俺は今、王都に来ている。

今年は、どうも作物が不作だったので、出稼ぎに来たのだ。冒険者ギルドで、適当な仕事をもらい、いくつかこなしてきた。いつもは妻のローラと一緒に来るのだが、今回は五歳になる息子、ライルの世話のため来ていない。

そして、軍資金を稼いだ俺の向かう先はなじみの武器屋。妻は反対するこの趣味だが、これに関してだけはたとえ妻とて口出しさせるつもりはない。

……あ、ローラ、手は出さないでくれよ、頼むから。

 

親父奮戦記

 

さて、やってきたのはドラゴンズゲート。裏路地の、さらに奥まった場所にある、通好み……てゆーか、なんかコネがなければ、絶対に知ることがない場所だ。

ジュディの知り合いがやってなければ、俺だって知らなかっただろう。この店は、店主の人格はさておいて、品揃えと(滅多にやらないが)武器製造の技術は本物だ。

「合言葉は?」

ドラゴンズゲートのドアをノックすると、いきなり合言葉を求められる。……こんなことするから客が集まらないんだぞ。

「……開けごま」

「……入れ」

ぎぃ、とドアが開く。……いや、本当に品揃えはいいんだよ、ここ。

中に入ってみると、なにやら陰気な空気に包まれる。これがドラゴンズゲートのいつもの空気なのだが、非常に体に悪そうだ。

「こんちわ、カーティスさん」

いつも不機嫌そうなここの店主に挨拶する。

「レイルか……」

そう、言い忘れていたが、俺の名前はレイル。レイル・フェザードだ。

「なんかいい武器入ってない? カーティスさんの作ったやつなら大歓迎だけど」

「俺はもうほとんど作っちゃいない。入荷したやつで、お前の気に入るようなやつはないな、あいにく」

ちっ、と舌打ちする。ここにないということになると、あとは王家主催のオークションくらいしかない。入場料がかかるし、異様に値段を吊り上げるやつらがいるからいやなんだよなあ。

「大体、ローラちゃんがいい顔しないだろ」

「い、一応、俺は夫だぞ。なんとか言いくるめるさ」

「お前……前、うちで剣買ったところを目撃されて、半殺しの目にあったのもう忘れたのか」

「前って言っても、6、7年前の話だろ」

「息子が生まれたんだろ。これからなにかと金かかるってのに、使い込んだりしたら絶対に殺されるぞ」

い、いくらなんでも、殺される、ってことはない。ない、はずだ。……ないと信じたい。

「そ、そんなことあるはずないだろ。で、聞きたいんだけど、今月のオークション、どんなのが出品されるんだ?」

「……まあ、別に構わないけどな、俺は。それで、今年のオークションなんだが……」

カーティスさんが言う出品品目の中からめぼしいものをメモっていく。なかなか高額のものがそろっているようだが……俺が、今回の出稼ぎで稼いだ金は50万メル。一家三人が一年くらい普通に暮らす分にはなんの問題もない金額だ。

もちろん、最上級の何百万メルとか何千万メルとかするやつは買えないが、手ごろなレベルの物を買うくらいならかなりお釣りが来る。

まあ、帰る前に、賞金首のモンスターを2.3匹ほどしとめれば、埋め合わせもできないことないだろう。

「よっし! 今月のオークションは、明日だったな。じゃあ、カーティスさん、俺は行くわ」

意気揚々と俺はドラゴンズゲートをあとにした。

だから、最後にカーティスさんが呟いた声は聞こえなかった。

「……店に来たなら、なんか買ってけよな」

 

 

 

 

 

 

 

オークションに来た。

このオークションは、月一で開催される、国が主催する大々的なものだ。出品されるものも、多種多様だが、総じて高額なものが多く、あまり一般の人の認識は高くない。

俺は武器部門が始まる時間に来てみたのだが……

「こら、待て」

思わず、呟いてしまった。

会場にいる他の連中も、声には出さないが、そんな顔をしている。

武器部門ってのは、基本的に冒険者に人気がある。やはり、実戦を生き抜くにはいい武器が欲しいからだ。俺みたいなコレクターとかもいないことはないが、どちらかというと少数派だ。

そして、現在、その少数派の一人が出品される武器を片っ端から買いあさっていた。

「10万!」

「はい! 10万メルが出ました。ほかにいませんか!?」

会場の真ん中辺りで、すっ、と手が上げられる。オークションの進行役も、「またか」という顔をしてそいつを見る。

「100万」

…………会場に沈黙が走る。

この会場は相場〜50万程度の武器専門なのに、その倍の値段をふっかける馬鹿。会場中の白けた目も意に介さず、メイドらしき娘に商品を取りに行かせる。

「……はい。こちらの『破槍バイエアッシュ』は、セイズ・ブルックリン様が落札されました」

そうそう。確か、ブルックリン家。

ローラントでも、かなり上流に位置する貴族だ。

「ちっ……またかよ」

あそこの現当主セイズは武器コレクターとしてもかなり有名だ。『古今東西・伝説の剣辞典』にも掲載されるような武器もいくつか所有しているらしい。

だったら、こんなところにこなくても、独自のルートがあるだろうし、そもそも相場30万程度の槍なんて興味ないだろう。仮に興味があったとしても、あんな無茶苦茶な値段で買うはずもない。

つまるところ……遊びに来てやがるのだ。

あのニヤニヤした表情が気に食わない。明らかに、周りの反応を楽しんでいる。「俺の資金に対抗できるもんならやってみろ」とでも言いたいんだろうか。

事実、最初はやつに対抗しようとしたやつもいたが、提示した金額の倍を宣告されて、悔しそうに引き下がった。

「120万!」

……まただ。

今日出品される予定の商品、22個。全部買い占めるつもりだな。

俺はばかばかしくなって、会場から出た。

……入場料だけ損したな。

 

 

 

 

 

 

 

「と、ゆーわけなんだよ」

その夜、レイルはカーティスを誘って飲みに来ていた。酒でも飲まなきゃやってらんないらしい。オークションが終わり、カーティスの店も入荷が未定な以上、今回は武器を買うのは諦めるしかないのだ。

滅多にない、コレクションを増やすチャンスだというのに。

「ほう、それは災難だったな」

カーティスはくいとカクテルを傾ける。こういう仕草が様になるのはやはり年の差だろう。レイルが飲むと下品に見えるし。

ちなみに、レイルは意外に下戸だ。少しでも飲んだらすぐ赤くなる。飲むのは好きで、限界知らずに飲むから始末が悪い。

今日も、三十分も飲まないうちにほどよく『回って』きた。

「だからよぉー……あのセイズってやつはなんなんだよ」

「お前……さっきから、その話ばっかしてるじゃないか」

「いいんだよ! ムカつくんだから! なんだ、俺の話は聞けないってか?」

そういう問題じゃない。

だが、酔っ払いに言っても仕方ないことをカーティスはよくわかっていた。黙って聞く。

「だいたい、あいつ自慢するだけのコレクション持ってんのか?」

誰も、レイルに自慢していない。……まあ、確かに誰かに自慢はしていそうな人物だが。

「ああ、確か持っているのはかなりの名品ぞろいだったはずだ」

「けっ! 生意気な……」

「噂によると、例の『ルシフェルの翼』も一本所有しているって話だぞ」

ぴくっ、とレイルが反応する。ルシフェルの翼は古代王国の宝剣。マニア垂涎モノの超Sクラスの武器だ。現在では製法が失われた金属とかが使われており、そこらの半端な魔法剣など目じゃない威力を持つ。

「ますますもって腹の立つ……」

「ま、あまりいい噂は聞かないがな」

「ふーん」

所詮、世の中、悪いやつが得するようにできているのだ。

そんな世の中の不条理を目一杯かみ締めながら、レイルは自棄酒。ぐい、と度数の高い酒をあおる。

グラスをテーブルにたたきつけると、完全に目が据わっていた。

「おい」

「なんだよ」

「そのよくない噂っての聞かせろ」

どうやら、なにかを思いついたようである。

 

 

 

セイズは絵に描いたような悪者だった。

表向きは普通の貴族を装っているが、裏では色々汚いことをやっている。王族に賄賂を送ったり、税金を誤魔化したり、街で暴力行為まで働いた。

現在は噂の域だが、すべて事実であり、近いうちに処罰されることは間違いないだろう。

「……つーことは、俺がやつのコレクションに手を出してもいいわけだ」

いいわけないだろ、馬鹿。

 

ほとんど、酔った勢いだけでブルックリン家の前まで来たレイルだった。

 

 

 

 

けっこうな数の見張りがいたが、苦もなくブルックリン家の屋敷に侵入するレイル。ちなみに、いまだほろ酔い気分。

この男、性格に反比例して能力だけは高いのだ。

鼻歌でも歌いだしそうなくらいの気楽さで部屋をチェックしていく。

一見、無造作にあけているようだが、怪しいところだけを選別しているらしい。

一階の部屋の半分ほどを調べ終わったとき、

「……む、ここ、かな」

ひときわ大きい部屋を発見。食堂とかではない。なんとなく貴族のコレクションルームっぽい。あくまで『っぽい』だが、この男の勘はけっこうあたる。

鍵は一応かかっていたが、三秒であけてしまった。

「……やべ!」

中には人がいた。人の気配らしきものは感じられなかったので油断していた。

慌てて扉の影に隠れて様子を伺う。

(って、あいつ、オークションに来ていたやつじゃねーか)

ずばり、この屋敷の当主、セイズ・ブルックリンがそこにいた。周りを見渡してみると、見渡す限りの武器武器武器。レイルからすれば、のどから手が出るほど欲しい名品ばかりだった。

(ビンゴ)

あとは、やつが去るのを待つだけだ。

……でも、あいつはどうして気付かなかったんだ? 鍵の開く音はけっこう大きかったし、扉も少し開けちまったのに。

そんな疑問がレイルの頭を掠める。

おかしいといえば、セイズの気配をつかめなかったのもおかしい。裏でこそこそ犯罪をやっているような貴族が戦闘に長けているわけでもあるまいし。

「ク……ククク」

この世のものとは思えない不気味な声がセイズから聞こえた。

(……なんだ?)

「美しいなあ。お前は世界一美しい。そのねじくれた刀身で肉を切ったら、どんな感触がするんだろうね」

セイズは、一振りの剣をもってそんなことを呟いた。

(気色わるっ!)

生理的嫌悪がでてくる。正直、関わりたくないタイプだ。

しかし、レイルは同時に、ますます奇妙なことを発見した。

まず、セイズに生気がまったく感じられないのだ。少しだけだが、気孔を扱えるレイルから見たら、まるで死人を見ているようだった。次に、彼が持っている剣。とても邪悪なものを感じる。

(まあ、こういう場合、結論は一つっきゃないよな)

音を立てないように、ゆっくりと下がる。

とりあえず、今晩は出直しだ。

「なあ、そうは思わないか、人間」

(……! バレてる!?)

咄嗟に今いる場所から飛びのいた。

一瞬後、コレクションルームの扉ごと、レイルが今いた場所が削り取られる。

「なかなか、いい反応だな」

のそ、と中からセイズが出てくる。手に持っているのは、奇怪な形状の剣。

レイルが相手の出方を伺っていると、ブルックリン家の警備の者がこちらに走ってきた。

「せ、セイズ様! 何事で……」

「馬鹿! 逃げろ!」

レイルの警告は少し遅かった。

セイズが剣を振ると、警備兵の体が吹き飛び、壁にたたきつけられる。……ぎりぎりのところで生きてはいるようだが、放っておいたら、朝にはご臨終だ。

「ちっ」

戦うしかない。

「まさか、魔剣に取り憑かれるなんてな……。武器コレクターとして、一番恥ずかしいことだぜ」

言いつつ、懐からナイフを取り出す。普段使う剣は持ってきていない。

いくらなんでも、貴族の屋敷に侵入するのに、そんなでかい得物を持ってくるのはやばすぎた。万が一ばれた場合、言い訳のしようもない。

が、今回はそれが仇となった。

「生きのいい獲物だな……。我の復活の贄にはちょうどいい」

一般に、魔剣と呼ばれるものは、単に闇属性だったり、過去に悪人が使っていたとかいうだけのものだ。……が、ごく稀に本当の意味での『魔剣』がある。

それはそれ自体が邪悪な意思を持つ、一種の生命体。憑かれた者は、意思なき人形となり、魔剣の思うがままとなる。

だが、使いこなせればこれほど強力な武器はないのだ。かの勇者、ルーファス・セイムリートが使っていた魔剣レヴァンテインなどはその典型である。

「ったく……俺って、どうしてこう運が悪いんだろ!?」

逆手にナイフを握り、魔剣に憑かれたセイズへと走る。

魔剣に取り憑かれた人間を解放するには、まず寄り代となっている人間と魔剣とを切り離す必要がある。その後に、魔剣に言うことを聞かせて憑依を解除させるか、もしくは魔剣を破壊する。

言うのは簡単だが、ナイフvs(多分)名の通った魔剣じゃあ、勝負になりそうもなかった。

だから、レイルはやつのコレクションを使わせてもらうことにした。

「ちえい!」

ナイフを投擲。のどを狙う。

寄り代が死んだら、魔剣のほうも動きが取れなくなるので、ちゃんと防いだ。

その一瞬。レイルはコレクションルームに滑り込んだ。

一番大切そうに安置してある剣をつかみ、抜き放つ。

「やっぱ、これがルシフェルの翼か!」

『古今東西、伝説の剣辞典』で見たことがある。ルシフェルの翼の一つ、聖剣ホーリィグランスだ。

「死ネ!」

セイズの体を借りた魔剣が襲い掛かってくる。

「死ぬのはそっちだよ!」

気孔術・燐光。レイルの未熟なそれは、しかし、ホーリィグランスの特殊能力によって何倍にも高められ、強く輝く。

すれ違い様、剣を振りぬく。

頬が浅く斬られたが……

「終わりだ」

次の瞬間、セイズの握っていた魔剣は柄のところから二つに切断されていた。

 

 

 

 

 

 

 

意気揚々と、俺は久しぶりのポトス村に帰ってきた。あのあと、警備兵が連絡して、騎士団がなだれこんできた。

だけども、屋敷の破壊に目を奪われている隙に、俺は脱出に成功し、ドサクサ紛れに、やつのコレクションから何品か失敬させてもらった。

もちろんのこと、

「ふっふっふ……」

何度見ても笑いが止められない。

今まで、ずっとあこがれ続けてきたルシフェルの翼の一本がついに我が手に!!

だが、まだ表に出すのはまずい。

やつも、不祥事が明るみに出て、逮捕されたが、それで、俺の盗みの罪がなくなるわけじゃない。

これのことは、最低でも時効が来るまでは隠しておかなくては。……自慢できないのは残念だがな。

「あ、おとうさーん!」

村の入り口まで来ると、我が息子ライルがとてとてと走ってきた。

うむうむ。やはり、父の帰りが待ち遠しかったようだな、息子よ。

「〜〜てーーー!!」

ん? 今なんて言った?

よく見ると、ライルの表情は、父との再会をよろこぶというより、なんかとても恐ろしいものから逃げているような……そんな表情だ。

「逃―げーてーーーー!!!!」

はい?

なんのことか、一瞬わからなかったが……すぐわかった。

……後ろから、鬼のような形相のローラが走ってきていた(汗)

ライルより遥かに速いローラは、俺がローラを認識した直後に俺の目の前に現れていた。……少なくとも、音速は超えていただろ、今。

「ねえ、あなた」

「な、なんだい、ローラ」

「さっき、ジュディから念話があったんだけど……また、無駄金使ったらしいわね?」

なぬ? 俺は結局金は使わなかったぞ、おい。

「なんでも、オークションに出たとか? あなたが会場に入るのを、ジュディが見ていたそうよ」

で、出ただけで、何も買わなかったぞ、俺は。

「察するに……その後ろに背負っている剣が、落札したものかしら?」

し、しまった!? ホーリィグランスを目ざとく見つけやがった!

「おまけに、それだけじゃないみたいねぇ……。そっちの荷物に入っている槍とか手斧とかナックルとか……あらあら、ずいぶん買い込んだこと」

こ、これもブルックリン家から盗んできたもので、金は使ってない!

と、叫びたかったが、それはそれで問題だし、なによりローラの殺気に気圧されて何もいえなかった。

「はぁ……こんな道楽亭主だと、家計のやりくりも楽じゃないわ」

ふっ、とローラの空気が緩む。た、助かった?

「ろ、ローラ?」

俺は甘かった。うっかり防御姿勢を解いてしまった。

次の瞬間、ローラの殺気は爆発的に膨れ上がり、

「なんて言うとでも思ったか、この馬鹿亭主がーーーー!!!」

ああっ!? その構えは!!!

「奥義! 武神掌!!」

 

 

 

 

 

 

俺は水平距離にして100mは吹っ飛ばされ、意識を断たれた。