りおんくんとりーなさん 〜怪盗現る!?〜

 

 

 

「……は? なんですって、アミィさん。もう一度、言ってもらえます?」

大衆食堂『風見鶏』店内。

リーナさんと二人で、久方ぶりにここを訪れた僕は、従業員であるハーフエルフ・アミィさんの話に耳を疑った。

「だから、怪盗よ。か・い・と・う」

「怪盗、ですか?」

キョトンとしたリーナさんが鸚鵡返しに問う。

確かに、それほど常識離れした単語だ。怪盗って、どこの小説だろう。

「そう、最近、セントルイス中で噂になってるわよ。怪盗ファルースっつってね。なんでも、貴族の家に押し入って溜め込んだお金を盗んでいくんだって。しかも、それを貧しい人たちに分け与えるって言う……言ってみれば義賊ね、義賊」

「泥棒に義賊も何も無いと思うんですけど」

「チッチッチ」

アミィさんが指を振って舌を鳴らす。

……ときに、この人は従業員の癖に、客と一緒にこんなに話し込んでていいんだろうか?

「ただの怪盗じゃないわよー。警備兵から伝わった噂話によると、件の怪盗はシルクハットにスーツ姿のダンディーなおじさまらしいわ。いっぺん会ってみたいと思わない?」

「……まったく思いません」

「それだけじゃなくて、卓越した魔法使いでもあるらしいの。今まで、何人警備兵を投入しても全部煙に巻かれちゃったんだってさ。しかも、この前は騎士まで動員してもダメだったらしいわね。凄いのは、それだけやっても死者はおろか怪我人一つ出してないんだって」

それは純粋に凄い。

凄いけれど、どうしてこの人はそんな情報を知っているんだろう? 言ってみれば、国の恥となる情報だ。そうそう表に漏らすことは無いはずなのだが。

「しかも、予告状まで出すいまどきありえないくらいレトロな怪盗なのよー」

「なんか、面白そうな人ですね」

「お、リーナちゃん、興味ある? いいわよー、こんな話ならそれこそ何時間でも……」

「何時間も仕事をサボられちゃ困るんだけどね?」

その声に、アミィさんはびくっと肩を震わせる。

彼女の後ろには、ぐももももも、と怒りの炎を背景にしたリリスさんが屹立していた。

「や、はー、て、店長。見てたんですかー?」

「お店の真ん中で延々と大声でくっちゃべってたら、嫌でも聞こえるわ」

「そ、そうですよねー」

「とっとと仕事に戻る!」

「は、はいー!」

アミィさんは、長い耳を揺らしながら、厨房に戻っていった。

それを見て、リリスさんはふぅ、とため息を漏らして苦笑した。呆れてはいるが、どこか親しみを感じさせる。

「ごめんねー。デートの邪魔しちゃってさ」

「で、ででででデートなんてそんなっ!?」

どもりまくる僕を、リリスさんは今度こそ正真正銘の呆れの目で見て、リーナさんに向き直った。

「貴女も大変ね」

「いえ、慣れていますから」

そして、リーナさんのほうが落ち着いているという、なんか男として情けない状況。……なんか、ここのところリーナさんに主導権を握られっぱなしな気がする。いや、何時僕が主導権を握ったことがあるのか、と聞かれると返答に困るんだけど。

「そうねぇ。確かに、慣れるわよね。わかるわー、その気持ち」

「そうですか?」

「ええ。この子の父親も、それはもう朴念仁だったし……あ、思い出したらなんかムカついてきた」

ふふふふ、と実に不気味な笑みを浮かべて僕らの座っているテーブルを握り絞めるリリスさん。どうでもいいけど、テーブルに皹が入っていますよー? と思っても声には出せない小心者な僕なのであった。

「ま、しかし怪盗ファルースねー」

「リリスさんも知っているんですか?」

話が逸れたのをこれ幸いにと、僕は話題の転換を試みる。

「あ、うん。やっぱ有名人だし。てか、あんたたち知らないの? やっぱ、学生は結構隔離されてんのかな、そういう情報から」

「まぁ、僕たちは特にですよ。寮生ですし、普段街に出ませんから」

しかも、普段からあまり世間の噂話とか気にする方じゃない。

「ま、でも貴族のお金しか狙わないし、市民の評判は悪くないけどね」

「市民の評判のいい泥棒ってのも……」

「実際、彼の配る金で助かっている人もいるんだし、いいんじゃない?」

「てーんちょー! 貴女までサボってどうするんですかー!」

厨房のほうから、コックさんらしき人の声が届く。

「あー、っと。じゃ、あたしは戻るわ。デートの邪魔したお詫びに、デザートでも奢ってあげるから、許してね」

「だ、だからー!」

文句を言おうとしたが、リリスさんの魅力的なウインクに何も言えなくなる。開きかけた口を、しぶしぶ閉じて、僕はため息をついた。

「大変だねー、リオンくん」

「本当にそうですよ。昔から、お父さんの知り合いは僕をからかってばっかりなんです」

「でも……」

リーナさんがうつむく。……あ、あれ? なんかこう、寒気が。

「デート、ってとこで否定しようとしたよね? どういうことかな?」

「いや、それは……やっぱ恥ずかしいですし」

「わたしといることは恥ずかしいことなんだ? しかも、他の女の人相手に話し込んじゃうしさ」

「い、いやそれはリーナさんも」

ニッコリ笑顔で、僕の言葉は封じられる。

「と、いうわけでここはリオンくんの奢りだからね?」

「……はい」

僕は、頷くしかなかったわけで。

まぁ、なんていうのか……頑張れ、僕。

 

 

 

 

 

 

で、この怪盗の話というのは、この日限りの話題で終わる……と、僕は勝手に思い込んでいたのだけれど、

「ゴメン! ちょっと手伝ってくれない?」

次の日の朝、会うなりいきなりマナさんが手を合わせて頭を下げてきた。

「ちょ、ちょっと。どうしたんですか、マナさん?」

「マナ、いきなり言われてもなんのことだかわからないよ」

一緒に登校してきたリーナさんともども狼狽する。

「いや、実はね……」

そこからの説明は、僕を呆れさせるに十分のものだった。

なんでも、件の怪盗ファルースにやられたというのがマナさんの父親らしい。その怪盗ファルースは、大胆不敵にも『まだ溜め込んでいるらしいじゃないか』とか言って、その時盗みに入った貴族の屋敷にもう一度突入するという予告状を昨日送りつけてきた。

これこそ天が与えてくれた機会と、リベンジに躍起になるマナさんの父親。

ただ、予告状を送ったりシルクハットとスーツ着てたり、奇天烈な言動が目立つ怪盗ファルースだが、その実力だけはマナさんの父親も認めざるを得ないところ。前回のままの体制では逃げられること必至。

しかも、ちょっとした事件が被って警備兵は以前ほど揃えられないらしい。

そこで、枯れ木も山の賑わい……もとい、ヴァルハラ学園の生徒からイキが良くて、そこらの警備兵より使えるやつを何人か見繕って連れて来い、とマナさんに言いつけたそうだ。

もう、なんていうのか、

「滅茶苦茶だ」

「わかってる。ほんとーーーー、にゴメン。なんか、お父様が本気になっててさ。でも、使えそうなのって、このクラスだとリュウジのやつくらいだし……。リオンくんは、防御関係だけならダントツだから、戦力になるかなって」

「え、ええ?」

そんな適当な。

「大丈夫。ファルースが人を傷つけたことは一回も無いから」

「う、う〜ん」

けどなぁ。僕ってそもそも、荒事に徹底的に向いていない性格なんだけど。

でも、マナさんにはいつも世話になっているし……

「……召喚魔法は使わないよ」

「もちろんよ。あなたの友達を、こんなことで呼びつけたりしなくても結構だわ」

僕は、その気になればそれこそ『神』クラスの存在を召喚することが出来る。……でもそれは、自分か、友達の危機でしか使っちゃいけない力だ。あまりに分不相応な力だということは自覚しているので、頼りたくは無い。

……まぁ、契約した連中から言わせれば『水臭い』ってことになるんだろうけど。

「……わかりましたよ」

「ありがとう。じゃあ、契約成立ね。日当は払うから、安心して」

マナさんが差し出してきた手を、少し照れるがぎゅっと握り締める。ただの友愛の握手だ。だけど、なんかスゴイ目でリーナさんが睨んできているんですけど?

「り、リーナ?」

「マナッ!」

むぅ、とマナさんを睨むリーナさん。だけど、なんか僕のときより向ける視線がキツくないような?

「マナ、わたしもやるよ」

「え? リーナは無理でしょ」

「うん。リーナさん、やめといたほうがいいよ」

「え゛っ!?」

マナさんの言う事ももっともだったので、僕が追従すると、リーナさんが目を見開いて驚愕のポーズで固まってしまった。

な、なんか悪いこと言っちゃったかな? でも、その怪盗が人を傷つけないって言っても、やっぱり危険がまったくないわけじゃないだろうし。

「う、うう……」

「リーナさん?」

「うわーんッ! マナにリオンくん取られたー!!」

いい゛っ!?

教室内でそんなことを大声で言うもんだから、僕へ(なぜ?)の悪い噂が一瞬で立ち昇り始めた!

「リオンくん二股? サイテー」

「真面目ぶって、そんなことする人だったんだー」

「ぅぉのれリオン! リーナさんを泣かすとは……親衛隊・暗殺部に至急連絡だっ!」

……なんか、最後のだけは聞き捨てならないけど、ここはあえて聞き捨ててリーナさんのフォローをしなければ!

「あ、あのねリーナさん。どうして、マナさんに僕が取られたって事になるんですか?」

「だって、だって、夜中二人っきりになるんでしょ?」

今の台詞で、僕への評判がさらに急降下したが、無視。

「あ〜〜、もう。恋は盲目っていうけど、耳は聞こえるんだからちゃんと話聞きなさい。あのね、あたしたちは、あくまでたくさんいる警備兵のバックアップなの。二人きりじゃないし、リュウジもいるし、心配することないってば」

「? リュウジ、もう引き受けているんですか? まだ来てないんですけど」

「ああ、どうせ断っても引き受けさせるからいいでしょ」

ひどい。だが、普段のリュウジの性格からして、こういう面白そうなことを断らないってのは事実だろう。

「本当に?」

「本当よ。……ったく、そんなに心配なら、あなたも来れば?」

「ちょっ! マナさん!?」

なんか、マナさんがとんでもないことを言い始めた。

「大丈夫よ。さっきも言ったけど、ファルースは人を傷つけないんだから。それに、世紀の歌姫が見ているとなれば、警備兵たちもやる気が出るってもんでしょ」

「それは……そうかもしれませんが」

未だ公演とかはほとんど経験していないとは言え、以前参加したコンサートでの評判やレナさんの娘というネームバリューなどによって、リーナさんは音楽界ですでに注目されている。長じれば、歴史に名を残すほどの歌い手になる、ともっぱらの噂なのだ。

当然、住んでいるセントルイスでの知名度はべらぼうに高い。お陰で、僕と付き合っていることまで完全に露見している。

ともかく、そんな人に見守られたら、兵士はやる気が出るだろう。

「もちろん、リオンくんもやる気出るわよね?」

「え?」

「え、ってなんですか、え、って!!」

マズイ。一瞬返事が遅れたから、リーナさんの機嫌が急降下した。

「いや、もちろんやる気は出ますよ」

「なら、万一危ないことがあってもリーナのことはリオンくんが守ってくれるわよね?」

「も、もちろんです」

なんか、うまく言い包められた気がするが、ここは頷くしかないだろう。なんというか、男として。

「じゃ、今晩お願いね。……って、リュウジの奴、やっと来たわ。ちょっとっ、リュウジー!」

教室に入るか入らないかという位置にいたリュウジの事を素早く察知して、マナさんがノシノシとリュウジに向かっていく。マナさんが威嚇するように怒りを撒き散らしているのは、既にあの二人なりのコミュニケーションなのだろうか。

「な、なんやぁ?」

「つべこべ言わず、今晩ちょっと付き合いなさい!」

「んなっ!? きゅ、急にそないな風に誘われても……でも、強引な女も嫌いやないで?」

「!!? あ、アホかぁ!」

あ、リュウジが殴り飛ばされた。

なむなむ、と手を合わせると、隣でリーナさんも同じようにしていた。

さて、とりあえず、これから考えるべき事は。

「り〜お〜ん〜。リーナさんを泣かせたその罪、万死に値する。大人しく、お縄につけぃ!」

……すぐ後ろに迫っている、自称リーナさん親衛隊の魔手から逃れる方法だろうか。

 

 

 

 

 

 

「暇やな〜」

刀を持ったまま、リュウジが欠伸を噛み殺す。

それは、僕も同感だ。

貴族の屋敷に案内されて、既に三時間。犯行予告時間はあと一時間後の午前0時ジャスト。もしかしたらフライングで来ることもあるかもしれない、と早め早めに警備に付いたのだが、これが見事に空振りだった。

ちなみに、僕たち学生組が配置されたのは金庫の真ん前。

『頼んでおいてなんだが、さすがに学生に矢面に立たせるわけにはいかない。なぁに、屋敷に入る前にとっ捕まえてやるから、心配は無用だよ。だが、万一入られたらよろしく頼む』

などと、やたら体格のいいマナさんのお父さんに言われて、僕たちは屋敷の主人と一緒にここに詰めている。この屋敷の使用人とかは、警備兵とともに警戒をしているらしい。

「ふむぅ。確かに退屈だな。……よし、リィナくん。未来の歌姫と名高い君の歌を一曲披露してくれたまえ」

椅子に座っている貴族・ヴィーヴィル卿が、リーナさんに命令する。

……あまりこういう事をいうのもなんだが、この恰幅の良い貴族の印象はあまり良くはない。地位はかなり高いらしいけれど、態度が横柄で、僕らの事を平民の子供風情と馬鹿にしているのが言動に見て取れる。騎士の娘であるマナさんだけは少しマシだけど、本当に少しでしかない。

「……はい。わかりました」

リーナさんは繊細だから、多分それを僕以上に感じ取っている。露骨に顔に出すことはしていないけれど、あまりいい気分ではないことは確かだ。

「ヴィーヴィル卿。あまり油断なされるのもどうかと」

遠まわしにマナさんが止める。確かに歌などが外の警備兵に聞こえたら、緊張が緩んでしまうだろう。

「ふん、構うものか。今日こそは、あの怪盗めの命日だ」

「恐れながら、ヴィーヴィル卿。以前、本日より少ない人数で突破されたと、私は聞いておりますが」

「なかなか生意気なことを申すな、エンプロシアの娘よ」

じろり、とヴィーヴィル卿がマナさんを睨みつける。

そのマナさんは緊張してはいるようだが、毅然として見つめ返していた。

「申し訳ありません。ですが、仮にもこの国の上級騎士である父が出し抜かれたのです。やはり相応の警戒を取るのが上策かと」

「平気だよ。あれは、警備兵どもが不甲斐なかったせいだ。無論、君の父上も含めて、だがな」

マナさんが歯を食いしばっているのが見て取れる。

お父さんを本当に尊敬しているマナさんだから、当然の反応だろう。それを知っているリーナさんも、ヴィーヴィル卿を少し睨んでいた。

「今回は、私が個人的に付き合いのある傭兵ギルドと魔術士ギルドから、腕利きを計五十人取り寄せた。君たちも見ただろう? あの屈強の猛者たちを」

「……ええ、そうでしたね」

確かに見た。屋敷の外は正規の警備兵やマナさんのお父さんが固めているが、屋敷内はその傭兵たちが固めている。

ただ……確かに一般の警備兵よりは強そうだったが、リュウジ曰く『気合が全然足らんわ。実力で劣っても、外の連中のほうがマシやな』らしい。

「どうだ、これでわかったかね? 君の心配は無用だ」

「……はい。出過ぎた真似を」

「なに、職務に忠実な証拠だ。期待しているよ、君には……おっと、君たちには、ね」

ちっとも期待していない風に言われても、全然嬉しくはない。

「さぁ、歌ってもらおう。まさか、断るということはしないだろうな?」

「……はい。じゃあ、歌わせてもらいます」

リーナさんが前に進み出る。

……その歌声は、何時に無くやる気のないものに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

ヴィーヴィル卿のリクエストに答え続けて、五曲目だっただろうか。

不意に、パチパチパチ、と拍手する音が聞こえた。

「何奴!?」

ヴィーヴィル卿が叫ぶ。

だが、まったくなんの構えも見せていない。リュウジは既に刀を抜いて戦闘態勢。マナさんも、槍を持ってヴィーヴィル卿の前に出ている。

僕はというと……まぁ、リーナさんを守るくらいしかできることはないのだけれど。

前の二人は、僕が守るまでもなく強いからなぁ。

「大変いい曲だった。思わず拍手してしまったよ」

なんか芝居がかった台詞を発したのは、噂どおりシルクハットにスーツ、手にステッキを持った紳士。顔は上半分を仮面で隠していてよくわからない。

アミィさんが言ったとおり、ダンディーかどうかはわからない。むしろ、意外と若く見える。

「貴様ぁ、怪盗ファルース!」

「ええ。貴方に会うのは二度目ですね。予告通り、再び貴方の財産を頂戴しに参りました。ヴィーヴィル卿、大人しく渡してはもらえませんか?」

やはり芝居がかった動作で優雅に一礼するファルース。

だが、当然のようにそれを受け入れるわけも無い。

「どうやってここまで入り込んだのかは知らんが……ノコノコと姿を現しよって。飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ。おい! 早く来ぬか!」

ヴィーヴィル卿の声に反応して、部屋の外から傭兵たちが慌てて殺到する。どうやら、本当に警備の人間にまったく気付かれずにここまで侵入してきたらしい。

「やれやれ……しまったな。今日は、誰とも戦わず、スマートに事を進めるつもりだったのだが」

「ふん、負け惜しみを」

にじり寄る傭兵たち。ある者は剣を構え、ある者は魔法の詠唱に入っている。

しかし、当の怪盗は平静そのもので、殺気だった連中が滑稽にさえ見える。

「『眠れ』」

そして、優雅に手を振りながら一言呟く。

それだけで、今にも飛び掛ろうと興奮状態だった傭兵たちが、くてんと倒れてしまった。

「!? い、今のどんな魔法!?」

「わ、わからん! いくらなんでもでたらめすぎや!」

慌てるマナさんとリュウジ。

って、僕も十分慌てているんだけど。

……詠唱も何も無しに、興奮状態の人間を、複数人一気に強制的に眠りに落とす。しかも、魔法に対する抵抗力の高い、魔法使いの人たちまで。

これは、確かにリュウジの言うとおり……

「でたらめだ……」

なるほど、魔法の達人と噂されるのも頷ける。

「ええい、他の連中は!?」

「ああ、屋敷内の人間なら、今ので全員、眠ってしまったはずだ」

……本当に規格外すぎる。反則だ。

「く、くくく! き、貴様らとっととかからんかぁ!」

今度は僕たちに命令するヴィーヴィル卿。悔しさからか、顔が真っ赤になっている。

「やれやれ。子供にやらせるとは、とんだ貴族様だな」

「ま、アンタの言う事はもっともやけど、それでもわいはこっち側やからな」

「やめておけ。勝てないということくらい、わかるだろう」

持っているステッキを構えるファルース。

真剣と斬り合うにはどう見ても力不足の獲物だが、彼ならなんとでもしてしまいそうな気がする。

「悪いけどなぁ、物分りが悪いんや、わいは!」

飛び掛るリュウジ。

ほぼ同時に、無言でマナさんもバックアップに走っている。

「はぁっ!」

「やぁっ!」

「ほう、これはなかなか。……腕を上げているな」

ステッキ一本でリュウジの怒涛のような剣と、マナさんの疾風のような槍を捌き続けるファルース。

「リーナさん、もっと下がって」

「う、うん」

あのスピードだと、多少離れていても巻き込まれかねない。こちらを狙ってこない攻撃くらいなら防げるだろうけど、念には念をだ。

「おい、お前! 何をしている!? とっとと行かんか!」

気が付くと、リーナさんと同じように僕の後ろに隠れていたヴィーヴィル卿がせっついてきた。

「……無理です」

「なんだと!? 私の命令が聞けないのか!!」

「そうではありません。僕がここを離れると、あの怪盗はヴィーヴィル卿を狙ってくるかもしれません。誰かがガードについていないと……」

「ぐ、くくくく」

適当に理由をでっち上げたけど、納得はしてくれたようだ。まさかリーナさんに守らせるとは言えないらしい。

「マナっ! 無事か!」

と、窓を蹴破って、巨漢の戦士が飛び込んできた。……あの、ここ三階なんですけど。

「黒鉄の騎士エンプロシアのご登場か!」

それに、ファルースは一瞬気を取られる。その隙を、二人が逃がすはずもなく、

「もらったぁ!」

「ぃぃやぁぁああ!」

本日最速の一撃。いや、ニ撃がファルースに襲い掛かる。

会心のタイミングだったのだろう。リュウジとマナさんの顔は笑みの形になっている。

しかし、

「うわっ!?」

「ぷっ!」

斬った、と思ったら、マントだけ残してファルースは消えていた。……!

「うわっ!?」

突然、リーナさんの頭上に現れて、脳天にステッキを振り下ろしてきた!?

「え?」

咄嗟に受け止めた僕の腕に、まったく衝撃は伝わってこない。スピードだけで、まったくパワーが入ってなかった。

「なんだ、ちゃんと守ってるんだな」

ぼそっ、と呟く声。

どこかで聞いたことがあるような気がして、思い出そうとしたところで、ファルースは身を翻した。

「ふふ。今日はこの辺で私は退散するとしよう。怖い怖い黒鉄の騎士も来てしまったことだし」

「抜かせ! 貴様がそんなタマか!」

すごい敵意を込めてファルースを睨みつけるマナさんのお父さん。黒鉄の騎士、なんて無骨な名前で呼ばれるのも判る気がする。

「それに、今まで予告を一度も破ったことない怪盗ファルースが、このまま立ち去るなんて言わないわよね?」

挑発するようにマナさんが言う。

確かに、怪盗ファルースの予告達成率は百パーセント。今まで、一度も失敗したことが無いという話だが……って、え?

「じゃあ、これなーんだ」

懐から、ずるっと布袋を取り出すファルース。ってか、明らかに懐に入るような質量じゃなくない?

「そ、それは私の財産……!」

「そーゆーことだ。使用人の給料と、生活に最低限必要な分は残してあるから、これからは質素倹約に努めるんだな。あ、給料はケチんなよ。そんなことしたら、今度こそケツの穴まで毟ってやるから」

それじゃあ、とファルースは手を上げて、

「!?」

その手から、閃光を放った。

一瞬、僕たちの目がくらんだ直後、ファルースの姿は窓から夜空に飛んでいた。

「クソッ! また逃げられた!」

悔しそうにするマナさんのお父さん。だが、その顔はどこか嬉しそうにも見える。

「しっかし、ホンマ、ぞっとするくらいのレベルやったで。アイツが本気でわいらを殺しにかかってたら……」

マナさんのお父さんと同じく、悔しそうにしながらも嬉しそうなリュウジ。よくはわからないけれど、これが戦士のサガと言うものだろうか?

「……そうね。しかし、なんなのかしらあの怪盗? 手口とか力量もでたらめだったけど、なんか口調が一貫してなくなかった? リオンくんはどう思う?」

と、マナさんが意外と鋭い指摘をする。

「そうですね……多分、演技がおっつかなかったんでしょう。僕たちみたいな意外な人がいたから」

最初、それっぽく見せようと苦労してたみたいだけど、結局地がでたんじゃないかな。と僕の意見を伝えても、やはりマナさんにはわからないようだ。

わけがわからない、という顔で後片付けを始めるマナさんたちを尻目に、リーナさんが僕の近くに来る。

「なに、やっているんでしょうか、あの人」

「あ、リーナさんわかったんですか」

「当然です。私、一時期とは言え、あの人のことが好きだったんですから。名前だって、単なるアナグラムだし」

言ってから、リーナさんははっ、となにかに気が付いて、慌てて手を振った。

「す、好きだったって言っても昔の話ですよ!? い、今はリオンくん一筋ですからっ」

言ってからリーナさんはかーっと顔を赤くする。多分、僕も同様になっているんだろう。

あの人のことは、あとで問い詰めるとして……さて、この甘酸っぱくも居心地の悪い空気を、どうしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サレナぁ! 俺はもう嫌だ! 絶対リオンにはバレた。もうやらないぞ!!」

亜空間に作られたルーファスの居住地。精霊界と隣接しているこの空間で、怪盗ファルース改め元勇者ルーファス・セイムリートは、テーブルの向かいにすまし顔で座っている現ローラント女王に文句を言っていた。

「あら、最初は面白そうだってノリノリだったくせに」

「そうですねー。あんな仮装まで用意して、台詞の練習とかして、ノリノリでした」

お茶を運んできたリアも一緒になってルーファスを攻めてきた。

「い、いや。確かにそうだけどさ。昨日なんか、結構やばかったんだぜ。危うく、リュウジとマナちゃんから一撃貰うところだったし、黒鉄のオッサンには目を付けられるし」

「子供が育っているのはいいことじゃない。エンプロシアも、目標が出来たって喜んでたわよ。それに、やばかったっていっても、アンタの場合、全然やばくないからねぇ」

サレナが笑いながら紅茶を傾ける。

ぐぅぅー、と唸るルーファス。文句を言いたいのだが、学生時代とかリオンの学園入学の時とか、色々サレナには借りがあるので言えないのだ。

まぁ、ルーファスも色々返してはいるのだが、あまり大した事をしたという認識が(本人には)ないので、一向にチャラにならない。しかし、今回のこれはいくらなんでも貸し借りの勘定に入れるべきだろう、とルーファスは密かに決心していた。

「いや、でも感謝はしているわよ。最近、貴族連中が金を抱え込んで、一向に市場にお金が回んなくてねぇ。それでも、正規に手に入れたものならいいんだけど、賄賂とか不正な税収とかで肥え太ってる奴が多すぎて……私が吸い上げたら問題あるし、告発したら混乱するし」

「……もういい。だけど、貴族から金盗んで低所得層に渡す、なんて強引な方法、どっかで歪みが出るぞ」

「そこはそれ、うまくやるわよ。貴族連中に金がなかったら、いくらでも取れる方法はあるわ」

ルーファスも、サレナの政治的手腕には信頼を置いている。その点では確かに心配無用なのだろうが……何が悲しくて、魔王を倒すために鍛え上げた力を、こそ泥のために使わなくてはいけないのだろうか?

いや、まぁ、初期はかなりノリノリだったというのも確かなのだが。だって、男の子には変身願望があるんだもん!

「と、いうわけだから、あと十件ほどよろしく」

「嫌だっつってんだろうが!」

しれっと頼んでくるサレナに、ルーファスは断固とした姿勢で抗議する。それを、リアはまぁまぁと諌めた。

「でもまぁ、泥棒って言うのもルーファスさんにぴったりじゃないですか」

「リア……お前、何を根拠にそんな人聞きの悪い事を言う?」

「だって、ルーファスさんは、わたしの心を盗んでいきましたから……きゃっ」

頬に手を当て、いやんいやんと体をくねらせるリア。嫁の奇行に、ルーファスがなにも突っ込むことができずに固まっていると、サレナが『ごちそうさま』と手を振った。