父さんが死んで、母さんがこの山――アーランド山に引っ越すと言ったときは随分反対したものだが、あの母さんに逆らったって無駄だと言うことは僕が一番よーーくしっている。

ここに引っ越してきて、大体半年。父さんの死からもやっと立ち直り、このなにもない場所で生活していけるよう、家やら畑やらを作って、僕は非常に暇をもてあましていた。

大体……だ。このあたり周囲30kmくらいは人家はまるで無し。ときたま〜に冒険者とかが来るらしいが、もともとここらへんには遺跡やらなにやらがあるわけではなく、モンスター等もほとんどいないので、僕が引っ越してきてから母さん以外の人間を見ることはなかった。

家にあった本もすべて読み尽くしたし、こうなってくるとポトス村の野蛮な幼なじみが懐かしくなってくる。……いや、まあ出来ることならもう会いたくないけど。……いつかまた会いそうな気がするなあ。

ちなみに今現在、僕は、山の中を探検していた。もちろん、自分から進んできたわけではない。話は一時間前に遡る。

 

「風との邂逅」

 

「母さん。そんなところでぐーたらしていないで、少しは家事、手伝ってよ」

「なによう……。いつからライルはそんな子になっちゃったの? あたしはそんな子に育てたおぼえはないわよ……」

「僕も、事こういった面で母さんに育てられたおぼえはないけど」

さらりと言い返す僕に、母さんはとたんに不機嫌な顔になる。

「もう! 大体あんたは子供のくせに色々口が達者すぎるのよ! もう少し子供らしくしたらどうなの!?」

「怒らないでよ……。はい。ごはんできたよ」

「……こういうところも、子供離れしているわねえ。すっかり主夫が板に付いちゃって」

本当に。自分でもそう思う。でも、母さんがしてくれないのだから自然と覚えてしまったんだよ。やればできないことないのに、ぐーたらしてるから。

「……今なにかよからぬことを思ったでしょ」

「……めっそうもない」

じと目の母さんの視線をさりげなくかわしつつ、テーブルにつく。

「早く食べちゃおうよ。冷めるとおいしくないよ」

「なんか誤魔化されてる気もするけど………」

そんなことを言いつつも、母さんも空腹には勝てず、大人しく席に付く。

「それよりもね〜」

食べながら、いきなり母さんが切り出してきた。

「正直、ここに来てなーんもすることがないわね」

「いや、わかっててここに来たんでしょ?」

「それはそうなんだけど……。やっぱり、人間、退屈には勝てないわ。と言うわけでライル。なんかして私を楽しませなさい」

無茶苦茶だ………

「やだ」

「なんで」

なんでと聞きますか?

「面倒くさいから」

「ふーん。あんたは暇だとは思わないの? こういったレクリエーションで精神的にリラックスすることは日々の生活にとって非常に重要なのよ? まったく……あんたには人として大切な物が抜け落ちているわ」

「………………」

そりゃあんただろ。と、言い返したかったが、止めておこう。ぼこぼこにされるのは目に見えている。。

なにしろこの母さん。見た目はただのぐーたらで、ダメダメな母親だが、こと日常生活にまったく役に立たない戦闘能力という点のみでは人間を捨てている。……なんせ野生の凶暴な熊を素手の一撃で殺(や)っちゃう人だからな。

「……あんたがあたしをどー思っているのか、よーーーくわかったわ」

「は?」

「……あんた、その思っていることを口に出す癖、早く直した方がいいわよ。いつか身を滅ぼすことになるから」

「……もしかして全部しゃべってた?」

「ええ。よくもまあ実の母親に向かってそこまでの罵詈雑言を浴びせられるわね?」

いや、ただの事実だと思うけど……

「まだ懲りないわけね?」

し、しまったぁあああ!!?

「覚悟は出来てるんでしょうね?」

「ああ!! そういえば、料理用の香草が切れてたんだ! 早く取りに行かないと! じゃ、そーゆーことで!!」

ばひゅん! と、僕は自信の限界に挑む動きで外に出た。

「むう……。息子ながらスピードは侮りがたい……」

と、某母親が呟いたが、僕の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

と、ゆーわけで冒頭に繋がるわけだ。

今帰っても、怒りの大魔神と化した母さんが待ち受けている。

夕食まで待てば、ご飯を作らせるため、母さんも手は出さないだろう。それまで、引っ越してきてからロクに見ることもなかった山中の森の中を探検しているというわけである。

この山は、薬草やら木の実やら、生活に役立つ植物が多い。なぜか、そういった知識は半端ではない母親のおかげで、僕も食べれるものとそうでないものの区別くらいはつく。ただ散歩するだけもアレなので、本当に料理用の香草などを即興で作った草のかごに集めていく。

ちなみに、今の目的地は山の頂上の大きな木。

麓からでも容易に見えるその木がずっと気になっていたが、なんとなく行く機会がなかった。せっかくだから行ってみようかと思ったわけだ。

しばらく歩き続けて、かごの中が薬草やらなにやらでいっぱいになったころ、その場所に着いた。

そこで……僕は見た。

 

 

その大きな木のまわりは不思議と他の木はなく、ちょっとした草原のようになっていた。

どうしてかな……? と考える前に、僕の目はその木の根本あたりに釘付けになった。

そこにいたのは、絵本から出てきたような妖精達。

声は聞こえない……って言うか、出してないみたいだが、笑顔で“語り合っている”。おかしな表現だが、そうとしか見えなかった。

そこにいる妖精は計7人(?)。そろって、人形程度の大きさで、どこか空気のように儚い印象があった。

なにか、この世のものではない気がした。それほど、僕の常識を大きく逸脱した光景だった。

その幻想的な光景に見惚れていたせいだろう。僕がそれを気にとめなかったのは。

他の妖精達と比べて、図々しいまでの存在感を持った妖精の一匹がこっちに近付いてくるのを。

「あんた誰よ」

話しかけてきた妖精は、口調はさておき、僕が思い描いていた『妖精』のイメージぴったりだった。

それにしても、他の妖精達が、僕の姿を確認するなり木の影に隠れたことを考えると、この子はかなり図太い性格をしているらしい。

「なによ。なんか言ったらどうなの? 声が出せないわけじゃないんでしょ」

「ら、ライル・フェザード……です」

名前を告げると、その妖精はじろじろと僕を見始めた。

「ふ〜〜ん……」

「な、なに……?」

「あんた、精霊見るのは初めて?」

いきなり言われて、僕は混乱した。

精霊? そういえば、この子達は妖精と言うより、もっと自然に近い感じがする。でも、精霊って人間の前には滅多に姿を現さないんじゃなかったか? そりゃ、僕が不意打ちっぽく現れたんだけど、この目の前の偉そうなのは何で逃げないんだ……?

「偉そうとはよく言ってくれるじゃない?」

「ああっ!? またかい!!」

思わず頭を抱えてしまう。

僕は隠し事は絶対出来ないタイプだ。母さんも言っていたけど、いつか身を滅ぼすような気がする。

「い、いや! 違うんだ! さっきのは言葉に出す気はなくて……でも、僕って思っていることを口に出しちゃう癖があってソレで……」

「つまり本音なわけでしょ」

あたふたと言い訳する僕を、目の前の精霊は一刀両断にした。

「え、え〜と……」

「ま、いいわ。おーい。とりあえず、毒はないみたいだから、みんな出てきても大丈夫だよ」

その精霊の少女が言うと、木の影からおずおずと、仲間らしき精霊達が出てきた。

それより、毒ってなんだよ。毒って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その精霊の少女と会って3年が過ぎた。名前はシルフィリア・ライトウインド。

本人曰く、

「シルフィって呼んでね」

とのことだ。

初めて会ったはずなのに、最初からいやにフレンドリーなやつだった。

普通、精霊というのは、人間の前に姿を現すことさえまれだ。それが、自分から自己紹介をするなど、ついぞ聞いたことがない。

その事をシルフィに問いつめてみると、

「あんた、自分で気付いてないみたいだけど、かなり精霊との相性がいいからね。まあ、私が人間に比較的慣れているっていうのもあるけど」

と説明された。

そういえば、シルフィはここらの精霊のボスらしく、そのシルフィと仲良くしたことで、他の精霊達も僕にけっこう友好的だ。たまに、シルフィと初めて会ったあの木――マザーアースというらしい――で遭遇したりする。

シルフィほど力が強いわけではないらしく、言葉は話せないが、なにを言いたいのかはなんとなく伝わってくる。

これも、『相性』とやらがいいおかげらしい。下位精霊の意志もわかるということで、シルフィはずいぶんと驚いていた。なんでも、そんな人間は百年に一人クラスの逸材だとか……。あんまり実感はないけど、僕はけっこうすごいのでは?

まあ、母さんも母さんで人間離れしているし。それを考えると、息子の僕が多少異常でも当然なのかも……。

「なに一人で考え込んでいるのよ」

いろいろ。

「さっさと私のご飯作ってよね」

「わかったからおとなしくしててくれ」

初めて会ったときは、絵本の中の妖精のようにかわいらしいと思った精霊は、人のそんな想像も知ったこっちゃないとばかりに打ち砕いてくれた。

どこの世界に、人間の食い物を食い荒らす精霊がいるのだ。精霊なら花の蜜なり、朝露なり食っとけ。

「私の知り合いには、けっこう好きなやつが多いけど」

「……なにが」

「だから、人間の食べ物」

……また声に出していたらしい。最近、とみに思っていることを口に出すことが多くなってきているような気がする。周りにあまり……っていうかほとんど人がいないせいだろうか?

「で、ローラさんはいつ帰ってくるんだって?」

「今日帰ってくるはずだけど」

母さんは今、近くの町に買い出しに行っている。自給自足しているとはいえ、やはり足りないものは出てくるものだ。

と言っても、今ではほとんどが自給できている。母さんの手持ちのお金もそろそろ尽きてきたと言っていたし、これが最後の買い出しになるかもしれない。

「あ、私はちょっと用事があるから帰るね。今回のおみやげ、ちゃんと残しといてよ」

シルフィが嬉しそうに口笛を吹きながら外に出ていった。

そういえば、会ってから一年位したとき、シルフィを母さんに紹介した。

そのときの事を、ふと思い出してげんなりとする。

なんせ、その時、シルフィは人間の14歳くらいの少女の姿(僕は単純に人間モードと呼んでいる)になって、いきなり僕の恋人宣言などをしたのだ。

無論、冗談だったが(そんなの、僕の方がいやだ)、あの母さんは本気にした。まあ、そこで一悶着あったのだが……。今では、シルフィのこともちゃんと説明して、変わったお客様として扱っている。性格が似ているせいか、けっこう仲がよい。

とかなんとか考えているうちに、母さんが帰ってきた。

たんたん、と足音がする。さて、今日の晩ご飯はなににしようか。

 

 

 

 

そして、その夜。母さんが倒れた。

 

 

 

 

「たはは〜。まいったわねえ。健康には気をつけてきたつもりだけど……」

倒れてから数時間。やっと気が付いた母さんは軽い口調だが、ものすごくつらそうだ。なにより、生気というものがほとんどなくなっている。

「あんまりしゃべらないで」

母さんの額に手を当てて、熱を調べる。

………かなり熱い。それも尋常の熱ではない。

「……薬、とってくる」

「あ〜。だめだめ。この病気、薬なんか効かないわ」

かなり苦しそうな様子で、母さんが僕を止めた。

「なんでわかるのさ」

「……あんた、父さんが死んだときのこと、覚えてる?」

父さん。3年前、この山に引っ越してくることになった原因が父さんの死だった。あの日、いつもの仕事から帰ってきた父さんはいきなり夕食の後いきなり倒れて……

「…………!!」

「そ、父さんとおなじ病気よ。これ」

その父さんは、日が変わったと同時に死んだ。

「ま、まさか。ちょっと疲れているだけだよ。少し休めばちゃんと……」

「だからあたしはもうダメだって。父さんが死んでからこの病気のことはちゃんと調べたんだ。万に一つも助からない。倒れてからもう4時間は経ってる。そろそろ限界だな」

「馬鹿言わないでよ!! そんな……そんなことあるはずないだろ!!」

「あ〜〜。もう、うじうじしてんじゃないわよ。ガキが。死ぬ間際くらいゆっくりさせてくれって」

そう言って、母さんは布団にくるまった。うっすらと涙も浮かんでいたような気がする。

気が付くと、母さんの体はさっきまでとはうって変わって死人のように冷たくなっていた。

「あ、ライル。あたしが死んだ後、どうするかはあんたの自由だよ。シルフィちゃんもいるんだし、よく考えて行動しな」

それっきり、母さんはなにもしゃべらなくなった。

あまりにもあっけない。母さんの死だった。

 

 

その日、僕は母さんの亡骸の前で泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえライル。悲しいのはわかるけど、なんか食べないといけないよ」

シルフィが心配そうに尋ねる。

「……いい」

母さんが死んで数日。埋葬を終わらせた後、僕は自室のベッドにずっといた。なにもする気が起きない……

「まったく……。私がいちおう作ってあげたから、食べる気になったらちゃんとしたに降りて食べなさいよ」

それだけ言うと、シルフィは外に出ていった。

僕を気遣ってくれたのだろう。実際、今は一人でいたい気分だった。

 

 

一日…………

 

二日……

 

三日…

 

……

 

 

「あーーー!! もう、いい加減にしなさい! このままだと、冗談抜きに死んじゃうわよ!?」

「……かもね」

「そりゃ、悲しむなとは言わないけど、少しは自分を大切にしなさい」

「………」

「って、寝るな!」

「………もう、ほっといてくれない?」

今思うと、唯一の肉親が死んでかなり自棄になっていたのだろう。そんなことを言った僕に、シルフィは怒り狂った。それはものすごい勢いで。

「ああーーー!!もう、うじうじしてんじゃないわよ!!ガキが!」

どっかで聞いたようなセリフだ。

「ガキって……シルフィと僕。おなじくらいの年齢じゃ……」

「外見上はそうでも、私は軽く数百年は生きてんの!! ったく……。妙なところを突っ込むんだから」

「そんなこと言っても………」

「うるさい! わかったわよ!つまり!あんたはひとりぼっちが寂しいわけね。それだったら、私が一緒にいてやるわ」

「……え?」

そんなこと誰も言っていないのに……。と、言おうとしたが、その前に人間モードになったシルフィに腕を掴まれていた。

「っつ!」

どこからともなくシルフィが取り出したナイフで指を切られた。

「なにを……」

「ま、ちょっと待ってなさい」

同じように傷を付けたシルフィの指と、僕の指を重ね合わせる。

「『我、契約を請う者』」

いきなり、僕の口からそんな言葉が出てきた。慌てる僕に、シルフィが更に続ける。

「『我、契約を受け入れる者』」

シルフィと僕の接触した場所が光を放ち出す。

「『今、血の交わりをもって、魂を分かちあう』」

さらに、自動的に次の呪文が僕の口から出る。

「『古の神聖なる儀式をもって、生を分かちあう』」

その原因っぽいやつも、呪文を続け、さらに光が大きくなっていく。

「「『『共に生きるため、今ここに契約を結ばん』』」」

一際強い光の後、何事もなかったかのように、シルフィが元の人形のサイズに戻っていた。

いつの間にか、傷も消えている。

代わりに、目の前の精霊との確固たる繋がりが僕の中にあるのを感じた。

「な、なにがどうなって……」

「私と契約を結んだのよ。感じるでしょ?」

「け、契約?」

「そういや、教えてなかったわね。ま、それはおいおい説明したげるわ」

そう言って、シルフィは僕の手を引っ張る。小さいくせに、いやに強い力で。

「ほら、さっさと下に行くわよ」

「……なんで?」

「何度も言ってるでしょ。私が食べ物作ってやったって。食べないとは言わせないわ」

「う……うん」

結局僕は付いていった。なぜだろう。さっきまであんなに沈んでいたのに。

多分、新たに出来たシルフィとの“繋がり”のおかげだろう。なにか、温かいものがそこから流れ込んでくるような気がした。

(あ、これがテレパシーね。覚えておいてよ)

「はあ!!?」

いきなり頭の中からシルフィの声がした。

当のシルフィは、いたずらっぽく笑っている。

「ま、これも後から説明するから。さあ、食べなさい」

テーブルに並んでいる、不細工な、しかし、作り手の一生懸命さが伝わってくる料理を差し出す。

僕はゆっくりと、それに口を付け、言った。

「………まずい」

「冷えてるんだから当たり前でしょ。文句があるんなら食べなくていいわよ」

無言で食べ続ける。

「……おかわり」

「はいはい」

嬉しそうに笑いながら、シルフィはおかわりをいれてくれる。いつの間にか人間モードに替わって、ついでにエプロンまでつけていた。

 

数十分後。味はともかく、満腹になった。

「……もう少し勉強した方がいいぞ」

「そう? でも、面倒だし、これからの食事はよろしくね“マスター”」

そして、僕のここでの新しい生活が始まった。

物語は、この二年後。突然の来訪者によって始まる。