「……ってな感じで、魔界に行ったわけだ」
そうして、話を締める。
こうして昔の話をリアたちに聞かせるのも、これで最後だろう。全てとは言わないが、思い出せるエピソードで話せるようなものはこれくらいで終わりだ。
ゆっくりと集まっている面々を見渡す。
精霊に転生し、俺と結婚したリア。気が付くと妊娠していて、カカァ天下にもますます磨きがかかっている。
次期女王に相応しくなるべく、王の補佐をしつつも見合いを繰り返しているサレナ。しょっちゅうウチにくるほど暇じゃないはずなんだが。
ヴァルハラ学園の三年生となり、なぜか生徒会長なんていう役職についているリリスちゃん。……あの性格でうまくやれんのか?
エルフとのハーフゆえか、あまり成長していないアミィ。一つ言うなら、土産は獣肉以外のものにしてくれ。
そして、俺の話を補足するために面白がって来ているヴァイスと、ソフィアを初めとした精霊王たち。おまいら、他にすることねぇのか。
俺の昔話を聞く会も、これで十何回か目。全員が暇な時、というのがあんまりないので、全部話し終えるまでこんなに時間がかかっちまったけど……まぁ、終ってみると寂しい気もする。
感傷に浸りつつ、コクリ、と紅茶を飲み下す。
……さて。
「それで、ルーファスさん。……結局、浮気したのは総勢何人なんですか?」
とりあえず、なんとか逃げる算段を考えるとするか。
ゆうしゃくんとなかまたち(そして、今……編)
「ちょっと待て、リア。何の話だ?」
「いえ、ですから。私に出会う前、一体何人の女性を篭絡してきたんですか?」
声は平坦だが、目が笑ってねぇ!
「ろ、篭絡って……。あのなぁ、別に、単なる友達とか、仲間とか、そういうのだよ。なんで浮気なんて話になんだ」
全員……特に、俺の過去を知っている連中の目が冷たい。
ヴァイスとか、あからさまに俺から距離置いているし。
「今までは、あまり仕置きなんてしたら、話が聞けなくなるかと思って黙っていましたが――」
「ちょっと、リア先輩。身重なんですから、あまり無理しちゃいけませんよ。ここは、私に任せてください」
立ち上がり、不気味な怒りのお〜らを放ち始めるリアを、リリスちゃんが抑える。
そうだぞー、あんまり動くと、お腹の子供に悪いからなー?
渋々と引き下がるリア。とりあえず、一番の難敵は排除されたが……なにやら、刀を手にとったリリスちゃんと、にっこり笑顔で凶悪な魔力を集めるソフィア。……って、コラ。
「なにゆえ、お前が俺の過去話で激昂する?」
一体、俺の過去のどこがリリスちゃんの怒りを買ったのかは知らないが、それを全てとは言わないがほとんど知っているはずのソフィアが、なぜ怒る。
「いえ、自分で補足したりしてて、沸々と怒りが」
「くっ……だから、なんで怒ってんだよ、お前ら。説明しやがれ」
俺の言葉に、リア、ソフィア、リリスちゃんの三人は目を合わせると、
「ルーファスさんが、浮気していたから……」
「あんなに一杯女の子に手を出してたのに、私にはなんにもしなかったから……」
「いや、あまりにルーファス先輩が天然だから……」
「よ〜し、てめぇら、そこに直れ」
確かに、話の中に女は沢山出てきた。しかし、どれもこれも色恋とは全く関係のないやつばかりだ。ソフィアは手を出したとか抜かしているが、当時の俺にそんな精神的余裕はなかった。
……あ〜、一人、キスまでやったやつがいたが……イカン、あの時の事を思い出すと鬱になる。
「えい」
チュドーンッ、という爆発音を、どこか遠くの出来事のように感じながら、俺は空に舞い上がる。
ぐしゃり、と抵抗も出来ずに地面に着地。
「……リア、なにをする」
「いや、別の世界に行っていたみたいですから、ちょっと」
ぷすぷすとリアは魔法の名残の煙を手のひらから出しつつ、しれっと言う。
護身術代わりに、少し古代語魔法を教えているんだが……なんつーか、こういう事に使うな。
しかし、他の連中を見てみると、なにやら、怒りは沈静化している模様。あの連中が、怒りを引っ込めるなんて……俺、そんなにヒドイ顔になってたか?
「まあ、確かに、あの頃のルーファスちゃんは女性にうつつを抜かしている暇はなかったはずですしね。私も、そういう気分には、なれませんでしたし……」
当時の俺の様子を、多分一番よく知っているであろうソフィアがそう言ったことで、とりあえず決着は付いたようだ。
なんとなく、場が湿っぽくなる。
そりゃそうだ。かなりオブラートに包んで、ところどころ面白おかしく脚色してはいるが、基本的に今までの話は俺の過去……魔王が跳梁跋扈していた当時の、生々しい記憶なのだから。
今の平和な時代に生きているリアたちには、少々血生臭い話も沢山あった。……それでも、聞きたいと言ってきたのは、連中なのだが。
「ちょっと休憩にするか。リア、昨日収穫したいちごがあるだろ。あれ、ミルクでもかけて持ってきてくれよ」
「あ、はい」
とりあえず、意識して明るい声を出し、場の空気を変える。
「しっかし」
リアの後姿を見送っていたサレナが、口を開いた。
「なんだよ?」
「奥さんを見事に顎で使ってるわねぇ。なに? 実は亭主関白なわけ?」
うっさい。ウチの力関係はリア>>>(越えられない壁)>>>俺だよ、コンチクショウ。
「でも……いつも思うんですけど、ルーファスさんがそんな過去を持っているなんて、意外です」
いつものようにフレイに勝負を挑まれ、返り討ちにしているルーファスを眺めながら、リアが言う。
フレイをボコボコにしているルーファスは実に楽しげだ。リアの今までの印象からしても、強いということは知っているが、とても争いごとに向いている人とは思えない。
「まあ、一緒に戦っていた儂から見ても、あの頃のルーファスは無理しとったと思うよ。戦場では鬼気迫る戦いぶりのくせに、街に戻ると少々無理しても明るく振舞っとった」
ヴァイスは当時を思い返しながら語る。この老エルフからすれば、ルーファスもアミィと同じように、孫のようなものだ。いつもはルーファスをからかってばかりだが、今、ルーファスを見つめている瞳は優しい。
「ですねぇ。逃げても誰も責めないのに、一人で気張っちゃって」
ソフィアも、ルーファスの姉代わりの顔となる。結局、ルーファスとソフィアの関係は、ここから進まないのだろう。ソフィアとしては、ちょっと不満だが。
「ふん……十五・六の子供が姉を殺さないと救われない世界なんぞ、そのまま滅びても文句は言えなかったんだ」
「きついですね、ヴァイスさんは」
「当時、ルーファスの姉である魔王を倒せる実力を持ったのは、あいつだけだった。全く、情けない大人たちだったよ」
そんな過去を経験していないリアたちは何も言えない。
ただ一人、ヴァイスの孫であるアミィは、なぜか驚いた顔をして、
「す、すごい。おじいちゃんが真面目な話をしている!」
そんなことを言って、ヴァイスを凹ませていた。
ふっ、と空気が弛緩する。ニヤニヤ笑いつつ、傍から見ていた大地の精霊王が口を開いた。
「まぁ、今のアイツは、随分自然になってるよ。学校に通ってるときも、だいぶ気楽にやってたみたいだけどさ。やっぱり、リアちゃんと結婚したことが大きいんだろうな」
「そ、そんな。ガイアさん、からかわないでください」
いきなりからかわれて顔を赤らめるリア。
面白くないのはリリスだ。彼女も、一応ルーファスに告白した身。しかし、あのトウヘンボクはそれを華麗に無視して、さっさと結婚指輪を交換してしまった。
ええい、寝取ってやろうかなー、などと危険な考えがふとよぎる。
「リリスちゃん。なに考えてるのか知らないけど、下手なことはしない方がいいわよ。リアが怖くないなら、別にいいけど」
「や、やだなぁ。サレナ先輩、私、なんにも考えていませんよ?」
「まあ、いいけどね。あまり、邪悪な表情を浮かべないように」
まるで考えを読んだかのように、サレナが忠告してきた。
しかし、そう言われると、正直尻込みする。はっきり言って、ルーファスが絡んだ時のリアは怖すぎる。
気の強さでは定評のあるリリスが、敵対するのを怖がってしまうくらいには。
「……いいですよーだ。どうせ、私は振られたんですし、未練がましく付き纏ったりはしません。子供までこしらえているのに」
「こら。ちょっと下品よ」
サレナが嗜める。
そして、リリスの言葉を聴いたソフィアが、ふと思いついて、
「そういえば、男の人の浮気って、妻が妊娠中によく起こるそうですよ」
なんて、ぽつりと呟いた。
「……………」
「……………」
「ちょ、ちょっとリリスちゃん? 付き纏わないんじゃなかったの?」
「そんなこと、私言いましたか?」
思いつきで言ったくせに、なにやらその気になっているソフィアと、舌の根の乾かぬうちにあっさりと前言を撤回するリリス。
ルーファスとのことをからかわれて、惚けていたリアも、それには慌てた。
「なに言ってんですか! ルーファスさんは私のです!!」
あっさり私有物宣言。
『熱いなー』
『うむ、熱いな』
『冷ましましょうか?』
『いや、そういう問題じゃないって』
と、上から、地、闇、水、風の精霊王が、傍観者の視点でのんびりと観察している。確かに、被害の及ばないところで見ていると、面白い見世物だろう。
「ふっ」
「む、なんですか、ソフィア。その勝ち誇った笑いは」
「男性を縛る女の人は、嫌われるっていうのが通説です。これじゃ、ルーファスちゃんが私に転ぶのも時間の問題ですかね」
「ソフィア先輩に転ぶのは有り得ませんが、私に転ぶことはありそうです」
ふふふふ……と笑うソフィアとリリスをみて、リアは顔を真っ赤にして怒りをあらわにしながら、地団太を踏む。
二人に奪われやしないかと危機感を感じているのか、考えあぐねた挙句、とんでもないことを叫んだ。
「ルーファスさんは! 縛られるのが大好きなんです!!(どどーん)」
すごい大声。
当然、ちょっと離れたところでフレイと剣をあわせていたルーファスにも聞こえたりして。
それまでの経緯が全くわからないルーファスは、あまりの爆弾発言に思いっきりコケていた。
「ルーファス……お前、そんな趣味が」
「ねぇよ!」
ルーファスの割と本気めの一撃が、阿呆な事をマジ顔で聞いたフレイを吹っ飛ばす。
「リアァァァア! 人聞きの悪い事を言うんじゃねぇ!!」
「ちょっと黙っててください! 今は、女の勝負の真っ最中です!!」
ギヌロッ、と駆け寄ってきたルーファスは思いっきり睨みつけられる。……ちょっとちびりそうになったのは、ルーファスだけの秘密だ。
「そ、そうですか、はい」
そして、あっさり引き下がり、傍観者の精霊王たちのところへ避難。情けないが、仕方ないだろ、怖いんだから。
「く、クックック……。なに、ルーファス。当事者の癖に、逃げてんじゃないわよ」
「つってもな、シルフィ。俺に、あの戦場に割り込むのは無理だ」
現在、リア、ソフィア、リリスによる恐怖のデッドトライアングル形成中。こりゃ駄目だと判断して、サレナも避難してきている。
そして、さっきの発言がツボにはまったらしいシルフィは、溢れそうになる笑いをこらえつつ、訊ねた。
「……で、縛られるのが好きなの?」
「黙れ!」
顔を真っ赤にしながら、ルーファスは反論する。
「誓って、俺にそんな趣味はない!」
「あらあら。でも、その割にはずいぶんとリアに頭が上がんないようだけど?」
「それは、それは……」
それは、なんなのだろう。
正直、リアに逆らえない理由は餌付けされたとか、怒ったら何気に怖いとか、そういうのではない。それらはあくまで後付けの理由だ。
続きの言葉を考えあぐねているルーファスに、シルフィは呆れつつ、
「そんなに困らなくても。つまりは、惚れた弱みってやつでしょうが?」
「んなっ!?」
「はいはい。結婚までしといて、顔を赤らめない」
そんなはずはない、とルーファスは頭で反論する。
そんなことを言ったら、一年生のかなり初めの頃からリアには逆らえなかった。だから、惚れた弱みとかじゃないはず。あの頃、自分はリアの事をなんとも思ってなかっ……たっけ?
「? マジでどうしたのよ。あ、まさか、本気で今まで気付いてなかったとか?」
「……ウルセェ」
頭を抱えながら、シルフィに反論する。
「ああっ、もう。とりあえず、止めてくる!」
「いってらっしゃーい」
真っ赤になった顔を誤魔化すように、ルーファスはリアたちの方に向かう。
頭をぐしゃぐしゃとかきながら、今の彼の中心にどっかと座り込んでいる少女をなだめるために。
「リアッ!」
「ルーファスさんも言ってやってください! 好きなのはリアだから、お前たちは諦めろって!」
「っっっ! ええい、誰が言うか!」
恥ずかしくてそっぽを向くルーファス。その態度に拗ねたリアの声が、妙に心地よかった。