「シルフィ、語る〜彼の昔はこうだった〜」

 

「ねー、シルフィ」

ある日曜の昼下がり、図々しくもマスターに昼食をたかって、そのまま居座っていたルナがいきなり話しかけてきた。

「なによ」

「前々から聞きたかったんだけど、あんたの昔のマスター……あの勇者、ルーファス・セイムリートってどういう人だったの?」

……また、唐突な。

「おっ、それ、俺も聞きたいな」

ついでに、アレンとクリスも、一緒にいる。なんというのか、このパーティーの面々はうちのマスターを飯炊き係か何かだと思っているんじゃないだろうか。

……思っているんだろうなあ、と、悲しくも確信できる辺り、今のマスターは情けない。まあ、それがいいところでもあるし、勇者だとか言われているあの人もたいして違いはないのだけれど。

「まあ、興味があるのはわかるよ、僕も。なんせ僕の国にあるだけでもその逸話は100は下らないっていうすごい人だし」

クリスの言うとおり、確かにあの人は派手だった。いや、行動が大胆というか、人を惹きつけるというか。

「僕も聞きたいな。話してくれよ、シルフィ」

まあ、マスターに言われたら仕方がない。

さて、どこから話そうか?

 

 

 

「まあ、いいけどね。で、今、その勇者についてどのくらい知っている?」

シルフィが言うと、一同はそろってうーんと悩み、思いのまま口に出した。

「とりあえず、強いんだよね」

「三人の仲間がいて、その人たちも問答無用な戦闘力だったらしいぞ」

「魔王との一騎打ちで相打ちしたらしいわね」

「……えーと、僕、一時期ルーファス・セイムリートについて調べたことあるんだけど、女性との相性が悪かったとか、なんか行く先々で不幸に見舞われるとか」

上から、ライル、アレン、ルナ、クリスである。それらの台詞にうんうん、とうなずくシルフィ。

「まあ、そんなとこでしょ。まあ、魔王を倒すまでは普通に伝わっている話とだいたい違いはないから省略しましょうか」

一部、曲解されたり誤解されたりしているところがあるみたいだけど、とシルフィは付け加える。

「よし、ほんじゃ、誰も知らない裏話を教えてあげる」

「「「「ほうほう」」」」

そろって身を乗り出す。

「マスターはね……って、ややこしい。出会ったころの呼び方だけど「ルーファス」って呼び捨てでいいかしら。で、そのルーファスなんだけど」

全員、息を呑んでシルフィの話に耳を傾けている。なにせ、ルーファス・セイムリートというのは500年前の人物とはいえ、歴史上最高の英雄である。天上の神々でさえも破れた魔王を下したのだ。どんな子供でも名前は知っている。

「昔、この学園に通ってたりするのよ、これが」

沈黙。

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………「「「「はあ!?」」」」

一同、驚く。そりゃそうだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ! え、えーと、ヴァルハラ学園が創立したのは降魔戦争後だよ? 魔王を倒して、死んだ人が通えるわけ……」

「死んでないわよ」

「そう死んで……って、ええ!!?」

クリスはびっくり仰天。もう、驚きっぱなしである。わけがわからない、といった感じでくちをぽかんと開けている。他の面々も同じようなものだ。

「確かに、瀕死の重傷だったけど、200年にわたる私たち精霊王の必死の治療の結果、みごと復活を果たしたの!」

「つーことはだ。ルーファス・セイムリートは、200年もたった、知り合いの一人もいない世界に放り出されたわけだろ?」

アレンの突っ込みに、微妙にシルフィは顔をそらした。

「ま、まあ知り合いが皆無ってわけじゃなかったし、命あってのものだねでしょ」

実際、ルーファスも復活して最初のころはすこしさびしそうだったりした。……その後は、まあ、外伝を参照してもらえばわかるだろう。

「で、それがどーして、ここに通うなんてことになったわけ?」

「うーん、いまいちそこらへんの経過はよく知らないんだけど……ほら、今もある『18歳未満は働かずに才能を伸ばせ』っていうなんというか、今ひとつ配慮の足りない法律が当時もあってね。運悪く、このローラント王国で復活を果たしたルーファスは、まさか密入国をするわけにもいかず……って感じ」

自信なさげに答えるシルフィ。

「そ、そりゃ不幸な人だな」

ライルがぼそっと「他人とは思えない」とつぶやいたのは、誰にも聞こえなかった。

「でも、よく騒ぎにならなかったね?」

「そりゃ、ルーファスは目立つのはあんまり好きじゃなかったし……目立ってたけど。自分の名前も、ただの偶然の一致ってことで通してたわよ」

「ふーん……」

クリスはなんとなく、納得のいかない感じだ。確かに、あれでばれなかったのはおかしいと、シルフィも思っている。

「でも、入学後、すっごい苦労していたけどね。ここらへんは私よりソフィアに話させたほうがいいけど」

「ソフィアって、あの光の精霊王って人?」

実家に帰省したときに遭遇したソフィアを思い出す。……なんつーか、シルフィといい彼女といい、精霊王ってのはイロモノ系で固められているのだろうか、とか思ったのは内緒だ。

「ま、あの子じゃ感情的になっちゃうかもしれないし、私でちょうどいいのかもね」

「感情的? なんで」

ライルが尋ねると、シルフィは困ったようにこめかみのあたりをぽりぽりかいた。

「んー、なんてゆーのか……あの子も、ルーファスを追いかけてこの学園に飛び込んだのよね。当時の学生名簿を調べれば、ちゃんとルーファス・セイムリートとソフィア・アークライトの名前があるわよ」

「「「「………………………」」」」

もはや、何をいう気にもなれないらしい。

「んで、ルーファスはあと二人。リアとサレナって言う女の子とおなじパーティーで……苦労してたみたい。具体的に言えば、こんな感じ」

 

 

 

「ルーファスさん!?」

「は、はい? なんですか、リアさん? なにを、そんなに怒っているのでせう?」

「昨日、サレナさんとデートしていたでしょう!?」

「は、はい?」

「二人で仲良くレストランで食事していました!」

「あ、あれはサレナがおごってくれる、って言うからついて行っただけで……」

「とっても楽しそうでしたけど?」

「……まあ、リアの家で食う以外では久しぶりの肉だったし。って、そこ! ソフィアに告げ口してんじゃねえ!!」

「「(じとー)」」

「お、おい。お前ら。いったい俺が何をしたってんだよ」

「「(じとー)」」

「だから! なにが不満なんだよ、お前ら!!?」

 

 

 

「とまあ、こんなエピソードが」

「な、何と言うのか……」

ルナが口ごもる。言葉を探すが、なかなかいい表現が見つからない。

「モテモテ?」

そして、口に出たのはそんな言葉だった。

「違うわね。逆に、女運が悪いだけよ。特に、リアって子とソフィアには絶対に頭が上がらないの。それはもう、調教された犬のように。……餌付けもされてたみたいだし」

「な、情けねぇ……」

アレンがうめく。剣聖、とまでいわれているルーファスの仲間レインに憧れ、それと同じくらいルーファス・セイムリートも尊敬していたのだが……そのイメージがどんどん崩れていった。

「鈍かったしねえ……」

シルフィが突如遠い目になる。

「リアもソフィアも、あんだけわかりやすかったのに……サレナはいろいろ便利な友達、みたいにしか思ってなかったみたいだけど。そういえば、リリスって子もいたっけ……?」

「シルフィ……回想モードはそこらへんにして、もう少しいろいろ聞きたいんだけど?」

「あ、ごめん、マスター。じゃあもう少し、ルーファスの学園生活について教えてあげましょうか」

 

 

 

「ルーファス! 覚悟ぉ!!」

「だぁ!? ダルコ、お前も懲りないな」

「ぐっはぁ!? く……反撃するとは卑怯なり」

「どーゆー理屈だ、そりゃ。しかし、手加減が過ぎたか? それとも、耐久力が上がってきてんのか?」

「ふふふふ。ルーファス! 今のはほんの挨拶代わりだ。おいでませ! ファンクラブ連合、暗殺部隊のみなさーーーん!!」

『きぃーー!』

「……どこのコスプレだ」

「う、うるさい! さすがにこの人数相手ではお前に勝ち目は……」

「ん? 勝ち目がなんだって?」

「も、もう終わってるぅーーー!?」

「あ、お前を忘れてた」

「へぶぅ!?」

 

 

 

「「「「ちょっと待て!!」」」」

「ん? なーに?」

「なんなんだよ!ファンクラブ連合って!」

「ってか、暗殺部隊!?」

「おまけに、瞬殺してるし!」

「非常識すぎるわよ!」

いや、あんたは人のこと言えない。

ルナの台詞に、ライルたちは心の中で同時に突っ込んでいた。いや、

「あ、ライル。久しぶりにその癖、発動だね」

「え?」

「口に出してたぞ、お前」

「え、え?」

若干一名、思っていることを口走っていた。最近では珍しい、ライルの心で思っていることを口に出してしまう癖だ。ルナがゆらりと立ち上がり、

「『……ファイヤーボール』」

「ぎゃーーーーっす!?」

ぷすぷす、とライルが黒焦げになる。

だから、人のこと言えない、なんて言われるということは……当然ながら、ルナはこれっぽっちも自覚していなかった。

「……まあ、いま考えてみると、ちょっと変だったなあ、とは思うけど」

「ちょっとか?」

「でも、それが日常だったしねえ。最初は驚いたけど、すぐ慣れたわよ」

「僕は、慣れたくないなあ」

そう言うクリスとて、ライルが黒焦げにされたことに、すこしも驚かない、むしろ、当たり前、という顔をしているあたり、異常な日常に慣れてきっているのだが……言わぬが花というものだろうか。

「でもまあ、そんな情けなくも波乱万丈な生活だったんだけど……けっこう楽しかったみたいよ」

「へえ……ちょっと信じられないけど」

ライルは、もう復活した。

「じゃあ、マスター。今の生活、楽しい?」

「へ? ……んー、まあ」

「そーゆーことよ」

「はい?」

今のライルの生活も、多少ベクトルが違うとはいえ、ルーファスの生活と不幸度では大差ない、ということだ。

「ちょっと、シルフィ。どーゆーことだよ」

「べーつにー」

 

 

 

「なあ、シルフィ」

「ん? なに、マスター?」

「俺さぁ。なんかよくわかんないうちに、こんなことになっちまったけどさあ」

「うん」

 

「俺って、けっこう幸せだったりするのかもな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、その数日後。

「前言撤回だ、シルフィ。やっぱり俺は不幸だ」

「……まあ、そうだろうとは思ってたけどね」