「ルーファスさん」

「ルーファス」

「……なんだ?」

久々の休日。ソフィアが急な仕事で精霊界に帰っているおかげで、寮の俺の部屋は平穏そのもの。

そんな中、いきなりリアとサレナが俺を訪ねてきた。

「さっきリアと話してたんだけどね、あんたの昔ってどんなかんじだったの?」

「なに?」

「だから、ルーファスさんの昔のお話です。最近忘れていたけど、ルーファスさんって、魔王という人を倒したんですよね?」

……まあ、人と言えなくもないんだが、アレは魔族だぞ。

そーいや、アミィも昔の話を聞きたいとかいっていたな。……別に言って困るわけでもないんだが、こいつらに話して、またアミィに話すのも二度手間だし……

「別にいいけど、場所を変えるぞ」

「「へ?」」

「『この地より彼方へと旅する者を運ぶ扉。遙かなる道程を無にせよ。ディメンジョン・ロード』」

 

ゆうしゃくんとなかまたち(魔界突入編)

 

「どわぁ!?」

おお、驚いている驚いている。

ってなわけで、ヴァイス邸に押しかけた。見てみると、茶を飲んでいたヴァイスが茶をこぼしている。汚いやつめ。

「な、なんだ! どうしたんだ!? ルーファス!?」

「ちょっとな。同行者がいたんで、面倒だから亜空間魔法で失礼した。アミィ、いる?」

「呼んだ〜? あ、ルーファス、どーしたの?」

呑気に現れるアミィ。なんか背中に担いでいる獲物が相変わらずと言えば相変わらずだ。

「おー。前、俺の昔の話聞きたいって言ってただろ? この二人も聞きたいって言うからどーせならどーかなと思ってな」

「うん! 聞きたい聞きたい。じゃ、ちょっと待ってて」

元気なやつめ。

「……また女の子……。ルーファスさん、あれでたらしだから……」

「なんか言ったか、リア?」

「なんでもないです」

……? なにやら不機嫌だ。俺、なにか悪いことしたか。

「そういや、ヴァイス。何でお前が話してやらなかったんだ?」

「魔王と直接戦ったのはお前だけだろうが。俺たちがヘルキングスのやつらを相手している間にケリをつけちまったし。俺は魔王の姿さえ見てないぞ」

そーいやそーだった。

「お茶でも煎れよっか? コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

「俺、紅茶。ミルクと砂糖たっぷりで」(ルーファス)

「私もルーファスさんと同じで」(リア)

「あたしはコーヒーをお願いするわ。ブラックで、砂糖を一個だけ」(サレナ)

「儂は……」

「おじいちゃんは自分でいれて」

うん。肉親には優しくないな、アミィ。

 

 

 

 

「……で、どこから話したらいいんだ? 俺の旅を始めるきっかけからか?」

「うーん、それは長くなりそうだから、魔界に攻め入ったところからで、どう?」

サレナの意見に、もう二人も文句はないみたいだ。

「そんじゃ、話すぞ。先に言っておくが、聞いてそんなに面白い話じゃないと思うぞ」

 

 

 

確か、あれは春だったか? 天界の神さま総掛かりで魔界の結界をやぶって、乗り込んだのは。

ええ!? 神さまですか!?(リア)

いきなり話の腰を折るんじゃない。

で、魔族のやつらも俺たちの侵入を読んでいたらしくてないきなり大群に囲まれたんだ。

 

 

 

「どーすんだよ!? てめー、ルーファス! お前が考えなしなせいで初っぱなから大ピンチじゃないか!!」

ルーファスの旅の仲間。剣士レインが叫ぶ。

周りには魔族約一万の大軍。今まで、彼らはずいぶんと派手にやって来た。そのツケがここら辺にきたのだろう。

「心配すんな。このぐらいなんて事ないさ。なあ、ルーファス」

「ヴァイスの言うとおりだ。こんな雑魚がいくら集まっても大したことじゃないって。『我が魔力よ、破壊の具現となり……』」

「はいはい。あんたはこっち」

と、魔法戦闘の苦手なレインをメイが自らの結界の中に押しやる。

「『カオティック・ボムズ!』」

「『カタストロフィー・アッシュ!』」

魔法戦闘の得意な二人の古代語魔法が炸裂。一瞬で、半分ほどの魔族を消し飛ばす。

「多分、あのでかい城が本拠地だろ。早く行くぞ」

「……ルーファスにヴァイス……相も変わらずとんでもない魔力ね」

神官メイが呆れたように呟きながら走り出す。

残った魔族がそのパーティーの進行を止めようと立ちふさがるが、

「「邪魔だ!」」

先頭を行くルーファスとレインによって斬り捨てられる。

「……なんか、私、ヒマ」

「メイ、お前さんの担当は回復。しばらく魔力は温存しておけ。そろそろ強力な魔族も来るぞ」

「わかってるって。……って、ん?」

後ろから生っぽい音がした。メイは反射的に振り向く。

「……ひっ!」

そこにいたのは、ぐちょぐちょの魔族。ルーファス&ヴァイスの魔法で死にきれなかったやつだ。内臓が飛び出ているやつもいるし、全身火傷で皮が溶けているやつもいる。そんなのが、数千単位で這い寄ってくる。熟練した冒険者でも胃の中身をぶちまけてしまいそうな光景だ。

普通の人の100人前くらいの修羅場をくぐり抜けてきたとは言え、一応まだ19歳の乙女であるメイにはその光景はきつすぎた。

生理的嫌悪が臨界点を突破し、

「い……」

「お、おいメイ? 落ち着けよ? こんなところで無駄な魔力を消費するんじゃ……」

「どうした?」

「メイ……?」

前を走っていた二人が異変に気付いて振り返ったとほぼ同時に、

「いいいいいぃぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁ!!!」

光が、メイの体からあふれる。

「「「いいいぃぃぃ!!?」」」

もともと、メイは生まれたときから尋常でない魔力を持っていた。なんでも、大地母神の生まれ変わりだとか。

しかし、いくら強大な力を持っていても、それを制御できなければ意味がない。幼い頃はよく暴走させて、周囲に思いっきり迷惑(と言うレベルではないが)をかけていたらしい。

ルーファス達と共に行動するうちに大分制御能力を身につけてきたが、たまに感情が高ぶるとこうなる。下手に自分の力に覚醒したため、その暴走の度合いは幼い頃の比ではない。

その暴走は主に、大爆発(核爆発に匹敵)の形となって現れる。

ちゅどーーーん!!

 

 

 

 

今までは、ルーファスかヴァイスが未然に押さえ込んでいたのだが、彼らも魔界に突入したことでいくらか緊張していたらしく、対応が間に合わなかった。

結果、見事なきのこ雲が立ち上る。

そんなわけで、いきなり、全滅の危機に陥ったパーティーの面々だった。

 

 

 

「……あんたら、楽しそうな旅をしていたのね」

まだまだ話の序盤なのだが、すでにサレナは呆れモードだ。皮肉をたっぷりこめて、そんなことを言ってくれた。

「まあ、ぎりぎりで、俺達三人分の結界は間に合ったんだけどな」

「……結界とかで防ぎきれるレベルなんですか? 核爆発って?」

「甘いなリア。こういうこともあろうかと、対メイ専用防御結界を開発済みだったんだ。メイの魔力なら完全に弾いてしまうやつ」

「苦労したよな。開発に1年もかかった」

ルーファスとヴァイスが懐かしくも忌まわしい記憶に苦い顔をする。

ちなみに、この結界、あくまでも“魔力”を弾くものなので、“魔法”という形にした場合は防げない。参考までに。

「やっぱ、おじいちゃんの昔の仲間って普通じゃなかったんだね」

「……否定はしない」

 

 

 

結局、それで雑魚の魔族は全部いなくなったから、結果オーライだったんだが……

 

 

 

「……でかいクレーターだな」

レインが呆れたように呟く。

「ははは……。……ゴメン」

「ま、うっとーしいのは全部いなくなったからいいじゃないか。メイ、薬、飲んだか?」

魔力を回復するための薬のことである。結構な貴重品だ。

「あ、うん。ヴァイスさん」

「そうか。それならレイン、そろそろ行こうか?」

「ああ。作戦通りでいいよな?」

「おう。俺たちがヘルキングスのやつらをボコにしているうちに、ルーファスが親玉をKO。ま、妥当なところだよな」

ヘルキングス……魔王の側近である77匹の強力な魔族のことだ。その力は、並の上位魔族数十〜数百匹分に匹敵する。

「……ってか、なんで俺一人にそんなの押しつけるんだよ?」

「向こうの最強のやつに、こっちの最強のやつをぶつける。なんか変か?」

まるで当然のごとくレインが言う。

「……せめて、もう一人くらい着いてきてくれないのか?」

「無茶言わないでよ。ヘルキングス、77匹、二人で相手しろっての?」

「……もう十匹くらい倒しているのに」

ぶちぶちと文句を言うルーファス。諦めの悪いやつである。

「さあ、行くぞ。あんまり時間をかけるわけにもいかん。確か、6時間だろ、神のやつらが、魔界の結界をこじ開けておけるのは」

魔王が張った魔界を覆う結界。その影響で、この魔界では精霊魔法、及び召喚魔法といった魔法が使えなくなっている。だが、結界に穴の空いた今なら使用が可能だ。

大体、二時間は経ったからあと四時間。

歩きで数十分。魔王の城に辿り着いた。禍々しいデザインで、設計者の趣味の悪さが伺える。

「準備はいいか?」

ここまで来たら腹をくくるしかない。一番年下のくせに、なぜかリーダーの役割を果たしているルーファスがみんなに確認する。

「当たり前だろ。ここまで来て、そんなこと聞くんじゃない」

「私も」

「儂も同意見だ。儂はこの一件が終わったら隠居して幸せな老後を過ごすんだからな」

ルーファスは頼もしい返答に力強く頷き、扉に手をかける。

「ああ、待てよルーファス」

「なんだよ、レイン?」

「わざわざドアを開けて入るこたぁないだろ」

「なにを……」

ルーファスの返事を聞かず、レインが愛剣クラウ・ソラスを振りかぶり、

「おりゃ!」

扉を、吹っ飛ばした。

 

 

 

「なんで、そー無茶するかな!?」

ルーファスがレヴァンテインで、雑魚魔族(それでも上位のやつなのだが)を一刀両断にしながら抗議する。

「ははは! 気にすんな! 宣戦布告だよ!」

同じく、雑魚魔族を一掃しているレイン。

質より量と言ったところか、さっきのより数はグンと減っているが、強さは比べものにならない魔族が押し寄せてくる。

まあ、この四人の相手には力不足だが。

「それよりもルーファス。お前、さっさといけ。ヘルキングスのやつらも、出そろってきてるぞ」

ヴァイスが叫ぶ。上位魔族たちの群れの奥の方。圧倒的なまでの魔力を発散している化け物がいた。その数、約20匹。

「……変ね。あれでヘルキングスは全部じゃないはずよ」

「戦力を一気に投入するような事はしないだろ。ま、残ってても、適当に蹴散らしながらいくさ」

きっ、と階段を見る。多分、最上階に魔王はいるはずだ。根拠はないが、多分間違いない。

「『ウインドムーブ』」

風の精霊魔法を発動。上位魔族の間を駆けつつ、階段を目指す。

途中で立ちふさがったヘルキングスの一匹に蹴りを食らわせ、その反動で二階にまでジャンプ。この階にも上位魔族の大軍がいるが、無視。

階段は……

「……ねえ」

見える範囲に階段らしきものはなかった。天井を見る。

「……ぶち破っていくか」

さっきのレインとあんまり変わらない考えの元、詠唱に入る。

「『今、我が身、破壊の光弾となり、すべてを打ち砕く。其は、流星のごとく』」

瞬間、ルーファスの体が魔力の光で覆われる。

破壊エネルギーを身に纏い、体ごと飛行魔法の応用で突っ込む魔法。荒っぽい上に大雑把だが、気功も併用でき、威力は折り紙付き。

「『セラフィックレイザー』」

唱えた瞬間、ルーファスの背中に天使を思わせる光の翼が出現する。

けた外れの魔力を持った術者の場合、この現象が起きる。余剰エネルギーが翼状になって背に生えるのだ。

「おおおおぉぉぉぉ!!!」

ルーファスが飛翔する。

天井の壁を、まるで紙のようにぶち破りながら最上階を目指して飛ぶ。

そして間もなく、最上階に……着いた。

 

 

 

 

一方、レインたちは、

「……ずいぶん派手にやってるな」

上階からの破壊音たいしてそうコメントする。ルーファスが天井を破壊している音だ。

「じっとしてて……『ホーリーブレス』」

「お、サンキュ。さーて、第二ラウンドといこうか」

クラウ・ソラスを構え直す。前衛で、回復の時間を稼いでくれていたヴァイスに並ぶ。

「お、左手は治ったか?」

「ああ。メイが治してくれた。……にしても、さすがにヘルキングスは格が違うね。あんまり余裕はないな、こりゃ」

ヘルキングス。今まで人間や神が封印した77匹の魔王たち。その封印をすべて解いたのが現在の魔王と呼ばれる存在。

その力のほどが伺えるというものだ。

「ま、そっちはルーファスがなんとかするだろ」

「だな」

ヘルキングスたちの攻撃をしのぎながら話す二人。そのお気楽な態度をメイがとがめる。

「……もう! 二人とも、戦いの間に無駄な話をしないでよ!」

ちなみに、彼女は結界で身を守りながら後方援護。および、回復。

攻撃魔法は得意でないのだ。暴走する時はああだけど。

「「へーい」」

やる気のない返事。

メイは、もう気にしないことにして戦いに集中した。

 

 

 

 

 

「……で?」

「……やっぱやめた。疲れたし、あんまし話したくない」

ここからが本番だというのに、ルーファスは語り疲れてしまった。

「ここからがいいところですよ」

リアも不機嫌そうに言う。

「勘弁してくれよ……」

「それで、魔王って人に、勝ったんですか? ルーファスさんは?」

ルーファスの言葉はまるで無視するリア。リアの中では、ルーファスはずいぶん低い地位にいるに違いない。

「……負けてたら俺はここにいない。ついでに、お前らも多分いなかった」

「でも、あれを勝ちと言うにはちょっと疑問が残るがな」

ヴァイスが突っ込む。それほど、ルーファスはひどい状態だった。だてに200年間も再生に費やしていない。

「どんな状態だったのおじいちゃん?」

「うむ。まず、左手と右足がちぎれてて、体は傷のないところを探すのが大変なくらい。全身の骨が粉々になってたし、あばらが肺に突き刺さってたし、腹が裂けて腸がはみ出してた。ああ、耳も片方なくなってたっけな」

「……そ、そんな状態だったのか?」

すでに、その時は気絶していたので、まったく自分の状態をしらなかったルーファスである。

「てゆーか、なんで生きてんのよ。こんな五体満足で」

「サレナ、それは精霊王たちに聞いてくれ」

「あっそ。じゃ、明日ソフィアに聞こうっと」

「……学校の連中にばれないようにしろよ」

ソフィアが実は精霊王だという事を知っているのは、学校ではリアとサレナだけ。サレナはまだいいのだが、

「なんでばれちゃいけないんですか?」

リアの方は、よくわかっていない。

「……リア。くれぐれも言い触らさないように。……さて、そろそろ帰るか」

もう太陽が落ちかけている。

なんつーか、しんどい一日だった、とルーファスは思った。

ついでに、魔王と自分の関係、いつかは話さなきゃいけないんだろうかと、あんまり愉快じゃないが多分間違いなく現実になるであろう予測をしていた。