「……だめだ〜〜!!!」

「きゅ、急にどうしたんですか、マスター」

修行中、いきなりマスター(15歳)が叫んだ。

「ソフィア!」

「ひゃ、ひゃい!?」

「なんか、いい武器ないか!!?」

 

ゆうしゃくんとなかまたち(魔剣編)

 

レインたちと出会ってから早二年。旅をしながら、そこらへんの魔族をぶっ倒していき、魔王直属の部下、ヘルキングスも何匹かやっつけた。

が、そろそろそれにも飽きて……もとい、人間界にいるやつはかなり倒したので、一時パーティーを解散してそれぞれ修行をすることにした。……いや、それはいいんだが。

「魔法はいいんだ。例の精霊魔法も、あとは実戦で煮詰めていくだけなんだから。問題は剣のほうなんだよ」

と、ソフィアに今使っている剣を見せつけた。

「見ろ! この刃こぼれを! これでもけっこうな名剣なんだぞ。でも、とても俺の戦い方にはついてこれん!」

俺の全力を受け止めきれるような剣自体めったにない。伝説級の武器は、たいていが貴族だったり、どっかの組織だったりの所有物なので手に入れることができない。それでも、腕のいい鍛冶屋を見つけて、最高級の剣を作ってもらったんだが、そろそろ寿命だ。

「はあ……でも、私に心当たりなんてないですよ」

「なんかあるだろ! 精霊界に伝説の武器の一つや二つくらい!?」

「そんなこと言われても……。伝説の武器なんて、ほとんど人間界に流れちゃいましたし……。神界にならたくさんあると思いますけど」

「やだ! 神のやつらに頭下げるなんて、俺はごめんだ!」

いや、実際、精霊王と契約したってことで、神々にも謁見できたのだ。だけど、あんまりいい印象がない。人間界の貴族とたいして変わらなかったりする。そもそも、ほとんどの神は精霊王より位は下だし(もちろん、精霊王より高位で、立派な人格のやつもいるが)。

そもそも、今あそこは魔王軍の侵攻を受けていて、とてもそんな余裕はないだろう。人間界への侵攻速度が遅いのもそのためだ。

余談だが、白魔法ってのは、世間一般では神の力を借りるとかいうことになっているが、魔法式の基本が黒魔法と違うだけで、発動は自分だけの魔力で行われる。

「えー……でも、精霊界にマスターに合う剣なんて……あっ」

「ん? どうした。なにかあんのか!?」

聞くと、ソフィアはとても困った顔をして、

「えーと……わ、私の勘違いです。忘れてください」

「うそだな」

「はうっ! な、なんで断定するんですか!!」

「……ソフィア」

「なんですか?」

大きくため息をつきながら、

「お前は嘘に向かない」

「はうっ!」

ソフィアは大いに傷ついたようだ。

とりあえず、その傷が回復するのを待って、

「で? なにがあるんだ」

「え、ええと……」

「教えてくれ」

ずずい、とソフィアに迫る。あの素直なソフィアがこれだけ口ごもることだ。訳ありなのは想像に難くない。しかし、俺にはより多くの力がいるのだ。……魔王を止めるために。

まじめな顔で問い詰めると、もともと俺に逆らうことはあんまりできないソフィアである。観念したのか、がっくりとうなだれて、

「仕方ないですね。みんなとも相談しなきゃいけないですから、とりあえず精霊宮に戻りましょう」

「おう」

 

 

 

 

 

 

「あほか、お前は!」

ソフィアが話したとたん、ガイアが叫んだ。

「うう……わかってますけど、マスターが〜〜」

「ったく……ルーファス。悪いが、あれは諦めてくれ。あれは、外に出しちゃいけないものだ」

めったに見れないガイアのまじめな顔。

「……理由くらい、教えてくれてもいいだろ」

「忘れろ」

「いやだね」

理由も聞かされず、忘れろ、といわれても納得いくはずがない。魔王に対抗できるような武器があるならなおさらだ。

「ちっ……レヴァンテインって聞いたことあるだろ」

魔剣レヴァンテイン……世界創世記、善神と悪神の戦いがあったらしい。詳細は省くが、そのとき、悪神が使っていた剣が確かレヴァンテインという名前だった。

だけど……あれは神話の中だけじゃなかったのか?

「実在すんのか?」

「本物かどうかは知らないがな。精霊界の記録を辿ってくと、どうも世界ができた当時からあった代物らしい。過去、二度ほどあの剣が原因で世界が滅びかけた」

「……は?」

「レヴァンテインはな、持ち主が自分に見合う力がないとなったら即座にそいつの意識を食らうんだ。あとは、剣の操り人形になってしまう」

ちょっと待て。

「じゃあなにか? その操り人形とやらが世界を滅ぼしかけたと?」

「ああ。それだけ、あの剣の力はすごいってことだ」

むう……なんか、とっても欲しくなったんだが。

「そりゃいい。それくれ」

「……今の説明、ちゃんと聞いていたか?」

「もちろんだ!」

断言してやる。

「……はあ。だから、納得してくれよ。いい武器なら、ほかにもあるだろ」

「つってもなあ」

そのレヴァンテインより強い武器があるとは思えない。是非、つーか絶対に欲しい。

「いいんじゃないか」

いつの間にか、カオスさんが来ていた。

「ルーファス、あの魔剣、お前にやろう」

「え? まじ」

「ちょ……カオっさん!?」

カオスさんがくれるというのに、ガイアはまだごちゃごちゃ言っている。

「まぁ、しょうがないわね」

おっと、シルフィも来た。その後ろにはアクアリアスとフレイ。なんか、全員、暗い表情をしている。

「おいおい、みんなどうしたんだよ!?」

「……さっき、神界から連絡があった」

「グングニルが魔王に強奪されちゃったんだってさ。ったく、もう少し厳重に管理しときなさいっての」

神槍グングニルも聞いたことがある。さっき言っていた、創世記の善神が使っていたという槍だ。

「あの槍が奪われたとなると、魔剣の封印を解くしかないでしょう」

アクアリアスが沈んだ声で言う。

「えーと……俺としては願ったりかなったりなんだけど……いいのか?」

「……有史以来最強の魔王、グングニル付きじゃあ、そうでもしないと勝てないだろうしな」

あー、もう! とぐしゃぐしゃ頭をかくガイア。

かくして、俺は魔剣レヴァンテインが安置されている、精霊宮最奥部へと案内された。

 

 

 

 

「ふへーー……」

まず、入ったとき、その厳重さに驚いた。

神式封印、四大縛呪、光と闇の縛鎖……などなど、一つとっても、普通の魔王クラスを縛っておくような封印術が何十もレヴァンテインが安置されているという部屋の扉に施されている。

「なにも、ここまでしなくても」

「ここまでする必要があるんだ。前に暴れた時は危うく月を吹き飛ばすところだったんだからな」

フレイが俺のつぶやきに答えた。しかし……俺、扱いきれるだろうか?

「……安心しろ。お前も、有史以来最強の人間だ」

その不安を見抜いたのか、カオスさんがいつものぼそっ、とした口調で励ましてくれた。

「じゃあ、封印を緩めますから、そしたらマスターはこの中に入ってください。そしたら、中に前に取り憑かれた人がいますから、その人を倒して剣を奪い取るんです」

「……ちょっと待て、ソフィア。前に憑かれた人だ?」

「はい。その人ごと封印したんです。その人の意識は魔剣にのっとられてますから、一思いにやってください。そしたら、あとはレヴァンテインをとっちゃってください」

……俺は月を吹き飛ばそうとするようなやつと戦うのか。そこまで実力が拮抗したやつ(おい)とやるのは久しぶりだ。

「がんばってくださいね」

「まあ、適当にがんばってくる……」

はあ……

「では、封印をいくつか解きますよ」

と、アクアリアスが一歩前に進み出て、口の中でやたら複雑な詠唱をし始める。

すぐに、他の精霊王たちも似たような呪文を唱え始め、目の前の封印がどんどん緩くなっていった。……これなら、中に入れそうだ。

「じゃ、行ってくる」

ぎぃ、と扉を開け、中の闇へと飛び込んだ。

「10分たっても戻らなかったら、お前ごと再封印するからなーーー!」

後ろから、ガイアのそんな声がした。

 

 

 

……って! ちょっと待て!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘆いても、仕方がない。入ると同時に入り口が塞がれてしまった。こうなったら、さっさと魔剣をとってくるしかない。

門をくぐって大分歩くと、かなり広いフロアに着いた。その中心に一人の男が座っている。そいつは、見るからに禍々しい気を発している剣を携えて、瞑想していた。……あれが、魔剣レヴァンテインに間違いないだろう。

「……ルーファス・セイムリートか」

男がしゃべった。……いや、そいつは口を開いていない。だけど、確かに声は聞こえる。

「どうして、俺の名前を知っている」

「こんな様でも、外界の情報を手に入れる程度なら訳はない。今代の魔王の弟、そしてその魔王に唯一対抗できる人間の勇者の名前くらい知っているさ」

……ここまで厳重な封印でも、こいつの意識を完全に封じることはできていない、ということか。

「……なら、用件もわかっているな」

「もちろんだ。私の力を欲しているのだろう。確かに、お前の全力についていけるような武器など、そうあるものではない。……いや、グングニルが魔王の手にある以上、私だけといっても過言ではないだろうな」

そこまで理解しているのなら話は早い。

「だがな、私がすんなりお前に身をゆだねるとでも思っているのか?」

「……はあ、やっぱりか」

「私は魔王を倒すことなどどうでもいい。私が欲しければ力ずくでくるんだな!」

瞬間、座っていたはずの男がすさまじいまでの勢いで俺に突っ込んできた。俺の頭を狙って振り下ろされたレヴァンテインを、自分の剣で防ぐ。

「なっ!?」

しかし、一度防いだだけで、俺の剣にひびがはいった。

慌てて男の腹に蹴りを入れて、距離をとる。

「……これはもうだめか」

剣を捨てる。ひびが入った箇所から半分ぐらいに折れてしまった。気功術でこの剣に耐えられる限界まで強度を上げていたのに。

「よそ見している暇があるのか?」

レヴァンテイン男(今命名)が俺の真後ろからそう声をかける。

……まあ、一応、そのくらいはつかんでいた。

「ふっ!」

剣の威力は確かにすごいが、動き自体はそうたいしたものではない(あくまで、俺から見れば、というレベルの話だが)。そいつの一撃を紙一重で交わしつつ、零距離にまで肉薄。

「破竜衝・爆!」

爆発的な踏み込みからの掌底。……武器の性能に限界を感じた俺が次に鍛えたのが体術だった。今では剣と魔法に続いて、俺の第三番目の戦闘法になっている。

レヴァンテイン男は、体に何十トンもの衝撃を受け、真横に吹っ飛んでいった。まったくの無防備で。

この隙を見逃す俺じゃあない。

「『はるか高きところよりすべてを照らすもの。彼方の星々すら打ち抜く光の収束。我が名ルーファス・セイムリート。天空を輝きで満たし、夜に終わりを告げる汝の力、眼前の邪悪を打ち滅ぼさんがために我に貸し与えよ』」

複雑極まりない印を描く。レヴァンテイン男は今、壁にめり込んだところ。やはり、俺のほうが早い!

「『貫け光! 滅せよ闇を!』」

すすっ、と指を切って俺の目の前に魔法陣が完成する。……しかし、相変わらず小難しい魔法式だ。その分、威力はピカイチなんだが。

「『サン・レイ!』」

極太のビームが発射される。それはレヴァンテイン男を直撃……しなかった。

なんと、魔剣を盾にしている。そして、壁から抜け出ると、突っ込んできやがった。さらに驚くべきことに、レヴァンテインは立派に立ての役割を果たして、『サン・レイ』の光をすべて弾いている。

……対魔王戦用精霊魔法を除いたら、破壊規模はともかく、一点の破壊力ならトップクラスの代物なんだが。

そのまま俺の前まで突っ込んでくると、『サン・レイ』の魔法陣を切り裂き、返す刀で俺に斬りかかってくる。……白刃取りで止めた。

「驚いたよ。まさか、古代語魔法、光の奥義まで習得しているとはな」

「確かに苦労したよ。もう神界にも文献が残ってなかったからな」

ぎりぎりと力を込めながら話す。少しでも力を抜いたら真っ二つにされるだろう。もう、この体勢になったらあとはもう本当に力でごり押ししかない。

俺のすべての力を、白刃取りをしている両の掌に集める。魔剣の魔力と、俺の力が拮抗する。……が、さっきの『サン・レイ』を防いだ影響か、俺が若干有利!!

『見よ! はるか彼方より咎人の嘆きが聞こえる!』

んげっ!? もう外で封印式を始めやがった!

『七つの大罪! 十三の罰!』

待て待て待て待て待て待てぇぇぇぇ!!!

『我らは彼の者を永遠の罪に問う!』

うお……緩めていた封印がかんっぜんに元通りになったよ。

ほぼ同時に、俺は例の男の手からレヴァンテインを奪い取っていた。

「さてはて……どうしたものか」

ぷらぷらとレヴァンテインを振り回す。さっきの男の肉体は魔剣を離すと同時に塵となった。あれは憑かれた人間じゃなくて、この剣が作り出した幻影だった、ということか。

『ふん。どうするもこうするもないだろう。こうなっては脱出することは不可能だ』

「お前が抵抗するからだろ」

『私は自分より弱いものに使われるなんて、まっぴらだからな』

「ほほう……。俺が一応、正義の味方だってことは関係ないんだな。魔剣のくせに」

そう言うと、レヴァンテインは憮然とした口調で、

『私は所詮道具だ。善とか悪とかは関係ない。たまたま、主が悪神で、魔剣と呼ばれたがな』

「そう言うなら、道具らしく抵抗なんかすんな」

これで、魔王……姉さんを止めることもできなくなった。いくら俺でも、精霊王たちが総がかりでかけた何十もの封印を中から解くなんて真似はできない。

一生、この封印の中。……まあ、すぐ飢えで死ぬだろーけど。

『勘違いするんじゃない』

「はあ?」

『善とか悪は関係ないが、私も意志をもつ以上は、自分の力を引き出してくれる主に付きたい。さっき言ったように、弱いやつに使われるのはまっぴらってことだ。……まあ、以前はそんな存在がいなかったから、少しいらついて世界破壊に貢献してみたりしたが』

「いらついたくらいでそんなことすんな!!」

思わず、突っ込みを入れる。しかし、行動のはちゃめちゃさはともかく、異様に人間くさいやつだ。

『ただ、あまりにも長くこの中にいすぎたせいかな。少しくらい妥協してでも、暴れたい気分になった』

「………は?」

『鈍いやつだな』

レヴァンテインはにやりと笑う(そんな感じに見えた)と、

『かなり不満はあるが……ぎりぎり合格、ということだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスタ〜〜」

ソフィアが泣いている。彼女は、最後まで封印をかけるのを渋った。

「……仕方ない措置だ」

そう言うガイアも沈痛な表情だ。ルーファスならあるいは、と思って送り出したのはやはり間違いだった。10分という期限も、短いというのはわかっていたが、それ以上だとここの封印式自体が崩壊してしまう。

魔剣と魔王が合流するような最悪の事態を回避するためにはやむをえなかった。

「ちっくしょお」

がん、とフレイが床をたたく。彼は勝ち逃げされてしまった。まだ、ルーファスが子供の時から一度も勝ったためしがない。

「こんな終わり方はないわよね……アクアリアス」

「……はい」

シルフィとアクアリアスもめったに流さない涙を流している。

ただ一人、そのなかでカオスだけが冷静だった。

「……お前たち」

その静かな声に、全員が注目した。

「……自分の選んだマスターをもう少し信じてみろ」

瞬間、封印の中から闇色の光があふれた。

「おおおぉぉぉ!!!」

光は真上の方向に収束し、

「りゃああぁぁぁぁぁぁ!!!」

そのまま『振り下ろされた』。

精霊王たちのかけた封印式が吹き飛び、大爆発。大きな煙が上がり、

「はぁ、はぁ、はぁ……」

煙が晴れると、新しい剣を持ったルーファスが姿を現した。

「勝手に……人を……殺すんじゃねえ」

そして、そのまま、ばたっ、と倒れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみにそのあと、レヴァンテインは『自分はやっぱり道具だから』と、しゃべることはしなくなった。なんか、武器である自分に誇りを持っているらしい。