもんねー」

「しょ、小学生かお前は……」

疲労から崩れ落ちながらも文句を言い合う二人に、リオンとリーナは苦笑した。

「はいはい。引き分けでいいんじゃないですか? それより、そろそろ帰らないと日が暮れますよ」

帰りは、馬車というわけにはいかない。乗合馬車が通るような場所じゃないし、来る時も途中で降ろしてもらって少し歩いてきたのだ。

……あれ? そう言えば、帰りはどうするつもりなんだろう。

「マナさん? 今日はどうやって帰るんですか?」

「ん? 帰らないわよ?」

しれ、っとマナは言い放った。

「……え?」

「二、三時間ほど歩けば、ちょっとした街があるから、今日はそこの宿に泊まるわ。明日も、午前中は遊ぶわよ」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってください!? か、仮にも年頃の男女が、保護者もなしに外泊なんて――!」

「……言っておくけど、部屋は別々よ? 妙な期待しているところ悪いけど」

「エー、ここは気ぃきかせるべきなんちゃうかー?」

いやんいやんと気色悪い動きでリュウジが抗議する。

「黙れ。……リーナも、ちょっと残念そうな顔しないっ!」

そうして、四人は次の日も遊び倒すことになる。

 

……ちなみに、リオンとリーナの仲は、一ミリたりとも進展はしなかったらしい。